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プロ野球豪傑人列伝について語りませんか?

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kenshin

アラフォー男性です。最近、面白くなくなったプロ野球界。豪傑人がいなくなったせいではありませんか?
「記録の王」、「記憶の長嶋」といった超一流選手だけでなく、そのフォーム、仕草がユニークというか特徴的な選手、そのような選手がもう一度日本のプロ野球界に戻ってきて活躍してほしい願いを込めて、「こんな豪傑選手がいた」、「こんな選手のこんなプレーを見た」といった書き込みをお願いします。
私は投手では、村田兆治の「まさかり投法」や野茂英雄の「トルネード投法」が見ているだけでカッコよく好きでした。また、ライブで観て印象に残っている試合は、平成7年の近鉄対オリックス戦で、オリックスの佐藤投手が当時では最年長のノーヒットノーランを達成した試合を藤井寺球場で観たのですが、そのときのワンシーンで、一塁にいたイチロー選手が、次打者の長距離ヒットで一塁から一気にホームに帰ってきたときの足の速さは、ほんとうにビックリするくらい速かったです。
常識のピッチング理論、バッティング理論が通じない選手、モノマネされる選手が少なくなってきたこともプロ野球が面白くなくなった原因ですよね〜(近鉄の梨田や、阪神の竹之内のバッティングフォーム・・・今やれば、コーチに大目玉なんでしょうか?)

ユーザーID:7548938907

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  • そうだなぁ

    元阪急ブレーブスの山田投手のフォームも独特でしたね。

    私の記憶にある選手は
    西武ライオンズの金森、デッドボールの時の声。
    同じく、秋山、ホームランを打ってホームインする前にバック転をした。

    あー、まだあるのに思い出せません。
    あったら書きます。

    ユーザーID:6998065149

  • 広島カープと愉快な外国人選手

     当時外国人選手はふてぶてしいとのイメージがあった私に、ライトルの真面目さは新鮮でした。
     やっぱりランスでしょう。「ランスにゴン」は不滅です。
     銀行員かと思ってしまったロードン。一年だけ活躍した選手でしたね。
     ロペス。あの広島で6年は立派(途中にダイエーに浮気されたけど)
     ソリアーノ。帰ってきてくれなんて口が裂けても言えません。

     ミンチーの頃から、他球団へ移籍していく選手が多くなりました。
     基本的に高額年俸の出せない広島は、取ってくる選手も当たり外れが多いわけですが、たまたまいい選手が出てくると、儲けた気分になれるわけです。(その後、他球団に持っていかれるわけです)

     こんなお宝発掘のような気分が味わえるのも、広島ならではですね。
     そして、活躍した選手も年俸がネックで長期維持できないのも広島ならではですね。
     (ルイスは来年、どこに居るのかな?)

    ユーザーID:8170118377

  • トピの趣旨に賛同しまして

    >最近、面白くなくなったプロ野球界。

    ここには全く賛同できませんが,昔の偉大な選手の話ならできるかも知れません。

    昔は地方在住者にとって,あまり生で見る機会のあった選手は多くないですが,
    阪急ブレーブス(これも過去の球団ですね)で活躍したマルカーノ選手(故人)のスイングは
    するどく,また打球が速かったです。1980年ころでしたか。

    外では激しい雷雨のなか,旅行中に東京ドームで観戦した日ハム−ロッテ戦,試合は接戦。
    「ゴロゴロ」と音がすると大概の選手は少しは気にしていましたが,当時のロッテの
    抑えのエース,成本投手だけは全く気にせず試合に集中していました。たぶん1994年。
    もっとも,点を許さなかったものの試合は引き分けでした・・・。

    ユーザーID:4478903177

  • 高橋慶彦さん

    元・広島カープの高橋慶彦さん。
    俊足で長く広島のリードオフマンとして活躍されましたが、高橋選手といえば何といっても、現在も破られていない33試合連続安打というプロ野球記録です。
    今年も、マリナーズのイチロー選手が連続試合安打を続けているとき、高橋選手のこの記録が引きあいに出されていました。

    現役時代の高橋選手で思い出すのは俊足巧打もさることながら、ハンサムで、ユニフォームから覗く腕の筋肉がすごかったことです。
    私の中では、「イケメン+筋肉」ということで、高橋選手と俳優の真田広之さんのイメージが重なります。
    他に腕の筋肉がすごい選手といえば、日本ハムの田中幸雄選手でしょう。

    ユーザーID:5551152622

  • 今も昔も

    いやいや今のプロ野球も面白いですよ。ダルとか西武の選手たちとか、イケ面がファンの幅も広げているのでは?さて、私の記憶といえば大杉、張本あたりから外国人のマニエル、ブーマー、ブリーデン、ラインバック。皆姿形がおっかないというか豪快というか。ラインバックは一生懸命さですかね。勿論神様バースも。あとは身体は小さいのに偉大な打者になった若松、掛布。投手ではアンダースローの足立、山田、金城。横手で小林繁。彼らの投げ方はよくマネしましたね。それと、ヤクルト安田のようなヘニャっとした投手が少なくなりましたね。フォームが独特だとマネできて記憶に残る。その点、確かにイケ面たちの投打フォームはキレイになった分特徴不足かも。

    ユーザーID:5336544792

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  • 高橋慶彦さん

    幼い頃からの憧れの人でした。

    ジャイアンツファンの父に連れて行かれた試合で華麗な盗塁と33試合連続安打。
    広島のショートストップ高橋慶彦さんは本当にかっこよかった!

    今ロッテの打撃コーチですね。球場に行くたびにお姿探します(笑)
    西岡剛選手の華麗な守備に慶彦さんの面影を重ね昔を懐かしむ私です。

    あとは豪傑とちょっと違うかもしれないけどロッテのジョニーこと黒木選手。
    華のある選手でした。去年の引退は寂しかったぁ。

    ユーザーID:2427010747

  • 敬遠を打った愉快な男

    クロマティと新庄が、失敗を顧みず、果敢に悪球を打ちに行き試合を決めた事がありました。さすがにプロバットコントロールが、素晴らしいし度胸がタダ者じゃあない

    ユーザーID:4758627347

  • 投げるたびに

    玉を投げるたびに帽子が曲がった堀内大好きでした女子高生ながら毎週ベースボールマガジンを買って高橋一三ファンの同級生と見せあってました柴田の赤い手袋も懐かしいですが野球はワールドベースボールクラシックぐらいしか見なくなりました今や野球は遠い記憶の彼方です

    ユーザーID:3258647712

  • 竹ノ内選手が出たなら

    こんにちは、トピ主さま。

    私はジャスフォーですが、われわれの年くらいまでなんでしょうね〜
    プロ野球で盛り上がれる年代は(笑)。

    さぁ行きましょうか!

    独特の打法を持っていた選手としては阪神の竹ノ内選手、ヤクルトの八重樫選手、中日の木俣選手。
    みんなでマネをしていたのは赤鬼マニエル選手。

    あと巨人→阪神の小林投手の真似は定番中の定番でしたね。
    まずは帽子を両手首で直したあと、キャッチャーのサインにうなずいて、独特の美しい?サイドスローをしたのち首を振って帽子を振り落とす、うーーーん懐かしい!

    でもでも私の思い出No.1はパリーグでは阪急の山口高志投手。
    あの剛速球は今でも私の中では1番の剛球投手です。
    セリーグでは広島の津田恒美投手、気持の入った剛球はスピードよりも魂で打ち取っていたような錯覚に陥ったものです。

    あ〜また語っちゃったよぉ(爆)。

    ユーザーID:0379747580

  • 2度目ですが最近ブラゼル

    3球連続自打球を足に当て、その後センターへホームラン。直後倒れ込んだが、よく痛み(半パじゃないです。)に耐え結果的にホームラン。素晴らしい。

    ユーザーID:4758627347

  • 投打の「両刀使い」

     今は投手と野手の役割が明確に分化され,特にパリーグは指名代打制のため投手はそもそも打席に入りませんが,昔は,バッティングについても「腕に覚えあり」という投手も少なくなかったということです。
     
     そんな1人が,「悪太郎」の異名を取った巨人の堀内ですが,この堀内,入団2年目の或る試合で「ノーヒットノーランで勝利投手,且つ,打っては3打席連続本塁打(+1安打)」というとてつもないことをやってのけました。現代では考えられませんね。大体昨今では,投手が1試合3(4)回打席に入ること自体殆どないわけですから。
     堀内は加えて,現役最後の打席で本塁打という,「世界の王」もできなかった偉業を成し遂げたのです。

     あの400勝投手,金田は現役時代36本塁打を記録しており,他にも,特に名球界入りしているような投手は,打撃にもそれなりの「実績」を残しているようです。「芸は身を助く」でしょうか。また,名球界入りは叶いませんでしたが,巨人の江川は5年目のシーズンに打率.286を記録しました。この打率であれば好機でも下手に代打を送るよりそのまま打たせた方がよく,実際そんな場面もありました。

    ユーザーID:7756216290

  • ありがとうございます。

    高橋慶彦。いい選手でしたねぇ〜。村上龍が「走れハカハシ」という小説で書いています。打って、守れて、走れて、おまけにイケメン。こんな選手がいなくなったのもプロ野球人気が低調な理由でしょうか?

    ユーザーID:7548938907

  • 今は亡き監督

    私は現役時代は知らないのですが、近鉄の監督をされたおおぎ監督。
    イチローや野茂選手を育てた監督でもありますね。

    私は筋金入りの近鉄ファンで後援会にも入っており、
    当時キャンプの追っかけもしていました。
    おおぎ監督はファンを大事にしてくれる方で、
    私たちがキャンプ中の球場に行くと「来たか!」と
    ニコニコで迎えて下さり、マウンドに上げて、
    「好きな選手言ってみ。全部呼んだるから。」と言って本当にそうしてくれました。
    他球団の大物監督がキャンプ視察に来られた時も、
    「あんな監督と会える事ないからな。」
    と言って呼んでくれ、写真撮影をしてくれました。

    今では考えられられませんが、当時の近鉄はそんな部分もあったんです。
    そしてそれは全て、監督の厚意でした。
    高齢でキャンプに来れない私の祖母(近鉄ファン)に、野茂さんのサインを下さいました。
    本当に豪快で、人の気持ちを汲み取って、器の大きい監督でしたね。
    だからこそ、野茂選手やイチローが世に出たのではと思います。

    同じ場所でキャンプしていた巨人はガードが硬く、
    全く持って何も出来ませんでした(笑)。

    ユーザーID:7121437940

  • 杉浦亨さん

    二度目のレスです。
    個人的に忘れられない選手を、もう一人。

    1980年代にヤクルトスワローズで活躍した左の強打者、杉浦亨さん。
    腰をよじり上半身を少しピッチャー側に向けた独特の構えから、
    反動をつけるように鋭いスイングで、まさに火の出るような打球を放っていました。

    杉浦選手で思い出すのはやはり、弾丸ライナーのホームランです。
    当時テレビの野球中継を見ていて、もちろんセンター方向からのカメラ映像ですので、
    杉浦選手が打った瞬間、視覚的にファーストライナーかと思った打球が、
    そのまま神宮球場ライトスタンドのポール際に突き刺さる…。
    このような表現も決して大袈裟ではないくらい、本当にすごかったです。

    ユーザーID:5551152622

  • 一億円の足

     …の異名を取った阪急の福本。1972年に,シーズン106盗塁を記録し,当時大リーグのモーリー・ウイルスが持っていた104盗塁を更新したと絶賛されたものでした。しかも「本塁打については,『日本は球場が狭い』などとイチャモンをつけられるが,ベース間の距離は日米とも同じ」などという変なお墨付き(!?)も与えられていました。
     それにしても,1シーズンで106個の盗塁などとは,今では1選手はおろかチーム全体による記録としてさえちょっと考えられない数ですね。昨今の盗塁王なんて30個代(それ以下でも?)でなれるのですから。余談ですが,最近の野球がつまらなくなったとすれば,こうした現象も一因と思われます。

    ユーザーID:7756216290

  • スコア・ボード

    今は昔、出雲の国に翁あり。 

    記憶が正しいとすれば、後楽園野球場は一時期接収されていたのではありますまいか。 そして、その接収が解けた時、少年読売巨人軍とかが出来て、外野で観戦出来た記憶があります。

    投手にはスタルヒンや別所。 其の他、青田、千葉、川上、等々。 監督は水原か三原。 他の選手の名前が出て参りません。 省線電車が一回り十円の頃。 

    オドール監督の率いる桑港シールズとかの二軍が其の巨人相手に試合をしていました。 大変な騒ぎ、だったと覚えております。 と言うか、我々が新聞社に踊らされていたのでしょう。

    後年、あのジャイアント・馬場も投手で何回か出場しておりましたが、成績は悪いし、愛想が悪いし、で長続きしなかったような、、、、。 

    松竹ロビンス、国鉄スワローズ、阪神タイガース、大洋ホエールズ、等々、二円か五円かの飴玉を買うと一枚入っていた選手の写真カード。 一所懸命集めておりました。 

    今又思いだしました。 外野のスコア・ボード。 ベニヤ板に数字が書いてあり、それをヒックリかえす係りがおり、いつかあれになりたい、と憧れておりました。 

    ユーザーID:4619228269

  • 器用さの悲劇か?利き腕無視の「左打ち」

     1982年5月某日,阪急の松永が日本ハム戦で,日本人として初めて「同一試合に左右の両打席で本塁打」を記録したとして話題になりました。
     右投手には左,左投手には右,と打席を使い分ける,「スイッチヒッター」は従来から何人かいたのですが,上記の記録はなかなか生まれなかったということです。不思議なもので,その途端,何人かの日本人選手が続けてこれを記録しました。しかしながら,今日では余り話題にされることはなくなり,更にはスイッチヒッター自体人数が少なくなったような印象です。
     野球は昔から「左に有利」とされ,このスイッチヒッター,或いは右投左打,といった選手が見られます。また私(左利き)も「野球がどれだけ左利きを世間の偏見から救ってくれたことか」と思っております。しかし反面,このところ「左に有利と言っても生粋の左打者と右投左打とじゃ月とスッポン。本当に意味あるのか」と思えるようにもなりました。元巨人の松井がなかなか結果を出せずにいるのは,不振というより,ことによったら「右投左打の限界」なのかも知れない,という印象も抱いております。

    ユーザーID:7756216290

  • 過去を美化しすぎですよ。

    私は今のプロ野球も素晴らしいとおもいます。球界の紳士とよばれた故藤田元司氏は「今のほうがレベルは高い昔はいいかげんだった」とおしゃってましたよ。かつての名選手たちは自分たちの時代のほうが上だといってますがこれはみっともないですね。素直に後輩たちの技量を認める度量を持ってほしいですね。                
    ものまねされるような面白い選手がいなくなったとトピ主さんは嘆かれてますがこんなこと何が面白いんですか?それよりも少年野球のお手本になるようなフォームの選手こそが大切でしょう。                                                                                                  

    ユーザーID:3079553736

  • 逆の意味?の「豪傑」…

     1989年8月12日,巨人の斉藤はナゴヤ球場での中日戦で,8回まで相手に安打を許さず,「ノーヒットノーラン」ペースでした(この時点では3-0で巨人リード)。ところが9回にペースを乱し始め,遂に安打を許すと,あれよあれよという間に崩壊してゆきました。更にタイムリーヒットを打たれて失点し,走者2人を残した状態で打席に入った落合(現・監督)に3ランホームランを浴びて逆転サヨナラ負けを喫したのです。

     9回に入ってノーヒットノーランを逸した投手はそれまでにも何人かいましたが,一気に敗北まで破綻などというのは聞いたことがありません。この試合をたまたま見ていた私は,「何でこう『ひ弱』なのか。ノーヒットノーランが途絶えた程度のことから立ち直れぬとは…」と慨嘆することしきりでした。

     ただ,斉藤の名誉のために(?)申し上げますと,この投手は同年と翌年,2年連続20勝を挙げました。更に後の1994〜1996年には3年連続開幕戦完封勝利も記録し,「平成1桁」時代の巨人投手陣の牽引役だったのです。

    ユーザーID:7756216290

  • 助っ人

    クロマティ、アニマル、デストラーデ、マニエル、バース、サンチェ、ブーマー、ブライアント、チェコ、リー兄弟、ニ郭一荘、宣銅烈・・・

    それぞれすごい選手達でしたが、やっぱりホーナーかなぁ。

    ユーザーID:8952613603

  • 連覇様に同意です。

    もうすぐオールスターですね。
    私は今も昔も野球が好きです。
    今年も注目している選手はたくさんいます。
    昔の野球ばかり見て今の野球を見ないのはとてももったいないことだと思います。

    たまたまフレッシュオールスターを見に行けることになりました。

    明日の豪傑候補の中田選手に注目してみたいですね。わくてか。 

    ユーザーID:2586498896

  • フォークボール全盛

    本文 故天知俊一(現作新、明治大、中日Dの初代日本一監督、スポーチ報知新聞記者、六大学野球主審、高校の英語の教師と素晴らしいキャリアです)氏

    2008年、教え子の杉下茂氏と野球評論家との対談で当時巨人の牧野茂氏からドジャース戦法の英文翻訳が来たと・・後の巨人日本一9連覇の礎となったレポートです。
    日本プロ野球草分けの人物で、高校の教師時代に 当時のMLBのフォークボール指南書を日本語翻訳して杉下氏へ啓蒙した凄い人物です。
    当読売サイトのスタッフの方からも詳しい人物像を本として関連した人物とのエピソードも添えて出版して欲しいです。
    長島茂雄さんも現役時代は スランプの時は心の教えを請いに行ったと、知り合いの天知さんの甥から聞いてインパクトを受けました。
    後の長島茂雄監督時請われて 天知氏の愛弟子の杉下氏のピッチングコーチへ就任は有名です。アメリカ初期日本遠征は読売りサポートの元、天知氏は参役としての進言で 新人の杉下投手をベテラン集団に参加させたことは あまり知られていません。

    今野野茂英雄さんもキット心時めかすと思います。

    ユーザーID:5423306913

  • 永久欠番

    #14の永久欠番と言えば ピ〜ンと来る人は野球を良く知っている人だと思います。ちなみに11球団は現在選手が着用しています。
    MLBではどうでしょう。

    最近で注目したのは元阪神の某選手です。きれいなバッティングフォームでした。

    ユーザーID:5423306913

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