小さい頃の朝ごはん

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生活・身近な話題

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私は半分に切った海苔で、バター醤油ご飯(生卵が食べられなかったので卵かけご飯の代わりかな)を細く巻いたものを、切らずにそのまま醤油を付けて食べていました。

白菜漬けの葉の部分で一口づつ巻いたご飯。
お味噌汁をかけたご飯。

お行儀も、栄養バランスも今ひとつですが、幼稚園や小学校で昼食前にお腹を空かせないよう、食が細くとも、せめてご飯だけでも食べさせようとしたのでしょう。
私を育ててくれた祖母の苦心が思われて、今思うとジーンとします。

皆さんはどんなもの召し上がってました?
どんなものが印象的でした?

ユーザーID:8839950211

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  • わかります・・・

    わかります、思い出すとなんだかジーンときますよねえ・・・

    子供の頃は貧しくて、それでも毎朝、母が卵に醤油をまぜて、
    フライパンでカラカラにしてから、ごはんに混ぜてくれていました。

    これが延々、毎日。
    でも、いまだに『卵ごはん!』って思い出して。

    大好きです!

    ユーザーID:1649391898

  • 生卵をかき混ぜる音・・・

    旅人です。他人のような気がしません。以後宜しくお願いします。

    僕が幼い頃は昭和40年代で高度成長期の黎明期ですが
    地方都市の片隅はまだまだ戦後の混乱期の残照が色濃く残っていました。
    日常生活は素朴で、どんな食物も感謝の気持ちで食していたと思います。

    鶏を飼っている近所の農家のおばさんが、籠に入れて売りに来る産み立ての玉子が、
    朝食の最高のごちそうでした。まだ温かみが残り、鳥の羽毛がかすかについているような玉子。

    鶏鳴の声と共に、どの家からも薪を燃やす煙が立ち昇り、そして生卵をかき混ぜるシャカシャカというお箸の音が聞こえ
    「いただきまあす」という子供の声が聞こえてきた、あの頃の日本の朝食。
    舌がやけどしそうな熱々の御飯に玉子をかける時の嬉しさ・・・

    40年も隔てた今、思い起こすと胸が熱くなるような郷愁をおぼえます。
    僕も年かなあ!

    ユーザーID:6685483969

  • バター御飯に醤油はいらない

    温かい御飯にバターを乗せると少しづつ溶けてきてそこを御飯をグルグルっとかき回して食べました。
    後は、ポパイ飯(ほうれん草のおひたしで御飯を巻いたもの)
    味噌汁のぶっかけ御飯は今でもやります。

    納豆の食べ方ですが、納豆にネギと卵とカラシと醤油を入れかき回しました。

    そんな私のお気に入りは、きな粉です。きな粉に砂糖を混ぜ御飯にかけるだけ。
    簡単だけど美味しかった。

    私の場合好き嫌いが多かったので必需品でした。

    ユーザーID:4319507408

  • 茶粥・茶粥・茶粥

    いろいろな工夫で料理なさって、すてきなおばあさまに育てられましたね。

    両親が共働きのため、食事はほとんど祖父母とともにしていました。
    私はご飯よりも、三食とも茶粥を食べることが多かったです。(そんな昔ではなく、今30歳です)

    朝ごはんは茶粥と梅干・しらす・かつおぶし・お漬物。
    定番でした。
    私は今でも茶粥が好きでよく作ります。
    茶粥と梅干・鰹節があれば、三食それだけでも満足です。
    これではバランスが悪いですが、幼少期の食事って大事だと思いますね。

    ユーザーID:7839663253

  • たまに独りで懐かしみます。

    毎日あまいあま〜い玉子焼きだけでした。
    フライパンに油を敷き、フライ返しの代わりに菜切り包丁でくるくると巻いたもの。

    戦後まもなくでしたので、きっと食材があまり無かったのに加え、小さい子どもに何を食べさせたらいいのか母には分からなかったのかも知れませんね。
    食卓には貧しいながらも卵以外のものもあったのですが、私はもらえませんでした。

    ある時思い切ってそこにある菊の酢の物を所望しました。
    初めて食す味。
    美味しいのなんのって。
    それ以来 菊の酢の物が大好物です。
    最近はお高いので年に数回しか頂きませんね。

    台所でなが〜い人参を束子で磨いているのを見ながら、あれも食べたいなあと思ったのを覚えています。

    もともと欲求を飲み込んでしまう性格だったので母から言ってくれるまで、じっと我慢する幼児でした。

    ユーザーID:3001750228

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  • 母の包丁の音で

    目を覚ましていた世代です。豆腐の味噌汁に海苔、卵焼き(または目玉焼き、ちょっと豪華だとハムエッグ)、納豆、魚肉ソーセージを炒めたものが定番でした。あと、生卵にあみの佃煮をかけたものが大好きでした。
    今考えれば確かにお豆腐屋さんって早くからやってましたね。朝買いに行かされた事もあります。

    懐かしいトピをありがとうございます。
    数年前母が亡くなるまでの朝ごはんはトーストとジャム、ミルク、コーヒーでした。朝ごはんの時に母が倒れ、一時的には回復しましたが、その後一年経たずして亡くなりました。

    今では朝ごはん、いい加減になりつつあります。焚きたてのご飯とおいしい海苔を味わいたいと思いますが、旅館にでも行かない限り、多分無理ですね。

    ユーザーID:4839948122

  • 煎り卵

    卵つながりで・・・

    母が作ってくれた朝ご飯の記憶は特にないのですが(何でだろう?)
    祖母が作ってくれる煎り卵が甘じょっぱくて、ご飯にかけて食べるのが好きでした。

    多分、私がねだった事があったのだと思います。
    祖母は何度も何度も作ってくれました。

    今は亡きおばあちゃんの味です。
    食べたいなぁ

    明日の朝 作ってみようかなぁ

    ユーザーID:7249148432

  • 私も祖母のご飯でした

    母が看護師なので夜勤でいない日があったし、祖母は厳しい頭の古い人でパン食派の母に「朝からパンはダメ」といつも怒っていました。だから農家で朝早く畑に出てても必ず帰って来て、祖母が私と妹の朝ご飯は用意してました。たまに「パン食べていい?」と聞くと「ご飯食べなさい」と言われました。

    基本ご飯と味噌汁だけなんですが、味噌汁は必ず豆腐と何かでした。ご飯は、味付のりを細かくして醤油をかけた「海苔ご飯」。きな粉に砂糖を混ぜてかけた「きな粉ご飯」。かつお節に醤油の「かつお節かけ」。定番の「卵かけ」。ウチはご飯の上に直接卵を割り醤油をかけて一気に混ぜるんですが、夫の家で別のお皿で卵と醤油を混ぜてからご飯にかけるのを見て、「何で?」と聞くと「そっちこそ何で?」と聞き返されました。

    後は梅をのせたり、たくあんも2〜3切れ以上食べると「辛いからダメ」と叱られました。味噌汁をご飯にかけたい時も祖母が「噛まなくなるから」となかなか許して貰えませんでした。
    ついでにお弁当の日は祖母のチェックが入り、魚は臭くなるからダメ、彩りが悪い、これは汁気が出るからのけなさい等色々ダメ出ししてました。

    ユーザーID:8619008902

  • 晩御飯の残り

    前日の晩御飯の残りが、そのまま朝食でした。
    残ってない日は最悪で、ふりかけご飯だけでした。

    両親が共働きだったので、小学生になってからは自分で適当に食べて出掛けていました。

    印象に残っている朝食は、シチューご飯。
    前日のホワイトシチューをご飯にかけたものです。
    カレーのように。
    私はこれが大好きで朝食の楽しみでしたが、友人の賛同は得られませんでした…
    美味しいのに〜

    ユーザーID:0061014975

  • 信州のお漬物

    私が子供の頃、やはり食が細かったようで、あまり食べずとても痩せていました。
    農家でしたので米だけはありました。
    とても小さい頃の記憶ですが、冬、母が温かいご飯を野沢菜漬けの葉っぱの部分で巻いて食べさせてくれたのを覚えています。
    野沢菜漬けの塩気が大好きだったのに加えて、毎日とても忙しくあまりかまってくれない母が私のために箸でご飯を口に運んでくれるという動作が嬉しかったのだと思います。

    とはいえ、おかずは野沢菜だけでしたねぇ。どんぶりにドドーンと。家族も多かったですし。
    当時は、時期になると母と祖母が冷たい水で手を真っ赤にして野沢菜を洗い、直径1メートル以上あるような味噌樽に三つくらい漬けていたんですよ。それを一冬で食べていましたねー。

    つい懐かしくて、やや横気味のレスになってしまったようです。すみません。

    ユーザーID:7075595924

  • おばあちゃんのお新香巻き

    一歳半〜小学校入学前まで母と母方の祖父母と暮らしていました。
    私の朝食は、祖母が作るお新香巻きとお味噌汁が定番でした。

    朝起きてもグズグズしたり、ご飯食べるのも遅かった私・・・。
    食べ残したらお弁当箱に入れてもらい、通園(母の通勤と一緒で車で一時間以上)中の車でマイペースに食べていましたね〜(苦笑)。

    私の好物のお新香巻きを朝起きて作ってくれてた祖母に感謝です。

    ユーザーID:8448036888

  • 真夏の朝の記憶です

    窓を全開にして風を取り入れながら食べた朝ご飯。
    炊きたての熱〜い白飯に味噌汁、よく冷やしたトマト。
    それに糠漬けのキュウリとナス。
    これが定番で、他はその日によって変わりました。

    トマトの赤、きれいに漬かったキュウリとナスの緑と紫。
    色が鮮やかで、今でも夏の日の朝ご飯というとこれが頭に浮かびます。
    今も同じ献立で食べる事がありますが、エアコンの効いた部屋で食べるとやっぱりしっくりきません。

    窓を開けて、扇風機をつけてちょっと汗をかきつつ食す。がいいようです。
    昭和40年代後半、我が家にまだエアコンがなかった頃の思い出です。

    ユーザーID:5209845590

  • とってもとても貧乏だったあの頃

    40代後半、男性。

    子供の頃は父親が体が弱く、とっても貧乏だった。
    従い、ウチの朝食は---

    前の日の学校給食で余った食パンを4-5枚貰って来る、
    同時に余った給食のマーガリンも貰ってくる、

    食パンをガスコンロで少々あぶり(トースターなんて無かった)
    そしてマーガリンをこってり塗って、
    その上からパラパラと白砂糖をかけて
    毎日毎日食べていたっけかなぁ。

    ヨーグルトとか、コーヒー牛乳なんて高級なモンは
    見たことも無かったので、水を飲みながら食べた
    マーガリンパン。でも最高の味でしたけどね。

    今でも週末の朝食に、たまに食べますが、子供の頃
    よりも全然美味しくないんだよね。あの頃はパンを
    食べるっていうか、家族全員で毎日朝食を食べる事
    の出来る喜びをかみ締めていたという感じだった
    から、余計に美味しく感じられたんでしょうね。

    父も母ももうこの世の人ではありませんが、
    とっても懐かしい記憶です。

    ユーザーID:8731189748

  • ご飯と味噌汁

    だけ出来ていて、後は自分で
    玉子を目玉焼きにしたり、味噌汁に落としたり
    して、各自勝手に食べていました。
    実家が店をやっていて、起きる時間がバラバラで
    いつも一人で食べていました。

    ユーザーID:2743450546

  • シチューごはん!!

    milkさん!
    シチューかけご飯に反応してしまいました。
    私の場合は家のご飯ではなくて、学食ででしたが。
    白いご飯にシチューを掛けたもの、定番でしたよ。
    今では、グラタンを作ったときに、グラタン半分食べたあとに
    ごはんを入れて2度おいしい!ってやってます。

    さて、朝ご飯ですが
    磯辺焼き餅が定番でした。
    朝からお雑煮の時もありました。
    父がお餅スキだったため、年中お餅がありました。

    あと、私のリクエストで二段海苔弁。
    わざわざお弁当箱に作ってもらいました。

    ユーザーID:4715375960

  • 朝食の思いでは・・・

    毎朝トースト1枚でした。(高校卒業まで毎日)
    給食までお腹が空いてお腹が空いてたまりませんでした。
    体育なんてやりたくなかったし、授業も集中できませんでした。
    でもいざ給食となっても女の立場ではおかわりできない風潮があって、給食もいつも足りませんでした。
    高校の時はお弁当でしたが、料理嫌いの母の作るお弁当は今では笑い話ですが、悲惨なものでした。
    家に帰るとお腹が空いておやつに手が伸びてしまい、肝心の夕食は食べられずいつも怒られてばかりいたような気がします。
    ちなみに夫は中学生の頃お弁当持参だったにもかかわらず、作ってもらえなかったそうです(ひとり親家庭)。
    そのせいか長身の家族のくせに小柄です。
    私も猫背でシャキッとしていません(骨の成長に筋肉が追いつかなかった感じ)
    朝食って大事だなって思います。
    うちの息子にはパン食ですが、しっかり食べさせています。
    何かあって食べなかった日は保育園でも機嫌が悪いそうです。

    ユーザーID:8917107441

  • 普通だと思ってました。

    朝ご飯に「昨夜の残り」を食べる事が有りますよね?

    私の家では残りごはんで作ったメニューが多く、雑炊、おかゆ、おにぎり…等々。
    1人暮らしをする様にり、泊まった友だちに我が家でよく有る朝ご飯を作ったら
    「有り得ない!」と言われました。

    それは『チャーハン』です。

    私の家では朝からチャーハンが普通でした。「変わってる」とは知りませんでした。
    だって材料も玉子とハムとお米…「ハムエッグとご飯」と同じですし。

    ユーザーID:7589186460

  • 心があたたまるよいトピですね

    お母様やおばあさまの優しさが感じられるいいトピですね。

    私はと言えば、小学生の頃は何を食べていたのか思い出せないのですが、一応朝ごはんらしきものを食べた後に(いや、多分大して食べていなかったのでしょう)、母が「やれ、ゆで卵を食べろ」だの、「ヨーグルトを食べろ」だの、「果物を食べろ」だのと、いろいろ食卓に並べてきたのを思い出します。
    ゆで卵は、姉が黄身を、私が白身をというふうに二人で一つを食べていました。
    ヨーグルトは、母の手作りヨーグルト(市販のヨーグルトを牛乳で増やしたもの)でした。
    いつもヨーグルトが入っていたお花のタッパーもはっきりと覚えています。
    ああ、懐かしいなぁ。

    社会人になってからは、毎朝決まって俵型のおにぎり二つです。
    母よ、どうもありがとう。

    ユーザーID:7942626801

  • てんぷら

    印象に残る朝ごはんは、前日に作ったてんぷらの残り物を、甘辛い汁で一煮立ちさせたものです。
    鍋ごとど〜んとテーブルにだして、自分で好きなてんぷらをご飯に乗せて食べるのです。
    衣がふにゃふにゃになったのが美味しくて、大好きなおかずでした。

    あとは絹さやを卵とじにしたもの。これもご飯にかけてわしわしとたべていました。
    豪快な母は、これも大量に作っては鍋ごとテーブルに置いていました。

    ユーザーID:9775010220

  • 味噌味のじゃこ入りいり卵

    40代です。

    朝ご飯は、いくらか、たらこか、塩鮭でしたが一番好きだったのは。味噌味のじゃこ入り入り卵でした。

    それと温かいお味噌汁とお漬物。
    母となった現在、似たような朝ごはんを子供に食べさせてますが、子供の頃パン食に憧れたので、たまにトーストと卵とサラダにスープとか、パンケーキとソーセージと温野菜というのも取り入れてます。

    それと、バターご飯。
    私も大好きでした。あったかご飯にバターとしょうゆ、それをのりに包んで食べるのは今でも大好きですが、家族からは冷たい視線を向けられてます。

    ユーザーID:3315905266

  • 母の気分しだい

    私の母は【ばっかり食べ】が好きなので、朝食もばっかり朝食です。
    たとえば、毎日トーストと紅茶。
    しばらく続いたあとは納豆かけご飯と紅茶。
    インスタントラーメンと紅茶。
    なぜか必ずとっても甘い紅茶がついていました。

    文句を言うと怒るので、黙々と食べていましたが、本当は苦痛でしたよ〜。
    子供心にも、(毎日朝からインスタントラーメンなんかたべられないっつーの)と心の中で母に突っ込みを入れていましたが、母は「あんたは文句ひとつ言わず食べるいい子だった」なんていっています。
    「いやだったんだよ〜」といったら驚いていました(笑)

    ユーザーID:9075628537

  • 懐かしいです

    たまごかけ、でも私は黄身がダメで白身のみ。
    弟は反対に白身がダメだったので、2人で1個のたまごを仲良く食べていました。今はなぜか生たまごが嫌いになったので、本当に何十年も食べてませんねぇ。
    ちゃぶ台の前にちょこんと座って食べてる小さい弟や、まだ若かった母、高校生だった叔母の姿を久し振りに思い出しました。
    素敵なトピ、立ててくださってありがとうございます。

    ユーザーID:1393286647

  • 残りものと父のお弁当のおかず

    素敵なトピックスですね。
    私は今年25歳になるもので、まだそんなに昔々のことではないのですが、トピ主さんや皆様の書き込みを見て、今は離れて住んでいる家族を懐かしく思いました。

    我が家では、前日の残りものと(基本そのまま)(でも烏賊のお刺身なんかはバター炒めになったりしてました)、父が建設業でお弁当を毎日持って行っていたので、そのおかずが朝ご飯になっていました。
    卵焼きと塩じゃけが定番でしたね。あと季節の野菜が具の味噌汁と。
    とくに好きだったのはちょっと焦げるくらいに焼いたたらこ。
    焼きたらこと炊き立てご飯は今でも想像するだけで涎がでます。

    今思えば、あれはひとつの幸せの風景だったのですね。
    皆様の書き込みを読んで実感しました。
    夏は帰省する予定なので、ちょっと早く起きて家族のために美味しい朝ご飯を作りたいなと思いました★

    ユーザーID:8998880130

  • おにぎりと具だくさんみそ汁

    小学校の4年から運動クラブに入っていたので、ほぼ毎日、朝練がありました。

    寝坊した時の朝ごはんは、おにぎりと具のたくさん入ったみそ汁、時間に余裕のある時は、ご飯、みそ汁、野菜炒めなど1品の組み合わせが多かったような気がします。
    珍しくパン食の時もみそ汁が出ました。

    今考えればすごい組み合わせですが、当時は平気でした〜。

    ユーザーID:3924958046

  • 夏の朝ごはん

    夏の朝は、まずはラジオ体操に行った帰りにカブトムシを探して、
    家に着くと、いつも家族みんなが食卓を囲んでいて、
    お味噌汁とご飯。それに つやつやなナスの糠着け。
    お味噌汁は、いろいろありましたけど、
    一番好きだったのはナスと油揚げです。
    カレーとかの残り物があればカレーを食べたり、
    家にチャボがいて、新鮮な卵をご飯にかけたり、、
    おいしかったなあ、、、
    今は母とは遠くはなれて、1年に1度も母のお手製のお味噌汁を食べることができません。 

    ユーザーID:5597880161

  • 毎朝トーストでした

    多分、母の好みだったんだと思いますが、
    毎朝トーストと薄い紅茶、自家製リンゴジャム、
    ハムかソーセージか目玉焼き
    基本的にずっとそんな朝食でした
    飛び出すトースターで焼いていました

    お正月明けはストーブでお餅を焼いて
    磯辺巻き、安倍川など
    牛乳を入れて作るクノールスープやお茶づけ海苔で
    お雑煮風だったこともありました

    誕生日の翌朝は、晩の残りのケーキだったり(笑
    オマケがほしくてケロッグというシリアルにしてみたり…

    平凡ですが、平和で、良い子供時代だったと思います

    ユーザーID:3032512128

  • チーズオムレツ

    コロコロのとろけるチーズの入ってるオムレツです。
    それにトーストだったのですが、今はチーズは目が無い私なんですが、当時は大の苦手で(笑)
    でもその頃母は体調を崩し、後に入院もした為に
    「アレ嫌コレ嫌」とは言えなくて…
    でも段々チーズにハマり、大好きなメニューになりました!
    今では元気になった母に当時苦手だった事を伝えたら、心底驚いて笑ってました。

    ユーザーID:9377370256

  • 泣けそう

    30代半ば、実家から遠く離れたところに嫁いで10年目の主婦です。
    トピを読んでいたらじわっと涙が出そうになりました。鼻の奥が痛いです(笑)

    私の実家は自営業で、夜遅くまでずっと働いていた両親。基本的に家事は祖母がしてくれていましたが、朝ご飯は母が作っていました。
    でも日曜日だけは特別に母が朝ゆっくりしていられる日だったんです。
    父が早く起き、朝刊を読んでいるところへ私たちきょうだいが起きていって「おなかすいたー早くご飯食べたいー」。
    父が作るのはたいていいつも「ツナ入り卵焼き」。缶の油をあまり切らないで入れ混ぜるので、しみ出た油で卵焼きの端っこがカリカリに焦げて、それがおいしかった。醤油と砂糖で適当に味をつけてたみたいですが、ちょうどいい感じに甘じょっぱくて、「日曜日だけの、お父さんの朝ご飯」という特別感も手伝って、「お母さんのよりおいしい」と思ってました。

    でも母の作る朝の卵料理にも、大のお気に入りはありました。それは「たらこ入り炒り卵」。たらこと卵を混ぜてフライパン上でぐるぐるするだけですが(笑)これさえあれば何もいらない、ってくらい好きでした。

    ユーザーID:7552670769

  • 今思うと貴重な思い出です

    昭和40年代初めの農家に生まれました。

    記憶に残る最古の朝食風景では、
    4、5歳の私が兄たちと隣りの部屋から重いちゃぶ台を運び、
    正座して、家族そろって「いただきます」をしています。

    炊き立てのご飯にお味噌汁。

    私には白米が食べ辛く、ご飯がいつも冷めて残ってしまい、
    お茶をかけてやっと食べていました。
    その度に父に「新しいご飯にお茶をかけるなんてもったいない」と言われました。
    お茶漬けではなく「お茶かけご飯」と呼んでいました。

    味付け海苔が大好きでしたが、食卓に上がるのは頂き物があった時のみ。
    母がお金を出して買うことはまずなく、珍しいご馳走でした。

    ご飯は使い古されたお櫃に入っていて、
    片付けの時に母がお茶を少し入れて、こびりついたご飯粒をこそげ取り、
    しゃもじですくって食べさせてくれたのがおいしかったです。

    まもなく農業だけではやっていけなくなり、父が3交替制の仕事に就き、
    母も仕事を始め、子どもたちも朝家を出る時間がバラバラになり、
    いつの間にか家族そろっての朝食はなくなりました。

    ユーザーID:0402543889

  • ホームシックになっちゃうよー

    うちの父が魚が大好きで、今でも3食必ず焼き魚なのですが、そのせいか我が家では毎朝お味噌汁にごはんに干物、っていうのが定番でしたねー。
    アジの干物か塩鮭が多かったです。
    それからじゃこにごまとごま油としょうゆと一味をかけたもの。
    偏食ぎみだった私の大好物でした。
    卵かけごはんもよくしましたね。
    お味噌汁の具で一番好きなのは大根と油揚げでした。

    日曜日の朝だけは、なぜかトーストとハムエッグでした。
    (当時は週休2日なんて制度はなくて、日曜日だけがお休みでした)
    父が4枚切りの分厚いパンが好きで、私は6枚切りの薄いパンが食べたいのにー、なんて思いつつ、ハムエッグの朝食は楽しみでした。

    今、在米なのですが、焼き魚がとても恋しいです。
    こちらのガス台には魚用のグリルなんてついてないので、日本のスーパーに行けば干物は買えますが上手に焼けないんですよねー。
    たまにじゃこを大量に買ってきて冷凍して、少しずつ食べてます。
    生卵もこちらのものはちょっと心配なので食べられないし。
    日本に帰るたびに、卵かけごはんばっかり食べてます。

    ああ、またホームシックになってきたー。

    ユーザーID:5757115947

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