フランダースの犬

レス43
(トピ主1
お気に入り41

生活・身近な話題

にゃんこ

子供の頃に見たアニメ、フランダースの犬について皆さんのご感想を聞きたいのです。

と言うのも、このアニメの結末を観て子供ながらに少なからずショックを受けたからです。
あまり詳細は覚えてませんが主人公の少年は貧乏で両親も居らず(お祖父さんと犬と暮らしている)決して幸福な環境でないにも関わらず明るく前向きに生きていたけれども、お祖父さんは亡くなり、絵の才能も認められないまま最後は教会で犬と共に凍死(餓死?)してしまいます。

この物語をどのように受け止めればよいのでしょうか?
アニメというのは子供に友情の大切さとか努力していれば報われるとか、希望なり何かしらの教訓を与えるものだと思うのですがこのアニメは何を伝えたかったのでしょうか(まさか現実の厳しさを教えたかった?)

皆さんのご意見を御願いします。

ユーザーID:4957342322

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数43

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • 私見ですが…

    私も、あの最終回は、何度観ても、観るたびに涙が出ます。
    あの場面について話をするだけでも、涙が滲みます。
    健気さ、哀しさに負けない強さ、清らかさ…そういうものを、ネロは持ち合わせ、失うことなく生きました。
    ネロの人生は決して幸せとは言えなかったけれども、それでもネロは、他人を怨むことも妬むこともしませんでした。
    そんなネロだからこそ、最後の最後まで幸せとは言えない人生を歩んだネロだからこそ、あんな死に方をしたネロだからこそ、観る人は、その一瞬、ネロのことを想い、想うことによって心が浄化され、涙が出る…のかなあ?
    そういう、『観る人の心の浄化』を求めて、あの作品は創られたのかなあ?

    今まで、私はただ感動して涙を流すだけで、それ以上のことは考えたことがありませんでした。
    このトピを見て、初めて、そういうことを考えました。
    なんだかお粗末な私見で、失礼致しました。

    ユーザーID:1821824642

  • いいアニメだと思うけど

    人を思いやる気持ち 「人のフリみて 我がフリ…」じゃ無いけど
    ネロに意地悪をする見て 意地悪って嫌だな とか学ぶんじゃないかな??
    友情の大切さとかもいいけど… 人を思いやる気持ち・悲しいものを観て 悲しいと素直に感じる心 そういうものを伝えたいのでは??
    って思います♪
    子供に見せてますよ!5歳ですが
    「可哀相だね…なんでおじちゃん意地悪するのかな??」
    ただ見せるだけでなく 子供と一緒に「なんでかな?
    意地悪って嫌だね!○○ならどうする?」って感じで一緒に勉強(?)
    してますよ。
    こんな考え方…どうでしょう??

    ユーザーID:8221324812

  • 再放送中

    私の住んでいる地域ではちょうどフランダースの犬が再放送されています。

    昨日はパトラッシュ(犬)がもとの飼い主にいじめられてかなり弱っていたところから、回復するという場面でした。まだ主人公とおじいさんが一緒に暮らしているので、悲劇は訪れていません。実は3歳の娘にせがまれて見せています。

    以前の金物屋の主人にパトラッシュがいじめられているところも一緒に見ました。子供向けアニメとはいえ、今はいろんなアニメが存在するなかでこのフランダースの犬は安易にハッピーエンドにすることなく、生活に根ざしたこまかな主人公の環境や心情をあらわしていて、いい作品だと思います。

    こどもだからといって絵本でもテレビでもいい結果におわる話がかならずしも教育になるわけでなく、考えさせられるものがあってもいいのではと思います。ほめられた話ではないかもしれませんが、アンパンマンやドラえもん、スティッチ、スポンジボブなどいろんなアニメも時間帯があえばたまに見せてます。くれよんしんちゃんだってOKです。

    要は何を感じるか、それを親子でどう語り合ってくかだと思います。ちなみにプリキュアは見せてませんが…。

    ユーザーID:3216875440

  • 非常に難しいけど

    ややこじつけかもしれませんが、「人生における満足感や達成感は
    人それぞれ」ということをいいたかったのかもしれません。

    確かにネロは最後、絵の展覧会でも落選し、濡れ衣も着せられます。
    ただ、絵もベストは尽くしたし、濡れ衣を着せた意地悪大家が落とした
    財布をちゃんと届け、ルーベンスの絵も見ることが出来た。やるだけの
    ことはやった…という達成感を得て「幸せだ」と自らの人生を終えてます。
    そのことに対して「死んでは何もならない」「もっと生きるために
    足掻くべきだ」というのは「傍から見たおせっかい」でしかない…と
    いうことなのかなあ、と。

    ちなみに、梶原一騎先生原作のマンガは最終回で「努力・精進してきた
    主人公が最後に力尽きる」という作品が非常に多いです。「巨人の星」や
    「あしたのジョー」は原作そのままの最終回でアニメ化されました。
    これも、見る人によっては「頑張ってきたのになぜ?」と思うのかも
    しれませんね。
    (「タイガーマスク」や「侍ジャイアンツ」も原作では最後主人公が
    死にますが、アニメでは「ハッピーエンド」にストーリー変更されました)

    ユーザーID:7369787778

  • ネロとパトラッシュ

    にゃんこさん
    もう遠い昔、テレビで見た最後の場面が記憶が戻ります。自分の考えを言います。人は恐らく悲しさに出会うと心が清めれられ、優しさを覚えますよね。自分は小学生の頃、決まって秋口になると夏の疲れが出て、一週間程学校を休んだものです。お腹の具合が悪く母がいろいろと食事の面倒を見てくれ、友達も学校帰りに立ち寄り、励ましてくれました。
    布団に寝ていたあの時の心持;何を見ても切なく、優しく自分は他人に対して何かをしてあげなければならない、と子供心に真剣に思った事を今でも良く覚えています。
    ネロとパトラッシュが教会で凍死する場面を見ると、大変悲しくなります。

    それは子供の心に浄化作用を及ぼすのかも知れません。清らから心になれて、他人に対しえ慈しみが湧く。優しさを知るようになる。それが児童文学の作用でしょう。でも、例えば浅田次郎さんの小説は正しくこれです。読んでいてじわじわと心が清めれれ、切なく優しさを覚えます。
    小説の本来の意図はここにあると、自分は思います。
    何も大それた事は書かなくてよい。要は人(子供)の心に人間としての優しさを伝える事だ、と自分は思うのですが。果たして、
    皆さんは?? よし。

    ユーザーID:8206148484

  • 生活・身近な話題ランキング

    一覧
  • 透明感と痛烈な批判

    本放送された当時も、終わり方については論争があったと、母から聞いたことがあります。子供の頃の感想はもう、全く覚えていませんが、大人になった私の感想としては、結局「己の信じる正義を懸命に生きよ」ということかなあ、と思います。

    最後の場面、天上へ旅立つネロとパトラッシュは、幸せそうに微笑んでいます。
    ネロは、数々の不幸や意地悪に心をゆがませることなく、まっすぐに行動し、どうしても見たかったルーベンスの絵を見ることができた。そして、パトラッシュが自ら望んで自分のそばに戻って来てくれたことで友情面でも満ち足りた思いで旅立ち、パトラッシュもまた、大好きな少年とともにいることを喜びとして共に旅立つ。
    その旅立ちが死であることが、複雑な心境にはさせられますが、短くもまっすぐに生き、達成感を持って死を迎えた少年の透明な生き方を、究極の清らかさとして描き出した、非常に芸術性の高いお話だと思います。
    また、彼の死によって、登場する大人たちのエゴやくだらない意地悪、不親切の罪深さが一層際立ち、痛烈な批判となって己を振り返らされる、と言う意味では、十分に教訓的とも言えるのではないでしょうか。

    ユーザーID:3514238972

  • 天使が舞い降りてきて・・・

    アニメの最終回は、ネロが、「疲れたよ・・・」と目を閉じる。天使が舞い降りてきて、ネロの魂を天国に運んで行く、こんな感じだったと記憶しています。天使に導かれて神様の元に行くのですから、これはネロにとって大きな救いなんだと思います。

    ユーザーID:6662777099

  • キリスト教圏のお話ですしね

    苦しい生涯でも、信仰心を忘れずに清い心で生きていれば、死に際しては天国に召されて幸せになれるのです。
    ネロ少年も犬のパトラッシュも、天使達が連れて行ったでしょう?神の御許に召されることが一番の願いなわけでしょう、彼の国なり、教えでは。
    まぁ、この点では仏教でも「極楽浄土」を希う、ということがありますね。

    必ずしもこの世で幸せにならずとも良いのです。

    ただ、日本の子供向けアニメですから、宗教色は極力排除されてはいるでしょう。


    因みに、あのお話は、フランダース地方の方々には不評なそうな。
    曰く「我々はあんなに不人情ではない!」とのことです。まぁ、そりゃそうだ(笑)

    ユーザーID:9334535359

  • けがれなきいたずら

    だったと思いますが、昔私が若かりし頃、見た洋画(スペイン?)で
    両親が何かで亡くなったので孤児になった幼い男の子が修道院で暮らしていました。
    そして遊んでる内に屋根裏にキリスト像を見つけ、お腹がすいてるでしょうと何回かパンをやったら そのうち スー と手が伸びてパンを食べました。
    それ以来、毎日運び続けて、どうして食べ物が減ってるのだろうと尼僧達が覗くと、
    そこにはキリストと幼児が会話してます。
    そこでキリストが「なにが望みだい?」と尋ねると
    幼児は「父さんと母さんに会いたい」といいます。
    キリストは幼児の望みをかなえ天国に召します。
    涙が止まりませんし、納得いきませんでしたが、
    町中で葬儀をして天国に召され、選ばれた幸福な男の子のエンドでした。
    キリスト教にはそういう教えの一面もあるのでしょう。

    機会があったらにゃんこさんもぜひ。
    蛇足ですがうちにはネコが2匹います。

    ユーザーID:9640115967

  • うーん

    以前、大人になって感想が変わったアニメという
    トピがありフランダースの犬のことを書きました。
    子供ながらにその結末にドン引きし、嫌なモヤモヤが
    残る内容でしたし大人になってからも
    「ネロはもっと何か変えることが出来たんじゃないか?」
    とか思ってしまって。
    すると他の方が、原作について書かれてました。
    1、アニメにあるようなネルロ(原作はこうらしい)に
      差し出される救いの手は一切ない
    2、もちろん最後に天使も降りてこない
    3、凍死したネルロとパトラッシュの遺体を見て
      反省し哀しむ町の人々に対してネルロの死に顔は
     「もう全て遅いんですよ」と言っているようでした
      というような突き放した終わり方だった
    これを読んでから「もしかすると原作はネロ視点じゃない?」
    と思ったりしました。
    つまりネロを取り囲む人達が、ネロに対して言った事した事を
    考える物語なのかも。後悔先に立たず・・・ですよと。

    性格的に現状を受け入れ我慢するより「変えてみせる!」
    話のほうが好きなんですよね。
    南の島のフローネとか。関係ないか・・・。

    ユーザーID:9704076819

  • アニメは意味不明

    確か原作では、
    ネロがコゼツの旦那に嫌われるわけは、きちんと説明されていたと思います。原作では、ネロとアロアは10代の中頃で、画家になりたいなどという浮ついた考えを持つ悪い虫が娘に付くのを恐れた旦那がネロをうとましく思うのです。
    だけど、アニメでは、ネロを子供にしてしまったため、コゼツの使用人のような男が意味もなくいじめるという感じになってしまっています。
    また、原作では、ネロはまったく孤立無援となって死に至るのですが、
    アニメではミシェルというおじさんとの行き違いによって死んでしまったかのようになっています。

    このように、アニメでは中途半端な改変がおこなわれたために、若干意味不明な作品になってしまっています。
    原作を一度読んでみると、「フランダースの犬」に対して違った印象を受けると思います。

    ユーザーID:2241564412

  • 日本人の感性

    欧州では、「負け犬の死」と言われて大不評で、日本人だけが感動するのだそうです。
    アメリカで映画化したときは、ラストをハッピーエンドに変えたのだそうです。

    2〜3年前に、ベルギー人の監督が検証映画を作っていて、日本人だけが感動するのは、忠臣蔵とか新撰組的な「滅びの美学」がベースにあるのでは?という結論になったようです。

    原作は、アニメよりもネロ達の年齢がもっと上で、地域の有力者(アロアのお父さん)が絶対的権力を握っていた当時の時代背景や閉鎖性もストーリーに影響しているので、アニメほど単純な話ではないようです(原作を自分で読んでないのですが、ベルギーに行った時現地ガイドさんが言ってました)。
    ちなみに、原作者はイギリス人なので、モデルのフランドル地方の人は、日本人の観光客が来るようになるまで、原作の存在すら知らなかった人が多いとか。

    アニメの製作者の意図はよくわかりませんが、私は、結果は敗者でも、誠実に真摯に生きた姿に感動する日本人の感性っていいなと思います。

    ユーザーID:7060503044

  • ネロをどう感じるか

    ネロは不幸なのでしょうか?
    心優しく清く、貧しくてもそれは変わらない。
    この物語を読んで誰もが涙を流すのはネロという少年が
    どんな状況でも穢れていないからです。
    人が生きていくうえで本質的に敬われる人柄なのです。

    人生は不条理の連続。
    それは受け止めていかなくてはいけません。
    子どもたちにのほほんとハッピーな人生だけを教えるとするなら
    その子たちは生きづらい人生をきっと辛いだけでしょう。

    世の中は厳しい。思い通りにはいかない。

    そして誰もがネロを悪く思うことはないでしょう。
    それでいいのだと思います。

    余談ですが私はごんぎつね、なんかも子どもに世の中の不条理を知るべく
    すばらしいお話だと思います。

    ユーザーID:3410494038

  • 描いているイメージを壊すようですが…

    原作(英語)読みました。すごく陰気でつまらない作品だと思いました。
    なんでこんな作品が日本でアニメ化され感動を呼んでいるのか全くわかりませんでした。
    その後、たまたまアニメを見る機会があったのですが、原作とは設定もかなり違っていたことにびっくり。
    残念ながら原作を読んだ後に見た日本版フランダースの犬はあまりにお涙ちょうだい風に編集されていて、ちょっとうんざりさせられました。これでは何を伝えたかったのかなんてわかりません。
    私が思ったのは日本人好みに編集された結果、まんまと乗せられた人がそれを見てウルウル…ということです。
    事実、私の夫も子供の頃に見て涙を流したそうで、私が「つまんな〜い」「なんか暗くて嫌な結末」と言うなり、
    「そんなこと言う奴の感性がわからん!」と一蹴されました。

    原作、読んでみてはいかがでしょう?
    日本語訳は多数あり、訳者によって受ける印象も違うと思いますが、参考になると思いますよ。

    ユーザーID:3911751844

  • 現実は厳しく冷たいですよ。

    >アニメというのは子供に友情の大切さとか努力していれば報われるとか、
    希望なり何かしらの教訓を与えるものだと思うのですがこのアニメは何を伝
    えたかったのでしょうか(まさか現実の厳しさを教えたかった?)

    現実は厳しく冷たいですよ。
    派遣の契約解除、イジメ、パワハラなどの現在起こっている事象を見れば明らかで
    しょう。
    強い立場の者が弱い者を虐げていますネ。

    数十年前に「ほんとは恐いグリム童話」って本がありました。
    昔の作者が自身の経験から得た本当に伝えたい教訓を「残酷ダ!!」って
    切り捨て、甘ったるい仲良し話に置き換えた話への反論でした。

    >アニメというのは子供に友情の大切さとか努力していれば報われるとか、
    そんな言葉を真面目に受け止めて生長すればイジメは無いだろうし、皆さん
    目的を達して幸せに生きている事でしょう。

    「ハンバーグ大好き・唐揚げ大好き」って言うお子様が動物園や牧場で「牛
    さんカワイイ」って餌を与えて得意満面です。
    大好きな牛さん・豚さん・鶏さんが生長後にお肉になってハンバーグや唐揚げ
    になるなんてネ〜。
    残酷な途中を知るのは可哀想ですが、何時かは知って欲しい現実です。

    ユーザーID:3828459875

  • ??

    フランダース地方の方々には不評なんですか?

    以前新聞の記事で、現地の方が「フランダースの犬のお話知ってますか?」「フランダースの犬の教会はどこですか?」とよく日本人観光客に尋ねられるので、不思議に思って調べたらこのお話。
    感動したという話を読みましたよ。
    記事をそのまま真に受ける分けにもいきませんけどね。

    ヨーロッパの感性なら理解される話、でもアメリカ人は受け付けなかったみたいで、最後はハッピーエンドになったとか。

    ユーザーID:6340662060

  • 英国人がフランドルを舞台に書いた話です

    日本人が、韓国を訪れて、そこを舞台に書いた物語のようなものでしょうか
    異国を舞台にした物語で、リアリティ等追求しているのか微妙です

    ちなみにこの間アントウェルペンに行ってきましたが、日本のT自動車が、この物語を記念して寄贈した像がありました(修復中でしたが)。私はこの物語の最終回以外見たことがないので、日本人が多いのにもびっくりしました。

    ユーザーID:2217106307

  • ハッピーエンド以外から学べるもの

    マッチ売りの少女と同じことではないでしょうか。

    汝の傍の弱き、心ふるえるものに想いを寄せているか?

    と自分を鑑みる機会を与えてくれたと考えられないでしょうか。

    また、善意の第三者面して残酷なことをしてはいないかと。

    アロアの母親は、子供達の前ではよき理解者であるかのように振舞っていましたが、地主で支配者である自分の夫には「私はか弱き妻なので」逆らおうともせず、アロアとネロが引き裂かれたときは勿論、無実の罪をネロが着せられた際やその状況でもネロが落とした大金を届け、吹雪の中に戻っていったときもただ傍観しているのみでした。
    可哀相な子、とは嘆くものの、死の向かっていく少年に手を差し伸べはしませんでした。

    数年後にアロアは両親と袂を分かち、孤児を世話する修道院の修道女となり、ネロのために一生祈る生涯を送りました。

    ユーザーID:7641334660

  • 清く正しく美しく。

    初めてあのアニメを見たのは、8、9歳くらいの頃だったと思います。
    当時の私が受け取ったメッセージは、「清く正しく美しく」です。
    「どんなに苦しい生活でも、正しいことをしなければならない」と。
    大人は自分たち子どもに、そういうことを教えたいんだなぁ、と思いました。

    だけど、ついポロッと本音を言ってしまったんです。
    「この子、強情だよね。どうして素直に"助けて”って言えないのかな?」と。
    ええ、もう、そりゃー、大人たちから総スカン食いました。
    「何でお前は素直に泣けないんだ」と。

    大人になった今でもやっぱり思うんです。
    「本当に強情だよなぁ」って。
    (いや、嫌いじゃないんですよ。ただそう思うだけで。)


    ところで、これは聞いた話なので定かではないのですが、あのアニメを見た沢山の日本人たちがフランダースに観光に行き、
    「ネロとパトラッシュの家はどこだ?」と聞くので、地元自治体がその銅像を立てたそうです。
    確かご当地のとある男性が、「こんなに愛されている物語なのだから、何とかしなければ」と運動を起したと聞きました。
    すごいぞ、日本人観光客パワー(笑)

    ユーザーID:2048052254

  • ちょっと横でスミマセン

    最近では観光資源になっている様ですね。TVで見ました、わたくしも。

    「不評」という話もTVで見たのですが、それはかなり以前のことです。番組内で街頭インタビューに答えるおじさんが「あんな可愛そうな子供がいたら、ほっとくわけないだろう。」「私達はそんなに不人情じゃない!」と不機嫌そうなお顔をなさっていらっしゃいました。そこに「地元では不評だ」という解説の声も入り「それはそうでしょうよねぇ(笑)」と思ったのでした。

    で、最近見たTVでは「銅像が建っています」・・・えぇえーっ?!

    しっかり(ちゃっかり)してるわ〜(笑)

    ユーザーID:9334535359

  • 今週の少年サンデー

    ちょうど今週の少年サンデーの「月光条例」という漫画で、このお話を扱っています。
    童話の世界の登場人物がこの世に現れて混乱を招き、それを元の本に送り返すべく奮闘する主人公たちというストーリーですが、主人公たちが「フランダースの犬」のストーリーの理不尽さに憤って、パトラッシュに奮起をけしかけるというもので、今後どうなるかちょっと楽しみにしています。

    ユーザーID:8959865963

  • トピ主です

    皆さんそれぞれのご感想を頂き大変参考になりました。有難うございました。

    確かに主人公の少年に意地悪をする人を見て自分はこうなりたくないとか、少年に対して自分なら何をしてあげられるのかなどを考えるきっかけとなるアニメなのかもしれません。

    また、キリスト教の教えからすれば純真無垢で人や自分の境遇を恨むことをせず天に召された少年は幸福であったんだという考え方も、なるほどそういう捉え方もあるのかと気付かされました。

    ただ現実の世の中が不条理で納得のいかない世界なので、せめてアニメの結末ぐらいはと思ってしまいました。

    ユーザーID:4957342322

  • 原作はちょっと違うんですよ

    原作のネロ(本名ニコラス)は15歳、アロアは12歳です。
    私が原作を読んだ印象としては、ネロは庶民として畑を耕し生活していくことよりも(これはおじいさんの願いでもある)、早くから芸術家としての人生を選んでしまって、その分すごく純粋で清らかな気立てのいい性格ですが、貧乏に食らい付いていくような生活力はなかったように思います。

    原作にも「貧乏で文字も読めない少年に、いわゆる天才というものが与えられたのは、むしろ呪いといっていい」というような一文があり、ネロは絵が見られたので幸せな気持ちで天に召されますが、これは芸術家としては幸せだけど、一人の人間としてはやはり恵まれない人生だったと思います。

    日本で言えば宮沢賢治みたいな感じかなぁと思いました。
    (違ったらごめんなさい)

    アニメではそれだと難しいので、分かりやすくマッチ売りの少女的な人情話に変えたのではないでしょうか。
    原作は暗くて硬質ですが、「泣ける」というよりは「深く考える」といった感じで私は好きです。

    ユーザーID:6524747582

  • 悲惨な話でした

    アニメをリアルタイムで見ていました。アニメのあの終わり方しか知りません。ネロが死の直前にルーベンスの絵を見て満足しながら愛犬と凍死してしまうのは余りに悲惨すぎだと思いましたよ。確か無くなった金は全然別の場所で見つかったんですよね。それも許せなかったな。小生はネロが試練の末に「狭き門」をくぐって天に召されて良かったねとはとても思えませんでした。このストーリーは大嫌いな部類に入ります。

    ユーザーID:7206503896

  • 原作を読んで感じたこと(2度目です)

    トピ主さんの質問の答えになってないかもしれませんが、るるるさんの指摘した宮沢賢治とフランダースの犬の共通点、実は私もそう思ってたんです。
    なんとなく哲学的でありながら、現実を見てない(見えてない?)ところが特に。

    例えば日本人の大好きな「雨ニモ負ケズ」。
    人助けをしつつ貧乏暮らしをし、でも20世紀初頭の時代背景からすれば一日に4合の玄米を食べるなんて贅沢もするあたりが矛盾してるし、喧嘩や訴訟で争う人が「涙を流し、おろおろ歩く」ことしかできず「デクノボー」と呼ばれる人に「つまらないから止めろ」と言われても聞き入れるわけないだろう…
    と、こんなことを学生時代に感想文として書いたら先生に「それを言っちゃおしまいだよ」みたいなこと言われました。
    まさにフランダースの犬のアニメ(特に最終回)を見て「救いようがなくて暗い。つまらん」と私が言った時の夫の反応と同じ!

    私に言わせれば、主人公はもっと貪欲に生きることを考えるべきだと思います、はい。
    日本では私のような考えは少数派のようですが(苦笑)

    ユーザーID:3911751844

  • フランダースの犬について

    確かに’フランダースの犬’は古いスペイン映画の名作、’穢れ(けがれ)なき悪戯’やアンデルセンの’マッチ売りの少女’、’人魚姫’などと共に、ハッピーエンドでは終わっていませんね。きっとこれらの物語にはキリスト教的が考え方が投影されているのではないでしょうか?
    例として’穢れなき悪戯’のマルセリーノも孤児で、修道院の神父達に育てられます。屋根裏部屋(?)にあるキリスト像に毎日のように食べ物を持って行き話をします。最後にキリストがマルセリーノに感謝の印としてマルセリーノの願いを聞くと、マルセリーノは死んだお父さんやお母さんに会いたいといいます。最後の感動的な場面は美しい音楽と共に、神父達がキリスト像の横で天国に召されたマルセリーノの姿を映して終わっています。
    つまりキリスト教では現実の世界では苦しく、周りの人達からは不幸に見えても、善い(よい)事をしていれば、死んだ時に神からの審判があり永遠の幸せが約束されているということです。だから死は悲しくも残酷なものでもないんだと・・・。それと子供達に優しさの大切さとか意地悪な行いをしてはいけないよ、という事を伝えたかったのではないでしょうか。#1

    ユーザーID:6215907846

  • フランダースの犬について

    こういう終わり方をすれば物語がもっと印象的になり、子供達の心に作者のメッセージが強く刻まれると思うのですが・・・。
    悲しい結末が好きじゃない人もいますが、現実の世の中は良い事ばかりではないということを、子供達に教えるいい機会だと私は思います。

    ユーザーID:6215907846

  • 子供向けにはちょっと難しい・・・

    私は、このストーリーを結末も含めてとても気に入っています。
    もし、これをハッピーエンドにしてしまったら、「うそでしょう! そんなこと!」となって、かえってしらけてしまいます。
    ストーリー全体を通じてそれほどの悲惨感は伝わって来ないのは、主人公のネロやおじいさんが物質的には貧しくも心が清く豊かに描かれているからです。
    おじいさんのセリフ「貧乏人はすべてを受け入れなければならないのだよ。」というあたりは、あたかも誰もが持っている「他人と比較して自分が惨めだ」と感じながら生きている現代人の苦しみや悩みを超越しています。私にはネロやおじいさんやパトラッシュがとても幸せそうに感じました。

    (続く)

    ユーザーID:5110474519

  • 子供向けにはちょっと難しい・・・

    (続き)

    人はお金や名声を求めて生きるのではなく、その瞬間その瞬間を懸命に生きればよい。人生は努力したからといって必ずしも自分の思いどおりになるとは限らない。願い事のひとつでももし叶えられればそれは良しと考えるべきかと思います。
    最後に主人公のネロがあこがれのルーベンスの絵を見ながら愛犬といっしょに死んでしまう!といのは、お金や名声を手に入れていないものの、ネロの心が満たされた=最高の幸せの瞬間ではないでしょうか! とてもいいストリーだと思います。
    お金や名声を手にしないことには人生は惨めだ!と言う価値観から見ると、悲惨な結末で一体何を言いたいのでしょうか? となってしまうことでしょう。

    ユーザーID:5110474519

  • 宮沢賢治の名誉のために

    るるるさん、メアリースコッツさん
    >早くから芸術家としての人生を選んでしまって、その分すごく純粋で清らかな気立てのいい性格ですが、貧乏に食らい付いていくような生活力はなかったように思います。
    >日本で言えば宮沢賢治みたいな感じかなぁと思いました。(違ったらごめんなさい)

    それはぜんぜん違うでしょ!(苦笑)
    なぜ宮沢賢治批判になっているのか、それも「玄米4合は食べすぎだ」なんて見当違いも甚だしい。

    あくまで私見ですが、宮沢賢治は、日々土に親しみ、つらさに耐え、努力を惜しまず、生命を大事に思い、人の幸せを願うという人物イメージです。作品でも、牧歌的で、周りの生き物にやさしい目を向け、ひたむきで決してあきらめず、人を信じ、人の幸せのためには自己犠牲も厭わないという登場人物が多いです。ネロの立場であっても、歯を食いしばって必死に生きようとしたでしょう。

    わたしの尊敬する人物の一人です。

    どちらかと言えば、純粋さと文才、生活力なしという点で「石川啄木」の方が合っているように思います。

    ユーザーID:8959865963

あなたも書いてみませんか?

  • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
  • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
  • 匿名で楽しめるので、特定されません
[詳しいルールを確認する]
レス求!トピ一覧