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バブル時代のとんでもエピソード教えて下さい

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生活・身近な話題

風船

先日、映画「バブルへGO!」をレンタルして観ました。
その中でお札(チップ?)を振ってタクシーを止めたり、ビンゴ大会の賞品が200万円だったり、初対面の人に「これタクシー代」とか、物凄いバブリーなシーンがたくさんありました。本当にこういうことってあったのでしょうか。

その他にも「札幌ラーメンが食べたくなって日帰りで北海道へ行った」とか「会社の面接へ行ったら豪華な食事へ連れていってもらえた」とか聞いたことがありますが、本当なのでしょうか。

もっとすごいエピソードが聞きたいです、バブル時代のとんでもないエピソードを教えてください。

ユーザーID:2771203456

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  • バブルの香りをちょっとだけ嗅いだ・・・

    ちょうどバブルがはじけた後に社会人になりました。
    世の中は「バブルがはじけた」と騒いでいましたが、私の会社はまだバブリーでした。
    他の方々よりは地味ですが・・・

    内定式は、都内のホテルで豪華なお食事。
    入社初日に行ったお花見では、帰りにいきなりタクシーチケット。
    暑気払い、忘年会、新年会の費用は、半分以上会社持ち。
    スキー旅行やゴルフツアーを兼ねた社員研修。
    入社2年目に幹事になった花見では、管理職の所へいってビール券・商品券を回収(束でくれた)。

    ところが、入社2年目後半位から羽振りのいい話は聞かなくなりました。
    タクシーチケットは使えなくなり、旅行を兼ねた社員研修は全て中止。
    ビール券・商品券も1枚も集まらず。

    入社当時は「なんて贅沢な!」とびっくりしていましたが、だんだん質素な会社になり、なぜか安心したのを覚えています。

    ああ、でもいたなあ。バブルを引きずっている人。
    入社5年目位の時にアルバイト採用した女性。
    「支度金は出ないんですか?」って聞かれました。
    出ません、と言ったら辞めちゃった。

    ユーザーID:4947744572

  • 花のOL時代

    上司に連れられて、客先の人と、後輩の女性と4人で、都内の某有名レストランに食事に行きました。
    私「このワイン美味しいですね!」
    お客さん「おぉ、君、味が分かるんだね〜。じゃあ、もう一本頼もう!」
    という調子で飲んで食べて24万円(もちろん会社の接待費)でした。

    当時、月の自分の飲食代とタクシー代を計算したら、100万円!?ということがありました。もちろん、自腹ではなく、会社負担や、人にご馳走になることがほとんど。

    バブル真っ只中だと麻痺しているけど、今思うと、スゴイ時代でしたねぇ。

    ユーザーID:6427536769

  • 私は牛丼(涙)

    バブルが終わりかけの頃ですが、高層階の夜景バッチリなレストランでバイトしてました。

    クリスマスは延々に続く2名席(普段は4名席を2名用に分けた)、カップルで満席。
    デザートが出た後、すべてのテーブルでプレゼント交換会が‥いろんなブランド品が飛び交う飛び交う(当時は学生で、ブランド品にはまったく縁がなかったのでよくわかりませんでしたが、職場の先輩が言ってました)。
    クリスマス特別ディナーだったので、飲み物も含めれば2名で数万円。
    この後どこのホテルに泊まるんだ(赤坂プリンスの予約を、一年以上前から取らないといけない時代でした)と思ったものでした。

    私はバイト後、当時付き合ってた彼氏と牛丼食べて帰りました(笑)

    ユーザーID:3925847772

  • 恩恵はまったく受けなかった・・

    当時は幼子二人を育てていて、夫はしがない公務員。バブルは頭の上を通り過ぎて行きました。ただ、住んでいた賃貸マンションの売値がわずか半年で5倍に跳ね上がった(2500万円が1億2千万円)ことを新聞のチラシで知り、異常な時代であることを実感した覚えがあります。

    そういえば、どこにでもある通販カタログで普通にベンツ売ってましたね・・誰が買うんだろう、って思ってましたが、このトピのレス見てて、本当に買ってた人がいたんだろうなあ、と今更ながら驚いています。

    ユーザーID:9904961079

  • トピ主です

    たくさんの書き込みありがとうございます。
    この前ネットのニュースで

    【新社会人に就職活動で一番負担になったことを尋ねると「交通費」が最も多く37.2%、次いで「応募時の書類作成」(24.7%)、「学業の両立」(13.9%)、「面接」(7.6%)という結果が出た】

    というのがあり、ふとこのトピを思い出しました。

    ユーザーID:7041687542

  • 当時の社会人の実態は知りませんが

    当時学生でした。私学だったので内部進学者が多く、その絢爛たる様にはビックリしたもんです。通学には外車、身に着けてるものは全部ブランド品。当時流行りの「ワンレン、ボディコン」ってやつです。学生の分際で何でそんなにお金があるの?と公立高校出身でサラリーマン家庭に育った私には、でっかい「?」でした。

    就職活動もバブルの恩恵を享受。自ら行動しなくても、就職セミナーなど会社側からお声がかかったし、就職案内に関するパンフレットや雑誌もバンバン送られてきた。一介の学生に対して会社が丸腰だった時代です。そしてどんな学生でも、就職内定は平均で2,3個は取れてたはず。私が就職して間もなく、日本は不況に陥り、就職氷河期時代到来とあいなりましたが、実感として大変な時代になったと実感できない私、短期間で会社を辞めて留学したけど、帰国してからの再就職は本当に大変でした。

    そりゃそうだ、職歴もろくにない、「英語できます」だけでどこの会社が雇ってくれるのだ!って今なら分かるけど、当時はそれすら分からなかった。バブル期では語学ができれば尚更、就職もたやすくできたイメージがあったからなぁ。

    ユーザーID:8009294669

  • 懐かしいですね

    バブルの時は、学生で時給が1700円
    アルバイトが終わってからは、大阪キタ新地に飲みに連れて行ってもらいました(未成年でした)
    電車がある時間でしたけど、タクシー代と言って1万円貰ってました。

    新年会といえば、料亭。
    ゴルフがしたいと言えばゴルフ道具とウエアを買ってもらいました。
    もちろんコースも連れて行ってもらいました。

    専門学校を卒業して20歳で就職しましたけど、年収は400万円近かったですよ。

    う〜〜〜ん、懐かしいですね。

    ユーザーID:7115697641

  • タクシーチケット、まるごと一冊の20代

    バブリーな時代の恩恵も受けましたが、仕事もハードだった。
    当時20代後半だった私は、働き盛り。
    電車のある時間に帰れるはずもなく、毎夜、タクシーチケットを使っての帰宅。時には明け方まで仕事をして、自宅に帰ってシャワーを浴び、朝一の社外会議のためにおニューのスーツに着替え、待っててもらったタクシーに乗り込んだ日も。仕事を免れた夜は、接待という飲み会。帰りはもちろんタクシーチケット。。。(涙)

    タクシーチケットまるごと一冊を持たされていましたが、すぐに無くなるので、ある時から3冊支給になりました。20代だよ!?

    そのクセが抜けず、いまだに、つい気軽にタクシーに乗ってしまい、一緒にいる義母の冷たい視線を感じることがある。

    ユーザーID:6124827498

  • ありました

    バイト先で車のバックを誘導したら
    ありがとう、といって1万円もらえました

    就職で、僕の受けた某社では、そこに就職すれば入学時にさかのぼって卒業まで月々5万円の返還不要の奨学金を支払う、等々の条件を提示しました(しかも僕はそれをけった)

    北大の友人は1週間足らず上京する間に会社見学を10数社こなし、
    各社から交通費(もちろん北海道から最大限お金かけて往復した場合の)、日当、土産を受け取り料亭で接待等をうけ、100万円近くの現金を手に札幌に戻っていました。

    ある会社は就職1年目の社員を出身大学にリクルーターとして派遣するにあたって
    領収書の添付だけを条件に用途制限なしで会社のキャッシュカードを持たせました。(その友人と研究室に関係ある人ない人で一晩すし屋を貸切状態にしました)

    ユーザーID:8965962369

  • 景気がいいのを知りませんでした

     トピの趣旨とちょっと違うけど,ちょうどバブルの頃,学部から大学院で,大学の研究室にこもって勉強・研究に集中していました.それで,世の中が異常に景気が良いのを知りませんでしたし,その恩恵も全く受けませんでした.

     バブル崩壊後,就職する段になって,かつては景気が良かったことを知って,惜しかったと思いましたが,その一方,大学入学時の初心がぶれなかったことは,それはそれで良かったとも思っています.

    ユーザーID:4040361923

  • ホント懐かしいです

    「バブルアゲイン」 という東京プリンというグループの歌があるのをご存じでしょうか?  その歌が当時をうまく表現しています。

    自分も金曜の夜からグアムに二泊三日 を数回しました。

    懐かしい思い出です。 当時のパスポートにははんこがいっぱいでしたが、今はパスポート、期限切れです・・・・

    ユーザーID:9691012160

  • かわいそうだった友人

    バブルの真っ最中でしかも就職協定が厳しかった時のことです。解禁日に即内々定が出てそれから一週間他社を受けられないように沖縄のリゾート・ホテルでゴージャスな隔離をされた友人がいました。でもその最中に卒業研究の中間発表があり欠席せざるをえなかったため、卒論評価が不可。その年度は卒業も就職もふいになってしまいました。(バブルのおかげで翌年度1留でもいわゆる一流企業に就職しましたけど・・・)

    ユーザーID:7025697820

  • 未だに抜けきれない人がいるよ

    バブルが異常な時代だった事もあり
    その時代に恩恵を受けている人たちの中には、未だにバブリーな人がいます
    (ドラマや雑誌見たら分かるかも)

    とにかく消費する事が「美徳」な時代でした

    貯蓄は努力して計画的にするものではなく
    消費で余ったお金が知らぬ間に増えるというものでした

    だから若い間にバカみたいに遊ぶ事が良いことだと思ってるから
    今の若い人が消費をしない心理が理解出来ないと言います
    (車を買わない、旅行は近場)

    ユーザーID:0265069295

  • ヘリコプターで…

    バブル最盛期に、都心の某有名日本料理店に勤務していました。
    場所柄、店柄、著名人の方や裕福な方がお店には 非常に多く(慣れちゃうほど)お見えになっていました。
    当時「バブルの紳士」として有名だった(今でもある意味有名…)お客様は、朝食を食べるためだけ、天ぷらが食べたいだけ といったことでヘリコプターで関西から都心まで、タクシー感覚でお越しになってましたね〜。
    ヘリコプターが足代わり。
    いやあ、豪快な方でした。

    あとはものすごい大きな風呂敷包みを持った若いお客様が、お連れ様とお話ししながら包みを開いたら…全部株券…。
    それがもう、テーブルに料理が載せられません、っていう量で。
    広いテーブルへ移っていただきました。
    この方も有名です。多分今は塀の中…かな?

    株をやってる知人に5万円を預けたら、あっという間に50万円になって返ってきたこともあります。

    銀座のスカウトさん(高級クラブ)の名刺で、トランプ出来そうでした。
    お土産にエルメスのスカーフとか、フツーでしたね。
    当時2000円のカレーとか、フツーに食べてたし。
    ほんと、泡と消えたお金と時代って感じですよ。
    貯金しとけばよかった〜。

    ユーザーID:4180501903

  • 懐かしいなあ

    自分は当時学生でしたが、日給1万円以上の日雇いバイトがたくさんありました。
    しかも、なんにもしなくてもバイト代くれるし、さらにお昼が出たりバイト代の上乗せがあったり。
    お金を配るためにバイトを雇っているというところがたくさんあったなあ。

    社会人の人で言うと、小銭が重いと道に捨てている人も時々いましたね。

    ユーザーID:3096087529

  • 不動産バブルは異常だった

    当時私はバブルからは縁遠い仕事で
    世の中が狂乱してるらしいけど なんとなく実感が沸かなかったです

    しかし不動産広告の仕事をしたとき
    1億5千万の物件があったときには世の中バブルでこういうものも売れるんだなと関心してましたが
    数週間後同じ不動産会社の別の営業所から1億5千万の物件が1千万くらい上乗せした価格で販売
    さらに数週間ご別の営業所で1千万ほど上乗せで販売 同じ不動産でどんどん価格が上がってく

    当時バブリーな不動産物件は価格が上がって当然 ふっかけても売れるのだから売る必要もない
    担当者が仲間の別営業所にでも売れば販売した事実はのこるのだから担当者の評価は上がる
    適当な時期に仲間から販売物件を買い戻せば仲間の評価もあがりお互いボロもうけ
    これを何度も繰り返せば不動産価格はどんとんつり上がり担当者は販売実績と手当てが手に入る
    不動産関係者から聞かされたときには 何か狂ってると思いました
    結局担当者同士のごまかしで自分たちは利益をあげてるように見せてるだけで
    会社としては何ももうかってなかったのだから 本当にバブルそのもの

    ユーザーID:4429783668

  • トピ主です

    たくさんのレスありがとうございます。
    バブルを知らない私にとってはおとぎばなしを聞いているようです。
    本当にすごかったんですね!やっぱりちょっとでもいいから味わってみたかったです。(泣)

    「自分の名前さえ書ければ就職できた時代」と聞いたことがありますが、本当にそんな時代だったんですね。ここでのレスの一部を友人に話たら「うそだ〜!」と言っていました。嘘だとは思っていませんが、でも今では信じられない事ばかりで聞いているだけでも興奮します!

    ユーザーID:7041687542

  • いったいいくらかかったのだろう

    バブルのころでした。北関東のある温泉地で宴会をしていたのです。となりの部屋で宴会をしていた、どう見ても普通のおじさんと話が合ってしまい、これから、銀座にいくぞ!!ということになりました。当然、ご冗談と思っていたら、タクシ−を呼んで、高速道路を150km以上走り、銀座の高級クラブまで、本当に連れて行ってもらいました。かえりも、逆のコ−スでタクシ−に乗りました。ほんとにいくらかかったのでしょうか?。じゃ、今はと聞かれれば、近所のコンビニで買った、発泡酒を大事にのんでおります

    ユーザーID:1882515877

  • 一億あれば

    利子で余裕ある生活出来ると言われていました

    私にはそんなお金はありませんでしたが
    ボーナス数年分を10年満期の定期に預けていましたが
    10年目の満期を迎え、利子の凄さにのけぞりました

    何でもっと貯金しなかったのか・・・悔やみました

    ユーザーID:6866092341

  • あの時はよかったなー

    当時は入社5年目位でした。多くの銀行が張り切ってオンラインシステムの拡充をやっていたのでそのための大規模なソフトウェア、ハードウェアを売っている弊社は大忙しでした。ある日マネージャーが夫々のプロジェクトのリーダーにタクシーチケットの束を渡して「遅くなるようならこれをメンバーに使わせなさい」と言ってくれました。一応11時以降なら無条件でチケットを使えましたが、それは表向きでしたね。タクシーで帰るか近くのホテルに泊まるかオプションがありました。
    もう一つ、宴会というと必ず銀座の高級店でやりました。妙に明る「社会でした。

    ユーザーID:9253994923

  • 私のパピィが車のトランクに。

    札束、何個も入れてました。臨時ボ―ナスを現金で貰って貯めてたらしい。
    『銀行に振り込むのが面倒臭いから』

    あ、危ないよパピィ!

    その娘(私)はバブルが弾ける前年に専門学校に通いながら低賃金の就職につく。大学生やお金持ちの周りが羨ましかった…。しかし後に資格を取り、まずまずの収入に。周りは氷河期時代で大変そう。

    世の中分からないものだ、生々流転だと思いました。

    職場の先輩は、あの頃海外旅行しまくり、夏は50万のボ―ナス、上司が毎晩のように飲みに連れて行ってくれ、勿論オゴリ。
    楽しかったわあ〜。
    良い夢を見たわ。
    と、遠い目をしております…。

    ユーザーID:5389760357

  • 半年間月2回ペースでTD「L」

    「R」じゃないところがバブリーでしょ(笑)

    北海道在住です。
    北海道や本州の企業を片っ端から受けて、
    内定を受けると、決まって東京ディズニーランドに招待されてました。
    もちろん、費用は全て会社もち。
    沖縄や萩・津和野方面も旅行しました。

    でも教員採用試験に受かり、私は教職につきまして・・・
    今では生徒の就職に頭を悩ませてます。

    ユーザーID:1695390628

  • すごかったです

    当時大学生でした。
    ディスコに毎日通い、始発で学校に。飲み代払ったことないです。お店がお酒とかご飯出してくれたし、誰かにおごってもらえたし。帰りはナンパ車でタダで送ってもらえたし。いまだったら知らない人の車が怖いけど当時はナンパされてタダで送ってもらえたし。
    コンパニオンのバイトしてましたが、チップもらえました。
    タクシーチケットとかももらえました。
    就職するころバブルが弾けました。
    社会人になり一年はそれはもう現実に馴染めず地獄の日々でした!今となってはいい思い出かな。本当に夢だったのかも〜ってくらい現実離れな世の中でした。

    ユーザーID:0008305373

  • そういえば

    財布持たないで遊べました。男性がすべて出してくれたし、送り迎えも当たり前でした。毎年バンバン昇給していましたね。

    ユーザーID:3874334594

  • 当時大学生でした。

    ・社員の高級しゃぶしゃぶの忘年会にバイトも呼んでもらえた(当然タダ)
    ・就職活動で面接行けば、特上寿司、高級中華のランチが。帰りにタクシー代も渡された。
    ・役員面接で上京時、往復の交通費、ホテル代はもちろん、手土産やら内定者集めて高級中華で大宴会。
    ・三流大でも一部上場企業の内定が複数もらえた。

    すべて自己体験です。

    ユーザーID:2845328553

  • バブルの恩恵を受けなかったバブル世代

    バブルの真っ只中に、日本で最高峰と言われる大学を出ました。同級生の話では、商社に内定が決まったらすぐその会社の招待でハワイに一ヶ月間連れて行かれ(他の会社の内定を受けないように海外で拘束)、現地で遊び尽くしたそうです(費用はすべて会社持ち)。それから家庭教師のアルバイトをしていた同級生は、受験直前に生徒のお母様から好きな色を聞かれ、その生徒が合格したらその色の車をプレゼントされたそうです。家庭教師先の生徒が合格したら、ご褒美として先生も一緒に海外旅行へ連れて行ってもらったという話もよく聞きました。

    わたしはそういう同級生たちを横目に、ひたすら勉強に打ち込み、博士課程を出ました。そしたら就職先がない!同時期、政府の方針で大量に博士課程の学生を増やしたため、ちょうど職がないポスドクが大量に発生し始めたころでした。今年、ようやく非常勤のアカデミックポジションを得ましたが、任期つきなので将来は明るくはありません。

    どこで人生、間違えたんだろう。。。

    ユーザーID:9736221220

  • クリスマス戦争

     バブルと呼ばれた時代。
     男達は何かに取り付かれたように女性を求めました。
     その一大イベントがクリスマスでした。

     ホテル編
     戦いは、前年の12月26日から始っています。
     まず、有名どころのホテルを片っ端から予約します。
     スイート等は、真っ先に埋まります。
     そして、キャンセル料が発生する3ヶ月前位から、クリスマスに誘う女の子を数人に絞込み、その子の好みに合いそうなホテルを数件キープして、残りはリリース(それさえ再度奪い合い)
     最終的に、上手く誘えた女の子の好みのホテルにチェックイン。残りは前日、もしくは当日キャンセルです。
     ここで、間違いが無いように書いておきますが、当時の女性は結構身持ちが固く、このクリスマスイベントまでその彼氏には体を許さない女性が多かったようです。

     プレゼント編
     日本に海外高級ブランドが根付いたのは、間違いなくこの時代からでしょう。
     クリスマス前になるとこれらの高級店が、まるでバーゲンセールのような混雑振り&買いっぷり。
     彼女に頼まれたお目当ての商品が品切れで、その場で泣き出す男達がニュースでも流れました。

    ユーザーID:1206085854

  • めちゃくちゃな時代でしたね……

     当時、車関係の仕事をしていました。
     もう、高級車がキャッシュでポンの時代でした。
     ベンツは当たり前(なにせ六本木カローラと言われていましたから)
     人々は、とにかくレアな車を求めました。
     高級外国車→女子大の前に縦列駐車
     高級国産車→女子高の前に縦列駐車
     国産中級車→女子中の前に縦列駐車(嘘だ!と思っているそこの方!本当ですよ)

     制服のスカートの丈が長スカからミニに急転換したのもこの時期です。
     女の子がブランド品を当たり前のように持つようになったのもこの時期からです。

     免許さえ持っていない女の子(18未満)が、パパ(何人居るの?)におねだりをして、赤いクーペを買っていく姿、うーん、そういえば名義や車庫証明はどうだったのかな〜って今なら思い返しますが、当時はそんな事お構いなし。

     得をした人は、得をしたのでしょうが、何か大事なものを片っ端から無くして来ている気がしてなりません。

    ユーザーID:1206085854

  • 氷河期の方には申し訳ありませんが

    現在がバブル越えの売り手市場と言われていますが
    あれは一部の優秀な学生のみの話だと現場の方々から聞いています
    (ガイアの夜明けでも先日やってましたね)

    昨今の売り手市場より、やはりバブル期の方が凄かったです

    何がすごいって・・・大した努力もせず
    三流大学でも上場企業に入れていた(短大も同じく)
    地方大学の優秀じゃ無い人でも、
    その業界のトップランクの企業から内定をバンバン貰っていました

    さらに公務員は本当に人気が無かった
    各自治体が、各大学に「受験してください」ってお願いしてる始末
    それでも受験者が少なく、それがニュースになってました
    当時公務員を受験するというと「はぁ?」「もったいない」と言われるほど

    フリーターになる人も多かったです
    理由は、フリーターでもかなり稼げたから
    そしてフリーターになっても充分敗者復活出来た時代でした
    実際、わざと留年して遊びまくっている学生も沢山いました
    フリーターでお金を稼いで起業する人も多かった

    仕事さえしていれば「ワーキングプア」という事にはならない時代でした

    ユーザーID:0113462306

  • 遅いレスですが、失礼します。

    バブルと言われた時代・・(当時は意味をあまり理解していませんでしたが・・)

    例えば今ガソリンが値上がりして頭がとっても痛いですが、当時は80円台で買えました。
    銀行に100万を一年預けて、25万円の利息がついた事もあったし。(内5万円は税金で徴収されたけど。)

    飲みや食事に行っても男性が払ってくれて、旅行も友人の会社の社長さんのベンツで行ったり・・
    宿泊はスイートルーム、海ではクルーザーで豪遊!
    カラオケにもよく行っていましたが、女性は支払いを全く気にしなくてもいい時代でしたね。(笑)

    でもアフターを楽しむ為に、当然ながら仕事も皆頑張っていましたね。(ニートとかフリーターって当時は皆無だったかも)
    ポケベル持っている人が、なんだかかっこよく見えたな〜。

    でも、やっぱり今の時代の方が色々と生活には便利ですよね。(笑)

    ユーザーID:6201253126

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