親から離れることを知った年齢

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家族・友人・人間関係

hiroron

ACの方の相談を読んでいますと、回答者さんは「親から距離的に離れる」「親から精神的に離れる」「親を直そうとしないで放っておく」「自分は自分の人生を生きる」ということを勧めておられますね。
私もACなので、こういうアドバイスを高校生の頃に聞いていれば人生が違ったと思います。
私は20代後半になってやっと、親がどうであろうと自分は自分ということに気がつきました。
ここで回答しておられる方は、何歳くらいの時に気付きましたか?

子供のころはみんな親は立派で大きな存在で自分のことを分かってくれるものと信じていますよね。
でも、十代に入ると違和感が出てきたり、親の仕打ちに傷ついたりします。
十代では金銭的にはまだ親のもとにいますが、親から精神的に離れることを知っていれば、ACに悩む人や、親の虐待で人生棒にふることもないと思います。
世の中で立派にやっている方々は皆さん親と自分の距離をしっかりわきまえていると思いますが、どうやって親と距離を取ることをを知ったのでしょうか?

十代のうちに親から精神的に独立した方の経験を教えてください。

ユーザーID:0739106943

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  • 金銭的に自由になろう!

    金銭的・物理的に依存している間は、精神的にも依存から完全に抜け出すことは出来ないと思います。

    わたしは10代の頃、自分は精神的に自立していると信じていましたが、
    就職して自分の生活を確立した今となってみると、
    あの頃はまだ親の影響力の傘の下にいたことが良く分かります。

    10代の頃は親の行動をおかしいと思ったりすることは多かったのですが、
    ほんとうに独立してからは、親自身が色あせて見えるんです。

    もはや今では親のことが頭に浮かぶ日は少ないです。
    浮かぶときは、「知らない間に死んでいるかもしれないなー」というどうでもいい気持ちと、
    「あんな親を持ってしまった私は不幸だ」「天涯孤独なんだ」という空しさの間を行ったりきたりです。

    ユーザーID:7570750909

  • ACぎみ(?)の者です

    >こういうアドバイスを高校生の頃に聞いていれば人生が違ったと思います。
    私は20代後半になってやっと、親がどうであろうと自分は自分ということに気がつきました。

    多分、高校生の時にアドバイスをされてもきちんと受け入れられなかったと思います。
    つまり20代後半になってやっと、というのは必然性というかどうやってもこの時期にしか自覚できなかったということです。

    今を、そして前を見て生きましょうよ。
    ちなみに私は「自分が子どもの時に親がこうしてくれていれば」とすぐ考えてしまうタチです。

    ユーザーID:8014172219

  • 17歳かな

    自分はACと診断されたわけではないのですが、
    >子供のころはみんな親は立派で大きな存在で
    >自分のことを分かってくれるものと信じていますよね。
    >でも、十代に入ると違和感が出てきたり、
    >親の仕打ちに傷ついたりします。
    がとても共感できたのでレスしております。
    親はわたしの総ての試みを「無駄で無価値で無意味である」と
    決め付けて、大好きでやらせてほしい習い事や
    将来なりたい職業を否定されました。

    単純にお金がないっていうなら、理解できるのですが
    それが原因ではなかったのです。

    特に母親はどこぞで聞きかじった知識をひけらかし
    自らの考えを信じて疑いをもちません。

    そんな親を「変」だと感じて精神的に独立しようと思いました。
    17くらいだったと思います。
    つまり親の言っていることもやっていることも
    つじつまが合わないし、考えが偏りすぎて「おかしい」と
    思ったのです。

    失敗してもいいから自分の決めたことに挑戦したい、
    結果、親に馬鹿呼ばわりされてもいいと、
    思っていました。

    だから17ですね。

    ユーザーID:0884912725

  • 頭ではわかっていた

     私が生まれた頃、長男の立場である父が遺産相続で兄弟同士の裁判までに至り、母を通して子供の頃から「もし同じようなことが起きたらお兄ちゃんに残すといいなさい」といわれて育ちました。
     私は女性なので、どっちみちお嫁に出るものと思ってましたし、また母も一度結婚したら実家にそうそう戻るものでもない、という教えでした。だから結婚してから子供の夏休みに毎年1ヶ月里帰りをしてる知人を見て、どうしても違和感を覚えていましたし、何より父の過去があったので、娘の立場である私が変に実家の事に首を出すのが一番のトラブルの元になるものだと今も思っています。
     でも実際にはいつまでも子供でした。兄が結婚してお嫁さんがうちに来た時と、父が他界して兄が跡継ぎになった時、この2つがあってからだと思います。
     その後私が結婚により遠くに引越し、私自身も完全に独立したといえます。だからといって親の愛情が無かったわけではないです。私はあの親の元に生まれて今も感謝しています。実家大好きです。

    ユーザーID:7531908839

  • 私の親離れは?

    ・親は鉄工業を経営していました。中学校後半になると「鉄工業を継がなきゃね。」と親戚、近所から言われました。しかし心のどこかに「鉄骨での作業、業者との渉外、営業を全部こなすのは、容易じゃない。できっこない。」という思いが常にありました。同時に「それを強要するなよ。」と強い反発も抱いていました。

    ・ある日、自分に「おまえ、鉄工業をやる気はないのか?」と親が聞きました。自分的には相当後ろ向きだったので「やりたくない。」と憮然と言いました。「じゃあ、何になりたいんだ?」と問われ、「通訳。」と答えました。「通訳なんて簡単じゃねえ。」と言われつつ、「自分の生きる道を、なんでこのタイミングで決めるんだ?」という怒りがこみ上げました。

    それで親も諦めたかと思っていたら、高校入学後は「高校生って言っても、勉強しねえなら明日から工員だ。」と言われ、高校に入ったこと自体がまずかったのかと苦しみ、高校生活を楽しめなかった。しかし運良く大学に行け、公職に就けました。思うに、親の跡を継がないという決意が、私にとっての親離れでした。

    ユーザーID:1841910277

  • 家族・友人・人間関係ランキング

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  • 私は。。。  (文字数制限小さすぎ)

    私の子供の頃、家庭崩壊寸前まで行っていたので、親=立派、親=頼りになる、或は親=自分を理解してくれるという観念は皆無です。むしろ、親というより洞察力のある人は親でなくても自分を理解してくれるという観念が育ちましたし、もし親がダメでも必ず他の助けはあるという事を体験して育ちました。

    そういう私にとっては、自分を有害な存在から守るという対象の中に初めから親も含まれていました。私の子供時代には精神衛生上良くない人たちだったので。

    親がどういう人間であれ、その親の性質が自分の性質に影響を及ぼし、その影響が自分の一部にでもなればそれはもう既に自分です。例えば親の不注意で顔に火傷があったとしてもそれは自分の人生であって親には関係ないのです。
    この意味で、人は胎児の段階から既にあらゆる責任を一身に背負っていると思います。

    親でなくても、所謂”腐れ縁”で悪影響を及ぼす他人というのは存在します。

    ACでも自立者でも結局は同じだと思います。
    赦し、愛、寛容、自律、希望、誠実等の要素を育むという作業の繰り返しなのではないでしょうか、人生って。
    全てに感謝し、今を喜んで生きるのが大切だと思います。

    ユーザーID:1545425848

  • 中学2年

     私は中学2年の時です。
    母親が正社員で働きにいきたいから、という理由で母が18時に帰宅するまでは自分と姉だけで家のことをやりました。
     洗濯取り入れと食事の買い物、留守番と塾へ自分で行くためにお弁当作って塾までいき、スイミングの早朝練習も自分で自転車で行きました。
    姉は朝弁当を母と作ってましたね。

     ほとんど塾と習い事で親と顔合わすのは風呂の後と朝起きたときくらいだったので、自然に自立しましたね。
     姉は寂しかったみたいですけど、私はそんなこと考える暇もなく高校まで卒業してました。大学生になったときは親をありがたいとまで思いましたが、他人行儀になってましたので、本当に家族として過ごしたのは小学生までですね。人生なんてあっという間です。

    ユーザーID:1876774979

  • トピ主さんに質問です

    トピ主さんには「反抗期」はなかったのですか?
    両親に違和感を感じたり、血がつながっていても別人格だ、と認識することで自然と精神的に独立しました。
    また両親からも「いつまでも頼るもんじゃない」と言われていましたし、私や弟が大学を卒業して自活することで家族全員安心しました。

    >親から精神的に離れることを知っていれば

    中学時代から多くの本を読むことで、「親から離れることは自然なことだ」と受け取れるようになり、精神的成長の助けになりました。

    ユーザーID:9559311145

  • 高校生の春

    世間からみれば取り立てて悪い親ではないとは思ってます、暴力振るわれた事もないし虐待もうけてない。でも心のどこかで引っかかってました。
    ああ、やっぱり・・って気がついて自分から親と距離を作ったのは(親からは常に距離を置かれてました)高校入ってすぐでしたね。それまでは特に勉強せずとも成績も良く、問題行動もなく、親としてもこれと言って不満のない子だったんだと思います。レベルの高い高校に入学して最初のテスト、お尻から数えたほうが早い順位の成績表(私的にはレベルの高い所に入ってしまったんだから想定内だった)を持って帰った所、親が今までになく激怒しました。担任に親の激怒ぶりを愚痴った所、親身になってくれ懇談会で親に諭してくれたのですが、帰ってくるなり「あんな事人に話すなんてどういうつもりなの!こんな恥かいたの産まれてはじめてだわ!」ってまた激怒されました。その時、ぷつっと私の中で何かが切れましたね。ああ、この人に期待してもダメなんだ・・って。以後、自分の人生はすべて自分で決めてきました。就職も(進学は親に恩を作るのが嫌でしませんでした)住居も結婚も。後悔とか恨みとかは今はありません。

    ユーザーID:5028448216

  • ありがとうございます

    金銭的独立は成人してからは一番大事なことですね。

    自分に職業があって金銭的に独立していれば、迷惑な親であっても私とは関係ないと言えるし、世間もそのように見てくれますね。
    驚きさんへお答えです。

    反抗期はありました。すごく遅くて十代の終わりから二〇代初めでした。
    私は反抗期までは親にとっても学校でもとてもいい子でして、親や学校の言うことをきちんと聞く事が当然と考える子だったのです。

    嫌なことがあってもそれは私の人生において我慢する義務である、と思う真面目な子でした。
    だから、いろんなことに気づくのがとっても遅かったんです。
    人より遅い反抗期だったので周囲はみんなまっとうな大人になっていく中、一人で中二病の変な人になってしまいました。

    親からの精神的独立もそれ故に遅すぎましたね。
    思うに、反抗期が早い早熟な子の方が早く大人になって一皮むけて、素早く大人の社会に溶け込めるのではないでしょうか?

    私のように親と学校の言いなりのいい子ちゃんの方が成人してもすっきりしないというか…。
    二〇歳過ぎて反抗期やっても周囲からは単なるおかしな人としか認識されませんから。

    ユーザーID:0739106943

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