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貴方の子供の頃の楽しかった思い出を教えてください

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家族・友人・人間関係

悠貴絵

どんな些細なことでもかまいません。
貴方が子供だった頃の楽しかった思い出を是非、教えてください。

私自身は子供の頃、あまり楽しい思い出がありません。
なぜでしょう?
辛い思い出の方が記憶に残りやすいのですかね?

家族旅行が楽しかった、こんな物を買ってもらって嬉しかった、友達とこんな遊びをして楽しかった等々、何でもいいのです。

ユーザーID:3220092845

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  • 父に遊んでもらったこと

    幼児のころでしょうか、父と向かい合って、父の足の上に自分の足を載せて、父が後退してくれて、わたしは前に歩いていく。
    あんよの稽古ということになりますが、多分、幼稚園ぐらいまでしてくれました。
    それから、父が仰向けになって両脚を上げ、そこに私が腹這いになってヒコーキ。
    そんなことが忘れられません。その父が亡くなって五年経ちました。
    トピ主さんも何か楽しいことが思いだせますように。

    ユーザーID:4315537410

  • かわいかった子犬たち

    小学生の頃、家の床下で2匹の子犬が産まれていました。

    親には飼うことを反対されたので、段ボール箱に入れて近くの空き地の草むらに隠し、毎日エサをやりに行ってました。

    学校が終わると姉と一緒に空き地へ一目散。子犬たちとじゃれ合って遊びました。
    やがて子犬たちは大きくなって、段ボールを出ていなくなってしまいました。号泣しながら探し回っている私たちに、時々エサをやってくれていたおばさんが「もう大人になったから独り立ちしたんだよ」と言ってくれました。

    30年経った今も、じゃれてきた子犬たちの可愛い姿を思い出すと、暖かく切ない気持ちになります。

    ユーザーID:9073575059

  • ねんねごっこ

    楽しい、というのとはちょっと違いますが。

    エネルギーがありあまっててちょこまかしてたんでしょうね。
    昼間、よく母が布団に私を一緒に寝かせて
    「さぁさぁ、『ねんねごっこ』しましょ。」と。

    「やだー」とぐずりながらもそのまま寝ていたように思います。
    そういう時間がなんとも幸せだったなぁ、と40を超えた今しみじみ思うのです。

    ユーザーID:8277693008

  • 本当に些細なことですが

    小さい頃、学校の帰り道に母の会社がありました。
    学校から帰るのが遅くなってちょうど母の帰宅時間と重なると、母の会社の前で母が出てくるのを待ち、一緒に帰ってくることがたまにありました。
    寒い日に弟に内緒、と言って、熱々の肉まんを一つ買って、家に帰るまでに分け合って食べる、というのがとても楽しみでした。

    子供の頃の楽しかった思い出というと、真っ先にそれを思い出しました。

    ユーザーID:5474988502

  • 不思議な思い出

    今から25年ほど前、小学3、4年くらいの頃だったと思います。
    近所にはたくさん小学生がいて、隣の家の同級生と、そのお姉さん、上級生の男の子たち数人で、夕暮れにものすごく遠くまで肝試しに行きました。
    知らない上級生たちと一緒で、緊張しながら、でも何か面白いことが起こるようなワクワクした気持ちで。

    ところが、大人になって、あの時どこまで行ったんだろうと記憶を頼りに辿ってみると、徒歩20分くらいのあたりまでしか行ってませんでした。
    知らない街に行ったと思っていたのに。
    そして、隣の同級生とそのお姉さん以外は一体誰だったのかさっぱり思い出せません。
    何だか不思議な、楽しい思い出です。
    今は小学生の母ですが、夕暮れに子供だけでどこかに行く、と言われたら反対するだろうな…。

    ユーザーID:1828636119

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  • 楽しかった思い出

    飛び抜けてこれが楽しかったという思い出は、ないような気がしますが、小学生(低学年)の頃はとても楽しかったです。

    当時は今と比べるとかなり子供が多かったし、地域の子供が集まるイベント(お祭り、スポーツ、掃除など)が多数ありました。

    私は毎日、近所の子供たちと家の周辺や庭(アパートだったのでけっこう広かったです)で遊びまわってました。車の通りが少ないところだったので、道路まで出て行って、遊んでいました。夏は、水風船を投げ合ったりしていました。

    自分の家に友だちが来ることも多かったような気がします。アパートの子や近所の子が遊びに来ることがよくありました。

    子どもの親同士の行き来も多くて、家にお客が来て母がよく笑っていた印象があります。

    そういう環境の中で小学校の高学年になるまでは、ひたすら遊んでいました。今振り返ると、その時期が一番楽しかったです。

    ユーザーID:1319147100

  • 懐かしいなぁ

    従妹が家に泊まりに来る事がとても楽しかったです。
    何か特別なお出かけをする訳でもなく、
    一緒にご飯食べて一緒にお風呂入って一緒に寝るだけなのですが。

    ご飯のメニューも子供中心(ハンバーグとかエビフライとか)になるのも楽しみの一つでした。

    次の日に叔父さんが車で迎えに来るのですが、
    車で帰っていく従妹を見送った後は寂しくて必ず涙が出ました。
    その夜は寂しさを紛らわしてくれる為だったと思いますが
    両親がトランプで遊んでくれるのもとても嬉しかったです。

    従妹を見送る涙とその後のトランプ、
    これがちょっと切なく、そして楽しい思い出です。

    ユーザーID:2188756887

  • トピ主です

    青色様、まる様、ゆうなぎ様、くんくん様、レスをありがとうございます。

    ああ、いいなぁ、皆さんのレスを読んでそう思いました。
    羨ましいです。

    ユーザーID:3220092845

  • トピ主のコメント(6件)全て見る
  • 3歳の頃の思い出・・・

    ある晴れた、早春の暖かい日に
    両親と、まだよちよち歩きの妹と私の家族4人で
    廃線になり、雑草がポチポチ生えはじめている線路づたいに
    歩いて、当時まだあった原っぱにお弁当を持って
    ピクニックに出かけたことでしょうか。

    私がその思い出を、実家の母に話すと
    「3歳になったばかりの頃じゃない。よく覚えているねえ」と
    感心されました(笑)

    お弁当は母手作りの「卵サンド」だったね。
    と話すと、「お前は食いしん坊だから覚えているのかねえ・・・」
    とあきれていました。

    両親が共働きで、私と妹は近所の母の実家や父の実家に
    よく預けられていたので、両親と揃ってお出かけできた
    その日が、本当に嬉しくて嬉しくて、楽しかったのではないかと

    母が、ぽつりと言いました。

    ユーザーID:9701241036

  • 田舎に帰る

    夏休みは毎年田舎に帰りました。
    四国の山奥で田んぼと川しかない、とてもとても静かな村に。

    親戚が牛を飼っていて牛を見たり、川へ魚をつかまえにいって一日中
    泳いで真っ黒になって、へびがいたり、いのししがいたり、TVはほとんど
    の番組が映らないし電灯も数えるほどしかなく真っ暗な世界に蛍が乱舞して
    星は綺麗で・・・。

    見るもの触れるもの、食べるもの全てが全部鮮明に覚えています。
    きゅうりに粗塩をふってそのままかじるとか。
    そこらへんの枝を釣りざおにすれば餌無しで入れ食い?になるとか。

    色んなテーマパークや行楽地、海に山にと連れて行ってもらっているのに
    一番楽しくてたまらなかった思い出はやはり田舎なのです。
    都会の自宅に戻った時にああ、夢の世界は終わってしまったと毎年思ったの
    を覚えています。

    ユーザーID:4998302174

  • 妹との思い出

    私、現在38歳。
    子供の頃の思い出にはいつも妹がいます。
    2つ下の妹とはすごく仲が良かったので、どんな時でも一緒でした。
    近所のお菓子屋さんにアイスを買いに行った夏の日。
    帰り道、川のそばで転んで手に持っていたメロン型のアイスが川にドボン。アイスがどんぶらと流れて行くのを、私と妹は涙ながらに見送りました。

    アイスを流した川。
    実家のすぐそばのこの川の行く先はどんなところだろうと、私の同級生と私・妹の3人で自転車に乗って川の流れに沿って隣町まで1日かけて走ったこと。
    中1の時、私の同級生2人と私、妹の4人で鎌倉に遊びに行った。
    江ノ電の中で居眠りをした妹が目的地の駅で降りそびれて私たちとはぐれてしまった。泣きながら駅員さんに助けを求めたけど……携帯電話があったらあんなに焦らなかっただろうに。

    今ほどモノがあふれていなかったからこそ、想像力をいっぱいに働かせて遊んでた私の子供時代。だからこそ、姉妹の絆も強かったのかもしれない。

    いつも一緒だった妹が亡くなって早12年。
    楽しかった思い出は、思い出すたびに切なくなる記憶となっていつまでも私の胸をしめつけます。

    ユーザーID:9761600765

  • 笑える思い出

    よく迷子になりました。
    キョロキョロよそ見をしているうちに家族を見失いました。
    その場で待っていればいいのに
    泣きながらどんどん先に進んでしまって・・・

    それとお出掛けのときに必ず何か買ってもらうちゃっかり娘(私)
    バネのついたぬいぐるみに包装紙を巻いてもらい家へ帰ったときには
    ビニール袋にバネしか残っていなかった。。。
    振り回してどこかへ落としてしまったようです。
    がっかりしたあの思い出は今でも忘れられません。ハハハ

    ユーザーID:5682034155

  • ほんとうに・・

    辛い思い出のほうが多いですね。

    私のは、本当に些細なことなのですが
    猫と遊んだことが一番楽しかった思い出です。
    どこにでもついてきて、とても仲良しでした。
    いまでも人間より虫や動物のほうが好きです。

    後は、父の畑仕事について行ったり、祖母と出かけたり・・。
    母親との楽しい思い出はないです。悲しいですが。

    ユーザーID:1218380776

  • 自分の城にワクワク

     小学生のたぶん低学年のころです。家にカラーテレビが来ました。当時はテレビというととても大きくて、それが入っていた箱もかなり大きなものでした。
     私と妹は、母に頼んでその箱をもらいました。ドアを作り、中にテーブルといすをダンボールでつくりました。そしてそれをベランダに置きました。当時住んでいたのは狭い団地だったので、自分の部屋なんてとてもじゃないけど持つことができませんでしたから、初めての自分たちの「部屋」ができてとても嬉しかったことをおぼえています。わたしたちはその部屋に『ドリフの小屋』(ナゼ??)と名づけて、学校から帰るとそこに直行しました。
    土曜のお昼は母に作ってもらった焼きそばを中で食べました。
     ただ、それだけのことなのに、とても楽しかった。
     しばらく忘れていたのですが、先日妹と電話で話したときに、その話が出て、当時のわくわくしていた気持ちごと思い出しました。

     今は子どもが3人いますが、うちの子たちはこんな「ワクワク感」をどこかで感じたりしているのかしら。

    ユーザーID:9683053980

  • 50年程前のむか〜しです

    お年玉を貰うと駄菓子屋に行きます。
    甘納豆の入った袋がくじになっていて、一等から五等迄景品が貰えます。
    大きな厚紙に袋が貼り付けてある、あれです。(若い方は知らないんだろうな)

    小学校2年生の時に太っ腹(?)で、二つくじを引きました。
    半分ほど売れていて、まだ高額当選は出ていません。

    恐る恐る一個目の袋を開けると当たり札は・・・二等(でかいゴム風船セットです)。
    やった〜!!!
    さて、二等の当たりに喜んで何気なく二つ目の袋を開けると・・・一等賞!!!
    大・中・小の「メンコ」がどっさり入った、子供には宝の山の様な景品です。

    嬉しさの余り雪の中を直ぐ家に駆け戻ったのは良いんですが、二等の風船セットを
    忘れて来てしまいました。
    駄菓子屋のおばさんが後で家に届けてくれて、初めて忘れた事にきずくと言う
    始末で、其の嬉しさが如何に子供心に衝撃的であったのかと今思い浮かべられます。

    今あんなに楽しく舞い上がる事など・・・う〜ん、有りませんね。

    ユーザーID:7634045228

  • トピ主です(2)

    amima様まで読ませて頂きました、皆さん、ありがとうございます。

    皆さんのレスを読んで、自分にも楽しい思い出があるような気持ちにさせて頂いています。

    私には子供の頃、いくつか辛い思い出があります。
    なぜだか最近、そのことをよく思い出すようになってしまいました。
    それを思い出すと、とても悲しい気持ちになるのです。
    皆さんのレスを読むと、ほっとするというか、落ち着きます。

    ユーザーID:3220092845

  • トピ主のコメント(6件)全て見る
  • 瀬戸内海の離島でキャンプ

    父の趣味が釣りで、趣味が高じて小型ボートを購入しました。
    小学生の時は毎年夏に瀬戸内海の離島へ家族全員で渡り
    海水浴を楽しんだり、宮島の裏へ渡りキャンプしてました。

    田舎の祖父母の家では夏には畑で取れた
    きゅうり・トマトを冷水で冷やして食べ(それこそトトロの世界)、
    蛍狩、クワガタ・カブトムシで、秋には山で栗拾い+焼き芋です。

    もう一つの祖父母の家では遊びに行くと朝食はトーストと果物にミロ。
    自宅はご飯と味噌汁の家だったので、パンの朝食が珍しかったです。
    祖父と一緒に定番の散歩コースに出かけるのがいつもの事でした。

    散歩の祖父は7年前に亡くなりましたが、その他の祖父母はまだ健在なので
    遊びに行くと相変わらずトーストの朝食です。
    夏のトマト・きゅうりもまだ楽しめそうです。
    両親・祖父母には長生きしてほしいものです。

    ユーザーID:4594285575

  • 小学校の時

    札幌に住んでいました。社宅住まいだったんですが、毎日学校から帰ると社宅の友達と暗くなるまでずっと外で遊んでました。冬は雪遊び、夏は虫取り、春は花摘み・・・。とにかく遊んでいた記憶しかないくらい遊んでましたね。当時は小学生で塾なんて行ってる子はほとんどいなかったし、宿題なんてやらないのが当たり前、みたいな感じでした。

    今でも、住んでいた社宅の塀の上に上ってみていたきれいな夕焼けや、社宅のグランドから見えた近くの山をふと思い出して、無性に幸せな気持ちになったりする四十路の主婦です。

    ユーザーID:4636130796

  • 私は食いしん坊なので・・・ご馳走かな?

    お正月から始まり、節句、誕生日、記念日、お祝いの日には
    必ず、母がご馳走を作ってくれました。
    子供達が争うようにそれを食べて、顔を見合わせて
    「美味しいね。」と言うと、両親は嬉しそうに微笑んで・・・
    よく叱られたけれど、それ以上に愛されて・・・
    感謝の気持で一杯です。

    子供の頃は洋服ばかりではなく、浴衣、ウールの着物まで
    縫ってもらいました。
    今でも大切にとってあります。
    結婚、出産の時にはお赤飯も炊いてくれました。
    家族で美味しいものを分け合って食べて、
    泣いて笑って、そんな時間が私の核を作ってくれたのだと
    感謝しています。

    恩返しになるかはわかりませんが、
    家族仲良く健康に過ごして、両親を安心させたいです。
    最後に、こんなトピを立ててくれた悠貴絵さんにも感謝。
    久しぶりにじんわりあったかい気持になれました。
    ありがとうございました。
    過去は変えられなくても、未来は作っていけますから・・・
    皆さんの未来がより良いものでありますように・・・

    ユーザーID:4387740160

  • 伊豆=私の子供時代

    毎年夏には伊豆に旅行に行きました。
    伊豆高原に、祖父の会社の寮?があって。
    そこのご主人(?)は料理人だそうで、その料理はもう最高でした。

    その頃は、祖父母と私達家族で行く夏休みのその旅行が、楽しみで楽しみで。
    近くのプールで泳いだり、東京ほど暑くない伊豆高原の散歩したり、下田方面の海に行ったり。吉本ばななさんの「つぐみ」の家の雰囲気ですかね。
    なんて事ない夏の休暇ですが、いかにも家族で過ごす夏という感じで、今でもなんというか、特別な思い出です。

    その後その寮はなくなり、私達家族は下田に行くようになりました。
    踊り子が伊豆高原に停まる度に、「ここで降りたいな・・・」と思ったものです。
    下田は下田で楽しかったですけどね!

    ユーザーID:0664252174

  • 思い出も段々忘れてきています...

    まだ幼稚園児でしたが、家が読売ランドに近くて両親と頻繁に遊びに行っていました。
    70年代のとある正月の日にランドで家族で羽根突きをしました。
    バックミュージックには「恋は水色」が流れていました。空が澄み渡ってとても綺麗でした。
    あの頃は小田急線沿線にはまだ自然がたくさんあって緑と空がまぶしかった。
    冬晴れの日もとても綺麗でした。たまに新宿のデパートにつれていってもらっていたので
    新宿駅のタイルの形とかビルに落ちる夕陽がとっても好きでした。
    あとは別にいつの思い出とかいうわけではないですが「夏」の思い出が好き
    小学生の頃の夏休みのプール、林間学校、のどがカラカラになるまで近所の子たちと外で遊んだこと
    パン屋のアイス、ノースリーブ。高校の時の部活、汗を流してみんなでビン(缶じゃない)のコーラを
    ラッパのみしながら帰ったこと。初めて保護者抜きでいった海。
    みんな楽しすぎてしまったので、感性が鈍くなった現在はさほど楽しくありません。
    大好きな夏でも。嫌なことも多かったけど楽しいこともたくさんあった昔。
    平穏無事な今の生活とどっちが幸せなのかなあ。

    ユーザーID:7695954557

  • 秋祭り

    四十年も前の話になります。九月の半ばに、都会でも秋祭りがありました。
    近所の神社に一家揃ってお参りに行き、帰りに綿あめとか、おもちゃのままごと道具を買ってもらうのが楽しみでした。

    この日だけは珍しく浴衣を着て、おめかしして、山車を引いたりしたな。町内会から貰う必ず梨が入っているお菓子セットも楽しみでしたね。
    ラムネもコーラもそれほど一般的ではない時代、お神酒所でもらう甘茶や氷用のシロップをただの水で割ったものが何より美味しい飲み物に思えました。

    今では同じ町内会も子供の数が激減し、数少ない小学生のお子さん達に「お友達を呼んできてね。」と必死になって頼むのが年中行事になっております。

    ユーザーID:5363204168

  • 雨の日

    子供の頃の楽しい記憶は雨の日ですね。

    仕事柄、父親の休みは雨の日のみでした。
    父親っ子だった私はそれはもう雨の日が楽しみで。
    幼稚園の送迎も雨の日は父親がしてくれました。
    普段はすんなり園庭に入る私が雨の日だけは大泣きで、父親も困っていた事でしょう。
    それだけ父親と離れるのが嫌でした。

    割と嫌われる雨ですが、私にとっては待ちに待った日で家に帰ったらアレして遊ぼう、コレもしたい!と幼稚園でも学校でもそればかり考えてました。
    父親が他界して数年たちますが、今でも雨の日の楽しかった記憶が蘇ります。

    ユーザーID:1417266982

  • 食べ物とともに思い出す。

    夏休み、毎日妹とラジオ体操に行ってました。
    帰ってくると朝食。
    母が作ってくれていたミルクティーが特に、冷たくてとっても美味しかったです。

    働く母だったので、半どんの土曜日は、お持ち帰りした吉野家の牛丼を母、妹、私と、テレビ番組の「ノックは無用」を見ながら食べてました。
    たまに食べるジャンクなご飯が嬉しかったです。

    父との思い出は、夜、部屋を真っ暗にして、妹と私に、いろいろ物語を聞かせてくれるのがとっても好きでした。
    悲しい話のときには二人とも父に抱きついて泣いてました。


    書いててなんだか泣けてきそうです。
    いつか私の子供にもたくさんの思い出を作ってあげたいです。

    ユーザーID:1198086690

  • 小さなことばかりですが(現在47才です)

    どっかーんと楽しかった思い出より、小さなことばかり思い出されます。
    たとえば、

    土曜日、午前中だけの授業のあと、「ただいま」と家の玄関を開けると、ぷーんとお昼ご飯のいいにおい。オムライスとかだったりすると、幸せでした。

    夏休みの始まり。早朝近所の神社に出かけていって、ラジオ体操をし、出席スタンプをおしてもらって帰ったこと。そのときの朝の清々しい空気の記憶。

    大晦日の夜遅く、両親とこたつに入ってこれからテレビを見ようというとき、目の前にあった山盛りのみかん。

    全部、小学校低学年のころの思い出ですが、実にたいしたことじゃないことばかりです。
    それでも、これが私の「元気のもと」になることがあります。
    落ち込んだ時、とか寂しい時、とかに、ひとつひとつこういった思い出を数え上げていきます。

    思い出というよりも、ちょっとうれしかった瞬間、というのに近いでしょうか。
    悠貴絵さんにもきっとあるはずですよ。
    それって目には見えない宝物です。ひっそりだいじにしましょうよ。

    そしてこれからも、ちっちゃな宝物を増やしていきましょう。

    ユーザーID:0241415611

  • 楽しかった事ばかり

    子供の頃を思い出すと楽しかったことばかりです。
    家族との思い出もそうですが、隣の工事に来ていた大工さんに気に入られ(大変な腕白坊主だったのに)バイクの後ろに乗っけられて田舎の実家に連れて行って貰ったことなんかもそうです。
    はじめて見た蛍の乱舞、井戸で冷やしたスイカ、そんな田舎での休みでした。
    楽しかったことを思い出したらきりがありません。
    でも、それって今が昔ほど楽しくないからでは無いかと思ってしまいます。
    そう思うと、トピ主さん、今が十分に楽しいからじゃないのですか。
    そしてもっと年を取ると、逆に嫌なことは忘れて、楽しかったことばかり思い出すようになりますよ。

    ユーザーID:4076474740

  • 思い出

    私は子供の時の方が幸せでした。
    いつも側に姉がいて、意地悪されるときもあったけど私を助けてくれる人でした。
    姉もなにかとドン臭い妹が気になったのでしょうね。
    思い出としては大きいものはありませんが、日常のヒトコマが面白かったです。

    小学生時代、夕飯時にテレビでピンクレディーが踊りだすと、慌てて母、姉、私で囲んでいたちゃぶ台を部屋の隅に移動させ、場所をあけると、テレビの前で姉と一緒にピンクレディーを踊ってました。
    激しく踊る姉妹の横で、母は隅にやったちゃぶ台で何食わぬ顔をして夕飯を食べてました。
    そして踊り終わると何事もなかったかのように、また台を部屋真ん中に移動させてご飯の続きを食べていました。

    なにかとお行儀にはうるさかった親が、食事中のピンクレディーを許してくれたのが不思議でした。

    ユーザーID:5733451959

  • 忘れられない

    子供の頃のワクワクが忘れられないし、今もワクワクな時間を過ごしている、贅沢者かもしれません。新しいものに出会い続ける事が自分の人生かもしれないと最近は思います。

    自分の子供の頃の思い出は、野山の小さな冒険ですね。
    映画「スタンド・バイ・ミー」や「グーニーズ」が大好きで、時間を見つけては近所を冒険していました(笑)兄弟で、友人と、1人で。
    神社の裏山の道なき道を行くと、知らない道に出る。勘を頼りに進むと、知っている景色が目の前に広がる。振り返ると今来た道はもう知らない道ではなくなる。それだけでも冒険でした。

    今は子供と一緒に夢中で遊んだり、遊び食べを内緒で教えたり、もちろん暇があれば冒険もします。でも、大人のいない冒険が本当にワクワク、ドキドキしたもんなんですけどね〜。そんな冒険は友達と経験して欲しいと思ってはいるのですが・・・。大きくなるにつれて遊んでくれなくなるので、まだ自分から冒険に誘ってます。ツリーハウスを作るのが子供との目標ですね(笑)

    ユーザーID:0806060481

  • 夏の臨海学校

    「子供の頃」とは、小学生までの年齢でしょうか。私の小学生時代は昭和30年代の前半ですが、この頃の楽しい思い出はすべて夏休みに結びついているようです。夏祭りと縁日、盆踊り、昆虫採集、プールや海etc.などをすぐ思い浮かべます。中でも楽しかったのは、臨海学校でした。横浜市内にある私の小学校では、たしか4年生以上の生徒全員だったと記憶しているのですが、毎夏伊豆の小学校に滞在して数日を過ごしましした。

    小学校の教室に茣蓙と布団を敷いて同じクラスの仲間と川の字になって寝たこと、廊下に教室の机と椅子を何十組もならべて食事をとったこと、などなどを昨日のことのように想い起こすことができます。クラスの憧れの女の子がそばにでも座ってくれると、それだけでわくわくして幸福感で一杯でした。時は移り、今の小学生はもっと贅沢な夏休みを過ごしていると思いますが、素朴でありながらきらきら輝いていたあの時代が本当に懐かしいです。引率してくれた先生方、クラスの仲間たち、今どこで何をしているのでしょうか?

    ユーザーID:0572164906

  • りりこ

    大人になった今も旅行が大好きなのですが
    (旅行の計画をたてるのが好き)

    幼稚園?のころ
    三輪車に乗って知らないところへ行くことが夢でした。

    駅にあったヤクルトの自販機で30円のヤクルトを買い
    近所の商店でサンドイッチを買い
    とおーくへとおーくへ行きたいと思ってました。
    実現したことはありません

    最近ではありえませんが
    昔はコンビニなどないので
    サンドイッチの三角の1きれが30円で売られていました。

    子どもの頃から食い意地がはっていたようで
    料理を作ることと
    旅にでるのが趣味です

    ユーザーID:4802422443

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