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  • トピ主です。別の指導例の補足の補足

    分数問題の想定について少し補足します。

    ●正解・不正解とされる、3/21と1/7という値についてはそのまま
    ●「今の算数では約分を教えてないから」を「約分を教えていないから」とした
     (「今の算数」の解釈が微妙なため)
    ●出題形式を穴埋め式ではなく計算問題とした
     (計算過程を穴埋めするなど、解答欄にそう書くべき
      十分な合理性があれば、その合理性が不正解の
      理由になっていたと思われるため)

    あと、先ほど気が付いたことがあります。

    「約分」を学習する前の段階で、同分母の分数の足し算・引き算で、
    答えが可約分数になるケースが、教科書に載っていました。
    その答えは、一覧から選ばせるようになっていて、
    可約分数のままの答えが一覧にあり、約分したものは一覧にありません。

    この教科書に沿うなら、先生があえて奇問を作った訳ではなく、
    既存の問題があり、その模範解答として「3/21」という答えが載っていた可能性は十分ありますね。

    これをもって私の考えが変わる、ということでもないのですが、
    公平な判断材料にはなるかも知れませんので、参考までに…。

    ユーザーID:3716159584

  • >本当に解けないんですか?

     これまで多くの生徒にこの問題をやらせましたが、きちんと明確に解けたのは、その文系の生徒と、もう1人いたかどうか、という感じです。散々ヒントを与えた結果、とか、根拠はなくてテキトーに答えて、というなら何人かいるのですが。

     ちなみに、log48を求めるような問題は、理系の生徒は公式で難なく解けますが、その文系の生徒に、公式を教えないでやらせたところ、定義からきっちり解けました。

     私もこの仕事をするようになって驚いたのですが、トップレベルの進学校理数系の生徒に「三角形の内角の和はなぜ180°?」というと、「わからない」と言うのです。

     理系の生徒は当然、x^nの微分は、nx^(n-1)と答えられますが、「なぜ?」と聞くと、「公式だから」がほとんど。

     10年ほど前、東大入試で「加法定理を証明せよ」というのがありました。正答率が気になります。

     恐ろしくなるぐらいに、根本原理への興味・関心が欠落しています。わからない問題に出会ったときに、「いきなり一般論だとわからないから、n=3の場合は・・」と何とか正解に行き着こうという執念も弱いようです。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。別の指導例の補足

    問題文が不明なのは残念ですが、今回の設定については、
    約分前の値が3/21になる任意の計算問題であるとして構いません。
    そして、3/21を不正解とする根拠については、
    「(その出題の合理的な解釈には触れておらず)約分を習っていないから」です。

    その範囲で、自説があれば、自説をより際立たせる設問を想定してくだされば十分です。

    上の設定で考えると、同分母の加法は4年、異分母の加法は5年ですので、
    だいたい4年生くらいのレベルではないかと思います。
    通分・約分は異分母の加法のあたりで導入されますが、
    「異分母で大きさの等しい分数」があることは4年生のうちに習いますので、
    「約分」という言葉自体や、その具体的手法を知らなくても、
    3/21は1/7という簡単な形で表せることに気が付く児童はいるかと思います。

    なお、この話のベースとなる実際の投稿はありますが、そこに私のいくつかの想定を加えています。
    どうか、これをもって「今の算数教育は…!」のように怒らず、
    1つのシミュレーションとして考えていただくことを希望します。
    オリジナルの問題が何であったかは、出題形式も含めて不明です。

    ユーザーID:3716159584

  • 時計と約分

    勘の良い子だったら、約分の概念に気付くと思うんですけど。
    それを否定してしまうとしたら問題だと思います。

    「5min=12分の1h」ということは、時計を見ればすぐに分かりますよね。
    でもって、「1min=60分の1h」と照らし合わせると、「60分の5」と「12分の1」が等しい事が分かります。

    それが『約分』であると知らなくても、『気付くことができる』はずです。

    それを「まだ習っていない事をするな!」と抑え込むのは教育としてどうなんでしょう?


    問)
    3^(log38)=x
    のxを求めよ

    log38=a …(1)とすると
    3^a=8 …(2)

    元の式に1を適用すると
    3^a=x …(3)

    式2と3から
    x=8

    (1)式から(2)式への書き換えこそが対数の定義なわけで。
    「理解」していれば、何も難しい事は無いと思う。本当に解けないんですか?


    さて。コンピュータ禁止ですか…

    問題3)
    下3桁繰り下がり無しで考えてすぐに答えが出る。

    問題4)
    E={3, 4}ってとこまでやった。(笑

    問題5)
    D≠1、E≠{8, 7}。さぁ、それからどうする?

    ユーザーID:2293259910

  • 分数の例は、微妙ですね

     2/4と1/2にします。約分を習う前でも、その子が「羊羹を4等分したうちの2つ分と、2等分したうちの1つ分は、切れ目が入っているかどうかの違いがあるが、羊羹の量としては同じ」と自分で気づいていたのなら、バツにするのは酷だと思います。まづは、理由を聞いても良かったように思います。

     ただ、塾や兄弟に教えて貰っていた場合(こういうケースが多いのでしょうが)は、「知らないふりをする」というのが、不文律のようにも思います。バツにすることもないような気もするし、バツにしたくなる気持ちも分からなくはない。出来なくてバツならともかく、背伸びしてバツだと「生意気なことするな!」と言われている気もして、ショックかもしれませんが、算数の授業は、「予習などしないでその場でみんなで考える」というのが、本来の姿だとは思うのです。

     ところでかけ算の順序ですが、色々理由を述べましたが、結局私自身が「順序はどっちでもいい」と教わってきたので、抵抗感が大きいのかもしれません。私は70年代に今日学校時代を過ごしました。「かけ算の順序」が、ここ10年ぐらいで広がった印象があるのですが、どうなんでしょうね?

    ユーザーID:8503241366

  • 習う側が何を目的としているか分かろうとしない教師

     大学教養時の解析及び線形代数学の教師達がそうでした。なにも安易に単位を出せとか思っているのではないのです。はりきりすぎて一年生に位相空間論を展開したり、群論ばかり教えたがった。
     やはり専門科目を学ぶに不自由しない数学力を付けさせるのが教養時の目的なわけで、高い理屈はさておき、ある程度の線形微分方程式、簡単なフーリエ級数、ちょっとした程度のベクトル解析の知識がある、行列の固有値・固有ベクトルが求められる等を目標にすべきです。
     こういうことを言うと、おそらく、「学ぶということの目的は・・・、実用だけに価値が有る訳ではない・・・、計算できてもダメだよ・・・」などと答えが返ってくるのでしょうが、いったい基礎課程の数学の授業で何がしたいのか?大天才のことは分からないが、私などの凡才が物事を身につける過程は
     理屈を理解する→できる
        ではなく
     何とか見よう見まねでできる→頭と体になじんでくる→理解できたと思う
    であります。
     応用数学(工業数学、物理数学)を極めて軽視する大学の数学の先生方の態度は日本の科学技術の発展に大きな妨げとなっていると思います。

    ユーザーID:5707571289

  • 正解なのに×って、、、ちょっと怖い

    DITA(トピ主)さんの[2009年7月15日 15:52]に対してのレスです。

    > 答えとして1/7と書いたところ、バツをもらい、
    > その理由を先生に聞くと「約分を教えていないから3/21と書かなければ間違いです」という答えが返ってきたとのこと。

    これって、何?
    分数を理解しているからこそ「3/21」を「1/7」って書くのでしょ。
    教えてもらっていない一歩先のことを考えて回答した子の考える力を否定していますよね。

    以前のレスに「左側の数の単位=答えの単位」って言うのがありましたけど、
    「ここに5個のりんごがあります、一個80円で買いました。全部でいくらでしょう。」と言う問題なら、右側の数の単位が答えの単位ですよね。。
    それでも左側の単位が答えの単位なので400個が正解なのでしょうか?

    実生活で『りんご5個買って来て』ってお母さんに頼まれたとします。
    おつかいの子供『りんご5個ください』
    お店の人『一個80円ですよ』
    ⇒⇒『5個×80円=400個』???

    正解なのに型にはめようとして×を付けられてしまうのは怖いですね。

    ユーザーID:0435647298

  • 出題ミス

    今朝出題した問題3に誤りがありました。正しい問題は
     ABCDE - FGHI = 33333
    です。
    申し訳ありませんでした。

    ユーザーID:5297300341

  • 問題3, 4, 5

    私のintelプロセッサは
    問題3. 6個
    問題4. 3個
    問題5. 19個
    の答えがあることを示唆しています。

    手計算でする場合の目安になるかと思います。

    ユーザーID:1586063521

  • 問題による

    約分を教えていない段階だから、かなり低学年ですね。

    1/21+2/21という問題で、分数の足し算は分子を
    足すということを指導している段階だったら、あるかも
    しれません。

    クラスの中に男子が3人、女子が18人います。
    男子は全体のどれだけにあたるか、分数で表しなさい。

    なんていう問題でもありでしょうね。

    問題の内容がわからないし、その教師がどのように指導して
    いたのかわからないので、3つの質問はなんともいえない
    ところですがXにすることはありうると思います。

    ユーザーID:1984691627

  • トピ主です。別の指導例を紹介します。

    こちらは某知恵袋での議論です。
    ある分数の問題(内容は不明ですが、穴埋め問題ではなく計算問題とします)で、
    答えとして1/7と書いたところ、バツをもらい、
    その理由を先生に聞くと「約分を教えていないから3/21と書かなければ間違いです」という答えが返ってきたとのこと。

    ・「教えていない」はバツにする理由に(どの程度)なり得るか?
    ・この先生が行った指導は望ましいものか?
    ・親としてはどう行動するか?

    皆さんいかがでしょう。

    私の思想は、約分を教えていないのなら
    ・極力、答えが既約分数になる出題が望ましい
    ・答えが可約分数になる場合、約分前後の両方を正解とすべき
    ・約分した答えを不正解とするのは、学習意欲を失いかねないトラップであり、望ましい指導とは思えない
    です。
    ただ自分が親だったら、具体的にどう行動するかは少々悩みます。

    これも意見が分かれそうですが、かけ算の問題よりは先生の裁量の要素が大きいので、若干考えやすいかと思います。

    もちろん、これをもって「かけ算の順序」の結論に当てはめるつもりはありません。「これはこれ」という感じで。

    追伸:ヨーデルさんごめんなさーい!

    ユーザーID:3716159584

  • 大人が期待する答えは書けるようにしておいた方がいい

    連立方程式単元のテストで食塩水問題が出たとしましょう。
    答えを求めるだけならいちいち連立方程式など立てずに数直線をかけばすぐ求まります。
    しかし、出題意図を考えるとやはり式がないと(あるいは間違っていると)×でしょう。
    十分理解している子は出題のねらい・評価者が何を見ようとしているのかを分かっています。
    そして大人が期待する答えを書きます。

    小学生の文章題はかけ算を習ってるときはかけ算ばかり、わり算を習ってるときはわり算ばかり出てきます。
    わり算については順序を逆にすると答えも違ってくるから教師も親もまた本人も理解できてないということを知ることができます。
    しかし、かけ算は「今かけ算を習っているから出てくる2つの数字をかけておけばいいんだろう」と適当にやっても順序が違っても答えが合ってしまうのです。
    私は順序を理解していた側の子供でしたから、「順番が違う子は×にしてほしい」と思ってましたね。
    適当にかけ算して答えを求めた人と同じ評価をされるのはイヤですから。
    理解できている子とそうでない子を峻別する意味でも小学生の段階ではかけ算の順序にこだわるべきだと思います。

    ユーザーID:1511092203

  • 問題4と問題5

    答えが二つずつあるようですね。
    エレガントな解法は思いつきません。。。

    ユーザーID:6402484983

  • 「算数・数学とは、公式・解法を覚えて、当てはめる事」の蔓延

     高校生に教えていて感じるのは、「問題ごとに解法・公式を当てはめるのが数学の勉強」という考えの根強さです。順列組み合わせの問題で「これはC?P?、『取り出す』だから、やっぱりP?」と質問されるたびに悲しくなります。自分で公式や解法を見つけだす、という態度は理系の生徒にも欠如しています。

     指数・対数を理解していない文系の生徒に、指数を一通り教え、対数の定義を教えて

    3^(log38)=?

    を出題したら、程なく解けました。理系の多くの生徒は、公式をこね回して、結局挫折しました。

     「教えられた解法・公式に従って問題を解くことが算数・数学」という考えが蔓延し、そういう人が教員になり「教えた解法・公式に従って問題を解かせることが算数・数学」となって、ますますこの傾向が蔓延する、というのが心配です。

     算数・数学の面白さは、試行錯誤して考えて正解に行き着くことだと思います。「順序」を重視する人の多くもこれは否定しないというか、むしろ「然り。考え方が大切だから順序が大切」と言うのですが、現状の「順序」の指導は、それとはだいぶ違ってきているように思えます。

    ユーザーID:8503241366

  • 「順序」の有用性について

    >台形の面積=2つの三角形の和
    >バツにしそうで恐ろしいです。

     私が懸念するのもそこです。指導書にはかなり丁寧に別解が載っているので、これも載っていいるとは思います。「だから、教えた方法以外で解いたからバツと言うことではない」と市教委の人は言うのですが、「別解にない=誤答」ともなりかねません。

    実際、公式に当てはめさせるのが算数だと思っている教員も多いようです。近所の小学校であった実例です。

    適当な言葉を書く問題。 (1)直方体の体積=□×□×□ (2)立方体の体積=□×□×□   ある生徒が両方、縦×横×高さ としたとこと、(1)は正解だが後者はバツ。(2)一辺×一辺×一辺 が正解とのこと。(1)に関しても、高さ×横×縦 だったらどうなっていたのか?とふと思いました。

    ユーザーID:4580501431

  • トピ主です。一般的な指導法の話(2)

    次に、(2)についても、児童の理解度、それから個性も一様ではないので、
    教師の裁量が求められることは多々ある、という点で恐らく二立さんと似通っています。
    ただ、教科書や教材作成にあたっては「標準的な児童(層)」は少なからず意識されているでしょうから、
    標準を考えることなく、教師の裁量だけを正とするのは良くないと思います。
    熱意をもって創意工夫にあふれた算数教育をする先生もいるであろう、その一方で、
    かるさんから、機械的に教えている先生の存在も指摘されているという点でも、
    標準的な指導となる指標の存在価値は大きいと考えます。

    そして、(1)ですが、現状の指導法が最善であり続ける保証もありませんし、そもそも最善かどうかも分かりません。
    ですので、望ましい指導法に関する議論は、常にあるべきと思います。

    その上で、かけ算の順序は、まさに(1)の議論ではないかと思います。
    「教師に従うべき」という主張をもって、理想の指導法についての結論を導くべきではないと考えます。

    最後に「統制は弊害でしょうか」ですが、かけ算の順序についての統制に限れば、
    私はどちらかというと害のほうが大きいと考えます。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。一般的な指導法の話(1)

    7月14日 9:27の二立さんの投稿では、教育についての一般論的な話をされているようですので、それに追随したレスをします。
    二立さん、いつも真摯なコメントをありがとうございます。

    (1)算数教育として、どのような指導法が望ましいか
    (2)指導法にどれだけ従うのが望ましいか、または、指導方法に標準を定める是非
    (3)望ましい望ましくないにかかわらず「そもそも教師と児童との関係」的な議論

    私はおおむねこの3つを分けて考えています。
    時々ごっちゃになりますが(笑)

    前後しますが、(3)について、学校生活の中で「先生と児童の立場をわきまえる」という点においては、
    私はおおむね二立さんと似た立場だと思います。
    児童は先生に敬意を払い、指導に従うべきで、親としてもそう教えていくのが望ましいと思います。
    (先生にもいろいろいるでしょうから、あくまでも一般論としてです)

    また、算数教育そのものに道徳的要素を持たせることには(総論として)賛成し兼ねますが、
    算数教育を優先するあまり、道徳がないがしろになってしまうのは有害と考えます。

    ユーザーID:3716159584

  • コンピュータに脱帽

    むー太郎さま、トピ主さまへ
    失礼しました。問題2はご指摘の通り、正しくは
    A/(B*C)+D/(E*F)+G/(H*I)=1 でした。
    それでは追加の問題です。今度は紙と鉛筆で挑戦してください。
    同様に1〜9の数字を全て使ってください。
     問題3:ABCDE-FGHI=3333
    問題4:ABCD*E=FGHI
    1〜8の数字を全て使ってください。
     問題5:ABC*D=EFGH
    数学犬は、問題3は何とか解くことができました。問題4と5は挑戦中です。

    ユーザーID:5297300341

  • 指導方法は正答の一例

    私は教育上の理由で特定の解法で指導することは最初から否定して
    いませんが、問題になっているのは、交換法則を教えた後なのに、
    80×5=400だと正解で、5×80=400だと不正解
    になることではないのですか?

    つまり既習の内容の範囲内で解法は一通りではないのに、
    授業で教えた方法しか正解にならないのはおかしいのでは、
    と言うことです。

    ユーザーID:6402484983

  • 程度と段階の問題

     順序の指導は全面的に否定されるべきとか、全面的に肯定されるべきとかではなく、段階と程度の問題だと思います。

     長方形の面積を縦×横として誤答、高学年で3つの積や簡単な文字式(指導要領解説を見たら、小6で文字導入だそうです)をやる高学年まで指導するのは行き過ぎだと思う。

    だから、二立さんの見解とそれほど違いはないと思います。

     ただ、最初の段階も、無条件にバツではなくて、何故その式を立てたのか、生徒に確認してほしいとは思います。

     例えば、かけ算を教える前の段階で、「7人に2個ずつ蜜柑を」という問題で、「2+2+・・・」とやって、「大変だな」と思った生徒が、ふと、「7+7でも求められる」と気づかないとも限りません。かけ算の記号を導入した後も同様のことがあり得ます。

     むしろかけ算を教える前に、実質的な交換法則をこのように気づかせるのもいいと思います。式にしてしまうと、□×○と○×□が混乱するわけで、「□を○個足す」と「○を□個足す」では、違いは一目瞭然。でも、なぜか答えが同じ、という部分で不思議さを感じ、なぜなのか考えることが出来れば面白いと思います。

    ユーザーID:8503241366

  • 誰も相手してくれないので寂しい

    仕方がないので自分自身で相手をします。

    1−1≠0と仮定したのですから、当然この背理法の証明は成り立ちません。

    なぜ?

    それはやっぱり自分で考えて下さいね。
    わかっている人には当然のことなのですが、当然じゃない証明をしようとしたから意外と盲点なのですかね。

    ユーザーID:8204791556

  • トピ主さんの言う通り

    かけ算の順序徹底による「底上げ効果」を厳正に評価すべきです。

    順序徹底が完全に普及していないならば
    徹底された生徒と、されなかった生徒で
    6年時の算数の成績を比較できると思います。

    おそらく、違いはでないと思います。
    かけ算が、算数つまずきの、トップ10に入るなら
    違いが出るかもしれませんが。

    有意差がない場合は、順序の徹底は止めた方がよいと思います。
    教師側への悪影響が気がかりだからです。

    たとえば、
    台形の面積=(上底+下底)×高さ/2
    で指導した場合
    台形の面積=2つの三角形の和
    をバツにしそうで恐ろしいです。

    文章題に弱いのは、慣れの問題と思います。

    ユーザーID:1586063521

  • 積分定数さんに賛成

    RESの反映が遅いので、前後するかもしれませんが、僕は
    基本的には積分定数さんの4つの段階論に賛成です。
    (1)かけ算を、まず最初は、(1つ分)×(いくつ分)で導入する。
    (2)その後、交換法則もやり、80X5も5X80も答え同じ
    ということを理解する。
    (3)そのうち、(1つ分)×(いくつ分)も、(いくつ分)×(1つ分)も同じ事だとわかり、気にしなくなる。
    (4)「かけ算」という概念を獲得する。

    つまり、1の段階では順序が違うとXでもやむをえない。
    2以降の段階で順序が違ってもOK。この段階移行については
    教師が判断し、その指導に従うということです。

    僕は交換法則云々ということより、文章題の文章をろくに
    読まないで式をたてる生徒が多いのが心配です。
    かれらは、言葉という抽象的なものから、具体的な概念を想起
    する力が弱いのです。

    そのため、問題文にイラストをつけるとか、単位に注目させる
    とか現場ではいろんな実践があります。

    自分の教室の生徒の力をよく知っているのは教師です。
    指導方法や段階移行は教師に任せていいのではないでしょうか。

    ユーザーID:1984691627

  • 出題者(評価者)が何を見ようとしているか

    分かってる子にとって順番を強制することがさも理解にブレーキをかけるかのように思っていらっしゃる方がいますが、その程度のことはきちんと理解できている子にとっては何ら障害となるものではありません。
    意味も分からずにただ問題文に出てきた数字をかければいいと思っている子ときちんと意味を理解している子を区別する手段として有効なものであると思います。
    きちんと分かっている子にとってはむしろ歓迎すべきことではないでしょうか?

    ユーザーID:1511092203

  • 教師の指導に従うべき

    統制は弊害でしょうか。
    統制というと言葉は悪いのですが、教室では教師の指導に従う
    べきです。底上げの効果と教師の指導に従わせることの可否に
    ついては、教師の責任において教師の判断で行うべきです。

    学校の教師より、塾の先生がこういったといって、教師の
    指導に従わないような生徒が出てくると、学級崩壊につながり
    かねません。

    教師が非常識な指導をするようだったら、校長なり教育委員会を
    通じて是正を図るべきですが、ある時期、生徒の理解度を
    判断した上で、指導上の流れで掛け算の順序を定めて指導する
    ことは、非常識にはあたらないと思います。

    ユーザーID:1984691627

  • 自然数の計算を理解していない子がいても、高学年では分数を習う

     直前の書き込みに書き忘れましたが、これは、DITAさんの問題提起への1つの回答です。

     私自身は、効果と副作用のバランスを比較する客観的データはありませんが、

    小学校卒業までに、「かけ算は本質的に可換な演算であり、順序に意味はない」となっているべきです。

     かけ算導入時の(1つ分)×(いくつ分)を十分消化していない生徒がいることを理由に、全体に対してこの順序を延々強要することは、

     自然数の四則演算が不十分な生徒がいるから、と高学年になっても分数を教えないのと同様に思えます。

     それまでの学習内容が不十分である生徒への配慮は必要です。しかし、高学年では高学年で定められた内容はやらなくてはなりません。

     高学年での分数と同様に、「順序の解除」が積極的に行われるべきです。「(1つ分)×(いくつ分)が正式だけど、今後は余り気にしなくてもいいよ」ではなくて、「実はどっちでもよかった。騙していてごめん。3×4は3が4つというイメージだけでは駄目だよ。4が3つというイメージも大切。イメージが浮かぶようじゃ駄目だな。『4×3は4×3』と思えないと」という具合。

    ユーザーID:8503241366

  • 「順序はどうでもいい」と発想できる積極的意義がある。

    (1)かけ算を、まず最初は、(1つ分)×(いくつ分)で導入する。
    (2)その後、交換法則もやり、(いくつ分)×(1つ分)という解釈でもいいとなる。
    (3)そのうち、(1つ分)×(いくつ分)も、(いくつ分)×(1つ分)も同じ事だとわかり、気にしなくなる。
    (4)(1つ分)×(いくつ分)とか(いくつ分)×(1つ分)から飛躍した、「かけ算」という概念を獲得する。

    これは私が考える、小学校でのかけ算習得のプロセスです。少なくとも、6年までにはかけ算の順序はどうでもいい、と積極的に思えないとまずいと思います。
    4×5を見て、「4が5つ」という発想しか出来ないのはまずいと思います。

     もちろん、(1)の段階が理解できない子には、そこを徹底する意味はあるかと思いますが、全員に一律で小6まで、(1)の段階を強要するのは行きすぎだと思います。

     先ほど、5×7を(1つあたり)×(いくつ分)とする強引な解釈を述べましたが、こんな強引な解釈を持ち出さなくても、かけ算を文章題によらず常に数に抽象化し面積で置き換えて考える生徒には、順序云々はナンセンスなわけです。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。底上げの効果ってどのくらい?

    ●積分定数 さん

    > 「かけ算の順序」は数学の真理とは関係ないようですね。

    大半が教育上の理由なのは間違いないでしょうね。
    二立さんもおっしゃっていますが、クラス全体の底上げを図る狙いがあるのかと。

    かけ算の順序を徹底するやり方が普及していて、それを変革しようとするならば、
    「底上げという効果」と「統制による弊害」とのバランスを、
    どの程度、客観的かつ定量的に評価できるかがポイントではないかと思います。
    (数学的に云々な話は「弊害」に含まれるでしょう)

    特に「現状、かけ算の順序を教えることにより、底上げの成果がどれだけ挙がっていて、そのうち一律統制による(プラスの)成果はどのくらい」
    という評価が必要と感じます。

    そうでないと、あたかも、
     「かけ算の順序の一律統制をやめる = 底上げをやめる」
    という図式が出来上がってしまい、
    「底上げを優先するか、できる子を優先するか」のような、
    本来二極化すべきでない議論を招きかねません。
    さらには「できない子を見捨てるのか!」のような感情的な話になったらお手上げです(笑)。

    このあたり、客観的に評価する方法ってあるのでしょうか?

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。「作法」にレスがあったので(笑)

    ●ある父 さん

    「作法」というのは、まあ、なんというか、皮肉のつもりです(笑)。

    なお、かけ算の順序については、「算道の作法」とまでは思っていなくて、
    個人的には、あくまでも、その小学校の授業での「良く分からない、非数学的な何か」というイメージです。

    もし、算数や数学の作法であれば、作法を守らなくても数学的に正しい限り、
    やっぱり×にはして欲しくないなーと思います。

    ただ、指導はなされても良いでしょうね。
    ある作法があり、それを守っている人が少なくなければ、
    読みやすさへの配慮から、作法に従って記述することが望ましい、
    という場合も多々ありそうですし。

    なお、私が感じる「数学の作法」としては、a, b, c のサイクリック表記:

     ab + bc + ca

    があります。
    代数的に等価である限り、どう書こうが不正解にはならないであろうものの、
    そこはかとなく記述の対称性に美意識が感じられる、というのが、
    いかにも「作法」な感じで(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • かけ算の順番について

    数学的な議論はともかく小学生に指導するということに限って言えば順番が逆なら×とするべきだと思います。
    そもそも「2+2+2のように2を3回足すことを2×3と表記する」というのがかけ算の導入です。
    問 1mあたり7kgの棒が5mある。全部で何kgか。
    答 7kgの棒が5つ分あるから7+7+7+7+7=7×5
    と指導(子供は理解)するんです。
    ですから5×7では5+5+5+5+5+5+5という意味になるので×としているのです。
    少なくともa×5=5×a=5aと書くと習う中学までは立式の段階では順番を気にするべきだと思います。
    (筆算する際、上下逆にして計算し易いようにするのは大いに結構だと思いますが)
    大人はオフィスで紙をくっつけるのにスティックのりを使うでしょう。
    でも幼稚園児が工作するのに、手が汚れるから、すぐに乾かないから・・・といってスティックのりを使わせるべきでしょうか?
    幼稚園児がでんぷんのりを使うのには教育的な意味があるんですよ。
    かけ算の話も同じ事です。
    かけ算の順番は理解度を測る方法の一つとして重要な意味を持つものだと思います。

    ユーザーID:1511092203

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