がん患者の看取りについて

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心や体の悩み

きりん

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  • 4ヶ月やりました

    夫が末期がんとの宣告を受けてからおよそ4ヶ月間、自宅で看病、看取りました。
    食道癌で食べられなかったので、ずっと栄養チューブからの食事摂取でした。
    本人の希望で、自宅での緩和療法でした。
    私は一人でしたが、毎日数時間、近所に住む夫の息子(先妻との)が手伝いに来てくれました。
    それから、隣に住む仲の良い人が病院のベテラン看護師さんで、とても助けていただきました。

    夫も最後の一ヶ月間はせん妄と不眠、疼痛がひどくなり、看病する側もきつかったです。
    でも、私の職場はとても理解を示して下さり、夫の息子や隣人のの手助けといい、ひとりでは、絶対やりおおせませんだした。
    ただ、自分自身が疲れきっていることに、自分で気がつかなくなります。
    夫が逝った後、体調が戻るのにかなりかかりました。

    きりん様、
    どうかご自分も大切になさってください。それがお父様のためでもあります。
    私が夫を自宅で看取れた事は、ものすごく幸運だったと思いますが、それを人様には勧められません。

    一番簡単な決断方法は、自宅とホスピス、どちらでの場合がお父様の痛みを和らげやすいか、です。

    きりん様のこと、お祈りしています。

    ユーザーID:9636653012

  • 経験者ではないのですが

    通りすがれず、出てきてしまいました。
    まずはトピ主さんが無理をされすぎないように。

    緩和病棟は、病院により特色があると思います。
    以前いた病院では、大部屋で普通の病室だったそうです。(立入り制限)
    家族が自由に飲食できるスペースもありました。
    緩和ケアなので、基本、治療はしないとのこと。
    そこは、とても静かなフロアだったのを覚えています。
    ただ、こんなことを言うのは何ですが、とても高額でした。

    呼吸機器があるとのこと。
    必要に応じて、喀痰吸引も行いますよね。
    在宅支援、ヘルパーなど色んな制度を利用されますように。
    一番大変な時期かと思いますが、無理をされないように。
    影ながら応援しております。

    ユーザーID:3426423673

  • 自宅での看取り

    実母が昨秋乳癌で亡くなり、姉が自宅で看取りました。乳癌が肋骨に転移しているのがわかったのが、
    昨年の8月初めですぐに放射線治療を行ったのですが、9月初めに肺に転移していることがわかり、
    その時「余命2カ月」と医師に言われました。
    その後あっと言う間に肝臓にも転移し、母本人が「自宅へ帰りたい」と言うので10月初めに自宅へ
    帰りましたが、帰って数日後に自宅で亡くなりました。
    肺に転移したので酸素の機械を自宅でも使っていました。私は遠方に住んでいるので土日に行って、
    母の傍で寝て少ししか看病していませんが、せん妄と不眠疼痛は酷かったです。
    母の場合ホスピスも考えたのですが、進行がとても早かったので、間に合わず本人も希望する自宅で
    看取る形になりました。ホスピスの場合、本人が余命どれだけかを知っていないといけなかったような・・・
    又、すぐに入所出来ないような感じでした。(患者本人の面談があったり)
    お父様は何か希望をされていますか?希望があるのなら、聞いてあげるのも良いかと思います。
    きりん様は一人で付き添ってらっしゃるとのこと、どうかお身体には気をつけて下さいませ。

    ユーザーID:9663446269

  • まだ頭を抱えたままです…。

    トピ主のきりんです。レスありがとうございます。

    その後ホスピス棟を持つ病院に行って来ました。相談と見学が目的です。

    医療ソーシャルワーカーの方が対応して下さり、その後緩和ケア病棟を見学しました。

    病院に着いた時から感じていた予感は的中し、病棟はきれいなのに空気は冷え冷えとしており、温かさなど全く感じられませんでした。働くスタッフの方も同様でした。(明らかに見学相談者だと判ったはずなのにすれちがう職員の誰もこちらを見向きもしません。患者に寄り添うスタッフも全く目に入りませんでした。)
    とても父の終の住処にはできないという思いで病院をあとにしました。そして問題は振り出しに戻りました。

    今夕また主治医と相談し新たな転院先を探してもらうことになりました。

    ですが、やはり自宅の線も消去したわけではなく、相変わらず悩み見続けています。あんまり悩んで頭痛と発熱を引き起こしてしまいました(苦笑)。

    もう少し熟考します。答えが出るかわかりませんが…。

    目にとめて下さった皆様引きレスをお待ちしておりますのでよろしくお願いします。

    ユーザーID:1471072071

  • お察しします(その1)

    きりんさん、お父様の終の場所の選択に困っておられるとのこと、ご心痛御苦労お察しいたします。

    私は、ホスピスや在宅で家族を見送った経験はありませんが、きりんさんのお父様と同じような状態の方が多く入院する病院に勤めていました。

    きりんさんのおっしゃるように、ハード面ソフト面を兼ね備えた満足のいく医療機関というのは、見つかりにくいのが現状です。ホスピスや緩和ケア病棟に転院した場合、新しい医師や看護師と一から人間関係を築くのが大変という声や、待機者が多いことがあると聞きました。

    私の見聞きした範囲になってしまいますが、在宅を選択する方の場合、家族でローテーションを組みながら看病されている方が多いように思いますが、看病できる人数よりも、後悔しないためにも、本人と家族の考えが重要だと思います。ただ、他の方もおっしゃっているように、きりんさんご自身の健康の維持も大切だと思います。(つづく)

    ユーザーID:3753557539

  • お察しします(その2)

    (続きです)

    もう、このような情報は集めておられるかもしれませんが、もし、まだ在宅を検討しているのであれば、がんの痛みや呼吸困難に詳しく、何かあったときに、すぐに応対してくれるような体制を敷いている在宅医や訪問看護のサービスの有無は大きいですよ。そのような情報を集めるのも一案かと思います。

    ホスピスもしくは在宅、どちらの選択にしても、本当はお父様の願う場所でというのが理想だとは思いますが、理想どおりにいかないのが現状で、私自身も本当に歯がゆい思いをしてきました。お疲れかとは思いますが、現入院先の医師や看護師を資源として使っていただき、後悔のない親子の時間が過ごせますよう、心よりお祈りしております。

    ユーザーID:3753557539

  • 転院先を決めました(トピ主です)

    何とか転院先が決まりました。そこが父の終の住処となりそうです。
    ホスピスではありませんが現在入院中の病院を小規模にしたようなきちんとした医療施設です。こっそり病棟を見に行ったのですが雰囲気が悪くなかったのが幸いです。

    そしてもう一つ私の心が痛むのは麻薬や劇薬分類の強力な痛み止と病気そのものによる人格破壊です。せん妄と言えばそうなのでしょうが、父が壊れて行く姿を傍で見ているのが辛くてなりません。会話の辻褄が合わないことはもちろん、思い込み(それこそ妄想)で口にする言葉やそれを否定しようものなら私に思い切り反抗します。そのくせ休憩等で家に帰ろうものなら一時間おきに寒気や苦痛を訴える電話をかけてきてまだ病院に来ないのかと何度も言うのです。どんなに辛くても傍についているしかありません。(涙)勿論一番辛く悲しいのは父自身だということはよく解っているのですが…。

    癌って本当に悲しい病です。激痛を訴える時しか以前の父ではなくなりました。それ以外は麻薬で前述のような状態です。痛みも辛さも何一つ代わってあげられません。

    ユーザーID:1471072071

  • 転院先がきまってよかったですね

    納得のいく病院が決まって少し落ち着かれたことと思います。

    トピの解決はされたので、レスは的外れかと思いましたが、同じく母を見送りまして、少しでもきりんさんのお気持ちに添えれば…と出てきてしまいました。
    癌が再発し治療方法がなくなって9ヶ月ほどでしたでしょうか。在宅を希望しておりましたが、治療病院/緩和ケア/在宅の3本でやってきましたが最後は緩和ケアの病棟で看取りました。
    母もせん妄かどうかわかりませんが脳障害を起こしておりました。
    きりんさんがおっしゃったように、そばにいるのがどんなにつらいものかわかります。そんな時、私はこう思うようにしました。「こんな状態になっても、生きていることに意味があるんだ」と。意識はないかもしれません。でも生まれ持った体が、生きようとしてるのだと。
    それによって段々つらい気持ちから愛おしい気持ちが持てるようになりました。
    あと、お医者様が、これは病気のせいでご本人の本来の性質とは関係ありませんといってくださいました。本当かどうかわかりませんが、とても救われました。

    ユーザーID:8310034013

  • 転院先がきまってよかったですね 2

    --(つづき)----

    私は、最後、母と過ごすことができて本当に幸せだったと思います。つらいときも、今思えば後悔することも多々あるのですが、最後病院で過ごした時間があったからこそ、母の死を受け入れることができたのだと思っております。
    頑張ってということはできません。
    本当に、少しでも心穏やかな時間がお父様と送れることを祈っております。

    ユーザーID:8310034013

  • 緩和ということ

    先日投稿しました雪桜です。
    転院先が見つかってよかったですね。

    せん妄はそばにいるものにとってもつらいですね。そして癌独特のひどい疲労感、疼痛…。
    私の夫には加えて夢遊病が発生しました。夜中、意識がないまま歩き回り、廊下にへたりこんでいるのをベッドに運ぶのは大変でした。体の大きな人でしたから。
    これは、常用していた睡眠薬のせいだったので、医者と相談して、薬の種類や量を変えてもらったりしました。ところが変えたあとは夫が眠れない、と訴えることが頻繁でこれがまたつらかったです。

    疼痛については、いわゆる「麻薬」を使うしかありませんでした。
    が、このことについては医者の丁寧な説明と自分なりの勉強で得た結論をもとに、夫の痛みを取る、ことだけに専念して使いました。つまり、たっぷり使いました。

    最後の時には不思議と疼痛は無くなり穏やかに逝きました。

    薬やせん妄で、人格は破壊されません。脳の誤作動です。
    お父様ご自身は何一つ変わることはありませんよ。お父様の痛みに寄添ってあげられたら、そのことは絶対お父様にはおわかりになると思います。

    お父様の痛みが少しでもやわらぎますように

    ユーザーID:9636653012

  • 白紙に戻りました

    レスを下さった皆さん本当にありがとうございます。涙しながら拝見しました。
    転院の話がまとまった矢先、病気そのもの・長期入院・転院への不安・その他諸々の要因が絡み合いせん妄症状が急激に悪化し、制止を振り切り自宅へ向かう(タクシー乗り場で辛うじて私が合流できたので一旦自宅へ帰りました)という行動に出たため一旦転院の話は白紙に戻りました。体力的にも痛みの酷さからもそんな力が残っていたとは考えられなかったのですが、それより何より家に帰りたいのだと思います。

    疼痛コントロールも傍で見ていて上手く行っているとは考えられないほど痛がります。こんなに痛いなら家に居たって病院に居たって同じだから帰ると言います。

    痛みがあろうとなかろうと父が自宅に戻りたいことは解っているのです。ですが私の状況、父の病状ともに安易に自宅を選べるようなものではなく、自問自答が続きます(涙)。

    毎日付き添いながら悩み考えています。それ以上に父の苦痛を何とかして下さいと思っています(大泣)。

    ユーザーID:1471072071

  • 父はホスピスで亡くなりました

    きりんさま とてもおつらい状況を一人で抱えてしまわれて、お察しいたします。大変ですね。
    私の父は大腸がんで、昨年夏緩和ケア病棟で亡くなりました。入院して約2週間でした。痛みが酷かったので本人も覚悟のうえの入院です。
    緩和ケア病棟では、治療はありません。ただモルヒネで痛みを緩和したり、睡眠剤で眠れるようにしていただいたり。何より、看護師さん達が、私たち家族の心理的支えになってくだしました。
    確かに、見学の時にスタッフの方々が冷たいと感じたかもしれませんが、ホスピスでは、なるべく普通に接するということが基本のようです。また、患者さんももう歩ける様な状況ではないので、病室で静かに過ごしていらっしゃるし、重大な病状ですので、スタッフはどなたもあまりにこにこはしていませんでした。ホスピス全体がシーンと静かな状態でした。
    もう一度、どのような入院生活が送れるのか、疼痛に対するケアはどうなのかお聞きになるといいと思います。お一人で自宅で看取るのは、肉体的にも精神的にも大変だと思います。
    父は最期は、一時も目が離せない様な状態になりましたので、スタッフの皆さんにとても感謝しております。

    ユーザーID:5038349019

  • きりん様へ

    お医者様にご自宅へ往診は簡単にお願いできますか?
    もしまとはずれな質問だったらごめんなさい。日本の事情はよくわからないので。

    疼痛コントロールはお医者様との3人(きりん様とお父様)で、その都度相談しながら、薬の種類、量、投薬方法を決めていくとよいです。
    痛みの度合いとご病人の状態は百人百様だからです。

    お父様もきりん様がそばで一緒に戦っていらっしゃるのを感じておられるはずですよ。
    絶望しないで。
    私には何も出来ませんが、きりん様の状態、すごくわかっています。
    ひとりじゃないですよ。

    ユーザーID:9636653012

  • 父はホスピスで亡くなりました。2

    続きです。
    ホスピスでの疼痛管理は、一般病棟のそれとは異なっていて、モルヒネでのコントロールが主体だと思います。その辺をホスピスでもう一度お聞きになってはいかがでしょうか。
    父は最期にはモルヒネの量がとても増えて朦朧としていましたが、痛いということはあまりなかったようです。うつらうつらしながら、でも耳は聞こえていたようで、昨年の北京オリンピックで金メダルの君が代を聴いて、指で指揮をしておりました(腕はもはや動きませんでした)。その後2時間半後に静かに亡くなりました。家で看取るとなるととてもこのような穏やかな最期にはならなかったのではないかと思います。吐血をする場合もありますし、お一人ではそのあと処理も大変ではないでしょうか。私たち家族はホスピスにとても感謝しております。

    もう一度よくお考えになって、病院の助けをかりてみてはいかがでしょうか。

    ユーザーID:5038349019

  • きりん様へ・2

    参考になるかどうかはわかりませんが、夫を看取った時のことについて、もう少しお話しします。
    実際、疼痛コントロールと不眠が一番大変でした。

    でもおそらくどちらも心と密接な関係があったと思います。

    彼にとって、夜、眠る、というのは唯一自分の状態から解放される時間であったようです。それが出来なくなり、常に病気から逃れられないという絶望感に苛まされていました。
    それで、主治医に相談し、強い睡眠薬を使いましたが、結果としてひどい寝ぼけ状態になり、その間中、私がどんなになだめようとしても、私がいきなり彼にとってひどい人間に変身するという、悪夢としてしか覚えていないのでした。

    ユーザーID:9636653012

  • きりん様へ・3

    ではどうしてあげられたらよかったのか、

    未だにこの点については答えが見つからないままです。

    ただ、彼に心の持ち方を変える事が出来るよう、もっといろんな事、死生観、魂について、等を普段から話し合えたらよかったと思います。

    グリーフケア、という言葉を知ったのはずいぶん後になってからです。グリーフケアは介護している時点で始まるべきだったと思いました。彼と私のために。

    ユーザーID:9636653012

  • きりん様へ・4

    疼痛については、

    ずっと続けていた鼻からの栄養チューブでの食事摂取を彼が自分で「もう止める」と決めてから、痛みが激減した事を覚えています。

    彼が「自分はもう逝くんだ」とはっきり覚悟ができた時ということでしょうか。
    それまでは、雪桜は、ひとりになったらどうやって暮らしていくんだ、と心配していたようです。(と、主治医に話していたそうです)
    主治医は「あなたの奥さんは一人でもちゃんと生きていくでしょう、大丈夫ですよ」と答えたそうです。(その時私は彼の希望で席を外していました)

    4ヶ月の看病期間、私は夫の前でよく泣いてました。
    「私をひとりにしないで」と。

    これが今でも悔やまれます。どうして安心させてあげることを言えなかったのだろうと。要するに私は自分だけがかわいそうだったんです。

    ユーザーID:9636653012

  • きりん様へ・5

    夫が逝って1年と7ヶ月経ちますが、まだまだ精神的にキツい日があります。私の事は自業自得ですが、夫に対してもっと大人の態度を取るべきだったとばかり思います。
    死ぬ事は怖くないよって教えてあげて、私は大丈夫だからって安心させて。
    そしたらもっと早く痛みがとれたかも、とばかり思います。

    長くなってごめんなさい。
    私が言いたいのは、きりん様、緩和ケアにおいて、看病する側の心の問題も無視できないということです。お父様のおそばにいらっしゃるあなたの心が少しでも落ち着けば、お父様にも良い影響があると、私は信じています。苦しくなったらどんどんここに書いて下さい。そして周りに迷惑をかけることを恐れないで。SOSを発して。きっと助けは見つかります。

    それから、ネットで「緩和医療 看護」で検索してみてください。
    残念ながら私は自分のパソコンから削除してしまいましたが、非常に役に立ったページがありました。

    お祈りしています 

    ユーザーID:9636653012

  • その後、大丈夫ですか

    昨年初夏に母を肺ガンで見送りました。
    私も一人で診ていました。
    昨年のGW前までは自宅で過ごし、肺炎を起こし入院、それを乗り越えて病院で2ヶ月半頑張りました。最後の1ヶ月は病院でも辛かった。

    正直、一人で考えるのは大変です。
    信頼度の高そうな事業所(具体的には市の社会福祉関係など)のケアマネージャーと連絡を取ってみてください。自宅で診るとしても、人手の問題もあります。病院・自宅療養できる医師の情報も持っている可能性も高いです。
    ケアマネージャーの方は、家族の状態も含めて最善の提案をしてくれます。訪問診察してくれる先生が見つかれば、訪問看護と共に、介護ヘルパーにも入ってもらえるはずです。一人での看病ではお二人の生活が成り立たなくる可能性が高いです。できるだけ助力を得てください。そして、客観的な目で自宅療養が良いのか、病院が良いのかの助言も得てください。

    あなたの人生もあります。病院や市のソーシャルワーカーでも良いと思います。とにかく、一人ではなく外部の目を使ってください!
    遠くの親族よりずっと役に立つ情報をくれると思います。
    がんばりすぎずに、良い時間を過ごせますように。

    ユーザーID:8028925964

  • お察しします…1

    私も母を昨年胃がんで亡くしました。亡くなったのは病院の個室で、緩和ケアをしてもらっていたので、実質、ホスピスとあまり変わらない環境と思います。
    自宅で看取るか、病院又はホスピスにするかという選択ですが、これは個々人の価値観、状況、条件によると思います。自分の場合は、自宅では母が苦しがったときにすぐに対応できるのが不安だったので、ホスピスを探し、ホスピスが空くまで病院に入院させて疼痛ケアをしてもらいました(ホスピスが空く前に亡くなってしまいましたが)。
    母も最後はせん妄を起こしていましたが、これにはもっとやさしく対応してあげればよかったと悔やんでいます(せん妄で見えているもの、聞こえたものを肯定してあげるとか、薬のせいだということは、皆わかっている、お母さんはおかしくないよと言ってあげれば…)。あまりにせん妄がつらそうだったので、最後は鎮静治療にしてもらいました。その後は苦しくはなかったのでしょうが、ようするにずっと眠っているような状態になって話はできないので、ああ、もう、これでお別れなんだなと、その時に一番泣いた気がします。(続きます)

    ユーザーID:3564501139

  • お察しします 2

    悲しいけれど、限られた時間です。自宅で看取るにしても、病院などにしても、あなた自身が疲れはてて病人への対応がきつくなるようなことだけは、気をつけて、避けるようにしてください。後悔が残ってしまうので…… そのためにも、使える他力、サービスは徹底的に利用してください。できれば、誰かに話を聞いてもらってりもしてください(小町でもいいですし)。

    自分は、ホスピスの面談に行ったとき、そこの医師や看護師さんに話を聞いてもらっただけでも、少し気が楽になったのを覚えています。お一人でみていらっしゃるということですから、なおさら、意識して、時々気分転換などするようにしてくださいね。
    うまくまとまらず、つらつら書いてしまいましたが、陰ながら応援しています。

    ユーザーID:3564501139

  • その後…。

    皆様本当にありがとうございます。正直すでにボロボロのため簡単に近況をお知らせします。

    病室で大暴れするような形でせん妄が現れ大変なことが続いています。不眠も併発です。
    その度に本人は相当消耗してしまいます。精神科からの安定剤と睡眠薬も奏功しません。日中はどろどろに眠いのに、その状態でせん妄炸裂するのです。

    まともなコミニュケーションが取れなくなりせん妄から服薬や点滴を拒み病院側がうつ手がなくなりつつあり、担当医からとうとうセデーションの話しをされました。もはや転院すら無理ということのようです。
    しかし本当にそうなのか?科単位で分業している大病院ではなく訪問診療を専門にやっているところなどで何とか苦痛を取れないのだろうか?などと考えてしまいます。

    食事も取れなくなり足が浮腫んできました。

    色々なことを考えていますが何一つ考えがまとまりません。

    雪桜様、何度もレスを有難うございます。心から有り難く思っています。

    ユーザーID:1471072071

  • よくやっておられますね。

    たったお一人でお父様のたいへんな状況に立ち向かってらっしゃる様子をうかがって、涙がでてきました。

    私は母と二人で肝臓ガンの父を自宅で看取りました。
    余命2か月位と言われ、父も家族も納得して治療はせず、緩和だけをめざすことにしました。
    ホスピスのアキを待つ間に、緩和ケア専門で24時間往診可能な在宅医をネットで探し、訪問看護にも入ってもらい、ケアマネさんにいろいろ自宅設備をととのえる手助けもしていただきました。結局、ホスピスが空く前に自宅でなくなりましたが。

    お一人で自宅で看るのはとても厳しいと思います。

    セデーションのお話があったそうですが、私は父の苦しむ様子に耐えかねて、訪問医にお願いしたほうです。もう会話できなくてもいいから、眠ったままでもよいから楽になれるようにして下さいと。
    父の一番の望みは長生きより、苦しみたくない、でした。
    そうしてもらって、数時間後には息を引き取りました

    そういえば、モルヒネに皮膚に貼るタイプがあって(デュロテップパッチ)、もう口から食べられなくなった父はそれのおかげで、しばらく疼痛コントロールができていました。点滴がだめならそれはどうなんでしょう?

    ユーザーID:7554232862

  • 本人も苦しいと思う

    せん妄状態は、本人も苦しいように思いました。
    あるわけの無いものが見え、明らかに自分がおかしいと思ってしまう。訳もわからず叫んでしまう、叫ばざるを得ない。
    この状態は、家族である私からみて、母にとって不本意だと思いました。なので、セデーションは受け入れました。肺ガンの場合、セデーションは副作用で呼吸が浅くなる可能性があります。医師と良く話し合って決めてください。

    肉親の最期に立ち会うのは辛い事です。あなた自身もお医者様にかかって、自身の体のことを相談して、しっかり眠り、食事も取れるようにしてくださいね。

    とても、言い辛いですが、親族にとっては、お別れの瞬間だけが「お別れ」ではありません。そこまで至る道も、その後のお別れするための色々な事も親族にとっては通らなければならない道です。今は、あなたがそれを乗り越えられるようにすることもそろそろ考え始めなければならない時期だと思います。
    ボロボロを通り越して、崩れないように。それはお父様が上手に病気の痛みと折り合いを付けるのと同じ位重要な事だと思います。

    信頼できる方としっかりと相談して、どうぞご自愛ください。

    ユーザーID:8028925964

  • せん妄とセデーションについて

    うちの母は、胃がんですっかりやせて体力もありませんでしたから、せん妄であばれるということはありませんでしたが、幻覚や幻聴の内容が、どうにも本人を苛立たせるようなものばかりで、つらそうでした。変な言い方ですが、これが、現実でなくても、ドラッグでよいトリップをしているような(まあ、それがどんなものなのか私も知りませんが)、楽しい内容のものならまだしも、周囲の人の気配や聞こえてくる会話などが嫌な方向に強調されて、本当にいらいらしていましたし、また、自分が変になっているという自覚も中途半端にあって、本当に苦しそうだったのです。
    なので、セデーションをしてもらいましたが、実を言うと、私はセデーションが、あそこまで意識レベルを下げるものとは認識しておらず、時々は起きて話とかできるのかと思っていました。母のあの苦しみようでは、どちらにしても早々にセデーションを選択したとは思いますが、ならば、その前にもっとしっかり母についていればよかった、最後にもっとやさしい言葉をかけてあげたかったなどと、やや後悔が残っています。

    ユーザーID:3564501139

  • 私の看取り

    きりん様、お辛い日々ですね。
    私は3年前に義母を、昨秋姉を、いずれもがんで亡くしました。義母は病気が分かったとき既に打つ手がなく、本人の希望が自宅で過ごしたいとのことで、幾度か入退院しながら自宅で看取りました。ホスピスも訪問診療もない地方ですので、様々な周りとのぶつかりあいが辛かったですが、義父、夫、私の3人で介護しました。
    姉は直腸がんの手術後、再発、肺や骨へ転移し、痛みもひどかったのにそれを医師に伝えず、結果として疼痛コントロールがうまくいきませんでした。そばで看病する母にも全く頼ろうとせず、そのために母との関係を壊す結果となり(姉は自宅に居たかったようなのですが)病院で最期を迎えました。私は義母のときの経験から、姉にも残りの時間をもっと痛みなく、穏やかに過ごしてほしいと願いましたが、姉は、苦しみながら周りの人の手を振り払い逝ってしまいました。
    今もまだ「もっと○○すればよかったのでは」と思うことが何度もあります。でも、その一方であの時の精一杯だったのだと思うこともあります。きりん様、一人で抱え込まないで。公的な介護サービスでもいい、この小町に来てもいいので一人にならないで‥

    ユーザーID:4938289249

  • 辛いですね

    他人事とは思えず、書き込みします。
    自分も2年前、父と母を癌で亡くしました。母のほうは、自宅で看取ることができましたが、兄弟や妻がいてくれたので何とか乗り切れたかと思います。
    一人でがんばられているとのことで、何とか応援したいと思い、書き込みしていますが、素人なので、的外れなことを言っているかもしれないので、そうでしたらご容赦ください。

    きりんさんの現在の様子では、できることは限られてきたように思われます。きりんさんが倒れてしまっては、大変です。
    4月14日付けのレスでは、現在の病院でのケアに疑問が生じているようですね。
    ですが、もし転院が無理そうなら、そこで少しでもよいケアをうけられるよう考えるべきかもしれません。
    余裕があれば、ネットでいろいろ緩和ケアなどを調べ、こちらから医師に使う薬などを提案・相談してみるのもいいかもしれません。
    あるいは、緩和ケアを専門にしている医師のところへセカンドオピニオンをもらいに行くことは難しいでしょうか。
    以上2つのことも、現在の主治医がどのような考え方かで、うまく行かない場合もありますが。(つづきます)

    ユーザーID:8946065241

  • 辛いですね(つづき)

    (先ほどのつづきです)

    すでにご存知かもしれませんが、「癌掲示板」という掲示板があります。
    専門的なアドバイスがもらえるかもしれません。グーグルで検索すると
    最初に出てきます。
    ご自分ひとりでいろいろ調べるのも気がめいるかもしれませんので、
    どなたか身近な友人などにも調べ事を手伝ってもらえれば、気が楽にな
    るかも知れませんよ。

    お役には立たなかったかもしれませんが、陰ながら応援しています。

    私は、母を見取る際は納得できた部分と、やはり後になってみると
    こうしておけばもっとよかったのではないかという両方の気持ちがあります。
    なかなか、最善をつくした、と言い切れるケースはないのではないかと
    個人的には思います。
    きりんさんにとって、納得できる看取りができることをお祈りしております。

    ユーザーID:8946065241

  • きりん様

    あなたの置かれている状態もお父様のご様子もすべてお察しします。4年前に母をホスピスで看取りました。遠方に暮らしているため子供を預け、飛行機で向かって数日泊まっては1日戻り、週末は主人が子供と来てくれる という状態でした。最後は同じく遠方の姉が介護休暇を取ってくれました。きりん様はお一人で本当にお偉いですね。でも私たちには、母の本心や望みや病状に対し無理解な父 がいましたので、できるかぎりのことをしたい私たちには(もっと和やかに一緒にいたい、痛みをとにかく取ってあげたい、さよならの言葉を感謝の言葉を言いたい など・・・。)かなりの障害がありました。 マイナス要因をかかえていると痛みのコントロールはうまくいかないようです。最後のほうは、浮腫もひどく肺の水で呼吸は苦しいためベッドで寝るのも苦しく、机に突っ伏した状態だったのです。 ついにセデーションに入り(夜になって)、明け方に亡くなりました。セデーションでそうなったのかと引っかかってはいますが、痛み苦しみから解放された母はすっきり晴れ晴れとした顔に戻っていました。 お父様の苦痛を除くことを最優先されるのがよいのではと思います。

    ユーザーID:6629795933

  • トピ主のきりんです

    時間的にも心身の状態にも全く余裕が無くて書き込みができず失礼してしまい申し訳なく思っております。
    そしてご自身の辛い経験からのアドバイスを本当に有難うございます。

    実は今日たまたま担当医が不在で、病院の科長から今後のことについてお話しがありました。

    要するに、セデーションに入るタイミングを含め、全ては患者本人とその家族(つまり私)の意向によって決めるということでした。もちろん病状が快方に向かう可能性はもはや皆無であることを踏まえた話です。

    ほぼ一人で看病していると初めに記したのは、私には遠方に進学している息子とうつ病を患う兄(結婚して別居しており、兄夫婦は経済的余裕もありません。実・義の親の介護に対する考え方や常識も私とは全く相容れないところがあります)がいるからです。

    息子には状態を知らせ夜に連絡をもらいますが、父のせん妄を見て過呼吸を起こし、安定剤の点滴を昨日も受けていた兄に相談するのもどうしたものかと…。

    答えが出せずにいます。

    ユーザーID:1471072071

  • 補足です(きりん)

    状況を補足します。

    私が迷う最大の理由は父がまだコミュニケーションが取れる状態にあるからなのだと思います。

    薬と病気の進行によってまるで認知症?と思うような症状もあるのですが、私のことを子供のように探し、私の手をぎゅっと握り締めるのです。それはまるで私が幼い頃、人混みで迷子になったりはぐれたりすることの無いようにしっかりと手を繋いでいた時のようなのです。

    今まで家族を守り、私や兄やその子供たちとずっと繋いでいてくれた父の手を、今私が、私一人で、永遠に離してしまうことが悲しくて辛くて、どうやって決められるのか前にも後ろにも進めなくなってしまっているのです。

    父の苦しみを一番近くで見続けたのは私です。その辛さも頭では理解しているのです。でもまだ決心がついていません。

    兄は「一番長く一緒にいるのはお前だからお前に任せる」と言っています。
    父が自分に死が近付いていることに恐怖を感じていることは確かです。その父を私が送り出すなんて…。

    目の前で、薬の力を借りて今日の眠りに入った父を見ながらこうして携帯を手にしています。本当に悲しいと涙って出ないのですね。思い出しました。

    ユーザーID:1471072071

  • きりん様

    お兄様がうつ病でいらっしゃるとのこと、きりん様の置かれた辛さが、さらにわかります。実は私にも似たような状態にある妹もいたのです。
    数日しか来ませんでしたが、彼女には許容範囲を超えた経験であり、家族室で睡眠中、悪夢のため叫び声を上げたりしました。 お兄様のご様子では、相談 ではなく、病院側からの話を伝え、「お父様を苦痛から解放してあげましょう」 とお話してはいかがでしょうか。
      当方のホスピスの先生からは、せん妄の表れは最期が近い旨説明がありました。(モルヒネのだけではないと。) 母は、痛み止めの薬を飲んだり、パッチを貼った後は、うとうと短時間ではあっても眠れていました。

    きりん様、お父様の苦痛を解いてさしあげることを最優先とすれば、悲しみは続くとも、納得のもと今後を進んで行けるのではないでしょうか。 
     

    ユーザーID:1982184327

  • 決断・・・どちらにせよつらいですね(1)

    きりんさん、どちらの選択肢も難しいですね。
    以下は、あくまでも現場にいない、いろいろな推察を含んだ、
    素人の個人的な意見です。

    文面から推察すると、モルヒネなどはもう使用していて、それでも
    痛みのコントロールが効かないというように受け取れました。そう
    であれば、最後のセデーションに入る決断があってもいいのではと
    思います。
    あるいは、問題は、痛みのコントロールよりも、せん妄そのものの
    コントロールがつかなくなっているので、それをコントロールしたい
    ということでしょうか。だとしたら、せん妄状態以外のときに、どの
    程度コミュニケーションが取れているのかで、判断するしかないです
    よね。もし、わずかでも以前のお父さんとしてコミュニケーションが
    取れるのであれば、もう少し現状に耐えるという選択もありかと思い
    ます。きりんさんを探し、手を握る、というのがそのコミュニケー
    ションに当たるのかどうかは、判断が難しいですが、その判断はきりん
    さんしかできないと思います。私なら、あと少し様子を見たいと思うか
    と思います。

    ユーザーID:5669695402

  • 決断・・・どちらにせよつらいですね(2)

    (つづきです)
    ただし、そのせん妄が、苦痛が原因で生じているのであれば、判断は異なると思います。
    つまり、苦痛がせん妄の原因であれば、やはりセデーションに入るべきかと思います。

    セデーションについて、すでにご存知かもしれませんが、私もネットで調べました。
     次のような、ことを載せている方がいました。簡単に紹介します。詳しくは
    「セデーション」で検索すると分かると思います。
     
    <最終的セデーション適用の条件>
    1)患者が、他の方法では緩和されえないさまざまな苦痛にもはや耐えられない
    2)セデーションから覚めたならば、現在の苦痛と同等以上の苦痛が再開し、
    かつそれに患者は耐えられないであろう、と見込まれる。
    3)患者がセデーションを希望している/対応能力があれば希望するであろうと
    判断できる。

    ユーザーID:5669695402

  • 決断・・・どちらにせよつらいですね(3)

    (つづきです)
     セデーションについて、ほかにもいろいろ書かれていましたが、
    最後に、次の点は重要だと思いました。
     ・「見ているのはつらい」といった周囲のもの(ことに家族)の
    理由を「患者は苦痛にはもはや耐えられない」という判断と取り違
    えていないかどうか、などに留意する


    あくまでも、家族が見ているのがつらいから、セデーションに入る
    というのは間違い、ということでしょうか。

     なお、きりんさんが新たに書いてくださった家族状況から推察す
    ると、息子さんは大学生?くらいにはなられているようですので、
    息子さんと相談してもいいと思います。
    もちろん、医師との意思疎通も十分行ってくださいね。

    この決断は、どちらにせよ、後でこうしておけば良かったと思うか
    もしれませんが、それは仕方のないことです。誰も正解を知りえな
    いと思います。お父さんのことを考えて、きりんさんの下す決断が、
    正解だと思います。

    お体に気をつけて、お父さんとの最後の時を、大切にしてください。

    ユーザーID:5669695402

  • きりんさんへ

    どんな夜を過ごしていらっしゃるかと思うと胸が詰まります。
    お兄さんに「任せる」と言われたものの、決心がつかない・・・その通りだと思います。

    決心がつかないまま、お父様のそばでともに時間を過ごす、それもひとつの選択かもしれないと感じます。もちろん、苦しみ方が余りに辛ければセデーションをお願いすることもあっていいのです。姉のときはセデーションの選択を示されましたが結果的にお願いしませんでした。(いくら薬を増やしても眠らず苦しんだときはただただ手を握るだけしかできませんでした)

    意識が混濁したかと思うと、病気が嘘ではないかと思うほどはっきりしている日もありました。昨日より病気が良くなっているわけではないのによく笑ったり食事をしたり。その夜また痛みに苦しんだり。

    付き添っている両親や私にとって、病院に通い姉と共に過ごした日々は辛かったけれど必要な時間だったのだと今思い返しています。

    お一人で付き添っておられる辛さ、きっと私の経験とは比べものになりません。でも、文面からお父様への想いが伝わってきます。お父様と気持ちが通じ合う時間がどうぞたくさんありますようにと祈ります。

    ユーザーID:4938289249

  • 今の時間を大切に(1)

    はじめまして。

    きりん様。
    私の母は去年、癌で亡くなりました。

    >目の前で、薬の力を借りて今日の眠りに入った父を見ながらこうして携帯を手にしています。
    >本当に悲しいと涙って出ないのですね。思い出しました。

    お気持ちは手に取るように分かります。
    私の母も、私の兄弟は母より先に亡くなり自分一人になってしまって
    必死に母にとってどれが最善の道なのか模索していました。

    あなたは私です。
    やはり、母もホスピスで痛みが止んでこれは夢なのと思うような素敵な時間を頂いたのは
    確かなのですが せん妄の時期が訪れ母にドルミカムと言う薬で眠りの時間を
    増やしました。(セデーション)
    今でも、ホスピスに入れずに最後まで癌と戦ったら良かったのかどうなのか
    悩み 私が母を死に追いやったのではと眠れぬ日があります。

    (続きます)

    ユーザーID:6775150182

  • 今の時間を大切に(2)(続きです)

    でも、反する気持ちもあり母が亡くなる前々日に目覚め「○○ちゃん(私です)抱っこ
    出来なくてごめんね。お母さん、足が痛いの。」と突然話し始めました。
    私は「○○ちゃんはね。ねんねしたいの。お母さん、一緒にねんねしよう。」と
    そして、「お母さん、ありがとね。お父さんが死んじゃってからお母さんが死に物狂いで
    育ててくれたこと覚えているよ。本当にありがとう。」伝えました。
    最後の会話だったけど、母は私の言葉を聞いて幸せそうにしていました。

    昏睡状態になったとしても看護師さんが言うには声は聞こえているそうです
    私も、母との最後の会話後に返事はないけれど「お母さん、ありがとね。お母さん、大好きだよ。
    お母さん、私あなたの娘で良かった」と何度も手や足をさすりながら話しました。

    今でも涙は出てくるけれど、どうしたら母ともっと長い時間過ごせる事が出来たらと考えるけれど
    苦しみながら死んでいくのはそれで辛いかもしれないし。
    私には分からないけれど、こんな母娘が居た事をお知らせしたくて投稿しました。

    どうぞ、お父様ときりん様が穏やかに時間を過ごせる事をお祈り申し上げます。

    ユーザーID:6775150182

  • トピ主のきりんです

    沢山のレスを有難うございます。気持ちを共有していただいて、救われるような思いでおります。

    昨日からとうとうセデーションの前段階の鎮静に入りました。きっかけは何と父のせん妄・不穏です。すでに一人では立つことも困難なはずなのに制止を振り切って立ち上がり、家に帰るのだと騒ぎだしたのです。帰るために何度も時間を聞いているのに嘘を言い、親を騙して恥ずかしくはないのかと私を罵り、制止する看護師さんに対しても暴言を吐き、酸素マスクの着用を拒みました。

    あっという間に酸素が不足し危険な状態になる中、何人もの看護師さんの力を借りて鎮静剤を投与しベッドに戻ったのです。

    実はその日の朝、あまりの辛そうな様子にセデーションについて担当看護師に相談した矢先のことでした。その2日ほど前から状態が悪くなる一方であまりの辛さに父は「もう家に帰りたい」と何度も私に言っていたのです。

    悲しいことですが、鎮静させる他には父を制止する方法はありませんでした。(続きます)

    ユーザーID:1471072071

  • 続きです

    こうして父は今また病院のベッドに横たわっています。以前と違うのは薬(ドルミカムです)によって鎮静されて殆ど眠っていることです。眠っているはずなのに呼吸は辛そうで、そんな中で私の名を呼んだりするのです。きっともう普通の会話は出来ないと思います。でも、そうと解っていながらも話しかけてしまいます。手を握ってしまいます。

    明日は月曜日で、ここ数日不在だった主治医も戻ってくるはずです。本格的なセデーションに入ることになるのだろうと覚悟しています。

    これで父が癌の辛さからやっと解放されると思えるほど父はこれまで頑張って来ました。最後になるかもしれなかった会話が罵声となってしまったのは本当に悲しいことですが、命がある間、たくさん父に話しかけて手を握っていてあげたいと思っています。

    あと僅かな時間しか「お父さん」と呼ぶことができないのだとたくさんの思い出を呼び起こしながら今を過ごしています。

    ユーザーID:1471072071

  • 色々な方がおっしゃっていると思いますが

    一番、最後まで残る感覚が聴覚だということです。鎮静下でも聞こえているようだという話を、私も、看護師さんはじめ、色々な方から聞きました。たくさん話しかけてあげてください。お父様、本当によくがんばられたと思います。悲しいことですが、これで、お父様も病気の苦しさや、不安定な精神状態から解放されるのでしょう。
    きりんさんも、本当に色々大変だったと思います。今現在も、この後も、しばらく悲しい気持ちは続くと思いますが、誰もがいつかは通る道です。応援しています。

    ユーザーID:3564501139

  • たくさん話しかけてください

    私は父を肝臓ガンで亡くしました。
    最後の時、父が一番心残りであろう知的障害者の娘(私にとって妹)の行く末は大丈夫だと安心していいんだよという思いで話しかけ続けました。
    「○○のことは大丈夫。私がいるから、私がちゃんと世話するから」
    既に意識が無くなっている筈の父が涙を流しました。

    皆さんもおっしゃっているように聴覚は最後まで残るのだろうと思います。
    今になってもあれも話せば良かった。これも話せば良かった。
    と次々に思い浮かんでは後悔してしまう時があります。
    きっとどんなに話しても後悔は残ってしまうのでしょう。
    たった一人の父親の旅立ちですから。

    お父様ときりんさんが残された時間、穏やかに過ごせることをお祈りしています。

    ユーザーID:1206779749

  • 御礼(トピ主のきりんです)

    レスを下さったお一人お一人の方に心から御礼申し上げます。先月末、父は静かに旅立ちました。皆様からの励ましを胸に父の手を握り、話しかけ、最期の最期まで傍にいてあげることができました。

    泊まり込みが続き疲労のピークはとうに超えていたその夜、モニターに示される数値が安定していたため主治医から「今日は自宅で休まれてはどうですか?お近くですし何かあってもすぐに来られますよね。」と帰宅をすすめられました。
    そのこともあり、またちょうどその日の最終で息子が帰省することになっていたため、駅で息子を車に乗せてそのまま帰宅し早々に休んだのです。

    夜中3時に病院からの急変の連絡があり息子と一緒に病院に駆けつけました。間も無く兄も到着した数時間後、快晴の朝日の中、父は穏やかな表情を取り戻し、私と兄に手握られながら静かに息を引き取りました。

    ずっと傍にいたのに、いない時に旅立ちの準備を急がなくてもと思いましたが、息子の到着を首を長くして待っていたに違いなく、天国の母からまるで朝食の声がかかったみたいに、長年の習慣だった朝食時間になったと思ったら、す〜っと逝ってしまったのです。(続きます)

    ユーザーID:1471072071

  • 続きです

    今は既に葬儀をすませ、親戚も帰り家の中がやっと静かになりました。家には間も無く大学に戻る息子と犬、私、そしてたくさんのお花に囲まれて微笑む父の遺影が残っています。

    葬儀の間を通して私には涙を流す時間がありませんでした。今も気持ちの中に大きなつかえのようなものがあり、きっと大泣きしつくさなければ自分の気持ちが解放できないような気がしています。


    色々な事後処理や仕事の再開など、することがたくさんありますが少し休もうかと思っています。


    父がいなくなっても一人で生きて行けるのは、そういうふうに育ててくれた両親のお陰です。今はまだ元気というには程遠いけれど、いつも通りの生活に戻しながら前向きに生きて行こうと思っています。

    小町をご覧の皆様、医療関係者の皆様、本当に有難うございました。

    そしてこの場を借りて父に一言。
    「お父さん、本当に有難う。いっぱい有難う。そしてご免なさい。いっぱいご免なさい。お父さんが私のお父さんで本当に良かった。誇りに思ってる。いい歳だけど私、お父さんが大大大好きだから!ずっと見守っていてね。」

    本当に皆さん有難うございました。

    ユーザーID:1471072071

  • ご冥福をお祈りします

    お父様、お亡くなりになられたとのことで、心中お察しします。

    ですが、きりんさんご自身が納得できたご様子なので、陰ながら応援していた者としては、ほっとしています。

    お父様にたいする愛情、とても伝わってきました。
    お父様もきっと幸せな思いを抱いて、逝かれたと思います。

    きりんさんの文章を読んで、私も、両親を亡くしたときのことを思いだしています。

    お体に気をつけて、今は休まれてください。

    ユーザーID:3112236017

  • ご冥福をお祈り申し上げます。

    お父様のご冥福をお祈り申し上げます。

    きりん様、お父様が旅立ったとの事。
    お気持ち、痛いほど分かります。

    忙しいでしょうけど 休める時に体を休めて下さいね。
    きっと、お父様も疲れたきりん様を心配するでしょうし。

    ユーザーID:6775150182

  • お疲れ様でした

    お父様も、きりんさんも。

    きりんさんの静かな文章を読んで、父が亡くなった昨夏のことを思い出し、不覚にも涙してしまいました。

    でも、なかなか大泣きするって出来ないんですよね。不思議です。泣いても悲しみは深く深く胸の奥に落ちていくような感覚で、解放されることは今までありませんでした。

    それでもお日様の光を浴びて、木々の緑を見て、私も元気になってきました。私の身体には父の血が流れているのだと思うだけでも勇気付けられます。いつか父に再会するまで精一杯生きようと思っています。

    きりんさんもゆっくりと元気を取り戻してください。

    ユーザーID:5217823088

  • 心が軋んでいます(トピ主のきりんです)

    お悔やみレスを有難うございます。でも本当は心が軋んで壊れそうになっています。

    これは父の死が悲しいからではなく、伴走し続けた闘病があまりにも辛く壮絶だったことから来ているのだと思います。特に最期が近づくにつれて現れたせん妄・錯乱・不穏によるショックは言葉では言い尽くせないほどでした。

    自宅に本当に一人になった直後から自分の心がバランスを失いつつあることを感じています。睡眠もめちゃめちゃです。何をしても疲労が激しくて腕や手が重くなってしまいます。
    せん妄が起きる前から闘病の様子を見ていることが辛くて、いつか自分のキャパシティを超えてしまったら鬱などになってしまうのでは?と思ったこともありました。今本当にそうなりそうな不安があります。

    父のためにも自分のためにもこんなことではいけないと思っているのですが…。火曜日から仕事に復帰予定なのに、今日くらいのコンディションではとても仕事に出られそうにありません。心療内科に行こうかと考えてもいます。何だか情けないです(涙)。応援して下さった皆様すみません。

    ユーザーID:1471072071

  • お医者様へ行ってみては?

    私は、四十九日、納骨を済ませ、最低限の母の家の始末をつけた後
    お医者様のすすめで3ヶ月の入院を経験しました。

    肺ガンの患者(あえて肺ガンと限定します)に親がなったと言う
    壮絶な体験、しかもそれを一人で支えたと言う経験は
    一人の心と体では耐え切れるものじゃありませんでした。

    家庭がありましたので3ヶ月で自宅療養となりましたが、幸いここ数年
    仕事を持っていないこともあり、引き続き、母の家を1〜2ヶ月に一度
    訪ねて、片付けています。これもまた、心のつぶれるような作業です。

    お医者様に相談してください。
    難しく考えなくても、今生きているあなたの生活を軽くするお薬もあります。
    よく眠れるだけでも違います。

    まだまだ、気持ちが大変だと思います。
    どうぞ、現代の医学を信じて、安らかにお過ごしください。

    ユーザーID:8028925964

  • きりん様

    きりん様、お父上様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
    そして、きりん様もお疲れ様でした。
    お仕事に復帰との事、体調は如何でしょうか。
    気になっております。

    8年前に肺癌の父をホスピスで看取りました。
    セデーションに入る前のせん妄、錯乱、経験しました。
    母と交代で付き添っておりましたが、父のせん妄は、母の心を深く深くえぐるものでした(女性関係です)
    癌が言わせているのだと解ってはいても、あの状態の母には聴かせたくないものでした。

    父の死後、二年が過ぎる頃、ようやく母は『味覚と色覚が戻って来た』と。
    お恥ずかしい話ですが、私も同じような状態でした。
    父は苦しみから解放されたのだ、楽になったのだと自分に言い聞かせ
    て過ごしました。

    きりん様、心身の不調はいつかは癒えます。
    しかし今を乗り切る為に、心療内科でちょっと力を借りてみるのも必要かと思います。
    暫くはいろんな手続きや対外的な用件がいっぱいでしょうし。違う悲しみや無情感がやって来るのは、一周忌の後かとも思います。

    どうかご無理を重ねる事なく、お過ごし下さい。
    きりん様の心に平安が早く訪れますように祈っております。

    ユーザーID:1582051208

  • 心療内科、よいと思いますよ

    まずは、きりんさん、おつかれさまでした。
    お父様のご冥福をお祈りいたします。

    重病のお父様を実質お一人で看病なさって看取られたのですから、お疲れなのは当然です。情けないなんてことは全くありません。至極当然のことです。ご自分の疲労を自覚できていらっしゃる分、まだ、よいのではと思います。

    心療内科にかかってみるのはよいお考えだと思います。誰かに話を聞いてもらうだけでも気が楽になります。また、軽い薬で気分が落ち込むのを軽減することもできるようです。

    くれぐれもご無理をなさらないように。大変な一山を超えたばかりなのですから、心身ともにぐったりと気が抜けたような、重たい感じになるのは当然です。色々な手続きなどもありますが、どうぞ、ゆっくりゆっくり、休み休みでやっていってください。

    ユーザーID:3564501139

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