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母親が重い

みすず
2009年1月8日 9:30

現在入院中の母親についてのご相談です
(いわゆる「機能不全家族」をご経験の方のみご回答頂ければ幸いです)。

母は、69歳で、昨年末から実家近くの病院に入院しています。
症状は脱力感と微熱で、検査の結果、病因は見当たらなかったのですが、
弟(39歳/無職)との折り合いが悪いため、家に戻れずに「社会的入院」しています
(父は健在(69歳)、私(41歳/現在は専業主婦)は既婚で別住まい)。

この母親は、生い立ちが複雑な上、結婚後も、
経済的にも精神的にも頼りにならない父親のせいで苦労の連続でした
(その間、弟も、学校でのいじめが引き金となり、引きこもり状態になり現在も続いています)。

そして、今から10年程前に、弟に追い出される形で家を出て、
実家近くで兄の支援を受けながら一人暮らしをしていた母親は(現在は不承不承家に戻りました)、
「自分の人生がこんなにめちゃくちゃになったのは、全て(支配的な亡き母)親のせいだ。
実家(旧家・資産家)の兄さんに自分の人生の顛末を聞いてもらって、
(母)親のしたことの補償として家の一つでも買ってもらわないと気がすまない」
と言い出しました。

その頃から、ことあるごとに、私も、母親の人生の話を聞かされ続けてきました
(聞いているこちらが脱力感に襲われる位重い話ばかりが続き、
常に1〜2時間は軽くかかる話を聞き続けた後は、実際、
目は落ち窪み頬がげっそりして消耗し切ってしまいます)。
(後半へ続きます)

ユーザーID:6579998265  


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タイトル 投稿者 更新時間
後半(その1)
みすず(トピ主)
2009年1月8日 11:22

(後半です↓)
そして、数年前には、実家の法事にかこつけて、私をその場に呼び出し、
私は、母親と母親側の親戚一同との間に立たされて、
母親の気持ち(親に強いられた苦労話)を代弁させられましたが、
逆に、親戚一同は、「あなたが母親と一緒に暮らしていけばいい」と、
その頃は独身だった私に母親の後半生を押し付けてくる始末でした。

これ以前にも、実家暮らしだった頃、私は、
母親の本当の気持ちを父親に代弁する役割を担わされていました。
このような母親との精神的密着関係のため、私は、精神的自立を果たせず、
突如30歳頃に極度のうつ状態に陥って、職も失いました。

先日、母親に、カウンセリングを受けるように勧めて
その資料を父親経由で渡してもらったところ、その母親が、また、
「話があるから病院に来て欲しい」と言ってきました
(母親は、自分の人生をやり直すために、
今もなお、私と暮らすことを希望しています)。

(さらに後半(その2)に続きます)

ユーザーID:6579998265
後半(その2)
みすず(トピ主)
2009年1月8日 11:24

(後半(その2)です↓)

ですが、私は、もうこの母親に
「母性」の顔をした「依存心」という真綿で締め付けられたくはありません。
これまでの人生で背負ってしまった(精神的な)荷物は、
カウンセリング等を利用して、自分の中を整理して、
自分の中で昇華(消化)して欲しい、と思うのです。
といいながらも、苦労の連続の母親なので、気の毒に思い、
力になりたい気持ちもあって、その2つの相反する気持ちの間でもがいています。

このような母親にどのように対応していけばよいでしょうか?
同様のご経験のある方もない方も、皆様のご意見をお聞かせ下さい。

ユーザーID:6579998265
果てのない愚痴
P
2009年1月8日 11:38

今更どうすることもできない、果てのない愚痴ですね。
そうした愚痴が気力体力を奪うこと、よくわかります。
私も似たような立場にあります。

私も「どうしたものか」と考えているのですが、
まず母の考え方を変えることは諦めました。
「過去を嘆いて今を台無しにするのはもったいない」という理屈ではどうすることもできないほど、
被害者意識。たしかに大変だったろうとは思います。
しかし、私にしてみれば母もそれを選んだ。出ることもできたはず。変に真面目なんですね。
「自分が選んだ」と思えば、過去も見え方が変わるはずなのにと気の毒に思います。

今は、大半の話は聞き流し(しかし電話はマメにする)、合間合間に母を肯定したり、具体的な行動を促したり、考え方を変えられるような言葉を投げかけたりしながら、付き合っています。
心の中では距離をとっています。
まともに向き合うと、なんだか涙が出てくるので。

ただ、たしかに身体的にもきついのだろうと思うのです。
身体的なつらさは必ず精神に悪影響を及ぼす。
休むこと、食べること、適度に運動することは意識してやってくれとお願いしています。

ユーザーID:1329786471
完全な(?)機能不全家族は経験してないですが
あゆ
2009年1月8日 16:36

まず、お母様同様、トピ主さんもカウンセリングをお受けになられたほうがいいですよね。もしかしたら既にされてるかもしれないですが。
でも、できたら親子カウンセリング(正式名称ではないかも)をやってくれるところを探しては?
お気づきだと思いますが、トピ主さん親子は共依存の状態にもなっておられると思います。この関係が苦しくてなんとかしたい!とお思いなら、親子共々カウンセリングを受けられたほうが近道ではないかと思うのですがどうでしょうか。

ユーザーID:7158687293
わかります
wish
2009年1月9日 11:30

私もほぼ同じ境遇ですからみすずさんのお気持ちはとてもよく分かります。

不幸な母が常に自分の心に重くのしかかり、逃げ出したくてもやはりほっておけず、頻繁に外に連れ出したりして少しでも気分転換を・・と自分なりに頑張ってきました。でもこちらの気持ちはよそに口からでるのは父への恨み・愚痴、持病への悲観。”生きていても仕方ない”等々の本当に聞いていてぐったりする内容ばかり。自分がとっても楽しい時にはなぜか同時に母の暗い顔が脳裏に浮かぶような状態でした。元凶の父にずっと怒りを感じていましたが、色々な経過があり、ついに私が母に大爆発してしまい、”依存するのはやめてくれ。夫婦の問題を子供に垂れ流しにするなんて一番親として最低だ。子供の気持ちも少しは考えろ。私はうちのような家庭には絶対にしたくない!”等々、思いをぶつけてしまいました。母は非常に悲しみ、怒り号泣し、しばらく疎遠になりましたが、今はまた普通に行き来する中になっています。しかしこの大喧嘩を機に、確実に関係が変わりました。母は内私のことを”心の冷たい酷い娘”だと思っていると思いますが、一応距離をとってくれるようになりました。続きます。

ユーザーID:1778564273
ご経験談等ありがとうございます
みすず(トピ主)
2009年1月9日 13:23

P様

貴重なご経験談をありがとうございます。

おっしゃる通り、母親の考え方を変えることは不可能だと私も思います。
私も、母親には、「選択しないこと」を選択したのだから、
その結果は自分で負うべき、と繰り返し言ってきました。
でも、母親の態度は変わりません。

付かず離れずが理想ではあるのですが、
かつて共依存関係にあった親子ですと、
実際、それが一番難しいことなんですよね。

他の人間関係とは違って、親子ゆえ、愛憎が入り乱れながらも、
完全に縁を切れないところが辛いところです。

そんな中で同じ悩みを持つ方の存在は心強いです。
いつか必ずこの苦しみからは解放される日は来ますので、
それまでめげずに何とかやっていきましょう。

ユーザーID:6579998265
アドバイスありがとうございます
みすず(トピ主)
2009年1月9日 13:31

あゆ様

母と二人のカウンセリングは受けたことがありませんが、
弟を主体とする家族カウンセリングは受けたことがあります。

共依存関係についてですが、30歳過ぎた頃極度のうつ状態に陥ったとき、
一人でカウンセリングを受け、各種関連書籍を読み漁った結果、
そのことに気がついて、今では概ね脱することができたと思っています。

ただ、30数年かけて刷り込まれてきた母親からの精神的な呪縛、
その結果としての共依存関係に由来する生き方のクセというのは、
なかなかとれにくく、しかも相手の母親は、こちらが少しでも油断すると
すぐに精神的に依存してくるので、いつもそれに抵抗するのに必死です
(ただし、今はもう、抵抗しても「(ニセの)罪悪感」は感じません)。

なので、カウンセリングは母親に受けてもらいたいと思っています。
ですが、本人が、なかなか首を縦に振らず困っています。

ユーザーID:6579998265
続きです・・・
wish
2009年1月12日 9:17

前は頻繁にあった電話も減り、私も食事や買い物に連れ出すことは今はもうしません。家が近所なので、おかずをたくさん作った時に届けたりはしています。母も内心はひどくわだかまりが残っていると思いますが、私との関係をこれ以上こじらせたくないのでしょうね。

表面上、普通の関係に戻っています。母を傷つけてしまった事への罪悪感からは逃げられませんが、それでもいったん線をはっきり引いた事で、時間的にも精神的にも自分が楽になりました。母に、自分はあなたとの関係に苦しんでいます。という事をしっかり自覚して反省?してもらったこと、が自分を楽にさせました。私の母も70近いですがカウンセリングなどは受けてもらってもあまり変化は望めない年だと思います。

本人が変わろうという気持ちがなければ無理だとも思います。みすずさんはお母様に自分の苦しみをはっきりと伝えた事はありますか?もしそれで全く態度が変わらないのであれば、相当だと思うので、距離をとるしかないと思います。大したアドバイスも出来ませんが、母親を変える努力は諦めて、自分との関係を変える方向にもっていかれてはいかがでしょうか?

ユーザーID:1778564273
ご経験談ありがとうございます
みすず(トピ主)
2009年1月12日 13:18

wish様

ご経験談ありがとうございます。

自分がとても楽しいときに母の暗い顔が浮かぶ、という体験は、私もありました。
そして、wishさんがお母様へ気持ちを爆発させた思いはとてもよく分かります。

お母様がwishさんのことをどう言われようと、同じ経験をしてきた私は、
wishさんのことを「心の冷たい酷い娘」とは思いません。
理想は(私もそうありたいのですが)、本来自分のことをきちんとできた上で、
余力があれば、お母様の話を聞いてあげる程度の(精神的)距離を取れる状態だと思います。

私やwishさんの母親のように、抑圧してきた負の感情を爆発させている人は、
その依存心ゆえ、少しでもこちらが歩み寄る姿勢を見せるや否や
最初は膝の上に、それからあっという間に頭のてっぺんまで上ってきます。

精神的距離感を保つことがいかに難しいものか、通常の親子関係を持てた人には、決して分からない苦しみだと思います。

もしwishさんがご両親と一緒にお住まいでしたら(精神的距離を置くことを目的として)物理的距離を置くために家を出られることをお勧めします。

ユーザーID:6579998265
wishさま
みすず(トピ主)
2009年1月14日 17:20

返信が行き違ったようで失礼しました
(wishさんの「続き」の書き込みがアップされる前に、
返信を書き込んでしまいました)。

wishさん、続けてアドバイスどうもありがとうございました。

私は、まだこういう母親に対して爆発したことはありませんが、
これまでの経緯からしていつ爆発してもおかしくない状態です。

wishさんのおっしゃる通り、私の母親も、年齢が年齢ですし、
カウンセリングで気づきを得て本人の意識が変わるという可能性も
もはや低いのかもしれません。
そうなると、やはり意識して、距離を置いた付き合いをするしかなさそうですね。
私の母親のように依存心の強い相手だと、これすら難しいのが現状ではあるのですが、
あまりにひどいようであれば、「距離を置いた付き合いをしたい」とはっきり伝えて、
自分を守るために、よほど必要なとき以外は接触しないことにします。

皆さん、ご経験談やアドバイスどうもありがとうございました。

ユーザーID:6579998265
同じです
わかめ
2009年1月14日 21:29

痛いほど分かります!私もずっと罪悪感と同居した状態です。
私の通うカウンセリングに行くように説得したり、共依存の本も渡したのですが猛烈に反撃されました。もう彼女を変えることは出来ません。
私からは、電話はしません。しなくても、今、電話してきた?という空耳を理由にかかってくるからです。暗いニュース、悪口で話題が成り立っていて本当に疲れます。お正月は泊まりに来るので、もう修行だと思っています。少し心の扉を開けようものなら、容赦なく入り込み支配しようと企みます。
深呼吸して冷静に対応することで平常心を保つようにしています。
あなただけじゃないですよ。

ユーザーID:0703046758
腹を決めました
AC
2009年1月15日 1:28

HNの通りアルコール依存症の父親の元、母の愚痴や涙を聞かされながら
育ちました。そんな両親と少しでも離れたいと早くに家を出ました。
絶対に戻るつもりはありませんでしたが父親が他界し、母が病気を患い要介護の身体になり一生母の面倒を見ていこうと決め、家に戻りました。
自分が後悔したくないからです。

受け入れていまえば後はどうやって自分をコントロールするかです。
「自分を客観的に見て労わってあげる事」に気をつけています。
中々難しいですが長期戦には有効な方法だと思います。 
参考になれば幸いです。

ユーザーID:0218207788
何年生きてますか?
ふわくん
2009年1月15日 1:52

そのような母親の元に育つと「あなた古いこと知ってるわね」と物知り扱いされたことは多くないですか。古いことをよく知っているのはいいことだとされがちな現状ですので、私も不思議には思っていませんでしたが、よくよく考えると、私は産まれてから今日まで自分で見て触れて覚えた記憶でできているのではなく、生まれる前からの母親の人生を「データコピー」されたかのような状態でした。

母は母自身と私、2つの身体で2回人生を生きられるわけです。しかも、死んだ後も私が母のコピーとして生きていけば普通の人よりずっと長い人生です。生まれる前から、母親が子供時代からずっと私の魂は母の伴走を続け、あやうく死ぬまで続けるところでした。
母親と一緒にカウンセリングとか母親にもカウンセリングとか母親に変化してもらうことを望むうちは結局、母親に見捨てられると死んでしまうので母親に気にいられようする子供の心のままです。

自分だけが母親と繋がっていない自分だけで勝手に変わって勝手に生きていくことを考えて下さい。母親は高齢だろうが何だろうが長年生き抜いてきた成人です。放っておいても本当は大丈夫です。

ユーザーID:2126530452
ありがとうございます
みすず(トピ主)
2009年1月16日 15:23

わかめ様

「深呼吸して冷静に対応する」
アドバイスありがとうございます。

実は、つい昨日、母親が退院したので実家に顔を見に行ったところ、
いつもの通り、さんざん苦労話や恨みつらみ話を聞かされた結果、
母親の感情の渦に巻き込まれて、いつのまにか冷静さを失い、
おそらくは欝のため生気を失いげっそり痩せこけている母が不憫になって、
つい「家に静養にくる?」などと言ってしまったばかりです。
ですが、帰宅後猛烈に後悔して、旦那に相談して、実家の父に対して前言撤回、
「1週間なら来てもいい」とトーンダウンして、遠まわしに拒否しました。

私の周りには、(支配的な親で苦しむ友達はいますが)
共依存体質の母親で苦しむ人は見当たらずこのトピを立てましたが、
やはり私だけではなかったんだ、ということが分かっただけでも、
少し気が楽になりました。
ありがとうございました。

ユーザーID:6579998265
AC様ありがとうございます
みすず(トピ主)
2009年1月16日 15:37

AC様

大変過酷な境遇で過ごされてきたのですね。

にも関わらず、ご実家に戻られることをよくぞ受け入れられたと思います。
私も、(おそらく欝で)痩せこけて生気の失われた顔の母を見ると、
不憫でならず、結局、最後は、私が迎え入れて
「穏やかで幸せな人生のひととき」を母にプレゼントするしかないのかも?
と考えることもあります。
でも、そう考えるだけで、またあの母親に巻き付かれるのかと思うと、
ぞっとして、胸が苦しくなります。
その2つの相反する気持ちの間で引き裂かれそうです。

そして、最終的に、母との同居を選んでも選ばずにいても、どちらにしても、
少しずつ後悔するような気がして、選べずにいます。
でも、選ばなければならない時は、刻一刻と近づいてくるようで、
それが怖いです。

でも、AC様のように先を行く方の過酷な状況を生き抜く知恵は、
大いに参考になります。心に留めておきたいと思います。
アドバイス、どうもありがとうございました。

ユーザーID:6579998265
ふわくん様ありがとうございます
みすず(トピ主)
2009年1月16日 15:53

おっしゃることよく分かります。

ふわくん様のように、私も、生まれてからずっと母親の併走者であり続けました。まるで双子の魂のように。
そして、30歳前後に極度の欝状態に陥り、
必死の思いで抜け出し回復する途上で、なぜこうなったのか、
なぜこうならなければならなかったのか、それを追求し続けました。

そうした中で、もう一度、今度は一人立ち上がって、
母とは別の自分だけの道を歩むことに決め、
30代は、失われた自分の人生を取り戻すことに費やしました。

ですが、私が(精神的)自立をした結果、
「母」の役割を卒業させられた母親は、路頭に迷いました。
婚家にも居場所を失い、実家にも戻りきれずに、
どこにも居場所のない精神的な放浪者となってしまいました。

今、母が、極度の欝状態に陥っています。
冷たいようですが、そんな母を、
自分でしたことが自分に返ってきただけ、と、
今、突き放した目線で眺めています。

一応の心配もするにはしていますが、近づくとすぐに巻き付かれるので、
なるべく距離を保ちつつ、できることがあればやろうという姿勢です。

ユーザーID:6579998265
再び失礼します
AC
2009年1月18日 14:05

みすずさま お返事ありがとうございました。
貴女さまのトピで今まで自分が歩んできた事を改めて振り返る事ができました。アルコール依存症だった父親には「いなくなってしまえばどんなにか平和だろう」という感情しかなかったのですが実際病にかかり余命の宣告を受けた頃は病に関する書物を読み漁り名医や効くと云われる薬を探して奔走する自分がありました。

その後父親は他界しましたが私の心の中に微塵の後悔が無い事、誠心誠意送りだしてあげる事が出来たという何にも代え難い今の気持ちを思うと本当にやってあげて良かったと実感しています。してあげられなかった後悔は2度と取り戻す事は出来ず、しかも「後悔の念」は一生付いてまわります。

お母さまもみすずさんとの穏やかな暮らしの中で段々と話の内容も変わってくるのでは と思います。それまでは、いつもの愚痴が始まったら、さりげなくその場から離れる事をお薦めします。何よりみすずさんの心身が一番大切です。さりげなくかわしてしまいましょう。

「あっ、こんな風にお母さんと接すればいいんだ、簡単♪」と思った時
お母さんと難なく向き合えると思います。選択の参考になれれば幸いです。

ユーザーID:0218207788
AC様 再びの書き込みありがとうございます
みすず(トピ主)
2009年1月20日 21:51

AC様

ご経験に基づくアドバイスをどうもありがとうございます。

こんな親でも、やはり親は親なんですよね。

最後は覚悟を決めてお父様の闘病に尽力されたAC様を尊敬します。
いつか私にもそんな覚悟ができるでしょうか。
そう考えると、甚だ心許ない気持ちになります。

いつか来る決断の時に備えて、
AC様の貴重なご経験談は、しっかり心に留めておきたいと思います。
本当にありがとうございました。

ユーザーID:6579998265
重たい母親は罪
ぴかちゅう
2009年1月23日 10:45

>「母性」の顔をした「依存心」という真綿で締め付けられたくはありません。これまでの人生で背負ってしまった(精神的な)荷物は、
カウンセリング等を利用して、自分の中を整理して、
自分の中で昇華(消化)して欲しい、と思うのです。

みすずさんが「「母性」の顔をした「依存心」」と、お母様の在り方の本質を看破されているのはすばらしいと思いますよ。そこに気づかずに人生を終える人たちもたくさんいます。お母様の人生がたとえ幸せなものでなかったとしても、みすずさんの責任ではない、ということをご自分に言い聞かせてください。私も母との葛藤でずっと苦しんでいたので分かります。「怒り」と「罪悪感」の繰返しから一歩踏み出すために、お母様の依存心という真綿からご自分を解放してください。お母様の愚痴はお母様のもの、お母様の不幸はお母様の不幸、です。みすずさんが完全に(精神的に)独立されたときに、本当の意味でお母様の手助けが出来るかもしれません。それまではみすずさんの人生、楽しみ、喜びを最優先にされてください。 スーザン・フォワード著の「毒になる親」という本、お勧めします。絶対に幸せになって下さい!

ユーザーID:3617555075
距離を置いてください
匿名
2009年1月30日 23:01

親不幸だ、親を見捨てるのかといわれても
まずは、距離をおいて一緒に生活しないことです。
とにかく、お金があれば、まず家から出てください。

最初に不幸があり、母はその愚痴を父ではなく
子供達に永遠としました。受け皿になるのは重かったです。
その件がきっかけで、より過干渉・理想の押し付けが強くなりました。
で、兄は、親の理想を達成できずに(学歴・就職)うつ状態ひきこもりに
僕は、冷たい人間だと罵られても、わが道を進みました。
そんな無名の会社なんて情けない等・・・
結果、うつが原因だったのか、兄も。

母親を責める気ははいですが、
夫婦仲の悪さ(表立っての喧嘩はないですが)、夫に相談すべき事を子供を相談相手(逆らえない、口答えできない)にするのは、今となって、我が家が壊れた原因かなと思います。

外に出てから帰ってませんが、葬儀・法事のみ帰りました。電話も殆どしてないです。
距離を保たないと、依存されるのが怖いです。正直、親の受け皿は勘弁だと思ってます。一切お金・財産も要りません。関わりたくないです。

ユーザーID:2529529134
 
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