あなたの「男泣き」体験をお聞かせ下さい

レス84
(トピ主8
お気に入り929

男性から発信するトピ

コロボックル

齢40年と少し。物心ついた頃より「泣いた」事がありません。親からも言われます。

大怪我(遊んでいて大腿骨骨折、自動車事故遭遇で鎖骨骨折、肩脱臼、靭帯損傷等)した時も注射の時も胃カメラの時も本当に泣かないガキだった・・・と。そういう教育を受けたわけではありません。が、幼心に痛くても悲しくても「男は人前で・・・」という気概を抱いていた記憶は朧気にあります。その気持ちは今も尚あります。うるっときそうになったけど堪えた記憶は人生で2度。愛犬、親友との死別。冷酷と思われるかもしれませんが「皆が泣いている時に自分まで泣いてどうする。貴様はしっかりしろ。」という思いが強くでてきてしまうのいです。

こうなってくると、俺は一生泣く事ってないのでは?男は泣けない宿命?否、単なる非情なやつか?という心配も沸沸とでてきました。人生で一度位は涙を許されてもいい時ってあるのでしょうか。男性諸氏にお尋ねしたい。自らの武勇伝たる「男泣き」体験をご披露戴きたいのです。

今後の人生の糧にさせて下さい。

ユーザーID:5078858598

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数84

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • 硬派な主人の

    幼い頃に父親を無くし、私が嫁ぐ前に祖父を亡くし、祖母と母親や年の離れた妹を守るのは俺しか居ない。
    小さい頃からそう思い続け、20代前半に祖父から事業を受け継ぎ、一家の大黒柱として家族を守る事を第一に考えてきた硬派な主人。
    男気が強くて、絶対に人前でも一人でも泣きませんでした。
    新婚当初に、ある誤解からキレて本気で離婚を考えて家を出て行こうとした私を必死で引き止める彼。
    しかし私はどうしても許す事が出来なくて離婚しか頭にありませんでした。
    二時間程野外で小康状態が続きましたが、誤解が解けて、私が心から詫びた直後、主人がアスファルトに四つん這いになり大号泣!
    後にも先にも主人が泣いたのを見たのはその一度きりです。

    ユーザーID:6634860783

  • 糧にはならないくだらなさ

    トピ主様、初めまして、40代男性です。物凄くくだらなくてもいいですか?でしたらお話します。
    あれは数十年前、【あしたのジョー】の最後のシーン。ジョーが燃え尽きて真っ白になったカット…あそこで泣いてしまいました。子供心に『このあとパンチドランカーとなって生きてゆくのだろうか?』、『穏やかに微笑みながら死んでしまったのだろうか?』、『残された葉子は?』と想像を巡らしながらブワッと泣いてしまいました。
    最近では子供達の卒園式。泣くつもりはなかったのですが、最後に子供達の健気な「お父さん、お母さん、今までありがとう。」というのを聞いてしまったらナイアガラの滝となってしまいました。

    しかし通常はほとんど泣く事はありませんし、他人が泣いていたりすると堪えるタイプです。30代までは完全に表情が変わらないタイプ(と自分ではゴルゴ13のようなつもりだった)でしたが、40代になってからは犬がこちらに駆け寄ってきたり、子供の手紙を読んだりしてもウルッときてしまいます。
    『歳ですかね?』

    ユーザーID:3396845490

  • 自分の体験ではありませんが

    従姉妹は生まれたときに母親を亡くしたので、伯父が男手一つで育てました。

    従姉妹の結婚式での話です。
    そこでよくある新婦からの親への手紙。
    伯父は仏頂面のまま涙一つ見せませんでした。
    正直、私はこの時点では伯父の泣く姿を面白可笑しく囃し立てるつもりでしたので、少しがっかりしてました。

    そして読み終わったときです、従姉妹が手紙を渡すと同時に伯父の頬へキスをしました。
    この攻撃は予想していなかったのでしょう、伯父は一瞬キョトンとした表情をするとハラハラ涙をこぼし始めました。
    今までも必死に涙をこらえていたんですね。

    ひとしきり泣いた後、伯父は涙をぬぐい、しっかりとした顔で従姉妹に「幸せにおなり」とだけ言いました。
    これを聞いて今度は従姉妹が大号泣!

    ちなみにその間私は・・・、囃し立てることもできずにただ感動して泣いてました(笑)

    今、私は妻に先立たれ、幼い娘が一人います。
    伯父のようになりたいと強く、強く思います。
    妻のためにも、そして何より娘のためにも。
    妻が亡くなったとき、強く生きようと思い私は泣きませんでした。
    「次に自分が泣くのは娘の結婚式だ!」と心に誓っています。

    ユーザーID:6370464720

  • 父が泣いた日

    姉の結婚式にて。
    隣りに座っていた父が私より先に泣いたのに、『お前が泣くから、つられて泣いた…』と照れ臭そうに言いました。

    結構な頑固親父で、涙なんかそれまで見た事がなく…その性格に辟易していましたが、この時ばかりは可愛いじゃん、父よ。と感動しました。

    私もそろそろですが、泣くかしら?
    それとも、やっと肩の荷が降りたとか思って笑って見送られるかな?
    私は身体がちょっと弱いし(頭も…)心配ばっかりかけ放題でごめんなさいね。
    失礼、横道に逸れました。

    少し前迄の、『男は人前では泣かない』教育を受けて来たから、殆ど涙を見せないのは仕方ないですね。

    涙の分量では人の哀しみは推し量れないと私は思います。

    トピ主さんはトピ主さんのあるがままで充分ですよ。

    ユーザーID:1111094463

  • トピ主です。

    感動的なお話ありがとうございます。男と言えども感動的な場面において、生涯に一度位は涙腺を使用してもいいのではないか・・という気持ちが芽生えて参りました。

    ただやはり、苦しい悲しい辛い痛いという「負」の場面において、涙腺は女性の専売特許であり、男まで一緒に崩れてはならず、そういう時にこそ堪えしっかりしなければならないものだという矜持も新たにしました。

    「りゅうりゅうさん」・・・泣きすぎ!
    でも個人的にそういう純粋で正直な方は好きです。ナイアガラの方は見ていておもしろいし(すみません)、そこで確信犯的に優しい言葉の一つも囁きかけ様ものなら、もう簡単に「全顔土砂崩れ」状態。好きですね、そういう人間味のある御仁。今後も「感受性豊かなゴルゴ13」を貫き通して下さい。

    私もどんなに想像を絶する程に「辛かろうが悲しかろうが痛がろうか苦しかろうが怖かろうが絶対に絶対に神に誓って泣かねぇぞ」の精神道を極め突き進みます。

    ユーザーID:5078858598

  • 父の涙

    父は自分の親が亡くなったときも涙を見せなかったそうです。仕事で大怪我したときも、自力で救急車を呼んだと言ってる人でした。
    そんな父が病気で半身不随になり、車椅子の生活に。姉夫婦や孫たちとともに暮らしていましたが、私は遠く離れた場所で暮らしていましたので年に一度くらいしか会いにいけませんでした。
    年に一度の帰省のときは父をお風呂に入れ、髪をカットし、ご飯を作り、少しの間だけでも母の負担を軽くしようとつきっきりでした。
    そして私が帰る日、「お母さんにあんまりわがまま言っちゃダメだよ。じゃ、また来るからね」と言って父の肩をたたくと、車椅子の父のひざに涙がポツリ・・・。何も言わずに静かに泣いていました。
    そして、その半年後お星様になってしまいました。
    私の覚えている父の最後の顔は泣き顔です。反則だよ・・・お父さん。

    ユーザーID:3896036751

  • こればかりはどうしようもなく

    コロボックルさん、自分の感情なんて100%コントロール出来ると思ってるでしょ?
    その健さんみたいなストイックな生き方も分からないではありませんが、
    泣いたりわめいたりして、自分自身の想定を超えた感情の放出をしないと、
    心が壊れることだってあるんですよ。
    そういう体験も人生の大切なアクセントかと。

    ユーザーID:6894350475

  • 主さんと同じ位の年代男ですが

    何回か本気で泣きました。余裕と思った高校全て落ちて中学浪人しそうになったとき、会社で苦労しすぎて「もう駄目だ」と思ったと時、など。まあ、主さんに比べ涙腺が緩いことは否定しませんが(笑)

    一番は父を看取ったときですかね。父は余命宣告3ヶ月だったのを、それまで40年親しんだ酒や煙草をキッパリ止め、様々な書籍を読み自分で出来るだけの事をして3年以上永らえました。その努力には頭が下がったものです。

    しまいは僕も病室に泊り込みそこから仕事に出るようにしてました。最後の夜、息を引き取ってから父が繋がれている管類を引き抜きながら一号泣。

    さらに明け方、車に戻ろうと出たら、薄闇の中で桜並木が満開でそれを見たら涙腺が全開になっちまいました。いやあ、おかげで運転が危うかった事(冷や汗)。1週間前に自他共に認める最愛の祖父を亡くしていたこともあり、その頃の体内塩分濃度は下がっていたのでは。

    後日談で、私の勤める会社は従業員数は結構多いのですが1週間で親族が続けて亡くなるのは珍しいようで、人事部が不審がって葬式中に連絡してきやがりました。あとで平謝りしてましたが。

    ユーザーID:1052815352

  • トピ主です。その2

    その後も多くの感動的なお話しありがとうございます。本当に勉強になります。

    「のっちさん」
    感情を100%コントロールできるなんて・・・滅相もありません。そんな器の人間ではありません。(無いに等しい)男の意地と(何の役にも立たぬ)やせ我慢で何とかここまでこれたというのが紛れも無い事実です。はい。

    大腿骨骨折も車にはねられた時も、その治療の痛さは本当に気が狂い失神し
    そうなものでした。あと3秒あの痛さが続いていたら涙していたかもしれません。親友との別れの時も親族も友人も周囲全てが終始号泣しまくりで、堪えていた私に何故か葬儀屋や住職やら親族さんが次々と色々な依頼を。頼まれた以上しっかりとお努めせねば。それがなければ果たして最期まで堪えられたかどうか。

    もしも一度だけ涙腺の使用を許されるならば「感動的場面」がいいなぁと思うのでした。でもやはり「男は簡単に涙してはならん」という古い頑固魂が・・・。
    もちろん他の男性諸氏にもそうであれ等と言う馬鹿な事は全く思っていません。そしてまた、何の役にも立たぬ屁みたいな拘りとはわかっているんですけど。

    ユーザーID:5078858598

  • 泣き虫だった元彼

    自分のことではありませんが、私の元彼(バツイチで、私と付き合っている間に40歳になった)は、すごく涙もろかったです。

    一緒に映画やドラマを見ても、いつも泣くのは彼だけ。
    実は私も結構涙もろいのに、彼との交際期間中は一度も泣いたことがありませんでした。

    彼は元妻と理不尽な理由で別れましたが、まだ彼女のことが大好きで、彼女は離婚後海外に移住しましたが、彼女の家族とはまだ親交がありました。
    そんなある日、元義父から電話があり、その後彼はベッドの中で一晩中泣いていました。
    翌朝、お陰で一睡もできなかった私に、彼はこういいました。
    「義父の声を聞いて、昔を思い出した。ごめん、君も眠れなかったよね。」

    そんな彼との関係も行き詰まり、別れ話が出ました。
    話を切り出したのは彼の方だったのに、私が「実は私もそう思ってたけど、ずっと言えなかった。じゃ、これで終わりにしよう。」とあっさり答えると、彼はめそめそと泣き出しました。一方私は涙の一つも出ませんでした。

    しかし、彼と別れて数日後、私は些細なことで泣きました。
    あの頃は泣き虫な彼に涙を奪われていたのでしょうか?

    ユーザーID:0454368074

  • 3回あります

    既婚男性、娘一人です
    大人に、なってから、3回あります

    まずは、結婚式の時、妻の両親が、あまりにも号泣するので、もらい泣きしました

    それから、娘が生まれた時、嬉しかったのに、なぜか、涙が溢れてきて、我慢ができませんでした

    最後に、もう一つ
    小学校の授業参観日に、娘が「父と母」と言う作文を読み上げた時
    この時が、一番泣きました
    結婚式の時の、妻の両親の気持ちが、痛いほど分かった様な気がします。

    ユーザーID:0230291276

  • いくらでも

    「ドラえもん」の「よかったね、のび太君」という結末だけで泣けます。
    ちょっと感動的な映画なら、予告編で泣きます。
    マラソンのテレビ中継でも泣きます。

    ただし私も、交通事故で大けがをしたときは、外傷が痛くてたまらなかったのに泣きませんでした。
    親族の死(皆私の親・伯父世代ですが)でも泣いたことはありません。

    娘の結婚式は、心して臨みたいと思います。

    ユーザーID:1442174040

  • 号泣経験はありませんが

    60歳、団塊の世代で、昨年定年退職しました。
    40代までは全く泣くことはありませんでした。自分でも、情がうすく酷薄な性格なのかと思っていましたが、50代になってものすごく涙もろくなりました。

    たとえばニュースで子供に関する悲しい事件がおこったことを聞くだけで、親御さんのことを考えて涙があふれそうになります。
    よその子供などは、うるさいだけの存在と感じていましたが、今は見るだけでかわいく感じます。
    この変化はいつどのように起こったのか、何が原因なのか、自分でもわかりません。参考にならないですね。

    ユーザーID:9314648201

  • 可愛い弟

    小さい頃両親が離婚し母が年下の男性と再婚したためか、私と弟は二人っきりという思いが強かったです。

    そして私の結婚式の時ハンカチを噛んで泣き声を必死にこらえて号泣していた弟の姿が今でも目に焼きついています。

    後にも先にも弟が泣いたのを見たのはこの時だけです。

    ユーザーID:4244296158

  • くだらない話ですが・・・

    うつ病で10年以上勤めた会社を辞めたのが6年前。辞めるまでは殆ど泣いたことなんて無かったのですが、新しい会社に来てからよく泣くようになりました。前の会社を辞めるときによく聞いていた歌がラジオやテレビから流れてくるとどうしようも無く、我を忘れて泣いてしまいます。自殺まで考えた、あの時を思い出してしまうのです。

    会社を辞めたのは卑怯なことだと今も思っていますし後悔もしています。でも本当にあのときは真綿で首を絞められるように苦しかったんです・・・うつ病は今も直っていないと思いますが、あの時は自分を見失っていたんだと思います。でも自分には妻も子供もいたので、あのときの選択は仕方なかったんだと自分に言い聞かせています。すいません、くだらない話でした。

    ユーザーID:7704274565

  • BANさん

    BANさんの伯父様の件
    いい話だなあ」と思いながら読んでいたのですが
    現在のご自分について書かれたところで
    涙があふれ出て、とまりませんでした。
    強くて、すてきなお父様ですね。
    きっと娘さんもよいお嬢様に育っていらっしゃることでしょう。
    感動しました。

    ユーザーID:3706483813

  • 大人らしくていいと思います

    私は女性なのでトピずれかもしれませんが、私も泣きません。
    人前で泣いたのは子供の頃だけです。

    感情に流されそうな自分を他人目線で見ているもう一人の自分が常にいます。
    冷静に見ていれば、恥ずかしいやら、ばかばかしいやらで、冷めてしまいます。
    人前で感情の抑制ができないのは、みっともないことだと思っています。

    誰もいないところでは泣くこともありますけどね。
    (テレビで感動的な犬のお話を見たときとか……)

    ユーザーID:4399827267

  • 妹よ・・・

    40代、男性です。

    私も物心ついて以来、「痛み・悲しみ」で泣いたことは一度もありません。
    映画や小説などで感動した折も、トピ主さん同様「男が泣いてなるものか」と自制心が働き、
    別のことを考えたりして涙腺が乾くのを待ったりしてしまいます。

    ところが……。
    昔ヒットした、かぐや姫の「妹」をたまたま口ずさんでいたら、
    「♪あの〜 味噌汁の〜 作り方を〜 書いてゆけ〜」の部分で、
    突然涙をこらえきれなくなり、落涙してしまいました。
    以来、楽しい時でも忙しい時でも、試しに歌ってみると必ず泣いてしまいます。

    まるで、そういうふうにプログラムされているロボットのようです。
    なんでだろ。妹なんかいないのに。

    不思議なこともあるもんだなぁと思っていたところ、
    先日、カラオケで冗談のつもりで歌った別の歌で、同じ現象が起きました。

    「アニマル1(ワン)」という大昔のアニメの主題歌で、
    「♪行くぞ今に見てろ バババババンと 日の丸揚げるのだ〜」の部分。

    どこで日の丸揚げるかっていうと、メキシコオリンピックなんですけどね。
    んなもん、覚えてねーって!

    ユーザーID:7477530361

  • 父の3回

    今、父は70歳ですが、父が50歳くらいの頃、
    母が「お父さん(自分の夫のことですね)の泣いたのは
    今まで2回しか見たことない」と言ってました。
    1度は父の父が亡くなった時(父が30歳くらい)、
    1度は母にプロポーズした時だと。
    ・・・今考えると、これって母のノロケですよね。。

    私は、結局1度も父の泣いたのを見たことありません。
    家族や親戚は、父は私のことが非常にかわいいのだというけれど、
    私の結婚式の時も泣いてはいませんでした。
    (感動はしてるっぽかったけど)

    5、6年前、母は父の「3回目の涙」を見たそうです。
    父は長年地域の少女バレーボールの監督をしていたのですが、
    そこのメンバーの妹が、小学2年生で亡くなったのです。
    「カントクー、カントクー」と慕ってくれた子だったとか。
    父は、何日間かしょんぼりとしていたそうです。

    余計な話ですが私に子どもが産まれなかったので、父には孫がいません。
    私自身はもう平気なのですが、「カントクー」の話を思い出すと、
    とても子ども好きな父に孫を抱かせてあげられないことを
    気の毒で申し訳なく思います。

    ユーザーID:1517538031

  • 僕も最近涙腺がゆるいです。

    50歳代半ば過ぎの男です。
    ここまで皆さんのレスを読みながら泣いていました。
    そうですね、一番覚えているのはお袋を見送ったときですかね。

    親父が亡くなった時は僕の年齢が33歳でした、お袋が亡くなった時は45歳でした。
    親父が亡くなった時も悲しかったし喪主の挨拶の時に泣きましたがまだお袋が居たので心中は冷静でした。

    お袋がなくなったときは、本当に泣きました。

    元気なお袋でしたが、その年(阪神大震災のあった年)の3月の初めに入院先の病院で脳内出血で倒れそのまま手術しても意識が戻らず3週間ほどして亡くなりました。

    3週間毎日会社を早退して夕方病院に行き集中治療室の母を見舞いそして着替えとタオルを持参する毎日でした。

    亡くなった時も葬儀の時も…この時も喪主をしたのですが…忙しくて参列してくれた方に言葉みじかに状況を説明しつつ走り回っていました。

    その時も喪主の挨拶をさせて頂いたのですが、参列の皆さんに話をしていたことと同じことを話していたのに急にこみ上げるものがあって号泣してしまいました。

    そんなことを思い出しました。

    ユーザーID:2148034707

  • 皆さんの投稿で涙目

    いやあ、皆さんの投稿を読んで、そうだよなと思う51歳のパパです。
    50歳を超えたあたりから涙腺が緩みますね。
    特に子供や親のことは。
    でも涙目になる割には、自分勝手な自分に苦笑することも。

    ユーザーID:4379234713

  • うむ

     僕は皆さんがここで書いているようなそれなりに大変な人生を送っていますが、今は、泣く状態にはありません。

     トビ主さんがこの問いを出したのは、大変な日々を送ったあと、今、小幸が訪れたからでしょうか。もしそうだとすれば、それは良かったなあと心から思います。思いっきり泣いてください。甘えて安心しないと人は泣けないものです。

    ユーザーID:9955199857

  • 自然と涙腺は緩くなりますが

    初めて投稿します。いつも、拝見させていただいております。
    私もトピ主さんと同じ年代です。
    私は自然?なのか、年々涙腺は緩くなってきました。疲れている時に、中島みゆきの「銀の竜の背に乗って」など聞くと、わけもなくうっときます。
    もちろん、人前で涙することはないですね。
    男泣き、というと仕事のことになります。私は教員をやっていますが、10数年前ある失敗をし、自分が許せなくて、しかし職場の仲間には明るく振る舞い、アパートに一人帰って悔し涙に暮れたことがあります。
    その失敗の次の年、一心不乱に取り組んで中学3年を送りました。私の言葉を聞いてくれるこどもたちに、声が詰まり、数秒涙をこらえました。
    涙腺が緩くなっているので、「タイタニック」で子どもが泣いているのを見て泣きそうになったりしますが、本当に泣くだろうなと思うのは、母親との別れだろうなと思っています。まあ今まだずっとぴんぴんしてますが、母子家庭で育てられた恩もあり、その夜は一人、一生分の涙は出すだろうと思っています。感謝の涙。この涙は、いつか来るそのときまでとっておこうと思います。

    ユーザーID:4148930895

  • ワイン好きさん・・・

    私も女性が仕事先でめそめそ泣いたり、小町でも「涙が出ました」と書いてあるのを読むたびに、なぜそんなに簡単に泣ける?と不思議に思っていました。
    でもあなたのお話を読んだとき泣きはしませんでしたが、鼻の奥がつーんとして思わず涙が出そうになりました。
    私も高齢の両親から遠く離れたところに住んでいて、思わず自分の父親と重ねてしまったからでしょう。トピ主さん、いいトピをありがとうございます。

    ユーザーID:9952821565

  • 基本的に涙腺が緩みっぱなしです

    40代中盤です。人前で号泣したのは後にも先にも高校三年生のとき高校野球の地方予選で敗れ、監督がロッカールームで我々部員を前に最後の訓示語ったときだけです。もうずいぶん昔のことですが、今でもはっきり思い出せるくらい鮮明に覚えています。人前はこれだけですが、実はちょっとしたことでもうるうるきてしまうタイプで、テレビドラマでちょっと感動的な場面とか映画、特に寅さんなど見るともう絶対に駄目ですね。「おい、寅、何で格好つけてんだよ、そんな場合じゃないだろ!」そう思った瞬間にけなげな寅さんが可愛そうで格好良くて、もう駄目です。家族で見ていても、顔の向きを家族に見えない方向に向けてばれないようにしますが、実はバレばれかもしれません。あとは、この時期であれば満開の桜を見ても、新緑の若葉を見ても、また、みなさんの感動的なお話を読んだだけでもきてしまいます。ちょとまずいでしょうか??

    ユーザーID:0745668422

  • トピ主です。その3

    心温まる沢山のお話し本当にありがとうございます。

    くだらなくも、参考にならなくも、そんな事は全くありません。全て貴重で糧になる体験談ばかりです。色々な人間模様やドラマが短いレスにギュウギュウに詰まっていて、その密度はそのままに心に伝わってきます。本当に感謝します。

    私も私なりの(明らかにどうでもいい)こだわり「俺は男だ。絶対に泣かねぇぞ。精神的に強くあらねば」道を極めたいと思います。いつか自称「本物の漢」となり、せめて妻や娘に頼られる程度に・・・と、人様に迷惑をかけない様心掛けながら過ごすのでした。

    ユーザーID:5078858598

  • しっかりしないといけない

    僕も昔は(といっても20代ですが)、ほとんど泣くことは無かったのですが、20代半ばで父親を事故で亡くしたときは、我を忘れて号泣しました。いろいろと親には迷惑をかけたけど、やっと就職してこれからは親孝行ができると思っていた矢先だったので。ですが、そのあとは父親の代わりとして母親を初め、家族を守らなければならないといった気持ちもあり、ほとんど泣かなくなりました。でも家族愛のドラマなどにはひとり号泣、といったことも増えました。涙もろい、と、人前でもすぐ泣く、というのは違うのかな?と最近は思います。絶対泣かないような人ほど、影では人一倍涙もろいといったこともあるかもしれませんね。

    ユーザーID:4518791866

  • 2度ほどあります

    40代既婚男性です。過去2度ほど自分でも驚くくらい泣きました。

    1度目はテレビのドキュメンタリーで4、5歳で小児癌だったと思うのですが、
    余命があまりない女の子の話で、長い入院生活をしていて、両親が病院から家に
    帰る際にその子は毎回何とかして両親を引き止めようとする場面がありました。
    その女の子のけなげな努力が・・・もうだめでしたね。妻と一緒に見ていたのですが、
    私がなく姿を見て妻はただ事じゃない、と思ったそうです。この子と自分の経験を重ね合わせていたのだと思います。
    これがきっかけで私が子供の頃の両親との問題が判明しました。
    妻といろんな話をするうちに、両親に置いて行かれた、と言う感情が心の奥底に眠っていました。
    置いて行かれた、という事実は認識していたのに、その時に持っていた感情は長い間認識していませんでした。
    それに気がついた途端、延々と泣き続けましたね。
    気づいたのは35歳を超えていましたが、泣いていた時の心はまさに子供の心でした。
    その後、両親との決着はつけたのですが、未だにこのねたでは泣いてしまいますね。

    ユーザーID:7060658813

  • 私の父の話です

    厳格、旧日本男児的な父は女の私にも泣く事を許しませんでした。
    怒られて泣くと余計怒ってました。
    祖父母の話では、父は子供の頃から何があっても泣かない子だったそうです。
    オムツが濡れてもお腹がすいても泣かない赤ん坊だったとも言っていました。

    一人娘である私の結婚式では泣くのではないかと父の友人まで楽しみにしてましたが、全く泣く気配もなく。(嫁に「やった」とは思ってないだけかも)

    自分の兄(私の伯父)や父親(祖父)が亡くなった時も眉間にしわを寄せて辛そうだったけど決して泣かなかったです。

    でも一度だけ涙を流しました。
    母親(私の祖母)が亡くなった時です。
    亡くなった祖母の前で一人で涙を流していた姿を母が見て、暫くの間部屋には誰も入れませんでした。だから私はその時父の背中しか見ていません。
    父のプライドを傷付けますからその時の話はしません。
    息子にとって母親は特別なんですね。

    トピ主さんカッコいい!
    私の主人も「俺を頼って欲しい」男ですが、映画「ランボー」でも、アニメ「ワンピース」でも熱い涙を流します。
    プライドを守ってあげたい「かわいい漢」です。

    ユーザーID:3948085259

  • 10億様につづかせてください。

    私も女ですが、「涙は自分のために流してはいけない」と思っていきております。父の死にも母の死にも涙はながしませんでした。
    ただ、昨年1月、私を可愛がってくれ、困っているといつも手を貸してくれた女性が亡くなったときは、「もう、これで私が困っていても手を貸してくれる人はいなくなった。」と思い声を上げて泣いてしまいました。そして、しばらく精神的にも、肉体的にも立ち直れませんでした。必死になぐさめてくれる主人がいるというのにーーー主人に失礼ですよね。

    ただ、私も、アフリカやアジアの恵まれないが精一杯生きている子供たちをTVで見たときは涙腺全開になってしまうので困ります。

    ユーザーID:2695799237

レス求!トピ一覧