文学部で学びたかった

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JL

「文学部で学びたかった」という考えに、取り憑かれています。
 高校時代の進路選択から20年余り、そのことを考えなかった日はないのですが、解決の道が見出せません。

 現実には、周囲の勧めに従って理学部に進学し、今もその延長上の職にあります (大学助教です)。実験と実習指導に明け暮れています。研究で生活できることは恵まれているのだと自分に言い聞かせながら、ベストを尽くしてはいるつもりなのですが、違和感、疎外感や後ろめたさとともに「文学部で…」という思いを、頭から拭い去ることができずにいます。
 周囲の大人たちの言った「文学では食べていかれないよ」という言葉を、全くのでたらめだと思っているわけではないのですが…

 せめて一歩でも近づきたいと、ベッドルームでの語学 (ロシア語等) の独習に時間を割いてみたりもしたのですが、その時間は楽しくとも気持ちが晴れるまでには至りません。もしも文学 (広義の) を通して他者と関わる場を見つけることができたら、少しは状況が改善するのではないかと夢想してみたり。どうしたら、諦めることができるのでしょう…

ユーザーID:3765527921

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  • 自我の目覚め?

    「周囲の大人たち」がいろいろ言ったのは、JLさんが進路選択するとき、10年ぐらい昔のことですよね?今、もうJLさん十分に大人ですよ。自分の収入もあるのだから、親を含む周囲の期待とは別の自分の価値観を持って良いのです。これまで周囲の価値観を疑わず、その期待に応え、それなりの成果をもたらしていたけれども、やっと自我に目覚められた、と御見受けいたします。

    今、夢想ばかりするより、実際模索してみたらいいと私なら思います。例えば、
    1)国内外の文学関係の学会に出席してみてはいかがですか?そしたら、文学者と交流できるでしょう。
    2)助教続けながら、JLさんの大学とか近隣の文学部/大学院の授業だけいくつか受講してみるとか。
    3)あるいはそんな活動しなくても、文学関連の友人を得ることで、心の隙間が満たされるかもしれない。

    その過程で、ご自分の真に欲することが明確になるでしょう。助教の職を得たのに、その職を捨て文学部で学び直すとしたら周囲に反対されるとは思いますが、もしかしたら、理学も文学もできる天才なのかもしれないし、人のせいにして一生後悔し続けるより、人生懸けてやり直す方がいいと思います。

    ユーザーID:0568395806

  • 諦めなくても

    私は文学部とか理学部と言う隔壁は、そう絶対的なものではないと思っています。
    私は文学関係に籍を置いた者ですが、一学期に一科目、好きな科目を聴講する事にしました。
    もちろん担当の教授の承認を得ての上ですが、これでコンピュータプログラム、統計学、
    民話学、文化人類学、ロシア語、など取ってまわりました。
    文学関係の学位が目的でなく、内容が目的で
    総合大学にお勤めでしたら簡単にできる事ではないかと思います。

    ユーザーID:2434073917

  • 文学部ならまだマシです

    文学部で学ぶことは、自分でテキストを購入して自習可能です。
    私は文学部出身ですが、4年間も講義を聴くほどの価値はなかったと感じています。
    自分の興味のある分野や研究者に関する文献を大量に読みこなせば、大学に行くよりも余程勉強になります。

    私は医学部に進学したかったのですが、両親が「医学なんて女の子は知らない方がいいのです。英文学が女らしいです」という考えだったため、文学部以外への進学をさせてもらえませんでした。

    いくら自分で医学書を読んで知識をつけても、医学部を卒業しないと医者にはなれません。
    あなたは私より恵まれていると思います。
    そんなにやりたければ、自分で研究して論文を書いて専門誌に投稿してみればいいのです。

    ユーザーID:2679598153

  • 趣味と生業は別

    文学好きな理系の人、結構いますよね。

    でも、助教(旧称・助手)として大学にいるのに、
    「文学部で学びたい」って、
    まだ大学での教えが必要ですか?

    必要な書籍は、
    大学の書籍コーナーや図書館にあるし(総合大学の話ですが)、
    時間は自分で作ればいいと思いますが・・・。

    理系の助教が学生指導に明け暮れるように、
    文学部の助教だったとしても、学生指導がありますよ。

    趣味としてなら、
    文学部の講義を聴講したり、
    家で文学に時間を費やせば、
    准教授とは言わなくても教授になる頃には仲間ができているのでは。


    ちなみに、私の通う講座の教授は、文学部に通ったことは無いのに玄人はだしです。
    それ以外にも文学に詳しい理系・医系の教職がたくさんいます。

    趣味と生業は別でいいじゃないですか。

    ユーザーID:5299195023

  • ポストをあけて

    ポストの数がたりなくて、大学助教などなりたくても
    なれない人はたくさんいます。
    そこまでやりたくないのでしたら、ポストあけてください。
    本当に研究で生活したいひと、たくさんいます。

    食べるためだけだったら他の職につき、頭から離れない
    文学をやったらいいのではないでしょうか。

    ユーザーID:7647333682

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  • 文学部

    文学部の学生として学生生活を送りたかったということでしょうか?文学士の資格が欲しいと言うことでしょうか?あるいは文学部教授や研究者になりたかったのか、、、。あくまで私の場合ですが(専攻によって大きく違うので、基本的に)、私が文学部に入ることによって得た一番大きなものは、考え事をして過ごせる4年間と、それをあやしまれない学生と言う立場、個人では入手できない質と量の図書館、そして何人かの非常にユニークな教授のゼミ(語らい)。4年かけて好きなことを考えてそれを論文にする、そして同じ考え事は卒業して10数年、子持ち主婦になった今も続いてる、、それが文学部(笑)。道具や設備、常に最新の知識が要求される分野ではないですから(くどいようですが専攻によってはより理科系に近く、特別な技術や知識の吸収を必要とする場合もあります)、考えたいこと、あるいは感じる心があれば一生自分なりの学究を続けられるのが文学部なのではないかと思っています。いかがでしょう。

    ユーザーID:7249666252

  • あんまり意味がなかったな〜

    歴史(平安時代)が好きで史学で有名な京都の某大学へ行きました。
    入ってみたら在籍する教授の専門が平安以前か鎌倉以降の方ばかりで、あらら国文学にしとけばよかったわと思いました。
    授業も一般教養のほうが多いし、専門と言っても全く興味のない時代のことばかりで、ゼミも仕方なく鎌倉専門の教授のゼミに入り、教授に「その時代は研究することなんて何もない」とボロクソでした。
    現在はメーカーの建築部門でOLしてますが、周りは全員建築学科を出た人ばかりで、私のほうが学歴が高くてもCADオペ止まりです。
    文学部で学んだことをその後生業にする人なんてほとんどいません、氷河期だったので卒業後看護学校へ入ったり、医療事務の学校へ行く子もいました。私は理系のほうが選択肢が広くていいなと思います。
    それに文学部の授業を受けてトピ主さんが求めるものが学べるか?正直そうは思わないです。
    お好きな分野について語るサークルなどのほうがよっぽど身になると思います。

    ユーザーID:2632194041

  • 理想的状況ですよ!

    文学部で何を学びたかったのでしょうか?
    私は希望通り国文学部へ入りましたが、大学で遭遇したのは……
    1主任教授に「君らはほとんど中学、高校の教師になるんだから」と、当用漢字筆順ドリルを買わされ、書き取り!
    2つぎは20万分の1の奈良県の地図で、万葉集に出てくる地名らしき地名をしらみつぶしに探す
    3古典文学作品(義経記とか方丈記など)の漢語を数え、全単語に占める漢語率を計算する!!

    わたしゃ、こんなことがしたかったんじゃない!と思い続けた4年間でした。
    主任教授の思惑に逆らって教師にはならず、別の仕事をしてますが、会社に入ってから読み始めた中世の説教節や江戸の浄瑠璃が面白くて、ぼちぼち本を集めたり、文楽を見に行ったり明治時代の評論を読んだりしてます。

    もともと、文学は大好きなので、生計は立てたくないと思ってましたが、大学で私は研究者には絶対になれないと思い知り、一生、愛好者でいようと思いました。

    トピ主さんが、プロの学者を目指すのでなければ、自分に向いた仕事があって、自由な立場で学べる今の状況は理想的ではないかと。好きなものを仕事にするのは案外大変ですよ。

    ユーザーID:0053417110

  • 中身、それとも学位?

    トピの文では、何か目的が見えて来ません。
    『文系大学で教員になるには?』というトピがありましたが
    ご覧になっては?

    ユーザーID:2434073917

  • 今からでもいいじゃないですか

    私の友人に大学で日本語を教えている友人がいますが、

    彼女は、もともと音大出。
    ピアノ専門だった人が留学がきっかけで日本語教師に目覚め、40歳で大学に入りなおし日本語教師の資格を取られました。

    その後、大学講師になられた今でも、今度は週一で古美術の講座を受けに他の大学に通っています。

    「古美術は私の趣味であり、楽しみだから」と笑っていました。

    とぴ主さんも、今からでも現在の地位や生活の糧はそのまま大事にして、

    今度は、趣味として文学講座を他の大学、もしくは講座のみ受講できる機会を得る事はできないでしょうか? 一般社会人の単科コースのような、大学の授業が受けられるシステムが、探せばあるような気がするのですが。


    思いを押し込めて、後悔してもんもんと悩みつづけるよりその可能性を探してみることの方が道が開けると思います。

    がんばってください!

    ユーザーID:5382959124

  • 同い年かな。

    私も10-11年前は理工系の受験がとても流行りました。私もその口です。
    けど、以前別のトピで見たのですが、上手く言えませんが

    仕事(手に職)と趣味は違う。
    大学で将来なりたいor収入のある仕事を出来るように技術を身に着けるか。
    大学で、趣味を勉強するのか。
    趣味が仕事になるのは、なかなか難しいものです。

    よく大学で、社会人向けの公開講座・オープンカレッジ(夜、土日など)が行われています。大学の教授と話したり、その事象が好きな方と話すことで、更に知識を深めることが出来ます。私は国際関係系が好きなので、その関係の講演会に時々参加しています。楽しいですよ。

    助教授をしてお給料を貰い、趣味の文学に使うのも良いでしょう。
    遠方の講演会などは交通費宿泊費共に結構かかりますよ。

    ユーザーID:4994302666

  • 「ハワイイ紀行」

    今、手元に無いのでうろ覚えなんですけど、確か作者がハワイ島を訪れた時、日本人天文学者と出会いました。天文学とくれば(理学部とはまた違うでしょうが)大まかに言えば「理系」ですよね。まぁ、これは英文、国文、法学、商学、経済、倫理、哲学、政治学などなども全て文系だろうが、って乱暴にひとくくりしてるようなもんでしょうが、「大まかに」ということでご了承下さい。

    ちなみに私の出身大学は上記学部は「文系」と範疇されてました。さて、話を元に戻して、作者(この人も理系出身)は、この天文学者さんが文学にも精通してるので驚いたそうです。普通、理系か文系かどっちかに偏ってしまうもんで、理系の人は文学に興味を示さない傾向にあるけど、この天文学者さんは専門のことはもちろんのこと、専門外の文学についてもよく知っている、なんとも「知」のバランスがとれた人だ、と作家は絶賛。

    トピ主さんも、この学者さんみたいになれるのでは?今の知識を更に深め、さらに同時進行で興味の方面(文学)も進めていったらいいのでは?と僭越ながら意見させて頂きます。私?文学部出身で〜す。つぶしがまるできかない・・・とほほ。

    ユーザーID:8559206167

  • 意味がわかりかねてます?

    「文学部で学びたかった」っていうトピ主の言いたいことがわかりません。

    これって、文学部の講義を取りたいってことでしょうか?
    理系で実験に明け暮れた学生生活だったので文学部で浮世離れした学生生活を送りたかったってことでしょうか?

    まず、「文学部で学びたかった」の意味をもう少し説明してください。

    トピ主も大学関係者ならばわかると思いますが、学問て自分でやるもんですよね。特に理系と違って文系は教科書が無い社会ですので、どの先生についたかで全く違ったものになります。
    逆に言えば、自分で深めていくことも可能です。

    それと、理系の人でも一般向けの書籍などを書いている人もいます。専門分野以外で人文系(歴史でも文学でも政治でもいい)で趣味としてやりたい分野を見つけてコツコツやられるのがいいと思います。

    大学関係者で専門以外が玄人跣の人は意外と多いですよ。

    ユーザーID:7198988455

  • 何を勉強したいですか?

    日本文学を専攻しました。
    主に近代文学のゼミに入っていましたが、楽しかったです。
    太宰、漱石、藤村、中也、近代詩など、むさぼるように読みあさり、
    レポートを書き、発表をし、友人と夜を徹して青い文学論を戦わせ、語り明かしたものです。
    完全なる頭でっかちでしたが、文学にどっぷり浸かれた4年間は
    今でも思い出すと胸がきゅんとします。

    でも、教師にも研究者にもならなかった、ただの文学少女だった私は
    ふつうのOLを経て、結婚し、今は卒業後に勉強を始めた英語を使って塾講師兼通訳をしています。

    でも、根っから文学の好きな私は大学の公開講座に行ったり、
    読書会や講演会、歴史の研究会などに席を置いて、
    まだまだ夢の続きを見ています。

    トピ主さんはせっかく大学助教授という職をお持ちですので、
    これを手放すことなく、大学の通信講座を受けてたり、
    もし総合大学にお勤めなら文学部の講義を聴講されてはいかがですか?
    また文化センターなどでやっている講座を受けられては?

    大学で勉強するだけが満足のいく道なのでしょうか?
    文学を愛する科学者、すてきだと思いますけど。

    ユーザーID:6037279279

  • 要するに転職願望!

    ということだと思います。

    今の職場のほかに、何かもっと自分に相応しい居場所があるんじゃないか? という想いが、若いころに憧れを持っていた「文学部」に結びついたということなんでしょうね。

    これは実は世の中の大多数の人が多かれ少なかれ思っていることなんじゃないでしょうか。フロイトだったと思いますが、「人生でもっとも幸福なことは、自分が子どものときに成りたいと思った職業に就くことだ」という言葉があります。が、現実にはそんな幸運な人は世界中にほんの一握りです。

    その幸運に恵まれなかった残りの多くの人々は、それでもなにかしら自分なりの幸福を見つけて何とか生きている、それが現実だと思います。

    もしかするとあなたは自分の研究が仕事だと考えていないんじゃないでしょうか? 
    もしそうであれば、あなたに必要なことは、あたたにとっての研究は仕事にすぎないことを再認識することです。そして仕事の他に、自分なりの幸福を探すことです。

    もちろんここでいう仕事とは、世の中の大多数の人が毎日経験している、「つらくて、つまらなくて、生きがいを見出すことが難しい」ような労働のことです。

    ユーザーID:1071950072

  • 通信で学ぶ

    文学に関連した仕事をしたいというのではなく学びたいだけなのですか?
    単純に学びたいというのであれば学べば良いじゃないですか。

    方法は色々あります。
    ○一番敷居の低いのは放送大学です。
    CS放送などの授業では家で学習ができますし、地域の学習センターで学ぶこともできます。
    ○次に通信教育による学習です。
    例えば慶應義塾大学の文学部などは通信教育課程があります。
    入学試験も論文と面接ぐらいしかなく殆どの人は入学できます。
    また、学士をお持ちなら学士入学で卒業までの費用も30万円弱+スクーリング費用で可能です。
    卒業できたら慶應義塾大学の文学部卒も名乗れます。
    他にも大学は色々ありますので自分にあった大学を選んで学べばよいとおもいます。
    ちなみに私は佛教大学の通信教育課程で働きながら学んだことがあります。
    ○他には夜学に行くことです。
    最近はサテライトキャンパスなども増え、学びやすくなったりしています。
    仕事帰りに授業を受けることができますが、自分の生活範囲になければ少し辛いですね。
    大学も色々ありますし、学ぶ方法もたくさんあります。
    生涯学習の選択肢も年々多くなっています。

    ユーザーID:4074599265

  • 現在の専門分野で高名になり、将来文学関係の著書出版は?

    文学部の専任講師です。
    冬の時代にある大学の中でも、
    文学部は最大の斜陽産業ですから、
    お悩みとはいえ、個人的には嬉しく拝読しました。

    私は奇跡的に就職出来ましたが、失ったものも大きいです。
    就職できたから良かったものの、そうでなかったら、
    堅実な生き方を指南しなかった周りを恨んでいたかもしれません。
    つまり、トピさんの進路選択は、堅実かつ賢明だったと思うのですよ。

    でもお気持ちも分かります。そこで提案です。
    文学以外の分野で著名な学者が、出版社などにコネも出来て、
    文学に絡んだ本を出版することがありますよね。

    趣味的なものもあれば、専門分野から文学を斬った、
    専門を生かしたものもあります。
    そちらを目指されてはいかがですか?

    今は現在のご専門で精進され、注目されれば、
    文学にも明るいことが、自然と知れ渡るでしょう。
    それで小さなエッセイなどを発表する機会がやってきたとき、
    「この人は書ける」と思わせることが出来れば、
    もっと大きな機会も与えられるかもしれません。

    少し高く時間のかかる目標かもしれませんが、目指されてみては?

    ユーザーID:9490632333

  • 隣の芝は青く見える

    > どうしたら、諦めることができるのでしょう…

    正直、諦めることは出来ないと思います。開き直って今後を考えた方が楽ですよ・・。

    あと問題の根本についてですが、トピ主さんの場合、純粋に文学を学習したいというよりは、過去ご自分の意思に反して違う勉学の道を強制されたことに心のわだかまりがあるように思えます。なので、文学を勉強することよりも、文学部に入ることの方が目的になっていたりしませんか。

    「隣の芝は青く見え」てませんか?
    もしそうなら、隣の芝を見てしまうのが、自分の気持ちを納得させる早道かもしれません。
    隣の芝を見て、
     ・「こんなものか。これの為に今の生活基盤は捨てられない」と思えば現状維持で、
     ・「やはり文学の道にとりつかれてしまった!」のであれば、助教を辞めてやりたいことをやればいいと思います。

    「隣の芝の見方」ですが、
     ・現職のまま、オープンカレッジ参加、論文作成、投稿
     ・休職して文学部に入学。休職期間中に将来を判断。
     ・退職して文学部に入学。

    あたりがすぐに思いついたところです。

    よくよくお考え下さい・・・。

    ユーザーID:0985704455

  • ありがとうございました

     御礼が遅くなり失礼いたしました。

     いただいたレスを拝見し、自分が「文学部で学びたかった」と言うとき、実際のところ何が望みなのかをもう一度考えてみました。すると、

    「将来、自分の研究成果を公表する (公表できるようになる) という目標・希望を持ちつつ」文学を学びたい。

    ということが、第一だと思いました。文学で生計を立てられたらなあという願望、文学の学士や博士が欲しいという気持ちは、それほど強くはありません。
     私がいま生業としている分野では、在野で研究を始めることはほぼ不可能です。実験設備に掛かる費用は一個人で負担するとなると相当な額ですし、ほとんどの研究費補助金の応募資格から外れてしまいますし、発表の場を求めて学会に入会しようとすれば、会員からの推薦や関連分野での過去の業績を求められることになりますので… そんな事情を見当違いにあてはめ、悲観的になりすぎていたかもしれません。
     みなさまにいただいたレスから、この点文学に関しては、在野での研究という道が (私が考えていたよりは) 開けているようだ… と思い、すこし希望が湧いてきました。

    (続きます)

    ユーザーID:3765527921

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  • 続きです その1

     それから、
    「文学的環境に身をおき、文学を愛する師や仲間と交流したい」

    という気持ちも強くあります。
     院生、研究所でのポスドクを経るうち、つきあいのある知人はゴリゴリの理系人間ばかりとなりました。文学との縁が切れてしまってから、生きるためのエネルギーが徐々に低下するのを感じ、もうすぐ枯渇してしまうのではないかと恐れています。

     やはり今が、文学に関する交流の場を求めて自ら動くべき時のようです。文学部の内にも外にも、いろいろな方法のあることを教えていただきました。ありがとうございます。


     理学部進学以降、文学への思いはひた隠しにして、根っからの理系人間のふりを続けてきたのですが、それがますます「思い残し」状態を招いてしまったようです。遅ればせながら「理系至上主義」の親たちから精神的に自立し、文学好きをカミングアウトすることが、私の第一歩だと思っております。

     ご助言に厚く御礼申し上げます。
     みなさまのレスから、文学を学ぶこと・研究することの実際を垣間見ることができ嬉しかったです。さらにお聞かせいただければ幸いです。

     (まだ続きます)

    ユーザーID:3765527921

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  • 続きです その2

     もう一つ別に、お考えをお伺いしたい問題があります。

     現職で何に違和感を覚えるのかを考えてみたところ、どうやら

    「学部学生の教育にあたる際、その学問を (文学ほどには) 愛していないことを見破られているような気がして後ろめたい」

    ということに思い当たりました。

     研究については、研究費を獲得しつつ業績をあげさえすれば文句を言われない状況にあり、それほど問題はありません。「職人芸的な実験技法を用い」「こつこつとデータを積む」タイプの研究ということもあり、「やるべき仕事を淡々と着実に行う」スタンスで対応しています。

     問題はいわゆる「教師」の役目を期待される場合です。そして「もし文学を教えていたなら、その学問への情熱がある分、もっと良い教師になれていたのではないか…」と夢想してしまうことがあります。
     
     「教師には情熱が必要」とは単なる思い込みだろうか? 実験屋として研究だけをしていたポスドクだったものが教員になってから、新しい仕事にまだ適応できていないだけで、やがて教育も「淡々と」こなせるようになるのだろうか? などと、思い悩んでいるのですが…

    ユーザーID:3765527921

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  • すべて自分次第

    卒業することで就職に直接有利な専門技術が身につくとは残念ながらいえない文学部ですから、必ずしも文学を追求したい人が集まるところではありません。
    もしも、文学部の教授になれてもがっかりするかも。
    授業にこだわるなら通信大学、カルチャーセンター、市民大学などもあります。
    そういうところで講師をしている人は通常の大学の教授の方もいますが、独自に研究して、ネットか何かで発表し、それにファンが集めれば講座やセミナーのニーズが生まれ、大学やカルチャーセンターからセミナーの依頼を受ける人もいます。
    私もこの人の話、直接聞いてみたいな〜と思っていたブロガーが2,3人講座を開き参加しました。
    ストリートミュージシャン上がりの実力派ような感じですよね。
    そういう人には説得力がある。伝えたいメッセージがあって、それに対するファンの需要が生まれ、
    路上からライブハウス、ホールと参加者多くなることで会場が大きくなっていく。こんな道を目指すのはどうですか?
    それとただ叶わぬ夢を夢想するにしてもあきらめることを前提にせず夢と現実を上手に両立させて相乗効果を生むことを考えた方がずっと楽しいのでは?

    ユーザーID:2760986990

  • 学問的自由をなぜ放棄するのですか? 研究者の特権です。(1)

    同じ研究者(大学准教授、 生命科学)として興味深く読ませていただきました。

    とぴ主さんが、自分のポジションと興味ある専門分野の乖離にそれ程までにこだわる理由が正直よくわかりません。専門がなんであろうと、興味のあることを研究すればいいのです。それが清貧に耐え(笑)、世間から変わり者と思われている研究者の特権です。研究は教育dutyとリンクする必要などありません。

    私の知人1
    音大を目指すほどの実力でも大学は何故か医学部。在学中は同期から"医学部文学科"と揶揄されるほど小説にのめり込み、卒業後は医師になるも再び音楽に目覚め、アマチュアオーケストラ3つを掛け持ちしながら、古典音楽の研究(学術論文も執筆)もしている現役医学部教員。

    私の知人2
    情報科学が専門の研究者の夜を忍ぶ姿は、、、俳号をもち雑誌に何ども採用される若手俳人。


    ある種の芸術分野の評論を書いています。ほとんど自己満足ですが(笑)。でも自分の業績一覧にも堂々と載せてます。大学やボスから文句を言われたことは一度もありません。

    ユーザーID:0427621172

  • 学問的自由をなぜ放棄するのですか? 研究者の特権です。(2)

    有名な話ですが、渡辺淳一さんが文壇デビューしたのは札幌医科大学整形外科専任講師に在職中。東大医学部教授だった養老猛さんは作家としても有名ですが、節足動物(昆虫ですね)の新種を発見するほどのコレクターです。昭和天皇は第一級の海洋生物学者、植物学者でもありました。

    あなたも気楽にいきましょう。とりあえず興味ある分野について評論(無名作家の伝記、書評など)を書いてみてはいかが?
    理系のあなたなら書けるはずです。小説を書くのは大変ですが、文献を引用しながら" 文学"を論理的、科学的に評価する作業は、理系の英語論文執筆となんらかわりません。楽しいですよ。

    日本にはいまだに"野口英世信仰"(研究者たるものは心血を注いで自己の専門だけに邁進すべき)が研究者にも一般の方にもあります。私がかつて留学したヨーロッパ某国では、ちょっとあり得ない発想でしたが(笑)。
    教育能力と研究は全く別でしょ?
    私は野口英世やアインシュタインには研究指導を受けたくないなあ(笑)。

    ユーザーID:0427621172

  • 楽しかったです

    東京の実学の府と自称する総合大学の文学部を卒業しました。
    法曹界では東大と並ぶ勢力があり、国家公務員・地方公務員になる人も多く、資格試験は司法試験以外でも皆さん、真面目に取得される大学でした。
    その中で「なんで文学部なんてあるのぉ?」とからかわれるような学部でしたが皆、仲が良く楽しい大学生活でした。
    卒論もいい思い出です。
    しかし文学部の教授の中には少なからず、大学内の雰囲気もあり「実学の大学で文学部なんて・・君たちは社会をなめてるね。」と学生にもバカにするような発言を繰り返す人もいました。
    学生はこの真面目な大学で、じっくり勉強したいと選んできているのに、自分のコンプレックスを学生に伝播しようとするのは悲しかった。
    理系の学生は文学部の学生と考えも違うとは思いますが、今のトピ主さんの周りの学生も、トピ主さんを信頼して学んでいると思います。
    今の研究も大切にしながら、文学の世界も拡げられたらいいんじゃないかと思います。
    私も卒業後も専門の本は読み、休日には主人に子どもを預けて母校の図書館にも出かけています。
    いつまでも学び続けられるのも、文系の楽しさですよ。

    ユーザーID:4980785499

  • 周囲の期待に敏感すぎ/自分を解放しよう

    JLさん、新たなる道に一歩踏み出されたようで、心から応援したくなります。でも、相変わらず周囲の期待に敏感だなあ。とても責任感のある方なんでしょうね。教師役ですか、確かに日本では教育が研究に増して重要視されますね。でも、文学でも研究でもクリエイティブな仕事って、他人の期待や思惑からも自由にならないといけない宿命にありませんか。学部生だって、本人が研究本当にしたいんだったら、教えがいあると思います。あなたが情熱を感じないのは相手(学生)の影響はないんですか?なんでもかんでも自分が責任取らなくていいのではないでしょうか。もっと自分の本音と周囲からの期待との乖離を認めてもいいのではないですか。

    それから、私の周りには素晴らしい研究者がたくさんいますが、必ずしも学部生相手の教育に熱心とは限りません(義務感ってのが普通)。教育と研究は全くスコープが異なりますので、両方熱心なのは稀です。また、業界のトップ研究者になるとかなり世の中の常識とはかけ離れてますね。私はそれが研究者の正しい姿だと思ってますが。。。

    ユーザーID:0568395806

  • チャレンジ!

    私はトピ主さんと同じように文学部で学びたかった。そして、下の子供が2歳のときに慶応義塾大学の通信に入学しました。33歳のときです。6年かけて卒業しました。子供2人抱えて本当に大変でした。でもね、思った事は、満足!自分に満足しました。文学といっても幅広いのですが私は国文学を卒業しました。
    トピ主さんから見ると文学部と自分の学問は違うと感じられると思いますが、いいえ、文学も科学的に分析しなければならず、科学的な思考能力が
    なければ卒論には結びつきませんでした。チャレンジして下さい。慶應の通信にはたくさんの社会人、中には、公家の出身の方や杖をついてこられる年齢の方、様々でした。医者もいました。一歩踏み出すためには勇気が必要ですが、その勇気がないと「○○したかった・・・」で終わる人生でしかないですよ。自分に正直になる。自分の人生です。
    自分に向き合うこと、文学を学ぶ第一歩かもしれません。

    ユーザーID:1795099200

  • 総合大学なら

     今勤務している大学が総合大学なら気になる文学部の講義に担当教授に頼んで出席すればいいのでは?
     アメリカに留学していた時など、向こうの大学では科学系の教授が文学や社会学系の講義に学生と一緒に出席して討論にも参加する光景など当たり前の様にありました。自分の教養の幅を広げるということで、出席しているとのことでした。
     日本でも寺田寅彦の様に、物理学者であると同時に文学者としても高名な人物がいます。

    ユーザーID:5852805986

  • あなたの勘は正しいです

    当方、社会人を経験してから医療系の大学に入りなおした学生です。


    あなたの
    「学部生の教育にあたる際、その学問を愛していないことを
    見破られているような気がして後ろめたい」

    は当たっていますよ。


    わたしは、その分野を愛しているのがわかる教授からはぜひ教えを請いたいと思いますが、
    「大学教授」という権力を手に入れようと生きてはきたがそれも叶わず、
    自分の研究に虚しさを感じている講師はすぐにわかります。
    尊敬もできないし、出世もしないで欲しいと思います。

    講座にもそれが如実に現れています。


    ま、二十歳やそこらの学生で、そこまで見ている学生は少ないでしょうが。。。。
    だから社会人学生は教授に疎んじられるでしょうなぁ(ため息・・・)


    まぁ、現実には講師の職に幸運にも就けてしまったのですから、
    手放すことはないと思いますよ。

    でも、教育場面で未来ある若者に向かって
    自分の虚しさを吐き出すことだけはしないでください。
    講師と言っても、教育に対してそれくらいの責任はありますよね。

    ユーザーID:9282183300

  • レオナルド・ダ・ビンチが先生

    ご存知レオナルド・ダ・ビンチは、画家であり、解剖学をやり、兵器を研究し、飛行機やヘリコプターを設計し・・・世界に知られた天才ですが、それぞれの仕事を楽しんでいたに違いありません。私は公務員ですが、大学の先生になるのは夢でした。その夢を実現しておられるのですからとてもうらやましく思います。勉強は好きだったので、経済学部と理工学部の電気工学で学び、卒業しました。あと数年で定年退職ですが、語学が好きで、英語、ドイツ語、等々ヨーロッパの言語はいろいろやりました。その延長線上で、大学の通信課程の文学部で英語を学んで、英検1級(現在準1級レベル)と出来れば英語科の教員免許を目指すつもりです。年なので、採用してくれるところがあるかどうか分かりませんが、それは構いません。とにかく本職に支障が出ない限り、短い人生好きなように精一杯やって行きたいと思っています。結果じゃありませんその過程を楽しみながらできるだけやればそれで満足です。

    ユーザーID:0559265820

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