眠れない 修士論文 どうすりゃいいの

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  • 割とそんなもん

    文系といっても色々ありますが、私が所属しているところは、割とトピ主さんのところに近い感じですね。
    ゼミの雰囲気もよく似ています。
    私が先に読んでいて先生に教えてあげた教科書を、先生がゼミで利用することもありますし、現在の研究に関しては、先生より私の方が詳しいかも?と思うこともよくあります。

    私自身は自分の仕事に直結した分野ですし、こんなもの・・・と最初からわかっていたので、自分でどんどん研究を進めるようにしましたよ。
    途中経過等は報告していましたが、別に止められることもなければ、アドバイスが来ることもなく。
    で、そこに所属している人は全員、その状態で何とか論文を書き上げます。担当教授以外に相談している人も中にはいますが、表立ってはしていないかな。いやな顔もされませんけど。
    そんなもん・・・と思えば、その状態の中でなんとかやっていくしかありませんので、どうにかやれるようになるもんですよ。
    っていうか、やるしかないんです。

    ユーザーID:8370109423

  • とにかく何かを始めよう

    つい最近、修士卒業したものです。
    私もつい最近まで同じ状況下だったので、トピ主さんの言う夜も眠れぬ・・・といった気持ちが手に取るようにわかります。私の教授も放任主義だったのでどうやって始めたらよいのかわからぬままでした。

    終わってしまった今、自分がどうやってやり遂げたのか未だによく覚えていませんが、ひとつだけ言えることは「とにかく何かを始めよう」です。何でもいいんです。たった一行でも構いません。その論文になにを書きたいか箇条書きにしてみてください。たとえば、論文の目的はなんなのか、その目的を成し遂げる為にどんな情報が必要なのか、などなど。そうやっていくうちに何を書いたらいいのか、どんな参考文献を集めたらいいのか、おのずと分かってくるはずです。第一章からはじめなくてもいいのです。パズルのようにひとつずつ完成して最後に全部を組み合わせれば論文という一冊の本になります。

    残念ながら白紙を見つめてるだけでは終わりません。そして、論文はあなたの論文であって教授の論文ではありません。白紙の状態では教授もアドバイスしようがありません。ある程度進めてそれを教授に見せたらいかがでしょうか?

    ユーザーID:4212317193

  • それはリサーチ不足では?

     そもそも大学院入学そして指導教授を選ぶ段階で、自分の研究テーマにできるだけ合致した院と教授を自分で選んでいなければ、効果的な研究、論文指導は受けられません。

    >>参考文献の提示もなく、ここ10年ぐらいのその世界の動向も知らず

     というぐらいですから、トピ主さんの研究テーマとその指導教授の研究分野がはなから重なる部分が無きに等しい様な状態なのでは?

    ユーザーID:6133874879

  • まず眠る

    学資は参加賞、修士は努力賞、とおっしゃった方がいらっしゃいます。
    お話では理系の学部では手取り足取りだったが、文系の大学院では
    ほっぽり出されて、行き先が分からない、ということのようです。
    今のままでは前へ進まないのでいくつか解決法を、
    1。大学を変える
    2。他の方に指導を仰ぐ
    3。何のために大学院に居るかの再検討をする
     これはもう一つの見方ですが修士は(博士になれない者の)残念賞とも言われています。
    睡眠不足になるほど重要な学位ではないということでしょうね。

    ユーザーID:8423210149

  • あまり厳しくない教授なのでしょうか?

     M1ですか? 輪読は理系でも同じです。問題はどれだけ深くディスカッションできるかで、私は興味のある分野は参考文献を何冊か読みました。

     修士課程は、指導教授から手取り足取り教えてもらうところではないです。普通、M1で1つ発表し、それを修士論文につなげます。優秀な人は2〜3通書いていました。卒論をやった人はすぐできますが、社会人は数倍やらないと厳しいのでは。

     発表すると、修士論文で何をテーマにするか見えてきます。そのために論文をたくさん読む必要がありますが、「参考文献の提示もなく」と書かれてらっしゃるのは気になりますね。自分で探して読むのですよ?学会誌を含め論文は月にどのくらい読んでいますか?学会の分科会等には参加されてますか?

     指導教授の範囲外の研究をしているのでしょうか? それだと「評価できない」と言われて終わったりしませんか? まずはいくつかの題材をそれぞれ数枚のレジュメでまとめて、見てもらうといいと思います。

    ユーザーID:4278097631

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  • 極辛口ですが

    > 先生が決めた本を輪読し、ディスカッション。先生もわからなことがあったりして。いい加減。
     文系の多くでは、そのような授業が行われます。院の水準では,教員といえども自分自身のごく狭い専門以外は到底答えられる知識がないのみか、そもそも答えが定まっていない部分がたくさんあるからです。授業というのは、輪読とディスカッションを通じて、その分野の研究手法や思考法を鍛えていくのが目的です。
    > 指導教官は、参考文献の提示もなく、ここ10年ぐらいのその世界の動向も知らず、自分に聞くありさま。自分は、指導を受けつつ発想し、論を展開していこうと思っていたのですが。
     これは論外です。参考文献は自ら作成し、修論のアウトラインを考えて、指導教官に参考意見を貰うものです。文系の大部分の修士は、すでに各々の分野の専門家であり、研究対象については指導教官(とぴったり対象・課題が重ならない限り)より修士の院生の方が詳しくて当然ですから。
     こと文系の大部分の領域では、あなたの発想は、良くて学部並みおそらくは学部3年レヴェルどまりです。教わって学習を進めたいのなら院をお止めになられたほうが良いと思います。

    ユーザーID:0226024931

  • 私もリサーチ不足だと思う。

    とある大学院で事務などのバイトをしている者です。
    学問の道は分からなくても、大学院での人間模様を教授、院生双方の立場から見てきました。

    私もこのトピを読んで、他の方のレスにあったように、リサーチ不足だったのでは?と思いました。
    それから教授にも指導の上手下手があります。
    年配の社会人院生は指導しても将来がないというと失礼ですが、その分野での就職は年齢制限の為、
    とても厳しいです。世間では同じ業績なら、若者を採用しますよね。
    だから、指導に身が入らないといったらこれまた失礼ですが、結婚までの数年間腰掛け程度に就職するOL達のように、
    社会人院生を見ている教授もいたりします。

    まあ、今更そんなこと言っても始まらないので、ご自分で参考文献を調べ尽くして良い論文を仕上げて下さい。
    それと、キツイようですが教授の指導を手取り足取り望むようでは、その学問で自分の花咲く道はないです。
    根性ないなら大学院へ行くな、行ってしまったら根性で乗り切れ!です。

    眠れなくとも、とにかく頑張ってください!やるしかないでしょ。

    ユーザーID:9137396547

  • ちょっと辛口ですが

    >参考文献の提示もなく、ここ10年ぐらいのその世界の動向も知らず、自分に聞くありさま。

    海外で博士在学中です。ここはどの大学も基本は放置なのでお気持ちはわかります。自身、博論と指導教授の研究も重ならない部分が多く、動向や文献を聞かれることもあります。

    でもトピ主さん、ちょっと受身すぎるような・・・(ごめんなさい)
    私の場合、(日本での)修士時代は指導教授の研究とほぼ重なる分野で論文を書きましたので、恵まれていたと思います。
    でも!そんな私でも、さすがに参考文献の提示は求めなかったなぁ・・・それは自分で調べるものですって!!指導教授からも参考文献の提示などなかったです。“読んでいて当然”のものとして指導されました。

    院は教わるところではなく、研究するところ。私も社会人入試で、入学当初はその意識が薄かったなぁと今は思いますが、論文って、一分野だけの研究から書けるものはでないでしょう?「自分が」指導教授に求める視点は何のか?足りない部分はどこで補うのか?
    私より年上の方に生意気とは思いますが、研究に年齢はありません。お互いにいい論文が書けますように…

    ユーザーID:2295505677

  • そんなものでした・・・

    国立大の修士に行っていました。先生は、世界的にも有名なかなり優秀な方です。
    でも、学生指導は放任主義の方でしたので、修論のときも参考文献の指示もなにもありませんでしたよ。

    ゼミはまさに本の輪読でしたが、学部と違って、大学院では、解けていない問題が残っている分野に入るので、当然、
    先生が答えを全部知っているわけではありません。

    何より、学生が、発表し説明し質問し議論することがメインであり目的なので、特に学生の側の準備が不十分ならば、
    中途半端なところで終わることもありました。

    先生が解説したりなどは、基本的にはありません。
    むしろ、「ここはどうなの?」と学生が聞かない部分を質問するのが教官の役割でした。

    テーマを決めから、参考文献探しなどは、すべて自分でやりました。

    その段階で相談に行きますが、論文を書く以上、自分の方が専門家になるのは当然なので、
    具体的な動向などは自分のほうが当然詳しく、先生も自分に聞いてきます。そしてその情報を基に、論文の方向性などの指導を(少しは)して頂きました。

    苦しかったなあ・・・。頑張って下さいね。

    ユーザーID:3075749122

  • それ、羨ましい環境ですよ

    文系の大学院の授業はそういうものです。
    ○○学の××分野が専門の教員に、○○学の△△分野の知識があまりないのは普通です。
    それと、自然現象を相手に実験してデータを取るのが基本の理系の学問と異なり、人間が創り出したもの(史料・物・制度)や人間の行為をデータにするわけですから、正しい答えがあるわけでもないし。
    正しい答えを提示するのが目的ではなく、一番妥当と思われる解釈を導き出した上で、それが妥当な解釈だと読み手が納得するような論文を書く、それが文系の学問です。
    早く馴染んでくださいね。

    学部卒ということで研究というものをしたことがなかったからだと思いますが(文系でも理系でも、はっきりいえば卒業論文は研究の真似事です)、勉強と研究の区別がついていないようですね。
    論文執筆に必要な知識は自分で勉強して覚えます。参考文献を探したり論文の概略を決めるたりするのは研究活動の一部で、本人がやるのが当然です。章立てと節立てを大まかに決めたら、指導教員にみせて助言をもらえばいいだけです。

    勝手に修論を書き進められる環境のようで、自分の修論のときの環境と比べて羨ましい限りです。

    ユーザーID:8269856194

  • 文系と理系の違い

    まず文系と理系の違いから理解しましょう。

    理工系というのは基本的には出来合いの知識をできるだけ効率的に入れ、社会の役に立つ人材を育てるってのが前提になっています。

    なので、理工系だと教科書があり、簡単なものから難しいものへと段階的に学ぶシステムができています。ところが、文系だと教科書のない分野ってのがあります。つまり、文系ってのは段階的に学ぶようにできてなかったりするんです。
    社会科学では経済学が教科書が段階的にそろっている分野ですが、それ以外は怪しくなります。

    大学院ですが、理工系であれば修士というのは、学部よりも高度だけどある程度一般的な共通知識を学ぶ場であったりします。修士でて就職するのが普通ですしね。
    でも、文系は分野によって必要な知識が違うので、共通知識を学ぶという場所ではなくて、修士の段階で自分で専門の分野を勉強していく必要があります。

    参考文献の定時が無いのは当たり前です。指導教官の真似をしたいのしょうか?自分で探してもっていきましょう。
    先生もわからなことがあるのも当たり前です。それに先生の答えを聞いて納得してちゃダメです。

    ユーザーID:3896898367

  • たかが修士論文

    ちょっと厳しいことを言うかもしれません。日本の国立大で博士号を取って、ヨーロッパで研究職についています。文系です。

    たかが修士論文です。とりあえず書く。自分の考えを書く。それだけです。

    指導教官の仕事はトピ主さんの研究をリードすることではなく、トピ主さんが自分でされる研究を、筋が通っているか、読者の関心を惹きつけ、納得させることができるかを確認し、足りないところを指摘することです。文系は結局個人試合ですから、それぞれの研究者が自分の分野のトップでなければ意味がないのです。指導教官があなたの分野の知識が少なくても、それはむしろ当然です。

    学部とは違い大学院以降は自分で切り開くものです。大学院に入られたくらいですから、研究されたいことがあるのでしょう。どんな論文を書きたいのか、ご自分で考えて、アウトラインもご自分で建てるのです。それを教官に持っていって、それが学界で通用するものかどうか確認しながら、ご自分でどんどん進めていくものです。最初にも言ったようにたかが修士論文です、恐れるものではありません。

    卒業されて何年もたってから研究に戻られる決意、尊敬いたします。がんばってください。

    ユーザーID:2129370799

  • テーマは自分で探すものでは?

    文系と理系の違いなのかもしれませんが、修士課程ですしある程度自分で模索するものではないでしょうか?

    私は10数年前、社会学部を卒業しました。修士へは進みませんでしたが、そもそも学部の卒論の研究テーマでさえ、自分でゼロから見つけてきましたよ。

    指導教官の指導不足を嘆いていらっしゃるようですが、修士課程、しかも社会人でいらっしゃるのですから、研究したいことがあって院にいらっしゃるのですよね?

    院なのですから自分でどんどん参考文献を読んで、独自の論文を書けば良いかと思います。

    ユーザーID:6009553129

  • そんなもんでした

    修士の授業も論文指導もそんなもんでした。

    学士はすでに定説になっていたり誰かが証明済みの知識を詰め込むところ、修士は自分で考え新しい説を出していくところ、でした。

    教授が既に知っていることや世間様が証明済みのことを取り上げて
    論文にしても、何の利益にもならない訳で、それよりはほんの小さなことでもいいから、新しい着眼点や新しい考え方を(後に論文を書く人々のだめに)提供するほうが大切だと思います。

    内容にもよるかもしれませんが、自分ひとりで完結しようと思うより、将来誰かが自分の論文を参考文献として、更に素晴らしい論文を書いてくれるといいなぁと思うほうがいいのでは?

    で、修士の論文指導は、その書き方を教えてくれるだけのものでした。内容はある程度しか分からなくても、書き方は指導できるもんです。

    ユーザーID:9182899754

  • わかるかも

    私も文理両方を経験しました。
    もちろん私の感じたことが=常識ではないと思いますが、
    論文に対する考え方の違いに天地がひっくり返る思いでしたよ〜。

    理系学部では、基本的に研究室で行われている研究をするのが一般的で、学部生は「うちでやってる研究がこれこれだからひとつ選んで」って言われて選び、研究方法など相談しながら書くって感じですよね。
    学部のときは先輩達が手取り足取りで教えてくれ、
    修士になると少し自分の色が出るか…くらいでしょうか。

    文系では、学生のやりたいことに対して、教授はフンフン聞いて論文として破綻がないかアドバイスする感じでした。
    教授と異なる分野で書くこともわりとよくあるように思います。

    理系では、常に細かいアドバイスが得られる代わり、指導教官の名前を常に感じました。
    文系では、誰にアドバイスをもらっても書いた論文は自分のものだから、執筆者の権利を侵されることはないかわりに内容の責任も自分で取れ、と言われました。
    トピ主さんと同じように、へ〜違うもんだなぁという感想を持ちましたよ。

    ユーザーID:2593060926

  • テーマと文の構成について

    私も専業主婦+社会人学生で修士課程を修了しましたが
    私の場合アメリカの大学だったので日本のゼミの雰囲気や、やり方がわからないので参考にならないかもしれませんが。。

    私の場合、自分の学部で学んだ事を通して書くことのできそうな テーマをまず決めました。 自分の実体験がなるべく入るようなテーマがやりやすいと思います。

    あと 何からどうやって書けばいいんだろう。。。という事については物事を色んな面から分析すると 色々面白い見方ができて 書くことが増えます。

    例えばそのテーマを 政治、文化、テクノロジー、経済の面から考えてみる。
    外出してても、トイレのなかでも、思いついたら どんどん、紙に書いていきます。 どんな短い文章でもいいから残していきます。 それを後で 組み合わせていく。必要があれば文献を探し、関連つけて行きます。
    私の場合は、そうする作業をしていくうちにアイデアも広がりました。 とにかく、考えるより、まず、書き出してみる。
    キーワードで サーチし、アイデアを得る。。
    色々やりながら、ゼミの教授のアドバイスを仰ぎ、やっていく、、、というのはどうでしょうか。

    ユーザーID:2170979647

  • 本当のところを少しだけ・・・ 

    どんな事情で修士課程に入られたのか分かりませんが、修士論文なんて(少し品の無い表現をあえて使っております)審査(主査・副査)の教授以外の目に触れることはほぼ皆無です。審査する方もすこし面倒に思って、仕方なく読んでいるのだと思いますよ。

    なにか適当な事をもっともらしく書いておけばOKです。大丈夫、大丈夫!!

    本来は論文内容の新奇性(大袈裟ではなく、世界中での)が問われるのですが、実際のところ修士の学生にそのような事を求めても無理というものでしょ?
    あなたの大学のホームページで教官の業績を調べてみればすぐにわかりますが、ほとんどの教官も論文(簡単な、大学内だけで通用する総説のような雑文ではなく)が書けていないはずですよ。

    ユーザーID:9720490875

  • 駄目院生 自分の考えが甘い

    みなさんのご意見とても参考になります。
    みなさんのご意見がほぼ一緒ということは、自分の考えがとても甘いということ
    なんですね。

    研究ってのは、そのようなものなんですか。

    ほとんど、自学の世界ならば、 学位をもらう以外は、大学院なんて
    意味がないような気がするんですが。
    学位の必要がなければ、自分で勉強し、それに関して興味のある仲間と
    議論していればいいのですから。わざわざ高いお金を払ってまで行く必要が
    あったのでしょうか?

    それと、先生が論文の研究内容についてわからなくて、よく論文の指導、審査が
    できるものかと不思議です。

    内容より論理的であるかが問題なのでしょうか。
    あと1年切ってしまいました。がんばらないといけないのですが、まだ...。

    やめちまえ〜 以外の厳しいご意見お願いします。

    ユーザーID:8366413424

  • 理屈を並べる前に・・・

    >ほとんど、自学の世界ならば、 学位をもらう以外は、大学院なんて意味がないような気がするんですが。

    一面の真実を含んでいると思います。  ただ、上述のようなシニカルな発言ができるのでしたら、自学で“意味の無い修士論文”でも良いですから、まず、書いてから言ってください。学位をもらってみて下さい。

    博士課程にでも入れば、少しは研究者らしくなれるかもしれません(研究の何たるかを少し理解できるようになるのかもしれません)。御託はそれからでもOKなのではありませんか?

    確かに、修士論文は名前は論文でも、実のところ学術雑誌の審査員(エディター、レビュアー)の関門を通ってこなければ論文を出したとは言えません。確か記憶では、修士論文、博士論文は国会図書館で誰の目に触れることもなく廃棄される時を待っているだけだと思います。

    ユーザーID:9720490875

  • 専門家になるための作法をまなぶところ

    何に研究する価値を見出すかは個人の問題です。それが社会的に認められるかとは別の話です。
    ですので、基本は自分でやるわけですし、自分の関心を持ったことは価値のあることなんだと認めさせるように論文を書くわけです。

    何のために大学院に行くかといえば、作法を学ぶため、姿勢を学ぶためで、それをマスターしてますという証明のためです。

    作法というのは、その分野を研究していくための手法全般です。
    調査の仕方、まとめ方、論文の書き方は分野によって違います。それを学ぶ必要があります。

    姿勢というのは、研究というのはどういう心構えで、生活の中でどれくらのウェイトで行うべきかという部分です。これは、指導教官も含めてまわりいる研究者と接していくことで理解できてきます。

    先生が論文の内容についてわからなくて指導できるかについては、作法の部分でわかるんですよ。きちんとした調査をしているか、それをきちんとまとめているかを見れば、言ってることの正確さも検討がつきます。

    なお、お金を払う価値があるかと感じるということは、歴史好きとか文学好きみたいな感じで仲間と話して刺激を受けるのでも十分かもしれません。

    ユーザーID:3896898367

  • よくわかっていらっしゃる。

    >ほとんど、自学の世界ならば、 学位をもらう以外は、大学院なんて
    >意味がないような気がするんですが。

    そうですよ。学位がどうしても必要だから大学院に行くのです。

    >学位の必要がなければ、自分で勉強し、それに関して興味のある仲間と
    >議論していればいいのですから。

    興味のある仲間が周りにいますか?
    仲間内の議論だけでは満足できなくなったから、大学院に来たのではないのですか?

    >わざわざ高いお金を払ってまで行く必要が
    >あったのでしょうか?

    トピ主さんの今の状態では、必要なかったかもしれません。

    そもそも、トピ主さんがゼミに満足できていないことが問題だと思います。指導教官は若いのでしょうか?
    私は教授に一度も相談できないまま修論書きましたが、指導教官の力量に不満を持ったことは一度もありません。
    教官は私の専門分野については何もご存じありませんでしたが、それでも教官の言葉は斬新な発想にあふれていて、いつも自分の固定観念を見直すきっかけになります。
    文系の学問で教官から教わることは、こういう形のないものが重要だと感じます。

    ユーザーID:8420160975

  • よくわかっていらっしゃる。続き。

    トピ主さんは、実はゼミの議論についていけてないのではないでしょうか?

    中には確かに「ハズレ」もいますが、仮にもよい大学で教授になった方々は、専門分野ではなくともとても鋭い指摘をします。
    トピ主さんの言葉を借りれば、論文の内容がわかっていなくても指導はできるのです。
    院生にあきれられるほど無知であるとは正直考えにくいです。

    お年をめされてから院に入られた方を今まで10人くらい見ましたが、その内の8人は言葉は悪いですが頭が固くなって思考力が非常に低下しており、研究は全くできていなかったです。ゼミについていけない人はたくさん見ましたが、ゼミが退屈なほど優秀な社会人院生は見たことがありません。
    失礼ですが、トピ主さんは本当に若い人たちを対等に尊重し、意見交換していますか?無意識に上から物を言っていませんか?敬語でしゃべっていますか?
    この業界では、年はとっていればとっているほど不利なのです。

    まずは、自分から変わってみることが必要なのではないかと思いました。

    高いお金を払っているのだから、がんばって勉強してぜひ元をとってください。

    ユーザーID:8420160975

  • 頑張って!

    私も社会人院生をやっています。理系から文転しました。

    >これは、自分で勝手に進めて決めるしかないのか?

    答え、出ていますよ。自分で勝手に決めてください。
    でも、そのように割り切ることができないのなら、
    先輩の院生に相談するのも手。
    修論を書いたばかりなので、当面の目的に役立つ
    情報・経験談をくれる場合がありますよ。

    参考文献は、大学の図書館で。
    図書館内のPCにキーワードを入れれば、関連文献が出力されます。
    それらを斜め読み。借りるのは何冊かだけ。あとは、必要な部分をコピー。
    参考文献作りが完成する頃には、方向性が見えてくることでしょう。

    このように、自分で動かないと、院は何も与えてくれません。
    しかし、動きさえすれば、
    「自分で勉強し、それに関して興味のある仲間と議論」
    するための環境が、これ程整っている場所もありません。

    図書館には、高額の専門書が大量に揃っているし、
    ゼミ発表や修論の形で、自分に研究を課すことができるし、
    先生や他の院生との話は刺激になる。
    この環境を自前で作れるのなら院に行く必要はありませんが。

    ユーザーID:4911197717

  • 学外に目を向ける

    辛口をご希望ということなので。。。

    大学院の先生なんだから立派であって欲しいですが、研究業績が厳しく求められていない大学もあることは確か。もしかしたら、トピ主さんの指導教授のレベルは低いのかもしれません。せっかく入った大学院の指導教授のレベルが低いというのを認めるのは残念かもしれませんが、その場合は学位をもらうまで我慢するか、立派な研究者のいる大学院に移ったらいかがですか?やめちまえ〜という意味ではありませんよ。

    じゃ、誰が修論の指導をしてくれるんだ?となるとですね、トピ主さんの業界で優れている人々の論文を読んで考えるしかないですね。学会とか行かないですか?学外に立派な人もいるでしょう。そういう人たちと意見をかわすことができると修行になります。

    たしかに修論は日の目を見ない事もありますが、学術雑誌に載るレベルの修論を書く人もいます。修論に限らず論文は全て、内容、論理性、ともに重要だと思います。

    指導教授にはトピ主様が最新の研究動向を簡潔にまとめて教えてあげましょう。研究室で一番博識かつ鋭くなりましょう。

    ユーザーID:8419854703

  • 逃げる理由探しに必死?

    >学位の必要がなければ、自分で勉強し、それに関して興味のある仲間と
    議論していればいいのですから。わざわざ高いお金を払ってまで行く必要があったのでしょうか?

    ほぼ、あなたのおっしゃる通りです。ただ、たとえ22−24歳でも大学院で勉強⇒研究への道へ進もうとしている方は、上述のような幼い発言はしないと思いますが。

    あなたの年齢だけから判断して、学位の必要が無いのであれば、大学院で勉強するのは確かにほとんど意味は無いと存じます。逆に、学位の必要があるのでしたら、修士論文(気分は修士雑文でも書くつもりで)程度は誰でも書けますので、少しくらい頑張ってみても良いのでは?

    ユーザーID:9720490875

  • ちょっと、ちょっと!

    >ほとんど、自学の世界ならば、 学位をもらう以外は、大学院なんて
    意味がないような気がするんですが。

    そう考えてしまったら、みなさんも励ましようにもアドバイスしようにも手段がありません。いろいろ悩んで、その人なりに苦労して、『自分でやり遂げること』に意味があるんじゃないですか?これは、理系だろうと文系だろうと関係ないと思うのですが。結果が出ないから意味がない?いいえ、結果はあとからついてくるのです。口で言うのは簡単です。行動してから大学院に行く意味があったかなかったか判断して欲しいものです。

    教授の論文を手伝いで書いているわけじゃないのですから、自分で殆どやらなきゃいけないのは当たり前のことです。

    ユーザーID:2611886336

  • 勉強と研究の違いを早く把握して

    >ほとんど、自学の世界ならば、学位をもらう以外は、大学院なんて意味がないような気がするんですが。

    誤解がありますね。勉強の蓄積や延長が研究ではないんですよ。勉強はいくらやっても勉強にすぎません。自学を踏まえた上で研究し、その成果を論文(ここでは修士論文)にするんです。で、論文に対して修士号が与えられる。

    他人が解明した既知の事柄をそのまま理解するのが勉強。
    未知の事柄を自分で解明しその妥当性を論文や学会発表などで他の研究者に問うのが研究。

    先行研究を読んで理解するのが勉強。当該分野における論文の一般的な書き方を習得するのも勉強。
    自分の論文に必要と思われる複数のデータを集め、それぞれ分析し解釈する。全体としてデータ群から何が言えるのかを考察する。考察した事柄が、従来の研究では指摘されていなかったことを、新奇で独創的なものであることを、結論として示す。以上が研究です。

    論文も普通はこういう流れで書きます。先行研究の紹介と批判、自分の研究の目的、データの提示と解釈、データ群の考察、結論、という流れ。

    大学院では勉強自体は重要ではなく、研究が重要なんですよ。

    ユーザーID:8269856194

  • よくいるタイプですねー

    もっと勉強したいんです!って、大学院を勉強させてくれる所!と勘違いして入ってくる年嵩いった学生さんにありがちな思考ですねー。
    大学院って勉強するための所じゃなくて、研究の下地を作る所ですよ。
    作法を覚える・・・と書かれていた方もいましたが、まさにそんな感じ。
    そして、受身じゃだめでしょ。
    悪いけど、若い学生は、将来かけてんですよ。
    「お勉強」して、自己を高めにきてるわけじゃありません。
    このあと研究者になれるのか、それとも就職先をどうするか、がつがつしたもんです。

    さて、トピ主さんは、大学院に何を求めて入学したのですか?
    そこから考え直した方がいいかも。
    私も今年40になる社会人学生ですけど、ずばりタイトル!そして、研究できる実力をつけること、が目標でしたよ。

    若いコのアグレッシブさを、見習うのもいいと思うけどな。

    ユーザーID:8370109423

  • 全部自分で。

    研究テーマを決めるのも、文献を蒐集するのも、テーマについて考察するのも、文章におこすのも、推敲するのも、全部自分でやることです。自分の研究は自分でやるしかありません。参考文献の提示なんて論外です。そんなことを指導教官に伝えたら、指導教官は目が点になると思います。大学院はそんなお勉強をするところではないのです。

    文献の蒐集において、大学院に籍を置くことはかなり有益なはずですよ。わたしの場合は、読みたい文献、手元に置きたい資料はすべてそろえることができました。

    トピ主さんは勘違いしていると思います。仕事との両立は困難も多いと思いますが、せっかく大学院で学べる機会を得たのですから頑張ってください。

    ユーザーID:6151153909

  • 先生と話してみては?

    内容を決めて参考文献をあさるのは書く者のやることで、先生が動向を聞いてくるのは、ちゃんと調べているか確認しようとしているのでしょう。他で指導者を求めても、進み方はほぼ同じになると思います。

    このテーマで行くと決めて、そこで、いや、それは指導ができないからやめろと言われなければ(全くわからない研究領域なら、当然指導できないので、そう言われる筈です)、あとは1章書き上げたところでなど、随時先生に読ませて、突っ込みを入れてもらえます。議論がはじまるのは叩き台ができてからなので、まずなにか作ってみせないと。

    何十枚分も言葉を費やしてものを論じ、それを専門家がまじめに読んでくれるなんて環境は、大学院でも行かないとないから、学位以前に、その環境を買うのではないでしょうか。

    思うに、一度先生に指導に関する疑問を述べたほうがいいのでは? たぶん先生は、この人はそこまでわかっていなかったのかと愕然とするでしょうが、なんとか立ち直って、いや、これはこうこうこういうものでと説明してくれるのではないかと。早く誤解を解いて研究に集中できる状況を作った方がいいと思います。あと1年ならこれからが勝負でしょう。

    ユーザーID:1647530782

  • 今更・・大学院やめたら

    トピ主さん、社会人入試で大学院に入られたんですよね。研究計画書も書いて出したんでしょ?書きたい論文のテーマがあったんじゃないですか?今更、指導教官が・・云々で論文が書けそうにないのだったら、大学院で勉強&研究する必要はないんじゃないですか?
    私は、法学研究科修士課程に社会人入試で入りました。その時30代半途、フルタイムで働いていましたし、主婦業もと3足のワラジを履いておりました。
    文系の大学院は基本的には全部自分でする所、文献を探すのも当然しなければなりませんし、自分の研究分野の学会には教授に頼んでお供させていただく(学生の身分では参加できない学会がほとんど)くらいでなければ誰も手取り足取りしてくれるわけではありません。
    そして、たかが修士論文です。世界に通用する研究者になるための論文ではありません。・・・大学院に入った人達のほとんどが、出来たことなんですよ。文系大学院は自力で論文を書く所です。理系の教授の下請けして学位を貰うところではありません。
    私にとって、修士の学位は普通の女性の生け花や茶道のお免状と何ら代わりはありません。

    ユーザーID:8975140604

  • 今更(続)

    私が大学院に行っていたときも、社会人で入ってきた人達の中には、指導教授におんぶに抱っこという姿勢の人も沢山いました。上記のような人達に限って自分の指導教授を悪く言っていました。教授は何もしてくれないとか、自分の方がよく判っているとか・・私は決して優秀な学生ではありませんでしたが、そのような社会人の学生を不遜な人達だなあとおもっていましたョ。

    指導教授だって授業もあり、勿論ご自分の研究だってあるんです。それでも院生のためにゼミにもでてくださる(その為に指導教授はどのくらい事前勉強していると思っているんですか?ほとんどの教授は院生よりずっと沢山勉強しています。・・・しかもご自分の専門分野でもなくても、ある意味押しつけられた院生のために)のですから、感謝すべきなのではないでしょうか?

    修士論文は何も2年間で書かなければならない訳ではない。留年して3,4年計画で書くっていう方法も・・・その間に2年休学すれば6年計画でも。どうか納得できる論文をお書きくださいますよう。
    今私は専業主婦で何もしていません。指導教授に2年間無駄な時間を使わせてしまったと忸怩たる思いですが・・・

    ユーザーID:0591605394

  • 大学院 議論する場がない

    いろいろありがとうございます。
    とても意識改革になります。

    実は、周りに議論する場もないんですよ。
    院生の集まる部屋とされているところには、誰も来ていない。
    夜だからというわけではない。

    先生は、研究室にほとんどいないし。
    当然先生の研究室は、勝手に出入りできません。

    論文のためのゼミがあったとしても、ほとんどないが。
    みんな研究テーマが違うので意見がでない。
    一人ひとりが発表して、それでおしまい。

    だれも内容に踏み込んでこない。
    こんな状態、どうしたらいいのやら。

    自分の中で考えが醸成しない。

    同じような方いらっしゃいませんか。
    こんなもんなんでしょうか? 


    図書館には、関連する図書がなく、遠くの他大学の図書館に
    いくような状態。関連する図書は、すぐ手に入らない。

    ご意見お願いします。助けてください。

    ユーザーID:8366413424

  • 不平不満を言う前に

    トピ主さんは、何かご自分の中にある問いや思いに導かれて
    修士課程に入学したのではないのですか。

    それともただ、「勲章」が欲しいだけですか。

    指導教員や周囲の環境に文句を言う前に、ご自身と向き合うことがまず必要だと思います。
    問題意識を明確にする事、そうすれば自ずと、やるべき事が見えてくると思います。
    そうすれば、不平不満を言っている暇もなくなると思いますよ。

    もしトピ主さんが「もう既に十分向き合っている、それでも見えない」とおっしゃるのであれば、
    研究には向いておられないのかもしれませんね。

    研究は、自分で進めていくしかないのです。早く気付いてください。

    ユーザーID:9427315957

  • 年の功の発揮しどき

    私も30代半ばで大学院に行きました。同級生は子供に見えたし、教授もたいして年がかわらなかったり、意外にものを知らないと思えたりして、最初はとまどいました。

    でも、大人になってから学校に戻るって、そんなもんです。学校があなたを取ったのも、今までの経験を生かし、自力で道を切り開いて、他の人たちにいい影響を与えてくれるだろう、という考えがあってのことかもしれません。

    それと、「吸収するものが何もないのなら、自分で勉強してるのと同じ」ということですが、一つだけ大きな利点があります。

    「○○で修士論文を書いています」というエクスキューズがあれば、外部のエキスパートに話を聞いてもらえたり、意見をもらえたり、とにかくコンタクトやネットワークがつくれます。こればっかりは、「個人で勉強してます」では相手にしてもらえません。

    なので、自分の肩書きを最大限生かして、学内では手に入らない情報や知識を、外から勝ち取ってください。そういうノウハウを持っていることが、年の功というか、年いってから学問する人間の強みだと思います。

    最後のチャンスと思って、納得いく論文を仕上げてください!

    ユーザーID:6915835718

  • 体験談

    私が大学院自体に付いた師匠の話をしましょう。この方は国内では指導的な立場にいます。

    修士に入ったときに講義を取りましたが、雑談のような話で何を言っているのか要領を得ない感じでした。とはいえ基本的なことはきちんと講義されていました。

    博士課程に上がり、講義のアシスタントをすることになりました。とりあえず、修士時代に自分がとったノートを見直してみると、「あらー、こんなことまで説明してるよー!」という内容でした。

    そして、アシスタント立場で講義を聞いていると、これが面白い!「ああ、こういう視点でみてるのかー!」「ふむふむ、こういう立場には批判的なのか!」というのがよくわかる、師匠の学問観が感じられる講義でした。

    その時は、講義の最初の時間に前回のまとめとかの説明を任されていて、院生に教えられる程度の理解はできてました。

    まあ、わかっている人には面白いって講義は問題かもしれませんが、言ってることを理解するには自分の理解の水準を上げないといけないという体験談です。

    トピ主の場合は、指導教官の口にするちょっとしたことに反応できるだけの実力が磨かれてないのかもしれません。

    ユーザーID:3896898367

  • まだ何も始まってもいない。

    以前に、修士論文、博士論文は最後は国会図書館のゴミになると書き込んだものです。
    それは殆んど事実なのですが、嬉しい続きもあります。

    修士論文、博士論文が優れている場合はそれを掲載しようとする学術雑誌の様式に合わせて書き直して(一般的にはコンパクトにまとめる)投稿することができ、雑誌の責任編集者が、優れた新奇性のある論文であると判断してくれれば掲載されます。

    さらに、自分の書いた論文が他の研究者の論文に引用されます。現在のインターネットの世界では、自分の書いた論文が引用された回数、誰に引用されたのかが分かりますので、引用回数が二桁の上になると少し嬉しいものです(その頃には、次の研究で忙しくなっているので、心の中で一瞬だけ微笑みます)。

    研究って苦しくて、楽しいものだと思いませんか? 中年研究者よ頑張って!!

    ユーザーID:9720490875

  • ははー、もしかして

    もしかするとトピ主ははずれの大学院にいってるかもしれませんね。

    最近の風潮で、本当ならば大学院を持つようなLVではない所も大学院を設置するようになっています。

    知り合いと飲んでいて、「うちの大学に大学院作っても無駄なんだよなー!」という話も聞きます。
    で、推進した人は逃げてしまって、文句を言っていた真面目な教員がワリを食ってたりします。

    ということで、きちんと下調べをして、自分の関心のあるで実績のある教員がいるかを調べた上で、ちゃんとした大学院に行ってますか?
    それとも、大学のLVもそれほど高くないくて最近大学院を新設したところに試験では入れたという理由だけで行ってますか?

    仮に後者だとすると、はずれの大学院の可能性もあります。


    ただし、トピ主から積極的に指導教官に働きかけて指導してもらうのは大切です。自分なりに論文の構成、研究計画を作り、とりあえず下調べをし、先生にアポイントを取って、ドンドン持ち込んで指導を受けましょう。何もゼミの時間だけが指導を受ける時間ではないですよ。

    ユーザーID:3896898367

  • 仲間に聞け!

    あの...ここで聞くより、まず同じ研究室、同じ大学の仲間に聞くべきでは?
    研究室の文句ばかり書かれてますが、それなら皆修士を取れずに辞めていくんですか?
    そんなことはないですよね。今年も何人か修士を修了して出ていく人がいるのでは?

    「研究はどのように進めればいいのか」「文献はどのように探せばいいのか」「修士論文はどのように書けばいいのか」
    そんな基本的な事柄は、先輩の院生に聞けばすぐ分かる事です。
    入学から1年も経っているのに、状況の認識すらできていないとは呆れます。

    世の中色んな研究室があります。教授の中にはほとんど教育を放棄して自分の研究だけしている人もいるでしょう。
    他の研究室の院生達と日頃から交流していれば、今の研究室に問題があるのか、
    それとも文系の研究室としては一般的なものかも自然と分かるでしょう。
    たとえ問題のある研究室だっとしても、院生達はそれなりに知恵を絞って、他の教授に教えを仰ぐとか、
    学会や研究交流会で同じ分野の人とのディスカッションを行うとかして研究を進めるわけです。

    院生同士のコミュニケーションも大学院の大きなメリットです。それを充分生かしていますか?

    ユーザーID:3530609104

  • 本気で論文書く気あるの?

    トピ主さん、本気で論文書く気あるんですか?只、指導教授が何もしてくれないと言いたいだけなんじゃない?
    私の先輩の院生は、その分野では誰でも知っていると言うほど有名な大先生が指導教授でした。彼は学部からストレートの学生でしたが、修士2年間は「布団で寝たことがない」と言っていました。指導教授から毎週、山のような英語の論文、独語の論文を読むように指導され、毎週レポート提出。そのための文献、判例を山のように探して(勿論自分で探す)読む、その他の履修科目もレポートや発表もしなければならない。そこまで厳しい先生が良いですか?
    社会人院生だった私だって、1週間で睡眠時間4時間くらいの時もままありましたよ。大学から与えられる研究図書費の10倍は自腹で専門書も買っていました。修論を書いているときは脳みそから煙が出てるんじゃないかと思うくらい苦しみました。
    特に文系大学院は、論文のテーマが全然違うので、同じ院生と話しても、意味ありません。論文進んでる?お互い頑張ろうね・・・と言う程度です。とにかく十分でなくとも、叩き台となる論文と書いて持っ行かなければ、指導教授だって指導のしようがありません。

    ユーザーID:0591605394

  • もったいない…

    15年ほど前に修士を終えたものです。

    あの…トピ主さん。もったいないですよ。
    修士課程の学生は、研究の世界ではほんの下っ端かもしれませんが
    「院に所属している」ことはそれだけである意味かなりの強みです。

    > 先生は、研究室にほとんどいないし。

    どんなに忙しい先生にも「オフィスアワー」(名前は大学によって
    違うかも)があると思います。
    「大学に来ていて、研究室にいることになっている」時間です。
    今やメールででもコンタクトはできると思うし、予約して行くのです。

    > 図書館には、関連する図書がなく、遠くの他大学の図書館に
    > いくような状態。関連する図書は、すぐ手に入らない。

    いいじゃないですか、他大学の図書館。
    所属もしていない大学の図書館にアクセスできるなんて、「学生」の
    特権では?
    私は指導教官に相談に行って「この分野はこの人も詳しいよ」と
    他大学の先生を紹介してもらったりもしましたよ。

    もう少しだけ、続きます。

    ユーザーID:6900859222

  • 修論ごときで他人と議論する必要はないですよ

    研究発表ゼミで「みんな研究テーマが違うので意見がでない」というのは普通です。院生は通常広い知識はもっていないので、他人の研究テーマに知識も興味もないのなら、まともな意見は出せませんから。
    自分の発表は学会発表の訓練と考えて、発表原稿や話し方に工夫を凝らしてやればいいだけですよ。

    指導教員には論文の章立てが決まったら時間を取って貰ってこれを見せて意見を訊く。ある章の下書きが終わったら見せに行って意見を訊いて訂正する。別の章の下書きが終わったら同様にする(順に書く必要はなく、書ける章から書いていく)。

    議論がないから「自分の中で考えが醸成しない」というのは変です。
    きちんと先行研究を読んで真剣にデータを検討すれば考えはまとまってくるはず。まとまらなければ研究能力がないというだけの話。修論というささやかな論文を書くのに議論に時間をかけなくてもいいじゃないですか。

    なお大学の図書館には「文献複写依頼」や「文献借用依頼」といった書類があるはずなので、時間が惜しければこれで複写物送付や現物送付を他大学に申請できます。院生なら送料は多分自腹でしょうが社会人なので金は惜しまずに。

    ユーザーID:8269856194

  • もったいない…2

    続きです。

    私のいた専攻にも、社会人学生はたくさんいました。
    言語系だったので英語や国語の先生が多かったですが、みなさん
    「私の専門はこれ」というものをしっかり持っていらっしゃいました。
    ゼミの時も経験に基づいていろいろと話をされて、先生(教授)の
    話よりもためになったことも多々ありました。
    私の修士論文のテーマにぴったりと合っていなくても、です。

    > だれも内容に踏み込んでこない。

    あなたが踏み込んだらいいじゃないですか。
    学部を卒業したばかりの若い学生にはない、社会での経験を踏まえた
    あなたなりの意見がありませんか?
    私がいたところは専攻が新設だったので、入学したばかりの学生が
    どんどん研究会を作っていきましたよ。

    修士論文を3年かけて書く人はいないわけではありません。
    今から気持ちを入れ替えれば間に合うかも。
    今は春休み中でしょうか?4月に新入生がキャンパスにあふれる前に
    文献を探したりするのにはもってこいの時期ではありませんか?

    受身じゃだめですよ。
    がんばってください。
    「がんばれる」環境があるのは幸せなことですよ。

    ユーザーID:7222116894

  • そんなものでしょう

    日本の大学でイギリス文学で修士を、その後イギリスの大学で修士と博士を修了したものです。

    大学院なんてそんなものだと思いますよ。
    日本で修論を書いていたときは、第1稿を出しても、第2稿を出しても、最終稿を出しても、指導教授からはなんのコメントをもらえませんでした。修論とはそういうものなんだ、自分でやるものなんだ、と思いましたね。イギリスでも「何か書いたら持っておいで」といつも言われていました。

    何も考えがない、または考えがまとまっていない状態では、指導する方も困るのではないですか?それに、考えを熟成させるのは、あくまでも本人です。この世界に身を置く限り、脳が溶けるかと思うほど考えて書いても、これでいいのか、独りよがりではないか、十分に議論がされているか、きちんと表現されているか、というような「心配」は常に頭の中にあります。自分の考えを世に問うのですから、当然です。

    他の学生も同じような悩みを抱えているはずです。そのような悩みを語り合うようなきっかけをお作りになったらどうですか?

    ユーザーID:1056746956

  • 孤独な作業でした(20年位前です)、お役に立てるかな〜?

     修士論文のテーマ=「結論」は明確ですか?大まかなアウトラインは教授に見せましたか?教授は自分の専門以外は全然解ってない事もあります。教授の本職は「論文屋さん」ですから自分の研究が忙しい。
     大切なのは論文の「構成」で、学術的な「お約束」を踏まえている事なのです。論文を書くための形式を学ぶ所が修士です。内容よりは形式重視、年齢や職歴に関係なく「修士は研究者の第一歩」。
     多分、大学の図書館に昨年、一昨年の修士号論文があるのでご覧になって下さい。「この程度でこういう風に書くのか。」って安心すると思います。文系は理系より、ある意味考え方が自由です。形式が整っていればいいのです。実験検証不可能な分、幅が広く結論やテーマも様々と思います。
     自分の頭の中にある考察の半分出せればいい論文です。力を抜いて書いてみて、その後も修正可能です。設計図の具現化に近いです。
     

    ユーザーID:3671137295

  • やっぱりリサーチ不足

    お話しを聞いていると、やっぱり最初からリサーチ不足だと思います。
    トピ主さんが、大学院生活を妄想するのは勝手でしたが、そのような理想的な大学院生活を送るためには、綿密な事前リサーチが必要だったと思います。
    私の専門職自体、脱OLや脱主婦してなる方が多いので、大学院自体社会経験のある方が多いんですけど、大学院について質問されると、研究をしたいのか、勉強をしたいのか、もし研究じゃなくて勉強をしたいのなら、私の行っている大学院はあまりお勧めしません、とはっきり答えています。
    大学にはそれぞれ特色がありますから、それを調べて納得、もしくは妥協して選ぶべきだと思います。

    大学の雰囲気や図書館の蔵書は、そうそう変えられるものではありません。
    すぐに変えられるとしたら、それはトピ主さんの意識だけ。
    そして、その意識を変えられるのは、トピ主さんご自身ですよ。
    これだけ、大学院とはそんなもの、自分でやろう!って言われてるんです。
    ぐだぐだ言ってないで、さっさと意識改革してください。

    ユーザーID:8370109423

  • はずれの大学院

    どなたかが指摘されていた「はずれの大学院」が、確かにあります。

    大学にも格があり、旧帝国大学、旧一期校>旧二期校ですし、国立>公立、国公立>私立という感じで、アカデミズムの本流の先生は格付けの高い大学に集められます。ですから、地方の私立大学には、公務員の天下りや、民間企業からの転職組の、すなわちアカデミズムの本流から外れた人たちが「教授」の肩書きを与えられ、固まっています。ひどいケースですと、その分野で何の実績も無い、明らかに畑違いの人たちだけで一つの学科を占領していることすらあるのです。

    専門分野の過去10年の論文について全く知識を有さない「教授」がいたとしても、私は全く驚きません。

    それから、若いときはなにがしかの実績を上げた人でも、時間が経過して意欲を失ってしまった教授が少なからず(沢山?)居ますね。

    わざわざお金を支払って、頭を下げて指導を仰ぐ価値のある人かどうか、よくよく下調べすることが必要です。

    ユーザーID:3671781119

  • とても参考になりました。

    どうもありがとうございます。

    自分の研究に対する姿勢が間違っていたのだということに、気づかせられました。

    研究に対しての方針、論の展開、分析手法を示しても何もアドバイスがないもの
    ですから、本当にこれで大丈夫なのかと、心配性な自分は、とても不安な毎日
    なのです。
    でも、わかりました、とにかく、自分で道を切り開いていくしかないのですね。
    とにかく書くしかない。それが、よいのかわるいのかわからないけど。

    仕事だと、企画書などチームで内容について討議するのに、大学院は独りよがり
    なんだななんて思ってしまったのがいけなかったのかもしれません。


    ともすれば、論文作成をなげだしてしまうという考えの方がいらっしゃらないこと
    をみると、自分の考えは、甘く、逃げ道を考えていたのかもしれません。
    論文書けないで終わった方の意見というものがなかったですものね。


    今思うと研究計画書は、まったく研究の計画書になっていませんでした。
    だから、書けないのかもしれません。

    でも、書かなくてははじまらないので、一行書いてみます。

    ユーザーID:8366413424

  • ちゃんと調査しましょう。後は結論が重要ね!

    方針、論の展開、分析手法なんてものをいくら考えても、やってみないと、その通りに行くかわかりませんよね。

    そういう意味では、形になっていないのは無いのと一緒です。

    また、方針等をたてるにしても、過去の研究との関連がありますよね。過去にAと既に言われているのをしらずに、あらためてAだと言っても意味が無いです。また、過去にAだと言われているのを知らずにBだと言っても何を言っているんだで終わりです。

    この場合、過去の研究をサーベイする(大量に読みこなす)必要があります。それを行っていない研究方針や論の展開は、単なる素人の思い付きです。
    指導教官のところにそんなものを持っていても相手にされませんよ。

    その上で、過去にAといわれているんだけど、こういう事実があるのでA’ではないでしょうかとか、実はBではないでしょうかとかいえるようになれば、相手も話を聞いてくれる(それじゃ弱いねとか)ようになります。

    とりあえず、頭の中にありますって人は始末が悪いので、形にしてください。で、形になったものをもって相談に行きましょう。

    ユーザーID:3896898367

  • 頑張って!

    やっと、修論書く気になりましたね。頑張って!

    ユーザーID:0591605394

  • あー、なるほど

    修士課程入学後十箇月も経って、なんでこんなにずれたことばかり言っているのだろうと不思議に思っていましたが、なるほど、会社での仕事の進め方を大学院での研究の進め方に投影していたわけですね。
    それはそれですごい誤解ですが…。

    会社での仕事と違って研究は(とくに文系の研究は)個人競技ですので、基本的に全て一人でやります。研究室としていい論文を産み出す、などという発想はないですから。
    まあしかし、どうやらそのへんのことは理解できたようで良かったです。

    一人で調べる。一人で考える。一人で書く。ある程度の量を書いたところで指導教員にみせる。で、最終的に一人で修士論文を完成させ提出する。

    ということで、頑張ってください。

    ユーザーID:8269856194

  • いろいろありがとうございます。

    やっとわかってきました。
    勘違いしていたのですね。個人プレー。一人でやるしかないってこと。

    やっとわかりました。 みんな独りでがんばっているってことですね。

    ありがとうございます。

    ユーザーID:8366413424

  • 個人プレーだけど、ちょっとちがう

    研究者というのは、その道の専門家なわけです。
    つまり、相談する側ではなくて、相談される側なわけです。となると、最低限のレベルは越していないといけません。

    これを越していないと、専門家ではない(=研究者ではない)とみなされます。

    ただ、誤解されると困るのは、研究において議論をすることはあります、発表してコメントを貰うこともあります。そうしないと独りよがりになってしまいます。ただ、それはお互いに専門家だってのが前提です。

    専門家と専門家だから議論になるのであって、専門家と素人では議論になりません。それだと、教える側と教わる側になります。

    トピ主は「仕事だと、企画書などチームで内容について討議する」と書いていましたが、これだって何にも知らない素人が話し合うわけではなくて、最低限の知識は持っているでしょうし、知識が足りないなら調べるなり、専門家に聞きますよね。

    まったく知識がないのがいたら、「お前勉強してこいよ!」って思うでしょう。その水準が高いってことです。

    なので、その水準を越すのは個人プレーが大前提ですが、準備ができたと感じたら議論する場(学会など)も探しましょう。

    ユーザーID:3896898367

  • 個人的な意見だけど

    理工系でしたけど、教授より自分の分野は強くなるのって普通だと思っていました。情報系、特にソフトウェア系は、技術が日進月歩です。気がつくと教授なんか1年もせずに追い越してしまいます。もちろん、教授が熱心だったりすると、その分野に関して詳しくなってたりする瞬間もあって(こんな論文でとるぞ。どうや?ちゃんと調べとるかってな具合に)、指摘されて色々言われるとおそろしいめにあいます。

    食うか食われるかって言う場所だったなぁ。うちは、ほんと教授がやばいぐらい熱心で、毎日意見を言わされて苦労しました。それはそれで学生にとっては死ぬほど大変です。教授と同じ土台にたちようもないのに、同じ土台で意見を言わないといけないんですから。

    それはさておき。そういう場合には、学生同士では指摘のしようもなく、せいぜいが論文の体裁や書き方、論拠がどうであるかという程度のみです。
    で、指摘を受けるためには、とにかく論文を発表することが重要です。会によっては超はずれがありますが、大概の研究会では、いけてる人が1人2人います。置き物ってだけじゃない人が。そういう人に、意見をどんどん聞きましょう。それが一番いいですよ。

    ユーザーID:6594173813

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