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バブル時代のとんでもエピソード教えて下さい

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生活・身近な話題

風船

先日、映画「バブルへGO!」をレンタルして観ました。
その中でお札(チップ?)を振ってタクシーを止めたり、ビンゴ大会の賞品が200万円だったり、初対面の人に「これタクシー代」とか、物凄いバブリーなシーンがたくさんありました。本当にこういうことってあったのでしょうか。

その他にも「札幌ラーメンが食べたくなって日帰りで北海道へ行った」とか「会社の面接へ行ったら豪華な食事へ連れていってもらえた」とか聞いたことがありますが、本当なのでしょうか。

もっとすごいエピソードが聞きたいです、バブル時代のとんでもないエピソードを教えてください。

ユーザーID:2771203456

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  • 40代目前のバブル経験者です

    ・ 就職活動中なのに企業から高級ホテルのレストラン招待
    ・ 内定企業から研修と言う名の旅行プレゼント
    ・ 友人と高級クラブで短期バイトしたが、初日からチップで10万
    ・ そのクラブでチップとバイト代で100万稼いだ
    ・ 学生の時から高級ホテルや高級レストランに行っていた(おごり)
    ・ 入社してすぐの夏のボーナスは80万ぐらいだった
    ・ 会社の飲み会で支払をした事は一度もなし
    ・ 飲み会の帰りは必ずタクシー券がもらえた
    ・ 日帰りで香港に行った事がある
    ・ 男性が羽振りが良かったので、一週間外食(おごり)出来た
    ・ 給料がそのままお小遣いだった
    ・ 海外出張に行く男性にねだれば化粧品はプレゼントしてもらえた
    ・ 海外で買物する時は日本未入荷か否かで購入(金額無視)

    ふざけてますが、事実です

    ユーザーID:9492633369

  • 当時から派遣でしたが

    あの時代はお金があまってたんですかねぇ。。。

    派遣会社に内緒で、上長からボーナス代わりに寸志をいただくことなんてしょっちゅうでしたねぇ。どういう会計処理だったんでしょうか?

    まだ電車がある時間なのに、残業帰りにタクシー券もらったりとか。

    そうだ、社内忘年会で「政治家サン御用達赤坂の料亭」に行きました!
    あまりの高級感とお店の方の立派さに気後れしました。
    分相応ということを実感するよい機会でした。

    あ、短期単発の仕事で、地方だったので断ろうとしたら、ホテルとってもらっちゃいました。駅前ビジネスでなくわりとオシャレっぽいところ。

    ただ、生来の貧乏性なので、たとえ人様のお金でも勿体無いって思っちゃっていた自分にも気がつきました。

    ユーザーID:8575072411

  • 一円も使わずに。。。

    当時は短大卒業して2〜3年目だったかな?
    毎晩、一円も使わずに毎晩遊んでましたね。
    「電車なくなるから〜」というとタクシーチケットくれたり。
    お店側も「女性がいると男性客が入る」と言う考えで
    「お金要らないから〜」と声かけてきました。

    そんな時代でした。

    ユーザーID:7723981766

  • あります。

    都内在住のものです。

    当時は独身でしたが、700万円で購入した中古の2LDKマンションが1年半後に2500万円で売れました。運良く?その後まもなくバブルは終焉したので「更に高額で転売」などと言う危険な欲をかく事なく、虎の子として貯蓄できました。

    今はその地に違う大きな分譲マンションが建っている様です。新築当時の販売価格は同じく2LDK(坪数は?)で当初は4000万円台で売り出されたらしいのですが、時既に遅く全部は埋まらず、最終的には賃貸で補っている部屋もあるとの事です。

    欲を持たぬ人間の方がおかしい、浪費する者が賢くて貯蓄は愚か者のする事だと、洗脳されそうな異常な時代でした。

    ユーザーID:1069403745

  • 働いて2年目のボーナスの額が、

    当時、羽振りの良かった証券会社に勤めて2年目の姉妹のボーナスの額が、父(部長クラスの公務員)より多かった。そのことを知った父は落ち込んでました。

    地方在住の従姉妹は、就職面接のため上京したら、往復交通費、ホテル代、某有名レジャーランドのチケットをもらったらしい。もちろん、面接後は高級店で食事、その後、社会見学という名目で銀座をはしご(全ておごり)したそうです。

    ユーザーID:8817080591

  • 株式譲渡の所得税がなかった

    1989年3月までは、株式譲渡所得税は実質ゼロでした。

    証券会社の手数料は今と違って高かったけど、あの頃までは

    何を買っても、あとから理屈がついてきて上がった。。。。

    ウォーターフロント、Qレシオ、抗がん剤、超電導・・・・

    来年から株式譲渡益税20%?ふざけるな、と言いたい。

    ユーザーID:1554245303

  • 今でも忘れられない

    喫茶店で友達と待ち合わせしていたら
    隣のテーブルに20代前半の女性が二人。
    前髪は半分垂らし半分大きく上げてスプレーで固め
    ワンレン・ボディコン・ハイヒール・・・
    とにかく「バブル」を絵に書いたような
    ハデハデお姉さんたちの会話がすごかったです。

    女性A「今度のんは、大ヒットやわ」
    女性B「すごい金持ってんの?」
    女性A「そうやねん。ホテル行ったとき、
        誰かと仕事の話、電話でしとってん。
        何千万とかの話やねん。
        そんときアタッシュケース開けて、中が見えてんけど
        100万の札束が何個か入とってん。」
    女性B「すごいやん。ええやん。」
    女性A「そうやねん。しばらく、ええ思いさせてもらうわ。」

    以上、バブル時に実際に聞いた話です。    

    ユーザーID:7995391033

  • トピ主です

    やはり本当にあったんですね、そんな時代が。一日でいいから体験したかったです。タクシーチケットなんて見たことも触ったこともありません・・・。
    でも娘のボーナスより父親のボーナスの方が少ないなんて寂しすぎますね。

    ユーザーID:7041687542

  • 遅いレスですが、失礼します。

    バブルと言われた時代・・(当時は意味をあまり理解していませんでしたが・・)

    例えば今ガソリンが値上がりして頭がとっても痛いですが、当時は80円台で買えました。
    銀行に100万を一年預けて、25万円の利息がついた事もあったし。(内5万円は税金で徴収されたけど。)

    飲みや食事に行っても男性が払ってくれて、旅行も友人の会社の社長さんのベンツで行ったり・・
    宿泊はスイートルーム、海ではクルーザーで豪遊!
    カラオケにもよく行っていましたが、女性は支払いを全く気にしなくてもいい時代でしたね。(笑)

    でもアフターを楽しむ為に、当然ながら仕事も皆頑張っていましたね。(ニートとかフリーターって当時は皆無だったかも)
    ポケベル持っている人が、なんだかかっこよく見えたな〜。

    でも、やっぱり今の時代の方が色々と生活には便利ですよね。(笑)

    ユーザーID:6201253126

  • 氷河期の方には申し訳ありませんが

    現在がバブル越えの売り手市場と言われていますが
    あれは一部の優秀な学生のみの話だと現場の方々から聞いています
    (ガイアの夜明けでも先日やってましたね)

    昨今の売り手市場より、やはりバブル期の方が凄かったです

    何がすごいって・・・大した努力もせず
    三流大学でも上場企業に入れていた(短大も同じく)
    地方大学の優秀じゃ無い人でも、
    その業界のトップランクの企業から内定をバンバン貰っていました

    さらに公務員は本当に人気が無かった
    各自治体が、各大学に「受験してください」ってお願いしてる始末
    それでも受験者が少なく、それがニュースになってました
    当時公務員を受験するというと「はぁ?」「もったいない」と言われるほど

    フリーターになる人も多かったです
    理由は、フリーターでもかなり稼げたから
    そしてフリーターになっても充分敗者復活出来た時代でした
    実際、わざと留年して遊びまくっている学生も沢山いました
    フリーターでお金を稼いで起業する人も多かった

    仕事さえしていれば「ワーキングプア」という事にはならない時代でした

    ユーザーID:0113462306

  • めちゃくちゃな時代でしたね……

     当時、車関係の仕事をしていました。
     もう、高級車がキャッシュでポンの時代でした。
     ベンツは当たり前(なにせ六本木カローラと言われていましたから)
     人々は、とにかくレアな車を求めました。
     高級外国車→女子大の前に縦列駐車
     高級国産車→女子高の前に縦列駐車
     国産中級車→女子中の前に縦列駐車(嘘だ!と思っているそこの方!本当ですよ)

     制服のスカートの丈が長スカからミニに急転換したのもこの時期です。
     女の子がブランド品を当たり前のように持つようになったのもこの時期からです。

     免許さえ持っていない女の子(18未満)が、パパ(何人居るの?)におねだりをして、赤いクーペを買っていく姿、うーん、そういえば名義や車庫証明はどうだったのかな〜って今なら思い返しますが、当時はそんな事お構いなし。

     得をした人は、得をしたのでしょうが、何か大事なものを片っ端から無くして来ている気がしてなりません。

    ユーザーID:1206085854

  • クリスマス戦争

     バブルと呼ばれた時代。
     男達は何かに取り付かれたように女性を求めました。
     その一大イベントがクリスマスでした。

     ホテル編
     戦いは、前年の12月26日から始っています。
     まず、有名どころのホテルを片っ端から予約します。
     スイート等は、真っ先に埋まります。
     そして、キャンセル料が発生する3ヶ月前位から、クリスマスに誘う女の子を数人に絞込み、その子の好みに合いそうなホテルを数件キープして、残りはリリース(それさえ再度奪い合い)
     最終的に、上手く誘えた女の子の好みのホテルにチェックイン。残りは前日、もしくは当日キャンセルです。
     ここで、間違いが無いように書いておきますが、当時の女性は結構身持ちが固く、このクリスマスイベントまでその彼氏には体を許さない女性が多かったようです。

     プレゼント編
     日本に海外高級ブランドが根付いたのは、間違いなくこの時代からでしょう。
     クリスマス前になるとこれらの高級店が、まるでバーゲンセールのような混雑振り&買いっぷり。
     彼女に頼まれたお目当ての商品が品切れで、その場で泣き出す男達がニュースでも流れました。

    ユーザーID:1206085854

  • バブルの恩恵を受けなかったバブル世代

    バブルの真っ只中に、日本で最高峰と言われる大学を出ました。同級生の話では、商社に内定が決まったらすぐその会社の招待でハワイに一ヶ月間連れて行かれ(他の会社の内定を受けないように海外で拘束)、現地で遊び尽くしたそうです(費用はすべて会社持ち)。それから家庭教師のアルバイトをしていた同級生は、受験直前に生徒のお母様から好きな色を聞かれ、その生徒が合格したらその色の車をプレゼントされたそうです。家庭教師先の生徒が合格したら、ご褒美として先生も一緒に海外旅行へ連れて行ってもらったという話もよく聞きました。

    わたしはそういう同級生たちを横目に、ひたすら勉強に打ち込み、博士課程を出ました。そしたら就職先がない!同時期、政府の方針で大量に博士課程の学生を増やしたため、ちょうど職がないポスドクが大量に発生し始めたころでした。今年、ようやく非常勤のアカデミックポジションを得ましたが、任期つきなので将来は明るくはありません。

    どこで人生、間違えたんだろう。。。

    ユーザーID:9736221220

  • 当時大学生でした。

    ・社員の高級しゃぶしゃぶの忘年会にバイトも呼んでもらえた(当然タダ)
    ・就職活動で面接行けば、特上寿司、高級中華のランチが。帰りにタクシー代も渡された。
    ・役員面接で上京時、往復の交通費、ホテル代はもちろん、手土産やら内定者集めて高級中華で大宴会。
    ・三流大でも一部上場企業の内定が複数もらえた。

    すべて自己体験です。

    ユーザーID:2845328553

  • そういえば

    財布持たないで遊べました。男性がすべて出してくれたし、送り迎えも当たり前でした。毎年バンバン昇給していましたね。

    ユーザーID:3874334594

  • すごかったです

    当時大学生でした。
    ディスコに毎日通い、始発で学校に。飲み代払ったことないです。お店がお酒とかご飯出してくれたし、誰かにおごってもらえたし。帰りはナンパ車でタダで送ってもらえたし。いまだったら知らない人の車が怖いけど当時はナンパされてタダで送ってもらえたし。
    コンパニオンのバイトしてましたが、チップもらえました。
    タクシーチケットとかももらえました。
    就職するころバブルが弾けました。
    社会人になり一年はそれはもう現実に馴染めず地獄の日々でした!今となってはいい思い出かな。本当に夢だったのかも〜ってくらい現実離れな世の中でした。

    ユーザーID:0008305373

  • 半年間月2回ペースでTD「L」

    「R」じゃないところがバブリーでしょ(笑)

    北海道在住です。
    北海道や本州の企業を片っ端から受けて、
    内定を受けると、決まって東京ディズニーランドに招待されてました。
    もちろん、費用は全て会社もち。
    沖縄や萩・津和野方面も旅行しました。

    でも教員採用試験に受かり、私は教職につきまして・・・
    今では生徒の就職に頭を悩ませてます。

    ユーザーID:1695390628

  • 私のパピィが車のトランクに。

    札束、何個も入れてました。臨時ボ―ナスを現金で貰って貯めてたらしい。
    『銀行に振り込むのが面倒臭いから』

    あ、危ないよパピィ!

    その娘(私)はバブルが弾ける前年に専門学校に通いながら低賃金の就職につく。大学生やお金持ちの周りが羨ましかった…。しかし後に資格を取り、まずまずの収入に。周りは氷河期時代で大変そう。

    世の中分からないものだ、生々流転だと思いました。

    職場の先輩は、あの頃海外旅行しまくり、夏は50万のボ―ナス、上司が毎晩のように飲みに連れて行ってくれ、勿論オゴリ。
    楽しかったわあ〜。
    良い夢を見たわ。
    と、遠い目をしております…。

    ユーザーID:5389760357

  • あの時はよかったなー

    当時は入社5年目位でした。多くの銀行が張り切ってオンラインシステムの拡充をやっていたのでそのための大規模なソフトウェア、ハードウェアを売っている弊社は大忙しでした。ある日マネージャーが夫々のプロジェクトのリーダーにタクシーチケットの束を渡して「遅くなるようならこれをメンバーに使わせなさい」と言ってくれました。一応11時以降なら無条件でチケットを使えましたが、それは表向きでしたね。タクシーで帰るか近くのホテルに泊まるかオプションがありました。
    もう一つ、宴会というと必ず銀座の高級店でやりました。妙に明る「社会でした。

    ユーザーID:9253994923

  • 一億あれば

    利子で余裕ある生活出来ると言われていました

    私にはそんなお金はありませんでしたが
    ボーナス数年分を10年満期の定期に預けていましたが
    10年目の満期を迎え、利子の凄さにのけぞりました

    何でもっと貯金しなかったのか・・・悔やみました

    ユーザーID:6866092341

  • いったいいくらかかったのだろう

    バブルのころでした。北関東のある温泉地で宴会をしていたのです。となりの部屋で宴会をしていた、どう見ても普通のおじさんと話が合ってしまい、これから、銀座にいくぞ!!ということになりました。当然、ご冗談と思っていたら、タクシ−を呼んで、高速道路を150km以上走り、銀座の高級クラブまで、本当に連れて行ってもらいました。かえりも、逆のコ−スでタクシ−に乗りました。ほんとにいくらかかったのでしょうか?。じゃ、今はと聞かれれば、近所のコンビニで買った、発泡酒を大事にのんでおります

    ユーザーID:1882515877

  • トピ主です

    たくさんのレスありがとうございます。
    バブルを知らない私にとってはおとぎばなしを聞いているようです。
    本当にすごかったんですね!やっぱりちょっとでもいいから味わってみたかったです。(泣)

    「自分の名前さえ書ければ就職できた時代」と聞いたことがありますが、本当にそんな時代だったんですね。ここでのレスの一部を友人に話たら「うそだ〜!」と言っていました。嘘だとは思っていませんが、でも今では信じられない事ばかりで聞いているだけでも興奮します!

    ユーザーID:7041687542

  • 不動産バブルは異常だった

    当時私はバブルからは縁遠い仕事で
    世の中が狂乱してるらしいけど なんとなく実感が沸かなかったです

    しかし不動産広告の仕事をしたとき
    1億5千万の物件があったときには世の中バブルでこういうものも売れるんだなと関心してましたが
    数週間後同じ不動産会社の別の営業所から1億5千万の物件が1千万くらい上乗せした価格で販売
    さらに数週間ご別の営業所で1千万ほど上乗せで販売 同じ不動産でどんどん価格が上がってく

    当時バブリーな不動産物件は価格が上がって当然 ふっかけても売れるのだから売る必要もない
    担当者が仲間の別営業所にでも売れば販売した事実はのこるのだから担当者の評価は上がる
    適当な時期に仲間から販売物件を買い戻せば仲間の評価もあがりお互いボロもうけ
    これを何度も繰り返せば不動産価格はどんとんつり上がり担当者は販売実績と手当てが手に入る
    不動産関係者から聞かされたときには 何か狂ってると思いました
    結局担当者同士のごまかしで自分たちは利益をあげてるように見せてるだけで
    会社としては何ももうかってなかったのだから 本当にバブルそのもの

    ユーザーID:4429783668

  • 懐かしいなあ

    自分は当時学生でしたが、日給1万円以上の日雇いバイトがたくさんありました。
    しかも、なんにもしなくてもバイト代くれるし、さらにお昼が出たりバイト代の上乗せがあったり。
    お金を配るためにバイトを雇っているというところがたくさんあったなあ。

    社会人の人で言うと、小銭が重いと道に捨てている人も時々いましたね。

    ユーザーID:3096087529

  • ヘリコプターで…

    バブル最盛期に、都心の某有名日本料理店に勤務していました。
    場所柄、店柄、著名人の方や裕福な方がお店には 非常に多く(慣れちゃうほど)お見えになっていました。
    当時「バブルの紳士」として有名だった(今でもある意味有名…)お客様は、朝食を食べるためだけ、天ぷらが食べたいだけ といったことでヘリコプターで関西から都心まで、タクシー感覚でお越しになってましたね〜。
    ヘリコプターが足代わり。
    いやあ、豪快な方でした。

    あとはものすごい大きな風呂敷包みを持った若いお客様が、お連れ様とお話ししながら包みを開いたら…全部株券…。
    それがもう、テーブルに料理が載せられません、っていう量で。
    広いテーブルへ移っていただきました。
    この方も有名です。多分今は塀の中…かな?

    株をやってる知人に5万円を預けたら、あっという間に50万円になって返ってきたこともあります。

    銀座のスカウトさん(高級クラブ)の名刺で、トランプ出来そうでした。
    お土産にエルメスのスカーフとか、フツーでしたね。
    当時2000円のカレーとか、フツーに食べてたし。
    ほんと、泡と消えたお金と時代って感じですよ。
    貯金しとけばよかった〜。

    ユーザーID:4180501903

  • 未だに抜けきれない人がいるよ

    バブルが異常な時代だった事もあり
    その時代に恩恵を受けている人たちの中には、未だにバブリーな人がいます
    (ドラマや雑誌見たら分かるかも)

    とにかく消費する事が「美徳」な時代でした

    貯蓄は努力して計画的にするものではなく
    消費で余ったお金が知らぬ間に増えるというものでした

    だから若い間にバカみたいに遊ぶ事が良いことだと思ってるから
    今の若い人が消費をしない心理が理解出来ないと言います
    (車を買わない、旅行は近場)

    ユーザーID:0265069295

  • かわいそうだった友人

    バブルの真っ最中でしかも就職協定が厳しかった時のことです。解禁日に即内々定が出てそれから一週間他社を受けられないように沖縄のリゾート・ホテルでゴージャスな隔離をされた友人がいました。でもその最中に卒業研究の中間発表があり欠席せざるをえなかったため、卒論評価が不可。その年度は卒業も就職もふいになってしまいました。(バブルのおかげで翌年度1留でもいわゆる一流企業に就職しましたけど・・・)

    ユーザーID:7025697820

  • ホント懐かしいです

    「バブルアゲイン」 という東京プリンというグループの歌があるのをご存じでしょうか?  その歌が当時をうまく表現しています。

    自分も金曜の夜からグアムに二泊三日 を数回しました。

    懐かしい思い出です。 当時のパスポートにははんこがいっぱいでしたが、今はパスポート、期限切れです・・・・

    ユーザーID:9691012160

  • 景気がいいのを知りませんでした

     トピの趣旨とちょっと違うけど,ちょうどバブルの頃,学部から大学院で,大学の研究室にこもって勉強・研究に集中していました.それで,世の中が異常に景気が良いのを知りませんでしたし,その恩恵も全く受けませんでした.

     バブル崩壊後,就職する段になって,かつては景気が良かったことを知って,惜しかったと思いましたが,その一方,大学入学時の初心がぶれなかったことは,それはそれで良かったとも思っています.

    ユーザーID:4040361923

  • ありました

    バイト先で車のバックを誘導したら
    ありがとう、といって1万円もらえました

    就職で、僕の受けた某社では、そこに就職すれば入学時にさかのぼって卒業まで月々5万円の返還不要の奨学金を支払う、等々の条件を提示しました(しかも僕はそれをけった)

    北大の友人は1週間足らず上京する間に会社見学を10数社こなし、
    各社から交通費(もちろん北海道から最大限お金かけて往復した場合の)、日当、土産を受け取り料亭で接待等をうけ、100万円近くの現金を手に札幌に戻っていました。

    ある会社は就職1年目の社員を出身大学にリクルーターとして派遣するにあたって
    領収書の添付だけを条件に用途制限なしで会社のキャッシュカードを持たせました。(その友人と研究室に関係ある人ない人で一晩すし屋を貸切状態にしました)

    ユーザーID:8965962369

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