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LAZY・レイジーってどんなグループだったのですか?

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趣味・教育・教養

赤頭巾

先日、私の大好きなLOUDNESSの樋口宗孝さんが亡くなりました。
まだ、ショックからまったく立ち直ることができません。
今「LAZY」の活動をあまり知らないことが、なんだか残念なんです。
「アイドルだった」というのは、音楽や映像で分かるんですが
アイドルと言っても音楽性は高いですよね。
初期の頃の音楽も「うげっ」と思うような歌詞はあるけど
音楽的には楽しくていいなぁ・・と思うんですが
当時はLAZYってどういう風に受け止められていたんでしょうか。
LOUDNESSのファンに「LAZYもいいよね」というと白い目だし、どっちも好きだという私って変なんだろうか・・。
何しろLAZYを知ったのが解散後なので、当時の思い出など、語っていただけたら嬉しいです。

ユーザーID:5615230872

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  • おっかけ子

    中学生の時に追っかけしてましたぁー!!
    デイビー(樋口さん)が亡くなるなんて・・・。
    それに私のお気に入りだったファニー(田中さん)も心不全で数年前に亡くなったのです(涙)。
    レイジーはポップグループできっとメンバーの皆は「こんなはずでは・・・」と思ってたと思います。
    若い子受けの歌だったので中学生だった私ははまりましたけど!
    何はともあれ樋口さんのご冥福をお祈りいたします。

    ユーザーID:2745722043

  • LAZY世代です。

    私の中学生時代のアイドルバンドでした。
    コンサートにも何回か行きました。かなり人気ありましたよ。
    コンサート会場では、ファンがおそろいのハッピを着て、曲にあわせて
    振り付け&声援をおくる・・・ファンの子達はみんなアルミのアタッシュケースみたいな鞄にステッカー貼ったりしてたなあ。
    あの当時は海外ではベイシティーローラーズが流行っていて、その日本版
    バンドといった感じでした。

    今あらためて聞くと、歌詞も曲もちょっと野暮ったいけど、あの頃は
    あれが流行だったんですよね。
    コテコテのアイドルバンドでしたね。
    愛称の名付け親はムッシュ・かまやつですよ。
    解散後は、デイビーとスージーがラウドネス、ポッキーとファニーがネバーランド、ボーカルのミッシェルだけがソロになったのだったかな?ミッシェルは今やアニソンで有名みたいですね。ドラゴンボールの主題歌とか。
    デイビーの訃報も突然で驚きましたが、2年前にファニーも急逝されているんですよね。ファンとしては悲しい限りです。

    ユーザーID:8366844914

  • ドラマチックな展開でした

    当方、40代♂です。LAZY、懐かしいですね。
    単なるアイドルバンドだと思ってました。
    アイドルとしての音楽性は悪くなかったと思いますよ。例えば、SMAPや嵐とかみたいに。

    ところがある日、たしかNHKのポップスの番組で、DEEP PURPLEを演奏してました。
    Smoke on the Waterだったか、Highway Starだったか忘れましたが、完璧にコピーしてました。
    あまりの完璧さと迫力、普段とのギャップに、「おおお〜!」と、画面にくぎ付けになりました。
    「こいつら、本当はこういう音楽をやりたいのかも知れないな〜」と思いました。

    しばらくして、名前がLOUDNESSに変わり、へヴィメタバンドとして生まれ変わりました。
    「あいつらとうとうホントにやりたい音楽をやることになったんだな〜」って、なんか感動でした。
    何かの事情があってアイドルをさせられていたのか、それともアイドルをしてるうちに音楽的に
    目覚めてしまったのかはわかりませんが、羊の仮面をかぶった狼?だったんでしょうね。

    ユーザーID:1214172569

  • 青春時代の忘れられないアイドル

    復刻版のCDをよく聴きますが名曲がたくさんあります。
    当時は新宿ACBでのライブが月に1回ありヒット曲の合間にディープパープルの曲やヘビメタ(本来メンバーがやりたかった曲)を演奏していて満員の女子中高生は(?)な状態でした。
    当時から演奏技術は素晴らしくて最前列で見たときはファンだったファニーのベーステクのすごさに興奮しました。

    可愛いアイドルポップスの中で「地獄の天使」というハードな曲を出しましたが、ひいているファンも多かった記憶が・・・

    デイビーはあの頃からクールでかっこいいお兄さんキャラでした。
    赤頭巾さん素敵なトピをありがとうございます。
    私が好きだったのは
    「ふたりの宝島」
    「ベイビーアイメイクアモーション」
    そしてファニーが歌う「かわいい人よ」でした。

    ユーザーID:9332219881

  • まあ、懐かしい。

     今で言う「イケメン」ばかり集まったバンドでした。

     親友が熱狂的なファンで、何度聴かされた事か・・・。

     ジャニーズも人気があったのですが、それよりちょっと大人っぽい、ロックというジャンルに入るかしらと言った、当時の背伸びしている感じの女の子に大変人気がありましたよ。

     ヴォーカルの人気が一番高かったようです。音楽性も外見に頼らずしっかり出来ていました。拘りを持った特別な女の子が御執心のかっこいい男の子のバンド。

     彼等から、若手のアイドルバンドが始まったかもしれません。アイドルとロックの中間の様な存在でした。ジャニーズでは子供っぽいし、歌謡曲はもう卒業、でも、ロックはちょっと怖いと感じる女の子の層に人気でした。

     上手く表現できなくてごめんなさい。私は何度も聞かされて、懐かしさでいっぱいです。

     素敵なトピを有り難うございます。

     

    ユーザーID:4759659372

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  • 懐かしくて気絶しそう!

    今調べてみたら30年前なんですね!
    遠い目をして一瞬トロンとしてしまいました。

    当時キャロルなどが出ていた銀座NOWという番組によく出ていました。
    ロックバンドといいながらかなりアイドル系の扱いで大人気でした!
    私の回りでは大騒ぎでしたが、これ、東京だけの放送だったような。。?

    赤頭巾ちゃんご用心が一番売れた曲ではないでしょうか。
    VOの影山ヒロノブはドラゴンボールのテーマソング他、レンジャー物で
    ハリケンジャーのテーマも歌っていますね。

    再結成したそうですが、こういう切ないアイドル、
    見たくない、そっと封印したいですね。

    ユーザーID:4353317070

  • 感じてナイト

    レイジーは「銀座ナウ」や「芸能人水泳大会」に出演したりする
    アイドルグループでした。

    ユーザーID:9039231921

  • あ、ありがとうございます!

    皆さん!お返事ありがとうございます!
    あぁ・・リアル・レイジー・ファンの方々とお話するのは始めてだ!(感動
    皆さんのお話を読ませていただくと
    ちょっとクラスでも大人びた女の子が夢中だったというかんじでしょうかね?
    お揃いのハッピですかぁ・・すごいな・・本当にアイドルだったんだ。
    アイドルだけど「でも、レイジーですから・・コホン♪」みたいな感じですかね?!
    wikiとか読むと当時「男専用レイジーファンクラブ」もあって有名な方々も入っていらしたとか・・。
    謎だ!レイジー!

    ベストCDとか聴くと、「赤頭巾ちゃん御用心」→「燃えろロックンロールファイヤー」→「地獄の天使」→「ハローハローハロー」と
    アイドル路線のポップな曲と、彼らの本来のハードな風味の曲と交互に出ていたようですね。
    なんか、高校生や大学生ぐらいの年代のメンバーが「好きな音楽」と「周囲の期待」との間で迷っている様子がキシキシと聞こえてくるようで
    切ないというお気持ちもすごく分かります!
    「実は俺らすごいんだ!」って観て貰いたい・聴いてもらいたいって思っていただろうなぁ・・。(嬉しくて続く

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 続くのです!

    でもその微妙な「軋み」が独特な世界を作り出して
    レイジーじゃないと作り出せない世界を構築していると思うんですよ。
    音楽に物語性があるというか・・苦味や悩みも聞こえてくるようで
    たまらない魅力があるなぁ!と思うんです。
    好きな音楽に一直線になったLOUDNESSはもう、世界レベルで超すごいんですけど
    その前にあのLAZYがあったからこそ爆発するパワーがあったんじゃないかと!
    私は樋口さんはLOUDNESSのDRUMの樋口さんから知ったんですが
    「日本にもこんなかっこいい重低音の戦車みたいなドラマーがいるんだ!」って感動しましたです。
    しかも本人も若武者のようにクールでかっこいい!
    アイドルだったって納得です!
    何度もライブに行きましたが、一度も近くでお会いしたり見たり(失礼な書き方だ・・)したことはなかったです。
    遠くで神のようにドラムを叩くかっこいい人でした。ずっと!
    今度、LAZYとLOUDNESSのメンバーが呼びかけ人になって「お別れ会」をするそうです。
    お誕生日の24日に。
    仕事を都合つけて行って来ます。
    まだ、皆さんのお話聞きたいです。

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • ココさんへ

    そうなんですよね・・田中さんも亡くなってしまったんですよね。
    すごい実力のあるベーシストですよね。
    コーラスも影山さんとの相性がいいですよ〜
    息があっている、、、もう5人ともなんですけど〜
    支えあってここまで来た感動がもう、ビシビシ伝わってきます。
    いいですよね。

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 有機栽培さんへ

    ニックネーム、好きですよ。
    なんかよく考えられているなぁ・・というか
    ご本人たちの雰囲気にピッタリですよね。

    影山さんはミッシェルってかんじだし、井上さんはポッキー
    高崎さんはスージー、田中さんはファニー
    そして樋口さんがデイビー。
    デイビーって感じがする・する・・かっこいいです!

    昨日、ミッシェル(あえて!)のブログで
    最初、樋口さんのニックネームは「イヴ」だったそうなんです。
    でもご本人が「絶対にイヤ!」と頑固に拒否して「デイビー」になったそうです。
    12月24日生まれだから「イヴ」だったのかな?
    色っぽいですよね・イヴ。
    天国で「ばらすな」って言っていそう・・デイビー。
    一度、デイビーって呼んでみたかったなぁ・・。

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 英国製重金属さんへ

    隠れ男子ファンっていたと思いますよ。
    じゃなかったら、あんなにLOUDNESSが最初から頂点ということにはならなかったような気がします。
    初期のLOUDNESSの熱狂はすごかったですよね
    隠れて高崎さんや樋口さんを熱く見ていた男子も多かったんじゃないかな。
    女子に見つからないように、そうっと。
    その2重性もLAZYの面白いところですよね。
    色んな想いでメンバーもいて
    色んな想いで見つめるファンがいたんだろうと思うんです。
    秘めた狼は本人たちでもあり、ファン(特に男ファン)たちでもあると言う感じです。

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • スーさんへ

    最後のライブCDの「DREAMER」でミッシェルさんが「みんな!のって!」みたいに叫んでますよね。
    あれ・・会場と距離があるんかな?と切なくなる部分なんですけど
    ああいった感じはあったでしょうね。
    「かわいいひとよ」はかわいい・かわいい曲ですよね。
    本当に自分がかわいくなれるようで、私も大好きです。
    頬がぽっと明るくなるような、ときめく曲です。
    「ベイビー アイ メイク ア モーション」はファニーさんとデイビー(言っちゃたっ)は参加できませんでしたが
    斉藤和義さんと奥田民生さんが参加して演奏してます。
    彼らも隠れレイジーファンだったのかな?

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 友達がファンでした

    レイジー懐かしいです〜。
    「赤ずきんちゃんご用心」ですよね。
    友達がファンでした。
    夫はギターが趣味でギター雑誌とかをよく買うのですが、そういう雑誌に高崎晃さんが載っていると私はつい
    「スージーじゃない」
    と言ってしまうのですが、夫は
    「スージーって言うな」
    とむくれてしまいます(笑)。
    レイジーは成り立ちはともかく、売り出し方は完全にアイドルバンドで、多分ベイシティーローラーズとかああいう感じでした。
    すごい人気でしたよ。
    ただ、スージーだけはアイドルバンドに似合わない怖い顔で、でもニッコリ笑うものだから浮いてるのなんのって・・・

    ユーザーID:2087243117

  • 草原さん・もんちさんへ

    草原さん
    お友達がファンだったんですか。
    本当にかっこいいですよね〜
    音楽もよくってカッコイイなら無敵ですよ。
    でも悩んでいる姿が透けて見えるのが・・また切なく・かっこいい
    ボーカルのミッシェルさんは一番、人気があったみたいですね。
    Rockを歌としてちゃんと歌える方だと思います。
    歌詞の世界を表現できる方ですよね
    それは10代の頃から変わらないと思います。

    もんちさん
    日本の音楽が大きく世界レベルに動く始動の頃だったんだと思います。
    その中で出てきたのがLAZYなんですよね。
    やりたくない音楽もやることがあっただろうな〜
    この曲でこの重低音!この曲でこのギター使ってるしって思うんですけど
    でもあの時にプレッシャーの中で、色んなジャンルの音楽を体験して
    それが後のメンバーの音楽活動に栄養になって花を咲かせた部分もあるかなっと思ってもいます。
    高崎さんは「赤頭巾ちゃん御用心」だけは、絶対にやらない!と宣言しているらしいです。
    でもかわいくていい曲だと思うけどなぁ・・。

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 懐かしい〜

    レイジーのデビュー時からのファンでした。当時横浜に住んでいたので横浜市内、東京都内の追っかけを殆どしていたのでメンバーとも顔見知りでしたね。お気に入りのメンバーはベーシストのファニー。あるイベントの時に彼と腕を組んで歩いた時の事を思い出します。(ファニーは亡くなってしまいましたが、、)彼らは確かにアイドル路線を走っていましたが1人、1人の才能はアイドルにしておくのがもったいないくらいでした。デイビーも亡くなってしまいショックでした。彼らのレコードは今でも大事に持っています。青春の1ページでした。

    ユーザーID:4889951824

  • お言葉に甘え語っちゃいますよ 1

    ああ、感激で胸がいっぱいです。
    解散後にレイジーを知ったトピ主さんが、デイビーの死をきっかけにトピを立てて下さって…

    私は、今43歳ですが
    ええ、たぶんすごくレイジーのことを知っています。まるで昨日のことのように思い出せます。彼らの音楽にどっぶり浸って過ごした中学〜高校時代は、本当に濃い4年間でした。

    アイドルっぽい服を着せられて振りや踊りつきのロックバンド、という、
    今見ると『うわ〜ちょっとこの服や振りはかわいそうでは』と思うようなステージングは、本来彼らの望んだものではないということはご存知ですね。

    ぎんざNOWや 紅白歌のベストテン、レッツゴーヤング、夜のヒットスタジオなどに出演して歌っていた彼らの姿は、見た目たしかにアイドルバンドでしたし、彼らのデビュー時中学1年生だった私が最初に魅かれたのは単純に、その姿とポップな歌でした。

    が、一生懸命少ないおこづかいを貯めて何度か通ったライブ(いやいや当時は、必ず コンサート って言ってましたね)での彼らは、テレビで見るのとは全然違う『前半ステージ』をいつも見せてくれていたのです。

    ユーザーID:4867880784

  • お言葉に甘えて語っちゃいますよ 2

    当時のライブですごく印象に残っているのは、デイープ・パープルやレインボー、ヴァン・ヘイレンやUFOのナンバーですねー。
    いつもスージーが白いフライングVをそれは幸せそうにかき鳴らしつつ、熱狂的にステージが始まるのです。
    それからミッシェルが好きなロッド・スチュワートの セイリング や アイム・セクシー なんかも、カッコよかったわー。

    彼等が前半ステージで演奏する洋楽の名曲の数々…私彼らがステージで教えてくれるそれらの曲をレコード屋さんで探しに探し、聴きまくりました。
    少ない小遣いはまさにレコードとライブのみに消え
    レイジーにはまる一方で、それまで歌謡曲しか知らなかった私は、急速に洋楽オタクになっていきました(笑)
    レイジーをもっと理解したいと思う純粋な気持ちは思わぬ副産物を次々と産み、今日まで私のかけがえのない財産となっています。

    話は変わりますが
    当時のシングル『燃えろロックンロールファイアー』の B面に 『二人の宝島』という名曲があります。

    私はそれを聴いた時、『これは、絶対アニメの歌だ』と 強く思ったのです。

    続きます

    ユーザーID:4867880784

  • お言葉に甘えて語っちゃいますよ 3

    いえ、もちろんそういうアニメが実際あったわけじゃないですよ。
    ただ、こんなアニメソングがあったら最高にカッコイイだろうな と 思ったんです。
    (今でいうところの ワンピース の オープニングテーマにしても充分いけるんではないか?と いう感じです。)

    ミッシェルの、聴いててわくわくするようなあの声と歌い方は、アニメの歌にぴったりだよと一人で騒いでいた私は、
    数年後、ミッシェル 改め 影山ヒロノブが歌うドラゴンボールの主題歌CHA-LA-HEAD-CHA-LA を聴いた時、鳥肌がたちました。
    ほらぁーーーやっぱりね!!って ←誰にそう言うわけじゃないんですが(笑)
    なんかすごく嬉しいじゃないですか?そういうのって。

    今はもう全てのCDを買ったりライブに行ったりもしないけれど、
    私にとっては今も彼らは、その活躍や元気な姿をを風の噂に効くと嬉しくて嬉しくて胸がぎゅっとなる…昔の恋人、みたいな感じです。

    更に続きます

    ユーザーID:4867880784

  • お言葉に甘えて語っちゃいますよ 4

    話は変わりますがトピ主さんは、『ドリーム・ジェネレーション』という漫画をご存知ですか。
    80年代に吉岡つとむさんという方が描かれたアルフィーの伝記?漫画ですが、この中に若き日のデイビーが登場します。

    彼はアルフィーの坂崎さんと親しくて、よく一緒に飲んだ仲だそうで。
    漫画には おそらくレイジーの末期、彼が『俺はヘヴィメタルやりたいねん、いまにでっかいヘヴィメタルバンドつくったる、アルフィーには負けへんで』(ちょっと細かいトコうろ覚えですみません)と 飲みながら坂崎さんに熱く語る場面が描かれていて、
    その後見事にその夢を叶え、…でもまだまだ夢の途中だったデイビーがもうこの世にいないことを思うと、本当に切ないです。

    メンバーひとりひとりについてもっと語りたい気持ちは山々ですが今日はこの辺で。

    あ〜なんかすっきりした…

    トピ主さん、この場をありがとう。
    ちょっとは、あなたの知りたいことのお役に立てたかな。それでは。

    ユーザーID:4867880784

  • スージーさんへ&ボサノバさんへ

    スージーさん
    すいえいたいかい!ですか?!
    水泳大会ってあの・・泳ぐんですか?
    たっかんやひぐっさぁんが泳ぐ・・。
    まじで・・。
    うぅ・・想像を絶する・・。
    というか想像する自分が怖い・・(半壊れ)
    というか、もしかしたら、樋口さんの泳ぎも見てみたい・・(完全崩壊)
    「銀座NOW」は小学生の頃になんか記憶があります。
    見てたのかな、私。
    小学生学習相談みたいな番組の後にやってた?
    遠い記憶ですが・・。

    ボサノバさん
    ご主人、ギターやるんですね。
    高崎さんは「世界のたっかん」ですからね〜
    私も正直、高崎氏の「お揃いアイドル衣装」には(別の意味で)目が釘付けになります。
    人に歴史ありだなーと。
    でもギター自体は初期からギュンギュンにかっこいいから、もう、、涙(2度目の破壊)
    泳いだんでしょうかね・・高崎氏・・(戻るな・・)。

    ユーザーID:5615230872

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 気分はデザイナー

    当時、平凡だか明星だかのアイドル雑誌で
    「レイジーの新曲コスチューム一般募集!!」という
    企画がありました。
    レイジーファンの友人から依頼を受けて、
    当時絵心のあった私は、彼女のアイデアをベースに
    メンバー全員の似顔絵とデザイン画を書き、
    応募したキオクがあります。

    確か、ベイシティローラーズの向こうを張って、
    「トリコロール」をイメージした服にしろ、との注意が。
    (ニホンジンなのにフランス・・・・汗)
    結果はどうなったのか、全く知りません。
    きっと相当数応募があったでしょうね。懐かしいです。

    ユーザーID:9274697796

  • レコード会社の意向

    が重視される時代だったんですよね。  

    今だから、アーチストと呼ばれ、自分のやりたい音楽をする自由があるけれども当時は(芸能界という特殊世界の中では長い間)、プロダクション・レコード会社の売るための意向が最優先だったんだよね。  

    そもそも、プロダクションの依頼によって作詞家・作曲家によって作られた歌を譜面どおり(振り付け師の通りに)歌い演奏することが前提で、自分たちのやりたいことが反映されることは、ほとんどなかった。

    ビートルズだって、デビューに当って、かなりの修正を要求されたけれど、基本は変わらなかった。  この違いが大きい。

    時代は前後するけれども、演歌でデビューした野口五郎だって、洋楽志向でギターの腕はかなりのもの。 最近亡くなった、デイブ平尾氏のバンド、我等地元横浜の雄、ゴールデンカップスだって、当時地元のクラブでは、決してヒット曲の数々は演奏しなかったし。

    逆に当時レイジーが自分達の志向のものだけに固執していたら、恐らくアマチュアバンドとして終わっていたのではないかと思う。 当時この分野の音楽を受け入れる一般のファン層が極端に薄かったのも事実。

    ユーザーID:0614502696

  • 大好きでした

    デビューしてすぐ売れたわけじゃないけど、樋口さんは2つ上だけど他のメンバーはデビュー当時、16、7歳、赤頭巾やハローハローハローの頃は17、8歳、高校生の年齢です。
    その音楽性の高さには驚きます。皆それぞれ素晴らしいけど、やはり樋口さんのドラムは当時からもう完成されていて本当にすごいと思います。

    当時、ヘビメタ宣言とかして全く違う路線への移行もはかったりしてましたが、そのまま解散。
    私は影山さんのボーカルが大好きですが、後年、インタビューで生き残るためにはレコード会社の戦略も今となっては理解できるけど、当時はできなかったということを話されていました。今の彼を思うと、どうなんでしょうね。アニソンの帝王と言われているけど。
    影山さんが、ライブで赤頭巾を歌ったのを見たことありますが、再結成の時などご法度だったんですよね。メンバーはあの歌を嫌っているけど、ファンやそうでなかった人も皆、あの歌は好き。切ないです。

    ユーザーID:2945636638

  • 横ですみません。

    kellyさんへ
    トピ主さんはレイジーがどんなバンドだったのか聞きたいのです。あなたの自慢話は結構です!ほのぼのとした皆さんの話があなたの登場で「はっ?」って感じ・・・。見事なKY!

    ユーザーID:2745722043

  • うわぁ〜

    いいトピだなぁ〜
    みなさんの話を読んで思わずニコニコしちゃってます。
    私はレイジー→ラウド移行した組(?)です。レイジー、解散直前の曲なんて
    すっかりメタル風味で演奏してて、おおっ!これは実は彼らがやりたかった音なんだなと妙に納得。現れたラウドネスは期待通りでしたっ!
    ・・いやいや、レイジーの話ですね(笑)

    水泳大会もですが芸能人運動会にも出てて、後の雑誌記事に「でもあの時スージーはブーたれてたよねー」
    とか書かれてましたよ。
    あと、売れない頃から通ってた地元のお好み焼き屋さん。そこの店のおっちゃんは
    がんばりやーとか言っていつも玉子たっくさん入れてくれてたそうです。

    ユーザーID:7253106602

  • トピ主です

    皆様!レスありがとうございます!

    昨年の12月24日、樋口さんの最後のバースディに青山に行ってまいりました。

    会場には樋口さんのドラム・ソロ、ラウドネス、レイジーが交互に大音量で流れ
    ファンの方々がジャックダニエルや花束を抱きしめながら、小声で歌いながら並んでいました。
    私も樋口さんに会ってまいりました。
    白い美しいワンドラのドラムセットに樋口さんがいらっしゃいました。
    こんなに小さくなってしまった・・とショックでした。
    会場ではレイジー・ラウドネスのメンバーが全員でファンに丁寧に挨拶をしてくれていました。
    こういうカタチでラウドとレイジーのメンバーがファンの前に揃うことがくやしくてなりませんでした。

    是非、ラウドとレイジーさらにもちろんSLYも!(シャラたのむわー)で「ひぐっつぁん追悼ライブ」を!と願っています。
    レイジーに始まる(私はそう思っています!)日本のHRの歴史を集大成したいですよね!

    ユーザーID:5615230872

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