おじいさんとおばあさんの会話(駄)

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まめっち

話題

数年前、とある電停で耳にした年配者二人の会話。真夏の大変暑い日で、おじいさんとおばあさんは喪服を着、汗を拭き拭き電車が来るのを待っていました。お葬式帰り?二人は夫婦ではなく親戚のようでした。

おじいさん「(突然、大きな声の広島弁で)ほいじゃけど真夏の葬儀はやれんのう!」
おばあさん「(これまた大きな声の広島弁で)ほんまじゃのう!ウチんとこは明日も葬式じゃあ!」
おじいさん「誰のぉ?」
おばあさん「○○さんのおばあちゃん!」
おじいさん「・・・あれ・・・死んだんか!!」
おばあさん「そうよ」
おじいさん「ありゃぁ、こないだ歩きよったがのう!」
おばあさん「九十(歳)じゃて」
おじいさん「九十か!」
おばあさん「そうよ」
おじいさん「九十か!」
おばあさん「そうよ」
おじいさん「九十かー!」

会話を隣で聞いていた私は、なぜかとてもほのぼのした気持ちになりました。もちろんお葬式は悲しいこと。でもこのおじいさんもおばあさんも、○○のおばあちゃんも、きっと素敵な人なんだろうなぁと思いました。

続きます。

ユーザーID:3754372211

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  • 年寄りはそんなものですよ。

    若い人ほど、
    往々にして「私のペットが亡くなる」など、
    ペットにまで敬語を使うような印象があります。
    年をとった人ほど、
    生死に対して淡々としていますね。
    年を取ったひとも、
    死ぬということは確かに怖いことだろうとは思うのですが、
    神様はありがたいもので、ひとの心をよく考えてくださっています。
    何十年も生き抜いた人生、
    「みんながいるところにいく」という気持ちを与えてくださるのかも知れませんね。

    年をとったひとの心を理解出来るなどということは、
    若い私達の傲慢そのものであるけれども、
    年をとったひとの話しをふと垣間見たトピ主さんは、
    大げさですが悠久のときに触れたような、
    おだやかで、
    優しい時間だったと推察します。

    トピ主さんは、普段お年寄りと接することがないのかな。
    お年寄りはありがたいです。
    苦労しても大丈夫、
    みんな同じに年をとると教えてくれます。

    ユーザーID:0721507193

  • トピ主続きです

    葬式帰りに、こんなに気持ち良くサバサバとした会話ができるのは、お年寄りだけの特権だろうなぁと少しうらやましくも思いました。

    もしこのトピを読んで、気分を害された方がいらっしゃったらごめんなさい。
    このおじいさんとおばあさんの会話を聞いていて、なんだかとてもほのぼのした、幸せな気持ちになった私の心、共感してくださる方はいらっしゃるでしょうか。もう何年も前のことなのに、会話の細部までしっかり心に残っています。

    さて、私はこういう高齢者が大好きです。他にも、「年配の方のこんなところが好き!」というエピソードをお持ちの方のお話を聞かせて下さい。

    ユーザーID:3754372211

  • 味のある会話

    続きは拝見していないのに、早急にレスする非礼をお許しください。
    途中までですが、この会話を読んで、「年月の長さ、そして命の短さに対する感嘆があるなぁ」と思いました。90年という年月は長いけれど、実際に知人が亡くなったときに、その年月が短く感じてしまう…。

    この会話をなさっていた方々も、やっぱり高齢者の方なのでしょうかね。その年代になった者にしかわからない、年月や命に対する感嘆が感じられて、この続きが早く読みたいです(→小町の編集者さん、よろしくお願いします!)。

    ユーザーID:0005043283

  • わたしも

    ほのぼのする会話ですね
    90か!の6繰り返し?に、亡くなった人に対する尊敬が含まれているように思います。

    人生楽しんで、神様の下に、家族に会いに行ったというように思いますし。

    こないだまで歩いていた!という元気な人だったから、苦しまずに
    なくなったのかな?と理想的な死に方をイメージします。

    また、続編読みたいさんの 意見にもすごく納得できました。

    ユーザーID:4539186347

  • 老成してますね〜

     私も若いとは言えない年齢ですが、と言って1世紀近く生きてこられたお年寄り達の心境には到底至るはずもなく。精一杯「生を全うした」感が溢れる会話ですね。
     
     私は仕事でご高齢の方とも接する機会があるのですが、数年前、70歳くらいの方のお舅さんかお姑さんかが健在で、明治生まれは我慢強さが我々とは違う!と話されてました。確か闘病中とのことで、苦しいだろうに、弱みも見せず泣き言も言わず、ぐっとこらえてる様子が痛々しくも感嘆すると。
     そのお話しをされたご本人も、私にとっては敬意をはらうべき「高齢者」であることは違いなかったのですが、上には上がいるんだなぁ、と思い知ったエピソードです。
     
     

    ユーザーID:8080819649

  • 母から聞いた話

    母親が独身で実家にいた昭和30年代の話です。
    曾祖母が夏バテで食欲を亡くし、寝込むことが多くなったとき。
    叔父が「おばあちゃん、大丈夫?」と聞いたら
    曾祖母は「ばあちゃんもう70も過ぎているし、そろそろお迎えかなぁ」
    と笑って答えたそうです。
    母を含め孫達は夏から秋にかけて、衰えていく曾祖母の姿を見て
    自然と死を受け入れていったとか。

    死が身近にあり、畳の上で自然に死ぬことが出来た時代だったのでしょうね。

    ユーザーID:2444744835

  • まるで

    映画のワンシーン。
    情景が浮かびました。
    余計なものが削ぎ落とされてその事実だけを淡々と。
    若輩には出来ない芸当です。

    ユーザーID:2986713425

  • あ〜、何か、わかります

    よくそう言う会話してますね。田舎で、周りに高齢者ばかりなのでよくそう言う場面に遭遇します。
    特に冬の季節の変わり目にはお葬式が増えますね。だから今84歳の祖母も一ヶ月に3回とか葬儀が入って
    「香典貧乏でやれんわ(大変だ)」って言いながら、
    「明日のパンを買うお金がのうなった(無くなった)。銀行、銀行」って言ってます。

    あ、不謹慎でしたら謝ります。すみません。
    でも何て言うんでしょう?誰でもが最後は行き着く事と割り切っている所があるようです。
    それが私にはまだ理解できなくて、すごいなと思います。

    後、100歳で大往生の祖父。
    ある日、祖父が昔働いていた頃、祖父の部下をやってらした方が訪ねていらっしゃいました。
    その方も既にたしか90歳はいってらっしゃいました。
    祖父がその方に「君もまだ若いんだから、頑張りなさいよ」と言うと、その方は
    「はい。ありがとうございます。自分もまだまだです」とおっしゃいました。
    それを横で聞いていた私達家族はのけぞっちゃいました。 ・・・すごい世界だ、と。
    100歳と90歳ですよ?
    今でも私の一番尊敬する人です。

    ユーザーID:6703608142

  • また広島弁がいいですね〜

    淡々とした感じがいいですね!
    私も病院の待合室でお年寄りの会話を聞いてほのぼのと感じることが何度もあります。

    私の体験はこの前の本えびすでの出来事です。
    その時間は大変混んでおり、警察で通行を制限していました。
    そんなわけで本殿へなかなか進めませんでした。
    夫は4歳の子どもを肩車し、まわりの小さいお子さんもみんなお父さんが肩車していました。

    私の後ろのおばあちゃんがその様を見て一言。

    「川中島の合戦やな〜」

    思わず吹き出しました。
    なかなか進まない状況に苛立っていましたが、その一言で楽しい気分になれました。

    ユーザーID:6728922737

  • 和みました

    トピ主さん、私も和んでしまいましたよ(笑)
    おじいちゃんが「九十か!」と何度も言い、それに対しおばあちゃんが「そうよ」と応えるところが特に良かったです。

    ユーザーID:6425810673

  • お葬式は悲しいこと?

    トピ主さんはお葬式には余り出たことがない方なのかもしれませんね。
    亡くなった方が親しい身内や余程若い方でもなければ、私の周りでは、お葬式とは、お酒や食事の出る村の行事の一つのようなものです。
    中高年以上なら、案外みんな淡々としてますよ。(幾ら包むとか事務的な思案の方が忙しいかもしれません)
    悲しんでいる人は余り見掛けませんし、亡くなるのは病気療養中のお年寄りが多いから、お葬式の日は暑かったり、寒かったりする事が多くて、トピ主さんが小耳に挟んだ会話に妙に共感してしまいますね。

    ユーザーID:0937638708

  • 祖母の独り言

    私の祖母も97歳で亡くなりましたが、生前朝仏壇を拝む時(戦争で亡くなった祖父と、病気で亡くなったまだ赤ちゃんだった叔父)に手を合わせながら「私が死ぬ時はどうぞお迎えに来てくださいね。」とぼそぼそと呟いた後、「適当な時期に」と付け足すのを聞きました。
    隣の部屋で何気なく聞いていた私は、最後の言葉で不謹慎ながら吹き出してしましました。なぜかおかしくて。
    祖母は大好きだったから亡くなった時はすごく悲しかったけれど、あの時の言葉を思い出し「適当な時期」が来たのかなぁ、と考えた記憶があります。

    ユーザーID:0461431162

  • 本当にボケているのかおじいちゃんよ!?

    うちの祖父は93歳です。痴呆が少しでてきてて、ご飯を食べたことはすぐ忘れるし、私が社会人になっていることも忘れてます(名前は覚えてるけど)。

    なので、しゃべりかけるときは結構大きな声でしゃべりかけないと、耳が遠くて聞こえないのですが・・・。

    ある日、リビングの隣の部屋でせんべいを食べていたら、リビングにいたおじいちゃんが、「おい、誰だせんべい食べてるやつは?俺にもすこしくれんか?」と大きな声で言っていて、マジでびっくりしました。

    ええ〜!耳めっちゃいいじゃん!?って感じです。もしかしたら、都合が悪くなるとボケている振りをしているだけなんじゃないかと思ったりします。
    おもろいですな〜。

    ユーザーID:9759214421

  • 素敵ですね。

    こういう会話ができるのは、生も死もそれが自然の流れであるという事を悟っていらっしゃるからなんでしょうね。
    90歳も過ぎると、もっと長生きしたい半面、先に亡くなった配偶者や友人たちに天国で再会できる楽しみもあるのかもしれませんね。

    トピ主さんのほんわかした気持ち、よく伝わってきましたよ。

    ユーザーID:6969520606

  • お気に入りの会話

    眼科勤めで、普段から年配の方とお付き合いしております。
    主に症状の話よりも、世間話が多かったり、目に関係ない悩み相談などするのは日常茶飯事。

    「自称」?不眠症な方が結構多く、時々おばあちゃんが
    「センセ、私、夜に寝られませんの」と畑違いの話を始めましたら
    ドクターが「起きとったらええがな〜。そいで昼に眠たなったら寝たらええねん!」
    おばあちゃん「はぁ、そうですか、そうですね」

    愛情溢れる一刀両断とでも申しましょうか。ほんでまた声が大きいもので
    待ち合いまでまる聞こえで、皆さん笑いをこらえてます。

    ドクターも初老を過ぎまして、近所の老人会の会合の様です。毎日、こんな調子で、ある意味ほのぼのしております。

    ユーザーID:8532359013

  • トピ主です、ありがとうございます!

    あんみつ様のレスまで拝読しました。レスくださった皆様、ありがとうございます。

    あぁ皆様、そうなんです、そうなんです!このおじいさんおばあさんの会話を耳にした時の私の気持ちを、ここまで的確にご理解して頂けるなんて!嬉しいです。

    私はもうすぐ30歳ですが、なんとなく、「死」や「葬儀」という言葉はタブーという気持ちがあります。でも、大変な時代を生き抜いてきたお年よりにとっては、ふぁんふぁん様の仰るように、「誰でもが最後は行き着く事」なのであり、決して怖いことではないのですよね。あの時、「大丈夫大丈夫」と頭をなでられたような安心感が心に広がりました。続編読みたい様の仰る通り、普段私はお年寄りと接する機会がほとんどありません・・・。だから余計に、この時の会話が心に響いたのでしょうね。

    皆様のお年寄りにまつわるエピソードも、どれも素敵なものばかりですね。本当にありがとうございます。

    引き続き、ご意見お願い致します。

    ユーザーID:3754372211

  • 名刺をください。

    知人男性A氏(70代)から聞いたお話。

    A氏が郷里に帰り、久しぶりに叔父さん(90代)に会いに行ったときのことです。

    いろいろな話に花を咲かせ、そろそろ帰ろうかと思ったところ、叔父さんが「君の名刺をくれんかのう」と。

    きっと、A氏の会社の電話番号を知りたいのだろうと思い、叔父さんに名刺を渡すと、叔父さんが、一言。

    「おお!君の苗字も○○か!わしも○○なんじゃ!もしかしたら、遠い親戚かものう。」

    ユーザーID:0054371753

  • 素敵なお年寄りですね。

    微笑ましいですよね。私もずっと気になっているお年寄りがいて…私は30超えてますが、高校の時いつもバスが一緒になる老夫婦がいました。その夫婦いつもペアルックなんです!お爺さんはいつもジーパンでお婆さんはデニムのスカート。トップスはお揃いのシャツとか着てました。お婆さんはバスケットみたいなカゴを愛用してました。いつも2人で手を繋いで、バスに乗って遊びに行ってるようでした。多分カゴの中はお弁当だと思います。私はある日通学中に2人が座る座席の横に吊り革を持ち立っていました。で、会話を聞く事が出来たのです。
    お婆さん「今日はどこに行きますかぁ?」
    お爺さん「動物園かぁ…でも動物園は動物がくっついてくるから…なんたらかんたら…」
    などの会話をしてました。いつも通学中会う事が出来て、仲良い光景が羨ましかったです。学校帰りにたまたま2人を街中でお見掛けして、やっぱり仲良く手を繋いで歩いてて嬉しくなったりしました。
    高校卒業してお見掛けする事もなくなったのですが、今でもたまに思い出しては偉大さを感じます。

    ユーザーID:7032346689

  • トピ主です。ありがとうございます。

    トピを立てるのが不慣れなため、お一人お一人にお返事せずにすみません…。まっちゃ様のレスまで拝読しました。お年寄りって本当に偉大ですよね。

    よくTV番組で、初対面のお年寄りに対して「カワイイ〜」と言っているシーンを見かけますが、あれって失礼に思います。若輩者が、長年生きてこられた方に対して、褒め言葉として「カワイイ」と言うのって、私はあまり好きではありません。それよりも、敬意を払って接するほうが大切だなぁと思います。

    皆さまのエピソードを読んでいると、本当にお年寄りの心の奥深さを感じ、改めてお年寄りの偉大さを感じます。年をとるのって、悲しい経験もたくさんするし、親しい人の死をたくさん見ることでもあるんだけど、それだけではない、人生の奥深さを身をもって体感できることがたくさんあるんでしょうね。

    このトピを立ててから、田辺聖子さんの小説「姥ざかり」シリーズを思い出しました。大好きな本で何度も読んでいるのですが、主人公の歌子さん(80歳)の胆の据わった、飄々とした風情は、このトピで皆さんがご紹介くださったお年寄りとつながるものがあります。

    ユーザーID:3754372211

  • ちょっとトピずれですが…

    私は仕事柄たくさんのお年寄りと接する機会があります。

    そこで気づいたことが一つ。
    「良い生き方をしている人は良い顔をしている」です。

    顔の造作の話ではありません。
    よく顔に生き方が出ると言いますが、本当にそう思います。
    穏やかで裏表もなく可愛らしいお年寄りは顔にも
    かわいいシワがたくさんあります。

    反面、高飛車だったり、意地悪だったりする人は顔に
    意地の悪いシワがたくさんあるんですよねー。

    皆そういう顔して長いこと生きてきたから、それらが
    まさに顔に刻まれているんでしょう。

    私が言うのも何なんですが、ウチの祖母がまさに可愛いシワだらけの
    人でした。
    裏表がなく誰に対しても平等で本当に多くの人から愛された人です。

    92才で他界して、もうずいぶん経ちますが私の憧れのおばあちゃん像です。
    素敵な年寄りが身近にいると年を取るのが怖くなくなりますね。

    エステでシワをのばすより、晩年可愛いシワがたくさんあるような
    生き方をしたいなといつも心に思ってます。

    ユーザーID:4013297409

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