算数好きの方、算数・数学の教育に携わる方、語り合いましょう!

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DITA

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  • あくまで冗談ではあるが、

    >>指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?
    >そう思います。

    そうすると今度は、

    「一方の順序に偏らないように、1つ分×いくつ分 と いくつ分×1つ分 が半々の比率になるように」とか
    「3×4=4×3=12、という具合に必ず両方の順序を書くように」
    「これは、掛け算に順序は関係ないことを生徒に定着させるために有効な指導法だ」

    とか言い出す教員がいたりして。

    ユーザーID:5102345290

  • 数学記号の読み方は

    実は慣用的なもので、これでなければならないと定めたものはないようです。たぶん、いろいろレスがつくでしょうが

    >沙羅さん

    フォントがつぶれていたのでいわゆるルート記号だと思いますが、「4乗根2(よんじょうこん、に)」とかそのまま「2の4乗根」読むと思います。表記として確定していればいいみたいなところがあるので、読むときはわりといいかげんで、人によっていろいろだったりします。こんなサイトもあるので参考までに(http://www.nikonet.or.jp/spring/sanae/report/suusiki/suusiki.htm

    コンピュータとかも興味があって好きなら、LaTeXを勉強してみるのもいいかもしれません。(中学生じゃちょっと早いかもしれませんが)読み方は別にして、ほとんどの数式を書くことができます。基本ただだし。もちろん参考書代とかはかかりますが。

    ユーザーID:9181712611

  • おおきくなれよ

    タイトルで動画サイトを検索すれば懐かしいものが見られます。歌っていたのは上条恒彦でほんとはハイリじゃなくてハイディのようです。ということで背理法(笑)

    >>トピ主様
    >>「背理法」を、論理学や数学を使わずに説明するときって、どうすればいいのでしょうか?

    以下の言い方で通じるかどうかは怪しいですが。主張したいことをAとすると

    1. もしAじゃないとすると、こうこう、こうなるじゃん。
    2. でも、それってありえないじゃん。
    3. だから、Aだったんだよ。

    数学では1.の論証部分、2.の矛盾の部分を厳密にやるからわかりにくくなるのかも。そこらへんをてきとうにやってるのなら、日常的に割とよくある理屈の流れのような気もしないではありません。「Aじゃないなんてありえない」とほとんど論証抜きで(笑)

    ユーザーID:9181712611

  • 「かける数」「かけられる数」の双対性

    ugougoさん:
    >ついでに、しつこいですが、のちに正比例を習ったときに、かけられる数は係数、かける数は変数という言葉に「上書き」されると思っています。

    しかし、たとえば線型(正比例)関数はf(x) = axのように書くのが普通だと思います。この場合aが係数、xが変数なので、その言葉の置き換えでいくと「かけられる数×かける数」になります。

    また、f(x, y) = xyという双線型関数(変数両方に比例する関数)はどうでしょうか。f(x, y)の値はxについても、yについても比例します。どちらが「かける数」でどちらが「かけられる数」なのでしょうか?

    つまり、「かける数」「かけられる数」という概念を固定して考えてしまうことが間違いなのです。「かける」という演算は左右両方から行い得るからです。

    このとき、「左からかけられる数」は「右からかける数」、「右からかけられる数」は「左からかける数」とそれぞれ読み替えられます。そして実数の掛け算は可換だから「左から」「右から」の区別が無意味で、結局「かける数」「かけられる数」という概念自体が無意味になるという話なのです。

    ユーザーID:4828386237

  • かけ算の順序の争点はどこ?

    1.教育的な便宜から、かけ算の順序を導入
    2.数の基本的性質に反するため、想定外の正解が必然的に現れる
    3.2への対処
     3.1.想定外の正解を許容する
     3.2.想定外の正解を許容しない
     3.3.かけ算の順序を廃止する

    3.1と3.3はまともな対応に見えるが
    現在、「何故か、3.2が優勢」という点が争点でしょうか?

    3.2が優勢だと、個人や法人が
    防衛的に対応せざるをない点で、非常に問題と思います。
    是正してほしいです。

    ユーザーID:1586063521

  • 中学受験する子に聞いてみればいい

    小学校の算数は数学への導入教科であると同時に国語力(読解力)を養うための教科でもあるのです。
    別に(個数)×(1個あたり量)に統一するならそれでもいいと思います。
    ただ、現時点ですべての(と言っても過言ではない)教科書・問題集で100円3個は100×3としているから、現実問題として変更するのは難しいと思いますがね。
    私が言いたいのは100円3個は100×3と書き、別の問題で200円4個は4×200と書く子に対してどうすべきかということです。(その都度確認すればいいという意見がありましたが公教育でそこまでできるわけがない)

    私の言っていることがさも子供を混乱させ負担をかけるかのように言っている方がいますが、中学受験をするレベルの子であれば意識せずに100×3と書くはずです。(逆なら違和感を感じるでしょう)
    筆算で計算するときまでその順序でやれと言っているのではありません。

    私はかけ算の順番を意識させることは算数教育界の良き伝統・習慣だと思っています。(それによって底上げにつながっている)

    ユーザーID:1511092203

  • 中学生です

    数学好きで、先取りしている中学生の沙羅と申します。

    トピずれだと思いますが、もしよければ教えてください。
    2の正の四乗根を
    4■2(4は本当は小さい)
    と書くと参考書にあったのですが
    これはどう読みますか?

    ユーザーID:4418100975

  • 学校の先生になる人って

    中学からはそれぞれの教科専門の先生に分かれるから数学はテキトー?
    小学校の先生は、文系が多いのかもしれない。「小学生の算数ぐらいは自分でも教えられるサ」程度の軽い気持ちで教師になるから、教師用のあんちょこ(教科書の要点が書いてあり、<教師が自分で調べたり考えたりする必要がない>本)の通りにしか教えられない。数学に詳しい教師なら、その本に書いてある以外の考え方や答え方でも○をつけることができ、×をつけるという発想自体がありえないことだと理解できる。
    数学が理解できない教師に限って「そういう風に教えろとここに書いてある。これは国のエライ人達がそう決めたんだ!」と、自分もエラそうに言う。そして、「進学した先の学校にも×をつける教師がいるんだぞ。」と。
    いやはや・・一昔前は、日本の「英語教育」、最近は「算数教育」が変なわけね。
    理工をめざす息子に聞いたら、「なにそれ?算数でそんな(おかしい)教え方はされなかったよ。」と言うので、息子は被害を受けていないらしい。
    先生によるんだね、やっぱり。確か、うちの子供は2人とも小学校で数年間、「本当は理科専門の先生」(と娘が言った)が担任だったなぁ。

    ユーザーID:8388433265

  • 他にも色々書きたいことがあるのですが、とりあえずこれだけ

    二立さん、7月24日 8:41のご説明は本当ですか?

    足し算は、同質の数同士でしか成り立たない演算です。
    1個80円のりんごを5個買うといくら?という問題に対して80+5と式を立てるということは、とりもなおさず、この子は足し算を理解していないということです。
    足し算を理解していない子に、掛け算もへったくれもないと思いますが。

    かけられる数とかける数というのは、少なくとも、足し算をきちんと理解していて、この問題に対して80を5回足せば答えが求まると分かっている子用の説明の仕方ではないですか?
    このとき、80をかけられる数、5をかける数と言い、80×5と式を立てる。あとは九九を使えば答えが求まる。
    この流れで説明するためのものだと思います。

    ついでに、しつこいですが、のちに正比例を習ったときに、かけられる数は係数、かける数は変数という言葉に「上書き」されると思っています。
    つまり、言葉が変わるだけで、一生使う概念だと思います。掛け算を習いたてのときだけに必要な概念ではありません。

    ユーザーID:7063437247

  • 科学教育は普遍的なルールを教えるところです

    かるさん:
    >そもそも、方針として「『順序に拘れ』とはしてないが『順序に拘るな』ともしてない」という現行ルールであるならば、もう、そこは担任の「これでいいのだ!」に任せられているわけで。

    では、「知的創造説を教えてはいけないと書かれていない」という教師が出てきたらどうしますか?
    「順序に拘るべき」というのは知的創造説と同様に明確な科学的誤謬なので、これは揚げ足取りでも何でもありません。

    >社会人でこの手の壁にぶつからない人間なんているのか?

    理由になっていません。国策で偏ったイデオロギーを教えることが誤りであるのと同様、似非科学を教えることは明確な誤りです。

    カワリーノさん:
    >(1個あたり量)×(個数)を徹底させていれば説明する側にも、説明を受ける側にとっても単純で分かりやすいものだと思います

    誰も、説明の便法として順序を教える側で統一することに反対してはいないと思います。問題は、方便に過ぎないその「順序」を本質的なものであるかのように過度に強調したり、あまつさえその「順序」を子供に強要することです。

    ちなみに、その順序に拘るならmgではなくgmと書くべきですね。

    ユーザーID:4828386237

  • 方便を一切認めないとは誰も言っていないでしょう

    カワリーノさん。

    > (1) 1mあたりの重さが3kgの棒が5mあります。全部で何kgか。

    → 5×3

    > (2) 1mあたり2.4kgの棒が5m

    → 5×2.4

    > (3) 1mあたり2.4kgの棒が3.5m
    → 3.5×2.4

    と『してはいけない』とする理由は何でしょうか?


    「理解できないかもしれないからバツにする」ではありませんよ。
    『たとえ理解していようともバツにする』のは何故ですか?
    理由をお教えください。

    ユーザーID:2293259910

  • 南半球では冬は暑い。

    教える時に、かけ算の順序は一方に固定するのはいいんじゃないですか。
    このトピでそれには誰も反対していないと思います。

    問題は、別の解き方をしてきた答案を不正解とするかどうかです。
    「かけ算の順序は一方に固定すべきか」のレスの
    掛け算の順序を全部逆にしてみて下さい。
    分かりやすさや整合性は全く同じです。

    ユーザーID:6402484983

  • かけ算の順序は一方に固定すべきか

    小学校の算数に限って言えば賛成ですね。
    個人的には小数や分数が入ったときのことを考えると、順番を決めてあげた方ができない子にとってもできる子にとってもいいと思っています。(私自身の経験もふまえて)
    例えば
    (1) 1mあたりの重さが3kgの棒が5mあります。全部で何kgか。
    3kgの棒が5本(個)あるから3+3+3+3+3=3×5

    これが
    (2) 1mあたり2.4kgの棒が5m
    なら
    上の3のところが2.4に変わり2.4×5

    さらに
    (3) 1mあたり2.4kgの棒が3.5m
    なら
    5のところが3.5に変わり2.4×3.5

    と(1)→(2)→(3)とイメージしにくい数(3.5個分って何?)になったとしても、整数と式の立て方は何ら変わらない、と。
    ここで、(3)で躓く子に対して(2)ならできるかな?それも無理なら(1)はどう?
    といった具合にとりあえず(1個あたり量)×(個数)を徹底させていれば説明する側にも、説明を受ける側にとっても単純で分かりやすいものだと思いますがどうでしょう?

    ユーザーID:1511092203

  • 指導要領

    >指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?

    そう思います。
    順序に拘るべきかを考える能力が全ての教師にあるわけではありません。
    その意味で今の指導要領は無責任です。

    >でも「数学」になるとy=3xは○でy=x3が×になるんだよね?

    世界共通のルールと俺ルールは違います。

    ユーザーID:6402484983

  • 読んでないです。

    >>指導要綱に書かれてたりするんだけど、読んでいないのかな
    と聞かれてしまうと、

    読んでません。

    となります。
    IT業界に身を置く一介の会社員に過ぎない身ですので、業務上必要とならない限り(文科省や自治体から教育方面の何かシステム開発・保守の受注がない限り)読む機会はないと思ってます。


    あくまで「算数好き」としてトピに参加してるだけなので。「教育好き」ではないです。

    ユーザーID:6816460365

  • 採点する私立中学のレベル

    >>入試などでケチをつけられないようにしておく(3×100ならその保証はできない)
    > ×を付ける教師がいるような学校には行く価値がないでしょう。

    極論ではありますが、私もその視点から考えていました。

    塾講師や家庭教師として高校生に数学を教えていたことがありますが、
    特に私立女子校の生徒に学校の数学の授業の様子を聞くと
    どうも数学ができない先生が教えているようなのです(都内の名門校などです)。
    元々、数学科には女性は少ないので、
    女子校側も女性に拘ると採用基準を落とさざるを得ないのかも知れません。

    私の感覚では日本の女子学生は、
    (周辺諸外国と比べても)数学が得意な人が少ない気がするのですが
    男女別学と女子校の数学教育のレベルの低さ、
    ということが影響しているのではないかと考えたことがあります。

    ユーザーID:6402484983

  • 数学での数式ということになると

    読みやすさとか表現ということも、少なくとも人に読んでもらう場合には問題になってきます。高校数学程度では(日本では)ほとんど問題にしませんが、特に文章の間に式を埋め込むような場合は句読点の打ち方も作法として問題にされることもあります。単に特殊な記号の使い方をしているだけで、数式も文章の一部であるとすればまあ当然のことですが。

    たとえば z=xy は普通はこう書くけど、文脈によっては z = yx と書くこともあります。y=ax だと普通はaが定数(動かないもの)、x,yは変数(動くもの)として扱うのので定数を前に書くという暗黙の慣習が採用されますが、これも y=xa と書くこともあります。y=3x は3が定数なのは明らかなので普通こう書きますが、あえて逆に書くときは y=x・3のように・(ドット)をはさむことがほとんどです。x_3(TeX流)のような添え字と紛らわしいので。

    とはいえ、きちんと定義されていて一貫していれば記号の順番・使い方はかなり自由に出来ます。読みにくいという批判はあるにしても

    ユーザーID:9181712611

  • 掛け算の順序

    掛け算の順序にこだわる教師は、算数・数学的な観点からそれに
    こだわっているわけではないのですよ。

    1個80円のりんごを5個買うといくらですか、という問題に、
    80+5=85円などと答える生徒をどう指導するかという観点
    から出てくる方法論です。

    こういう生徒は、苦手意識があってまず問題文を読まない。
    読んでも具体的な値から式を立てることができない。
    そんな生徒の読解力を手助けするため、つまり、値段や個数
    という具体的なものを、数値という抽象的なものに置き換える
    手がかりとして、「1個あたりの値段」とはどういうもの、
    「個数」というのはどういうもの、と指導しているわけです。

    むしろ国語の読解力という観点からこだわるわけですね。

    ですから、読解力のある生徒にはこのこだわりは必要ないとも
    思います。元問題児さんの

    <たとえば、掛け算の順序を教えた順序と逆に書いた子供がいた
    ら、呼んで聞いてみたらいいのです。<略> 子供が「だって、
    掛け算は <略> 順番関係ないでしょ」と言えば
    「えらいね、よく知ってるね」と言って○にすればよい>

    という意見にも賛成です。

    ユーザーID:1984691627

  • 塾と学校

    > 2 入試において採点者が見間違えて×にされる恐れがある
    > 生徒が入試を受けるときに困らないようにあえて減点にする教師もいても不思議ではありません。

    入試の時に困らないように「指導」するのは良いが、「減点」するのは『やり過ぎ』でしょう。
    それは塾でやることであって、学校でやる事ではありません。


    > 意味を理解していない子を見つける手段

    「掛け算の意味」を理解していれば、『順序はどちらでも良い』となるのですが、それでどうやって「順序」で「理解」を見るのでしょうか。

    ○「意味を理解していないから」その順序でしか答えない
    と言った方が真実に近いのではないですか?

    ユーザーID:2293259910

  • >カワリーノさん

     現状で慣例になっていることは理解しました。

     ところで、仮に現実とは逆に、

    「かけ算の順序はどっちでもいいということが広く認知されていて、問題集の解答にも両方あるし、片方しかなくても、逆の順も正解であるのは言わずもがなであると誰もが思っている。入試でもどちらでもいいし、学校でもどちらでもいいと教えている」

    という状態で、

    カワリーノさんが、教員か教育委員会か文科省の立場で、算数教育について何らかの決定権を持っている状態であったときに、

    「現状ではどっちでもいいとなっているが、これを片方だけを正しいと改めよう」と積極的に働きかけるのでしょうか?

    つまりお聞きしたいのは、

    「現状が、かけ算の順序が重視されているのだから、それに従う」というのとは別に、

    積極的に「現状がどうかとは独立に、かけ算の順序は一方に固定すべき」というお考えでしょうか?

    ユーザーID:8503241366

  • ちょいまて。

    かるさん

    > 学校で最低限でいいと思いますが。

    ちがう、チガウ、ちがいます!!
    たぶん勘違いしている。
    学校教育としての最低限です。
    もし「できない子」がいたら、教師・学校の怠慢である、ということ。
    理解させるのが学校教育としての目標です。

    指導要綱に書かれてたりするんだけど、読んでいないのかな…。

    「できればそれでよし」とはなっていません。


    > だって「書くようにしなさい」って言ってるのに、守ってないんです。
    > ×でいいと思いますが?
    良くないです。前提として『問題ない』である以上、「守らねばならない約束事」ではないのです。

    ユーザーID:2293259910

  • やっぱりお作法なのかも

    自分自身を振り返っても、順番など本来どうでもいいことにこだわる教師に当たったときに、「これはこの先生のお作法で、ほんとの算数とは別なんだ」みたいに思って対処していた気がします。

    「かけ算の順番が逆でも問題ないけど、小学校では(1個あたり量)×(個数)と書くようにしなさい」
    で、そう書かないで×にされて「どうして×なの?」に対して
    「これが、(私の)お作法なんです」
    これはこれで筋が通ってるかもしれない。あまり算数を教えてる雰囲気じゃないですけど。

    物理のgmについては、基本○でしょうね。ただ、重力を重力加速度と質量の積で表す場合は習慣としてmgとすることが多いくらいはどっかでいうかもしれませんが。質量Mとmの2つの物体があってとかの問題なら、(M+m)gと書くよりはg(M+m)の方が計算上すわりがいいかなって場合もあるし。

    トピずれですが、こういう教育の問題を考えると、アシモフの短編「プロフェッション」(短編集 停滞空間 ハヤカワ文庫)が頭に浮かんでしまいます。

    ユーザーID:9181712611

  • トピ主です。深くお詫び申し上げます

    背理法の件、大変不適切な例を挙げてしまいました。
    極めて配慮を欠いた投稿をし、取り返しのつかないことをしてしまったと深く反省しております。
    気分を害した方に、心よりお詫び申し上げます。

    ユーザーID:3716159584

  • おっと、見落としてました。

    なんだか混沌としてきたので最初から流れを追い直していたら、立ち位置とともに質問がありました。

    >>どの程度の「順序の拘り」を想定しているのでしょうか?
    担任が「こだわっている」であろう順序すべて。
    俺ルールみたいなもの?

    >>長方形を横×縦では誤答、とする教師
    >>それも「見方によってはあり」なのか
    あり。(許容する)
    そもそも、方針として「『順序に拘れ』とはしてないが『順序に拘るな』ともしてない」という現行ルールであるならば、もう、そこは担任の「これでいいのだ!」に任せられているわけで。

    >>嘘とわかっていても嘘を教えなくてはならないと言うのは、苦痛だと思います
    社会人でこの手の壁にぶつからない人間なんているのか?

    と、ここまで書いてて違和感が…
    「順序に拘るのはダメ」という側の人は「じゃあ、どうしたいの?」
    順序に拘る先生をクビにしろとか?
    指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?

    でも「数学」になるとy=3xは○でy=x3が×になるんだよね?
    数式になると「拘り」が「作法」としてでてくるわけで。

    ユーザーID:6816460365

  • ハイリホー。

    >>DITAさん
    >>「背理法」を、論理学や数学を使わずに説明するときって、どうすればいいのでしょうか?

    背理法って、逆説を否定することで本論の証明とする…的な流れだと思うので、例に挙げられてるのだと
    「夫が釣りに行ったらしい。行ってないと仮定したとしても、車の走行距離が増えてるし、車内に砂残ってるし、クーらボックスにカレイ入っていたし、釣りじゃないとしたらどこへ…。なんか矛盾するから、きっと釣りに行ったのであろう」
    じゃないですかね?
    よくあるのはアリバイの証明では?
    「先週末の夫の挙動があやしい。本人は浮気してないって言うけれど…。確かに浮気してたと仮定すると、会社の呑みで3次会までいたという同僚Aさんの証言はあるし、AさんとグルなのかもしれないけどAさんとタクシーで帰ったっていうB子さんの証言もあるし、確かに3次会の会場からタクシーで帰った来たらしい領収書もあるし、金額と時間もだいたいあってるし…いろいろ矛盾するわね。やっぱり浮気してないのかしら…(安心)」みたいな?

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。元問題児さんへ(雑談)

    ●元問題児さん

    だいぶ前にいただいた投稿ですが…。

    > 英語(やその他ヨーロッパ系言語)の発想ではこれは「three "four"s」になる

    あるブログで見ましたが、、米国で教育を受けている日本人の子供が、
    「3×4=12を足し算に直せ」という問題に対し、3が4つあると解釈し、
    3+3+3+3=12
    と式にしたらバツだったそうです(笑)。

    おそらく「3×4」を「three times four」と読めるかどうかという、
    リテラル的な出題だと思いますので、
    文章題から立式する問題に比べて、(現実論として)不正解とみなす先生は多いのかも知れませんが、
    それぞれのローカルに応じて×になっちゃうあたり、なんともはや、と思いました。

    ところで、ご存じかとは思いますが、
    ノーベル物理学賞を受賞した益川教授のコメントで、
    「教育結果熱心」という言葉が私のツボにはまっています。
    http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20081010-OYT1T00311.htm

    「できる」「分かる」という言葉を聞いて、ふと思い出しました。

    ユーザーID:3716159584

  • 17わる5の件

    17割る5の件ですが、
    整数の範囲で割り算をして商と剰余を求めることと
    実数の範囲で商を求めることは数学的に異なります。
    「17を5で割った商と余りを求めよ」と尋ねれば誤解は生じません。
    出題側の問題です。

    (さきほどの「うし」は私と同一人物です。)

    ユーザーID:6402484983

  • 数学に近道無し

    >カワリーノさん

    数学において「公式に当てはめる練習」が必要な事は分かりますが、
    学校とか中学校の段階でそこまで割り切ってしまうのは弊害の方が大きい
    と思います。あくまで、生徒に数的感覚を使って考えさせるということが
    大事だと思います。

    例えば台形の面積の公式ですが、
    少なくとも私が小学校で習った時には、初めに求め方の説明を聞き、
    それに納得してから公式を教わり、問題を解きました。
    そして問題を解くときは、むしろ公式を使うというよりも、
    毎回教わった考え方をなぞって答えを出していました。

    「説明が分からなかったらとりあえず代入して答えを出そう」
    というのは、正しい学び方ではないと思います。
    答えを出せたからといって、後から理解が深まる見込みは低いです。

    分からない時は繰り返し説明を聞いたり、値を変えた例を出してもらったり、
    説明や図を何度もノートに写してみたり、友達と相談したりして
    解決すべきだと思います。

    数学が得意な人がそうしているのですから、
    苦手な人もそのやり方を真似してみるのが
    一番理解が深まるチャンスが大きいと思うのですが。

    ユーザーID:6402484983

  • そーかなー?

    横から疑問。

    >>その指定なしに×にするのは『不適切』です。
    未習内容を先行してる児童に「個別に指導した(1回目は○、次は余りを使うように指導)」ってあるので、不適切ではないですよね。
    むしろ、「クラスの担任」としてベストだと思うのですが。
    学校のクラスの担任は個別学習の為の家庭教師とかではないですよ?

    >>できるようになるのは最低限です。
    学校で最低限でいいと思いますが。
    個別に上を目指すなら学習塾へ。

    >>「問題ない」と言っていながらバツにするのは問題ありです。
    だって「書くようにしなさい」って言ってるのに、守ってないんです。
    ×でいいと思いますが?

    学校の先生に対してそんなに期待度が高いんですかね?
    個人的には30人(今30人クラスでしたっけ?)の個性に対して、最小公倍数てきな指導してくれれば十分だとおもうのですが。
    余力のある子(学力、経済力)は習い事で個性をのばせば。

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。今ひとつ割り切れない話

    ●カワリーノさん

    子供の頃、割り切れない割り算を習い、ドリルを解く際、
    問題文に、ことごとく「余りも書きましょう」と書かれているのが非常に気になっていました。

    当時は「そんなの言われなくても、余りを書き忘れたら×になるに決まってるだろ〜!」と思っていましたが、
    後になって「うまいなぁ」と納得した経験があります。

    「余りも書きましょう」というのは、余りを書き忘れないように、という注意だけでなく、
    「整数の世界で考えなさい」という意図があったんだなと。

    ところで、できない子を知ることの大切さは賛同しますが、
    それによって、できる子への教育をどのように変えるべきだとおっしゃりたいのでしょうか?

    「できない子に合わせても、できる子は適応できるから問題ない」みたいに書かれていて、
    まるで「できない子に合わせるか、合わせないか」というような対立軸を想定して、
    議論を2極化させようとしているように読めるのですが、何か真意があるのでしょうか?

    できない子を切り捨てるような話は誰もしていませんし、
    私は、できる子はできる子なりの、できない子はできない子なりの教育をすれば良いのかと思いますが。

    ユーザーID:3716159584

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