眠れない 修士論文 どうすりゃいいの

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駄目だ 能力なし院生

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  • 今更・・大学院やめたら

    トピ主さん、社会人入試で大学院に入られたんですよね。研究計画書も書いて出したんでしょ?書きたい論文のテーマがあったんじゃないですか?今更、指導教官が・・云々で論文が書けそうにないのだったら、大学院で勉強&研究する必要はないんじゃないですか?
    私は、法学研究科修士課程に社会人入試で入りました。その時30代半途、フルタイムで働いていましたし、主婦業もと3足のワラジを履いておりました。
    文系の大学院は基本的には全部自分でする所、文献を探すのも当然しなければなりませんし、自分の研究分野の学会には教授に頼んでお供させていただく(学生の身分では参加できない学会がほとんど)くらいでなければ誰も手取り足取りしてくれるわけではありません。
    そして、たかが修士論文です。世界に通用する研究者になるための論文ではありません。・・・大学院に入った人達のほとんどが、出来たことなんですよ。文系大学院は自力で論文を書く所です。理系の教授の下請けして学位を貰うところではありません。
    私にとって、修士の学位は普通の女性の生け花や茶道のお免状と何ら代わりはありません。

    ユーザーID:8975140604

  • 今更(続)

    私が大学院に行っていたときも、社会人で入ってきた人達の中には、指導教授におんぶに抱っこという姿勢の人も沢山いました。上記のような人達に限って自分の指導教授を悪く言っていました。教授は何もしてくれないとか、自分の方がよく判っているとか・・私は決して優秀な学生ではありませんでしたが、そのような社会人の学生を不遜な人達だなあとおもっていましたョ。

    指導教授だって授業もあり、勿論ご自分の研究だってあるんです。それでも院生のためにゼミにもでてくださる(その為に指導教授はどのくらい事前勉強していると思っているんですか?ほとんどの教授は院生よりずっと沢山勉強しています。・・・しかもご自分の専門分野でもなくても、ある意味押しつけられた院生のために)のですから、感謝すべきなのではないでしょうか?

    修士論文は何も2年間で書かなければならない訳ではない。留年して3,4年計画で書くっていう方法も・・・その間に2年休学すれば6年計画でも。どうか納得できる論文をお書きくださいますよう。
    今私は専業主婦で何もしていません。指導教授に2年間無駄な時間を使わせてしまったと忸怩たる思いですが・・・

    ユーザーID:0591605394

  • 大学院 議論する場がない

    いろいろありがとうございます。
    とても意識改革になります。

    実は、周りに議論する場もないんですよ。
    院生の集まる部屋とされているところには、誰も来ていない。
    夜だからというわけではない。

    先生は、研究室にほとんどいないし。
    当然先生の研究室は、勝手に出入りできません。

    論文のためのゼミがあったとしても、ほとんどないが。
    みんな研究テーマが違うので意見がでない。
    一人ひとりが発表して、それでおしまい。

    だれも内容に踏み込んでこない。
    こんな状態、どうしたらいいのやら。

    自分の中で考えが醸成しない。

    同じような方いらっしゃいませんか。
    こんなもんなんでしょうか? 


    図書館には、関連する図書がなく、遠くの他大学の図書館に
    いくような状態。関連する図書は、すぐ手に入らない。

    ご意見お願いします。助けてください。

    ユーザーID:8366413424

  • 不平不満を言う前に

    トピ主さんは、何かご自分の中にある問いや思いに導かれて
    修士課程に入学したのではないのですか。

    それともただ、「勲章」が欲しいだけですか。

    指導教員や周囲の環境に文句を言う前に、ご自身と向き合うことがまず必要だと思います。
    問題意識を明確にする事、そうすれば自ずと、やるべき事が見えてくると思います。
    そうすれば、不平不満を言っている暇もなくなると思いますよ。

    もしトピ主さんが「もう既に十分向き合っている、それでも見えない」とおっしゃるのであれば、
    研究には向いておられないのかもしれませんね。

    研究は、自分で進めていくしかないのです。早く気付いてください。

    ユーザーID:9427315957

  • 年の功の発揮しどき

    私も30代半ばで大学院に行きました。同級生は子供に見えたし、教授もたいして年がかわらなかったり、意外にものを知らないと思えたりして、最初はとまどいました。

    でも、大人になってから学校に戻るって、そんなもんです。学校があなたを取ったのも、今までの経験を生かし、自力で道を切り開いて、他の人たちにいい影響を与えてくれるだろう、という考えがあってのことかもしれません。

    それと、「吸収するものが何もないのなら、自分で勉強してるのと同じ」ということですが、一つだけ大きな利点があります。

    「○○で修士論文を書いています」というエクスキューズがあれば、外部のエキスパートに話を聞いてもらえたり、意見をもらえたり、とにかくコンタクトやネットワークがつくれます。こればっかりは、「個人で勉強してます」では相手にしてもらえません。

    なので、自分の肩書きを最大限生かして、学内では手に入らない情報や知識を、外から勝ち取ってください。そういうノウハウを持っていることが、年の功というか、年いってから学問する人間の強みだと思います。

    最後のチャンスと思って、納得いく論文を仕上げてください!

    ユーザーID:6915835718

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  • 体験談

    私が大学院自体に付いた師匠の話をしましょう。この方は国内では指導的な立場にいます。

    修士に入ったときに講義を取りましたが、雑談のような話で何を言っているのか要領を得ない感じでした。とはいえ基本的なことはきちんと講義されていました。

    博士課程に上がり、講義のアシスタントをすることになりました。とりあえず、修士時代に自分がとったノートを見直してみると、「あらー、こんなことまで説明してるよー!」という内容でした。

    そして、アシスタント立場で講義を聞いていると、これが面白い!「ああ、こういう視点でみてるのかー!」「ふむふむ、こういう立場には批判的なのか!」というのがよくわかる、師匠の学問観が感じられる講義でした。

    その時は、講義の最初の時間に前回のまとめとかの説明を任されていて、院生に教えられる程度の理解はできてました。

    まあ、わかっている人には面白いって講義は問題かもしれませんが、言ってることを理解するには自分の理解の水準を上げないといけないという体験談です。

    トピ主の場合は、指導教官の口にするちょっとしたことに反応できるだけの実力が磨かれてないのかもしれません。

    ユーザーID:3896898367

  • まだ何も始まってもいない。

    以前に、修士論文、博士論文は最後は国会図書館のゴミになると書き込んだものです。
    それは殆んど事実なのですが、嬉しい続きもあります。

    修士論文、博士論文が優れている場合はそれを掲載しようとする学術雑誌の様式に合わせて書き直して(一般的にはコンパクトにまとめる)投稿することができ、雑誌の責任編集者が、優れた新奇性のある論文であると判断してくれれば掲載されます。

    さらに、自分の書いた論文が他の研究者の論文に引用されます。現在のインターネットの世界では、自分の書いた論文が引用された回数、誰に引用されたのかが分かりますので、引用回数が二桁の上になると少し嬉しいものです(その頃には、次の研究で忙しくなっているので、心の中で一瞬だけ微笑みます)。

    研究って苦しくて、楽しいものだと思いませんか? 中年研究者よ頑張って!!

    ユーザーID:9720490875

  • ははー、もしかして

    もしかするとトピ主ははずれの大学院にいってるかもしれませんね。

    最近の風潮で、本当ならば大学院を持つようなLVではない所も大学院を設置するようになっています。

    知り合いと飲んでいて、「うちの大学に大学院作っても無駄なんだよなー!」という話も聞きます。
    で、推進した人は逃げてしまって、文句を言っていた真面目な教員がワリを食ってたりします。

    ということで、きちんと下調べをして、自分の関心のあるで実績のある教員がいるかを調べた上で、ちゃんとした大学院に行ってますか?
    それとも、大学のLVもそれほど高くないくて最近大学院を新設したところに試験では入れたという理由だけで行ってますか?

    仮に後者だとすると、はずれの大学院の可能性もあります。


    ただし、トピ主から積極的に指導教官に働きかけて指導してもらうのは大切です。自分なりに論文の構成、研究計画を作り、とりあえず下調べをし、先生にアポイントを取って、ドンドン持ち込んで指導を受けましょう。何もゼミの時間だけが指導を受ける時間ではないですよ。

    ユーザーID:3896898367

  • 仲間に聞け!

    あの...ここで聞くより、まず同じ研究室、同じ大学の仲間に聞くべきでは?
    研究室の文句ばかり書かれてますが、それなら皆修士を取れずに辞めていくんですか?
    そんなことはないですよね。今年も何人か修士を修了して出ていく人がいるのでは?

    「研究はどのように進めればいいのか」「文献はどのように探せばいいのか」「修士論文はどのように書けばいいのか」
    そんな基本的な事柄は、先輩の院生に聞けばすぐ分かる事です。
    入学から1年も経っているのに、状況の認識すらできていないとは呆れます。

    世の中色んな研究室があります。教授の中にはほとんど教育を放棄して自分の研究だけしている人もいるでしょう。
    他の研究室の院生達と日頃から交流していれば、今の研究室に問題があるのか、
    それとも文系の研究室としては一般的なものかも自然と分かるでしょう。
    たとえ問題のある研究室だっとしても、院生達はそれなりに知恵を絞って、他の教授に教えを仰ぐとか、
    学会や研究交流会で同じ分野の人とのディスカッションを行うとかして研究を進めるわけです。

    院生同士のコミュニケーションも大学院の大きなメリットです。それを充分生かしていますか?

    ユーザーID:3530609104

  • 本気で論文書く気あるの?

    トピ主さん、本気で論文書く気あるんですか?只、指導教授が何もしてくれないと言いたいだけなんじゃない?
    私の先輩の院生は、その分野では誰でも知っていると言うほど有名な大先生が指導教授でした。彼は学部からストレートの学生でしたが、修士2年間は「布団で寝たことがない」と言っていました。指導教授から毎週、山のような英語の論文、独語の論文を読むように指導され、毎週レポート提出。そのための文献、判例を山のように探して(勿論自分で探す)読む、その他の履修科目もレポートや発表もしなければならない。そこまで厳しい先生が良いですか?
    社会人院生だった私だって、1週間で睡眠時間4時間くらいの時もままありましたよ。大学から与えられる研究図書費の10倍は自腹で専門書も買っていました。修論を書いているときは脳みそから煙が出てるんじゃないかと思うくらい苦しみました。
    特に文系大学院は、論文のテーマが全然違うので、同じ院生と話しても、意味ありません。論文進んでる?お互い頑張ろうね・・・と言う程度です。とにかく十分でなくとも、叩き台となる論文と書いて持っ行かなければ、指導教授だって指導のしようがありません。

    ユーザーID:0591605394

  • もったいない…

    15年ほど前に修士を終えたものです。

    あの…トピ主さん。もったいないですよ。
    修士課程の学生は、研究の世界ではほんの下っ端かもしれませんが
    「院に所属している」ことはそれだけである意味かなりの強みです。

    > 先生は、研究室にほとんどいないし。

    どんなに忙しい先生にも「オフィスアワー」(名前は大学によって
    違うかも)があると思います。
    「大学に来ていて、研究室にいることになっている」時間です。
    今やメールででもコンタクトはできると思うし、予約して行くのです。

    > 図書館には、関連する図書がなく、遠くの他大学の図書館に
    > いくような状態。関連する図書は、すぐ手に入らない。

    いいじゃないですか、他大学の図書館。
    所属もしていない大学の図書館にアクセスできるなんて、「学生」の
    特権では?
    私は指導教官に相談に行って「この分野はこの人も詳しいよ」と
    他大学の先生を紹介してもらったりもしましたよ。

    もう少しだけ、続きます。

    ユーザーID:6900859222

  • 修論ごときで他人と議論する必要はないですよ

    研究発表ゼミで「みんな研究テーマが違うので意見がでない」というのは普通です。院生は通常広い知識はもっていないので、他人の研究テーマに知識も興味もないのなら、まともな意見は出せませんから。
    自分の発表は学会発表の訓練と考えて、発表原稿や話し方に工夫を凝らしてやればいいだけですよ。

    指導教員には論文の章立てが決まったら時間を取って貰ってこれを見せて意見を訊く。ある章の下書きが終わったら見せに行って意見を訊いて訂正する。別の章の下書きが終わったら同様にする(順に書く必要はなく、書ける章から書いていく)。

    議論がないから「自分の中で考えが醸成しない」というのは変です。
    きちんと先行研究を読んで真剣にデータを検討すれば考えはまとまってくるはず。まとまらなければ研究能力がないというだけの話。修論というささやかな論文を書くのに議論に時間をかけなくてもいいじゃないですか。

    なお大学の図書館には「文献複写依頼」や「文献借用依頼」といった書類があるはずなので、時間が惜しければこれで複写物送付や現物送付を他大学に申請できます。院生なら送料は多分自腹でしょうが社会人なので金は惜しまずに。

    ユーザーID:8269856194

  • もったいない…2

    続きです。

    私のいた専攻にも、社会人学生はたくさんいました。
    言語系だったので英語や国語の先生が多かったですが、みなさん
    「私の専門はこれ」というものをしっかり持っていらっしゃいました。
    ゼミの時も経験に基づいていろいろと話をされて、先生(教授)の
    話よりもためになったことも多々ありました。
    私の修士論文のテーマにぴったりと合っていなくても、です。

    > だれも内容に踏み込んでこない。

    あなたが踏み込んだらいいじゃないですか。
    学部を卒業したばかりの若い学生にはない、社会での経験を踏まえた
    あなたなりの意見がありませんか?
    私がいたところは専攻が新設だったので、入学したばかりの学生が
    どんどん研究会を作っていきましたよ。

    修士論文を3年かけて書く人はいないわけではありません。
    今から気持ちを入れ替えれば間に合うかも。
    今は春休み中でしょうか?4月に新入生がキャンパスにあふれる前に
    文献を探したりするのにはもってこいの時期ではありませんか?

    受身じゃだめですよ。
    がんばってください。
    「がんばれる」環境があるのは幸せなことですよ。

    ユーザーID:7222116894

  • そんなものでしょう

    日本の大学でイギリス文学で修士を、その後イギリスの大学で修士と博士を修了したものです。

    大学院なんてそんなものだと思いますよ。
    日本で修論を書いていたときは、第1稿を出しても、第2稿を出しても、最終稿を出しても、指導教授からはなんのコメントをもらえませんでした。修論とはそういうものなんだ、自分でやるものなんだ、と思いましたね。イギリスでも「何か書いたら持っておいで」といつも言われていました。

    何も考えがない、または考えがまとまっていない状態では、指導する方も困るのではないですか?それに、考えを熟成させるのは、あくまでも本人です。この世界に身を置く限り、脳が溶けるかと思うほど考えて書いても、これでいいのか、独りよがりではないか、十分に議論がされているか、きちんと表現されているか、というような「心配」は常に頭の中にあります。自分の考えを世に問うのですから、当然です。

    他の学生も同じような悩みを抱えているはずです。そのような悩みを語り合うようなきっかけをお作りになったらどうですか?

    ユーザーID:1056746956

  • 孤独な作業でした(20年位前です)、お役に立てるかな〜?

     修士論文のテーマ=「結論」は明確ですか?大まかなアウトラインは教授に見せましたか?教授は自分の専門以外は全然解ってない事もあります。教授の本職は「論文屋さん」ですから自分の研究が忙しい。
     大切なのは論文の「構成」で、学術的な「お約束」を踏まえている事なのです。論文を書くための形式を学ぶ所が修士です。内容よりは形式重視、年齢や職歴に関係なく「修士は研究者の第一歩」。
     多分、大学の図書館に昨年、一昨年の修士号論文があるのでご覧になって下さい。「この程度でこういう風に書くのか。」って安心すると思います。文系は理系より、ある意味考え方が自由です。形式が整っていればいいのです。実験検証不可能な分、幅が広く結論やテーマも様々と思います。
     自分の頭の中にある考察の半分出せればいい論文です。力を抜いて書いてみて、その後も修正可能です。設計図の具現化に近いです。
     

    ユーザーID:3671137295

  • やっぱりリサーチ不足

    お話しを聞いていると、やっぱり最初からリサーチ不足だと思います。
    トピ主さんが、大学院生活を妄想するのは勝手でしたが、そのような理想的な大学院生活を送るためには、綿密な事前リサーチが必要だったと思います。
    私の専門職自体、脱OLや脱主婦してなる方が多いので、大学院自体社会経験のある方が多いんですけど、大学院について質問されると、研究をしたいのか、勉強をしたいのか、もし研究じゃなくて勉強をしたいのなら、私の行っている大学院はあまりお勧めしません、とはっきり答えています。
    大学にはそれぞれ特色がありますから、それを調べて納得、もしくは妥協して選ぶべきだと思います。

    大学の雰囲気や図書館の蔵書は、そうそう変えられるものではありません。
    すぐに変えられるとしたら、それはトピ主さんの意識だけ。
    そして、その意識を変えられるのは、トピ主さんご自身ですよ。
    これだけ、大学院とはそんなもの、自分でやろう!って言われてるんです。
    ぐだぐだ言ってないで、さっさと意識改革してください。

    ユーザーID:8370109423

  • はずれの大学院

    どなたかが指摘されていた「はずれの大学院」が、確かにあります。

    大学にも格があり、旧帝国大学、旧一期校>旧二期校ですし、国立>公立、国公立>私立という感じで、アカデミズムの本流の先生は格付けの高い大学に集められます。ですから、地方の私立大学には、公務員の天下りや、民間企業からの転職組の、すなわちアカデミズムの本流から外れた人たちが「教授」の肩書きを与えられ、固まっています。ひどいケースですと、その分野で何の実績も無い、明らかに畑違いの人たちだけで一つの学科を占領していることすらあるのです。

    専門分野の過去10年の論文について全く知識を有さない「教授」がいたとしても、私は全く驚きません。

    それから、若いときはなにがしかの実績を上げた人でも、時間が経過して意欲を失ってしまった教授が少なからず(沢山?)居ますね。

    わざわざお金を支払って、頭を下げて指導を仰ぐ価値のある人かどうか、よくよく下調べすることが必要です。

    ユーザーID:3671781119

  • とても参考になりました。

    どうもありがとうございます。

    自分の研究に対する姿勢が間違っていたのだということに、気づかせられました。

    研究に対しての方針、論の展開、分析手法を示しても何もアドバイスがないもの
    ですから、本当にこれで大丈夫なのかと、心配性な自分は、とても不安な毎日
    なのです。
    でも、わかりました、とにかく、自分で道を切り開いていくしかないのですね。
    とにかく書くしかない。それが、よいのかわるいのかわからないけど。

    仕事だと、企画書などチームで内容について討議するのに、大学院は独りよがり
    なんだななんて思ってしまったのがいけなかったのかもしれません。


    ともすれば、論文作成をなげだしてしまうという考えの方がいらっしゃらないこと
    をみると、自分の考えは、甘く、逃げ道を考えていたのかもしれません。
    論文書けないで終わった方の意見というものがなかったですものね。


    今思うと研究計画書は、まったく研究の計画書になっていませんでした。
    だから、書けないのかもしれません。

    でも、書かなくてははじまらないので、一行書いてみます。

    ユーザーID:8366413424

  • ちゃんと調査しましょう。後は結論が重要ね!

    方針、論の展開、分析手法なんてものをいくら考えても、やってみないと、その通りに行くかわかりませんよね。

    そういう意味では、形になっていないのは無いのと一緒です。

    また、方針等をたてるにしても、過去の研究との関連がありますよね。過去にAと既に言われているのをしらずに、あらためてAだと言っても意味が無いです。また、過去にAだと言われているのを知らずにBだと言っても何を言っているんだで終わりです。

    この場合、過去の研究をサーベイする(大量に読みこなす)必要があります。それを行っていない研究方針や論の展開は、単なる素人の思い付きです。
    指導教官のところにそんなものを持っていても相手にされませんよ。

    その上で、過去にAといわれているんだけど、こういう事実があるのでA’ではないでしょうかとか、実はBではないでしょうかとかいえるようになれば、相手も話を聞いてくれる(それじゃ弱いねとか)ようになります。

    とりあえず、頭の中にありますって人は始末が悪いので、形にしてください。で、形になったものをもって相談に行きましょう。

    ユーザーID:3896898367

  • 頑張って!

    やっと、修論書く気になりましたね。頑張って!

    ユーザーID:0591605394

  • あー、なるほど

    修士課程入学後十箇月も経って、なんでこんなにずれたことばかり言っているのだろうと不思議に思っていましたが、なるほど、会社での仕事の進め方を大学院での研究の進め方に投影していたわけですね。
    それはそれですごい誤解ですが…。

    会社での仕事と違って研究は(とくに文系の研究は)個人競技ですので、基本的に全て一人でやります。研究室としていい論文を産み出す、などという発想はないですから。
    まあしかし、どうやらそのへんのことは理解できたようで良かったです。

    一人で調べる。一人で考える。一人で書く。ある程度の量を書いたところで指導教員にみせる。で、最終的に一人で修士論文を完成させ提出する。

    ということで、頑張ってください。

    ユーザーID:8269856194

  • いろいろありがとうございます。

    やっとわかってきました。
    勘違いしていたのですね。個人プレー。一人でやるしかないってこと。

    やっとわかりました。 みんな独りでがんばっているってことですね。

    ありがとうございます。

    ユーザーID:8366413424

  • 個人プレーだけど、ちょっとちがう

    研究者というのは、その道の専門家なわけです。
    つまり、相談する側ではなくて、相談される側なわけです。となると、最低限のレベルは越していないといけません。

    これを越していないと、専門家ではない(=研究者ではない)とみなされます。

    ただ、誤解されると困るのは、研究において議論をすることはあります、発表してコメントを貰うこともあります。そうしないと独りよがりになってしまいます。ただ、それはお互いに専門家だってのが前提です。

    専門家と専門家だから議論になるのであって、専門家と素人では議論になりません。それだと、教える側と教わる側になります。

    トピ主は「仕事だと、企画書などチームで内容について討議する」と書いていましたが、これだって何にも知らない素人が話し合うわけではなくて、最低限の知識は持っているでしょうし、知識が足りないなら調べるなり、専門家に聞きますよね。

    まったく知識がないのがいたら、「お前勉強してこいよ!」って思うでしょう。その水準が高いってことです。

    なので、その水準を越すのは個人プレーが大前提ですが、準備ができたと感じたら議論する場(学会など)も探しましょう。

    ユーザーID:3896898367

  • 個人的な意見だけど

    理工系でしたけど、教授より自分の分野は強くなるのって普通だと思っていました。情報系、特にソフトウェア系は、技術が日進月歩です。気がつくと教授なんか1年もせずに追い越してしまいます。もちろん、教授が熱心だったりすると、その分野に関して詳しくなってたりする瞬間もあって(こんな論文でとるぞ。どうや?ちゃんと調べとるかってな具合に)、指摘されて色々言われるとおそろしいめにあいます。

    食うか食われるかって言う場所だったなぁ。うちは、ほんと教授がやばいぐらい熱心で、毎日意見を言わされて苦労しました。それはそれで学生にとっては死ぬほど大変です。教授と同じ土台にたちようもないのに、同じ土台で意見を言わないといけないんですから。

    それはさておき。そういう場合には、学生同士では指摘のしようもなく、せいぜいが論文の体裁や書き方、論拠がどうであるかという程度のみです。
    で、指摘を受けるためには、とにかく論文を発表することが重要です。会によっては超はずれがありますが、大概の研究会では、いけてる人が1人2人います。置き物ってだけじゃない人が。そういう人に、意見をどんどん聞きましょう。それが一番いいですよ。

    ユーザーID:6594173813

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