「行かれない」って?

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トピ主のみ1

taka

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30代の会社員です。
友人が「行かれない」という言葉をよく使います。
例えば「○○には行かれないんだ」とか、
「△△には行かれなくなったので〜」とか。

これって正しいのでしょうか?

「行けない」「行けなくなった」が正しいと思っていた
私の認識が間違っているのでしょうか?

気になりだしたら、もう気になっちゃって気になっちゃって(笑)
ご存知の方教えて下さい。

ユーザーID:9738462570

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  • えーと

    「行く」の可能動詞が「行ける」になるんじゃないですか?
    「行かれない」を品詞分解すると
    「行か」・・・カ行五段活用「行く」の未然形
    「れ」・・・可能尊敬受身自発を表す未然形接続の助動詞「る」の未然形
    「ない」・・・打消の助動詞
    になるのかな?
    「行けない」は、
    「行け」・・・カ行下一段活用「行ける」の未然形
    「ない」・・・打消の助動詞
    になるのじゃないですか?
    文法は苦手だから間違っているかもしれません。
    古いドラマとか脚本家が年齢が高いと頻繁に耳にしますね。

    ユーザーID:5706905115

  • 言いたいことは伝わります

    当方男性です。
    正しい言葉かどうかは、おいておいて(笑)。

    伝えたいことと、ニュアンスは理解できます。

    つまり「自分の本心は行きたいのだけれども、事情で行くことができなくなった」という、自分以外に責任があることを相手に伝えたいのだということが。

    ついでに、「詳しい事情については突っ込まないでいてね。じつは自分が行きたくなくなっただけなの」というニュアンスまで伝わってきます。

    よく使ってしまうという方は気をつけたほうがいいですね。

    ユーザーID:7958253689

  • どちらでも

    どっちの言い方でも良いように思いますけど。
    「都合が悪くて行けなくなった」
    「その日は都合が悪くて行かれない」とか、前後の文章によっても変わってくるかと思いますが。

    「はないちもんめ」でも

    〜おかーまそこぬけ、いかれない〜
    って言いますし。

    ユーザーID:0070416250

  • 私も

    ずっと同じことを思っていました。

    私個人としてはその意味で「行かれる」は使いません。
    日本語教師を長年やっていますが、「行く」の可能形は「行ける」と教えています。「行かれる」ではむしろ、『夫に毎日パチンコに‘行かれて’困っている』のような受け身の形になってしまうと思います。

    でも言葉は時代によって変わるもので、そのうち「ら抜き言葉」のように容認されるのでしょうか?興味があります。

    ユーザーID:3571232660

  • 方言できいたことはあります

    ある県にいった際に、
    「いかれない」という言葉をよく聞きました。方言だそうです。
    方言である以上、日本語として誤りではないでしょう。

    ちなみに、未来の予定に対して
    「明日○○に行った」という方言もあります。
    感覚としては、「バスがきた」に近いでしょうか。
    見えただけで、まだきてはいないのに「バスがきた」とかいいますね。
    詳細を忘れましたが、電話を取った際に名乗るとき、「はい、○○(苗字)でした」と過去形を用いる地域もあるようです。
    また、会って最初の「お世話になっております」というところが、「お世話になりました」という
    過去形で始まる地域もあるようです。

    日本語といっても色々です。
    日本語という言語はあらゆる地域の文化の集合体。
    辞書などで正しいとされている使い方以外にも「間違いではない文化としての日本語」があると思います。
    その一つではないでしょうか。

    ユーザーID:5947609302

  • 溝に落ちた例

     行く、は5段活用の動詞ですから、可能の形は「行ける」ですが、受け身の形は「行かれる」です。例えば、「三時までは待ってくれると思っていたのに、先に行かれちゃった」とは言えますね。

     見る、は1段の動詞ですから、可能の形は「見られる」(ら抜きの言葉では見れる)、受け身も同じ形です。

     トピさんの文では5段の可能の場合を取り上げていらっしゃるのでしょうが、おっしゃる通りだと思います。ただ誤用の可能性は近くに沢山あるので、その原因まではもっと例が無いと分かりません。
     

    ユーザーID:6740453274

  • 方言では

    私も使います。
    「今日は行かれん」「今日は行けれん」という使い方。
    九州のとある県に住んでいます。
    もっと詳しく言えば「どげんとせんといかん」とこです。

    その方がどこの出身か分りませんが、お国訛りなのかもしれません。

    ユーザーID:3363793004

  • ご友人はどこ出身?

    正しい言葉の使い方は詳しい人にお任せします(笑)

    東北出身で時々耳にします。
    方言だと思ってましたので、なるべく使わないようにしてます(笑)
    何となく、自分の意志で「行きたくない」時よりは、他人の事情により「行けなくなった」
    ときに聞くことが多いように感じました。
    「〜できない」を「〜れない」と使うことが多いです。

    余談ですが、田舎に住んでいる姉が子供を連れて東京に来た時のことです。
    満員電車の中で、足もとにいる甥っ子が姉に「抱っこ」と言ったのですが、身動きもとれないほどの状態でした。
    姉は「抱っこされない」と言いました。
    トピ主さん、これも違和感ですよね?(笑)

    この後、甥っ子は強引に姉によじ登って、周りの人に笑われました。

    ユーザーID:4598030553

  • 味わい深い、文化遺産・・・

    江戸末期や明治期の講談、落語、芝居の脚本などに、「行かれない」は頻出する言葉です。
    明治大正期の小説家の会話文にも良く出てきますし、古い東京の下町などで育った方は今でも
    「行かれない」を使っています。

     正しいか誤りかという判断の前に、この言い回しが歴史的に市民権を得ていることは知っておいてもいいと思います。
    僕の知り合いの江戸っ子のおじいさん(おん年84歳)は風呂敷のことを「ふるしき」と言いますし、
    「銭湯」とか「風呂屋」なんて言いません、「お湯(ゆ)う」と言うのです。
    落語家、三遊亭円生は「おぶう」などということもありました。
    「そんなこっちゃ、とてもやっては行かれねえ。(先代林家正蔵)」などと言いますよ。とても粋な江戸弁の風情。

    言葉を巡る判断の場面では、「正誤」を明確に言える場合もありますね。
    「食べられない」と「食べれない」なら、後者は「ら抜き」であり、これは間違いといえます。

    この「行かれない」は、或る一定の時代や地域で培われた文化の一端であり、なくして欲しくない
    大事な江戸の下町の文化遺産なのです。正誤の概念とは一線を画しますね。

    ユーザーID:3707063584

  • 普通に使います

    ご友人は関西の方ではありませんか?
    私は関西在中ですが普通に使います。

    「行かれない」は「行かれへん」と言うことが多いですが「行かれなくなった」はそのまま使います。

    ユーザーID:0975163412

  • 道産子?

    北海道の方言でありますよ。「行かれない」

    方言なので本当はそのまま「行けない」の意味なのでしょうが、私はなんとなく以下の時に用いてます。

    1.「行けない」よりも申し訳ないor困った気分が大きい時。
    2.「私は行きたいんだけど他の人のせいで行けないの」というような原因は自分にはないことを表したい時。

    ユーザーID:7277024370

  • 周りはみんな使っているかも・・

    私が住んでいる地域では「行かれない」は普通です。確かに「行けない」も使いますけど、無意識に「行かれない」を使っています。親とか友達も使っているので、間違いではないと思うのですが。

    「れる・られる」は受身の意味などに加えて可能を表す助動詞ですよね?それで「行かれない」→「行けない」になったのでは、と思っていました。つまり「行けない」は音便のような扱いなのかなぁと漠然と考えていたのですが、単純に方言なのでしょうか。

    ユーザーID:7896227308

  • 大阪では・・・

    大阪では、行けなくなったことを
    「明日、行かれへん」と言います。
    お友達は大阪の人かなぁ?
     
    「行かれない」「往かれない」「逝かれない」
    ・・・どれも言葉としては、存在します。

     乱れ言葉ではないと思いますよ。

     

    ユーザーID:3752096781

  • 時々見ますよ。

    私も日常使いませんが、好きな小説家が良く使います。

    行かれるの「れ」は、助動詞ですよね。
    可能・受身・自発・尊敬の「る」。
    中学受験のときに習った覚えがありますよ。
    「行かれる」は、
    「行くことができる」「(誰かに)行くことをされてしまう(表現しにくい)」「お行きになる」
    の意味があるんじゃないですか?(自発はこの場合ない)

    「行く」「行かれる」「行ける」の関係を、
    「見る」「見られる」「見える」に置き換えるとどうでしょうか?
    「見られる」の「れ」と同じ助動詞ですよね。

    ユーザーID:1017972114

  • 花いちもんめ

    私(東京)が遊んだ花いちもんめは途中の歌詞が「鬼がいるから行かれない」でした。「ゴメン、行かれないや」など気にせず使ってたかも。
    改めて比べてみると今時な感じはする響きですね。
    語尾をあげて「行かれない?」だったら尚更今時っぽそう(笑)。

    検索したら同じように違和感?持たれた方の質問ひっかかりますね。
    Wikipediaの「可能動詞」の項目で「行かれる」に関して記述されてることも知れました。
    青空文庫で検索したところ、夏目漱石や宮沢賢治などビッグネームどころも使ってますね。現在の国語教育では推奨されていないだけで、間違った日本語ではないのだと思います。

    ユーザーID:9198059768

  • 普通に使ってました

    「行かれない」って人によっては気になる言葉だったんですね。

    正しいのか間違っているのかはわかりませんが、考えてみるとその時々で使い分けているかもしれないです。

    「行けない」を使う時は、最初からく行くことが出来ないとわかっている時。
    「行かれない」を使う時は、本当は行きたいんだけど(もしかしたら行けるかもしれない)、今回は都合がつかなくて残念、というような時に使っているかもしれないです。

    「行かれない」って、私の周りで使っている人は結構多いのですが方言なのかもしれませんね。
    それとも今まで気づかなかっただけでに間違えた使い方だったのでしょうか。

    ユーザーID:9904097742

  • 方言?

    私も「行かれへん」っていう意味で「行かれない」というときがあります。
    方言かと思ってました。
    「行けない」とも言いますが。
    意味が通じるのなら、どっちでもいいような気が・・・・。

    ユーザーID:5090413613

  • 解釈ピッタリ

    空飛ぶ豚さんの

    つまり「自分の本心は行きたいのだけれども、事情で行くことができなくなった」という、自分以外に責任があることを相手に伝えたいのだということが。

    という解釈がピッタリ当てはまります。
    すごいこの絶妙なニュアンスが理解して頂けるのが嬉しい。
    多用してはいけないということも、心得ます。

    ユーザーID:3363793004

  • 使わないけど昔の文章にはよく出てくる

    自分では使わない言い回しですが、昔の文章にはよく出てくる表現だと思います。
    また、私自身は関東育ちですが、両親が西日本出身なんです。
    うちの両親や親戚、年輩の方が言うのは聞きます。
    ですので、全く違和感はないです。
    おそらく古い言い回しが残っている地域では普通に使われているのだと思います。

    ユーザーID:3686955360

  • 文法的には正しいですよ

    文法的には、自信いまいちさんのおっしゃる通り。
    五段活用動詞は可能表現する際、下一段活用になり可能動詞として扱われます。
    可能動詞が登場した江戸時代以降今日まで「行ける」という言い方が多くなってきているだけで、「行かれる」は遠き昔から使われており文法的には正しい表現です。
    ただし、既に古語となりつつありますので、誤用と勘違いされやすいですが。

    「れる」の助動詞には「受身・尊敬・可能・自発」と4つの意味があるので、人が使う上で便利なように使い分けがされて来たゆえでしょう。
    実際、尊敬の意味では「いらっしゃる」が、可能の意味では「行ける」がより一般的す。


    >通りすがりの旅人さん
    少々横になりますが「ら抜き言葉」を文法的に捕らえると、一段活用における可能表現を区別した言葉の進化、とも考えられます。単なる間違いと切り捨ててしまうのはいささか勿体無いかと思います。
    今に「行ける」のように可能動詞として市民権を得る日が来るかもしれませんし。

    ユーザーID:8509571240

  • 一つ思い出しました(2度目です)

    子どもの時に遊んだ「花いちもんめ」の中では「行かれません」を使ってました。

    「お布団被ってちょっとおいで」のあと「お布団びりびり行かれません(行かれない)」
    「お釜被ってちょっとおいで」「お釜底抜け行かれません(行かれない)」です。

    トピ主さんのところでは「行けません」と言う歌詞でしたか?
    因みに私は神奈川出身です。

    ユーザーID:9904097742

  • トピ主です

    私の素朴な疑問に皆様、ありがとうございます。

    少し補足しますね。
    私も「行かれない」を使う友人も東京や神奈川の出身です。
    ですから方言という解釈は全くありませんでした。

    私自身は幼少の頃、関西に住んでいた事もあるのですが
    確かに関西では「行かれへん」って言いますね。
    私も日常使っていたことを思い出しました。
    そう考えると、おかしくないのかなとも思います。

    あと何人かの方がおっしゃっていた“花いちもんめ”は
    「お布団びりびり行かれない」
    「お釜底抜け行かれない」 でした。
    「行かれない」を使っていた事に自分で今ビックリしました。

    正しいか正しくないかは別として
    空飛ぶ豚さんの「行きたいんだけど、行けない」という解釈が
    友達の話の内容からは近いのかも知れませんね。

    なんだか色々勉強になった反面
    日本語って難しいなぁと改めて実感。
    綺麗な日本語を使いたいと思いつつも難しいですね。
    皆様ありがとうございました。


    >みちのく様
    「抱っこされない」はやっぱり違和感です(笑)
    近くで聞いたら「えっ?」と聞き返してしまうかも。

    ユーザーID:9738462570

  • それは普通に……

    方言だと思います。
    私は東北人ですが、周りの年配の方は、みんな「あんた、今日行かれっかい?」「ああ、わたしは行かれない」って感じで使ってます。
    私は使いませんが、たまに気がゆるんでいるとでます。

    ユーザーID:2793520703

  • 中学の時の教科書に載ってました

    「行かれない」という表現、中学の時の国語の教科書に載ってたし、文法上も、そのように習いました。

    たしか日本語の文法は作家の川端康成の文体を元にしていたハズなので、川端康成の本を読んでみるといいかもしれませんよ。
    (間違った知識だったらゴメンなさい)

    ユーザーID:3658796390

  • 子供のころから普通に使ってます・・・

    東京生まれ東京育ちの4代目です。
    「行けない」の意味で普通に使っちゃってます。
    周囲の友達も使ってますよ。
    というか気にしたことがあまりありませんでした。
    なので、意識して「行けない」「行かれない」を区別していません。
    そんなニュアンスの差があったなんて・・・。
    多用しているかどうか、自覚もないし、適当な人間だと思われていたかもしれないんですね・・・。

    ユーザーID:0375341525

  • 妻がよく使います

    「行かれない」というのは妻がよく使います。
    普通に「行けない」という意味で使っています。
    私も最初のうちはなぜそんな意味ありげな、もってまわったような言い方をするのか不思議でした。
    でも妻の実家の近くに住み始めると(埼玉県ですが)、周りの人も「行かれない」を連発します。

    私は関西出身なので「行かれへん」という使い方もしていましたが、それは理由があることを暗示している言い方で、単に「行けない」ことを示す場合は「行けへん」と言っていました。
    そういう使い分けをせずに、なんでもかんでも「行かれない」で済ませる妻の言い方には今でも多少、違和感があります。
    でも、それは仕方ないと思っています。

    文法的にどうなのかはよくわかりませんが、「正しい」とか「正しくない」ではなく、いろんな言葉の使い方をする地方がある、ということではないでしょうか。
    少なくとも妻が子どもの頃から(つまり40年以上前から)、このあたりでは「行かれない」という言い方をしていたみたいです。

    関係ないですが、トピ主さんは東京の言葉は「方言」とは言わない、というふうに考えておられるようですが、東京言葉も関東の方言のひとつでは?

    ユーザーID:1182178607

  • 正しい、正しくないってのは

    要は、どこか客観的な基準を置かなければ話になりませんよね?

    で、どこに基準を置くのがいいのかって話になると、言葉は変化していくものだから厄介になる。

    「はい、この時期のこの地方のこういう人の使った言葉が、誰がどう見ても正しい日本語です」なんてのは判断できないのだから。

    実際使っていて、それが話し手と聞き手で通じていれば、それが正しいという考え方もあるし、どこそこの役所が言ったからってのも理由になりうる。

    したがって、「文法的には」とか「この地方では」とか「この世代では」とか「文部科学省が言うには」なんて制限を付けると一応判断は出来るけど、そうでもないなら判断のしようが無いってことです。

    ユーザーID:4284889960

  • 正しい言葉

    方言でも「ら抜き言葉」でもなく、正しい共通語です。

    例を挙げるなら、美智子さまが婚約会見で

    「とてもご清潔、ご誠実でご立派な方で、心からご信頼申し上げ、
    ご尊敬申し上げていかれる方だというところに魅力をお感じ致しました」

    と仰っています。

    ユーザーID:5720718892

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