死について

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m-m

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三十代の二児の母です。
物心がつくようになってから、親戚の死を2度経験しました。
社会人の時に経験した祖母の死は入院中に身内で泊り込みの介護をしながら迎えた死。
二人目は独身だった叔父の死。
こちらの叔父は生前私の事を実の娘のように可愛がってくれていました。

二人の死を経験し母となり命の誕生も経験し、年齢ばかりを重ねて来ましたが、どうしても「死」という事を理解出来ていないように思えます。
未だに「この世から去ってしまった」という感覚が掴めないんです。

そして、いつかは誰もが迎える死についても受け入れる精神力が身についていません。
大病を経験した父、生活面において不便な障害のある母、どちらも大好きな両親です。
そして、自分自身も親となり可愛い子供が居ります。
自分の大切な人を失った時、私はどうしてしまうんだろう。

人との別れは誰も心の準備が出来ぬまま訪れるものだと思っていますが、
自分は未熟過ぎて、大切な人を失った時に自分が自分で居られるかと不安になる時があります。

宗教などに頼るのではなく、自分自身精神面で強くなりたいと思いますが、何か心が強くなるようなお勧めの本などはありますでしょうか。

ユーザーID:8481403680

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  • 飯田史彦さんの「生きがい」シリーズ

    大学教授の方が、宗教に偏らず、普遍的なエッセンスを集めて書かれたものです。
    「生きがい」シリーズ(特に3冊目)・「Power of Now(悟りを開くと人生はシンプルになる?)」邦題は長くてうろ覚えで申し訳ございません。

    宗教や、スピリチュアルのふわふわ感が少なく、普通に読めました。

    逆に、新しい生命からのメッセージも良いと思います。
    ジョナサン・ケイナー氏の「お母さんを選ぶ赤ちゃん」→こちらは、HPで「人生を選択する赤ちゃん」として掲示板になっています。

    絵本「わたしのひみつの旅」→生まれてくる赤ちゃんの魂が、どうやってお腹にやってきて生まれるか、赤ちゃんの視点で描かれた絵本です。
    とても美しく、読み終わるとじーんと感動しました。

    私は、生と死を語れるほど大人ではありません。

    愛にあふれた、トピ主様のメッセージにとても感動しました。ありがとうございます。
    どうぞ、お幸せに・・・

    ユーザーID:7019944765

  • こう考えてみては

    一時期連続で知り合いや上司や友達を亡くした時期があり、
    不安でしょうがありませんでした。
    そのときに付き合っていた彼にそのことを話すと

    「年寄りでも赤ちゃんでも、お迎えが来る人は来る」

    お迎えはある日突然来るので、
    それはしょうがないと言うことでした。

    これで私は腑に落ちました。

    もちろん亡くなった父思えば、後悔だらけですが
    お迎えが来てしまった以上、後はあちらで幸せでいることを
    思うばかりです。

    ユーザーID:9479023746

  • 死は、出生と同じく自然のプロセスです

    27歳の医師です。私は仕事柄、日常的に人の死を見ています。人の命はもちろん尊いものですが、誰でもある日突然いなくなる可能性を秘めています。年齢順にその日が来るのが理想ですが、子どものほうが先に去ってしまうことだって多々あります。

    人は誰でも「one of them」であると同時に「唯一無二のかけがえのない人」であるという矛盾を抱えて生きています。その矛盾を理解できた時、成熟した大人になれるのではないでしょうか?
    永遠に続くものはないという限界を知ること。そして、大切な人がいなくなっても、自分自身がいなくなっても、いつもどおりの日常が続いていくということ。それを実感として理解できれば、当り前の日常をより大切に感じられると思います。

    私は、今は死を怖いとは思いません。苦しまずにぽっくり死ねたらいいなぁとは思うけれど。50年後かもしれないし、明日かもしれないけれど、必ず死ぬ日が来る事は分かっているし、だからこそなるべく後悔のない生き方をしていたいと思っています。
    お嫌いでなければ、美輪さんの本など手にとられてみては?何か心に響くものがあるかもしれません。

    ユーザーID:0522457399

  • ブルース・モーエンがおすすめ

    ブルース・モーエンの死後探索シリーズ4巻を一気に購入して読みました。
    父を亡くしたばかりだったので、ものすごく心の救いとなりました。

    現実に生きている人の想像力はとても大きなパワーを持っているようです。だったら、お金や社会的地位なんかに縛られなくても心が自由なら幸せに生きて行ける方法はいくらでもあるんだなぁと感動しました。
    ちなみに私は、亡き父を自分なりに迎えに行き、自分なりに天国へ連れて行きました。本当にできたかどうかは別としてそう思う事が故人の魂の救済になるんだと思いました。

    願えば、天使のような存在が私の近くにいるという証拠も、電気を使って得る事ができました。
    死ぬ事なんかちっとも恐くないし、死に別れた人も何時でも会えると知って、それだけで救いでした。

    ブルース・モーエンは、それが本当かどうかなんて問題ではなく、生きている人が生きている幸せを感じる事が何よりも大切だということを教えてくれているんだと理解しました。

    ユーザーID:1735054778

  • みんな同じじゃないかな

    例えば・・・
    何月何日に身内の方が亡くなると、わかっていたとして
    デンと構え 落ち着いて準備をするなんて事は出来ないと思います。
    それが 突然やってくるのですから 皆動揺して いつものようには振舞えないと思います。

    人の死を何度も目にする職業の方も
    身内になると違うと言います。

    死に対して心が強くなるのは難しいのでは・・・

    ユーザーID:3618028290

  • この本はいかがでしょうか?

    精神科医エリザベス・キューブラ・ロスの自伝「人生は廻る輪のように」はいかがでしょうか?
    キューブラ・ロスの人の死に対するいろいろな不思議体験や考察が書かれています。
    医師の間で異端視されながらも、死について研究を続けた先駆者です。

    ユーザーID:6999739142

  • 私の経験

    1週間前に原因不明の子宮内胎児死亡で
    長男を亡くしました。
    幸せに満ち溢れた出産が一転
    とても辛く悲しい出産でした。
    今も1人部屋にいると涙が止まらず
    息子に恥ずかしくない、前向きに
    人生歩んでいかなければ・・と
    わかってはいてもどうしても涙が止まりません。

    不思義なことに毎日眠ってご飯食べて
    時にはテレビを観て笑ってる自分がいます。
    そんな普通の日常の中でもふと涙が出ます。
    私、何やってんだろうって胸が痛いです。
    最近「誕生死」という本を読みました。
    それで癒されることはありませんが
    私と同じ思いをしてる人がこんなにいるんだ・・と
    思うと少しだけ心が軽くなった気がしました。

    まだまだ私には時間という薬が必要なようです。
    早くお母さんのお腹にかえってきて。
    そう毎日願いながら静かに時が過ぎるのを
    待っています。

    ユーザーID:0629779328

  • おすすめの本。

    終末期医療のパイオニアで、世界にホスピスを広めたエリザベス・キューブラー・ロス(女性精神科医)の「人生は廻る輪のように」「ライフレッスン」などがおススメです。

    死は成長の最終段階(最も大切な人生のレッスン)という内容に、感動しました。また、わたしは未読ですが、家族との永遠の別れについて書かれた本もあります。こちらも評判がいいです。

    ユーザーID:7177404119

  • 三浦綾子さんがオススメかな?

    はじめまして、こんにちは。
    私は、氷点でお馴染みの三浦綾子さんの本をお勧めします。
    生と死について考えさせられる内容のものが多いです。

    ユーザーID:2292282298

  • 自分を見失うほど苦しいですよ

    30代の主婦です。
    10年前、父を突然死で失いました。5年前に舅、2年前に姑が闘病生活の末亡くなりました。手術室の看護師をしていますが、家族を失うことがこんなにも苦しいものかと思いました。今は残された母と、主人の支えに少しでもなれればいいと思っています。それは私が何かしてあげるだけでなく、私や子供にとって必要とされていることを感じてほしいとも思っています。
    3人の親の生き方や最期をみて、私はこの苦しみを無駄にしたくないと思いました。看護師として緩和ケア(ご存知かどうかわかりませんが…)の道に進みたいと思います。適性が無く職業として難しかったとしても、ボランティアで何かできることをみつけたいと思います。

    「いつでもあえる」という絵本を主人が子供に与えていました。たとえ姿形を失おうと、彼らは私の中に存在していると思っています。

    死を考えることは、限られた時間をどう生きていくか考えることではないでしょうか?10年間考え続けた私のこたえです。自分のやりたいことをいっぱいしてください。自分の大切な人をいっぱい愛してください。そして何よりも自分自身を愛してください。

    ユーザーID:0807746861

  • 武者小路実篤

    愛と死、かな

    薄い本なので内容は書きません。

    ユーザーID:5742071265

  • 本の紹介ではないですが・・・

    ここ数年、身内のお葬式が続いています。
    大往生も早すぎる死もありました。
    そうした中で、法事って上手く出来ているなあ、と思うようになりました。

    亡くなってすぐはお通夜やお葬式。
    やることが多くて、忙しくて、悲しんでばかりはいられない。
    四十九日までの間は、お骨になって悲しいけれど、毎日一緒に生活できるので、なんとなく気持ちが落ち着いてくる。
    納骨は寂しいけれど、お墓に納まってゆっくり休んでもらうのだと思うと納得できる。
    その後も、新盆や一周忌、三回忌・・・とだんだんと法事の間隔が長くなるにつれて、気持ちが安らかになってくる。

    法事は、亡くなった方の供養であることには違いないと思うのですが、残された人が死を受け入れたり気持ちを癒したりする手順でもあるような気がします。
    まあ、悲しみはいつまでたっても消えませんけどね。

    あ、宗教をすすめているのではありませんよ・・・
    私も熱心に仏教を信仰しているわけではありませんし。

    ユーザーID:6700619256

  • 名無し母さんといっしょ・・・

    名無し母さん 辛かったね。お身体は大丈夫ですか?私もそれまでの検診では異常なかったのに 25週目で子宮内胎児死亡となりました(臍帯過捻転)3年前ですが 一歩も外出できず毎日どのように過ごしたか・・・でも私は生きている・・・そして死産から2年後 妊娠し健康な弟を出産しました。死について考えさせられました。今年1月 お世話になった先輩が乳癌で他界したり(術後半年)ホント元気だった人が あんなにすぐ他界するなんて・・・・人間の生と死 なんなんでしょうね・・・

    ユーザーID:4787230599

  • 私も

    何人の方が薦めてらっしゃいましたが、私もE・キューブラー・ロスの本をお薦めします。
    『「死ぬ瞬間」と臨死体験』もよいです。

    大昔の哲学者エピクロスの言葉「私たちが存在する間は死は存在しない、死が存在すると私たちはもう存在しない」

    アンゲルス・シレジウス「水滴は海にいたると海になる。魂は神にうけいれられると神になる」

    有名どころの荘子の胡蝶の夢「荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、 あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか。」

    私は小さい頃から「死」について疑問を持ち、近い人たちの死も体験しました。しかし、当たり前ですが、死んだ人は答えてくれませんので「死」に関しては確実な回答を得る事ができません。

    私は「神」「宇宙」等の単語はとても苦手です。大嫌い、と言った方がいいかもしれません。しかし、面白い事に多くの人は言葉が違えど大まかな部分で同じ事を言っています。
    つまり、彼らは同じものを信じているのだ、と思うのです。

    今は「死は人生通過点」なのではないかなって考えてます。今後、この考えは変わるかもしれませんが。

    ユーザーID:6443363759

  • 物語から・・・

    『少女が知ってはいけないこと』をおすすめします。
    神話論・物語論・人間論・女性史論を論じた本です。
    最近読んだ本の中でぴかいちでした。
    「死は生を照らす光」とはよく聞く言葉ですが、それがもう一段階深く理解できたように思います。
    読みやすく興味深い内容でした。

    ユーザーID:7154264301

  • 死の意味

    トピ主の方の気持ちは痛いほど分かります。私は大学生の時に母を病気で亡くしました。母とのあまりに早い死別は、トラウマと言っていいほどの心の傷を残しました。その数年後、祖母が脳卒中で倒れ、入院中に二度目の発作を起こして植物状態になり、合議の結果、生命維持装置を外すことによる別れを選択しました。

    その後も親戚や会社の同僚など何人かの死に遭遇し、「死ぬことには何か意味があるのか? 死後、我々は無になるのか?」などの疑問をずっと抱き続けてきました。数年前、偶然とも言えるような形で、飯田史彦氏の著書に出会い、長年の疑問に対する答えを見つけることができました。

    飯田氏の著作は何冊か読みましたし、その他に同様の研究をしている人の著作も読みました。その中で、トピ主さんにお薦めしたいのが以下の二冊です。

    1 「生きがいの創造」 <決定版>
       飯田史彦

    2 「死後の世界が教える『人生はなんのためにあるのか』」
       マイケル・ニュートン

    この二冊は、自分が想像もしていなかった世界を教えてくれました。人間と人生、地球に対する見方が根本から変わりました。

    ユーザーID:9067733914

  • 皆様へ

    皆様方、私の一方的なお願いのトピにご親切にレス下さり本当にありがとうございます。
    辛い経験を聞かせて下さった方もありがとうございます。

    私にとって「死」は永遠に答えを見つけれる事のない長いトンネルのようなイメージがあります。
    そして大切な人を失った時に受ける精神的なダメージは想像もつきません。
    身内の死は二人経験していると書かせて頂きましたが、身近な人の死は何度か経験があります。
    病死、自殺をした人も居ます。
    92才を迎えた祖父は「人はある一定の年齢が来ると、自然とお迎えが来るシステムだと良い」と口にした事がありました。
    「戦争で1度は死んだと同じ身、いつお迎えが来ても悔いは無い」と言いつつも、「しかし死にたくないな」とも口にします。

    命の誕生があり、消えてゆく命もある。
    当然の事であると理解しつつも、頭で理解しつつも出来ていないんですね。

    教えて下さった本を少しずつ読ませて戴こうと思います。
    そして、後悔の無いように日々を過ごし、後悔の無い親孝行をしなくてはダメですね。
    皆様方からのお言葉で少し強くなれたような気がします。

    ユーザーID:8481403680

  • 今のままで

    今のままでいいのではないでしょうか?

    人間は1人では生きて行けない動物ですよね。
    生きている者は全て、遅かれ早かれ『死』を迎えるんです。
    アリでもゾウでも人間でもです。

    そして、残った人はそれを乗り越えて生きてるんです。
    大切な人を亡くした時、自分を見失う程悲しみにくれ、泣き叫びながら
    乗り越えて行くべきだと思います。
    それでこそ『精神面』でも強くなれると思います。

    大切な者の『死』を軽くしようとする気持ちが間違ってる気がします。

    ユーザーID:5240422481

  • あまり考えすぎるのはよくない

    皆さんとちょっと違う観点から書かせてもらいますね。
    私の体験談です。
    私は成人したばかりのころ、一緒に住んでいた祖父が他界しました。
    死に目にあえず、いつも泣いてばかりでした。
    そんなある日、夢の中に祖父が出てきました。
    もうこっちの世界にはいないことが夢の中でも分かっていた私は「そっちの世界どぉ?」と質問をしました。返ってきた返事は「つまらないよ〜」でした。まだ四十五日のころです、当たり前ですよね、こっちの世界にまだいるんですから。
    その後も、体調が悪かったり、喧嘩をする度に夢の中に出てきます。
    つまりは、心配かけさせるようなことをしてしまうと心配してしまうということです。
    残された人は先立たれた人に心配させないよう生きること。これが大事です。
    いつも見守ってくれている。そう思うことが、ある意味死を理解することだと私は思っています
    本の紹介ができなくてすみません。

    ユーザーID:4990994632

  • そんなもんはない

    そんな便利なものはないですよ。
    誰だって心に何がしらのダメージを負います。
    そこからどう向かいあうかは
    無責任かもしれませんが
    なってからのことではないでしょうか。

    ユーザーID:6183392703

  • 色々参考になります

    m-mさん、こんにちは。

    死・・考えれば考える程難しいです。

    本は読まないのでご紹介は出来ないですが・・

    新しい命の誕生・・世で最高の喜びと祝福を感じる時・・自分の意思では選択・実現出来ない事を与えられた喜び。

    それがいつしか当たり前の存在(家族)となって・・

    別れの時・・当たり前の存在が無くなる事の苦難に直面する。

    下手な例えかも知れませんが・・
    空気は多分この世で最も当たり前の存在だと思います。
    でも空気が無くなったら・・苦難どころでは無い事が起きる訳です。

    残された者として・・
    この世に使命があるから残されていると考えると。
    使命・・命を使う・・自分に与えられた使命を全うする為に命を使う。
    使命・・生きる上での空気の様なものかも知れません。

    答えになっていないですが・・

    ユーザーID:9196656684

  • 生きることと死ぬこと

    アラン・カルデックの「霊との対話」天国と地獄(幸福の科学出版株式会社)
    林 陽の「死後の世界」(中央アート出版社)
    をお勧めします。
    人は肉体的に死んでも、霊は生き続けるということが具体的に書かれています。
    この世での生活、いかに人のためにつくしたかによって、死んでから行く所(高い所か低い所)が決まります。
    また、死んでもあの世(実在界)で、霊格がお互いに高ければまた会うことができます。
    ついでに言いますと、自殺すると間違いなく地獄に行きます。
    このことを知らないで、生活がつらいとの理由で簡単に自殺する人がいますが、気の毒でなりません。
    死んでからいかにつらいことになるか(この世でのつらさなど比べようがありません)を知らないのです。
    それから、この世の中での苦労はその人にとって必要な苦労なので、これを避けずに精一杯努力すればこの世での試練を克服したことになり、死んでから霊格は高くなります。
    この試練を避けると、いつまでも同じ試練を受けることになります。
    結婚に関する考え方も、自分の幸せと同じくらいに、相手をいかに幸せにできるかを考えることが必要です。

    ユーザーID:1656763010

  • お釈迦さまの言葉から

    釈迦は死という問題もあるがままに見るだけでした。そして”死とは名前と形が無くなるということだ”と云いました。あまりにも直接的かつ簡明です。人が死んで亡くなったのを見たら「あの人はもう私の力の及ばないのだ」とさとり、嘆き悲しむのを止めなさい”とも。そうは云われても簡単にはお釈迦様のようにはなれないのが私たちです。しかし”この世のものや自分自身に対する執着を断ち切る”ことを努力していけば、少しずつ運命を受け入れられるような気がします。(引用文は「ブッダのことば・スッタニパータ 岩波新書」から)

    死に対するこのような姿勢はお釈迦様のものだけではありません。「葉っぱのフレディ・いのちの旅」(童話屋)という童話本の紹介が今までのレスポンスに無かったのが不思議です。

    ユーザーID:8693331386

  • お薦めのレスでなく、申し訳ないですが・・・。

    私(男性)は、高校生の入学式でこれから入場という時に母の死を告げられ病院に駆けつけました。(入学式には出れず)
    中学3年の冬から入院をしていて、病名はガンだとは知っていたのですが、何故か「死なない」という強い確信を持っていました。今思うと非常に不思議なのですが、「死」というものを受け入れられなかったのだと思います。
    亡くなった後は、高校に行く気力がなくなり(お母さん子でしたから)、何週間かは学校にも行きませんでしたが、親父や先生の指導などもあり、何とか学校には行って、それからはある程度普通に生活が出来る様になりました。

    今でも、母が死んだという事は正直受け入れられていない部分が何処かにあります。上手く説明は出来ないのですが、ふと、目の前に「ただいま」と言って帰ってくる気がしてならないのです。でも、実際にはそんなことは無いと頭では理解はしているのですが。
    それだけ「死」を受け入れるのは難しいですね。

    何か望みごとを叶えてあげると言われたら、1つだけですね。
    「死んだ母と話がしたい!」
    母が亡くなってから22年が経っているのに、まだそう思います・・・。

    ユーザーID:0095054247

  • 前世療法 上/下

    アメリカのブライアン A. ワイス氏の著書です。この本に書かれていることを信じられるかどうかはトピ主様のご判断にお任せしますが、物心ついた時から命のありようについて試行錯誤を重ねてきた私にとって、とても腑に落ちる一冊となりました。主さんもこの本を読まれると、心が強くなるというよりも、ちょっと死に対して安心されるのではないかなと思います。お時間があれば、是非どうぞ。

    ユーザーID:4090806682

  • 自然なもの

    40代のお寺の嫁です。
    お寺と言うことで、お葬式など死が身近なものだろうと思われますが、わたし自身はトピ主さんと同じ気持ちかも知れません。
    ただ、お寺に嫁ぎ、死について・生きることについて考えるようになり、死というものは誰にでも来る当たり前の自然なものだという認識が持てるようになりました。(この年にして・・・)
    うちの寺は浄土真宗なのですが、「私たちは生かされている」という表現を使います。
    生まれた瞬間から死へ向かって生きているのだ。生かされていることに感謝するとともに、死への苦とも向き合い、精一杯その日を生きるのだ。ということを主人の父親から聞きます。

    わたしは、子どもがおらず、不妊治療をしています。
    体外受精をし、受精して命が宿った状態で移植し、8度失敗をしています。
    その間、生まれてはこなかったけれど、命を確実に授かり、失っています。
    死はこんなに身近にあるのに、悲しいのに、まだまだ死を受け入れられない自分がいます。

    ユーザーID:0539188000

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