カタカナ語の氾濫について

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趣味・教育・教養

大和人

前から気になっていましたが、どうしてこうもカタカナ語、おもに英語、が氾濫するのでしょうか。テレビ、新聞、雑誌に限らずあらゆるところで。全くだめなどと言うつもりはないですが、どうして日本語で表現できないのでしょうか。と言いつつも、昔から使われている’サービス’’ミシン’などもあるし、どの程度で区切るのかなどは議論の余地があろうかと思うが。何でもかんでもカタカナ語で書けばかっこよくなるのかしら?

これは私の見方ですが、ひとつには世の中、つまり日本人、が物事に対して腰が座っていない現れからです。日本語を通して表現するということは’自分の意見’として発信することになりますが、カタカナ語、多くの場合外来語、を多様することによってあたかも’他の人の意見’のように無意識にすり替えているように思われます。よく言われますがフランスでは自国語を大切にするあまり、たとえば、英語で問いかけても、まともに返事をしない。フランス語で問えば快くよく返事か返ってくるとか。

日本にもしばらく前の厚生大臣が老人向けの刊行物にカタカナ語が多すぎると噛みついたことがあると聞きました。ついでに言えば私は外国語教育などは否定するものではなく、逆に進めるべきとの考えに与する者です。皆さんの議論の場になればと考えトビをたてます。

ユーザーID:6833425969

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  • ではどうすればいいのか?

    そういう段になると、やはり漢字を使うってことなんでしょうね。
    まあ漢字も元は外来のものですが、日本人はこれを使いやすいように多少変えましたね。
    明治期などは、漢語で外来の概念を言い換え、これが中国に逆輸入されるほどに高度に使いこなしました。

    英語を含むその他の言葉は日本人にとってこの段階に到っておらず、単に音をカタカナにしただけに過ぎないという意味では、まあ芸が無いですな。
    芸が無いだけならまだしも、英語を使えるというワケでもなく、カタカナ語が英語の元の言葉と意味が違ったりして英語学習者を混乱させる始末。
    ちょっとお寒いと言えば、そうなのかも知れません。

    かといって、和語だけでは様々な概念を表しきれないですね。
    じゃあ漢字かというと、これも今の日本人には難しいでしょう。
    郵便の「郵」の字を持ってくるような芸当が現代の日本人に出来るかどうかと言えば・・・ね。

    となると、多くの日本人に共有されている漢字に対する学習を社会全体で深めるしかないんでしょうね。

    ユーザーID:3809173066

  • 全てでは無いですが

    適切な日本語が無い場合や、説明的になってしまう場合は、
    そのままカタカナにして使っていますね。

    新しい日本語を作るよりも、英語であれば一般教養で
    身に着けている人が殆どですので、既にある言葉を
    使った方が分かりやすいからだと思います。

    個人的には、カタカナ語よりも、若い人たちが使う
    不思議な日本語の方が危機感を感じますね。

    ユーザーID:0198363092

  • 訳語を作る暇がないかも

    かっこつけではない場合も多いでしょう。近代化が進み海外からの情報の流入が増加した結果、新しい概念に対して新たな訳語を作るよりも、海外で使用されている用語をそのまま使用するほうが、概念を把握・共有しやすいという事情があるでしょう。また片仮名語に英語由来が多いのは、単にアメリカ経由で情報が入り易いからですね。

    そして単にかっこよさを求めて意味もよく分からず使用する場合を除けば、“自分の意見”として発信することは可能です。さらに言うならば、自分の意見を持たない人間の発言は、片仮名を使おうが中身は薄いし、自分の意見を持つ人間の発言はその逆です。「片仮名語を使う⇒自分の意見が無い」はあまりに浅薄な見識だと思います。

    なおトピ主さんは当然ご存知でしょうが、国立国語研究所が「外来語言い換え提案」を行っています。参考までに。
    http://www.kokken.go.jp/gairaigo/Teian1_4/iikaego.html

    まあ、正岡子規の「野球」みたいなのは良いですね。
    それに最近の映画の邦題は、情緒が無さ過ぎるとも思います。

    ユーザーID:7803053605

  • 時代錯誤

    >フランスでは自国語を大切にするあまり、たとえば、英語で問いかけても、まともに返事をしない。

    いつの時代の話ですか?
    英語で尋ねたら英語を話せる人は英語で答えてくれましたよ。

    ユーザーID:2793770034

  • 私なりの見解。

    私の見解として以下。


    日本語って柔軟性に富んだ言語なんですよ。
    漢字、カタカナ、ひらがな。と3つの表記方式があり、
    例えば中国語で日本のアニメのタイトルを表示すると、全部漢字になりますが、
    日本語は、英語を音読してカタカナにすれば表現できる、という柔軟性があります。

    また、もともと外来語に対して柔軟で、
    「カステラ」「おんぶ」「合羽」などはポルトガル語が元ですしね。
    そんな風にして
    “今の日本では表現しきれない物体/現象”を「準外来語」としてアレンジして
    吸収してきた経歴があります。

    それと「言葉のイメージ」ですね。
    「金剛石の首飾り」より「ダイヤのネックレス」の方が受け入れやすいものです。

    そして「手短な言葉/短縮言葉が好き」という民族性。
    結局音に出して、より手短に、簡単に相手に伝わる事が出来れば、そちらを利用するんだと思います。


    トータルしますと、結局
    「日本語はコミュニケーションツールとして応用が利きすぎる」と私は考えます。
    (過剰にカタカナ語を利用する一部の人を除いて)
    人との関わりにおいて、より「共有できる語句」が望まれる。
    その結果かな、と思います。

    ユーザーID:2581947165

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  • 同感です

    「ラジオ」とか「テレビ」などを、新しい日本語に
    作りかえることもないでしょうけど、
    「二グレクト」とか「コンセプト」とかいうような
    言葉は、日本語にちゃんとありますよね。

    トラウマ、ニーズ、レシピなども、それに該当する
    日本語がすでにあったのに、どうしてこういうカタカナ名
    を使うようになったのか不思議です。

    かつては「明日に向かって撃て」というような
    すばらしい映画の邦題がありました。
    今なら「ブッチキャシディ アンド サンダンスキッド」ですね。
    「風と共に去りぬ」は「ゴーン ウィズ ザ ウィンド」ですか。

    時代が変わっていくのは当然のことですけど、
    ただ、それらのカタカナ名を読んだり、聞いたりするたびに、
    「みっともないなあ」「美しくないなあ」と感じていました。

    このように感じる人間が、多くなっていくのか、ますます
    少なくなっていくのか、、、、どちらなんでしょう?

    ユーザーID:2622546051

  • 一応英語を使って仕事していますが

    国を離れて20年近く経ちます。

    最近、日本からの出張者がビジネス英語をよく知っているのに驚きましたが、全て、今日本では普通に話されている言葉だったんですね。

    『ルーチンワーク』とか『モチベーション』とかが会話に自然に含まれてきます。
    でもこれをそのまま英語で使うと日本語英語の発音となり通じません。

    英語圏ネイティブが日本語を習う場合、『ホテル』や『トラベル』などカタカナ文字の発音に一番苦労する(本来の英語発音とは全く別なため)というのはよく聞きます。

    日本人がカタカナ文字で英語を覚えた場合、日本語英語と英語発音の二通りを使い分けないとならなくなり、無駄のような気がします。

    あるアメリカ人が「日本はまだ自国の言語・文字を持っているが、インドネシアやマレーシアなどアルファベットを使っている国はいずれ自国の言語が滅び、英語に摩り替るのでないか?」と言っており、面白い発言だと思いました。

    日本も新しい言葉は相当する漢字表現がなく、カタカナばかり普及するのではと私は危惧します。

    ユーザーID:9290649315

  • 漢字にしたら日本語なのか?

    結局、自分が調べるのが面倒くさいから、自分に判る文字にしてよ!ってことでしょう?何のかんの理屈はつけてるけどね。
    全てのカタカナ文字化を肯定しないけど、日本語化しにくいものは多い。
    日本語に存在しないものは無理して日本語化しないほうがいいものも多い。

    インターネットの時代なんだから、判らないなら調べるのも簡単でしょう?
    子供のころは辞書で判らないことを調べてたでしょう?
    今も同じことをしたらいいじゃないですか?
    フランス人を引き合いに出すことじゃないよ。

    ユーザーID:0274293491

  • 書く側と読む側

    双方に問題があります。皆さんの意見とも重なるのですが、「内分泌撹乱物質」「環境ホルモン」という具体例で私の考えを説明したいと思います。
    書く側の問題としては、手あかのついた言葉を避け、新しい言葉を使いたがる傾向があります。そのため、外来語を使うようになります。
    読む側の問題として、漢語を論理的に解釈することを嫌います。そのため漢語の使われた文章を読む力が低下します。また文章の内容を正確に把握するよりも「雰囲気」で理解したような気になります。
    その結果、先に具体例として挙げた二つの言葉では、「環境ホルモン」という言葉が主として用いられるようになりました。
    私自身は、表意表現である漢語をできるだけ使用するべきと考えており、「内分泌撹乱物質」という用語を用いるべきと考えています。
    ただし、IT分野などは、新用語が導入される量もスピードも他の分野とはケタ違いなので、漢語表現が間に合わないので、そのまま使うことがやむを得ないこととは理解しています。

    ユーザーID:5488579933

  • どの辺で区切る?

    現在トピ主さんが考える“日本語”も中国語由来の言葉が多いのはご存知ですよね。文字自体が中国から輸入されたものだし。

    日本人は古来より他国の良いものを導入して使いこなすのが上手いのです。
    腰が据わっていないというなら大陸との交易をはじめてからずっと腰が据わっていないと言わざるを得ません。

    トピ主さんの言いたいことも分りますが、“今の若い者は…”的な発想に近いですね。
    どんな時代にも新しいものを導入しようとする人は、『なっていない』といわれていたみたいです。

    日本語への置き換えもいいのですが、下手をするとその言葉が元々持っているニュアンスが変わる可能性もありますので、そこは慎重さも必要かも。

    ユーザーID:2110767223

  • 私もカタカナ語に違和感を感じます

    私もカタカナ語がどんどん多くなってきているように感じている一人です。どなたかがおっしゃっていますが、テレビやラジオ、そしてサービスなど、逆に日本語で説明がしにくいものなどは何の問題もなく受け入れられるのですが、コンセプトやニーズ、プロセスなどなどに違和感を感じます。

    現在海外在住なので英語を普段英語を使うことに疑問はないのですが、なぜ日本語でちゃんとした単語があるのにこうやってカタカナで示そうとするのか不思議です。

    ユーザーID:3303299239

  • 聞いているほうが恥ずかしい

    外国語のカタカナ表記は、よく見かけますよね。  正直、マニュフェスト だとか、コンプライアンスだとか、言わんとすることが良く分からないし、日本語で書けるものをなぜ? とも思います。 またそれ以前に、恥ずかしい誤用か気になります。例えば、

    ツーショット だとか、一昔前の政府の標語 チープガバメント(経済性の良い政府ということらしい) だとか。  いい加減、ナウなヤングのフィーリングなんてのは、卒業して欲しいと思うのですが。  あと、あのめちゃくちゃな英語と思しき単語が入っている流行歌(と Tシャツ)も何とかならないものですかね?

    言葉は生き物で、時代とともに変化するもの という考え方もありますが、私個人としては、そのような陳腐化の傾向に便乗は、したくないと思うのです。

    ユーザーID:2821797088

  • カタカナ語は、日本語の優れた側面では?

    日本語は大抵の国の言葉を、カタカナ語として受け入れる良い面があると思います。
    その中で、消え去っていく言葉、外来語として定着する言葉と別れ、ほかの国の言葉に比べ、変化しやすいと思いますが、それが悪いことだとはとても思えません。
    たとえば、トピ主さんも意識せず使っておられる「テレビ」はカタカナ語ですよね、そういう形で、よく使われる言葉、ほかに言い換えるのが難しい言葉が、残っていくということで、良いと思います。(ものによっては漢字が当てられることも)
    いまどき、カタカナ語を使って、かっこいいなんて思う人は少数だと思いますが。

    本題からずれますが
    「よく言われますがフランスでは自国語を大切にするあまり、たとえば、英語で問いかけても、まともに返事をしない。フランス語で問えば快くよく返事か返ってくるとか。」
    そういう人は、「私は貴族で、庶民とは話をしない」って人だけのような気がします。
    旅行に行ったとき、フランス人と片言の英語同士で1時間近く話したことがあり、普通の人は、どんな言葉を使っても、意思を伝えようとするものだと思いました。

    ユーザーID:7904909144

  • 誤った意味でのカタカナ語の氾濫に疑問を持っています

    言葉は確かに時代の流行を反映させるものだし、一般的ではなかったものをカタカナ語で取り上げて注目させるという点もあります。パワハラやセクハラなど、人が注意を向け抑制がかかり始めたものもありますが、氾濫するカタカナ語には、誤った意味で使われているものも多いと思います。私は外資系企業に勤めていますが、それでも間違った英語を使っている人が多いです。

    学校でわからない言葉は意味を調べて正確に理解するという練習をさんざんやってきたはずなのに、大人になると聞きかじった言葉をあいまいなまま理解して、使ってしまう人が多い。でもそれが個人レベルならいいのですが、テレビやラジオなど言葉の発信源となるマスコミの場でやってしまっていることに疑問を感じています。

    近代人さん、観光地ではないところだと、フランスに限らずヨーロッパのフランス語圏ではフランス語しか通じなかったり、英語は知っていても話せないふりをする人も多いんです。
    シラク前フランス大統領は英語が堪能でも公では話さないし、サルコジ大統領は英語が下手という話もあります。
    公に発言するなら調べてからですよ。

    ユーザーID:0637328711

  • 同感です。その2

    自国語を誇りに思い、自国語が世界で一番美しい言語であると
    信じて疑わない人たちの住む国、、といえば、真っ先に頭に浮かぶ
    のは、今でもやはりフランスです。

    フランス人が英語を知っていても話さないというのは、自分の立場とか、その時の状況とか、虫の居所が悪いとか、そういった個人的な理由からだと思います。

    それから、相手がいかにも「お前も英語を話して当たり前」といった横柄な態度で英語をまくしたてた場合とかですね、きっと。

    その誇り高きフランスでも、「ディスクント」(ディスカウントの
    フランス語読み?)とか、「メナジュモン」(マネージメント)などという言葉を使うフランス人が出現しているそうです。
    どちらも一般に使われているフランス語の言葉があるのだそうですが。

    返信の中にありました、インドネシアとマレーシアに関する発言を
    興味深く読みました。カタカナ英語の浸透は、日本だけではなかったのですね。ヨーロッパの国々でも、おかしな発音の英語の言葉を使う人が増えているのか、興味のあるところです。

    ユーザーID:2622546051

  • French

    私は英語圏に住んでいて、フランスでの経験はあまりないので、間違っているかもしれませんが、私のわずかな経験の中で感じたのは、フランスの人は、きちんと話せない外国語を話すのを恥ずかしいと思う(特に初対面の人に対して)ような心理があるので口をつぐんでしまうような気がします。 もちろん個人の性格・年代にもよるでしょうが。  知り合いになると、たどたどしくても、共通の言語を使おうとしてくれることがしばしばありました。

    ユーザーID:2821797088

  • 私も心配しております

    遅くなりましたが感想を一言。
    私もかねがね片仮名語の氾濫について苦々しく思っておりました。自然科学、科学技術などの分野から生活面に入り込んだ用語はある程度納得できますが昨今の状況は目を覆うばかりですね。このたび同憂の士がおられることを知り世の中まんざら捨てたものではないな、と実感させられました。
    私の住む自治体の広報紙や議員の有権者向けの情報紙でも片仮名語がけっこう使われておりますがやりきれない思いをしております。

    総選挙が近づくと「マニフェスト」ばやりになることでしょう。発信する方はしたり顔、受信する方は分からなくても分かったような気分で振舞う。
    右を向いても左を向いても「エコ」、「エコ」・・・。

    ところで「エコ」って何だっけ?考え込んでしまいます。阿吽の呼吸で片仮名語をやりとりしているだけのようですね。世の先覚者の方々は外来語を使用するに際してはまず可能の限り日本語に直していただければと思います。
    ついでに便乗してもう一言。会社名もけっこう片仮名語、ローマ字による略称、英語などが使われまるで判じ物。暗号解読を迫られているような現象が見受けられます。嫌になっちゃうな。

    ユーザーID:1636153659

  • テレビが原因

    私の会社では、接客・営業の時などには、名詞以外のカタカナ語はなるべく使わないようにと指導されています。
    形容するカタカナ語はなるべく使わないようにしています。と言ってもたいして知りませんけど。
    スポーツの言葉などは使います。
    コンセプトなどは使いません。

    カタカナ語の語尾上げの訛りも、注意されます。
    これはアナウンサーも訛り出しているので困りものです。関西人の訛り丸出しのテレビ番組から広まってしまったそうです。非常に耳障りです。

    英語は世界共通語ですから、カタカナ語とは根本的に違うと思います。
    漢字、ひらがな、カタカナと三つもあって日本語は便利です。

    テレビ出演している人たちが、カタカナ語を使うのが文化人の証だと勘違いしているみたい。それで広まっているのでしょうか。

    昨日テレビのニュース番組で使われていた、意味がよくわからないカタカナ語を、これ見よがしに使っているお得意さんがいると、少々うんざりしてしまいます。

    ゴールデンウィーク 連休バンザーイ

    ユーザーID:1288457920

  • 「インターネット」って日本語で何て言うんですか?

    トピ主さんが言わんとされていることは分かるのですが、なんか社会の教科書で学んだ『第2次世界大戦下の大日本帝国(英語禁止令)』みたいなトピですね。
    (ちなみに私は、戦争のはるか後の生まれなので、教科書のみの戦争未経験者ですが。)

    確かに、日本語としてすでに存在しているものまで英語で会話されてしまうと、英語が不得手な私としては?なときもあります。
    でも、それは、トピやレスにも書かれているとおり、大昔から行われてきた立派な「日本の文化」なのではないですか。

    テレビ(受像機)しかり。
    ラジヲ(音声電波受信機)しかり。
    ホテル(様式宿泊施設)しかり。
    ミシン(布革縫合機・・・これに至っては、外国人が「(センシング)マシーン」と説明したのを聞き間違えて「ミシン」になったという逸話まである始末)しかり。

    昔は良くて、今はだめと決め付けてしまうのではなく、昔からの日本の文化と考えると、至極当然の成り行きだと思います。
    ただ、そのスピードが昔に比べて急速に速くなっているだけ。

    で、最近巷で騒がれている「インターネット」は日本語で何と言うんですか?

    ユーザーID:0435341555

  • 日本人の興味の対象

    外来語って日本人の興味の対象を映す鏡のようですよね。

    昔は中国、フランス、スペイン、ポルトガル、オランダ、ドイツ、そして英語を話す国々。

    もともと日本語だった言葉が少ないくらいなんじゃないでしょうか。

    例えば、医学用語はドイツの医学を西洋医学として学んだ経緯から恐らく今でも根強く残っているようですが、IT関係などはやはりその先進国のものが入って来てしまうのは仕方ないのかも。訳されたら逆に分からないですよね。

    もともとの言葉の意味とは違うのに外来語として使う日本語は、正直格好悪いです。(ナイーブとかリフォームとかの英語は誤用だと思うのですが。)

    また、別な例として、メスと聞いたら誰もが手術用の刃物を考えますが、ドイツ語のもともとの意味はナイフですよね。この場合、誤用ではなくて刃物の種類を限定したくてメスと使うように思います。外来語は便利です。

    恩恵を受けつつ違和感はあるなあとしみじみ考えさせられるトピでした。私は個人的にカタカナは格好が悪いと思います。もっと嫌なのはそのカタカナ語を省略して使うことです。でも他に表現方法がないので使います。

    ユーザーID:5636064926

  • 一番困るのは

    JR、って日本語に出来ないですね。
    昔、久々に日本へ帰ったら国鉄という言葉が無くなっていて、ちょっと困りました。
    いまだに国鉄、と言いかけては周りの苦笑をかいます。

    ユーザーID:6383623840

  • 専門的なことはわかりませんが

    今手元にある今年出版されたフランスの新聞や雑誌(専門誌ではなく一般向けです。)をペラペラめくってみると 英語をそのまま使っている言葉もかなり多いです。

    ラテン語文化や中国文化が強かった時代に それらの言葉が世界の言語に取り入れられたように、現代は英語なのでしょう。

    何百年かたってアフリカの言葉がたくさん日本語に入ってきたりすると楽しいなあ、なんて想像してしまいます。

    ヤングなナウなフィーリングとしては 今は「情報科学」ではなく「IT」っていうことでしょう。

    ユーザーID:2596917336

  • でもそれが日本語

    音を表すのに、ひらがながあるのにさらにカタカナがあるのは、日本語の特徴だとおもいますね。でもね、漢字だって新聞だってやまとことばじゃないですよ?それは受け入れられるんですか?そうすると、外来語に由来するカタカナ言葉というより、新しい言葉に抵抗がおありなんでしょうか?新しい言葉、という点では、別にカタカナに限らず、また日本語に限らず、英語だって中国語だって常に生まれるものだとおもいます。そもそも、新しい言葉の出現は新しい概念の出現を示しているとおもいます。新しい概念が、外国から来た場合、それに対応するような言葉を自国の言葉でわざわざ創出するよりも、そのまま外来語の音に由来する言葉で使用/定着するのは、結構どの言葉にもあることではないですか?豆腐は英語でもトーフですよ。ま、そもそも日本では明示以来、舶来ものがハイカラだったから、日本は特にそういう文化なんじゃないですか。

    ユーザーID:4481392607

  • 外来語を「取り入れる」とは?

    自国語で学術論文を書ける言語というのは、数え切れないほどある言語の中でもごく一部だと言われています。

    言い換えれば、新たな概念を自国語で言い換えるだけの語彙や使われ方の素地が整っている言語の数がそれだけしかないという言い方も出来ます。

    古来、「蝶」や「菊」すら表す適当な言葉が無かった日本語(和語)ではありますが、多くの人間の苦労の甲斐あって漢字に訓読みを与え、レ点等を使って漢文を読み下すことで、様々な表現が出来るようになりました。

    では、英語を含めた様々な外来語を新たにカタカナで表す方法は、こうした努力の末に獲得されたものでしょうか?
    LとRの発音はラ行で混同され、猿を「モンキー」と発音しては英語圏の人に通じない表記法がです。

    僕は、そのまま音を写すこと自体には反対ではないのですが、現在のカタカナ表記では弊害が多いと感じています。
    母国語との相性の良い方法を考えずに外来語を取り入れたままにし、結果として過去の漢語資産を捨てる羽目になった韓国の例もありますね。

    こうした面からも、おそらく外来語の取り入れ方にも多少の知恵を使うべきなのかと思いますね。

    ユーザーID:3809173066

  • さらに言うと・・・

    「インターネット」をどう日本語で表現するかという問いもありましたね。
    良い問いだと思います。

    似たようなものに「グローバリゼーション」をどう表現するかという問題があります。
    日本語で言うとさしずめ「地球規模化」であり、意味もほぼ正確に表しますが、なにせ長いですよね。字数が。
    これを中国人は「全球化」と表記するそうです。
    意味的には多少の飛躍がありますが、こちらの方が使いやすいと僕は感じます。

    この差は何なのかっていうと、「既にある言葉に新しい意味を加え、使いこなせるかどうか」ってところですよね。
    これをしないと既存の言葉で説明的に字を並べるために長くなり、したがって使いにくく、結局音を写すだけの方法に流れてしまう。
    英語でも元々「マウス」という言葉に操作機器としての意味は無かったのですが、新しい意味を加えて使うことで多字表記を避け得ました。
    「ウェブ」「ネット」なんかもそうですね。

    こうしたセンスのない僕が上記の問いに答えると、「全網」くらいしか浮かばないのですがね。
    「フィロソフィー」に「哲」の字を用いるセンスがあれば、弊害も少ないのですがね。

    ユーザーID:3809173066

  • 私も心配しておおります 続

     インターネットを日本語で何というのかな?という「未熟者」さんの疑問、あくまで一つの例として提示されたのでしょう。すっかり定着したこの片仮名語、コンピュータ技術者、研究者、業界関係者が名訳を出してくださればよかったのにな、と思います。漢字の祖国中国では外国語移入に際しては日本語のように片仮名語がないので
    1.音訳(外国語の発音に近い漢字を当てる)
    2.意訳(外国語の意味に相当する漢字、語を当てる)
    3.音訳+意訳
    の方法が採られているようです。
    さて、「インターネット」は文献に出現する相当語を見ますと1998年以降は「因特網」が普及、一般的。「因特」はINTERの音訳当て字、「網」はNETの意訳。類似の相当語に「英特網」、「桜桃網」がありましたがいつのまにか廃れたようです。
     前記2に相当する語には「計算機国際交互網絡」、「国際互聯網絡」、「国際互聯網」、「国際電脳互聯網絡」、「国際電脳網絡」(香港)、「国際網際網路」(台湾)、「国際網絡系統」、「全球交互網」、「全国信息自由交換網」、「網際網路」(台湾)、「互聯網」など。中国の技術者の苦心が偲ばれます。さて日本では?

    ユーザーID:1636153659

  • テレビの影響

    インターネットはインターネット。テレビ、ラジオと同じです。使っている人には意味の必要ない言葉になっています。

    日常の一般家庭で使う言葉と、専門的に使う言葉とは違うと言うことを理解しましょう。使う必要もないのに、意識して使おうとしている人もいます。
    畑違いの人にわざと専門的なカタカナ語を使って話す人もいます。

    うんざり。

    話す相手によって使わなくするのも礼儀です。

    ニュース番組などもそうです。女優やタレントがどこで覚えたの?って言いたくなるようなカタカナ語を使い出します。下調べしているのでしょうね、今度使おうって。それを見ている人が良く分からないのに真似します。

    やっぱりテレビの影響です。

    うんざり。

    例えば「コミュニケーション」これはかなり前から使われていますが、
    3年前には放送にも会話にも使われていなくて、いきなり使い出されるカタカナ語もあります。
    いったいどういう層の人種が最初に使い出すのでしょう。
    結局広まるのはテレビからだと思いますが。

    いずれにしても日本語は漢字、ひらがな、カタカナと三つもあって使い分けが出来て便利です。

    ユーザーID:1288457920

  • 呟きさんの指摘は興味深いと思います

    単に音を写すこと自体が悪いのではなく、それによる弊害が大きいことが問題ではないかという話だと思いますね。
    トーフの音を写すこと自体にそれほど弊害があるとは思えません。
    ただ、母音表現が5種類と非常に限られ音を写し難く、さらにいわゆる和製英語と区別が付きにくかったりすることが問題なのではないでしょうか?
    アルファベットは、音を写すという点ではカタカナより融通が利きますから。

    英語それ自体にも古代語や仏語からの輸入語が形而上的表現をする単語に多く、日本語における漢語の役割を担っています。
    英語と輸入元の言語は語族も同じで親和性が高いので弊害が少ないのですがね。

    日本語への漢語の輸入はこうした壁を技術によって取り払いましたが、安易なカタカナ音にはそれが少なく、さらに弊害を生んでいるという話なのです。
    自然に淘汰されるという考え方も出来ますが、同時に日本語自体が淘汰されると過去の多くの日本語資産を失う弊害も起きますから(韓国やベトナムでは顕著ですね)、その処理についても知恵を働かさないよりは働かせた方がマシだろうという話ですね。

    ユーザーID:3809173066

  • 個人の趣味の問題

    時が進むにつれて言語が変化するのは当然のことですから外来語が日常使う言葉のなかに入ってくるのは避けられないでしょう。一度使用されるようになればどんな言葉でも日本語の一部、という考えも一理あります。意味が通じればそれでいい、という意見も聞いたことがあります。その通りだと思います。ですから人がカタカナ語を乱用しているのを聞いても非難する気はありません。

    ですが使用している人の趣味の良さや教養ということになるとまた話は違います。会話の中で「モチベーション」などという言葉を聞くと意味は解るのでそのまま話を続けますが、背筋が寒くなるのは避けられません。およそ言葉遣いということはその人の人格を表すものだと思うので、「意味さえ通じればいい」、という考えは、「仕事に行くにはスーツを着てネクタイさえしめていればどんなに趣味が悪くてもかまわない」というのと同じだと思います。人の趣味の悪さを表だって非難するのはいけませんが、心の中で少し見下げられるのは避けられないと思います。

    人にどう思われてもかまわない、という考えの方は妙なカタカナ語でも何でも自由に使われるのがよろしいかと。

    ユーザーID:0416042571

  • あるいは国語教育の問題かも知れませんね

    我々は日本語を使いこなしているようで、実はそうでもないもかも知れません。
    読点の打ち方ひとつとっても、その方法を体系的に義務教育で教わったという人はごくごく少数でしょう。
    「矛盾」という言葉の由来ひとつとっても、「韓非子に引用される楚の商人の話」と言った時、カギカッコの中身について一体どれだけの中学生が理解できるかを考えると心細いものがあります。

    この場合の「日本語」とは、日本語化した漢語を含むという意味ですが、そういう意味の日本語が使えなければ、闇雲に音を写すだけだったり、音を移す際の弊害を取り除く技術を使いこなせないのも無理はない気がします。

    英語との親和性を高めると言っても、まさか「ルー語」にするわけにもいかんでしょうしね。

    まあ、大学まで含めて10年以上英語教育を受ける割にはこのザマである事を考えると、あるいは同時に日本語教育の再構築も必要なのかも知れません。
    蘭語や英語に秀でた福沢諭吉も、それ以前に漢学に習熟した学者であったことを考えれば、受容側のレベルというものが重要なのでしょうね。

    ユーザーID:3809173066

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