算数好きの方、算数・数学の教育に携わる方、語り合いましょう!

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DITA

学ぶ

DITAと申します。
トピを開いてくださってありがとうございます。

とある算数の問題を解いているうちに、
算数で扱う範囲、考え方、教え方など、いろいろ興味が出てきてしまいました。
一言で「算数の常識」と言うのも、その中身には奥深さがあるんだなぁと。

といいながら、そんな堅苦しい話でなくても、
算数をテーマにした情報交換、お悩み相談など、
語り合いませんか?

ユーザーID:3716159584

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このトピのレス

レス数341

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このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • では、こんなのは

    私が小学生だった時に先生が出した問題です。

    [設問1]
    3を5つ使って合計が100になるような式を作ってください。

    [設問2]
    ある時計が6時の鐘を鳴らすのに5秒かかります。
    では12時の鐘を鳴らすのに何秒かかる?


    ちょっと難しいですね。

    ユーザーID:6837578071

  • 解釈

    DITAさん、こんにちは。
    別トピの算数の問題、なかなかおもしろかったです。
    正解は1つのはずなのに、いろんな回答があって、
    当然1つ以外は間違いのはずなのに、皆さん自信を持って答えて
    おられる。トピ主さんが正解を提示したあと、間違えた人は
    問題の文章が悪いとか、算数ではなく数学ならこうだとか
    結構長く続いています。

    小学6年生の算数の問題と言うことを前提にすれば、ある程度
    答えは限定されるのですが、提示された問題文を言葉通り
    解釈すれば、いく通りかの解釈が可能なのも確かです。

    こんなことは、教室の現場でもしょっちゅうあって、こんな
    ときは先生の決定で正解が決まります。テストなんかだったら
    返却時に自分はこう解釈したと主張すれば、優しい先生なら
    △くらいくれるかもしれませんが、今回の問題の場合は
    正解以外は×にされそうです。

    ユーザーID:1984691627

  • なんかネタ振るのかと待ってたのに

    先に問題が出ちゃったようなので、とりあえずpon太さんの問題の答を。
    [1]: 33×3 + 3/3 他にあるかどうかは知りません(笑)
    [2]: 10秒から11秒の間。問題の表現が不明確。出題の意図としては11なんでしょうけど。時計の鐘が鳴っている時間とか考え出すと小学生じゃ混乱するだろうに(笑)。鐘を鳴らすという表現もちょっとあいまいだし、素直に植木算で出すかきちんと条件をつけるかだと思います。授業で使ってきちんとフォローがあるならこの問題でもいいかもですが。

    では、わたしから(算数でも数学でもないです)

    数学の式の中で「A’」と出てきたらなんと読みますか?

    知ってる人は知ってる類の話ですが。 

    ユーザーID:9181712611

  • pon太様

    1.33x3+3/3かな。
    2.これは昔よくありました。最近は鐘の鳴る時計が少ないので
    あまり見かけなくなりました。
     1秒間隔で鳴るわけだから、12時は11秒。

    算数の問題と言うより、クイズによく出るパターンですね。

    ユーザーID:1984691627

  • むかしむかし

    小学校で習う文章題が大好きですね
    旅人算、植木算、鶴亀算、濃度算、、
    文章題は正確に正しく図を書くと答えが解りますよね。
    気付いた時は嬉しかった。

    昔、塾で方程式を習った友人が急に満点を取りました。
    あまり成績が良い子ではなかったので、皆がびっくりしました。

    担任の先生は男の子を大いに褒め、塾の事を非難しませんでした。
    後でとても良い先生だったと思いました。強烈に覚えています。

    昔で言うところの 数3がこれまた大好きです。
    微分、積分、統計と確率?、微分方程式 にやけて来ます。
    花瓶の体積を積分で解く 良いですね。

    好きな問題
    「鉄1kg綿1kgはどちらが重いでしょうか?」

    小学生低学年に試してください。
    今でも時々高3の娘に出し、オヤジギャグとゲラゲラされます。

    ユーザーID:8377056459

  • 或る思い付き

    1.三角形の合同条件のうち「二角夾辺相等」については,「夾辺」の必要はない。直接証明するのは「二角一辺相等」でよい。
    何故なら,「二角」が相等ならば残りの一角も必然的に相等である。従っ て,これと一辺の相等を証明すれば自動的に「二角夾辺」が証明される。

    2.係数が全て実数の二次方程式の判別式に関して,その符号と解の存在形態は1対1に対応する。即ち,
       判別式が正⇔解は異なる実数
       判別式が0 ⇔重解
       判別式が負⇔解は複素数
    であるが,高次方程式の場合はこれは成り立たない。判別式の符号によらず実数解も複素数解も存在し得る。四次以上の方程式については,
       判別式が正⇔偶数組(含・0)の共役複素数解がある
       判別式が0 ⇔重解がある
       判別式が負⇔奇数組の共役複素数解がある
    としか言えない。
       

    ユーザーID:6734188034

  • 何のための数学?

    多分トピ主さんの意向にはそぐわないとは思いますが。皆さん何のために数学を勉強していたか、いるか?って考えたことありますか?小生はある時感じました(正解ではないのかもしれないので感じたと表現してます)
    結局、全ての学問は真理を追究する哲学の種類の1つである。数学は論理形成をするための方法論でしょう。どうやって宇宙が生まれたか?どうして生物が生まれて、人類まで進化したか?って数学と関係ないと思うかもしれないけど、論理思考は結構使ってますよね。で、何が言いたいかというと、こういう数学的な論理思考は色々な分野で役に立っているし、大変重要です。もちろん数学だけが重要ではないので、結局は真理を追究する手段の1つであり、、、。こういう観点で数学を見直すと、勉強しがいがあるかと個人的には思います。数学は好きだけど良い点数は取れません1個人です。

    ユーザーID:5713862173

  • ことば

    某トピで、DITAさん始め何人かの方々のやり取りを興味深く拝見していました。
    で、その感想としては、算数・数学ではなく(というより、数字や数式ではなくと言うべきか)、まず言葉をどう解釈するかという、教科としてはむしろ「国語」の分野の問題なのかなと思いました。算数・数学=論理的、国語=情緒的という一般的なイメージがあると思いますが、実は、その「算数・数学=論理的」の根底には、国語(ことば)の能力が重要な位置を占めているのではないかと、某トピを拝見して感じたような次第です。

    このトピが、雑談トピのように感じられましたので、トピずれではないかと思いつつも、門外漢の自分も勝手な感想を書き込みました。

    さらにトピずれかもしれませんが、以前ラジオで聞いた話ですが、算数・数学系の方はどうお考えになりますか?

    ある子供がテストを受けた。問題文に「正しいものの記号をを○で囲め」とあったので、その子供は、正解の記号「ア」の周りを一つの円で囲む(外接円)のではなく、「ア」の周囲に小さな円をたくさん書いた(外接円の円周上に小さな円を書いて埋めた)。これは正解とすべきなのでしょうか?

    ユーザーID:8446255318

  • シンプルに

    「エイ・ダッシュ」ですか?

    あまり自信はないですけど。

    ユーザーID:0985441885

  • 負の数の考え方

    私は算数がすごく好きでしたし理解力もあったほうだと思います。
    そんな私が今、中1の娘の母です。

    娘は算数が苦手なので時々見てやるのですが説明が難しいです。
    私は肌で感じて直感で解いてきたところがあるので、娘にとってどこが理解できないのかがわかりません。

    今直面しているのは負の数の考え方。

    4個、3個、2個、1個、0個と、一つずつ減っていって、0個からさらに1個減ると-1個になるというのが理解できないようです。

    「どうして何もないところからさらに1個減った状態がイメージできるのか」といいます。

    「負の数と負の数を掛けあわせると正の数になる」というのは頭で理解したのではなく、その言葉をそのまま暗記して解いているだけで、答えは出せますが理解はできていないそうです。

    負の数についてどのように説明したら算数が苦手な娘にうまく伝わるでしょうか。

    質問になってしまってすみません。

    ユーザーID:6001156867

  • トピ主です。3を5つで100を作る問題

    pon太さん初めまして。早速の出題ありがとうございます。
    すでに参加されている方からのレスもありますので、私のレスは出題単位にします。
    しかも、ゆるーいおしゃべりを目指します(笑)。

    > 3を5つ使って合計が100になるような式を作ってください。

    私も 99 と 1 を作って足す、と考えて解けました。
    過去にやったかも、というおぼろげな知識がアシストしているのかも知れません。

    似たような問題として、
    「1, 1, 9, 9 を1つずつ使って10を作りなさい」
    というのもあります。
    (これは、当時解けなかった記憶があります)

    ところで、私が中学生だった頃、
    切符に印刷された4桁の数字を使って10が作れればラッキー、
    みたいなことをやっていましたが、
    今やすっかりプリペイドカード化されてしまい、
    数字を見ることはめっきりなくなってしまいましたね〜。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。時を打つ時間

    > ある時計が6時の鐘を鳴らすのに5秒かかります。
    > では12時の鐘を鳴らすのに何秒かかる?

    私も鳴っている時間を意識してしまって、
    「何か条件あるのでは?」と勘繰ってしまいました…(笑)。

    さて、ある父 さんのヒントを元に少し調べてみたら、
    柱時計の時報を題材にした植木算の問題は、入試問題として実際に出題されたようです。
    (洛南高付属中)

    ただ、ほんっと〜〜に微妙な表現の違いなのですが、
    「時計」ではなく「柱時計」と書かれていて、
    「鐘を鳴らす」の代わりに「鐘を打つ」という言葉が使われています。
    鐘を鳴らすのは鐘を打つことに他ならないですし、
    「鐘を打つ」よりも「鐘を鳴らす」ほうが自然な語法にも思えるのですが、
    あえて「打つ」と書くことで、無視できる一瞬であることを想起させる
    出題意図があるのかも知れませんね。

    たまたま最近、ミニッツ・リピーターを搭載した腕時計を触ったことがあり、
    鐘の音で時刻を知らせる機能にもいろいろあるんだなぁと思っていたので、
    私にとってはタイミングの良い題材でした。

    ユーザーID:3716159584

  • (トピ主です)’

    ある父 さん、A’は先生も生徒も「エーダッシュ」と読んでいた記憶があります。
    コンテキストによって「Aの微分」と読み換えていました。
    さらに微分するとツーダッシュ・スリーダッシュみたいな感じで
    ま、いっか的な発想(汗)。

    さて、国語辞典で「ダッシュ」を引くと
     * 数字・文字などの右肩につける符号。「A′」「1′」のように用いる。
    という項があり
    英和辞典で "prime" を引くと
     * プライム符号、ダッシュ記号◆「A'」(エー・ダッシュ)の「'」記号のこと
    という項がありました。
    この英和辞典によると、A primeには「エー・ダッシュ」という対訳があるらしいです。

    英語として通用することを重要視するか(これならエープライムかな?)
    日本で使用する範囲を想定するか、
    はたまた微分であればライプニッツの当時の読み方までさかのぼるのか(これはさすがに極端ですね)
    何を基準にして「正しさ」を判断するかは意外と難しそうです。

    私は通じれば何でも良いと思って、
    ついついごまかしてしまうテキトー派です(笑)

    ユーザーID:3716159584

  • 答えがたくさん

    DITA様

    「1, 1, 9, 9 を1つずつ使って10を作りなさい」ですが

    1)11−9/9
    2)(91−1)/9
    このあたりが算数的。

    指数の形でもよければまだまだありますね。
    3)9の1乗+1の9乗
    4)(9+1)/1の9乗
    5)(9+1)x1の9乗
    6)9x1の9乗+1
    ・・・

    ユーザーID:1984691627

  • ちょいまて

    鐘を打つには準備動作が必要です。

    「キリキリキリキリ…ご〜〜ん」
    これを6回繰り返すと5秒が掛かるのだから、
    12回繰り返すならば10秒です。

    ●をハンマー
    □を鐘とすると

    A)初期状態
    □●

    B)5/6−δ秒後。バネか何かの力に逆らって、ハンマーを移動し終わりました。
    □  ●

    C)5/6秒後。バネか何かの力によって、ハンマーが鐘を叩きます
    □● ご〜〜〜ん

    また、このB→Cを繰り返すのに必要な時間は常に一定であるとすると。

    6回叩くのにかかる時間が5秒ならば、12回叩くのにかかる時間は10秒です。

    12対のハンマーと鐘があれば、『2回目以降の』B→Cの時間の考慮が不要になりますが、1回目の時間は不明であるために計算することができません。
    ですので、ハンマーと鐘は1対である、と捉えるのが妥当かと思われます。

    ユーザーID:2293259910

  • おもしろいですね

    (nodさんの問題)
    私が採点者ならもちろん正解です。(文系ですが数学は好き)
    「マルで囲む」のは「正解の記号を特定する」という意味でしかないですよね。
    ただし三角で囲んだり(正解でないとの意思表示か)、花丸で囲んだり(ふざけてるのか)といった誤解をまねく危険のある方法はお勧めできません。

    (トピ主さんの問題)
    19-9/1
    でどうでしょう。

    (理子さんの問題(?))
    個数ではなく、日常生活で負の値をとる数値(金額、温度等)で説明されては?
    また、「負数x負数=正数」は「一つ売ると30円赤字になる逆ざや商品を、卸し元に3個返品したら90円の得」という説明はどうですか?

    ユーザーID:9944599784

  • つづき

    (私の疑問)
    以前、アンチゆとりキャンペーンで「(円周率3.14)が(約3)になる」(コンマ以下2桁の掛け算を習わないため)といって大騒ぎになったことがありましたが、私はこれは受験産業の営業トークだと思っています。
    日本の科学力低下、など極端な議論もありましたが、上位層(円周率の概念・概数の概念が掴めている層)にとっては特にデメリットはない(円周率は所詮3.14ではない(無理数)、また中学に行けばパイになって3.14などつかわない)、むしろ計算が楽になる分面積などイメージがつかみやすくなる。すなわち科学力は落ちたりはしない。
    「ハンケイかけるハンケイかけるサンテンイチヨン」と念仏のように唱えて回答を機械的に出している子供に「3」と「約3」の違いを説明するのが難しい、というのならまだ解るのですが。
    どう思われますか?

    ユーザーID:9944599784

  • 答えがいっぱいのトピ主です。

    え〜〜〜〜っと…。

    難問を出します。

    「1, 1, 9, 9 を1つずつ使って10を作りなさい」といういい加減な問題を出した私ですが、
    果たして私はいったいどんな問題を出したかったのでしょうか。
    私の気持ちになって考えてください(笑)。

    「知るか!」とか言わないで〜。

    ユーザーID:3716159584

  • 答えと解説(ってちょっとえらそげ)

    nodさん: 正解にしますが、普通のやり方にするようにフォローはします。

    トピ主さん: (1+1/9)×9 これはわりと有名(笑)、切符のは私もやりました。最近はナンバープレートですが娘はのってくれません(苦笑)。

    自分の: 英語でプライム、日本の中学高校数学ではダッシュ。もともとはイギリス発祥でイギリス・インドでも使っているという説もありますが、アメリカではまったく通用しないので、数学を使う仕事してる人は多分使ってないと思います。どうせ高校中学の数学でしか使わないので、日本でもプライムと読ませようという意見もありますが、ぜんぜん盛り上がっていません(笑)。

    理子さん: −1個の林檎を想像するのは難しいので個数から考えると納得できない子は多いです。ーが逆の操作ということがわかると結構納得するので、右にいくのを+、左に行くのをーとか量を使って説明するといいかも。借金は後で借金x借金がなんで+? というのが出てくるので不可(笑)。
    実は、有理数と同じように、2つの自然数からなるペアを使って数を負の数に拡張することができますが議論はすごく抽象的になります(笑)。

    ユーザーID:9181712611

  • 数字ではなく数として

    1, 1, 9, 9 を1つずつ使って10を作りなさい

    の答えですが、数字ではなく数として考えると、

    (1+1/9)x9

    ですね。

    ユーザーID:1572692197

  • 状況設定が問題に影響を与えない場合

    算数を習い始めのころに、「太郎君はアメ玉を9個、花子さんはアメ玉を6個持っています。2人合わせて何個のアメ玉を持っているでしょう。」のような問題を解きます。この問題における「アメ玉」には、解答者が具体的なイメージを持ちやすいようにという以上の意味はありません。つまり、たんに「9+6=」という問題です。

    もし、「アメ玉」が問題を解くのに影響するのなら、例えば、「太郎君は3分に1個、花子さんは4分に1個、アメ玉を食べます。12分後には2人合わせて何個のアメ玉が残っているでしょう。」のように、「アメ玉」がどう問題に影響するのかの説明がつきます。

    例の問題も、もし、「カード」が問題を解くのに影響するのなら、例えば、
    ・上下ひっくり返すこともあります
    ・裏返すこともあります
    ・重ねることもあります
    のような説明がつきます。

    説明がついていないということは、たんに「2,4,6,0と小数点を全て1回ずつ使った数は何通り作れますか」ということです。イメージをつかみやすくするために「カードを並べる」という状況設定にしただけです。

    ユーザーID:7063437247

  • 状況設定が問題に影響を与える場合

    一方、次の問題は、「電卓」という状況設定が解答に影響を与えます。

    (1) まず電卓のCA(クリアオール)を押します。
    (2) 次に、2,4,6,0と小数点を任意の順番にそれぞれ1回ずつ押します。
    (3) 最後に「=」を押します。
    以上の操作により、何通りの数が作れますか。

    この問題なら、複数の解釈が発生することはないと思います。
    (2)で、最初に小数点を押せば、それは「0.」の意味になります。
    最初に0を押せば、次が小数点ならその0は残り、小数点以外なら消えます。
    最後に小数点を押せば、整数の意味になります。
    最後に0を押せば、「=」を押したときにその0は消えます。
    たぶん全機種共通だと思います。

    答えは次のレスの最後に書きます。

    ユーザーID:7063437247

  • 捨象の訓練

    以上のような比較の仕方をすると、状況設定が影響を与える問題のほうが題意が明確で良さそうな気がしてしまいますが、影響を与えない問題も重要な訓練を兼ねています。
    それは捨象の訓練です。

    【捨象】
    [名](スル)事物または表象からある要素・側面・性質を抽象するとき、他の要素・側面・性質を度外視すること。(大辞泉)

    例えば、「アメ玉」の問題なら、抽象すべきは「個数として数えられること」であり、度外視すべきは「食べたり人にあげたりしたら数が減ってしまうこと」です。
    このような問題に対して、「お菓子は弟と半分に分けなさいとお母さんに言われている」などと言う子供がいますが、彼/彼女はふざけているわけではありません。根気良く「今はその言いつけは守らなくていい」と教えてやる必要があります。

    この捨象のレベルは、段階を踏んで高度になっていくべきものだと思います。
    したがって、学年に合わせた程よい状況設定が施されているのが望ましい問題だと思います。

    [電卓問題の解答]
    4!×4=96通り
    (5!−4!=96通りと考えるほうが自然かもしれません)

    ユーザーID:7063437247

  • 気のせいです。

    >私は算数がすごく好きでしたし理解力もあったほうだと思います。

    誤解だと断言できます。計算だけできたのでしょう。
    もう一度お子さんと一緒に勉強したら、今度はきっときちんと理解できますよ。

    ユーザーID:6402484983

  • トピ主です。まとめレス。

    まとめてのレスですみません。

    ●小町爺さん

    ○○算って結構あるのですね。
    よくいろいろな名前をつけたものです。

    あと、鉄1kgと綿1kgは同じ重さで良いのですよね?

    ●現代の無責任男さん

    2つの図形の合同条件を満たして初めて、2つの図形について、全ての頂点の対応関係が特定されるはずですが、
    「二角一辺」には、「一辺」をどこの一辺とするかを明示するニュアンスがなく、
    合同かどうかを評価する前に、一辺の位置を特定するために2つの図形の頂点の対応を必要としている点で、
    証明として不十分な気がするのですが、これは問題ないのでしょうか。

    ●バルサ命さん

    算数や数学の意義を感じたことはあまりなかったですね〜。
    逆に、不必要だとも思ったことはなかったのが幸いでしたが…。

    理性的に考えたり、一般化して考える訓練にはなったと思います。
    「自分の生活の中で、自分なりに活かされている」程度ではありますが…。

    ●nodさん

    最近、強く感じたのは、
    「小学算数において、厳密にしない基準は意外と厳密だなー」
    ということです。
    ちょっとパラドックス的な表現ですね(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • なるほどねー

    私も算数、数学大好きな学生時代で理系でしたが、感覚で解いていたので家庭教師などのバイトも一切したことなく人に説明するのはきっと出来なかったと思うので、つまるところあほなんだと思います。

    で、負の数を乗ずると正になる、の説明。。。。39歳男さんの説明に納得、、、いまさらながらすっきり。(ね、あほでしょ?)
    面白いですこのトピ!


    私は数学をゲームだと思っていたので、解くための、ゲームをするための条件と思ってました。
    TVゲームをするのに、このボタンを押して前にすすむのはどうしてか、早くなるのはどうしてか、なんていちいち考えないですよね??
    でもきちんとわからない事を追求すれば勉強すればもっと賢くなってたかもしれないですね(笑)

    ユーザーID:6663845764

  • 負の数は自然数の概念では無理

    物を数える時に使う数は「自然数」です。 負の数は「自然数」には含まれないので、ものの数を数えるイメージで負の数を考えるのは無理です。
    物の数ではなく、数直線。 「温度、向きのある速度、金の貸し借り」などがイメージとして浮かびやすいのでは。

    またマイナス×マイナス=プラス のイメージとしては。

    後ろ向きに歩いている人を考えます。 この人が過去いた場所は今の場所より前にいますよね。

    というのはいかがでしょう。

    ユーザーID:6187248823

  • 高校までの数学はクイズみたいで楽しかった

    算数の面白さ、簡単なのだとツルカメ算ですよね。文字(方程式)を使わずに解く問題。大人になって解こうとすると逆に頭を使いました。
     ・ツルとカメが合計6匹いる。足の合計が16本。さて、カメは何匹?

    あとは大学2年時の数学の試験問題。いまだに正解がわかりません。(単位が取れたので復習しないまま…)
     ・「1−1=0」を証明せよ。

    わかる方、ぜひ教えてください。

    ユーザーID:5465410459

  • トピ主です。「マイナス1」と、そのイメージについて(-1)

    中学校で「負の数」が登場し、そこでつまづく生徒は結構いるんじゃないかと想像します。
    それは今も昔も変わらないと思うのですが…。
    どうやって克服するのか、親切な方々が私に代わって答えて下さることを希望します〜。

    > どうして何もないところからさらに1個減った状態がイメージできるのか

    私は2つの理由で「イメージできなくても大丈夫」と答えたいです。

    1つの理由は、テーブルに置かれている果物の数を計算する場合、
    答えがマイナスになるような非現実な結果にはならないからです。

    実際、私も「みかんがマイナス1個」をストレートにイメージできておりません(汗)

    私の脳内イメージですが、みかん0個から1個減らそうとした時点で、
    ただの負の数として考えるようになります。
    今までイメージしていた、みかんとテーブルが消えて、
    数直線のイメージに切り替わる、とでも言うのでしょうか。
    単に「−1」という数字があって、そこに「個」という単位をくっつけた感じです。

    中にはマイナス1個のみかんが「見える」人もいると思いますが、
    見えなくても間接的にマイナス1という数量が把握できるなら不便は感じません。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。「マイナス1」と、そのイメージについて(0)

    2つめの理由は、「数学は、それ単体で体系化され、理論的な整合性が取れている学問である」からです。
    この表現が適切かどうか自信がないのですが、
    イメージできようとできまいと、数学は数学として純粋に成立しています。
    たとえば、足し算を理解させるのに、果物を使った例を出しますが、
    果物がないと加法演算が成立しない訳ではなくて、
    演算を理解する手助けとしてイメージさせる訳です。
    ある時点からは、足し算をするのに、いちいち物をイメージすることはなくなりますよね。
    ですので、イメージできないことが、数学を理解していないことになるか、というと、
    あまりそんな気がしません。

    特に、中学・高校と、数学の教育が進んで行くにつれ、
    イメージとの対応付けがどんどん難しくなっていくかと思います。
    (虚数などは高校数学での最たる例かも知れません)
    機械的に計算していくうちに、あとから理解が付いてくることだってあります。
    「言葉をそのまま暗記して解いているだけ」というのも、
    時と場合によっては、最善の手段かも知れないです。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。「マイナス1」と、そのイメージについて(1)

    ただ、マイナスという数学の概念そのものが分からない、となると、
    ちょっとつまづいている感じがしますね。

    温度計など、普段から「マイナス何℃」のように使っているものだといかがでしょう?
    アイスクリームには「-18℃以下で保存してください」みたいな表記がありますね。
    「なぜ、温度にはマイナスが存在するんだろう?」
    「温度が0℃というのはどういうことだろう?」と聞いてみると、
    どんな反応が返って来るんでしょうか。
    やがて、ゼロというのはある基準でしかなく、
    プラスとマイナスは基準からの方向と考えられることに気が付く…と、いいなぁ。

    指導要領にも、
    ・正の数と負の数について具体的な場面での活動を通して理解し,その四則計算ができるようにする。
    とあり、教科書には何がしかの「具体的な場面」が載っているはずですので、
    それをベースに理解されると良いかと思います。

    「500文字制限」にめげそうなDITAでした(笑)。
    連投失礼しました。

    ユーザーID:3716159584

  • 切符の数字

    難問がでているのですが、ヨコですみません。
    数学は全然なのですが、算数は好きだった(はず)で興味があり、
    トピを楽しませていただいてます。
    トピ主さんのレスにありました、切符の4つの数で10を作る。
    これ、必ずやってました!それはもうムキになって。

    そのことに関しての質問ですが、10を作ることのできる場合のほうが多かったのか少なかったのか、フト疑問に思いました。あと、パッと見てこの組み合わせはダメだと判断できるものだったのかなぁと。お時間がありましたら教えてください。コツが存在していたとわかるだけでも嬉しいです。

    ユーザーID:0237231298

  • 無題

    1, 1, 9, 9 を1つずつ使って10を作りなさい

    まだ出ていませんが19−9×1
    もありますよ!!

    実はこれしか思いつかなかったんですが(笑)

    ユーザーID:5785756236

  • この問題は簡単ですか?



    問題1、  0/1=


    問題2.  1/0=

    ユーザーID:6663845764

  • あの問題

    >例の問題も、もし、「カード」が問題を解くのに影響するのなら、例えば、
    ・上下ひっくり返すこともあります
    ・裏返すこともあります
    ・重ねることもあります
    のような説明がつきます。

    算数クイズならそうですが「小学6年生の算数の問題」では説明は必要ないです。そもそも小学6年で並べ替え問題を習っているのでしょうか?

    >説明がついていないということは、たんに「2,4,6,0と小数点を全て1回ずつ使った数は何通り作れますか」ということです。イメージをつかみやすくするために「カードを並べる」という状況設定にしただけです。

    「イメージをつかみやすくするために」と言いながら、なおさらいくつもの解釈ができる変な問題にしてしまいましたね。最初から「2,4,6,0と小数点を全て1回ずつ使った数は何通り作れますか。最後に0はつかない」でいいんです。

    出題者はカードと言いながら、紙に書いて数えろという趣旨だったのでしょう。出題ミスです。
    教師の質も小学6年のレベルも低くなりましたね。「数学」で考える人が多かったですが「算数」だったんですね。

    ユーザーID:7244352935

  • 負の数(と虚数)

    実は負の数がまともに取り扱われるようになったのはそんなに古いことではないようです。最初にきちんと扱われたのは7世紀ころのインド(0の発見がインドでとされてることからも当然かも)ですが、その後アラビアに伝わり10世紀ころには借金に負の数がつかわれていました。それが十字軍によりヨーロッパに伝わってもなかなか受け入れられず、デカルトは負の解が出てくると偽の解と呼び、大数学者オイラーですら抵抗を示していました。18世紀後半くらいになってやっとまともな数として認められたようです。

     虚数はイタリアのジェローラモ・カルダノ(あのちょい悪イタリア親父と同じ名前)が3次方程式を解くときに導入したのが最初とされています。その弟子のフェラーリ(これもあれと同じ名前)は4次方程式の解法で知られています。が、数学者全般に受け入れられたのは、近代数学の父といわれたガウスによる複素平面(この発見自体は別の人ですが)が広まった19世紀前半以降のようです。

     と、こういういわくのあるものを、中学高校で理解しなくちゃいけないわけです(笑)。

    ユーザーID:9181712611

  • これなら分かる!

    問題1、0/1=0

    問題2、1/0=0

    ユーザーID:0985441885

  • 数学はゲーム?

    41歳女さん:
    20世紀に変わるころヒルベルトという大数学者が、そんなようなことを唱えています。「形式主義」といって、「数学は決められたルール(公理と推論法則)に従って行われるゲームである」とする立場です。公理に出てくる言葉は無定義語といってその意味は一切問いません。彼はその立場から矛盾のない数学的体系を証明しようとしましたが、ゲーデルの不完全性定理によってその望みはあえなくついえました。とはいえこの流れの研究は数学基礎論として大きな発展を遂げ、アルゴリズムやプログラミング言語を扱う計算機科学の元になっています。
     問題は常識ではそれぞれ、0/1=0, 1/0=(無限大または無定義)ですが、そうならないのも考えようと思えば考えられなくもないからなぁ(笑)。

    ぴいさん:
    大学ということなので、多分群とか体とかの話の中でしょうか。おそらく、加法の単位元と逆元、乗法の単位元と逆元(それぞれ、0, -a, 1, 1/a)の存在と一意性を証明するとかやるんだと思いますが、それだけではなんとも。

    ユーザーID:9181712611

  • 汗顔の至り

    トピ主様

     仰せの通りで当方の早合点でした。
    考えていたのは,「△ABCと△A'B'C'があり,■A=■A',■B=■B',AC=A'C'であれば,必然的に■C=■C'であるから(→二角夾辺相等となって),△ABC■△A'B'C'」ということでした。しかしもし,等しい辺が「AC=A'C'」でなくて「AC=B'C'」などであったとしたら合同条件は成立しないわけで,2つの三角形は相似としか言えないということになります。結局,本質的には矢張り「二角夾辺相等」は必要で,「穴があったら入りたい」の典型であります。大変失礼致しました。

     しかし,同じく三角形の合同条件でも,直角三角形の「斜辺と一辺が相等であれば合同(二辺夾角でなくてよい)」というのは,真の妙味だと思われます。これは,直角三角形の場合は,三平方の定理から,二辺の長さが決まれば自動的に残りの辺の長さが決まるためですが,この特別な合同条件を初めて認識した時は,「目から鱗」という思いだったことを記憶しております。

    ユーザーID:6734188034

  • 円周率の近似

    39歳男さん:
     あの騒ぎはナンセンスというか「ゆとり」の象徴にされてしまいましたね。実は小数点以下2桁の計算を扱わないという制限のもとでももうちょっとましなのがあって、それは22/7を円周率の近似値として使う方法です。でも、なぜか学校数学ではこれを使おうとはしません。数ある謎のひとつです(笑)。

     そうでなくても、概数、近似値、有効数字はなんとなく継子扱いされている印象があります。概数で計算して大体のあたりをつけるというのは結構重要なテクニックだし、数の感覚を養うという意味でもいいと思うのですが。そうでなくても計算尺とかやらなくなって(実際に使うことはもうなくなっちゃったけど)そこら辺手薄なのに。

     ちなみに円周率の近似値として■10 というのもあります。πの自乗なんかが出てくる計算(まあ、そうあるもんじゃないですが)のときなんかに結構使えます。

    ユーザーID:9181712611

  • 誰か教えて

    算数はとっても得意で好きで、
    センター試験は満点。円周率は1000桁覚えてますが、
    一つだけ分からない問題があります。

    1/3=0.3333333...
    両辺に3をかけると
    1=0.999999...

    どこがおかしいのでしょうか。
    どなたか教えてください。

    ユーザーID:0129368106

  • 算数好きの方 教えてください

    25年か30年前に
    『DIP式算数』
    と言う教材があったと記憶してます。

    少し前から捜しているのですが
    見つかりません。

    どなたかご存知ありませんか?

    ユーザーID:3637870092

  • 1-1=0の証明?

    1-1=0の証明できました。(本当?)
    多分、間違ってます。
    勝手に加群を仮定しました。
    加群と整域の関係については、忘れました。
    すべて、忘却の彼方へ。

    [証明]
    aを加法に関する0でない単数とすると
    a+(-a)=0
    (-a)を(-1)aと書くことにすると
    a+(-a)=a+(-1)a=1・a+(-1)・a=0
    分配則が成り立つとすると
    1・a+(-1)・a=(1+(-1))・a=0
    整域とすると、a \not= 0より
    1+(-1)=0
    1+(-1)を1-1と書くことにすると
    1-1=0 //

    ユーザーID:5950584319

  • 構造として理解すること

    文系で数学が得意で好きだ、という人にあったので、
    「じゃあ、複素数(の集合)って何?」と聞いたら、
    「いろいろ定義はあるけど…、
    例えば実数体に不定元:Xを添加して(X^2+1)で割った商体とか?」
    と答えられました。
    簡単すぎる問題を出して失礼なことをした、と思いました。

    負の数にしても、分数の割り算にしても、複素数にしても、
    暗記すること(計算が出来ること)と、感覚として理解すること、
    そして、構造として理解するということは異なりますね。
    高校までの数学では、構造まで踏み込めなくても
    せめて感覚として理解して欲しいです。

    「1-1=0を証明せよ」ですが、
    出題の意図によって答えは異なるでしょう。
    代数の授業であれば、
    1-1は定義により、1+(-1)であり、
    -1は定義により1の加法についての逆元なので 1+(-1)=0である
    ということになるでしょう。
    (つまり、1と加え合わせた時に0になる数、というのが-1の定義です。)
    数学基礎論のテストで出た問題ならまた話は別です。

    ユーザーID:6402484983

  • 基礎の基礎

    理系で大学、大学院と進み、
    大学まではどんどん式が複雑になり、多重積分、微分方程式・・・
    それが、大学院のとある講義(情報理論という名前だった)で、
    「自然数とは、『0』『自然数+1』だけで定義される」
    「足し算では0、掛け算では1が??数で、このように二つの演算子でそれぞれ特異な数を持つ体系で・・・」
    「足し算、掛け算は自然数で閉じるが、引き算は整数になる。割り算は有理数になり・・・」
    とか「体」とか「環」とか、数字の世界の定義、定理を習い、
    複雑な数式の極限にたどりついた後、一気に「数字の始まり」に戻った気分でした。

    でもそれがやたら難しかった。
    数学、おもしろいです。

    ユーザーID:2167175708

  • 1=0.999・・・の証明?

    センター数学40/200でしたが、
    証明できました。(正しいか?)

    0.999… = \lim_{n->\infty}\sum_{k=1}^{n}\frac{9}{10^k}
    =(9/10)\lim_{n->\infty}\frac{10-(1/10)^n}{9}
    =(9/10)(10/9)=1

    [注意]
    算数・数学好きと称した場合、パスワードに
    ・フィボナッチ数
    ・円周率
    ・…
    を、絶対に使用しないこと。危険です。

    ユーザーID:4513213923

  • トピ主です。数字カードの話(1)

    ugougoさん、こちらに来ていただいてありがとうございます。
    あちらでのレスができず、申し訳ありません。

    直接お話しさせていただいたのは「ジレンマ」からだと思いますが、
    まずugougoさんと私の考えの違いは、
    ただし書きに、どこまで記述するかという基準または常識があるのか、
    あるいは出題者のさじ加減でいいのか、
    というところだと思いますが、合っていますでしょうか。

    また、ただし書きより上の行に書かれているであろう出題の本文としては、
    例の出題文そのものではなく、「数を作る」ことが明記されている仮定の上
    ということで良いでしょうか。

    私はさじ加減が存在すると考えておりまして、理由は以下の通りです。
    ・原則として、出題は算数の概念のみで解くようにする(算数で閉じる)べきである
    ・ただし、文章題は日常的な題材を扱うため、特に小学生に解かせる場合、
     日常との乖離で児童が混乱しないよう、出題文に注意を払うことは望ましいことである
    ・題材も出題形式も有限ではないので、ただし書きとして何を書くか、
     ある程度、出題者の自由度が生まれる(同時にセンスでもある)

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。数字カードの話(2)

    ugougoさんのレスを拝見して疑問に思うのですが、
    小数点の位置を、捨象の対象としなかったのはなぜでしょう。
    小学生が目にする頻度について、何がしかの基準があって、それに従ったのでしょうか。
    つまり「よく目にする」であれば「よく」の基準です。

    私としては、
    zero-paddingの注釈については
    「要らないんじゃないのかな。書いたらヒントバレバレだし」
    小数点の位置の注釈については
    「なくても大丈夫だろうけど、大したヒントにはならないから入れてもいいかな」
    くらいの違いだと思っています。

    あと別レスになります。
    (zero-paddingを注釈とすべき理由として書く訳ではありません)

    ストップウォッチは、00'00"00 という表現が一般的かと思いますが、
    「コンマ何秒」と表現する通り、秒以下のセパレータに小数点を使うことがあります。
    (「コンマ」という呼び方が適切かどうかはともかく)
    キッチンタイマーについては、0X.XX というパターンでなく、
    「十の位をゼロで埋めている数」と断ったうえで挙げています。
    時刻以外なら、交通量調査のカウンターなんかもありますね。

    ユーザーID:3716159584

  • 結局のところ…

     0.999…というのは,
     a(n) = 0.9*(1/10)^n  (n=0,1,2,3,…)
    という等比数列a(n)による無限級数と考えることができ,
     lim {a(0)+a(1)+a(2)+a(3)+…+a(n)}
    n→∞
     =0.9/{1-(1/10)} (初項が0.9,公比が1/10の等比数列の和の極限値)
     =1
    従って,
     0.999… = 1
    なる結論に至る,と教わった記憶があります。

     尚,円周率に関しては,「ゆとり(「3」と教える)の見直し」はいいとしても,近頃の傾向を見ていると,何だか,「小数点以下何桁まで記憶しているかの競い合い」に堕すように思えて気掛かりであります。肝心なことは,
    「円周率というのは,『整数÷整数』という形で表すことができない数だ(そのような数が存在する)」ということなのですが…。従って,例えば円の面積の教え方も「半径×半径×『円周率』」とすべきで,『』を単なる数値で覚えさせたのでは,事の本質を理解させることはできないと思われます。

    ユーザーID:6734188034

  • トピ主です。まとめレス(1) 10を作る話

    「1, 1, 9, 9」の問題を出し、
    二立さん、39歳男さん、ある父 さん、Smartweedさん、akina243さんから解答をいただきました。

    いずれも正解ですが、
    「1, 1, 9, 9を1桁ずつ使って四則演算をして、10を作りなさい」というつもりでした。
    字数制限で書けませんでした(←うそつけ!)

    この場合の正解もいただいていますが、(1+1/9)×9 が正解です。

    ●usiさん

    このトピに「ヨコ」という概念は、たぶんありません(笑)。
    遠慮なさらずに。
    ただ算数からあまりにもかけ離れたり、難しい問題だとはぐらかされる恐れがあります(汗)。

    さて10を作る話。
    コツではないですが、1という数字があれば±1として使えるので便利、程度しか思いつきません。

    10を作れる組み合わせがどちらが多いかは分かりませんが、
    もし私が求めるとしたら、全通り計算させちゃいそうです。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。まとめレス(2)

    ●むー太郎さん

    準備動作にかかる時間をδ秒とし、
    1回目の鐘の準備動作開始から、6回目の打鐘の瞬間までが5秒だったとすると、
    1回目の鐘の準備動作開始から、12回目の打鐘の瞬間までの時間は、11-(6/5)δ秒ですよね。

    植木算のように、δ=0と見なして答えを11秒とするなら分かるものの、
    δが消えて10秒になることはないと思うのですが、何か前提条件違っていますでしょうか?

    ●現代の無責任男さん

    「斜辺と一辺が相等であれば合同」は、私も妙味と感じます。

    ●41歳女さん

    0/1の答えは0でしょうね。

    1/0についてですが、ウィキペディアで「ゼロ除算」を読んでみてはいかがでしょう。
    それによると「算数レベルでは、無意味または未定義」となるそうです。

    関連して、「0の0乗」というページもありました。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。まとめレス(およそ3)

    ●39歳男さん

    ゆとり教育が提唱された背景や、何が行われたかは私はほとんど知らず、
    蚊帳の外状態でした…。

    円周率については、3.14 を「およそ3」とすることで、
    果たして簡単になったと言えるのか疑問なのですが…。

    ところで、偶然にも、このトピの7月4日時点のアクセス順位は314位でした(笑)。

    ●ある父 さん

    数学史のお話などなど、いつもありがとうございます。

    カルダノは16世紀の数学者なので、方程式がある以上、
    負の数は当時から普通に使われていたのかなと思っていましたが、
    普及は18世紀後半だったのですか。

    では温度計はどう表記されていたんだろうと調べてみると、
    摂氏温度(℃)が考案されたのは1742年で、ちょうど18世紀の後半に差し掛かる頃なのですね。

    それまでは華氏温度やレーマー温度などが用いられていたそうで、
    当時、恐らく一番低い温度ができるとされていた塩水の凝固点を「0レーマー度」としていたようで
    いかに負の数を避けようとしていたかが伺えますね。
    今の中学生が負の数を避ける気持ちも分かるわぁー(違うか)

    ユーザーID:3716159584

  • 1-1=0の証明

    博士様

    整域では、
    「1の逆元は-1」<=>「-a=(-1)・a」
    は正しいでしょうか?

    (<=)前掲
    (=>)
    1・a+(-1)・a = (1+(-1))・a
    ここで、1+(-1)=0だから、
    a+(-1)・a = 0
    ゆえに
    (-1)・a = -a//

    ユーザーID:1586063521

  • トピ主です。1万年と2千年前から愛してる話

    某アニメを想起された方ごめんなさい。鶴亀算の話です。
    ツルは2千年だったのかとか、ツルとカメが同時にいるなら合わせても1万年でしかないだろう、
    いう類のツッコミはスルーさせていただきます(笑)。

    ●ぴいさん

    > ツルとカメが合計6匹いる。足の合計が16本。さて、カメは何匹?

    これ、ケアレスミス王者である私は、
    カメとツルの足の本数の差を考慮するのをときどき忘れます(笑)。

    とりあえず全部ツルだとして、
    6匹だから、合計は12本。
    16−12=4だから、答えは4匹!(え〜〜っ!)

    答えは、足の本数の差が4本だから、カメは2匹ですね。

    > 「1−1=0」を証明せよ。

    私は、大学での計算演習としては、
    主にザンクとかゴッパとかの点数計算くらいでしたので、
    「分かりませーん!」と開き直ります(笑)。

    石ころ さんのレスを拝見すると、
    「数字の始まり」は、なかなか興味深いですね。
    (「興味深い」という表現に留めてしまうズルさ)

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。9がいくつあるんだろうな話

    ●ネギトロさん

    ウィキペディアに、そのものズバリ「0.999...」という項目があります。

    |"0.999..." という記号は "1" という記号が表すのとまったく同じ数を表現しているということである。
    |この数が2通りの表現を持っているというように言い換えることもできる。

    ちなみにこの「0.999...」というページは、
    百科事典の内容として完成度が高いという評価を受けていて、
    2007年にウィキペディアの「秀逸な記事」に選ばれ、
    一時期、ウィキペディアのトップページでも紹介されていたことがあります。

    「教育現場でのとまどい」というセクションもあり、
    どこで引っかかりやすいのかというのも分かりやすく、おすすめです。

    ユーザーID:3716159584

  • ありがとうございます!

    もしかしたら、ものすごく面倒くさいことを聞いているのではないかと
    思っていたのですが、やっぱりそうでしたか。
    疎いとその判断すらできなくて…。

    コツがないと聞け、逆にコツコツ挑めそうです(笑)。
    難問の答えの出し方は初めて気づいたことなので、
    10を作る攻略法は増えたと思っています。
    ご解答ありがとうございます!

    ユーザーID:0237231298

  • 分かりづらかったかしら

    初期状態では、槌は鐘のすぐ横にあります。
    このままでは槌は鐘を叩けません。バックスイング(?)が必要です。

    で、槌は歯車からの力で『ゆっくりと』鐘から遠ざかっていきます。
    この時間をαとし、槌がバネの力で勢いよく鐘に叩きつけられる時間をδとすると、

    (α+δ)×6=5
    という式になります

    この問題では、鐘は1秒間隔ではなく、5/6秒間隔で鳴るんです。
    だから12回だと10秒。

    重要なのは、1回鐘を打ったら、時計さんは休んだり待ったりせずに即座に次の準備に入ると言う事です。

    ご理解いただけるでしょうか?

    そういう機構を持つ時計は実在します。
    私は最初にそのイメージが出てきます!!

    δを無視するのは良いとしても、αを無視してしまうと、鐘は一瞬で連打されることになります。


    ところで。

    円周率の近似値って 355÷113 がよく知られていると思いますが…
    113355と覚えやすく、小数点以下第6位までの精度を持っているスグレモノです。
    日常生活では、これで困ることは無いでしょう。
    決して等しいワケじゃない事は言うまでもありませんが。

    ユーザーID:2293259910

  • 整域じゃなくても

    別に一般の環で正しいと思いますけど。

    ユーザーID:6402484983

  • 負の数(と虚数)の補足

    認められるとか受け入れられるとか書いてしまったのでちょっと誤解を招いてしまったかもしれません。

    どちらもその以前から、盛んに使われてはいたんだと思います。ただ、計算上の方便であるとか、使えば便利だけれど実体はないとか、なんというか数学としてまともに扱う対象ではないみたいな存在だったのかなという感じです。あと、お気づきかと思いますが、私のネタ元もほとんどゐきぺぢあでございます(笑)。

    以下駄、温度で負の数を説明しようとするのは危険です。ちょっと知ってる生徒なら絶対零度なんてものを知ってたりするので、じゃあ負の数は-273.15で終わっちゃうんだとかまぜっかえされかねません(笑)

    ユーザーID:9181712611

  • ありがとうございます

    ある父さん、有難うございます。ゲームだと思ってたのはまんざら悪くもなかったのかな。少なくともそのおかげで学生時代数学大好きって思えてたんですものね!

    0/1=、1/0=、の問題は私が高校に入学して初めての数学の授業で先生が出題されました。私の頭が??だったとき先生は一人の生徒を指名しました。その生徒は「0/1=0、1/0=答えられない」と答えました。 先生は「その通り!0に何かをかけて1になる数などありません!」とおっしゃいました。私にとって衝撃で今でもはっきり覚えています、、、。
    「ゼロ除算」ウィキって見ましたが、あの日の衝撃にはかないません(笑)

    ユーザーID:6663845764

  • トピ主です。鳴らすのはあな〜た〜な話

    補足説明ありがとうございます!

    むー太郎さんとの違いは「打鐘直後の休み時間を無視できるかどうか」のようですね。

    鐘を打つ構造にもよると思いますが、ハンマーをピックアップ→リリースという仕組みなら、
    リリース後、次のピックアップまでのタイムラグはあるのではないでしょうか。
    そうでないとリリースしたエネルギーをピックアップ部分で受けることになり、
    ピックアップ部とハンマー軸に結構な疲労がかかることになりますよね。

    ・ハンマーを鐘にぶつけて、運動エネルギーを失わせる
    ・運動エネルギーが失われた後、次の準備動作に入る

    という2つのプロセスに分けられると思いますが、
    その間のタイムラグを0と見なしてしまって良いのですか?

    仮に、実在する柱時計で0秒に近いものがあったとしても、
    この間を0としないと柱時計の報時機能が成り立たないとは思えず、
    常に0として計算して良いかはちょっと疑問です。

    むしろ、この時間を一定時間確保することにより、報時機能の寿命も長くなると思うので、
    もし、むー太郎さんのように柱時計の機構までも考慮されるなら、
    ここはむしろ0とみなさないほうが望ましい気がします。

    ユーザーID:3716159584

  • 1=0.999...

    数学偏差値40未満さんにトピ主さんありがとうございます。

    1=0.999...
    は正しいんですね。同じ数字の別な表現ということですか。
    20年以上、間違っていると思い、どこがおかしいのか、と
    悩んでいました。

    ちなみに、円周率はパスワードには使っていませんが、
    クルマのナンバーには使ってます。

    ユーザーID:3289198056

  • マーチンガードナー

    十数年前に高校生の頃に、マーチンガードナー著の
    数学ゲームI,II,III,VI
    というのを読んで、とてもおもしろかったのですが、
    もう絶版で手に入らないんですよね。

    ユーザーID:3289198056

  • 小学生のかけ算の問題

    以前から疑問に思っていたのですが,小学校で「80円のりんごを5個買うといくらになるでしょう」といった問題では,式の立て方として

    1) 80×5=400

    が正解で

    2) 5×80=400

    だと間違いとされるそうですが,そんなにいけないことなんでしょうかね。

    日本語だから単価×個数が自然ですが,2) の式を一般的に使う国も多いので,本質的に間違いなわけではないと思うのですが…。

    ユーザーID:9872219564

  • 数学と物理

    高校生の頃、それこそマーチンガードナーの本に
    「ある電球とスイッチがあり、
    最初の1分は点灯し、次の30秒は消灯、次の15は点灯と
    点灯、消灯を繰り返し、その時間は半分になる。
    さて、2分後は電球は点灯しているか消灯しているか。」
    という問題があり、「分からない」となるのを承知で
    数学の先生に質問したら
    「無限大が奇数か偶数かという問題に帰着し、不定である」と無難な回答をされましたが、
    物理の先生に聞いたら
    「電球のスイッチング回路が壊れる」
    と言われ、納得しました。

    昔々、フランスの数学者ピエール・シモンド・ラプラスが
    「数学は物理を解くための道具だ」と言ったそうな。

    ユーザーID:2167175708

  • うちの子

    うちの子(小学4年生)に、
    「3を5つ使って100になるように式を作れ」
    と問題を出したら、正解にはたどり着きませんでしたが、
    「6つならできる」と言い出したので、どうするのか尋ねたら
    「(333-33)÷3」
    なるほどとちょっと感心しました。

    ユーザーID:3289198056

  • 小学生の掛け算について

    これは、小学校では何の何倍かを明確に考えるからだと思います。
    答えとしては同じ400になるのですが、小学校の場合、おそらく
    個対個の関係を引きずっているので(だから算数??)80円の
    5倍という意味をはっきりさせるために順番をきちんとしているのだと
    思います。この場合、5は5個というよりも5倍の5と考えると
    わかりやすいと思います。

    ユーザーID:4092579601

  • ほんとですか?5×80

    >2) 5×80=400
    >だと間違いとされるそうですが

    スカラーが前の方がむしろ数学的だし、そもそも乗算は可換なんだから間違いもくそも無いと思います。

    指導要項は、先生が教えにくい(られない)ものはNGになる傾向があります。子供の"何で?"攻撃に破綻してしまうからです。一時期、高校の一次変換が無くなったのも、教えられない、ということが起因していました。
    結局、概念的なことより操作に落とし込めるところで良しとしてしまうのでしょうが、それでバツをつけてしまう教師はどうなのかと思います。

    小学校で、体育や音楽は専門の教師がいるように。数学もそれを設けるという話が昔あったのですが、その後どうなったんですかね。

    ユーザーID:4339992216

  • 小学生 掛け算?

    トピずれですみませんが、
    クラスNPさんの問題で、私も同じで???

    1) 80円×5個=400円個
    2) 5個×80円=400個円=400円個
    となり、どちらも同じではないかと思うのですがどうなのでしょうか?

    なぜ5個ではなく5倍という考えなのかわかりません?
    80円のお金の塊をを5塊集めたらいくらになるかなら、5倍でもいいと思いますが?

    どなた、教えていただければありがたいです。

    ユーザーID:6668992075

  • 公式が日本語だから

    小学校で掛け算習いたての頃の掛け算とは
    「かけられる数xかける数=答え」
    です。
    文章題を解くヒント的なものであり、上述の通り混乱のもとでもあります。
    しかし、「ひっくり返してもOK」ということの証明を掛け算習いたてではしません。(四則演算のルールとなるので、割り算習得後になります)

    なので、四則演算の三則目である掛け算習得の段階では、掛け算の式に意味を与えて演算に慣れさせているので
    80円のリンゴx5個=400円
    が正しく、
    5個x80円のリンゴ=400円
    ではダメなのです。

    小学校の段階で5x80=400がダメと教わっていてもいずれ後学する数学で上書きされます。
    今ここで書き込まれてる方々のように。

    上書きされたあとからだと確かに変ですが。

    ユーザーID:6816460365

  • 小学生の算数は順序あり

    >スカラーが前の方がむしろ数学的だし、そもそも乗算は可換なんだから間違いもくそも無いと思います。
    全く同意です。
    この議論については、

    http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2004/0607/002209.htm?o=0&p=0
    このトピが参考になります。


    結論は、単位をつけろ、です。

    「80円のりんごを5個買うといくらになるでしょう」

    80円/個×5個=400円

    5個×80円/個=400円

    これならどっちでもokです。

    上記トピの宇宙まで100kmさんの下記レスがすべてを表しています。

    >掛け算の順序と単位の考え方をリンクさせる方が
    >問題です。本来関連のないものなのですから。
    >順序に関係なく単位量を考えることはできるし、
    >考えられないようでは困ります。

    ユーザーID:7782813567

  • 数学とは何か?

    > 昔々、フランスの数学者ピエール・シモンド・ラプラスが
    >「数学は物理を解くための道具だ」と言ったそうな。

    どういう背景で出た言葉なのかは知らないのですが、この手の格言に疑問を感じます。

    例えば、日本語をしゃべるイタリア人が
    「日本語は女の子をナンパする道具だ」
    と言ったら、言語学者はみんな納得するのかなあ?

    単に、その人が数学をどう使っているかを説明しただけのように思えます。

    大学の一般教養で「数学とは何か?」という題のレポートが出ました。
    化学科の友人は「数学は科学の道具だ」というようなことを書いて単位を取得し、
    数学科の友人達は「問題が難しすぎる」として提出せず単位を諦めました。

    ユーザーID:6402484983

  • 掛け算の順序と数学(ってまた大げさな)

    掛け算の順序については、下手すると宗教論争になるのでどこでもループする話題のようです。
    http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,1013957
    なんかもあります。私のスタンスは
    http://daiba-suuri.at.webry.info/200906/article_1.html
    に近いですが。

    数学とそのほかの科学との関係を言った言葉にはいくつかあります。
    「数学は科学の言語である」というのは結構わかりやすい。もうちょっと過激になると「数学は自然科学ではない」というのもあります。確かほとんどの自然科学は数学で記述されることによって精緻になりますが、数学自体はなんらかの具体的自然現象ではないですからね。で極めつけは
    「数学は科学の女王にして奴隷」(本のタイトルです)かな。ということで私の中では数学は科学の中の究極のツンデレです(笑)

    ユーザーID:9181712611

  • 数学

    博士様 大変失礼しました。
    確かに、数学のすべてが物理の道具ではなく、ほんの一部だと思います。
    数学は数学で独自の世界を築き、
    物理で使われる数学⊂数学
    ってとこでしょうか。

    ところで、数学は、文系なのか理系なのか、以前、友人と議論したことがあります。
    理系とは「自然科学を解明すること」
    文系とは「新たな世界を想像すること」
    と定義すると、数学は文系科目になります。
    まあ、理系と文系に分けること自体どうかという意見もありますが。

    どう思いますか?

    ユーザーID:3289198056

  • 小学生のかけ算の問題

    かけ算の式に関してコメントをくださった皆様,ありがとうございます。

    日本の算数で,同じ数値のものがいくつもあるときに 数値×個数 と式を立てるということは分かります。後に交換できない行列のかけ算も出てくることですし,教えられた通りに式を立てるのが重要だということも分かります。

    しかし,算数や数学では後に習う解法や別の方法で解いても間違いとまではしませんよね。それからすると後に正しいと分かる 個数×単価 の式だって間違いとまで言わなくてもいいのではないかという気もするのです。

    かけ算にすべきところを足し算にしてしまったら当然間違いですが,かけ算の順序の違いがそれと同じ評価では,生徒の算数嫌いを増やしてしまうのではないだろうというか,かけ算の順序を守ることはそこまでして教え込む意義があるのだろうかと疑問です。

    単位をつけるべきというお話もありますが,他の文章題で単位なしで式を立てていて,このような問題だけ単位付きの式を書くべきというのも難しいのではないでしょうか。それに「円/個」という単位は,小学校では習わないのではないかと思いますが…。

    ユーザーID:9872219564

  • 小学生の算数

     80x5の計算をさせるわけだから、3年生か4年生の問題で
    しょうか。
     問題を理解している子はいいんですが、80+5=85
    という式を立て、回答する子がいたらどう指導しますか。

     問題文をちゃんと読まない、読んでもちゃんと理解できない
    子がクラスの半分近くいるようなときもあります。こんなとき、
    問題文の意味をどう読み取るか国語の指導にもなります。

     問題文をちゃんと読まない子は、ともかく出てきた数を
    使って式をたてようとします。80+5であったり、5+80
    であったり、80x5であったり、まあこの場合は80−5は
    あまりいないのですが、足し算の文章題を解いてきた子達が、
    掛け算の文章題に遭遇したとき、問題の意味をあまり理解せず
    式をたてることはよくあります。

     こんなことがないよう、1個あたりの値段がかけられる数、
    個数がかける数というように、問題文の読み取り方を授業中に
    指導しているとすると、5x80というのはやはり、授業中の
    指導をちゃんと理解していないことになるわけです。

     答えがあっていればいいというものではありません。

    ユーザーID:1984691627

  • トピ主です。かけ算の順序について

    小2で掛け算を導入してから、同じく小2で掛け算の交換法則を学ぶまでの間、
    式を立てさせるためのテンプレートとして使われ、それに従った数式を模範解答としているようです。
    かける数とかけられる数が一意に定まる問題文だけ(!)を与えて、その読解力を問うている感じでしょうか。

    各種論争を見ていると、単位を使った例を挙げ、
    ことさら順序を守る必要性を論じているサイトもありましたが、
    そこに意義を求めれば求めるほど、逆に後で困るというか、
    交換法則を受け入れにくい児童を育てることにならないでしょうか。

    さんざん順序に意味を持たせ、児童に×まで食らわせた挙句
    「実は単位の整合性さえ保てればどっちでも良かった」
    という違う事実に直面させるのなら
    最初から「どっちもOKだけど、式の立て方が分からない人はこれに沿ってね」くらいに留めたほうが違和感ありません。

    ぽてじさんが紹介されたトピで、テンプレの呪縛にとらわれて、
    同様に習ったはずの交換法則が実社会で活かされない状況を目の当たりにすると、弊害のほうを大きく感じてしまいます。

    ただ、どうも教育委員会レベルでの方針のようで、根は深そうですが…。

    ユーザーID:3716159584

  • かけ算の順序

     初めまして。「かけ算の順序」に関して、ずっと調べている者です。確認できた事情は以下の通りです。

     教科書には、(1つ分)×(いくつ分)で定義していますが、文科省に電話したところ、「逆にしてはいけない」と教えるように指導はしていないし、指導要領にも書いていないとのこと。ただし、「逆にしたら誤答、という指導をしてはいけない」とも言っていない。

     「かけ算の意味を理解させるために、順序にこだわる」という指導法が存在するようです。ただし、あくまで「意味を理解させる」という目的のための手段に過ぎません。

     例えば、私自身は塾で教えるときに、速度の問題で「みはじ」を使わないように指示することがあります。このように、ローカルルールとして、その場での約束事を作ることは一般には否定できないと考えます。

     だから、この件に関しても、算数・数学において、かけ算に順序があるのかどうか、とは別に、順序にこだわる教え方と、こだわらない教え方、どちらが教育法として優れているかという議論は成り立ちうると思います。私は、こだわる教え方には懐疑的ですが、それについてはここでは保留しておきます。

    ユーザーID:8503241366

  • かけ算の順序、つづき

    「4人に蜜柑を3個ずつ分ける。蜜柑の数は?」これを、「4×3ではなく、3×4と立式するように」という指導の是非は、教育的効果で判断されるべきです。算数・数学的には、4×3も3×4も正しいです。(1つ分)×(いくつ分)という順序は、最初にかけ算を導入するときには重要ですが、交換可能なことが理解できればどちらでも構いません。また、仮に(1つ分)×(いくつ分)の順序のみが正しいとしても、蜜柑を1個ずつ4人に配り、2個目を配り、3個目を配ったとしたら、「4が3つ」という解釈も可能で、(1つ分)と(いくつ分)は視点の違いで容易に逆転します。

     ところが、「意味を理解するため」の方便に過ぎない「かけ算の順序」に、何か重大な意味があると思いこむ人が、教員の中にもいるようです。さらに、文章題でどちらが1つ分でどちらがいくつ分かわからない生徒がいるというので、「左側の数の単位=答えの単位と覚えるように」と指導する教員もいます。この段階で手段に過ぎない「かけ算の順序」が、目的になってしまいます。さらに、「左側の数の単位=答えの単位」というルールがあると思いこむ人までいるようです。

    ユーザーID:8503241366

  • 掛け算の順序

    A)1個80円のリンゴを5個を買いました
    B)5個のリンゴを1個80円で買いました

    AとBの「正解」が違うってこと?
    掛け算の最初に「それは同じ事だよ」って教わったような気が…。

    AとBで正解が同じなら完全に意味不明。


    ところで。
    「80円のりんごを5個買うといくらになるでしょう」
    私なら80円と答えます。
    その問題文だと、リンゴ取り放題80円です。

    『1個当たり』と明記されていませんから!!リンゴ全体で80円に決まっている!!!!!
    文脈から分かる?いや。『私には』わからん。

    「80円のリンゴ」って言われたら「へー、リンゴ幾つでも80円なんだ」と『私は』思います。

    屁理屈なんて言うんじゃない!詭弁と言いなさい!!


    最大限自分が得するように解釈するものじゃないですか?
    ※ 「売りました」だったら単価であると認識します(ヒデぇな

    ユーザーID:2293259910

  • 現在の価値観で過去を断じない。

    交換法則も知っていて、後に出てくるであろう公式も知っている我々大人からすれば「変」と断じられるでしょう。
    でもそれは「後出しじゃんけん」ではないでしょうか?
    教育課程での学習内容を「知っている」から。

    教育は最初から「100」を教えるものではなくて、1,2,3と段階を追って最終的に100に到達するもの。
    その途中ではどうしても矛盾や「とりあえず覚えておけ」ということは少なからずあるかと。その段階では理解できない道理が必要な場合があるかと。(プログラム組みますが、いつの時代もC言語のinclude文は「最初はおまじない」としてです。最初にアレは理解できません)

    逆にあとから交換法則を学習することで「やっぱりな、気づいていたZE
    !」と自信を持つ子や「お〜なるほど〜。すげぇ」とやる気になる子もいるでしょう。
    クラス内に30人も個性があっては教師だってどうしようもないでしょう。どうしても子供が納得していないなら、家で親が自分の子供の個性に合わせて説明すればいいかと。
    (うちの親は小3で割り算習った後、2乗根の筆算を教えてくれた。流石にわけわからなかった。)

    ユーザーID:6816460365

  • 正しい単位

    >「左側の数の単位=答えの単位と覚えるように」

    これは明確に誤りですね。
    一般に1つ目の因子も2つ目の因子も右辺の因子とは一致しませんし。
    りんごの例でも、
    80(円/個)×50(個) = 400(円)
    が正しい単位でしょう?
    80(円)×50(個) = 400(円)
    は誤りです。

    ユーザーID:6402484983

  • 訂正

    あ、80(円/個)×50(個) = 400(円)ではなく、
    80(円/個)×5(個) = 400(円)でした。失礼しました。

    ユーザーID:6402484983

  • 単位の問題もあるんかな

    割り算を習っていない2年生では。

    単価の単位である「円/個」が理解できない。

    と言う事もヤヤコシイことになる一因かと思われます。


    1個の値段(円)×数(単位無し)=金額(円)

    という正直大人には意味分からん式ができ上がってしまう。

    どう考えても
    数量(個)×単価(円/個)=金額(円)
    でしょうに。自営業やっているところの子供はこれくらい知っていたりしませんかね?

    ユーザーID:2293259910

  • 本当に必要な指導法なのだろうか?

     私自身は、かけ算の順序をうるさく言われた記憶がありません。

     例えば、「20÷7=2あまり6 という計算は、分数などを勉強したあとでは、20/7とすればいいので、あまりの計算などやめるべきだ」というつもりはありません。

     「かけ算の順序」を疑問に思うのは、「後で使わない不要なことだから」ではありません。

     メリットとされることと比較して、あまりにデメリットが大きいからです。

     デメリットの一つが、方便に過ぎない「かけ算の順序」が一人歩きして、あたかもそれが原則であるかのようになってしまう。さらに、そこから派生した「左側の数の単位=答えの単位」などといる明白に間違った「ルール」までが捏造される。そうして教える側の人がそのよう「ルール」を信じ込んで、それを教え込むことの腐心する。

     そうして、最初は「かけ算の考え方、意味を理解するための道具」が強固な「ルール」となって、高学年まで延々これをうるさく言う。長方形の面積を横×縦にすると誤答にする例まで出てくる。

     「意味さえ分かっていればどっちでもいい」という方が遙かにましだと思います。

    ユーザーID:8503241366

  • 「かけ算の順序はどっちでもいい」は、抽象化思考の1つ

    http://anothertrack.hp.infoseek.co.jp/others/0028.htm
    http://anothertrack.hp.infoseek.co.jp/others/0029.htm
    http://www.eonet.ne.jp/~mnzbo645/kakekakerare.htm

    サンドイッチだの、警察と泥棒など、こういうことで生徒に、「かけ算の順序」や「かける数・かけられる数」を指導して、いったい何の意味があるのだろうか?

    「3を4つ足すことと、4を3つ足すことは、見かけ上異なるが、本質的に同等である」ということは、大変面白いところだと思う。「指数関数と三角関数が同じである」というのと似ている。

     見かけ上異なることが、本質的に同じ事であるということを発見するのは算数・数学での面白さの中でも、かなり上位に位置すると思う。そうやって、数学で重要な「抽象化」を学ぶことになる。

     それを逆に、「本質的に同じであることを、違うと認識するように」という指導は、「抽象化するな」という指導となりかねず、大いに疑問である。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。かけ算の順序 親としての対応を考えるなら?

    ●積分定数さん

    投稿ありがとうございます。
    (反映が遅くてさぞ驚かれたことでしょう)

    数学的な議論(mixiの数学コミュの1000レスなど)も読んで、
    おおむね、議論がどう進むのか(あるいはどう進まないのか)が分かりました。

    積分定数さんは実際の教育に携わっていらっしゃるそうですので、
    本論とは別に、お伺いしたいことがありますが、よろしいでしょうか。

    問題を矮小化する意図は全くないのですが、
    仮に、実際に、かけ算の順序を徹底する先生がいたとして、
    児童が×をもらったとしたら、その児童を持つ親としては、
    どういう(子供のケアを含む)対応をすれば良いと思われますか?

    私は小2の親ではありませんが(それ以前に人の親でもありませんが)
    このことで子供がやる気を失ったり、
    夫婦喧嘩にでもなったりしたら非常に残念なことで、
    「先生や小学校教育を問う」とまではいかなくても、
    1人の親という観点で、自分の子供(だけ)のことを考えた場合、
    どのような対応が望ましいか知りたいです。
    かけ算を習うにあたり、事前のケアもあると良いのでしょうか。

    本論は本論でいくつかレスをしたいと思います。

    ユーザーID:3716159584

  • 「かけ算の順序」を教えることが正当化される必要条件

     「方便に過ぎない。本当はどっちでもよい。」ということを教える側が理解していて、教わる生徒もいずれこの認識になることが必要条件である。もちろん必要条件なので、これが満たされたら正当化される、というわけでもない。

    現実はどうであろうか?

    http://komachi.yomiuri.co.jp/link/link.jsp?url=http%3A%2F%2Fkomachi.yomiuri.co.jp%2Ft%2F2004%2F0607%2F002209.htm%3Fo%3D0%26p%3D0
    をざっと読んだが、「正しい順序がある」「左の単位と答えの単位が同じ」と思いこんでいる人がいる。
    http://kurilin.moo.jp/diary2006-11-2.html 11月16日(木) 11月21日(火) の日記もすごい。
    http://q.hatena.ne.jp/1197768804 小学校教員の質問だが、「かけ算の順序」が方便以上のものであるかの如く思いこんでいるのがわかる。

    勘違いしている人がいること自体、「かけ算の順序」を教えることの弊害である。

    ユーザーID:8503241366

  • 素朴な疑問

    1−1=0の証明は背理法じゃ駄目なの?

    背理背理♪ほれ♪背理法〜♪はっは〜。

    ユーザーID:6816460365

  • 厳密さより

    正しいかどうかですが、かけ算を習ったばかりで、割り算とか
    分数とかはまだ、というレベルの生徒に、

    80(円/個)×5(個) = 400(円)
    が正しい単位でしょう?

    というのは無理でしょう。4,5年生で、算数は苦手だと
    言う生徒も却って敬遠するでしょう。

    それに対して
    「左側の数の単位=答えの単位」
    というのは、わかりやすい指標です。

    以下は、余分な要素が入っていますから、生徒のレベルによって
    は難問です。

    1冊80円のノートが5冊入ったケースが3個あります。
    1.1ケースの値段は何円ですか。
     80円x5=400円
    2.ノートは全部で何冊ありますか。
     5冊x3=15冊

    このとき、「答えの単位の数を左」というヒントがあれば
    格段に式が立てやすくなります。

    文章題で、問題文の意味を読み取って、式を立てるというのは
    なかなか難しいのです。読解力・国語力の問題でもあります。

    小学生に英語なんかやらせている場合ではありません。
    算数の文章題を正しく読解できる国語力をきっちりつけさせる
    ほうが先決です。

    ユーザーID:1984691627

  • >親としての対応

     難しい問題ですね。私自身は主に高校生を教えていて、「かけ算の順序」は、数年前に新聞投書で読んで初めてその存在を知り、驚いた次第です。色々調べていくと、教えている教員自身がよくわかっていなくて、「とにかく順序を正しく」となってしまっているようです。私としては、議論を巻き起こすことで現場の教員にも考えてほしいという思いがあるので、「順序を逆にしてバツを付けられた。納得できない」となったら、ネットで調べたりしてそれなりに理論武装して、教員と話し合ってほしいと思いますが、そう簡単に行かないのが現状だと思います。

     「自分の子どもにとっての最大利益」と考えると、何が最適かはわからないです。小学生に、教師への不信感を植え付けていいのか、あるいは、「納得行かないけど、長い物には巻かれよう」という処世術を小学校のうちから教える必要があるのか、意見を言うことで何か報復されないか、とか色々考えちゃいますね。

     だからこそ教員は力を持っている側にいるという自覚を持つ必要があるし、私みたいな第三者が、授業のあり方について意見を述べる機会があってもいいと思うのです。

    ユーザーID:8503241366

  • 親としての対応

    DITA様、ちょっと横ですが、RESの更新が遅いので、私も
    一言述べさせてください。

    もし、教師がXをつけるとしたら、授業中にこういう問題は
    このように式を立てるんですよと指導していて、それに
    従っていない場合ですね。

    筆順などもそうですが、たとえば上という漢字、最初に
    縦棒から書き始めようが、横棒から書き始めようが、
    どちらが正しいというものではありません。

    しかし、授業中にこの筆順で書きなさいと指導されていて、
    その筆順を問う問題が出た場合、教師の指導に従っていない
    場合、Xにされてもやむを得ません。

    だから、答えは正しいかもしれないが、それを計算する過程で
    先生の指導に従わなかったらXにされてもしかたがない、
    と言ってあげるのがいいんじゃないかと思います。

    ユーザーID:1984691627

  • トピ主です。まとめ亀レスです。

    だいぶ遅れましたがレスです。

    ●数学偏差値40未満さん

    あれってLaTeXの数式ですよね。
    あのフォーマットに慣れると、パッと見で、
    レンダリング後の数式が「見える」ものなのでしょうか?
    人間コンパイラみたいな(笑)

    ●石ころさん

    マーチン・ガードナーの「数学ゲーム」、確か私の家にもありました。
    ただ、第何巻だったのかも、読んだかどうかも覚えていないのですが…。
    とはいえ読んだ事実だけを覚えていても意味ないですね(汗)。

    「数学とは何か」は、難しいですね。
    その言葉を発した人の時代背景も影響しているのでしょうね。
    大昔は「農耕の道具」だったかも知れませんし…。

    ●41歳女さん

    すみません。ご質問を勝手に勘違いしておりました。
    「簡単かどうか」というご質問だったのですね。

    中学・高校の頃であれば簡単だったかも。
    今は「んー。解なしだよな〜。でもそういう代数学ってあるのかなー?」とか、
    あれこれ詮索して結局ウィキペディアで調べてしまった私にとっては「難しい」です(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。かけ算の順序についての理解と疑問点

    ある【かけ算の分からない児童】に対して、式の立て方をテクニックとして教え、
    一定の順序で式を書かせて解けるようにする。
    単位量が十分に理解できれば、交換法則を学ばせ、
    やがて面積計算(小4)を学んだ頃には式の記述も柔軟になってくるだろう
    という個別のケースであれば「そうなのか」とは思えます。

    ただそれだけではなさそうで、以下の疑問点があります。

    (1) すでに算数のかけ算を理解している児童に対して×を付け、
      時にはその理解をくじくようなことをしてまで、
      児童一律に統制させることに教育的価値があるのかどうか

    (2) 交換法則(小2)を学習した後であるにも関わらず、
      小3以降もその方法を一律に叩きこむ先生がいるようだが、それは良いことなのか

    (3) そもそも、かけ算の順序が問われるとしたら、それはいつまでかが明確なのか。

    児童一律に「この順序で書きなさい。逆順に書いたら理解したとはみなしません」という統制をするのであれば、そこには数学的・算数的な根拠があってこそと思いますが、
    今は「理解したかどうかを簡単に把握するために統制する」以上の理由が見えてきません。

    ユーザーID:3716159584

  • 足し算をどうする?

    左が掛けられる数、右が掛ける数。
    そこに異論を唱える人はいないとして。

    何故(1個あたり)『80円』が「掛けられる数でなければならない」かの説明って誰かできるでしょうか?
    『5個』が「掛ける数でなければならない」理由は?


    さて。
    タロー君がアメを4個持っています。ジロー君は3個持っています。
    合計でアメは何個あるでしょう?

    4+3=7
    と答えます。
    この式において4は「足される数」です。
    3は「足す数」です。
    掛け算の論理でいくと、何らかの理由によって、どちらかが「足される数」に決定されるはずです。
    私はタロー君の持っている数を足される数としましたが、これは正解・不正解のどちらでしょう?
    そして、その理由は何でしょう?

    詭弁で良い。誰か答えられる人いますか?


    このへんの問題は「知識が無い人向けの方便」を「絶対普遍の真実」であると信じている大人がいるってことでしょうな。

    ユーザーID:2293259910

  • 親の対応、と掛け算の意味

    記憶は定かではないけど、娘(少6)は先に公文でやっててかなり進んでたので「学校ではとりあえず習った順番で答えとけ、どうせ後になったらどっちでもいいんだけど」と言った様な言わなかったような(笑)。親がこういう性格なもんで娘は苦労してるようです。「パパの説明、いつも長い〜」と嫌がられてます(笑)。

    つらつら眺めててちょっと気になったことがあります。掛け算の最初の説明(定義)として、同じものを何回か足したものを掛け算として計算する、とありますが、最初に触れて後は割りとそれっきりな印象です。変に単位がどーたらよりも、わからない子がいたらここに戻ればいいような気がするんだけど、なんか戻れない理由でもあるのかな。ここで聞いても仕方ない気もするけど(笑)

    ユーザーID:9181712611

  • −数学の本質はその自由性にある− カントール

    >だから、答えは正しいかもしれないが、それを計算する過程で
    先生の指導に従わなかったらXにされてもしかたがない、
    と言ってあげるのがいいんじゃないかと思います。

    こういう事例があります。
    「3時間で15km走った。同じ速度で6時間走ったときの距離は?」
    を「6時間は3時間の2倍だから、15×2で30km」と答えてバツになった。距離÷時間で時速を出して、・・・とやらなかったからと思われる。

     この解答は数学的には非の打ち所はないが、「教えた公式を使うように」と一言あれがバツにしていいのだろうか?

     常日頃から、「テストには教えたとおりに答えるように」と指導していたら、それとは異なるやり方でやった場合にバツにしていいのだろうか?そのような指導自体が問題あるかと思う。

     「一体その教員は算数の授業で何を生徒に教えたいのか?」と疑問に思うことが多々あります。マニュアルに当てはめさせることに腐心する教員が少なからずいます。「かけ算の順序」の指導もその一環のように感じます。

     大切なのは、考え方だと思います。かけ算の初歩段階であれば、「順序」も理解できるのですが。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。二立さんへ

    ●二立さん

    レスありがとうございます。
    過去の鋭いレスについても、併せて御礼申し上げます。

    私の投稿が遅かったり、他の方や私の投稿の反映にタイムラグがあったりはしますが、
    どんな話題でも遠慮なく投稿くださいませ。

    本題ですが、かけ算の順序についての議論は、他にぴったりの類例が
    なかなか見つからないことが、一層、議論を困難にしている気がします。

    たとえば漢字の書き順であれば、とある先生が、
    「"左"も"右"も横棒から書いたほうが簡単だから、そう書くように。
    "右"を、斜めから書き始めたら×にします」
    と指導したとしたら、その指導は明らかに誤りと言えますよね。

    先生がどう指導するか以前に「正しい書き順」というものがあり、
    それに従って指導することが望まれている訳です。

    ですので、「先生の指導」を根拠にするならば、
    指導したという事実関係のみをもって○にするか×にするか、には留まらず、
    その指導そのものが適切であるかどうか、
    算数であれば、算数・数学の教育の一環としてきちんとした指導の根拠があるのかどうか、という議論が必要ではないでしょうか。

    ユーザーID:3716159584

  • 単位に着目させることへの、素朴な疑問なのですが

    >このとき、「答えの単位の数を左」というヒントがあれば
    格段に式が立てやすくなります。

    「何冊か?と聞いている。5冊とあるから、5×○だ」ということで、「みはじ」同様、理解していない解けてしまう。ところが答えは正しいので、本人も教える側も「理解している」と思いこむ危険がある。

     既に書いたように、「考え方を理解するための順序」のはずが、「単位に着目させれば、意味を理解しなくても立式できる」となっていませんか?「『の』とあったら、かけ算」などという文章題攻略指導と同様に思えるのですが。

     一方で、文章の意味を正しく読みとり、「3つのケースの中にそれぞれ5冊あるから」と正しく理解して、さらに「かけ算は本質的に可換」と正しく認識しているので、順序を気にせず3×5とすると誤答になりかねないというのは、やはりおかしく思えます。

     「みはじ」同様、「理解力のない生徒が理解しなくても解ける方法」というならわかるのですが、自転車に乗れる子に補助輪を強要することはないと思います。

    http://math.artet.net/?eid=1051119も参考になります。

    ユーザーID:8503241366

  • 1-1=0の証明

    カル様

    問題をはっきりさせてみました。
    「整数について、1-1=0を証明せよ。」

    以下は、岩波数学辞典による整数の代数的構成です。
    (こんな整数、イヤだ!)

    自然数Nを既知とし、
    Zを、Nと0,およびNの符号を変えたものの全体、とする。
    M=N×Nとおき、Mに同値関係(k,l)〜(m,n)をk+n=l+mで定める。
    (k,l)の同値類をK(k,l)とし、商集合M/〜をM*とおく。
    φ:Z→M*を
    φ(n)=K(k+n,k), φ(0)=K(k,k), φ(-n)=K(k,n+k)
    で定めると、ZとM*は1対1に対応する(同一視できる)。
    加法: K(k,l)+K(m,n)=K(k+m,l+n)
    減法: K(k,l)-K(m,n)=K(k+n,l+m)
    で定義する…

    これだと、背理法を使わなくても、
    代入のみで証明できる感じがしますが、どうでしょう?

    ユーザーID:1586063521

  • 今さらですが(1/2)

    DITAさん、丁寧なコメントをありがとうございます。
    ずっと気にはしていたのですが、遅くなってしまいました。
    トピはすっかり他の話題で盛り上がっているようで、今さらなのですが、いちおう回答します。

    > まずugougoさんと私の考えの違いは、(中略)、合っていますでしょうか。
    > また、(中略)、「数を作る」ことが明記されている仮定の上ということで良いでしょうか。

    先に2つ目のご質問についてですが、その通りです。
    「仮定」というよりも、私は、元の問題文には「数を作る」と明記されていると「確信」しています。
    理由は元トピにくどくど書きました。

    その上で1つ目のご質問ですが、「基準」と「常識」と「さじ加減」の使い分けがよく分かっていないのですが、おそらく合っています。
    私の理解では、DITAさんと私の考えの違いは、出題者の「気持ち」だと思います。
    都合4つある条件の中で、「先頭に0がきた場合は、次は必ず小数点がくる」という条件が一番頭を使わないといけないということは、私にもよく分かります。

    ユーザーID:7063437247

  • 今さらですが(2/2)

    DITAさんは、だからこそ「あえて」この条件だけ但し書きをつけなかったとお考えです。(よね?)
    私は、「数」といえるかどうか判断に迷いそうな条件に但し書きをつけていったら、この条件だけ但し書きがつかないことに「たまたまなってしまった」と考えています。

    まあ、出題者の「気持ち」など、どうでもいいと言えばどうでもいいのですが、時間が経って自分で思い当たったのは、私は、この問題を、学習効果の高いとても良くできた問題だと考えています。その問題が「題意があいまいだ」と切って捨てられようとしているのが、私には我慢できないのだと思います。それで、「出題者はむしろ題意を明確にするためにこのような但し書きのつけ方をしたのだ」と強調したくて、ここにやけにこだわってしまうのだと思います。

    > 小数点の位置を、捨象の対象としなかったのはなぜでしょう。(中略)つまり「よく目にする」であれば「よく」の基準です。

    ご質問の主旨がよく分かりません。
    「よく」の基準は、出題者の主観ではないでしょうか。他に何か基準があるでしょうか?

    ユーザーID:7063437247

  • 最近の話題にも乗っかりたい

    (1)
    DITAさんの(未来の)お子さんには、「5×80でももちろん合っているんだけど、テストでは80×5と書いておいたほうがいい。だって、『かけられる数』と『かける数』の区別がついてないと先生に思われるのはシャクじゃない?」とアドバイスしたいです。

    例えば、英文和訳でも、「こなれた」日本語ではなく、「ちゃんと構文とイディオムを理解してますよ」とアピールするような直訳を書きますよね?あれと同じです。
    学校のテストなんてそんなものだ、ということです。

    (2)
    私も格言(?)を思い出しました。
    “数学は、基礎の積み重ねではなく、基礎の積み直しである。”
    東京出版の増刊号のどれだったかに書かれていた言葉です。「数学とは」ではなく、「数学を学ぶときの心構え」ですけど。
    ここで言う「積み直し」とは、かるさんのおっしゃるところの「上書き」と同じ意味だと思います。

    (3)
    1=0.999・・・の「=」は、「いくらでも近づけることができる」と頭の中で翻訳しろ、と教わりました。
    全国共通の教え方だと思っていたのですが、そうではなかったのですね。

    ユーザーID:7063437247

  • 二立さんに質問です

    >だから、答えは正しいかもしれないが、それを計算する過程で
    先生の指導に従わなかったらXにされてもしかたがない

    「かけ算は、(1つ分)×(いくつ分)の順序で」と指示があった場合に

    「4人に蜜柑を3個ずつ配る。蜜柑の個数は?」を、4×3と答えたら誤答にしていいのでしょうか?

    4人に1個目を配り、2個目を配り、・・・とすれば、(1つあたり)=4、(いくつ分)=3です。

    「(蜜柑の個数)×(人数)の順序で」という指示なら、4×3は誤答というのは理解できますが、これだとそもそも出題意図が理解できないですね。

    それから、他の「順序の指導」の重要性を主張する方にもお聞きしたいのです。

    「3×4と4×3は答えは同じでも意味が違う」という人がいます。意味が同じか違うかは抽象度によって変わってきて、ある程度理解すれば抽象化して両者を「同じ」と認識できるのですが、「小学校で違うと習ったから違うのだ」と思いこんでいる人がいます。

    「順序の指導」は、このような誤りを助長することになりますが、それでもいいのでしょうか?

    ユーザーID:8503241366

  • なぜ「2つの割り算」を区別しない?

     「20÷4」には2つの意味があるとされる。「20の中に4がいくつあるか?」(包含除)と「20を4等分すると1つあたりは」(等分除)。これは4×5と5×4の「違い」に対応している。20個を4等分する場合は、ABCDに1個ずつ置いて、2個目を置いて、とすれば20の中に4がいくつあるか?というのと同じ事になって、包含除と等分除の区別は、かけ算の順序同様、見かけ上のことでしかない。

     かけ算の順序と割り算の包含除・等分除は表裏一体の関係である。ところが、「20個の蜜柑を4人に等しく分けると1人分は?」と「20個の蜜柑を1人4個ずつ配ると、何人に配ることになるか?」の式はどちらも「20÷4」で正解となる。

     私はこれで構わないと思うが、かけ算の順序にこだわる立場からしたら、「20÷4(等分)」「20÷4(包含)」などと区別しないと整合性がないと思える。

    どちらも同じ記号「÷」を使うから敢えて区別する必要がない、ということなら、積もまた同様である。4×5、5×4という2つの表記があるので、2つの異なる意味を割り振らなくてはならない、という道理もなかろう。

    ユーザーID:8503241366

  • 順序ではなく単位の問題

    >このとき、「答えの単位の数を左」というヒントがあれば
    >格段に式が立てやすくなります。

    では、縦 5cm、横 3cm の長方形の面積はどうしますか?
    あるいは、時速50kmの車が3時間走った時の走行距離はどうなりますか?

    正しくないものを敢えて正しいと教える時は
    相当注意深くする必要があるのです。
    小学校の先生であれば少なくとも6年生までの指導内容を
    全部確認してから教え方を決めるべきです。

    今回のケースでは掛け算の順序より単位を理解する方が重要でしょう。
    式の意味を問いたければ、
    問題文に「計算とともに単位も書きなさい」と入れれば良いのです。
    80 (円) × 5 = 400 (円)
    5 × 80(円) = 400 (円)
    は小学生的にはいずれも正解としても良いと思いますが、
    80 × 5 = 400
    5 × 80 = 400
    は単位がないので両方とも減点で良いと思います
    (両方マルでも良いですが、片方だけ×はあり得ないです)。

    ユーザーID:6402484983

  • トピ主です。親としての対応

    ● 積分定数さん

    理論武装して先生と話す場合ですが、
    相手となる先生も十分に理論的でないといけないですし、
    「理論武装」自体も、数学的な正当性に留まらず、
    児童への教育的効果を考慮したものでないといけませんね。
    でないと、ただのモンスターと思われかねないです(笑)。

    毎年、かけ算の順序を徹底する先生がいて、
    一定割合の子供が×をもらい、
    その中の一定割合の親がびっくり&憤慨する、というのが繰り返されているようですが、
    私個人としては恐らくびっくりも憤慨もしない気がします。
    そういった先生の存在や、主張の内容をすでに知っているからです。

    私もちょっと想像してみましたが、
    もし、私が×を食らった親の立場なら、
    文章題から「もとになる数」がどれかを答えさせます。
    理解が確認できれば、子供に対し「数学的にはどちらでも構わないが、小学校によっては、単位数を先に書くことが"作法"になっている」
    といった説明をするのではないかと思います。

    ユーザーID:3716159584

  • 『5個』が掛ける数でなければならない理由

    算数のステップでは加算、減算、積算、除算の順です。
    積算を習う段階で加算からのステップアップを図ります。
    つまり、「80円のものを5個買いました。」は「80+80+80+80+80=400」が元です。4個なら「80+80+80+80=320」です。
    ここから、「同じ数字」を「繰り返し加算」する場合は掛け算にできるよ、となります。
    なので、「掛けられる数」は「繰り返される数」であり「掛ける数」は「繰り返し回数」です。
    単位の話も出てますが、このステップアップ法で「円」の加算を起点にするので「円/個」「個」は実は式中では意識されません。

    タロー君の飴とジロー君の飴の合計数の問題では4+3=7も3+4=7も正解です。問題分から「寄せる」ベクトルが書かれていないため。
    「タロー君が持っている飴を全部ジロー君に渡しました」とか書かれれば
    3+4=7に拘る先生もいるかもしれませんが。

    ユーザーID:6816460365

  • 1−1=0を背理法で証明すると

    1−1≠0 と仮定すると

    −1を右辺に移項して

    1≠1

    これは明らかに矛盾しているので仮定は違っている。

    よって 1−1=0 が成り立つ

    (証明終わり)

    誰か必ずつっこんでくださいね。

    ユーザーID:8204791556

  • 市教委指導主事とこの件を話し合ったことがある

     主事によれば、「最初は具体的イメージを捉えることが大事。『4人に3個ずつ蜜柑』が配り方の違いで、4×3ともなりうると言うなら、『3つの蜜柑が入った袋を4人に配る』という具合に、3が4つという具体的イメージが思い浮かぶ問題にすべき。採点のとき、みんなの答えが両方あると、問題の作り方がまずくて、1つ分といくつ分が明確でないのか、と反省する」とのことです。

    単なる数え方の問題で具体的配り方によらず、4×3も3×4も正解だと思う。4つの袋に蜜柑を詰める作業で、1個ずつ、・・というのも可能。
    私が教員で、どっちでもいいのに全員が3×4としたら、むしろ気持ち悪いと感じると思うが、感覚が違うようだ。

     「4人家族がいて、みんな毎日1個ずつ蜜柑を食べる。3日間でこの家族が食べた蜜柑は何個?」は、1つ分といくつ分が不明瞭だから、「悪い問題」なのかな?
    1つ分といくつ分が明瞭でない問題は出せない、となると、かけ算の有用性を制約することにならないだろうか?

    順序にこだわるから、「1つ分といくつ分が明瞭な問題しか作れない」という、これまた奇妙なルールが出来てしまう。

    ユーザーID:8503241366

  • 大学時代も単位で苦しんだが

     順序にこだわる人がいう「単位」って、「文章題に出ている数値についている単位」の事のようですね。

    「4人に蜜柑を3個」は、「3×4」を書かせたいけど、わからない子もいるから、 3(個)×4(人)=12(個) 4(人)×3(個)=12(個)を比較して、「両端の単位が一致している前者が正解。後者は、4(人)×3(個)=12(人)になってしまう。」ということのようです。

     そうすると、「4人が各自1日1個蜜柑を食べる。3日では?」は、3(日)×4(人)=12(日) 4(人)×3(日)=12(人)となって回答不能となる。

     「ちゃんとした」単位なら、一人あたり1日あたり食べる蜜柑=1(個/日・人) 
    だから、1(個/日・人)×3(日)×4(人)=1(個/日・人)×4(人)×3(日)=12個

     中途半端な単位の導入はかえって混乱を招きかねないと思う。

    小学校で「20本の花がある。5本で1つの花束を作る。花束はいくつ出来る?」を、「4束」と答えて誤答になった例がある。正解は「4つ」。
    この教員、「単位の大切さ」を教えたかったのかもしれないが、何か勘違いしている。

    ユーザーID:5774133129

  • もっと単純に高校レベルで

    1−1=0を背理法で、と言ったのは高校で習った背理法をそのままあてはめるだけでいいのかなぁ…と思っただけで。

    1−1≠0と仮定する。
    両辺に1を加算する。1−1+1≠0+1。
    1≠1となり、矛盾する。
    依って仮定が誤り。
    故に1−1=0
    みたいな。

    ユーザーID:6816460365

  • 連投してみる。疑問点への個人的見解

    DIVAさんの疑問について。
    (1)教育的価値があるのかどうか
    ない。

    (2)それは良いことなのか
    その先生にとっては「良い」
    ほかの先生、生徒、親にとっては「悪い」

    (3) それはいつまでかが明確なのか
    拘る先生が担任の間。運が悪ければ小六まで。

    >>「理解したかどうかを簡単に把握するために統制する」以上の理由
    教職という職業を「公務員の一部」と認識してる先生にとってすれば、「効率的に仕事を進めるうえでの一手段」としてこの理由で十分だと思います。

    現在、教育学部は文系に分類されます。(各予備校の大学学部偏差値一覧で文系のライン上にあります)
    教員には大別して2種類いるかと思います。
    「先生になりたい」という夢を叶えた人と、「食いぶちとしての職業」として「公務員の一部たる教員」を選んだ人。後者は文系に進みつつ教員になってますから、中には「数学アレルギー」がいるかもしれません。
    そんな先生は「数学的にどーこー」より、「タスクとしての結果」で十分と考えるのでは?。
    「授業をした」→「生徒が理解している」これだけがその人にとっての結果です。

    ユーザーID:6816460365

  • 連投してみる。3x4と4x3

    今のところ、「80x5=400を×」とした先生に肯定的な回答をしているので
    >>他の「順序の指導」の重要性を主張する方
    に含まれている気がするので答えてみます。

    >>「順序の指導」は、このような誤りを助長することになりますが、それでもいいのでしょうか?
    その誤りを持ち続けて尚、数学の世界(学者や研究職)にいらっしゃるなら、稀有な存在だと思いますので、是非論文を書いてもらいたいところ。
    そうではなく、一般社会(普通の(?)会社員、家事手伝い、主婦、中学生、文系高校生など)にいらっしゃる方なら問題ないかと。
    算数と数学って多分何か違うんです。
    このトピの初めの方に出てきた鶴亀算は算数です。しかし同じ問題を解くのに連立方程式を使うと数学です。

    算数では「意味が違う」と教わった人もいる。
    数学では「同じ」だと教わる。
    数学に携わってない方が数学を理解してなくてもいいかと思います。

    あ、それと別に「重要性を主張」してるわけでもなく、「見方によっては、それもあり」という立場でしてます、念のため。

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。ugougoさんへ(1)

    私が、いくつか意味不明の質問をしてしまったようですね。

    以前「極めて実務的な理由」と書かれていたことから、
    何か機械的な(誰が出題しても同様になるような)ルールや基準が存在すると受け取り、
    その客観的な基準の存在が論点となるのかと思っていました。

    (実務的イコール機械的ではないのですが、「極めて実務的」というところから主観性・人為性を排除している?というニュアンスを感じた訳です)

    今回、ugougoさんが、出題者の「気持ち」「主観」について言及されているので、
    単に私のピンボケな質問だったようです。

    > DITAさんは、だからこそ「あえて」この条件だけ但し書きをつけなかったとお考えです。(よね?)
    > 私は、(中略) この条件だけ但し書きがつかないことに「たまたまなってしまった」と考えています。

    私の認識はおっしゃる通りです。
    問題作成にあたっては、児童に気付いてほしい「着眼点」があり、
    今回のケースは小数点カードを用いたことから、小数の表し方がテーマと考えられ、
    「0が先頭に来たら次に小数点が来るという並びのルールに気付くこと」
    を着眼点としているように見受けられました。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。ugougoさんへ(2)

    先頭と末尾の小数点は、算数で習う「数」の表し方ではあり得ないが、
    着眼点に直接関わりないので付けた。
    zero-paddingについては、着眼点そのものなので付ける訳にいかなかった。
    という想像です。

    結局は想像に過ぎないのですが、
    出題者であれば、着眼点とヒントとのバランスやトレードオフについては、
    少なからず考えるのではと思っています。

    逆に、出題者が、zero-paddingについても「書いておいたほうが無難」と考え、
    「たまたま」ただし書きを付けたとしたら、
    何を着眼点とし、何のために小数点カードを使ったのか良く分からない問題になっていたと思います。

    「題意があいまい」という声については、
    トピ文面の出題文に「すべて」使って「数」を作る、と補完しない限り曖昧さが解消しませんので、
    トピ文面への指摘については仕方ないですね…。

    あと、かけ算の順序について、アピール的要素という点でのアドバイス、ありがとうございます。
    和訳という、ある程度の記述の自由度があってこそとは思いますが、
    確かに、私も問題に応じて直訳したり意訳したり、それなりに順応していた気がします(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • >親としての対応

     教員からしたら想定内の毎度のことだから、親が言っても、かみ合いそうにないですね。実際私自身、市教委指導主事(教員経験者)と話して、かみ合いませんでした。「4人に3個ずつ蜜柑を配る」が、「4人に1個目を、2個目を、」だと「問題文が違ってくる」と言われたときには、永遠に分かり合えない気がしました。「所詮そんな物」とやり過ごすのも仕方ないかも。

    ■教員の側が算数・数学をわかっていなくて、「順序」が方便だと理解していない。だから、数学的にいくら「順序」がナンセンスと言ってもわからない
    ■方便に過ぎないとわかっている指導書執筆者や算数教育専門家が、一般の教員の算数力を過大評価していて、「順序」を教条的に教え込んでいる教師の存在が見えていない。

    ということだと思います。だから現場の教師に言ってもピントはずれの対応だし、指導的立場の人に言っても理想論・建前しか返ってこない。

    >「タロー君が持っている飴を全部ジロー君に渡しました」とか書かれれば
    3+4=7に拘る先生もいるかもしれませんが。

    かけ算の順序に拘るなら、当然この場合も拘るべきですよね?

    ユーザーID:8503241366

  • 自分でつっこみ

    いやいや、かるさんとかぶってしまいましたね。

    自分はわざわざ移項と書いたのですが、カルサンはその点をわかりやすく別の書き方にしてしまいました。
    ここで誰かがつっこまないといけませんよ。

    この後はお願いしま〜す。

    ユーザーID:8204791556

  • 興味深い話ですね

     掛け算の順番に関して、小学校での指導がどうなっているか皆様が書かれているのを見て、そんなことで×を付けられたらたまらないなと思いました。
     積分定数さんの7月10日14:53分のレスに書かれている市教委指導主事の対応は、暗い気分にさせてくれます。そういう単位を含めた話は、むしろ大人になってからしっかり考えるべきもので、子供にはツールとしての算数をしっかり教えて欲しいと私は思います。

     1−1=0の証明ですが、これはまず引き算が定義されなければ証明も何も無いと思うのですが、それは自明なのでしょうか? 光文社から出ている「無限の果てに何があるか」の中で、1+1=2の証明について、自然数を定義し直す話が書かれているのですが、それと同様な定義の問題にしか、私には見えないのです。

    ユーザーID:6645818105

  • 当事者の教員と議論しても

    なんか、かみ合いそうもないのが予想できちゃうのがなぁ。

    とはいえ、トピ主さんの「作法」ってのなんかしっくりきちゃいました。結局はそこに落ち着いちゃうというか。高校までは、算数、数学といっててもその根底に算術道、算道みたいな発想の流れがあって、最後は理屈じゃなくなってるというか。それも「算道の作法」って思うとなんか妙に納得してしまう自分がいます(笑)。こんどから娘にはそれでごまかそうっと。

    ユーザーID:9181712611

  • 数学を理解していない人が算数を教えることの弊害

     かるさんの立場がよくわからないのですが、「現在の価値観で過去を断じない。 2009年7月8日 12:16」では、どの程度の「順序の拘り」を想定しているのでしょうか?

     順序への拘りは、交換法則を習うまでではなく、延々高学年まで続くことがあるのです。長方形を横×縦では誤答、とする教師までいます。

     それは行き過ぎなのか、それも「見方によってはあり」なのか、お聞きしたいです。

     数学を専攻した小学校教員が「自分は納得できないが、学校の方針なので順序を指導しなくてはならない」と言っていた例もあります。
    正しく理解している人が、多数が数学を理解していないので、嘘とわかっていても嘘を教えなくてはならないと言うのは、苦痛だと思います。数学を理解していない人が数学以外の場所(つまり算数教育現場)にいることで、このように苦痛を感じる人が生まれるというのは、弊害といえると思います。

     また数学を理解していない人が算数を教えるのが一概に悪いとは言えないのですが、指導書通りの説明しか出来ない、やり方をたたき込むことしかできない教員はやはり困りものです。

    ユーザーID:8503241366

  • 結果の一意性

    (掛け算の順序の件)
    算数や数学で大事なのは、結果の一意性であって過程の一意性ではないはずです。
    もちろん、教育上の配慮で特定の形式を教え込むということはあって良いのですが、正しいものを×にするというのは算数・数学観を歪める恐れがあると思います。

    現場の全ての先生にそこまでの見識を求めるのは無理ですから、指導要領できちんと説明して欲しいですね。

    ユーザーID:6402484983

  • 矛盾

    掛け算の順序と筆順というのは似ているように思います。
    筆順は、一応の手引きが示されてはいますが、正しい筆順というのは
    ありません。書きやすいように書けばいいんです。

    文部省が手引きとして出している筆順と書家の筆順は違います。楷書の筆順と
    行書の筆順も違います。右と言う字の筆順は、筆で書くときとボールペンで
    書くときとでは書きやすさが違うので、現在では横棒から書いてもなんら
    問題はありません。
    実際に皆さんは右と左で書き順を変えていますか?

    掛け算の順序も、80x5でも5x80でも出てくる答えは同じだし
    どちらが正しいというものでもありません。

    しかし、ぼくは学習上の過程で、落ちこぼれや算数嫌いを減らすために掛け算
    の順序にある程度の指標を定めた方がいいと言う立場です。
    筆順にしても漢字を習得していく過程で、ある程度指標があるほうが
    学びやすいと思います。

    ところが、掛け算の順序にこだわらない人が、筆順にこだわるのは矛盾して
    いるように思います。右という漢字を横棒から書いてXをもらった場合、
    なぜ抗議しないんですか?

    ユーザーID:1984691627

  • トピ主です。疑問への回答ありがとうございます

    ●かるさん

    疑問点へのレス、ありがとうございます。

    かるさんの意図とは違う気がしますが、
    いただいたレスを都合よく(失礼)抜粋すると、

     教育的価値がないばかりでなく、
     他の先生にとって悪影響をもたらす内容を、
     タスクとして教えている公務員がいる

    と読めてしまい、これは大きな問題だと思います。
    (もちろんその問題の矛先はその公務員1人に留まらない訳ですが)

    ただ、その一方で、他のレス(7月10日 12:05など)を拝見すると、
    算数の観点から、この順序でないといけないようなことも書かれています。

    これらを踏まえると、いただいたレスの後半は、
    「もし教育的効果がなかったとしても」という仮定の話でしょうか?
    少なくても、もし、かけ算の順序に正当性があるのであれば、
    それを教える教員の志望動機は問題にならないはずです。

    あと、(3) のご回答についてはとても参考になりました。
    かけ算の順序を徹底したとして、それが上書きされる時期が不明確であり、
    時には上書きされるかどうかすら不徹底であることも、
    他の「知識の上書き」に比べて批判の多い理由の1つに挙げられそうです。

    ユーザーID:3716159584

  • 1から9の数字を全て使って

    ここ数週間答えを見つけ出せずに悩んでいる問題です。
     次の式のA〜Iに1〜9の数字を全て使って式を完成しなさいという問題です。どなたかエレガントな解法(理論的な)を教えてください。
    問題:1
     (A/BC)+(D/EF)+(G/HI)=1
    問題:2
     (A/B*C)+(D/E*F)+(G/H*I)=1
    アメリカの某数学者は、数分で解いたそうです。

    ユーザーID:5297300341

  • y=ax

    DITAさん、いつも丁寧なご返事ありがとうございます。
    ご質問の主旨がよく分かりました。
    私が「極めて実務的」と書いたのは、「難易度の調整」のためではなく、たんに「あいまいさを除くために必要最小限の但し書きをつけた」という意味です。
    大変失礼いたしました。

    ところで、掛け算の順序ですが、その先生の念頭には正比例の式y=axがあるのではないでしょうか?
    今回の場合はa=80、x=5だと。
    「係数」、「変数」という言葉を使うわけにもいかないので、「かけられる数」、「かける数」という微妙な説明になってしまっているだけだと思います。

    一方、「長方形の面積を横×縦では誤答」というのは、論外な気がします。
    長方形の面積は、むしろ、交換法則を教えるための恰好の材料ですよね。長方形を横から見れば、さっきまで縦だった辺が横になり、横だった辺が縦になるわけですから。

    ユーザーID:7063437247

  • サッパリわからん!

    ええい!メンドクサイ!!
    プログラム書いた方が早い!私はプログラマーなんだ!!

    ってことで。総当たりプログラムをちゃちゃっと書いて実行したところ以下のような結果が出ました。(今のパソコンならこの程度一瞬で解ける)
    コンピュータって便利★(もはや算数ぢゃない…

    問題1
    5/34 + 7/68 + 9/12 = 1

    問題2
    1/(3*6) + 5/(8*9) + 7/(2*4) = 1

    これの入れ替えパターンしか無いですね。
    ってことは上手い事すればちゃんと解けるって事ですかね?

    尚、問題2は ((A/B)*C)+((D/E)*F)+((G/H)*I)=1 であると解釈すると(本来そのはず)、解無しですね。
    たぶん式の書き間違いでしょう。

    論理的な解き方私も知りたい。


    数分で解いた数学者も「そんな事はコンピュータにやらせれば良い」だったりしませんよね(笑

    ユーザーID:2293259910

  • 生兵法は怪我のもと

     どうも色々調べていくと、「かけ算の順序」は数学の真理とは関係ないようですね。教える側が、方便であることを自覚しているならさほど問題はないのかもしれません。ただ、学校単位や教育委員会、指導書などで「順序を教える」となると、よくわかっていない教員までもがこれで教えることになって、弊害が出てくるようです。

     これを回避するために、学校で「かけ算の順序」の指導を禁止したらどうか?禁止されたらやめてしまう指導法なら、所詮その程度の指導法というわけです。付和雷同の人は、この教え方をやめることになります。

    「かけ算の順序は優れた指導法である」と確信を持っている人は、禁止されてもやるでしょう。「違法行為」をするのだから、様々な批判にも反論できるだけの根拠をもつことになるでしょう。かけ算の順序が不必要な理解している生徒に強要することもしないでしょう。「今まで順序をうるさく言ってきたけど、本当はどっちでもいいのです。」と「上書き」もするでしょう。

     現実味はありませんが、一律に教員に順序の指導を強要して、長方形の面積を横×縦にしては駄目、などというアホな自体よりはましだと思います。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。二立さんへ

    参考として、他教科に類例を求めるのは良いことと思いますが、
    他教科との比較をもって「矛盾」とするのはどうなのでしょう。
    極論すると「道徳では答えは1つとは限らない」のような話にもなりますが…。

    特に、論理の一貫性を求めるのに、書家の筆順という芸術的要素までを含める必要があるのでしょうか。

    なお、低学年では「書写」に相当すると思いますが、指導要領では1・2学年の書写について、
    「点画の長短,接し方や交わり方などに注意して,筆順に従って文字を正しく書くこと」
    という項目があります。
    少なくても書写において筆順はどうでも良いとは思えません。

    > しかし、ぼくは学習上の過程で、落ちこぼれや算数嫌いを減らすために掛け算
    > の順序にある程度の指標を定めた方がいいと言う立場です。

    目的は賛成できますが、「ある程度の指標」が、
    ・指標そのものの数学的な合理性
    ・カリキュラムとしての妥当性
    ・指標の強制力
    などのバランス次第と考えます。

    私の「7月9日 19:20」の冒頭で、賛成する例を書きましたが、
    一律統制は、指標がさほど合理的でもないのに強制力が大きく、バランスを欠いていると思います。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。むー太郎さんさすが!

    まずは、数学犬さん、面白い問題をありがとうございます。
    1問目については、移項して公約数の問題にしようとしましたが、
    数式を一般化しようとすればするほど、
    最も重要な制限事項である「1〜9の数字を1回ずつ」という観点から外れて、
    有理数の範囲で雲をつかむようなものになってしまうんですよね。

    1/2 + 1/3 + 1/6 = 1

    などを出発点としましたが、ダメでした。

    そして、むー太郎さん、コンピュータといえど素晴らしい!

    > 論理的な解き方私も知りたい。

    基本的には覆面算の一種だと思いますが、
    答えを見てしまったら、もう17という素数しか頭に浮かばない(汗)。

    ああーー。
    「さっぱり分からん!」というレスタイトルに答えが載っているとは思わなかった…(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • y=axについて:言語と掛け算の順序

    y = ax においては a は作用素(例えば「5をかける」という操作)
    とみなせるので、a=5, x=80 の方がむしろ自然と言うことになります。

    以前に聞いた話ですが、ヨーロッパ言語では動詞(作用素に相当)
    は目的語の前に来るので、y = ax としたそうです。
    それが今では万国共通で使われています。
    もちろん逆の順序でも問題ありません。

    X,Yが列ベクトルの場合は、
    同様に行列Aを用いてY = AX と書くことが多いですが、
    日本語では動詞が最後に来るので、昔の日本ではこの式を転置して、
    Y' = X' A' のように書いたことが多かったようです。

    なお、回帰分析の分野ではYとXが大きな行列になり
    係数ベクトルβが最も重要な対象ですが、
    βが列ベクトルである方が何かと便利なので、万国共通で
    Y = X β
    と書くことが多いです。

    非可換な行列の場合ですら、状況に応じて転置して
    掛け算の順序を入れ替えることが日常的に行われていることが
    よく分かりますね。

    ユーザーID:6402484983

  • かけ算の順番について

    数学的な議論はともかく小学生に指導するということに限って言えば順番が逆なら×とするべきだと思います。
    そもそも「2+2+2のように2を3回足すことを2×3と表記する」というのがかけ算の導入です。
    問 1mあたり7kgの棒が5mある。全部で何kgか。
    答 7kgの棒が5つ分あるから7+7+7+7+7=7×5
    と指導(子供は理解)するんです。
    ですから5×7では5+5+5+5+5+5+5という意味になるので×としているのです。
    少なくともa×5=5×a=5aと書くと習う中学までは立式の段階では順番を気にするべきだと思います。
    (筆算する際、上下逆にして計算し易いようにするのは大いに結構だと思いますが)
    大人はオフィスで紙をくっつけるのにスティックのりを使うでしょう。
    でも幼稚園児が工作するのに、手が汚れるから、すぐに乾かないから・・・といってスティックのりを使わせるべきでしょうか?
    幼稚園児がでんぷんのりを使うのには教育的な意味があるんですよ。
    かけ算の話も同じ事です。
    かけ算の順番は理解度を測る方法の一つとして重要な意味を持つものだと思います。

    ユーザーID:1511092203

  • トピ主です。「作法」にレスがあったので(笑)

    ●ある父 さん

    「作法」というのは、まあ、なんというか、皮肉のつもりです(笑)。

    なお、かけ算の順序については、「算道の作法」とまでは思っていなくて、
    個人的には、あくまでも、その小学校の授業での「良く分からない、非数学的な何か」というイメージです。

    もし、算数や数学の作法であれば、作法を守らなくても数学的に正しい限り、
    やっぱり×にはして欲しくないなーと思います。

    ただ、指導はなされても良いでしょうね。
    ある作法があり、それを守っている人が少なくなければ、
    読みやすさへの配慮から、作法に従って記述することが望ましい、
    という場合も多々ありそうですし。

    なお、私が感じる「数学の作法」としては、a, b, c のサイクリック表記:

     ab + bc + ca

    があります。
    代数的に等価である限り、どう書こうが不正解にはならないであろうものの、
    そこはかとなく記述の対称性に美意識が感じられる、というのが、
    いかにも「作法」な感じで(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。底上げの効果ってどのくらい?

    ●積分定数 さん

    > 「かけ算の順序」は数学の真理とは関係ないようですね。

    大半が教育上の理由なのは間違いないでしょうね。
    二立さんもおっしゃっていますが、クラス全体の底上げを図る狙いがあるのかと。

    かけ算の順序を徹底するやり方が普及していて、それを変革しようとするならば、
    「底上げという効果」と「統制による弊害」とのバランスを、
    どの程度、客観的かつ定量的に評価できるかがポイントではないかと思います。
    (数学的に云々な話は「弊害」に含まれるでしょう)

    特に「現状、かけ算の順序を教えることにより、底上げの成果がどれだけ挙がっていて、そのうち一律統制による(プラスの)成果はどのくらい」
    という評価が必要と感じます。

    そうでないと、あたかも、
     「かけ算の順序の一律統制をやめる = 底上げをやめる」
    という図式が出来上がってしまい、
    「底上げを優先するか、できる子を優先するか」のような、
    本来二極化すべきでない議論を招きかねません。
    さらには「できない子を見捨てるのか!」のような感情的な話になったらお手上げです(笑)。

    このあたり、客観的に評価する方法ってあるのでしょうか?

    ユーザーID:3716159584

  • 「順序はどうでもいい」と発想できる積極的意義がある。

    (1)かけ算を、まず最初は、(1つ分)×(いくつ分)で導入する。
    (2)その後、交換法則もやり、(いくつ分)×(1つ分)という解釈でもいいとなる。
    (3)そのうち、(1つ分)×(いくつ分)も、(いくつ分)×(1つ分)も同じ事だとわかり、気にしなくなる。
    (4)(1つ分)×(いくつ分)とか(いくつ分)×(1つ分)から飛躍した、「かけ算」という概念を獲得する。

    これは私が考える、小学校でのかけ算習得のプロセスです。少なくとも、6年までにはかけ算の順序はどうでもいい、と積極的に思えないとまずいと思います。
    4×5を見て、「4が5つ」という発想しか出来ないのはまずいと思います。

     もちろん、(1)の段階が理解できない子には、そこを徹底する意味はあるかと思いますが、全員に一律で小6まで、(1)の段階を強要するのは行きすぎだと思います。

     先ほど、5×7を(1つあたり)×(いくつ分)とする強引な解釈を述べましたが、こんな強引な解釈を持ち出さなくても、かけ算を文章題によらず常に数に抽象化し面積で置き換えて考える生徒には、順序云々はナンセンスなわけです。

    ユーザーID:8503241366

  • 自然数の計算を理解していない子がいても、高学年では分数を習う

     直前の書き込みに書き忘れましたが、これは、DITAさんの問題提起への1つの回答です。

     私自身は、効果と副作用のバランスを比較する客観的データはありませんが、

    小学校卒業までに、「かけ算は本質的に可換な演算であり、順序に意味はない」となっているべきです。

     かけ算導入時の(1つ分)×(いくつ分)を十分消化していない生徒がいることを理由に、全体に対してこの順序を延々強要することは、

     自然数の四則演算が不十分な生徒がいるから、と高学年になっても分数を教えないのと同様に思えます。

     それまでの学習内容が不十分である生徒への配慮は必要です。しかし、高学年では高学年で定められた内容はやらなくてはなりません。

     高学年での分数と同様に、「順序の解除」が積極的に行われるべきです。「(1つ分)×(いくつ分)が正式だけど、今後は余り気にしなくてもいいよ」ではなくて、「実はどっちでもよかった。騙していてごめん。3×4は3が4つというイメージだけでは駄目だよ。4が3つというイメージも大切。イメージが浮かぶようじゃ駄目だな。『4×3は4×3』と思えないと」という具合。

    ユーザーID:8503241366

  • 教師の指導に従うべき

    統制は弊害でしょうか。
    統制というと言葉は悪いのですが、教室では教師の指導に従う
    べきです。底上げの効果と教師の指導に従わせることの可否に
    ついては、教師の責任において教師の判断で行うべきです。

    学校の教師より、塾の先生がこういったといって、教師の
    指導に従わないような生徒が出てくると、学級崩壊につながり
    かねません。

    教師が非常識な指導をするようだったら、校長なり教育委員会を
    通じて是正を図るべきですが、ある時期、生徒の理解度を
    判断した上で、指導上の流れで掛け算の順序を定めて指導する
    ことは、非常識にはあたらないと思います。

    ユーザーID:1984691627

  • 出題者(評価者)が何を見ようとしているか

    分かってる子にとって順番を強制することがさも理解にブレーキをかけるかのように思っていらっしゃる方がいますが、その程度のことはきちんと理解できている子にとっては何ら障害となるものではありません。
    意味も分からずにただ問題文に出てきた数字をかければいいと思っている子ときちんと意味を理解している子を区別する手段として有効なものであると思います。
    きちんと分かっている子にとってはむしろ歓迎すべきことではないでしょうか?

    ユーザーID:1511092203

  • 積分定数さんに賛成

    RESの反映が遅いので、前後するかもしれませんが、僕は
    基本的には積分定数さんの4つの段階論に賛成です。
    (1)かけ算を、まず最初は、(1つ分)×(いくつ分)で導入する。
    (2)その後、交換法則もやり、80X5も5X80も答え同じ
    ということを理解する。
    (3)そのうち、(1つ分)×(いくつ分)も、(いくつ分)×(1つ分)も同じ事だとわかり、気にしなくなる。
    (4)「かけ算」という概念を獲得する。

    つまり、1の段階では順序が違うとXでもやむをえない。
    2以降の段階で順序が違ってもOK。この段階移行については
    教師が判断し、その指導に従うということです。

    僕は交換法則云々ということより、文章題の文章をろくに
    読まないで式をたてる生徒が多いのが心配です。
    かれらは、言葉という抽象的なものから、具体的な概念を想起
    する力が弱いのです。

    そのため、問題文にイラストをつけるとか、単位に注目させる
    とか現場ではいろんな実践があります。

    自分の教室の生徒の力をよく知っているのは教師です。
    指導方法や段階移行は教師に任せていいのではないでしょうか。

    ユーザーID:1984691627

  • トピ主さんの言う通り

    かけ算の順序徹底による「底上げ効果」を厳正に評価すべきです。

    順序徹底が完全に普及していないならば
    徹底された生徒と、されなかった生徒で
    6年時の算数の成績を比較できると思います。

    おそらく、違いはでないと思います。
    かけ算が、算数つまずきの、トップ10に入るなら
    違いが出るかもしれませんが。

    有意差がない場合は、順序の徹底は止めた方がよいと思います。
    教師側への悪影響が気がかりだからです。

    たとえば、
    台形の面積=(上底+下底)×高さ/2
    で指導した場合
    台形の面積=2つの三角形の和
    をバツにしそうで恐ろしいです。

    文章題に弱いのは、慣れの問題と思います。

    ユーザーID:1586063521

  • 誰も相手してくれないので寂しい

    仕方がないので自分自身で相手をします。

    1−1≠0と仮定したのですから、当然この背理法の証明は成り立ちません。

    なぜ?

    それはやっぱり自分で考えて下さいね。
    わかっている人には当然のことなのですが、当然じゃない証明をしようとしたから意外と盲点なのですかね。

    ユーザーID:8204791556

  • 程度と段階の問題

     順序の指導は全面的に否定されるべきとか、全面的に肯定されるべきとかではなく、段階と程度の問題だと思います。

     長方形の面積を縦×横として誤答、高学年で3つの積や簡単な文字式(指導要領解説を見たら、小6で文字導入だそうです)をやる高学年まで指導するのは行き過ぎだと思う。

    だから、二立さんの見解とそれほど違いはないと思います。

     ただ、最初の段階も、無条件にバツではなくて、何故その式を立てたのか、生徒に確認してほしいとは思います。

     例えば、かけ算を教える前の段階で、「7人に2個ずつ蜜柑を」という問題で、「2+2+・・・」とやって、「大変だな」と思った生徒が、ふと、「7+7でも求められる」と気づかないとも限りません。かけ算の記号を導入した後も同様のことがあり得ます。

     むしろかけ算を教える前に、実質的な交換法則をこのように気づかせるのもいいと思います。式にしてしまうと、□×○と○×□が混乱するわけで、「□を○個足す」と「○を□個足す」では、違いは一目瞭然。でも、なぜか答えが同じ、という部分で不思議さを感じ、なぜなのか考えることが出来れば面白いと思います。

    ユーザーID:8503241366

  • 指導方法は正答の一例

    私は教育上の理由で特定の解法で指導することは最初から否定して
    いませんが、問題になっているのは、交換法則を教えた後なのに、
    80×5=400だと正解で、5×80=400だと不正解
    になることではないのですか?

    つまり既習の内容の範囲内で解法は一通りではないのに、
    授業で教えた方法しか正解にならないのはおかしいのでは、
    と言うことです。

    ユーザーID:6402484983

  • コンピュータに脱帽

    むー太郎さま、トピ主さまへ
    失礼しました。問題2はご指摘の通り、正しくは
    A/(B*C)+D/(E*F)+G/(H*I)=1 でした。
    それでは追加の問題です。今度は紙と鉛筆で挑戦してください。
    同様に1〜9の数字を全て使ってください。
     問題3:ABCDE-FGHI=3333
    問題4:ABCD*E=FGHI
    1〜8の数字を全て使ってください。
     問題5:ABC*D=EFGH
    数学犬は、問題3は何とか解くことができました。問題4と5は挑戦中です。

    ユーザーID:5297300341

  • トピ主です。一般的な指導法の話(1)

    7月14日 9:27の二立さんの投稿では、教育についての一般論的な話をされているようですので、それに追随したレスをします。
    二立さん、いつも真摯なコメントをありがとうございます。

    (1)算数教育として、どのような指導法が望ましいか
    (2)指導法にどれだけ従うのが望ましいか、または、指導方法に標準を定める是非
    (3)望ましい望ましくないにかかわらず「そもそも教師と児童との関係」的な議論

    私はおおむねこの3つを分けて考えています。
    時々ごっちゃになりますが(笑)

    前後しますが、(3)について、学校生活の中で「先生と児童の立場をわきまえる」という点においては、
    私はおおむね二立さんと似た立場だと思います。
    児童は先生に敬意を払い、指導に従うべきで、親としてもそう教えていくのが望ましいと思います。
    (先生にもいろいろいるでしょうから、あくまでも一般論としてです)

    また、算数教育そのものに道徳的要素を持たせることには(総論として)賛成し兼ねますが、
    算数教育を優先するあまり、道徳がないがしろになってしまうのは有害と考えます。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。一般的な指導法の話(2)

    次に、(2)についても、児童の理解度、それから個性も一様ではないので、
    教師の裁量が求められることは多々ある、という点で恐らく二立さんと似通っています。
    ただ、教科書や教材作成にあたっては「標準的な児童(層)」は少なからず意識されているでしょうから、
    標準を考えることなく、教師の裁量だけを正とするのは良くないと思います。
    熱意をもって創意工夫にあふれた算数教育をする先生もいるであろう、その一方で、
    かるさんから、機械的に教えている先生の存在も指摘されているという点でも、
    標準的な指導となる指標の存在価値は大きいと考えます。

    そして、(1)ですが、現状の指導法が最善であり続ける保証もありませんし、そもそも最善かどうかも分かりません。
    ですので、望ましい指導法に関する議論は、常にあるべきと思います。

    その上で、かけ算の順序は、まさに(1)の議論ではないかと思います。
    「教師に従うべき」という主張をもって、理想の指導法についての結論を導くべきではないと考えます。

    最後に「統制は弊害でしょうか」ですが、かけ算の順序についての統制に限れば、
    私はどちらかというと害のほうが大きいと考えます。

    ユーザーID:3716159584

  • 「順序」の有用性について

    >台形の面積=2つの三角形の和
    >バツにしそうで恐ろしいです。

     私が懸念するのもそこです。指導書にはかなり丁寧に別解が載っているので、これも載っていいるとは思います。「だから、教えた方法以外で解いたからバツと言うことではない」と市教委の人は言うのですが、「別解にない=誤答」ともなりかねません。

    実際、公式に当てはめさせるのが算数だと思っている教員も多いようです。近所の小学校であった実例です。

    適当な言葉を書く問題。 (1)直方体の体積=□×□×□ (2)立方体の体積=□×□×□   ある生徒が両方、縦×横×高さ としたとこと、(1)は正解だが後者はバツ。(2)一辺×一辺×一辺 が正解とのこと。(1)に関しても、高さ×横×縦 だったらどうなっていたのか?とふと思いました。

    ユーザーID:4580501431

  • 「算数・数学とは、公式・解法を覚えて、当てはめる事」の蔓延

     高校生に教えていて感じるのは、「問題ごとに解法・公式を当てはめるのが数学の勉強」という考えの根強さです。順列組み合わせの問題で「これはC?P?、『取り出す』だから、やっぱりP?」と質問されるたびに悲しくなります。自分で公式や解法を見つけだす、という態度は理系の生徒にも欠如しています。

     指数・対数を理解していない文系の生徒に、指数を一通り教え、対数の定義を教えて

    3^(log38)=?

    を出題したら、程なく解けました。理系の多くの生徒は、公式をこね回して、結局挫折しました。

     「教えられた解法・公式に従って問題を解くことが算数・数学」という考えが蔓延し、そういう人が教員になり「教えた解法・公式に従って問題を解かせることが算数・数学」となって、ますますこの傾向が蔓延する、というのが心配です。

     算数・数学の面白さは、試行錯誤して考えて正解に行き着くことだと思います。「順序」を重視する人の多くもこれは否定しないというか、むしろ「然り。考え方が大切だから順序が大切」と言うのですが、現状の「順序」の指導は、それとはだいぶ違ってきているように思えます。

    ユーザーID:8503241366

  • 問題4と問題5

    答えが二つずつあるようですね。
    エレガントな解法は思いつきません。。。

    ユーザーID:6402484983

  • 大人が期待する答えは書けるようにしておいた方がいい

    連立方程式単元のテストで食塩水問題が出たとしましょう。
    答えを求めるだけならいちいち連立方程式など立てずに数直線をかけばすぐ求まります。
    しかし、出題意図を考えるとやはり式がないと(あるいは間違っていると)×でしょう。
    十分理解している子は出題のねらい・評価者が何を見ようとしているのかを分かっています。
    そして大人が期待する答えを書きます。

    小学生の文章題はかけ算を習ってるときはかけ算ばかり、わり算を習ってるときはわり算ばかり出てきます。
    わり算については順序を逆にすると答えも違ってくるから教師も親もまた本人も理解できてないということを知ることができます。
    しかし、かけ算は「今かけ算を習っているから出てくる2つの数字をかけておけばいいんだろう」と適当にやっても順序が違っても答えが合ってしまうのです。
    私は順序を理解していた側の子供でしたから、「順番が違う子は×にしてほしい」と思ってましたね。
    適当にかけ算して答えを求めた人と同じ評価をされるのはイヤですから。
    理解できている子とそうでない子を峻別する意味でも小学生の段階ではかけ算の順序にこだわるべきだと思います。

    ユーザーID:1511092203

  • トピ主です。別の指導例を紹介します。

    こちらは某知恵袋での議論です。
    ある分数の問題(内容は不明ですが、穴埋め問題ではなく計算問題とします)で、
    答えとして1/7と書いたところ、バツをもらい、
    その理由を先生に聞くと「約分を教えていないから3/21と書かなければ間違いです」という答えが返ってきたとのこと。

    ・「教えていない」はバツにする理由に(どの程度)なり得るか?
    ・この先生が行った指導は望ましいものか?
    ・親としてはどう行動するか?

    皆さんいかがでしょう。

    私の思想は、約分を教えていないのなら
    ・極力、答えが既約分数になる出題が望ましい
    ・答えが可約分数になる場合、約分前後の両方を正解とすべき
    ・約分した答えを不正解とするのは、学習意欲を失いかねないトラップであり、望ましい指導とは思えない
    です。
    ただ自分が親だったら、具体的にどう行動するかは少々悩みます。

    これも意見が分かれそうですが、かけ算の問題よりは先生の裁量の要素が大きいので、若干考えやすいかと思います。

    もちろん、これをもって「かけ算の順序」の結論に当てはめるつもりはありません。「これはこれ」という感じで。

    追伸:ヨーデルさんごめんなさーい!

    ユーザーID:3716159584

  • 問題による

    約分を教えていない段階だから、かなり低学年ですね。

    1/21+2/21という問題で、分数の足し算は分子を
    足すということを指導している段階だったら、あるかも
    しれません。

    クラスの中に男子が3人、女子が18人います。
    男子は全体のどれだけにあたるか、分数で表しなさい。

    なんていう問題でもありでしょうね。

    問題の内容がわからないし、その教師がどのように指導して
    いたのかわからないので、3つの質問はなんともいえない
    ところですがXにすることはありうると思います。

    ユーザーID:1984691627

  • 問題3, 4, 5

    私のintelプロセッサは
    問題3. 6個
    問題4. 3個
    問題5. 19個
    の答えがあることを示唆しています。

    手計算でする場合の目安になるかと思います。

    ユーザーID:1586063521

  • 出題ミス

    今朝出題した問題3に誤りがありました。正しい問題は
     ABCDE - FGHI = 33333
    です。
    申し訳ありませんでした。

    ユーザーID:5297300341

  • 正解なのに×って、、、ちょっと怖い

    DITA(トピ主)さんの[2009年7月15日 15:52]に対してのレスです。

    > 答えとして1/7と書いたところ、バツをもらい、
    > その理由を先生に聞くと「約分を教えていないから3/21と書かなければ間違いです」という答えが返ってきたとのこと。

    これって、何?
    分数を理解しているからこそ「3/21」を「1/7」って書くのでしょ。
    教えてもらっていない一歩先のことを考えて回答した子の考える力を否定していますよね。

    以前のレスに「左側の数の単位=答えの単位」って言うのがありましたけど、
    「ここに5個のりんごがあります、一個80円で買いました。全部でいくらでしょう。」と言う問題なら、右側の数の単位が答えの単位ですよね。。
    それでも左側の単位が答えの単位なので400個が正解なのでしょうか?

    実生活で『りんご5個買って来て』ってお母さんに頼まれたとします。
    おつかいの子供『りんご5個ください』
    お店の人『一個80円ですよ』
    ⇒⇒『5個×80円=400個』???

    正解なのに型にはめようとして×を付けられてしまうのは怖いですね。

    ユーザーID:0435647298

  • 習う側が何を目的としているか分かろうとしない教師

     大学教養時の解析及び線形代数学の教師達がそうでした。なにも安易に単位を出せとか思っているのではないのです。はりきりすぎて一年生に位相空間論を展開したり、群論ばかり教えたがった。
     やはり専門科目を学ぶに不自由しない数学力を付けさせるのが教養時の目的なわけで、高い理屈はさておき、ある程度の線形微分方程式、簡単なフーリエ級数、ちょっとした程度のベクトル解析の知識がある、行列の固有値・固有ベクトルが求められる等を目標にすべきです。
     こういうことを言うと、おそらく、「学ぶということの目的は・・・、実用だけに価値が有る訳ではない・・・、計算できてもダメだよ・・・」などと答えが返ってくるのでしょうが、いったい基礎課程の数学の授業で何がしたいのか?大天才のことは分からないが、私などの凡才が物事を身につける過程は
     理屈を理解する→できる
        ではなく
     何とか見よう見まねでできる→頭と体になじんでくる→理解できたと思う
    であります。
     応用数学(工業数学、物理数学)を極めて軽視する大学の数学の先生方の態度は日本の科学技術の発展に大きな妨げとなっていると思います。

    ユーザーID:5707571289

  • 分数の例は、微妙ですね

     2/4と1/2にします。約分を習う前でも、その子が「羊羹を4等分したうちの2つ分と、2等分したうちの1つ分は、切れ目が入っているかどうかの違いがあるが、羊羹の量としては同じ」と自分で気づいていたのなら、バツにするのは酷だと思います。まづは、理由を聞いても良かったように思います。

     ただ、塾や兄弟に教えて貰っていた場合(こういうケースが多いのでしょうが)は、「知らないふりをする」というのが、不文律のようにも思います。バツにすることもないような気もするし、バツにしたくなる気持ちも分からなくはない。出来なくてバツならともかく、背伸びしてバツだと「生意気なことするな!」と言われている気もして、ショックかもしれませんが、算数の授業は、「予習などしないでその場でみんなで考える」というのが、本来の姿だとは思うのです。

     ところでかけ算の順序ですが、色々理由を述べましたが、結局私自身が「順序はどっちでもいい」と教わってきたので、抵抗感が大きいのかもしれません。私は70年代に今日学校時代を過ごしました。「かけ算の順序」が、ここ10年ぐらいで広がった印象があるのですが、どうなんでしょうね?

    ユーザーID:8503241366

  • 時計と約分

    勘の良い子だったら、約分の概念に気付くと思うんですけど。
    それを否定してしまうとしたら問題だと思います。

    「5min=12分の1h」ということは、時計を見ればすぐに分かりますよね。
    でもって、「1min=60分の1h」と照らし合わせると、「60分の5」と「12分の1」が等しい事が分かります。

    それが『約分』であると知らなくても、『気付くことができる』はずです。

    それを「まだ習っていない事をするな!」と抑え込むのは教育としてどうなんでしょう?


    問)
    3^(log38)=x
    のxを求めよ

    log38=a …(1)とすると
    3^a=8 …(2)

    元の式に1を適用すると
    3^a=x …(3)

    式2と3から
    x=8

    (1)式から(2)式への書き換えこそが対数の定義なわけで。
    「理解」していれば、何も難しい事は無いと思う。本当に解けないんですか?


    さて。コンピュータ禁止ですか…

    問題3)
    下3桁繰り下がり無しで考えてすぐに答えが出る。

    問題4)
    E={3, 4}ってとこまでやった。(笑

    問題5)
    D≠1、E≠{8, 7}。さぁ、それからどうする?

    ユーザーID:2293259910

  • トピ主です。別の指導例の補足

    問題文が不明なのは残念ですが、今回の設定については、
    約分前の値が3/21になる任意の計算問題であるとして構いません。
    そして、3/21を不正解とする根拠については、
    「(その出題の合理的な解釈には触れておらず)約分を習っていないから」です。

    その範囲で、自説があれば、自説をより際立たせる設問を想定してくだされば十分です。

    上の設定で考えると、同分母の加法は4年、異分母の加法は5年ですので、
    だいたい4年生くらいのレベルではないかと思います。
    通分・約分は異分母の加法のあたりで導入されますが、
    「異分母で大きさの等しい分数」があることは4年生のうちに習いますので、
    「約分」という言葉自体や、その具体的手法を知らなくても、
    3/21は1/7という簡単な形で表せることに気が付く児童はいるかと思います。

    なお、この話のベースとなる実際の投稿はありますが、そこに私のいくつかの想定を加えています。
    どうか、これをもって「今の算数教育は…!」のように怒らず、
    1つのシミュレーションとして考えていただくことを希望します。
    オリジナルの問題が何であったかは、出題形式も含めて不明です。

    ユーザーID:3716159584

  • >本当に解けないんですか?

     これまで多くの生徒にこの問題をやらせましたが、きちんと明確に解けたのは、その文系の生徒と、もう1人いたかどうか、という感じです。散々ヒントを与えた結果、とか、根拠はなくてテキトーに答えて、というなら何人かいるのですが。

     ちなみに、log48を求めるような問題は、理系の生徒は公式で難なく解けますが、その文系の生徒に、公式を教えないでやらせたところ、定義からきっちり解けました。

     私もこの仕事をするようになって驚いたのですが、トップレベルの進学校理数系の生徒に「三角形の内角の和はなぜ180°?」というと、「わからない」と言うのです。

     理系の生徒は当然、x^nの微分は、nx^(n-1)と答えられますが、「なぜ?」と聞くと、「公式だから」がほとんど。

     10年ほど前、東大入試で「加法定理を証明せよ」というのがありました。正答率が気になります。

     恐ろしくなるぐらいに、根本原理への興味・関心が欠落しています。わからない問題に出会ったときに、「いきなり一般論だとわからないから、n=3の場合は・・」と何とか正解に行き着こうという執念も弱いようです。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。別の指導例の補足の補足

    分数問題の想定について少し補足します。

    ●正解・不正解とされる、3/21と1/7という値についてはそのまま
    ●「今の算数では約分を教えてないから」を「約分を教えていないから」とした
     (「今の算数」の解釈が微妙なため)
    ●出題形式を穴埋め式ではなく計算問題とした
     (計算過程を穴埋めするなど、解答欄にそう書くべき
      十分な合理性があれば、その合理性が不正解の
      理由になっていたと思われるため)

    あと、先ほど気が付いたことがあります。

    「約分」を学習する前の段階で、同分母の分数の足し算・引き算で、
    答えが可約分数になるケースが、教科書に載っていました。
    その答えは、一覧から選ばせるようになっていて、
    可約分数のままの答えが一覧にあり、約分したものは一覧にありません。

    この教科書に沿うなら、先生があえて奇問を作った訳ではなく、
    既存の問題があり、その模範解答として「3/21」という答えが載っていた可能性は十分ありますね。

    これをもって私の考えが変わる、ということでもないのですが、
    公平な判断材料にはなるかも知れませんので、参考までに…。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。別の指導例の補足の補足…の補足(汗)

    いつも自分で読み返して、言葉足らずなところを突っ込まれるんじゃないかと恐れるチキンなトピ主ですが、
    今回はかなりひどいので…。

    > ●出題形式を穴埋め式ではなく計算問題とした
    >  (計算過程を穴埋めするなど、解答欄にそう書くべき
    >   十分な合理性があれば、その合理性が不正解の
    >   理由になっていたと思われるため)

    ●出題形式が不明だったため、「穴埋め式ではなく計算問題」とした

    が正です。その理由については同じです。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。ハイララライホ〜♪(「背理法」と言いたい)

    ●ヨーデルさん

    > 1−1≠0と仮定したのですから、当然この背理法の証明は成り立ちません。

    これを許すと、何かと応用が利いちゃう(笑)のですよね。

    たとえば、1=2を証明するなら、

    1≠2 と仮定する

    両辺に0を掛けると

    0≠0

    これは明らかに矛盾しているので仮定は違っている。

    よって 1=2 が成り立つ(おしまいっ!)

    ユーザーID:3716159584

  • 学問は自由。自由とは、正しいことを正しいと言えること

    子供の頃、約分や掛け算の順序などの問題に悩まされた者です。

    私は子供の頃算数が好きで、自分で本を読みふけっていた結果、小2の頃には中2レベルの数学を全部理解していました。そんな私にとって学校とは、教科書と違う解法で問題を解いたり、習っていない漢字を使ったりすると協調性がないといって非難される理不尽きわまりない場所でしかありませんでした。

    「教えた以上はその通りに回答すべき」という理由で×を付けることは子供のやる気を削ぐだけのやり方だと思います。「学校では習った通りに回答する」というのはいわゆる「大人の事情」的な世渡り術であって、勉強の本質とは関係ありません。10歳前の子供にそこまでの世慣れを要求するのは酷すぎます。
    かといって、「定義・証明されていない事実は用いない」というような、大学生レベルの態度を小学生に要求するわけにもいかないでしょうし。

    極端な全体主義社会を描いた「1984年」という小説の中には、主人公が「自由とは結局2+2=4と言える自由のことだ」と独白する一節があります。残念ながらその正反対の場所に成り下がっている日本の教育を支持する方の多さには呆れるほかありません。

    ユーザーID:4828386237

  • 自力で見つけたなら、絶賛すべき。

    例えば、!(階乗)の表記を教えていない段階で、ABCD 4文字の並べ替えは何通りか?に、4!=24 と答えた場合、バツもあり得ると思う。本人が自分で考えて!を見つけることは不可能。

     ちなみにこの問題、「一番左に入る文字は4つあり得る。その次は3つ・・・」となると、4×3×2×1となるのが自然に思えるけど、かけ算の順序に従うと、1×2×3×4としなくてはならない。「まず、Aを置く。次にBをAの右か左に置く。次に、Cを左端か、AとBの間か、右端に置く、・・・」だと、それぞれ逆順になる。

     約分に関しては、本人に確認して自分で見つけたなら絶賛すべきだし、教えて貰っていた場合にも理屈がわかっているなら○でいいと思う。理解していなくて「約分だから」だけだと、減点も仕方ないと思う。習った後なら、理解していなくてもOKなので矛盾しているように思うけど仕方ない。

     「本人が自分の力で試行錯誤して見つけた」ということは最大限評価する。「理論の理解抜きで、前倒しで、解法や公式を覚え込む」ということは、奨励されるべきではない。

    というのが、私の基本的スタンスです。

    ユーザーID:8503241366

  • 予習の落とし穴

    クラスメートは分数の割り算をやったけど、その子はやっていないという状況(事情は割愛)の子に分数の割り算を教えたことがあります。

    20÷4は、20の4等分、あるいは、20に4がいくつあるか、という割り算の意味を復習し、1÷(1/2)をやって、1÷(1/3)をやって、と簡単な具体例から徐々にやったのですが、次に来たときは教えていないのに、誰かに教わったらしく「分母と分子を逆にして掛ける」というのが出来てました。仕方ないので、割り算の学習はそこで終わり次に進めました。
    しかし、結局、感覚として習得しているのではなく、操作方法を覚えているだけなので、案の定後で混乱することになりました。

    前に書いた、対数の問題も、理系の生徒は、公式を知っていたことが徒になったわけです。

    やはり基本概念の習得は手間を掛けてじっくりやるべきだと思うのです。ただし、「だからかけ算の順序は大切」という主張がありますが、以下の様な出題には、大いに疑問を感じます。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q121569682

    ユーザーID:8503241366

  • 「式を立てる」ことと「計算し答えを出す」ことは別だと思います

    以下、ものすごく長いですが、考えた順に書きましたので、追いかけてもらえれば幸いです。

    まず、与えられた問題文から「式を立てる」ことと、立てられた式を「計算し答えを出す」ことを、別物と教えるべきかどうか、という問題があると思います。
    私は、別物と教えるべきだと考えますし、実際、そのように教えているようです。
    http://www.shinko-keirin.co.jp/sansu/WebHelp/html/page/22/22_01.htm
    かけ算の意味とその結果の求め方とは区別して取り扱って、、、

    よく、途中の計算が間違っていても考え方は合っている場合、部分点をもらえることがありますが、それはこの方針によるものだと思います。
    例の5×80=400という答案に対しては、これのちょうど逆で、「少なくとも答えは○」という採点が正しいと思います。

    すると、「式の立て方」は○にすべきか×にすべきか、という問題が残ります。

    ユーザーID:7063437247

  • 「かけられる数」、「かける数」という表現のあいまいさ

    ここで、「かけられる数」、「かける数」という表現のあいまいさの問題があると思います。

    「80円のりんごを5個買うといくら?」という問題なら、明らかに、「かけられる数」=80、「かける数」=5ですが、「4人にりんごを3個ずつ配ると全部で何個?」は少し微妙だと思います。
    普通は、「かけられる数」=3、「かける数」=4だと思いますが、問題を少しひねって「4人にりんごを3個ずつ配るのと5個ずつ配るのでは、合計個数は何個違う?」だと、4×(5−3)と感じる人が多いと思います。

    それなら、どちらが「かけられる数」でどちらが「かける数」なのかが明確な出題だけにするべきだろうか、という疑問が出てきます。
    この疑問について考えようとすると、掛け算学習の最終的な目標をどこにおくかが問題になってきます。

    ユーザーID:7063437247

  • 「正比例型」と「対等型」

    さて、ここで、いったん横道にそれて、掛け算を「正比例型」と「対等型」の2つに分類してみたいと思います。

    例えば、1個80円のりんごを1個買えば80×1=80円、2個買えば80×2=160円、、、というのは正比例型です。a=80[円/個]が比例係数で、それにx[個]をかければy[円]になるというy=axの形をしています。
    また、縦3cm、横4cmの長方形の面積が3×4=12[cm2]というのは対等型です。y=x1×x2の形をしています。

    正比例型は、片方が固定値であるという点が楽なのですが、単位の違う数同士をかけなければいけません。
    逆に、対等型は、単位は同じもの同士なのですが、双方が変数となります。

    ところが、りんご1個の値段は日々変わるでしょうから単価も変数といえば変数ですし、縦を固定すれば横と面積は正比例の関係になります。
    つまり、題材が同じでも、状況によって、「正比例型」と「対等型」のどちらと考えるといいのかが変わってきます。

    ユーザーID:7063437247

  • 人月

    このことをもっとはっきりさせるために、「人月」を取り上げます。

    「人月」は、単位の違う数同士の掛け算ですし、双方が変数です。(金額や面積と違い、人為的に定義された量にはこのようなものが多いと思います。)

    例えば、今度のプロジェクトは4人割り当てたら5ヶ月くらいかかるから20人月か、というような話をしているとします。
    このとき、頭の中には漠然と4[人]×5[ヶ月]の長方形が浮かんでいるのではないかと思います。つまり、どちらかと言えば「対等型」に近いイメージです。

    ここで、プロジェクトの規模が2倍に膨らんだとします。
    誰かが「それなら10ヶ月かかるなあ」と言ったとき、彼の頭の中は、「かけられる数」=人数、「かける数」=月数の「正比例型」に変わっていると思います。
    逆に、「いや、納期は遅らせられない。8人に増やそう。」となれば、今度は、「かけられる数」=月数、「かける数」=人数の「正比例型」になります。

    ユーザーID:7063437247

  • 掛け算学習の最終的な目標

    話を元に戻して、私は、掛け算学習の最終的な目標は、上の例のように、状況に応じて「正比例型」と「対等型」の考え方をどちらでも使いこなせることだと考えています。
    もう少し一般的な言い方をすれば、
    ・現象を状況に応じて適切にモデル化できること
    となります。

    この目標設定について異論も多いと思いますが、以下、とりあえずこの前提で話を進めます。

    この観点から見れば、どちらが「かけられる数」でどちらが「かける数」なのかを子供に考えさせることは、モデル化の訓練(私、この言葉好きですね)として必須となります。考えることを通じてしか、モデル化のセンスは学べません。
    したがって、「左側の数の単位=答えの単位」などという安直な教え方は最悪です。どちらを「かけられる数」としたほうが適切だろうかと、いちいち考えさせるべきです。

    ユーザーID:7063437247

  • やっと結論

    先の、どちらが「かけられる数」でどちらが「かける数」なのかが明確な出題だけにするべきだろうかという疑問に戻ると、私の結論は「否」です。
    もちろん、学年に応じて徐々に難しくしていくという配慮は必要だと思います。しかし、「80円のりんごを5個買うといくら?」なら、2年生でも80円が「かけられる数」だと分かってしかるべきです。

    以上により、5×80=400という答案に対しては、私なら「式は×、答えは○」と採点します。

    念のため、先のレスにも書きましたが、長方形の面積に関しては、「縦×横」という順序に一切の意味はありません。どちらかを先にしないわけにはいかないので、便宜上、縦が先になっているだけで、どちらが先でも構わないと子供たちに明言するべきです。
    「縦×横」という順序と、「かけられる数×かける数」という順序を、同じ意味合いだと子供たちが理解しているとすれば、それが一番の大問題です。

    ユーザーID:7063437247

  • ハイリハイリフレ、ホーホー

    ヨーデルさんがおっしゃりたいのは、
    1−1≠0と仮定する。
    両辺に1を加えて
    1−1+1≠1
    ∴(1−1)+1≠1
    ここで仮定より括弧の中が0にならないので、このあと1≠1とは変形できないということです。

    DITAさんの7月16日 16:19のレスですが、「これ」って何ですか?
    どこが何をどう応用しているのか、さっぱり分からないのですが、、、

    ユーザーID:7063437247

  • 問題3修正版やってみる

    ABCDE - FGHI = 33333

    Aが3か4のどちらかであることは明白である。
    B-Fの組み合わせの少ない方から考えてみる。(笑

    ということでA=4とすると
    B-F={1-7,2-8,3-9,1-8,2-9}

    んじゃあ、頭のB=1、F=7としてみると
    C-G={2-8,3-9,2-9}

    C=2、G=8とすると、D-H={3-9}、E-I=×
    C=3、G=9とすると、D-H={2-8}、E-I=×
    C=2、G=9とすると、D-H={6-3,8-5}

    あれ?500時以内で答えの1つが出ちゃった…。(笑
    字数余ってるから引き続き。


    B=2、F=8にすると。
    C-G={1-7,3-9}
    どちらも4。3になる繰り下がりパターンが無いので却下

    B=3、F=9では
    C-G={1-7,2-8,1-8}
    C-G={1-7}とすると、D-H={2-8}、E-I=×
    C-G={2-8}とすると同様に E-I=×
    C-G={1-8}とすると、D-H={5-2,8-5}、はいムリね。


    B=1、F=8にすると。繰り下がりに使える組み合わせが無いので…
    あら字数制限。ここまでか(笑

    ユーザーID:2293259910

  • 具体から抽象へ

    算数教育において、大きな問題は具体から抽象へということです。
    りんご3個とみかん4個であわせていくつですか、という問題は
    なんとなくついてこれますが、象3頭とのみ4匹で、あわせて
    何匹ですか、という問題だと混乱します。
    猫3匹とねずみ3匹であわせて何匹ですか、という問題の答えが
    3匹、なぜなら猫がねずみを食べてしまったから、というような
    ことも起こりえます。
    1万円札が3枚、千円札が5枚、あわせて何枚ですか、なら答えが
    出ますが、あわせていくらですかなら混乱します。

    かといって、小学低学年の段階で最初から抽象の話もしにくい。
    その段階で、男子が3人、女子が18人、男子の割合を分数で
    理解するというとき、3/21が正解で、1/7になるのは困る
    わけです。具体的な話をしているときに勝手に抽象化して約分
    されると、クラス全体は7人ですか、ということになり混乱し
    ます。

    導入段階で具体的な話をしているときに、抽象的な答えを出して
    こられると、教師としては困ります。僕としては○をあげても
    いいんですが、クラスの他の子供たちが混乱するようだったら
    ×にすることもありえます。

    ユーザーID:1984691627

  • 「できる」→「分かる」1

    かけ算の順序にこだわることが算数嫌いにするかのように思っている方がいらっしゃいますが、それはできる子にとって理解を妨げるものではない(むしろ歓迎)し、できない子にとっては理解が不十分であることを自覚するいい機会になるものだと思います。
    私が小学生の時、塾で「『の』はかけ算」と形式的に教えられ多くの演習をこなしましたが、それが以後の数学を理解する上でよかったのだと思っています。
    子供にとって学習手順は「できる」→「分かる」なのです。大人のように抽象的な論理から一般化して考えることは難しいのです。
    初めのうちは意味など分からなくてもいいのです。まずは「できる」ことを目標に。
    そしてある程度できるようになったら、そこでもう一度基本に立ち返って原理を理解する。

    続きます

    ユーザーID:1511092203

  • 「できる」→「分かる」2

    計算や公式にあてはめて解くことはできるが、考える力が不足しているとして、学習内容が大幅に削減された(ゆとり教育)わけですが
    結果は「とりあえず解けるが理解は十分でない」層が減り「解くことも理解もできない」層が増えたのです。
    「分かる」を重視しすぎるあまり、演習をないがしろにしたからです。

    対数の理解について文系・理系云々というレスがありましたが、これを以て公式あてはめ主義に異を唱えるのは暴論です。
    公式を使って演習することが悪いことでありません。
    先のレスで述べましたがなく、一通り演習を終えたあともう一度基本に立ち返って公式の導出という作業をしなかったことが問題なのです。(なかなかその時間が取れないという事情は分かりますが)

    ユーザーID:1511092203

  • カワリーノさんへ

    > かけ算の順序にこだわることが算数嫌いにするかのように思っている方がいらっしゃいますが、それはできる子にとって理解を妨げるものではない(むしろ歓迎)し

    おそらく私のことだと思いますが、これには賛成しかねます。謙虚に言っても私は、少なくとも勉強に限っては間違いなく「できる子」でしたが、それによってある意味では「理解を妨げ」られましたし、「歓迎」どころか憤慨に堪えなかったです。

    実際、私は「かける数」と「かけられる数」の概念の曖昧性など自分ですぐに気づきましたし、そのことを説明して「掛け算の順序を入れ替えても問題ない」と教師に反論したのですよ。そうすると「屁理屈をこねるな!」と言って怒鳴られ、親には「この子は協調性がない」と言われるような目に遭ったのです。
    まだ小学校低学年で、「先生の言うことはすべて正しい」と素朴に信じているような年齢でしたから、なぜ怒られているかも理解できなかったですし、何が正しいかも訳がわからなくなりました。そういう意味では間違いなく「理解」を妨げられました。

    多様な発想を抑圧して画一的な思考を強要して「考える力」が育つわけがありません。

    ユーザーID:4828386237

  • 順序自体が理解不能なんですけど

    私自身が「掛け算の順序」が理解不能ですので、子供にも理解不能かと思っていますけど。

    問1)4+4+4 を掛け算を使って書きなさい

    これの答えであれば、4×3 のみが正解でもいいかとは思う。


    問2)リンゴが4個乗った皿が3つある。リンゴは全部で何個か?

    この問題で「4+4+4としなければならない」理由が全く分からんのです。
    3+3+3+3では何故いけないのか?

    ●をリンゴとすると

    ●●●● ←1皿目
    ●●●● ←2皿目
    ●●●● ←3皿目

    さぁリンゴは何個か?
    4×3であり、3×4ですよね。
    何の問題があるんでしょう?

    掛け算ってこう考えるものでしょう?
    こう考える子にとっては『理解を妨げるものではない』どころか、無用な混乱を与えるだけです。

    ユーザーID:2293259910

  • 区別は必要になった時にする

    > 状況に応じて「正比例型」と「対等型」の考え方をどちらでも使いこなせること

    こういうのってナンセンスだと思うんですよね。代数学的に言うと、
    「実数の集合しか扱わないけど、体とK加群は区別しとくように!」って言ってるのと同じ。
    それだったら体や環じゃない加群の例を出さないと意味がないんですよね。
    具体論で言えば、高校でベクトルが出てきたあたりでこの区別を教えれば良い。

    上の引用文のようなことを本気で言ってる人は
    数学にも算数・数学教育にも向いてないと思います。

    ユーザーID:6402484983

  • 理解とは何か?

    > かけ算の順序にこだわることが算数嫌いにする
    > かのように思っている方がいらっしゃいますが
    > それはできる子にとって理解を妨げるものではない

    算数嫌いにならなくてもその算数の授業は嫌いになりますし、
    無矛盾なものに×をつけるというのは最も理解を妨げると思います。
    (「理解」という言葉の意味を意識して書かれていますか?)

    カワリーノさんが本音で言いたいことは、「出来る子には文句を
    つけても計算が出来なくはならないから、画一的に解き方を教え
    込んで、計算だけ出来る子を少しでも増やした方が得。」
    ということでは?

    ユーザーID:6402484983

  • 元問題児さん

    >少なくとも勉強に限っては間違いなく「できる子」でしたが、それによってある意味では「理解を妨げ」られましたし、「歓迎」どころか憤慨に堪えなかったです。

    失礼ですが、本当の意味での「できる子」ではなかったということでしょう。
    本当にできる子は、出題者が何を見ようとしているのか、どういう誤答が多いかということまで理解しています。
    出題者が何を見ようとしているのか分かっていなかったから
    >「掛け算の順序を入れ替えても問題ない」と教師に反論
    したり(そういう問題ではない)
    >なぜ怒られているかも理解できなかった
    のではありませんか?
    算数・数学は答えが合えばそれでよし、ではないのです。

    今まで多くの問題集を見てきましたが、100円の商品を3個買ったときの代金を求める式を3×100としている問題集を見たことがありませんし
    またそのような指導をしているという話も聞いたことがありません。

    ユーザーID:1511092203

  • その順序も言語依存なんです

    むー太郎さんへ:

    >問1)4+4+4 を掛け算を使って書きなさい
    >これの答えであれば、4×3 のみが正解でもいいかとは思う。

    いえ、その問題でさえ、3×4も正解であっておかしくないのです。
    以前にも出た話題ですが、4+4+4を見て「4×3」が自然だと感じるのは、我々が日本語的発想を無意識に数学に持ち込んでいるからです。つまり、この式を無意識に「4が3つ」だと読んでいるから「4が先で3が後」だと思うわけです。

    同じ問題を英語圏の人に出せば「3×4」という式を立てる人が多いはずです。なぜなら、英語(やその他ヨーロッパ系言語)の発想ではこれは「three "four"s」になるからです。文字を使った式では「2x」とか「3y」のように数字を先に書かれることからもこのことは推測できるでしょう。

    しかも、実は日本語では「4が3つ」のほかに「3つの4」という言い方もできます。「4が3つ」ほど使われる言い方ではないにしても、不自然な言い方ではないはずです。「4が3つ」のみを優遇する理由はどこにもないのです(と、小学校の時に担任に主張したら「屁理屈言うな!」と怒鳴られたのですが)。

    ユーザーID:4828386237

  • >「かける数」と「かけられる数」の概念の曖昧性

     これに関して、「個数であればそうかもしれないが、密度×体積や、速度×時間は、この順序でないと駄目」という反論がある。私はそもそも、(1つあたり)×(いくつ分)という順序自体が、かけ算導入の便宜的定義に過ぎないと考えるので、1つあたり=速度 いくつ分=時間 であっても、距離=時間×速度 で問題ないと考える。「かけ算は最初の定義で前後の非対称性が崩れているが、それは見かけ上で本質的に交換可能である」と考える。

     しかし、あくまで(1つあたり)×(いくつ分)に拘っても、5km/hで3時間歩く場合の距離を、3×5 としうる論理はある。

    様々な速度で、3時間でどれだけ歩けるか?と考えると、 1km/hあたり、3km.  つまり、3km/(km/h).   だから、距離=3km/(km/h)×5km/h=15km 
    ここで、数値が整数か非整数かは本質的ではない。

    もちろん、「1時間あたり5kmでそれが3つ分」の方がわかりやすいし自然な発想であり、上記の発想はかなり不自然で無理矢理な解釈ではあるが、間違いとは言えない。自然か不自然かは、感覚の問題であり、算数・数学の正誤とは別である。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。背理法の話

    ああ〜〜〜あのフレーズか…。

    ●ugougoさん

    > DITAさんの7月16日 16:19のレスですが、「これ」って何ですか?
    > どこが何をどう応用しているのか、さっぱり分からないのですが、、

    左辺と右辺の両方に対し同じ操作をすると、その結果も同じになる、ということは、
    左辺=右辺の場合ですよね。

    左辺≠右辺であれば、予期しないことが起こる訳です。
    (−1≠1の両辺を2乗するとか)

    「これ」というのは、「左辺≠右辺という数式に対し、両辺に算術を施すこと」で、算術については高校生レベルということで、使えるものを使ったつもりです。

    ですがugougoさんのご説明を読んで納得(笑)。

    ということでヨーデルさんには2点、真意を確認したいところです。

    (1) ツッコミ期待への真意
    (2) ハンドルの真意(もちろん「ハイリハイリフエ 背理法」由来?)

    あと、ugougoさん、かけ算の順序のレスもありがとうございます。
    一般的な「事象をモデル化する訓練」については賛成です。
    異なるのは、私は「そこでやらなくても」と考えている点だけですね。

    ユーザーID:3716159584

  • 正直、心外極まります

    カワリーノさん:
    >失礼ですが、本当の意味での「できる子」ではなかったということでしょう。

    本当に失礼です。当時の私は周囲の誰よりも、数学を(学んでいると意識すらせずに)学んでいました。「できる子」でなかったとは絶対に言わせません。
    ちなみに私は日本でも五指に入る大学で応用数学を専攻しました。現在も専門を生かして世界の最先端を追究しています。

    >本当にできる子は、出題者が何を見ようとしているのか、どういう誤答が多いかということまで理解しています。

    それは「算数ができる子」ではなく「大人の顔色を見ることができる子」に過ぎません。そんなことは算数の授業ではなく自己啓発セミナーでやっていただきたいです。
    それに私は「教科書の説明がおかしい」と思ったから、わざと教科書と違う解き方を書いたのです。

    >100円の商品を3個買ったときの代金を求める式を3×100としている問題集を見たことがありません

    正しいかどうかは問題集が決めるのではありません。論理によって決まるのです。偉い人が何を言おうと「それでも地球は動く」と言うのが科学的態度です。科学教育ではその態度をこそ養うべきです。

    ユーザーID:4828386237

  • 掛け算の順序なんて、誰が考えたの?

    子供に理解させる為とは思えない。
    子供の理解力は、皆同じ訳ではありません。
    算数に対して閃き、センスを持った子供は存在します。
    才能を潰すような画一的な教育は、して欲しくありません。
    教えられたことしかできない子がOをもらい、考えることのできる子がXをもらう事態になりそう。

    元問題児さん、陰ながら応援しています。(レスに書いたら陰じゃないかも)

    ユーザーID:8388433265

  • 丸大ハンバーグのまわし者です

    ここで問題です。
    「我が家の光ケーブルが切断するであろう確率を求めよ」
    この答えを得るためには福沢先生の知識と樋口先生のセンスが必要でした。

    さて本題に戻りますが
     1≠2 と仮定する
    このときこれは等式1=2を否定したのですが、これは不等式1<2までも否定しているわけではありません。
    よって「両辺に0を掛けると」ということができなくなり以下の
     0≠0
     これは明らかに矛盾しているので仮定は違っている。
     よって 1=2
    という論理展開も必然的に不成立となります。

    イコール(=)の否定がノットイコール(≠)であるかのように思いがちですが、等式の否定は不等式でもあるということに気づくかどうかという問題ですね。

    というつっこみでよろしいでしょうか、DITAさん?

    ユーザーID:8204791556

  • 数学的な議論より教育的な議論を

    計算や公式に当てはめて答えを導くことは得意だが、応用力・考える力が不足しているとして
    台形の面積の公式や二次方程式の解の公式を教えないようになりました。
    しかし、それによって何が起こったのか?
    先のレスでも書きましたが、意味は分かっていないがとりあえずできるという子供が減り、意味も分からないし答えも求められないという子供が増えました。
    それが公式あてはめ型指導(かけ算の順番もその一つ)を否定する人たちの望む結果なのでしょうか?

    「学ぶ」とは「まねぶ」なのです。テンプレ通りに真似をすることを繰り返すことで知識が定着するのです。
    個性も結構ですがそんなものは基本ができてこそです。

    学力低下が叫ばれて久しいですが、原因は演習量不足に他なりません。
    何度も言いますが演繹的に物事を考えられる大人の視点で物事を捉えてはいけません。
    交換法則やこういう考え方もできるといった数学的な議論を主張されている方がいますが、
    広い層を対象とした公教育はどうあるべきかということを考えるべきです。

    ユーザーID:1511092203

  • トピ主です。学問としての「数学」と授業としての「数学」の差異

    「算数・数学」という言葉を、様々な議論の中で、私も含めて自明の言葉として使っていますが、
     A.学問としての「算数・数学」
     B.授業や教科名としての「算数・数学」
    がありますね。
    Bは、Aを教えるにあたって教育的要素を加味したものと私は捉えていて、
    そのBの指導法がどうあるべきかが話の中心であると認識しています。

    ほとんどの方の論調は、必要に応じてAとBを区別されているか、
    文脈的に差異が問題にならない場合が多いのですが、
    「本当の意味」という言葉が出てきたところで一旦整理したいと思います。

    ● カワリーノさん

    「できる子」「本当の意味での『できる子』」という表現を使われていますが、
    「本当の意味での算数・数学ができる子」という場合、
    その「算数・数学」は、カワリーノさんにとってはAに近いでしょうか?Bに近いでしょうか?

    このあたりの語感に差異がありそうな気がしています。

    「本当の意味での算数・数学」というと、私は間違いなくAを想起しますが、
    「本当」という言葉には「事実」という意味と「本来」という意味があり、
    解釈によってBともとれなくはないので、念のための質問です。

    ユーザーID:3716159584

  • 学校現場の多忙さが順序指導の要因?

    最近、小学校の教員と話すことがありました。その人自身は最初は指導書に従っていて「順序」を教えていたものの、高学年までうるさく言う必要があるのか疑問に思って、中学から異動してきた教員(数学専攻)に質問したところ「全く意味がない」と言われて、それからはうるさく言うのをやめたそうです。

    順序に拘るか、否か、に関して文科省は、どっちの教え方がいいとも、悪いとも言っていません。要は現場の裁量ですが、順序の教え方は最近増えている印象です。

    その教員によれば、現在の学校現場は多忙(原因は色々)で、教員同士が雑談したり飲みに行く雰囲気ではないそうです。この教員は別の教員に質問して「順序をうるさく言う意味はない」と理解した訳ですが、このように「指導書にはそう書いてあるけど、要は生徒が理解できればいいのだから、そんなに拘る必要はないんだよ」という会話が以前はあったが、最近はなくなってしまって、指導書に書いてあることが杓子定規に教えられているのでは、という気もします。指導書の執筆者も「生徒が理解していれば順序は問題ない」と言っているのですが、教員には伝わっていないようです。

    ユーザーID:6600067037

  • できる子って何よ?

    > 本当にできる子は、出題者が何を見ようとしているのか、どういう誤答が多いかということまで理解しています。

    だから、「誤答」ではない、と言っているんですけど。
    出題意図に反していようとも、正解は正解です。

    そもそも、出題意図なるものが有るのであれば、答えがただ一つのみになるように、解釈の差が生じない問題を作るべきなのです。
    「できない教師」に付き合うのが「できる子」ではありませんよ。


    > 100円の商品を3個買ったときの代金を求める式を3×100としている問題集を見たことがありません

    「3×100のみが正しい」なんてモノは恐らく無いですよ。

    100×3、あるいは3×100のどちらでもいい、としている参考書や問題集は私が子供の頃は普通にありましたけど。今あるかは知りません。

    ユーザーID:2293259910

  • 人間は多様です

    よいやみさん:
    応援ありがとうございます!

    >教えられたことしかできない子がOをもらい、考えることのできる子がXをもらう事態になりそう。

    まさに私はそういう目に遭ったのですよ。掛け算の順序を徹底するということはつまりそういう子を作り出すことなのです。

    カワリーノさん:
    >個性も結構ですがそんなものは基本ができてこそです。

    「掛け算の順序」は「基本」などではありません。単なる「嘘」です。創造説といっしょで、教える側が面倒を避けるためにごまかしているだけなのです。「基本」ができた人間にとってはむしろこのようなill-definedな概念(数学的に破綻した概念)は理解不能になります。

    >何度も言いますが演繹的に物事を考えられる大人の視点で物事を捉えてはいけません。

    私は「子供時代に」交換法則など自力発見していました。長方形を描いたり九九の表を眺めたりして極めて「直観的」に理解したものです。

    おわかりでしょうか。あなたの理解にとって都合のよい順序が誰にとっても都合がよいとは限りません。だとすれば、ある特定の人たちの順序に他人を合わせさせるのは有害無益です。

    ユーザーID:4828386237

  • 先ほどのレスにミスがありました。

    >> 100円の商品を3個買ったときの代金を求める式を3×100としている問題集を見たことがありません
    >「3×100のみが正しい」なんてモノは恐らく無いですよ。

    ごめんなさい。「100×3のみが正しい」と読み間違えていました。

    ユーザーID:8503241366

  • 生徒ではなく教師側の問題


    >Bの指導法がどうあるべきかが話の中心であると認識しています。

    いえ、私はそうは思いません。
    教える時は特定の方法を手本にして教えてよいけれども、
    それ以外の方法で解いてきた場合も正解とすべきだと言っているのです。

    私が教えていた経験ではそういう生徒は必ず出てきますし、
    採点がおざなりになっている時には、そういう解答をバツに
    したくなることがあるのも理解できます。
    つまり問題になっているのは、生徒の理解力ではなく教師の能力です。

    ゆとり教育の見直しを行う前に、
    「これから教員のレベルが落ちていくので、ゆとり教育を見直して
    公式をどんどんあてはめるような教育方法にしないと
    教員がついていけなくなる。」
    という議論がありました。
    その通りの方向に進んでいるようですね。

    ユーザーID:6402484983

  • 算数・数学以前に

    元問題児さんの場合は、算数・数学以前に、生徒と教師との
    間の人間関係に問題があるように思います。

    教師の教えたやり方と違うやり方で、しかも正解になる答えを
    出してくる生徒、それを目の敵にして頭ごなしにXにする教師、
    といった図式が思い浮かびます。

    生徒と教師との間の人間関係、あるいは信頼関係がうまくいって
    いない場合はこういうことになるんでしょうね。

    この場合悪いのは絶対教師です。教師のほうが大人なんですから
    人間関係構築のリードは教師に責任があります。

    ”それに私は「教科書の説明がおかしい」と思ったから、わざと
    教科書と違う解き方を書いたのです。”

    僕が教師だったら、こういう生徒がでてきたら大歓迎です。
    「教科書の説明がおかしい」なんて発想は、いろいろ拡大して
    いけますが、最近の学校はそんなに教師に余裕がないんで
    しょうかね。

    元問題児さんは、算数以外の他の教科の場合はどうだったんで
    しょうか。

    ユーザーID:1984691627

  • トピ主です。背理法遊びは続く

    ●ヨーデルさん

    突っ込む側はどっちだったんだろう〜?というのはさておき(笑)

    > 「両辺に0を掛けると」ということができなくなり

    できるのは、左辺=右辺の場合であるが、
    「左辺≠右辺」でも上記操作ができる仮定であることは前述しましたので、

    > イコール(=)の否定がノットイコール(≠)

    ここですね。

    まず、論理的にも代数的にもAの否定はnot Aではないのですか?
    x=yの否定はx≠yであり、その否定はx=yで問題ないはずです。

    x,yを実数とすると大小の比較ができますが、
    それでも、x=yの否定はやはりx≠yでは?
    不等式を使って表現するなら、
    x≠yは(x>y または x<y)と等価
    x=yの否定は(x>y または x<y)
    その否定は(x≦y かつ x≧y)で、これはx=yと等価
    「x=yの否定はx>yで(も)ある」というのは否定ではなく否定の必要条件です。

    不等式の両辺に0を掛ける可否に言及していないという指摘ならば、
    x=yを背理法で証明しようとする場合、矛盾を導く仮定を(x>y または x<y)とするか、
    それと等価なx≠yとするかは解答者の自由なのでは?

    ユーザーID:3716159584

  • 順序の話は数学と関係ない方向へ向かう

    立ち位置について聞かれた気がするので書きます。
    ・順序に拘る教え方を「どう思うか」
    迷惑な話だ。
    ・順序に拘る教え方を「許容するか」
    許容する。(というか、そう教える先生がいるなら仕方なかろう。)

    ここら辺は「犯罪は許さない」という心情と「世の中から犯罪者がいなくなることはない」という現実と同じものです。

    ・算数と数学について
    別モノ
    ・現在の〜過去を〜というレス題について
    「別モノ」という前提で、数学を学び、数学を知ってから、数学の道理を算数にあてはめてどーこー言うのは違う。
    ・上書きされるというのは
    算数・数学ができる子なら、数学で習うより自由度の高い「順序拘らず」方式で効率よくやっていくでしょう。
    ・そもそもろんとして
    教育と学問は違う。大学に入ってまず言われたことは「高校までの教育」と「大学での学問」の違いだった。「受け身」な教育と「能動的な」学問。

    そういった意味で算数という教育は、一番底辺に合わせて行われてもいいもので、その過程で順序に拘る先生がいても許容される。

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。別の指導例(約分問題)について

    約分の問題について、二立さん、文句言いのおっさんさん、北のおっさんさん、積分定数さん、むー太郎さんからレスいただきました。

    二立さんの説かれる、具体→抽象という(学習)段階については異論ないのですが、
    「段階」を、私は児童個人の到達段階と捉えているのに対し、
    二立さんは児童総体としてのカリキュラムと捉えている、と私は解釈しました。

    「段階」は児童個々にあるものなので、抽象を理解したとみなせた児童を、具象に後退させるべきではない
    というのが私の考えです。

    > その段階で、男子が3人、女子が18人、男子の割合を分数で
    > 理解するというとき、3/21が正解で、1/7になるのは困る
    > わけです。

    「困る」という表現がとても引っかかるのですが、「困る」の主語は何でしょう。
    「先生を困らせないために3/21と書くべき」という主旨なのでしょうか?

    仮に上の(計算?)問題なら、クラスの何人かは「3/21と1/7は同じなんじゃないか」と考えても不思議はないと思いますが、
    「1/7じゃダメですか?」という質問は、困る性質のものでしょうか?
    (回答に窮する先生が世の中にいるのは否定しませんが)

    ユーザーID:3716159584

  • 雪が解けたら何になる?

    2009年7月20日 22:11の私の投稿ですが、その前にもう一つ投稿したのですが、それが掲載されていないので意味不明となっています。無視して下さい。

    「雪が解けたら何になる?」という質問に、「春になる」と答えた子がいて、「子どもの発想は素晴らしい」という話がある。事の虚実は知らないし、その子の発想が素晴らしいかどうか私にはわからない。

    しかし、「掛け算に於いて、(1つ分)と(いくつ分)は原理的に区別できない」「全ての角が直角の四角形が長方形であるなら、正方形は長方形」と、素直に考えて正しく認識した生徒を、教師が「屁理屈言うな」と一蹴する教え方はあってはならないと考える。

    教員は「自分より理解力のある生徒がいるかもしれない」と心に留めて授業をすべきだと思います。また、嘘を教えるときは、嘘だとわかって上で教えるべきだと思います。「かけ算の順序」を方便であることを理解しないで、絶対的ルールであると思いこむことで、おかしな事になっていると思います。

    ユーザーID:8503241366

  • 自由と自分勝手は違う

    1984は読んでいませんが(オマージュ作品の1Q84も読んでませんが)、人が集団生活を送る以上、「完全な自由な社会」はないかと。

    学校教育は「集団生活を送る」ことも教える場だと思います。
    その点では結果を出せばほかの拘束はない大学の研究室とかとは違う場所です。
    独自学習で中学数学まで理解してても、小学校での評価は「小学算数の理解度」でしかありません。
    国際A級ライセンス持ってるからと言って、日本で一般道の右車線を時速200km/hで走るのは認められません。このルールに理不尽さを覚える…のが元問題児さんの小学校時代です。

    日本の学校では2+2=4と叫んでかまいません。
    80x5=400や5x80=400が間違ってるとは言ってません。

    いまここで問題になっているのは「1個80円のリンゴ5個」=「5x80」なのかどうかです。


    この「掛け算の順序」問題は「全体主義」とか「自由主義」とか…政治イデオロギーまで発展していくのだろうか。

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。博士さんへ

    ●博士さん

    いつもレスありがとうございます。ご挨拶が遅れてすみません。

    > >Bの指導法がどうあるべきかが話の中心であると認識しています。
    >
    > いえ、私はそうは思いません。
    > 教える時は特定の方法を手本にして教えてよいけれども、
    > それ以外の方法で解いてきた場合も正解とすべきだと言っているのです。

    博士さんが一貫して主張されてきたことを、私のAとBを用いるなら
    「数学の教育(B)は、数学(A)の真理を歪めるものであってはならない」
    と、私は捉えています。

    それに対し「数学の教育(B)上、数学(A)の真理を歪めてもやむを得ない」
    という対立軸(私ではない)があり、
    両者の論点として「Bの指導法がどうあるべきか」と考えています。

    > つまり問題になっているのは、生徒の理解力ではなく教師の能力です。

    生徒の理解力が問題ではないことは同意ですが、
    積極的に×とする考えを教育委員会や教育産業などが推進する動きもあり、
    私は、もはや教師だけに留まらない、根深い「指導法の問題」と考えています。

    なお「指導法」ですが、カリキュラムだけを指すのではなく、指導一般を意図しています。

    ユーザーID:3716159584

  • 具体段階

    DITA様

    >「困る」という表現がとても引っかかるのですが、「困る」の
    主語は何でしょう。

    引用文以外のところに書いてあるので、全体を読んでもらったら
    わかりますが、困るのは教師で、理由はそれによって混乱する
    生徒が出るかもしれないからです。

    男子3人、女子18人で、男子は全体の3/21と表せる、
    そこへ男子がもう一人入ってくると男子は4/22になります。
    それを1/7としてしまうと、男子がもう一人入ってきた
    ときに。また3/21に戻して計算せねばなりません。

    さらに、具体的段階のときは集合の考え方なども入ってきます。
    男子ではなく犬が1匹入ってきたら、数字として抽象化
    すれば、3人、18人、1匹で、3+18+1というような
    計算も可能ですが、犬というのは生徒という集合に入らないので
    3+18+1という計算は、人数の合計をを求める方法としては
    無意味です。

    分数を抽象化して約分を学習した後なら、3/21と
    1/7は同じ値ですが、その前段階で、人数という具体的なもの
    を分数で表す練習をしている時は、全体が21人そのうち男子
    が3人というのをすなおに分数にしてほしいものです。

    ユーザーID:1984691627

  • >覚えていないだけと思うが

     少なくとも私は、「掛け算の順序についてとやかく言われたことはない」とほぼ確信しています。

    「割り算って、20の中に4がいくつあるかも、20を4等分すると1つあたりは、も同じ20÷4で出るのだな。不思議だな。でも、かけ算に順序は関係ないのだから、当たり前だな。でも不思議だな。面白いな。」と小学生のことに考えた記憶があります。

    柱の体積=底面積×高さ だけど、高さが1の柱を段重ねにして考えてもいいし、底面積が1の細長い柱を束ねたと考えてもいいと思っていました。掛け算に順序は関係ないというのは、当たり前のように考えていました。 

    もし、「順序云々」を言われていたら、「それはおかしい」と思ったり、何か記憶に残っていると思います。

    繰り返しますが、「順序を正しく」という指導に関して、文科省は「そのように教えろ」とも「教えるな」とも言っていません。


    「順序はどっちでもいい」と教えている教員もいます。↓
    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1227858512

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。二立さんへ

    ●二立さん

    > 男子3人、女子18人で、男子は全体の3/21と表せる、
    > そこへ男子がもう一人入ってくると男子は4/22になります。
    > それを1/7としてしまうと、男子がもう一人入ってきた
    > ときに。また3/21に戻して計算せねばなりません。

    「3/21に戻して」という表現からして、
    これは、「約分を知らない児童に対し、『1/7を(唯一の)正解とする』」とした場合の反論ですね?

    私が言っている、「答えは3/21であるが、1/7とも表せる」ことの反論ではないように見受けられます。
    約分を習っていない以上、模範解答は3/21なのですから、戻るも何もないと思いますが…。

    仮に、黒板を使ったステップバイステップの授業を想定されているのであれば、「戻る」ように見えるかどうかは板書の描き方の問題では?
    (あまり実践論の話まで広げたくはないですが)

    余談ですが、500文字制限はきついですね〜〜〜。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。議論はいずこへ、な雑談

    ●かるさん

    > 「全体主義」とか「自由主義」とか…政治イデオロギーまで発展していくのだろうか。

    論客にもよりますが、過去の議論を見る限り、イデオロギー方面に行くことはあんまりないです。

    言語学的・文化的・歴史的方面に進むときはあります(笑)。

    まあ、少なくてもイデオロギーの話になったら私はついて行けないので、
    私に関してはお茶を濁すか、適当な算数問題で別の話題を振るでしょう(笑)。

    多いのは、「画一的な指導は問題。児童個々の理解に応じた指導をすべき」というところから、
    「現実的に、そこまでの余裕がない」という、教師のキャパシティの話になり、
    その背景としての校内の実情や家庭やPTAという、極めて現実的な話になることのほうが多い気がします。

    先生の負担が大きいのは心情として理解できるのですが、
    さっきまでの、順序に意味があるとかないとかいう議論をしていたのは何だったんだ〜。
    と思うことが多々あったりも(笑)。

    とはいえ、ここは発言小町ですから、「発言することの楽しみ」が重要かなと思います。
    このトピについては、性別的に小町というより妹子な感じもしますが…(小野つながり)。

    ユーザーID:3716159584

  • 混沌とした議論の中ではつっこみ(ボケかな?)は無用かな?

    「等式の否定は不等式でもある。」と「x=yの否定はx>yで(も)ある」、
    この二つの文章は一見よく似た文章ですが意味合いは違いますよね。
    わざわざ漢字で書いたのに、いけずDITAさん。

    最初の背理法の証明のように一見成り立っていると思われるものの中からその落とし穴を見抜く、つまりx≠yはx=yによって一意に定まるxとyとの関係性を否定しているだけで、xとyとの関係性全てを否定しているわけではないということを見抜かせる“問題”かと思っての書き込みでした。

    私の深読みでしたか?。ポリポリ

    ユーザーID:8204791556

  • 方便は方便

    > しかし、多くの人にとって必要とされる算数・数学は道具でしかないのです。
    > その多くの人が使える道具にするためにどういう教育がなされるべきかを考えるべきです。

    だから、それは「方便」を『絶対普遍』として扱う理由にならんでしょう?
    わかっている子に、方便を「押し付ける必要」などないと言っているんです。
    わかっていない子を少しでもできるようにするための方便でしょうに。


    > 何度も言います。この程度の強制はできる子の芽を摘むものではありません。

    では、私も繰り返します。
    大人である私に理解できないことを、子供に理解できることを期待するのは間違っている。


    社会に出れば「数量×単価=金額」です。
    見積書や請求書にはそう書くものです。
    それを理解できない人を増やしかねない教育が『正しい』のでしょうか。
    順序にこだわるなら現実社会に照らし合わせた順序にするべきでしょうに。


    算数に限らず、小学校教育では「方便」が多用されます。
    しかし、あくまでも方便であり「絶対普遍ではない」ことも併せて教えるべきです。

    「本当は違うけれど、今はこう覚えておきなさい。●年生で詳しく習います」と。

    ユーザーID:2293259910

  • ああ、そうか

    7月13日 0:01の博士さんのレスを読んだときには全然ピンときていなかったのですが、7月18日 20:21の元問題児さんのレスでやっと気づきました。
    たしかに、2xと書くとx+x(xが2個)のように見えますね。
    私のレスは、もちろんy=80xを「80がx個」と読む前提です。

    私の6連投は、博士さんのレスをあえて無視したような形になってしまっていますが、たんにおっしゃることを理解できていなかっただけですので、念のためお伝えします。

    今振り返ると、私のレスの内容は「正比例」を持ち出す必要はまったくありませんでした。
    「同数累加」に置き換えていただければ幸いです。

    九九を習った直後に、この2つの法則を習うようです。
    http://www.shinko-keirin.co.jp/sansu/WebHelp/html/page/22/22_07.htm
    前者は同数累加を、後者はかけられる数とかける数の対等性を強調しています。
    私が言いたいのは、要するに、掛け算はこの両方の側面があるからこそ便利なのだ、ということです。
    どちらかに絞るのはもったいないことだと思います。

    ユーザーID:7063437247

  • トピ主です。博士さんへ(訂正)

    ●博士さん

    読み返してみると、どうも私が拡大解釈していたようです。

    > 教える時は特定の方法を手本にして教えてよいけれども、
    > それ以外の方法で解いてきた場合も正解とすべきだと言っているのです。

    博士さんのスタンスは、私の
    ・カリキュラムに内包されている、数学的真理と教育上の都合による内容との矛盾の可能性については言及しない
    ・児童の解答への正誤については、数学的真理を歪めるものであってはならない
    で、ほぼ近いでしょうか。

    私の、
    > 「数学の教育(B)は、数学(A)の真理を歪めるものであってはならない」
    だと、大雑把ですね。

    ユーザーID:3716159584

  • 数学を道具として使うこと

    多くの人にとって数学が道具だというのは納得できるのですが、
    じゃあアルゴリズムを一意にして機械的に解かせたら、
    道具として使いこなせるようになるのか、
    って言ったらだいぶ疑問なんですよね。

    例えば台形の面積の公式を教えれば、
    確かにより多くの子が試験で台形の面積を正しく出せる。
    でも例えば、その子が測量技師になって、五角形や六角形の
    面積を求めることになったら、結局、台形の面積を正しく
    計算できることよりも、三角形に分割するというアイデアを
    持っている方が役に立つと思うんですよ。

    あるいは、三角形の面積なんて学校を出たら一生求めない、
    という人も多数存在するでしょう。そんな人生にとって、
    論理的思考力の訓練と、
    アルゴリズムに従って答えを出す訓練の
    どちらが有用でしょうか?
    両方いらないかも知れないけど、
    前者の方がまだ役に立つと思うのです。

    そういう意味で、数学をアルゴリズムとして教えるのは
    教師とできない生徒の双方にとっての自己満足ではない
    のかなあ、と思ってしまうことが多いです。

    ユーザーID:6402484983

  • 生徒の理解度

    前レスの追加です。

    分数を始めたばかりの生徒が対象。約分はまだ教えていない。
    分数を使って、全体のどれだけ(割合という用語はまだ使わない
    ので)ということを表すことができるということを指導
    している段階とします。

    1.教室に男子が3人、女子が18人います。男子は全体のどれ
    だけにあたりますか。
    2.そこへ男子がもう一人入ってきました。男子は全体のどれだ
    けになりますか。

    教師の期待する答えは、1.は3/21、2.は4/22です。
    それを、
    (A)1.は1/7、2.を2/11 と答える子がいれば
    その場合は、どちらも正解にしてもいいと思います。

    それを、
    (B)1.を1/7と答えた結果、2.を2/7とか、2/8とか
    答える子がいれば、それはこの子が1.の段階で、なまじ約分
    を聞きかじって答えを出し、2.の段階でつまづいたということ
    です。

    こんな時、この子の1.の1/7を正解にするかどうか微妙ですね。

    人数が多いときは、(A)の子も含めて、約分はまだ指導して
    いないからという理由でXにすることもありえると思います。
    僕個人としては、(B)の1/7も○にするほうですが。

    ユーザーID:1984691627

  • >方便は方便1

    >わかっている子に、方便を「押し付ける必要」などないと言っているんです。

    あまりのあるわり算のテスト(まだ小数を習っていない段階)で、公文などですでに小数を習っている子が17÷5=3.4と解答した場合どうするか?
    私なら一度目は○にした上で次からは3あまり2と書くよう指示する。次に同じ答え方をした場合は×にする。
    これと同じ事です。
    分かっている子は状況に応じて期待される答えを書くものです。
    それができないのは分かっていないか反抗しているかのどちらかです。(うっかりという場合もあるでしょうが、そういう場合は自分でも納得するでしょう。)

    >大人である私に理解できないことを、子供に理解できることを期待するのは間違っている。

    それは貴方がやり方を徹底的に叩き込まれなかったからです。
    ある程度の中学を受験するレベルの子は十分理解できてますよ。
    それに意味を理解しなくてもいいんです。できるようになることが目的ですから。

    続く

    ユーザーID:1511092203

  • >方便は方便2

    >見積書や請求書にはそう書くものです。
    >それを理解できない人を増やしかねない教育が『正しい』のでしょうか。

    その心配はご無用です。
    プログラマーがa=a+1という表現に違和感を感じて仕事ができないなんてことはありませんね。

    >「本当は違うけれど、今はこう覚えておきなさい。●年生で詳しく習います」と。

    それでいいではありませんか?
    「かけ算の順番が逆でも問題ないけど、小学校では(1個あたり量)×(個数)と書くようにしなさい」
    何か問題でも?

    ユーザーID:1511092203

  • >数学を道具として使うこと

    >じゃあアルゴリズムを一意にして機械的に解かせたら、
    >道具として使いこなせるようになるのか

    十分条件ではないが必要条件、と言ったところでしょう。


    台形の面積についてですが、現実問題として使うことはないでしょう。役に立つか、と言われればNOでしょう。
    ただ、台形の面積の公式は『公式に値をあてはめる』練習でもあるのです。
    二次方程式の解の公式も同じですが、考えることを重視したあまり、考えることも答えを求めることもできない子が増えるという状況に陥っています。
    「できる」よりも「分かる」の方がレベルが高いことであるのに、できない子供に「分かる」を要求しているのです。

    >面積を求めることになったら、結局、台形の面積を正しく
    >計算できることよりも、三角形に分割するというアイデアを
    >持っている方が役に立つと思うんですよ。

    できる子は多角形の面積を複数の三角形に分割して求める方法も知っています。
    決して公式を覚えることでそういった考えができなくなるというわけではありません。

    ユーザーID:1511092203

  • 根本がズレている?

    > 次に同じ答え方をした場合は×にする。

    問題文に「小数を使うな」と指定していれば×で良いですよ。
    その指定なしに×にするのは『不適切』です。
    小数を使って答える子がいると分かっているならば、『適切な問題文』を出題するべきです。
    要は教える側がサボりたいだけでしょう。


    > それに意味を理解しなくてもいいんです。できるようになることが目的ですから。

    できるようになるのは最低限です。理解させるのが目標。
    そんなことも分からんのですか?最初から「理解させる」を捨ててどうするんですか。


    > 「かけ算の順番が逆でも問題ないけど、小学校では(1個あたり量)×(個数)と書くようにしなさい」
    > 何か問題でも?

    「問題ない」と言っていながらバツにするのは問題ありです。
    問題ないならばマルにならなければ筋が通りませんよ。


    > 決して公式を覚えることでそういった考えができなくなるというわけではありません。

    『公式以外のやり方はは許さん』と言っていれば、そういった考えができなくなるでしょう。

    ユーザーID:2293259910

  • 子供を型にはめすぎです

    そもそも、「教師が意図したとおりの解答のみが正解」という発想が硬直しているのですよ。

    たとえば、掛け算の順序を教えた順序と逆に書いた子供がいたら、呼んで聞いてみたらいいのです。「どうして教えた順番と逆に書いたのかな?」と。で、子供が「だって、掛け算はひっくり返しても一緒なんだから順番関係ないでしょ」と言えば「えらいね、よく知ってるね」と言って○にすればよいし、出てきた順番に数字を書いただけなら「どうして掛け算なのかよく考えようね」と言ってもう一度教えてあげればいいだけのことではないですか。
    中途半端な教え方をして、それに沿わない解答は許されない、というのはギリシャ神話の「プロクルステスの寝床」と同じことです。

    よくお考え下さい。これが数学ではなく英語だったらどうでしょうか。
    帰国子女の子供(そもそもこの子が英語の授業に参加する必要があるかはともかく)が、英語をネイティブ並の発音で読んだとき「ここは日本の学校だから」とカタカナ発音を強要するのでしょうか?

    数学的真理は英語の発音よりもさらに曖昧さがないのだから、「掛け算の順序の強要」は「カタカナ発音の強要」以上におかしな話なのです。

    ユーザーID:4828386237

  • 九九を習ったとき

    1の段から始まり、2の段、3の段と進んでいって、ややこしくなってくるのが7の段や8の段です。
    7×4で悩んだときは4×7に置き換えてました。
    友達もみんなそんな感じでした。
    先生に習わなくても、答えが同じだということに気づいていたんです。
    大人は頭がかたくなってるから、子供が理解できてるか〜?なんて心配するんでしょうが、子供は(そういうものだ)と感覚的に理解できてるものなんです。
    文章問題でも然りです。子供は知らず知らずのうちに頭を使い分けています。
    大人が正しいと思うレールをわざわざ敷いてあげなくても、自分で考え、この問題の式はこう書いた方が意味がよく通ると思えば、かける数とかけられる数を意識して書くし、順序を求められていないと思えば、やりやすいように解くものじゃないでしょうか。

    ユーザーID:9131702941

  • 「かけ算の順序」のメリットは?

    カワリーノさんにお聞きしたいのですが、「かけ算の順序を教えること。答えとしてそれを強要すること」の積極的理由は何なのでしょうか?

    指導要領にも書かれていない、将来的には役に立たない、むしろ桎梏になりかねない、数学的には何の価値もない「かけ算の順序」の積極的意義は何なのでしょうか?

    >小学生の文章題はかけ算を習ってるときはかけ算ばかり、わり算を習ってるときはわり算ばかり出てきます。
    >理解できている子とそうでない子を峻別する意味でも小学生の段階ではかけ算の順序にこだわるべきだと思います。

    とのことですが、順序を「正しく」書いても、理解していない可能性はあります。また、「2km離れたスーパーに歩いていきました。そこで蜜柑を、・・・」とダミーの数字を混ぜたり、足し算や掛け算の問題を混ぜることで、敢えて数学的にナンセンスな「かけ算の順序」を導入しなくとも、生徒が理解できているかどうか判断できると思います。

    「かけ算の順序」は、教え方の流儀の1つに過ぎません。それが今大きくなっているような印象ですが、数学的整合性を破壊してまで教えるほどのメリットがあるとは思えません。

    ユーザーID:8503241366

  • 公式当てはめと将来の貧困

    「公式に当てはめられる人」の延長線上に
    「公式、アルゴリズムを(再)構築できる人」
    があるのでしょうか?
    私は、大きな断絶があると思います。
    現状の教育に、これを補完する仕組みはあるのでしょうか?

    私は、この断絶は、貧困に結びつくという意味で重要と考えます。

    日本のGDPが世界第2位になるまでは、前者は有効でした。
    しかし、今後は、新興国と仕事を取り合うことを考えると
    「前者に重点のある人」→ 貧困に陥り易い
    「後者に重点のある人」→ 貧困に陥り難い
    という構図があるのでは、ないでしょうか?

    この当たりについて、教育に携わる人々はどう捉えているのでしょうか?

    ユーザーID:7820407887

  • トピ主です。続・背理法の話

    ●ヨーデルさん

    いけずと言われると、某「美麗トピ」を想起します…。

    認識の違いはあれど、少なくても、
    ヨーデルさんが期待されたツッコミを私ができなかったのは確かですね。
    「ごめんなさーい!」のまま逃亡していれば良かったか(嘘)。

    ところで話は変わりますが、
    「背理法」を、論理学や数学を使わずに説明するときって、どうすればいいのでしょうか?

    昨日、酒の席でそういう話題がありまして、
    「旦那さんが釣りに行くと言って出て行ったけど、釣りに行ったと仮定すると、晴れの日なのに日焼けしないで帰ってきたのは矛盾、みたいな?」
    と某トピの例を言われ、

    「ん〜どこで釣りするかにもよるな〜」と思いながらも、
    ま、大雑把にそんなもんだということになりました(笑)。

    数式を使わずに、うまいたとえって、どんなのがあるんでしょう。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。今ひとつ割り切れない話

    ●カワリーノさん

    子供の頃、割り切れない割り算を習い、ドリルを解く際、
    問題文に、ことごとく「余りも書きましょう」と書かれているのが非常に気になっていました。

    当時は「そんなの言われなくても、余りを書き忘れたら×になるに決まってるだろ〜!」と思っていましたが、
    後になって「うまいなぁ」と納得した経験があります。

    「余りも書きましょう」というのは、余りを書き忘れないように、という注意だけでなく、
    「整数の世界で考えなさい」という意図があったんだなと。

    ところで、できない子を知ることの大切さは賛同しますが、
    それによって、できる子への教育をどのように変えるべきだとおっしゃりたいのでしょうか?

    「できない子に合わせても、できる子は適応できるから問題ない」みたいに書かれていて、
    まるで「できない子に合わせるか、合わせないか」というような対立軸を想定して、
    議論を2極化させようとしているように読めるのですが、何か真意があるのでしょうか?

    できない子を切り捨てるような話は誰もしていませんし、
    私は、できる子はできる子なりの、できない子はできない子なりの教育をすれば良いのかと思いますが。

    ユーザーID:3716159584

  • そーかなー?

    横から疑問。

    >>その指定なしに×にするのは『不適切』です。
    未習内容を先行してる児童に「個別に指導した(1回目は○、次は余りを使うように指導)」ってあるので、不適切ではないですよね。
    むしろ、「クラスの担任」としてベストだと思うのですが。
    学校のクラスの担任は個別学習の為の家庭教師とかではないですよ?

    >>できるようになるのは最低限です。
    学校で最低限でいいと思いますが。
    個別に上を目指すなら学習塾へ。

    >>「問題ない」と言っていながらバツにするのは問題ありです。
    だって「書くようにしなさい」って言ってるのに、守ってないんです。
    ×でいいと思いますが?

    学校の先生に対してそんなに期待度が高いんですかね?
    個人的には30人(今30人クラスでしたっけ?)の個性に対して、最小公倍数てきな指導してくれれば十分だとおもうのですが。
    余力のある子(学力、経済力)は習い事で個性をのばせば。

    ユーザーID:6816460365

  • 数学に近道無し

    >カワリーノさん

    数学において「公式に当てはめる練習」が必要な事は分かりますが、
    学校とか中学校の段階でそこまで割り切ってしまうのは弊害の方が大きい
    と思います。あくまで、生徒に数的感覚を使って考えさせるということが
    大事だと思います。

    例えば台形の面積の公式ですが、
    少なくとも私が小学校で習った時には、初めに求め方の説明を聞き、
    それに納得してから公式を教わり、問題を解きました。
    そして問題を解くときは、むしろ公式を使うというよりも、
    毎回教わった考え方をなぞって答えを出していました。

    「説明が分からなかったらとりあえず代入して答えを出そう」
    というのは、正しい学び方ではないと思います。
    答えを出せたからといって、後から理解が深まる見込みは低いです。

    分からない時は繰り返し説明を聞いたり、値を変えた例を出してもらったり、
    説明や図を何度もノートに写してみたり、友達と相談したりして
    解決すべきだと思います。

    数学が得意な人がそうしているのですから、
    苦手な人もそのやり方を真似してみるのが
    一番理解が深まるチャンスが大きいと思うのですが。

    ユーザーID:6402484983

  • 17わる5の件

    17割る5の件ですが、
    整数の範囲で割り算をして商と剰余を求めることと
    実数の範囲で商を求めることは数学的に異なります。
    「17を5で割った商と余りを求めよ」と尋ねれば誤解は生じません。
    出題側の問題です。

    (さきほどの「うし」は私と同一人物です。)

    ユーザーID:6402484983

  • トピ主です。元問題児さんへ(雑談)

    ●元問題児さん

    だいぶ前にいただいた投稿ですが…。

    > 英語(やその他ヨーロッパ系言語)の発想ではこれは「three "four"s」になる

    あるブログで見ましたが、、米国で教育を受けている日本人の子供が、
    「3×4=12を足し算に直せ」という問題に対し、3が4つあると解釈し、
    3+3+3+3=12
    と式にしたらバツだったそうです(笑)。

    おそらく「3×4」を「three times four」と読めるかどうかという、
    リテラル的な出題だと思いますので、
    文章題から立式する問題に比べて、(現実論として)不正解とみなす先生は多いのかも知れませんが、
    それぞれのローカルに応じて×になっちゃうあたり、なんともはや、と思いました。

    ところで、ご存じかとは思いますが、
    ノーベル物理学賞を受賞した益川教授のコメントで、
    「教育結果熱心」という言葉が私のツボにはまっています。
    http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20081010-OYT1T00311.htm

    「できる」「分かる」という言葉を聞いて、ふと思い出しました。

    ユーザーID:3716159584

  • ハイリホー。

    >>DITAさん
    >>「背理法」を、論理学や数学を使わずに説明するときって、どうすればいいのでしょうか?

    背理法って、逆説を否定することで本論の証明とする…的な流れだと思うので、例に挙げられてるのだと
    「夫が釣りに行ったらしい。行ってないと仮定したとしても、車の走行距離が増えてるし、車内に砂残ってるし、クーらボックスにカレイ入っていたし、釣りじゃないとしたらどこへ…。なんか矛盾するから、きっと釣りに行ったのであろう」
    じゃないですかね?
    よくあるのはアリバイの証明では?
    「先週末の夫の挙動があやしい。本人は浮気してないって言うけれど…。確かに浮気してたと仮定すると、会社の呑みで3次会までいたという同僚Aさんの証言はあるし、AさんとグルなのかもしれないけどAさんとタクシーで帰ったっていうB子さんの証言もあるし、確かに3次会の会場からタクシーで帰った来たらしい領収書もあるし、金額と時間もだいたいあってるし…いろいろ矛盾するわね。やっぱり浮気してないのかしら…(安心)」みたいな?

    ユーザーID:6816460365

  • おっと、見落としてました。

    なんだか混沌としてきたので最初から流れを追い直していたら、立ち位置とともに質問がありました。

    >>どの程度の「順序の拘り」を想定しているのでしょうか?
    担任が「こだわっている」であろう順序すべて。
    俺ルールみたいなもの?

    >>長方形を横×縦では誤答、とする教師
    >>それも「見方によってはあり」なのか
    あり。(許容する)
    そもそも、方針として「『順序に拘れ』とはしてないが『順序に拘るな』ともしてない」という現行ルールであるならば、もう、そこは担任の「これでいいのだ!」に任せられているわけで。

    >>嘘とわかっていても嘘を教えなくてはならないと言うのは、苦痛だと思います
    社会人でこの手の壁にぶつからない人間なんているのか?

    と、ここまで書いてて違和感が…
    「順序に拘るのはダメ」という側の人は「じゃあ、どうしたいの?」
    順序に拘る先生をクビにしろとか?
    指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?

    でも「数学」になるとy=3xは○でy=x3が×になるんだよね?
    数式になると「拘り」が「作法」としてでてくるわけで。

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。深くお詫び申し上げます

    背理法の件、大変不適切な例を挙げてしまいました。
    極めて配慮を欠いた投稿をし、取り返しのつかないことをしてしまったと深く反省しております。
    気分を害した方に、心よりお詫び申し上げます。

    ユーザーID:3716159584

  • やっぱりお作法なのかも

    自分自身を振り返っても、順番など本来どうでもいいことにこだわる教師に当たったときに、「これはこの先生のお作法で、ほんとの算数とは別なんだ」みたいに思って対処していた気がします。

    「かけ算の順番が逆でも問題ないけど、小学校では(1個あたり量)×(個数)と書くようにしなさい」
    で、そう書かないで×にされて「どうして×なの?」に対して
    「これが、(私の)お作法なんです」
    これはこれで筋が通ってるかもしれない。あまり算数を教えてる雰囲気じゃないですけど。

    物理のgmについては、基本○でしょうね。ただ、重力を重力加速度と質量の積で表す場合は習慣としてmgとすることが多いくらいはどっかでいうかもしれませんが。質量Mとmの2つの物体があってとかの問題なら、(M+m)gと書くよりはg(M+m)の方が計算上すわりがいいかなって場合もあるし。

    トピずれですが、こういう教育の問題を考えると、アシモフの短編「プロフェッション」(短編集 停滞空間 ハヤカワ文庫)が頭に浮かんでしまいます。

    ユーザーID:9181712611

  • ちょいまて。

    かるさん

    > 学校で最低限でいいと思いますが。

    ちがう、チガウ、ちがいます!!
    たぶん勘違いしている。
    学校教育としての最低限です。
    もし「できない子」がいたら、教師・学校の怠慢である、ということ。
    理解させるのが学校教育としての目標です。

    指導要綱に書かれてたりするんだけど、読んでいないのかな…。

    「できればそれでよし」とはなっていません。


    > だって「書くようにしなさい」って言ってるのに、守ってないんです。
    > ×でいいと思いますが?
    良くないです。前提として『問題ない』である以上、「守らねばならない約束事」ではないのです。

    ユーザーID:2293259910

  • >カワリーノさん

     現状で慣例になっていることは理解しました。

     ところで、仮に現実とは逆に、

    「かけ算の順序はどっちでもいいということが広く認知されていて、問題集の解答にも両方あるし、片方しかなくても、逆の順も正解であるのは言わずもがなであると誰もが思っている。入試でもどちらでもいいし、学校でもどちらでもいいと教えている」

    という状態で、

    カワリーノさんが、教員か教育委員会か文科省の立場で、算数教育について何らかの決定権を持っている状態であったときに、

    「現状ではどっちでもいいとなっているが、これを片方だけを正しいと改めよう」と積極的に働きかけるのでしょうか?

    つまりお聞きしたいのは、

    「現状が、かけ算の順序が重視されているのだから、それに従う」というのとは別に、

    積極的に「現状がどうかとは独立に、かけ算の順序は一方に固定すべき」というお考えでしょうか?

    ユーザーID:8503241366

  • 塾と学校

    > 2 入試において採点者が見間違えて×にされる恐れがある
    > 生徒が入試を受けるときに困らないようにあえて減点にする教師もいても不思議ではありません。

    入試の時に困らないように「指導」するのは良いが、「減点」するのは『やり過ぎ』でしょう。
    それは塾でやることであって、学校でやる事ではありません。


    > 意味を理解していない子を見つける手段

    「掛け算の意味」を理解していれば、『順序はどちらでも良い』となるのですが、それでどうやって「順序」で「理解」を見るのでしょうか。

    ○「意味を理解していないから」その順序でしか答えない
    と言った方が真実に近いのではないですか?

    ユーザーID:2293259910

  • 掛け算の順序

    掛け算の順序にこだわる教師は、算数・数学的な観点からそれに
    こだわっているわけではないのですよ。

    1個80円のりんごを5個買うといくらですか、という問題に、
    80+5=85円などと答える生徒をどう指導するかという観点
    から出てくる方法論です。

    こういう生徒は、苦手意識があってまず問題文を読まない。
    読んでも具体的な値から式を立てることができない。
    そんな生徒の読解力を手助けするため、つまり、値段や個数
    という具体的なものを、数値という抽象的なものに置き換える
    手がかりとして、「1個あたりの値段」とはどういうもの、
    「個数」というのはどういうもの、と指導しているわけです。

    むしろ国語の読解力という観点からこだわるわけですね。

    ですから、読解力のある生徒にはこのこだわりは必要ないとも
    思います。元問題児さんの

    <たとえば、掛け算の順序を教えた順序と逆に書いた子供がいた
    ら、呼んで聞いてみたらいいのです。<略> 子供が「だって、
    掛け算は <略> 順番関係ないでしょ」と言えば
    「えらいね、よく知ってるね」と言って○にすればよい>

    という意見にも賛成です。

    ユーザーID:1984691627

  • 数学での数式ということになると

    読みやすさとか表現ということも、少なくとも人に読んでもらう場合には問題になってきます。高校数学程度では(日本では)ほとんど問題にしませんが、特に文章の間に式を埋め込むような場合は句読点の打ち方も作法として問題にされることもあります。単に特殊な記号の使い方をしているだけで、数式も文章の一部であるとすればまあ当然のことですが。

    たとえば z=xy は普通はこう書くけど、文脈によっては z = yx と書くこともあります。y=ax だと普通はaが定数(動かないもの)、x,yは変数(動くもの)として扱うのので定数を前に書くという暗黙の慣習が採用されますが、これも y=xa と書くこともあります。y=3x は3が定数なのは明らかなので普通こう書きますが、あえて逆に書くときは y=x・3のように・(ドット)をはさむことがほとんどです。x_3(TeX流)のような添え字と紛らわしいので。

    とはいえ、きちんと定義されていて一貫していれば記号の順番・使い方はかなり自由に出来ます。読みにくいという批判はあるにしても

    ユーザーID:9181712611

  • 採点する私立中学のレベル

    >>入試などでケチをつけられないようにしておく(3×100ならその保証はできない)
    > ×を付ける教師がいるような学校には行く価値がないでしょう。

    極論ではありますが、私もその視点から考えていました。

    塾講師や家庭教師として高校生に数学を教えていたことがありますが、
    特に私立女子校の生徒に学校の数学の授業の様子を聞くと
    どうも数学ができない先生が教えているようなのです(都内の名門校などです)。
    元々、数学科には女性は少ないので、
    女子校側も女性に拘ると採用基準を落とさざるを得ないのかも知れません。

    私の感覚では日本の女子学生は、
    (周辺諸外国と比べても)数学が得意な人が少ない気がするのですが
    男女別学と女子校の数学教育のレベルの低さ、
    ということが影響しているのではないかと考えたことがあります。

    ユーザーID:6402484983

  • 読んでないです。

    >>指導要綱に書かれてたりするんだけど、読んでいないのかな
    と聞かれてしまうと、

    読んでません。

    となります。
    IT業界に身を置く一介の会社員に過ぎない身ですので、業務上必要とならない限り(文科省や自治体から教育方面の何かシステム開発・保守の受注がない限り)読む機会はないと思ってます。


    あくまで「算数好き」としてトピに参加してるだけなので。「教育好き」ではないです。

    ユーザーID:6816460365

  • 指導要領

    >指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?

    そう思います。
    順序に拘るべきかを考える能力が全ての教師にあるわけではありません。
    その意味で今の指導要領は無責任です。

    >でも「数学」になるとy=3xは○でy=x3が×になるんだよね?

    世界共通のルールと俺ルールは違います。

    ユーザーID:6402484983

  • かけ算の順序は一方に固定すべきか

    小学校の算数に限って言えば賛成ですね。
    個人的には小数や分数が入ったときのことを考えると、順番を決めてあげた方ができない子にとってもできる子にとってもいいと思っています。(私自身の経験もふまえて)
    例えば
    (1) 1mあたりの重さが3kgの棒が5mあります。全部で何kgか。
    3kgの棒が5本(個)あるから3+3+3+3+3=3×5

    これが
    (2) 1mあたり2.4kgの棒が5m
    なら
    上の3のところが2.4に変わり2.4×5

    さらに
    (3) 1mあたり2.4kgの棒が3.5m
    なら
    5のところが3.5に変わり2.4×3.5

    と(1)→(2)→(3)とイメージしにくい数(3.5個分って何?)になったとしても、整数と式の立て方は何ら変わらない、と。
    ここで、(3)で躓く子に対して(2)ならできるかな?それも無理なら(1)はどう?
    といった具合にとりあえず(1個あたり量)×(個数)を徹底させていれば説明する側にも、説明を受ける側にとっても単純で分かりやすいものだと思いますがどうでしょう?

    ユーザーID:1511092203

  • 南半球では冬は暑い。

    教える時に、かけ算の順序は一方に固定するのはいいんじゃないですか。
    このトピでそれには誰も反対していないと思います。

    問題は、別の解き方をしてきた答案を不正解とするかどうかです。
    「かけ算の順序は一方に固定すべきか」のレスの
    掛け算の順序を全部逆にしてみて下さい。
    分かりやすさや整合性は全く同じです。

    ユーザーID:6402484983

  • 方便を一切認めないとは誰も言っていないでしょう

    カワリーノさん。

    > (1) 1mあたりの重さが3kgの棒が5mあります。全部で何kgか。

    → 5×3

    > (2) 1mあたり2.4kgの棒が5m

    → 5×2.4

    > (3) 1mあたり2.4kgの棒が3.5m
    → 3.5×2.4

    と『してはいけない』とする理由は何でしょうか?


    「理解できないかもしれないからバツにする」ではありませんよ。
    『たとえ理解していようともバツにする』のは何故ですか?
    理由をお教えください。

    ユーザーID:2293259910

  • 科学教育は普遍的なルールを教えるところです

    かるさん:
    >そもそも、方針として「『順序に拘れ』とはしてないが『順序に拘るな』ともしてない」という現行ルールであるならば、もう、そこは担任の「これでいいのだ!」に任せられているわけで。

    では、「知的創造説を教えてはいけないと書かれていない」という教師が出てきたらどうしますか?
    「順序に拘るべき」というのは知的創造説と同様に明確な科学的誤謬なので、これは揚げ足取りでも何でもありません。

    >社会人でこの手の壁にぶつからない人間なんているのか?

    理由になっていません。国策で偏ったイデオロギーを教えることが誤りであるのと同様、似非科学を教えることは明確な誤りです。

    カワリーノさん:
    >(1個あたり量)×(個数)を徹底させていれば説明する側にも、説明を受ける側にとっても単純で分かりやすいものだと思います

    誰も、説明の便法として順序を教える側で統一することに反対してはいないと思います。問題は、方便に過ぎないその「順序」を本質的なものであるかのように過度に強調したり、あまつさえその「順序」を子供に強要することです。

    ちなみに、その順序に拘るならmgではなくgmと書くべきですね。

    ユーザーID:4828386237

  • 他にも色々書きたいことがあるのですが、とりあえずこれだけ

    二立さん、7月24日 8:41のご説明は本当ですか?

    足し算は、同質の数同士でしか成り立たない演算です。
    1個80円のりんごを5個買うといくら?という問題に対して80+5と式を立てるということは、とりもなおさず、この子は足し算を理解していないということです。
    足し算を理解していない子に、掛け算もへったくれもないと思いますが。

    かけられる数とかける数というのは、少なくとも、足し算をきちんと理解していて、この問題に対して80を5回足せば答えが求まると分かっている子用の説明の仕方ではないですか?
    このとき、80をかけられる数、5をかける数と言い、80×5と式を立てる。あとは九九を使えば答えが求まる。
    この流れで説明するためのものだと思います。

    ついでに、しつこいですが、のちに正比例を習ったときに、かけられる数は係数、かける数は変数という言葉に「上書き」されると思っています。
    つまり、言葉が変わるだけで、一生使う概念だと思います。掛け算を習いたてのときだけに必要な概念ではありません。

    ユーザーID:7063437247

  • 学校の先生になる人って

    中学からはそれぞれの教科専門の先生に分かれるから数学はテキトー?
    小学校の先生は、文系が多いのかもしれない。「小学生の算数ぐらいは自分でも教えられるサ」程度の軽い気持ちで教師になるから、教師用のあんちょこ(教科書の要点が書いてあり、<教師が自分で調べたり考えたりする必要がない>本)の通りにしか教えられない。数学に詳しい教師なら、その本に書いてある以外の考え方や答え方でも○をつけることができ、×をつけるという発想自体がありえないことだと理解できる。
    数学が理解できない教師に限って「そういう風に教えろとここに書いてある。これは国のエライ人達がそう決めたんだ!」と、自分もエラそうに言う。そして、「進学した先の学校にも×をつける教師がいるんだぞ。」と。
    いやはや・・一昔前は、日本の「英語教育」、最近は「算数教育」が変なわけね。
    理工をめざす息子に聞いたら、「なにそれ?算数でそんな(おかしい)教え方はされなかったよ。」と言うので、息子は被害を受けていないらしい。
    先生によるんだね、やっぱり。確か、うちの子供は2人とも小学校で数年間、「本当は理科専門の先生」(と娘が言った)が担任だったなぁ。

    ユーザーID:8388433265

  • 中学生です

    数学好きで、先取りしている中学生の沙羅と申します。

    トピずれだと思いますが、もしよければ教えてください。
    2の正の四乗根を
    4■2(4は本当は小さい)
    と書くと参考書にあったのですが
    これはどう読みますか?

    ユーザーID:4418100975

  • 中学受験する子に聞いてみればいい

    小学校の算数は数学への導入教科であると同時に国語力(読解力)を養うための教科でもあるのです。
    別に(個数)×(1個あたり量)に統一するならそれでもいいと思います。
    ただ、現時点ですべての(と言っても過言ではない)教科書・問題集で100円3個は100×3としているから、現実問題として変更するのは難しいと思いますがね。
    私が言いたいのは100円3個は100×3と書き、別の問題で200円4個は4×200と書く子に対してどうすべきかということです。(その都度確認すればいいという意見がありましたが公教育でそこまでできるわけがない)

    私の言っていることがさも子供を混乱させ負担をかけるかのように言っている方がいますが、中学受験をするレベルの子であれば意識せずに100×3と書くはずです。(逆なら違和感を感じるでしょう)
    筆算で計算するときまでその順序でやれと言っているのではありません。

    私はかけ算の順番を意識させることは算数教育界の良き伝統・習慣だと思っています。(それによって底上げにつながっている)

    ユーザーID:1511092203

  • かけ算の順序の争点はどこ?

    1.教育的な便宜から、かけ算の順序を導入
    2.数の基本的性質に反するため、想定外の正解が必然的に現れる
    3.2への対処
     3.1.想定外の正解を許容する
     3.2.想定外の正解を許容しない
     3.3.かけ算の順序を廃止する

    3.1と3.3はまともな対応に見えるが
    現在、「何故か、3.2が優勢」という点が争点でしょうか?

    3.2が優勢だと、個人や法人が
    防衛的に対応せざるをない点で、非常に問題と思います。
    是正してほしいです。

    ユーザーID:1586063521

  • 「かける数」「かけられる数」の双対性

    ugougoさん:
    >ついでに、しつこいですが、のちに正比例を習ったときに、かけられる数は係数、かける数は変数という言葉に「上書き」されると思っています。

    しかし、たとえば線型(正比例)関数はf(x) = axのように書くのが普通だと思います。この場合aが係数、xが変数なので、その言葉の置き換えでいくと「かけられる数×かける数」になります。

    また、f(x, y) = xyという双線型関数(変数両方に比例する関数)はどうでしょうか。f(x, y)の値はxについても、yについても比例します。どちらが「かける数」でどちらが「かけられる数」なのでしょうか?

    つまり、「かける数」「かけられる数」という概念を固定して考えてしまうことが間違いなのです。「かける」という演算は左右両方から行い得るからです。

    このとき、「左からかけられる数」は「右からかける数」、「右からかけられる数」は「左からかける数」とそれぞれ読み替えられます。そして実数の掛け算は可換だから「左から」「右から」の区別が無意味で、結局「かける数」「かけられる数」という概念自体が無意味になるという話なのです。

    ユーザーID:4828386237

  • おおきくなれよ

    タイトルで動画サイトを検索すれば懐かしいものが見られます。歌っていたのは上条恒彦でほんとはハイリじゃなくてハイディのようです。ということで背理法(笑)

    >>トピ主様
    >>「背理法」を、論理学や数学を使わずに説明するときって、どうすればいいのでしょうか?

    以下の言い方で通じるかどうかは怪しいですが。主張したいことをAとすると

    1. もしAじゃないとすると、こうこう、こうなるじゃん。
    2. でも、それってありえないじゃん。
    3. だから、Aだったんだよ。

    数学では1.の論証部分、2.の矛盾の部分を厳密にやるからわかりにくくなるのかも。そこらへんをてきとうにやってるのなら、日常的に割とよくある理屈の流れのような気もしないではありません。「Aじゃないなんてありえない」とほとんど論証抜きで(笑)

    ユーザーID:9181712611

  • 数学記号の読み方は

    実は慣用的なもので、これでなければならないと定めたものはないようです。たぶん、いろいろレスがつくでしょうが

    >沙羅さん

    フォントがつぶれていたのでいわゆるルート記号だと思いますが、「4乗根2(よんじょうこん、に)」とかそのまま「2の4乗根」読むと思います。表記として確定していればいいみたいなところがあるので、読むときはわりといいかげんで、人によっていろいろだったりします。こんなサイトもあるので参考までに(http://www.nikonet.or.jp/spring/sanae/report/suusiki/suusiki.htm

    コンピュータとかも興味があって好きなら、LaTeXを勉強してみるのもいいかもしれません。(中学生じゃちょっと早いかもしれませんが)読み方は別にして、ほとんどの数式を書くことができます。基本ただだし。もちろん参考書代とかはかかりますが。

    ユーザーID:9181712611

  • あくまで冗談ではあるが、

    >>指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?
    >そう思います。

    そうすると今度は、

    「一方の順序に偏らないように、1つ分×いくつ分 と いくつ分×1つ分 が半々の比率になるように」とか
    「3×4=4×3=12、という具合に必ず両方の順序を書くように」
    「これは、掛け算に順序は関係ないことを生徒に定着させるために有効な指導法だ」

    とか言い出す教員がいたりして。

    ユーザーID:5102345290

  • >中学生です

    正式な読み方は決められていません。

    一般には、「4乗根2」と言われています。

    16の4乗根で実数のものは、−2と2ですが、
    「4乗根16」は、2です。

    「平方根」と「ルート」、に対応するのが
    「○の△乗根」と「△乗根○」です。

    ユーザーID:8503241366

  • 同質の数

    ugougo様

    >足し算は、同質の数同士でしか成り立たない演算です。

    あなたは、「同質の数」ということを小学生に説明できますか?

    単位が同じだったら同質ですか?

    バケツ2杯の水とコップ3杯の水は、合わせて何杯ですか?
    鉛筆5本と松の木2本で合わせて何本ですか?

    5+2にしてしまえばだれでも計算できますが、文章に書かれたものを
    式にする段階でつまづいている子はたくさんいます。

    犬が2匹と猫が3匹、合わせて何匹ですか。
    犬が2匹と蝉が3匹、合わせて何匹ですか。

    犬と蝉は足し算できますか?

    実際には、同質かどうかそんなに真剣に考えないで、とりあえず問題に
    でてきた数を使って式を立てているのではありませんか。

    1個80円のりんごを5個買うといくら?という問題に対して80+5と式を
    立てる子の存在が信じられませんか?

    現場の先生に聞いてみたらどうですか。

    ユーザーID:1984691627

  • 中学生 さま

    2の4乗根の小数点での値は、
     a_1 = 1.0
    とおいた後、
     a_{n+1} = a_{n} - (a_{n}*a_{n}*a_{n}*a_{n}-2)/(4.0*a_{n}*a_{n}*a_{n})
    を6回ほど繰り返すと、高い精度で求められます。
    これをニュートン・ラプソン法といいます。

    暇なときに、確かめられると面白いかもしれません。
    (数列の表示がよく分からなかったらごめんなさい。)

    ユーザーID:1586063521

  • いや、その前に

    >>>>指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?
    >>>そう思います。
    >>
    >>そうすると今度は
    >>(中略)
    >>とか言い出す教員がいたりして

    教科書とアンチョコにはAxBしか記述されていない。コレは要綱と違う!!
    要綱と教科書検定が別のことを言っている。よって業務(授業)ができない!!
    って裁判起こす教員が出てくる。

    個人的に教員に高望みしてません。
    実際塾のバイトで小学生を受け持ったときは、第一優先は「クラス維持」(崩壊させない)でしたし。
    その第一優先のためには、多少強引であっても「ルールはルール」「コウだって言ったらコウ!」ガなければ
    やっていけませんでした。

    >>世界共通のルールと俺ルールは違います
    日本のローカルルールで野球をしてても、国際舞台に立つ選手はいます。
    まず「ルールを守る」これが最優先です。
    小学校で教えるべきはこの「ルールを守ること」だと思います。

    ユーザーID:6816460365

  • >ある父さん、積分定数さん

    >ある父さん

    お返事ありがとうございました。
    おっしゃる通り、つぶれていたフォントはルート記号です。

    実はLaTeXはお年玉を使って購入しましたが、挫折してしまいました。
    でも、貼り付けてくださったサイトを除いてみたら
    分かりやすそうだったので、もう一度頑張ってみます。
    LaTeXに再チャレンジする機会をありがとうございました。

    >積分定数さん
    お返事ありがとうございました。
    平方根とルートに対応する読み方の微妙な差も解り、嬉しかったです。

     

    ユーザーID:8634602177

  • 寝る理由

    > 小学校で教えるべきはこの「ルールを守ること」だと思います。

    算数・数学以前の問題として、
    小学校ではそういうこともあるかも知れませんね。
    算数ではなくルールを守ることを教えているのだと。

    実際には算数・数学と言うのは言語のようなものであって、
    文法を守る必要はあるが、文法を守っている限りは自由に
    それを操って、問題を解いたり他の人と議論したりできるものです。
    (掛け算の順序を入れ替えることは文法に反しません。)
    私は、その楽しさを知ってから、数学が好きになり、同時に、
    ルールに従って当てはめていくだけの数学の授業は聞かなくなりました。

    このトピで掛け算の議論が始まってから、
    私のアイコンが zzz になっているのはそのためです。

    ユーザーID:6402484983

  • 算数 vs. 国語ですね

     算数の話をしている人と国語の話をしている人が入り混じっているというか、算数と国語で議論しているために、収拾がつかなくなっていますねぇ。

     順序重視の方々の主張は、文章問題を理解する能力が重要というところまでは分かります。しかし、たとえば80円のリンゴが5個のときの価格を求める問題で、80+5と書いた子供と5×80と書いた子供と、どちらが算数をより理解していると、順序重視の方々は思うのでしょうか。

     算数の能力を底上げするとは、1個当たりの価格に個数を掛けると全体の価格になるということを理解する(させる)ことで、1個当たりの価格を個数よりも先に書くことではないと思いますが。

    ユーザーID:3316067009

  • >「2の4乗根」読むと思います。

    この読みはしないそうです。それだと、±4■2, ±4■2i の意味になってしまいます。

    昔、教科書会社に電話して確認したことがあります。

    5C2 5P2 log35 

    これらも、私が高校の時は、「シーノゴーニイ・ピーノゴーニイ・ログテイサンノゴ」と習ったのですが、今は「ゴシーニ・ゴピーニ・ログサンテイノゴ」の読みが主流で、やりづらいです。

    昔習ったことは染みついてしまってなかなか切り替えられない。 

    ユーザーID:8503241366

  • ルートだけに根本的?

    確かに2の4乗根それだけだと複数の解を意味することが多々あって、数値としてを強調するときには大抵4乗根2ということがほとんどなのですが。ただ「αは2の4乗根(のうち正の実数となるもの)なので、1<α<2の平方根(うち正のもの)」と()の中を省いて言うこともあるので文脈によると思います。(わかってて指摘されてるとは思います)

    log_3 5 (TeX流)は「ろぐ・さんのご」で「底」は言ってなかったです。(底は英語でbaseだけど塁じゃ累とまぎらわしいかとか思ってたり思わなかったり)もっと簡単なのでは「f(x)は普通「えふえっくす」だけどきちんと「かっこ」を入れて読む人もいるし(あまり数学が出来そうには聞こえないところがみそ、笑)

    まあ、数学の「まともな」試験では、数式のふりがな問題は出ないと思いますので読み方にはそんなこだわらなくていいのでは(というのが私の考え、それより英語で読めって言われるとけっこうパニック)

    ユーザーID:9181712611

  • 元問題児さんへ(1/3)

    コメントありがとうございます。
    説明不足の部分をほとんど洗い出して下さったので、引用の形で補足させていただきます。

    先に、一番重要な点を補足します。
    私は、
    ・かけられる数とかける数を区別することを教えるべきかどうか

    ・その区別を掛け算の順序で表現することは適切かどうか
    は、まったくの別問題だと考えています。

    前者については、教えるべきだと考えています。
    後者については、他に適切な表現の仕方があるのなら、それでもまったく構わないと思います。
    ただ、今は、現実として、掛け算の順序で表現するように教えていると思います。私は、とりあえずそれを認めているという立場です。

    ユーザーID:7063437247

  • 二立さんへ

    二立さん、お返事ありがとうございます。

    私の質問の仕方が紛らわしかったのですが、お尋ねしたかったのは、
    ・1個80円のりんごを5個買うといくら?という問題に対して80+5と式を立てる子は本当にいるのですか?
    ではなく、
    ・かけられる数、かける数というのが、80+5と式を立てる子用の説明だというのは本当ですか?
    ということです。

    私は、かけられる数、かける数というのは、2年生にとってはかなり高度な概念だと思っています。
    少なくともこの問題に対して80+80+80+80+80と式を立てることができるレベルの子でないと、この概念は理解できないと思うのですが。

    ユーザーID:7063437247

  • >わかってて指摘されてるとは思います

     もちろんわかった上なんですが、実は以前、「教える立場の人は、正確な言葉を使うべきか?」という議論があって、

    「日常では、時刻の意味で『時間』、質量の意味で『重さ』と言うのは普通。高校生に説明するときに『ルートか平方根か』が問題ではなく、『ルートか?2乗か?』「平方根か?3乗根か?』という状況では、ルートと平方根は混同して使うことはある。」と発言したところ

    「ルートと平方根は違うので、使い分けるべき」と指摘されました。その人は数学専門ではなくて、中学までしか教えないようなのでそのような発言になったようです。

    そのやりとりで、「ルートと平方根の使い分けは中学でやるが、3乗根、4乗根、などはそもそも両者を言い分けることはしない」と発言したのですが、気になって教科書会社に問い合わせたところ、「○の△乗根」と「△乗根○」で一応使い分けているらしいことが判明。

    数学用語で驚いたのは「求まる」。普通に使っていたら連れ合いに「そんな言葉はない」と指摘された。調べたら、数学ではよく使うが一般には使わないらしい。「求めることが出来る」なんていちいち言ってられないから仕方ない。

    ユーザーID:8503241366

  • トピ主です。留守にしておりました。

    週末、旅行に出かけていてネットにつなげず気がかりでしたが、
    いつものペースで安心しました。
    皆様に御礼申し上げます。

    さて、まずは、たまっている私宛のレスから…と思ったら少ない(笑)。

    ●ある父さん・かるさん

    > 1. もしAじゃないとすると、こうこう、こうなるじゃん。
    > 2. でも、それってありえないじゃん。
    > 3. だから、Aだったんだよ。

    背理法として正しい説明かどうかというのはもちろんのこと、
    他人に説明するからには「へ〜背理法って便利だね〜」と言わしめたいという願望があります(笑)。

    あまりにも簡単すぎる例だと「別に背理法じゃなくてもいいんじゃん?」と言われそうで。
    否定を仮定するとあら不思議、みたいな例はないかなぁと。

    とはいえ、日常生活で何かを推理する場合「Aじゃないとすると」という仮定を暗黙のうちに行っている、
    つまり無意識に背理法を使っているのでしょうか?

    母:「お風呂掃除してくれた?」
    父:「ああ、しといたよ」
    母:「うそ!お掃除ブラシ、濡れてなかったわよ!」

    みたいな。

    ●二立さん

    分数のレスは書いている途中ですので、もう少々お待ち下さい。

    ユーザーID:3716159584

  • 過去レス

    ugougo様

    ・かけられる数、かける数というのが、80+5と式を立てる子用
    の説明だというのは本当ですか?
    ということです。

    この子達は毎回80+5と式を立てるわけではありません。似たよ
    うな問題でもあるときは80X5だったり、あるときは5X80、
    場合によっては80/5だったりします。

    要するに、問題文をちゃんと読まないで、出てくる数字を適当に
    組み合わせて式を立てるのです。なぜそんなことをするのか。
    それは、式の立て方がわからないからです。

    問題文を読解して式にする過程の話は何度も出ています。
    具体的な値を抽象的な数に置き換える段階でつまづいていることが
    多いのです。このあたりの議論については、このトピの
    次の私のレスのあたりを再読願います。

    2009年7月7日 9:00
    2009年7月9日 11:40
    2009年7月11日 9:58
    2009年7月14日 17:06
    2009年7月17日 9:07

    ユーザーID:1984691627

  • トピ主です。二立さんへ

    二立さんの想定は
     複数の設問に分かれ、
      ある1つの設問について児童が理解せずに約分したことを、
       他の設問の答えによって伺い知ることができるところの問題(の集合)
    ですね。
    この前提自体はとりあえず問題にしないとして、
    その設問をもってしても、二立さんは約分後の解答を○にするほうとのことなので、
    個人的な感覚の対立はほとんどなさそうですね。

    その上で「人数が多いとき」等、個別の事情を加味すると×もあり得る、という二立さんのスタンスに対し、
    私は、セカンドベストの是非に(あえて)踏み込まない、という違いのようです。

    「理解も様々な児童たちを前に、なぜ1/7が○なのかという説明は困難である」
    ということは私も理解していますが、
     だから×にする先生もいる vs だからといって×にするのはどうかと思うよね
    という対立ではないかと。

    個人的には「どうして1/7は○で、2/8は×になんだろう?」と一度は考えてほしいので、
    理解していなくてもやっぱり○にしたいところ。

    ちなみに(A)を両方とも×にする、というケースがありませんでしたが、これについてはどのように思われますでしょう?

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。根の深い話

    ● 沙羅さん、積分定数さん、数学偏差値40未満さん、ある父さん

    数学記号の読み方、難しいです(笑)。
    私も「4乗根」程度で考えていました。

    確かに3乗根までの記号は、(square) root, cubic root と、
    図形(幾何)になぞらえて呼んでいて、
    日本語でもそのままカタカナ読みしていますから、
    「キューブの次は何なのか?」ということになりますよね。
    リベンジとかプロフェッサーとか?(大嘘)

    > 「平方根」と「ルート」、に対応するのが

    余談なのですが、これって、日本語だから区別できるんですよね。
    英語ならば、両方とも square root だと思うのですが、
    英語では、概念そのものと、数学記号の呼称をどうやって区別しているのでしょうね…。
    (ネタ振りだけですみません)

    あと、これまた余談ですが、2の12乗根を求めるというトピがありますので、紹介します。
    「平均律」という音楽の分野と関連していて、なかなか面白いです。
    http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/1120/213699.htm?o=0&p=1

    ユーザーID:3716159584

  • 根がいいかげんなのでつっこんでみる

    英語読みに関してはhttp://ese.cc.sophia.ac.jp/HowToReadAndGlossary.pdfがありました。本もいくつか出版されています。ちなみに xの3乗は x cubed と読むのが正しいらしい。過去分詞になって形容詞化してるのかな。4乗は x to the fourth power で序数になるのがみそ。が、1/4 は one quarter で 1/5が one fifth とここでも序数が(笑)。2/5 だと two fifths と複数になってたりします。

    ルートのほうですが、単数複数冠詞定冠詞で使いわけるようです。ルート2は、the square root of 2, 2の平方根のうち1つは、a square root of 2, 両方を言うなら the square roots of 2 でしょうか。こうなってくると数学の話じゃないような気もしてくる(笑)

    ちなみに英語Wikiのcube root の頁は日本語版の立方根の頁のそっけなさに比べて格段にきれいです。リーマン面の図もあったりするし。

    ユーザーID:9181712611

  • 問題です

    5本のクジの中に2本の当りクジが入っています。
    A.B.C.D.Eの5人がそのクジを引く時、

    当りを引く確立が一番高いのは何番目の人でしょう?

    また、1番目から5番目の確立の式も書いてください。

    みなさんにとったら簡単すぎますかね♪

    ユーザーID:8839714688

  • クジ引きと引く順番

    5人全員がクジを引き、引いたクジを戻さないならば
    クジの当たり易さは、引く順番に関係ないと思われます。

    ユーザーID:1586063521

  • トピ主です。クジ引きの問題

    ●チャリンさん、数学偏差値40未満さん

    ちょっとナナメ方向から(笑)。

    > 5人全員がクジを引き、引いたクジを戻さないならば
    > クジの当たり易さは、引く順番に関係ないと思われます。

    他の条件がなければ、当然、全員2/5になる訳ですが、
    各々の確率の式も書いてください、とのこと。

    実直に5人分の式を書いた人が○をもらえ、
    「5人同時に引いて一斉オープンした場合と等価」と考えて、式を立てるまでもなく答えた人は×になるという、
    (今までのトピの流れに沿った?)出題ではないでしょうか…?

    ユーザーID:3716159584

  • くじ引きの問題

     高校の定期テストで、この手の問題(くじを引くのは2人だけでしたが)は、「1人目の当たり・はずれの場合分けで2人目の確率を出さないと駄目」と事前に言われたという例があります。いきなり2/5とするのは、「5本で2本があたりだから」とテキトーに解答したと見なされるようです。

    ■3人以上だと場合分けがややこしくなる。
    ■「1人目がくじを引いてそれを見ないでおいて(あるいは、自分だけこっそり見て公開しない)、2人目がくじを引いてあたりかはずれかを見て公開して、そのあと1人目のくじを見る」だと、場合分けはくじを引いた順か、公開した順か、不明確。
    「かけ算の順序」と同じで、「正しい解答」の基準が曖昧。

    など疑問が出てくる。

    「あるくじが2人目に引かれる確率をpとする。どのくじも対等だから、5p=1。だから、・・・」とでもすればいいのかな?

    生徒に場合分けをさせたいなら、「サイコロを振って偶数が出たら1回、奇数が出たら2回コインを投げる。少なくとも1回コインの出る確率は?」という具合に、場合分けせざるを得ない問題を出してほしい。

    ユーザーID:8503241366

  • 減点

    数学偏差値40未満さんは、答えは合っているものの、式を書いていないので、100点とはいえませんね。
    常識を式にする作業も楽しいものです。いや、難しいものです。

    ユーザーID:8839714688

  • クジ引きに再挑戦・・・部分点ください

    クジをa,b,c,d,eとし、aとbがあたりとする。
    クジが引かれる標本空間は
    {abcde,abced,abdce,abdec,abecd,abedc,…}
    で元は5!個。
    1番目に当たりクジがくる事象は
    {abcde,abced,…,bacde,bcade,…}
    の2×4!個。よって
    1番目が当たる確率は
    2×4!/5!=2/5.
    2番目以降は,文字制限のため同様に2/5.
    (うーむ。ここも減点だな。)

    ユーザーID:1586063521

  • くじ引きの問題と掛け算の順序(1/2)

    二立さん、レスをありがとうございます。
    伺いたかったのはそのお話でもないのですが、どう書けば私の意図をお伝えできるのか、何度も下書きをしてみたのですが、もう、訳が分からなくなってきました。
    たぶん、私の中できちんと論点が整理されていないのだと思います。考えがまとまったら再度レスさせていただきます。

    ところで、チャリンさんのくじ引きの問題は、かなり微妙な判断が必要です。

    もし問題文が「AからEのそれぞれが当たりを引く確率は?」だけなら、「AからEいずれも2・4P4/5P5=2/5」という解答で構わないはずです。(この式は、くじを5人同時に引いても順番に引いても同じです。)
    一方、「それぞれの確率の式も書け」が追加された場合、私なら「条件付確率と考えて解け(樹形図を書いてそれを式に表せ)」という意味だと解釈します。AからEの式が全部同じという解答が求められているとは思えないからです。

    ユーザーID:7063437247

  • くじ引きの問題と掛け算の順序(2/2)

    本来はどちらの解法でもよく、どちらが素早く解けるかの判断こそが重要なはずなのですが、この問題は無理やり樹形図(手間がかかる方)で解かせようとしており、あまり出来のいい問題ではありません。

    ただし、確率を習いたての生徒に対する練習問題だとすれば、それなりの教育的意義はあると思います。
    一度あえて地道に樹形図を書く経験をしておけば、例えば、同じ設定で「AとBが当たりを引く確率は?」という問題を出されたときに、うっかり2/5×2/5=4/25と答えてしまうことはないと期待できます。

    一方、例の「1個80円のりんごを5個買うといくら?」という問題に、「ただし、かけられる数×かける数の形で立式すること」という明示的な但し書きがついているとすると、この但し書きは、国語の問題(私の言葉でいえばモデル化の問題)を追加しているだけになります。
    つまり、この但し書きがあってもなくても(算数的には)解法は変わりません。

    つまり、「それぞれの確率の式も書け」と「かけられる数×かける数の形で立式すること」という但し書きは、それぞれの問題における意味合いがかなり異なると思います。

    ユーザーID:7063437247

  • トピ主です。「小学校はルールを教えるところ」について(1)

    「小学校はルールを教えるところ」という意見には総論として賛成ですが、
    「ルールを守ることが最優先」とまで言ってしまうと、具体的な全てのケースにおいて最優先とは決して思えず、
    個別のケースを考えるにあたり、ルールを教える手段や、ルール自体の内容について議論されるべきと考えます。
    (で、その議論をしていたものと思っています)

    手段として端的な例としては体罰がありますね。
    ルールを教える目的で児童に体罰を与えることに対しては否定的な見解が少なくありませんが、
    その「否定的な見解」は、ルールを教えること自体の否定ではなく、ルールを教える手段の否定です。

    ルールの中身についても同じで、「俺ルール」であれば、その妥当性については検討されるべきと思います。
    「ルールなら何でも守れ」という教育が絶対的に良いものではない、というのは恐らく先生も把握していて、
    実際、私が小さい時にも「先生が死ねって言ったら死ぬのか?」と言っていた先生は何人かいました。
    つまり「俺ルールでも、ルールなんだから従え」とは相反する指導もあるということです。
    まあ、死ね云々は極論であり、要はバランスなのでしょうけどね。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。「小学校はルールを教えるところ」について(2)

    いくつか極端な例を挙げましたが、
    具体的に、算数・数学という学問を教育するにあたり、そのルールがどうあるべきか、またどのように守らせるべきかとなると、

     「数学的真理を(できるだけ)歪めるものでないこと」

    は1つの重要な観点と考えます。

    「どうしても教育的要因により数学的真理を歪めざるを得ない」というようなトレードオフでもない限り、
    数学的真理が「最大限」優先されるのが望ましいのではないでしょうか。

    元問題児さんの言葉を借りれば「嘘」であろうルールに対し、
    「ルールを守る」ことを最優先とする、という根拠(のみ)を元に、
    その内容や手段を問わず、正当なものとする主張があるとしたら、
    その主張は、やはりバランスを欠いているように思えるのです。

    実際問題としては、算数教育がどうこう以前に、
    「常識的なルールすら守らない」児童への指導のほうがはるかに大変なので、
    教育現場としての見地であれば、かるさんのおっしゃる「ルールを守らせる」ほうに、どうしても重点が置かれてしまうという現状は理解できるのですが…。

    ユーザーID:3716159584

  • 問題文について

    積分定数さんの疑問にお答えします。

    ■ややこしいという理由で問題を否定するのはいかがなものでしょう?
    ■普通2人でクジをひくことはございません。2人の場合はじゃんけんしてもらいます。
    この問題はあくまで5人でひくクジですので。
    引いた順にしても、公開した順にしても、手に持ったクジのあたりはずれに変わりはございません。
    「正しい解答」の基準とは?
    あらゆる可能性を数学の問題に加味されすぎますと、それこそ♪黒ヤギさんたら読まずに食べた〜♪ですヨ。

    積分定数さんの、場合分けせざるを得ない問題「サイコロを・・・・・」
    私には読解力不足で分かりません。

    ユーザーID:8839714688

  • 追試

    数学偏差値40未満さんの再挑戦に拍手を送ります。
    が!ただやみくもに並べ立てまくっても点数は差し上げられませんねえ。

    式を書いてください。式を。。。

    ユーザーID:8839714688

  • みんなわかってて書いてないだけでしょ

    A,B.C.D.Eの5人が順にくじを引く。
    Aが当たりを引く確率:2/5

    Bが当たりを引く確率は、(Aが当たりでBも当たり)+(Aが外れでBは当たり)
    2/5*1/4+3/5*2/4=2/20+6/20=8/20=2/5

    Cが当たりを引く確率は、(A当・B外・C当)+(A外・B当・C当)+(A外・B外・C当)
    2/5*3/4*1/3+3/5*2/4*1/3+3/5*2/4*2/3=2/20+2/20+4/20=8/20=2/5

    Dが当たりを引く確率は、(A当・B外・C外・D当)+(A外・B当・C外・D当)+(A外・B外・C当・D当)+(A外・B外・C外・D当)
    2/5*3/4*2/3*1/2+3/5*2/4*2/3*1/2+3/5*2/4*2/3*1/2+3/5*2/4*1/3*2/2
    =2/20+2/20+2/20+2/20
    =2/5

    Eが当たりを引く確率は、、(A当・B外・C外・D外・E当)+(A外・B当・C外・D外・E当)+(A外・B外・C当・D外+E当)+(A外・B外・C外・D当・E当)
    【字数足りないので省略】
    =2/5

    ユーザーID:9944599784

  • 籤ー無駄な一般化(笑)

    問題を一般化して
    M個の籤がありM人の人がそれぞれ(順番に)1つずつ引くものとする。当り籤がN(<=M)本あるとき、それぞれの人が当たりを引く確率を求めよ。
    とする。

    籤に1からMまで番号を振ってそのうち1からNまでは当り籤としてよい。このときM人が籤を引く引き方は全部でM!通りである。さてK番目の人がJ番の籤を引く引き方は残りのM-1個の籤に制限はないので(M-1)!通りある。1<=J<=Nであれば当りであるから、K番目の人が当りになる引き方はN*(M-1)!通りになる。従ってK番目の人が当りになる確率は、当りになる引き方の数と引き方全体の数との比なので N*(M-1)!/M!=N/M となり、これは引く順番Kによらない。

    今M=5,N=2であるから、当りを引く確率は誰も同じで2/5.

    数学偏差値40未満さんの解答を一般化してみました。「5本で2本が当りだから」を尤もらしく言ってるだけですが(笑)。チャリンさんが要求する解答ではないでしょうが、高校生でもこれくらい答えられる子はざらにいるんじゃないだろうか。(空気読んでこうは書かないだろうけど、笑)

    ユーザーID:9181712611

  • みんなわかってて書いてないだけでしょ(続き)

    組み合わせを使えばもっとスマートな解が書けるのでしょうが・・・(汗)

    でも一番スマートなのは、一人ずつ順番に計算するのを止めることかな。
    だからみんな「その先の議論(ナナメ議論?)」をしてるんではないかと。

    ユーザーID:9944599784

  • くじ引きとかけ算の順序

    確率の基本は数え上げだと思ってたのに
    バツにされて、大変ショックです。
    算数も数学も嫌いになりました。
    これは、かけ算の順序でバツにされたのと同じ気分でしょうか?

    トピ主さんのおっしゃる通り、かけ算の順序と同じ構図でした。

    チャリンさん:意図した展開なのですか?策士ですか?

    解答は、誰かが華麗に解いてくれるはずです。

    Dが当たる確率=
    3 2 1 2  3 2 2 1 3 2 2 1  2 3 2 1 2
    - - - -+- - - -+- - - -+- - - -=-
    5 4 3 2  5 4 3 2 5 4 3 2  5 4 3 2 5

    うーむ。見づらい。

    ユーザーID:1586063521

  • >チャリンさん

     チャリンさんの出した問題がどうのということではなくて、以前教えていた生徒から聞いた話で、その手の問題を「場合分けで解くように」とあらかじめ指示があったので、

    そのような高校での指導のあり方について述べたのです。

    かけ算の順序との話の流れもあるし。

     その高校で出た実際の問題は、何本の中であたりが何本かはわかりませんが、引く人数は2人か、あるいは何人かで引いて、2人目があたりの確率ということだったと思います。3人以上はややこしいので出さないと思う。

    ユーザーID:0417004159

  • >チャリンさん

    >この問題はあくまで5人でひくクジですので。
    引いた順にしても、公開した順にしても、手に持ったクジのあたりはずれに変わりはございません。


    チャリンさんの出題された「この問題」については理解しています。

    「5本のうち、当たりが2本。A,Bの順で引いて、結果はB,Aの順で公開する。それぞれが当たりを引く確率を求めよ。場合分けによる計算過程も書け」

    という問題では、どう解答すべきか、ということです。チャリンさんにではなく、高校への疑問です。


    私は、くじ引きの問題を場合分けで解くこと・解かせることを一概に否定するものではありません。結果は分かっているけど敢えて場合分けにしても同じであることを確認するのも、必要だと思います。私自身も、敢えて場合分けでする計算をすることで新しい公式を発見しました。

    ただ、確率を十分理解している生徒には、「確率は引く順序に関係ないと授業でやった」という事ではなく、問題を見た瞬間に、引く順序に関係ないとわかります。

    それを定期テストで「場合分け」の解答を強要する高校の姿勢に疑問を持ったということです。

    ユーザーID:2146447477

  • トピ主です。ある意味示唆に富んでいるので(笑)

    ●チャリンさん

    「簡単すぎますかね♪」という文面を見て、確率の式を書けという補足がひときわ光って見えたのですが、
    その直感はそう悪くもなかったようで、個人的にはそれだけで満足(笑)

    > 引いた順にしても、公開した順にしても、手に持ったクジのあたりはずれに変わりはございません。

    上の1文については誰も異論がないと思いますが、
    積分定数さんの意図は、「式を立てさせる出題があり、その式をどう立てるかで正解・不正解を厳密に問うならば、
    その前提となる出題条件(くじを引いたり公開したりするプロセス等)も十分に厳密でなければならない」ではないかと。
    引いた順なのか公開した順かで結果が変化しないのは当然ですが、式の立て方が変わってくるのでは、という指摘です。

    もし、その意図を汲んだ上で「手に持ったクジのあたりはずれに変わりはございません」という回答をされるほど柔軟な思考をお持ちなのであれば、
    その思考のもとで2×4!/5!=2/5というシンプルな式を立てた数学偏差値40未満さんの解が、なぜ「やみくも」という評価になるのでしょう?
    チャリンさんご想定の解答例ではないというのは分かりますが(笑)

    ユーザーID:3716159584

  • みなさまへ

    39歳男さま

    素晴らしいですね。100点満点です!「みんなわかってて書いてないだけでしょ」とういう洞察もスゴイ!それは心理学ですか???

    ある父さま

    籤・・・読み方に苦労してしまいました(汗)
    ある父さまは空気を読むことも苦労されないんでしょうね。感服いたしました。

    数学偏差値40未満さま

    悲観することはありませんよ。一応合格です!
    私が担任ならあなたを文化祭の実行委員に推薦します。

    (ご質問ですが理解できないのでスルーします)

    積分定数さま&DITAさま

    少し息切れして参りました。
    「やみくも」と書いた意味ですが、
    >{abcde,abced,abdce,abdec,abecd,abedc,…}
    これは式とはいえませんね。

    つづきます

    ユーザーID:8839714688

  • みなさまへ。つづき

    積分定数さんへのレスの真相ですが、
    「クジをひいた1人目が結果を教えてくれない秘密主義の性格だったらどうする」とか「多数決でクジをやめてジャンケンにすることにした」というような「だったらどうする」的な可能性まで引き出されては困ると言いたかったのです。

    ユーザーID:8839714688

  • トピ主です。やみくもに突っ込んでみる

    ●チャリンさん

    「何番目」というのが時系列を表しているもの、という解釈をして、
    その上で式を立てるのであれば、39歳男さんの答えが出題者の期待する解答であろうというのは、
    チャリンさんと私の認識が一致しているものとして…。

    > 「やみくも」と書いた意味ですが
    > >{abcde,abced,abdce,abdec,abecd,abedc,…}
    > これは式とはいえませんね。

    数学偏差値40未満さんの解答を見れば、
    2×4!/5!=2/5 というのが「式」だということが分かりますよね?
    {abcde, ...} は、その式を立てるにあたっての説明として要素を列挙したもの、
    というように私には読み取れましたが、
    そのようには読み取れない、ということでしょうか?

    立式にもいろいろなアプローチがあると思いますが、
    確率の定義にしたがって式を立て、答えを出そうとするアプローチなら、
    その式の元となる要素の列挙は「やみくも」どころか理にかなった説明だと思いますが…。

    あるいは「やみくも」の語感が違うんでしょうか。
    私としては、見通しもなく適当に、みたいなニュアンスとして捉えています。

    ユーザーID:3716159584

  • 汗・・・

    >{abcde,abced,abdce,abdec,abecd,abedc,…}

    このように並べるのは、手の指足の指を使って計算することと同じです。
    やみくもという言葉が適切でないなら、別の言葉に言い換えましょう。
    「だらだら」ではいかかでしょうか。

    ユーザーID:8839714688

  • フェルマーのまね

    くじがあって、当たりがx本、はずれがy本。x+y=zとする。 z人が順番に引いていく。当然、何番目に引こうと、当たりとはずれの確率はそれぞれ、x/z、y/z。
    これを敢えて場合分けでやることで、

    ■(k=0〜n)[xPk*yP(n-k)*nCk]=zCn

    が成り立つことがわかる。これに関する非常にエレガントが証明を思いついたが、それを書くには字数制限があるので無理である。

    ユーザーID:8503241366

  • 『数の現象学』

    掛け算の順序ですが、森毅の『数の現象学』という本にまったく同じ話題が紹介されています。
    今までこの件についてしつこくレスしてきましたが、たぶんこの本の内容が頭の片隅に残っていて、それを説明したかっただけのようです。
    少し読み直しているのですが、私のレスとかなり話が違っていました(笑)
    どこがどう違うのか説明したいところなのですが、私の文章力ではおそらく無理です。
    ということで、もしよろしければ、この本の方をご一読下さい。

    この本のあとがきに
    「ここで書かれたのは、《おとなの算数》でもあって、獲得された<数>を反省的に分析したわけで、<数>を獲得していく過程ではない。」
    と書かれています。
    やはり、この点は重要だと思います。つまり、自分が「<数>を獲得してきた過程」を正確に思い出すことは、ほぼ不可能だと思います。
    もちろん、「獲得された<数>を反省的に分析」するのは意義のあることですが、それを「算数教育」の話題に投影させることは、私個人は今後慎みたいと思います。

    ユーザーID:7063437247

  • クジ引きの問題は楽しいですよね

    話はガラッと変わって、私もクジ引きの問題を出してみます。

    【問題1】
    2本の当たりが入っている5本のクジがあります。
    このクジをA,B,C,D,Eの順で1本ずつ引きました。
    Dが引いたクジは当たりでした。
    このときAが当たりクジを引いた確率を求めて下さい。

    【問題2】
    1から5までの数字が書かれたクジがそれぞれ1本ずつ入っています。
    このクジをA,B,C,D,Eの順で1本ずつ引きました。
    このとき、A,B,Cの3人が引いた3本のクジのうち、もっとも大きい数字の期待値を求めて下さい。

    【問題1】は、私が初めてこの問題に出会ったとき(ウン十年前)考え込んでしまった記憶があるので、出してみました。念のため強調しておくと、最初にクジを引いたのはAです。つまり、Aが引く段階で、クジは5本ありました。

    【問題2】は、一般解(n本からr本引いたときの最大値の期待値)もシンプルな形になります。

    2問とも超有名問題ですが、高校までの確率はほぼこの2問に尽きると思っています。(あとは計算が面倒になるだけ)

    ユーザーID:7063437247

  • トピ主です。やみくもその2

    元々は、チャリンさんと私が同じ解答を見たのに、
    なぜ評価がこれほどまでに違うんだろうと思ったのが発端で、
    とりあえず「やみくも」という表現に絞って質問しました。
    採点者がどのように見てそういう評価になったのか、という点です。

    ですので、言い換えればどうかという話だと、私が伺いたいことと変わってきます(笑)。

    後々の説明を伺っても、2×4!/5!という数式には全く言及なしで
    標本空間の説明のみを指して不正解としたようですが、
    これは上の数式ないしは解法自体が誤りであると判断されたのでしょうか。
    それとも解答にあたり、要素を列挙したのが誤りなのでしょうか?

    後者ならば、

    > クジが引かれる標本空間は
    > {abcde,abced,abdce,abdec,abecd,abedc,…}
    > で元は5!個。

    仮に「元は120個」という合計数だけなら、1つ1つ指折り数えた感は否めないものの、
    「元は5!個」は、5P5として計算したと読めそうですが…。
    上の3行を「クジが引かれる標本空間は、5P5=5!個の元を持つ」と1行で書けば、
    やみくも・だらだらにならないとか、そういう話なのかな…?

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。ボケてみます。

    39歳男さんが正解されたので、遠慮なくヨコ滑り(笑)。

    A,B,C,D,Eが当たりを引く確率をそれぞれPa,Pb,Pc,Pd,Peとする

    Pa=2/5

    PbはPaを適用し、
    Pb=(1/4)Pa+(2/4)(1-Pa) = 2/5

    以下同様に順に適用し、
    Pc=(1/3){Pa(1-Pb) + (1-Pa)Pb} + (2/3)(1-Pa)(1-Pb) = 2/5

    Pd=(1/2){Pa(1-Pb)(1-Pc) + (1-Pa)Pb(1-Pc) + (1-Pa)(1-Pb)Pc} + (1-Pa)(1-Pb)(1-Pc) = 54/125

    Pe=Pa(1-Pb)(1-Pc)(1-Pd) + (1-Pa)Pb(1-Pc)(1-Pd) + (1-Pa)(1-Pb)Pc(1-Pd) + (1-Pa)(1-Pb)(1-Pc)Pd = 5292/15625

    ここで、
    2/5=0.4
    54/125=0.432
    5292/15625=0.338688
    なので、Dが一番当たりを引きやすい。

    …こういう解答(事前・事後の混同)をしてきた生徒に対して、良い指導法ってありますでしょうか?

    ユーザーID:3716159584

  • 確率の問題:順番の問題ではない。

    この問題の場合、標本空間の構成はくじを引く順序や公開する順序とは
    無関係に行えますが、要点はむしろ周辺分布(各人の結果)に強い仮定を
    置かずに確率を計算することですよね。。

    結局のところ、「当たる確率はみんな同じだから全て2/5」という答えを
    文句なく減点するには、「条件付確率を用いて解きなさい」等と書くしか
    ないと思います。

    ユーザーID:6402484983

  • 訂正

    ■(k=0〜n)[xPk*yP(n-k)*nCk]=zCn

    シグマがつぶれちゃうんだね。右辺はCでなくP

    シグマ(k=0〜n)[xPk*yP(n-k)*nCk]=zPn

    ユーザーID:8503241366

  • やみくもに対する回答

    >数学偏差値40未満さんの解が、なぜ「やみくも」という評価になるのでしょう?
    >あるいは「やみくも」の語感が違うんでしょうか。
    私としては、見通しもなく適当に、みたいなニュアンスとして捉えています。

    私はDITAさんの質問に忠実にお答えいたしました。
    DITAさんが私の使った『やみくも』を非常に気に入っておられること、私といたしましても(使ってよかった)感が否めません。

    >2×4!/5!=2/5 というのが「式」だということが分かりますよね?
    {abcde, ...} は、その式を立てるにあたっての説明として要素を列挙したもの、というように私には読み取れましたが、
    そのようには読み取れない、ということでしょうか?

    2×4!/5!=2/5 →「式」には見えますね。
    読み取れないということでしょうか?→読み取ろうと思えば読み取れるが
    、算数の出題者は回答者の心理まで読み取る必要があるのでしょうか?
    私はあくまで解答を求めたのであります。そして私の求めた解答が提示されることを期待したのであります。

    ユーザーID:8839714688

  • トピ主です。チャリンさんへ

    「やみくも」を私が気に入ったかどうかはともかく、
    端的な(意図を伺うに値する)表現と感じたことは確かですね。

    > 算数の出題者は回答者の心理まで読み取る必要があるのでしょうか?

    解答は、解答者が記述したいと思った内容を反映したものですので、
    「心理」の解釈によっては、記述を読むということは解答者の心理を間接的に読むことに他なりません。

    ただ、チャリンさんの「心理まで」という表現から想像するに、
    記述にないものまで読み取る必要があるのか、という点かと思いますが、これは必要ないと考えます。
    あくまでも記述を読むだけで十分でしょう。

    なぜ「回答者の心理」に言及されたのか分かりませんが、
    もし例の解答の解釈に対し「心理レベルまで掘り下げないと『立式の説明として要素を列挙したこと』を読み取れないだろう」という意図でしたら、
    それはすなわち、私とチャリンさんとの評価の食い違いは、
    記述から読み取ったか読み取らなかったかの違いということで一応納得です。

    逆に、私が必要以上に解釈し過ぎているという考えもあるのかな?
    特に心理を読んだ覚えはないのですが、ここは客観的な意見も欲しいところです。

    ユーザーID:3716159584

  • 過ぎたるのはだれ?

    まず、誤解しないでいただきたいのですが、私は数学偏差値40未満さんの回答を、心理的に読み取るべき次元のものだとは思っていません。私のような研究畑の人間にも分かりやすい記述でした。

    私が「心理まで」と書いた理由は、DITAさんが「私には読み取れましたが、そのようには読み取れない、ということでしょうか?」と問われたので、『読み取る=心理を洞察する』と解釈いたしましたまででございます。
    =では結べない、とDITAさんがおっしゃる文章が目に浮かんできましたので、=じゃなくて、■にいたしましょう。

    これは私が必要以上に空想し過ぎているのでしょうか?



    ugougoさんの問題1ですが、『このときAが当たりクジを引いた確率を求めて下さい』とありますが、当たりを引いたのはDなので、Aが当たりクジを引いた、という表現には疑問がわきます。『もしAが当たりクジを引いたとしたら』という意味なのでしょうか?

    ユーザーID:8839714688

  • 【問題1】の補足

    チャリンさん、コメントありがとうございます。

    【問題1】ですが、A,B,C,D,Eの順で1本ずつクジを引いて、Dだけが開示した状況だとお考え下さい。
    そのDが開示したクジは当たりでした。

    さて、このとき、
    ・Dが2本の当たりのうち1本を引いたことが分かっているので、Aは残りの当たり1本を含む4本のクジから1本引いたのと等価である。したがって、Aが引いたクジが当たりである確率は1/4。
    ・Aが最初にクジを引いたのだから、後で引いたDの結果が分かってもAの結果には影響を与えない。したがって、Aが引いたクジが当たりである確率は2/5。
    どちらと考えるのが正しいでしょうか?


    疑問がわいたという理由がいまいち理解できていないのですが、以上の補足(というか、2択問題に変わってしまいましたが)で疑問は解消されましたでしょうか?

    ユーザーID:7063437247

  • トピ主です。チャリンさんへ(1)

    すみません。500文字超えてしまいました(汗)。

    > 『読み取る=心理を洞察する』と解釈いたしましたまででございます。

    ここは、実際「読む」か「読み取る」にするかで、少し迷ったところです。
    他には「解釈する」などの表現もあるのですが。

    今回「なぜやみくもという評価なのか」という質問をしましたので、
    解答文面の解釈について、「読める・読めない」という表現より、
    評価する側の主観性・能動性を考慮した「読み取る・読み取れない」をいったん選びました。

    仮に「そうは読めなかったのでしょうか?」と問うと、
    客観的に読めて当たり前というニュアンスを持つおそれがあり、これは本意ではありません。
    私はそう解釈したが、チャリンさんはどうかという相対的な質問にしたかったのです。
    あまり細かく書くと、これまた言葉の技巧的な話に逸れて行きそうなので、このへんで。

    『読み取る=心理を洞察する』について、近い語義も確かにありますが、
    両者の関係(イコールかニアリーイコールか)は文脈依存と思います。

    いずれにしても「回答者の心理」という言葉がなぜ出てきたかという理由は分かりました。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。チャリンさんへ(2)

    さてさて、レスいただいてまた疑問が出てきてしまいました…。

    例の解答に対し、「分かりやすい記述」という評価をされていましたが、
    ・「ただやみくもに並べ立てまくった」という評価
    ・解答文面に「式に見えるもの」と「式に見えないもの」があり、「式に見えないもの」を挙げた上で「式ではない」とコメントされたこと
    ・立式にあたっての説明を「読み取ろうと思えば読み取れる」と書かれたこと
    これらとどうも結びつかないのです。

    チャリンさんが「分かりやすい記述」と思われたのなら、
    なぜ、数式でないものをわざわざ指して「これは式とはいえません」と書かれたのでしょうか?

    また、これは類似の再質問ですみません。
    「読み取ろうと思えば読み取れる」の「読み取る」は、心理を洞察すると解釈されたそうですが、
    心理的に読み取るべき次元でないというスタンスに立つと「これは立式にあたっての説明ではない」という意味でしょうか?
    もしそうなら、式でもなく、立式の説明でもなく、何であると解釈されたのでしょうか?

    分かりやすい記述だとは私も思いましたが、
    その解釈はチャリンさんと私でだいぶ違いそうなんですよね…。

    ユーザーID:3716159584

  • 【問題1】の答え

    ugougoさん、お答えありがとうございます。大変よく分かりました。

    >このときAが当たりクジを引いた確率を求めて下さい。
    この場合、Aは実際に当たりクジを引いた、という意味に受け取れます

    >Aが引いたクジが当たりである確率は1/4。
    この場合、Aが引いたのは当たりかどうかは分かりません。

    ですから疑問になったわけです。
    ugougoさんの説明を読んだ今、その疑問が解消されました。
    「Aが引いたクジ」ということで納得しました。

    問題1ですが、私は2/5だと考えます。
    もし仮に、Dが先にクジを引いて開示した後で、Aがクジを引いた場合の確率は1/4になると考えます。

    ユーザーID:8839714688

  • 疑問が疑問を呼ぶ

    DITAさん

    まず、文字化けを正確に読み取っていただいてありがとうございます。
    ニアリーイコールが■になって反映されたので、追加レスしようかと思っていたところでした。

    DITAさんの疑問がどこから来るものなのか・・私はそちらの方が疑問です。

    「分かりやすい記述」であっても算数の答えにならないことはあるのです。
    そこが国語などと違うところです。私の「分かりやすい記述」という評価を過大解釈された所に、そもそもの疑問が芽生え始めたキッカケがあるような気がします。

    >なぜ、数式でないものをわざわざ指して「これは式とはいえません」と書かれたのでしょうか?

    数式を指して「これは式とはいえません」と書いていたらおかしいですが、数式でないものを式ではないと書いて、何が問題なのでしょうか?

    >心理的に読み取るべき次元でないというスタンスに立つと「これは立式にあたっての説明ではない」という意味でしょうか?

    いえ、そうではありません。説明だと解釈いたしておりました。
    しかし、私が考えるテストの答えではなかった!その一言に尽きます。

    ユーザーID:8839714688

  • 【問題1】(改訂版)

    チャリンさん、ご解答ありがとうございます。
    ずっとどなたからも解答をいただけず寂しかったのですが、もしかすると題意が伝わっていなかったのかも知れないという気がしてきました。
    【問題1】はチャリンさんの問題の設定を無理やり再利用したので、分かりにくくなったかも知れません。少し設定を変えてみます。

    【問題1】(改訂版)
    ジョーカーを除いた52枚のトランプをよく切って裏返しに置きます。
    この中からカードを1枚引き抜き、裏返しのままとっておきます。
    引き続き、残りの51枚の中からさらに1枚カードを引き抜き、表を確認すると、スペードの6でした。
    このとき、最初に引き抜いたカードがスペードである確率を求めて下さい。

    皆さまのご解答を絶賛受付中です。

    (チャリンさん、元の【問題1】の正解発表はもうしばらくお待ち下さい。それを書くと今回の改訂版の答えを書いたのも同然になってしまいますので。)

    ユーザーID:7063437247

  • トピ主です。レス増殖中…(1)

    短くまとめられず…(笑)。

    ●チャリンさん

    数学記号は文字化けが多くて厄介ですねー。

    さっそく本題ですが、
    レスが進むにつれて、だんだん「なぜ不正解なのか」への反論に変わってきているような印象を受けます。

    〉「分かりやすい記述」であっても算数の答えにならないことはあるのです。

    〉しかし、私が考えるテストの答えではなかった!その一言に尽きます。

    この直近の2つは、まさにそんな印象です。

    念のためですが、私は、数学偏差値40未満さんの解が正解かどうかは問題にしていません。
    私からは、その解が正解であれ不正解であれ「やみくも」と評されたことについて、
    どこをどのように解釈してそういった評価になったかを尋ねています。

    最初の頃は、その質問意図に即し、「やみくも」の根拠となろう箇所を指摘されたので、
    それに追随し、その部分を私がどう解釈したかをレスしました。

    その上で、仮にチャリンさんが「前半と後半の論理がこの点で結びつかない」なり
    「この解答の前半部分は論理上無意味」のような指摘をされ、私も同様に感じられれば、
    「あ〜確かにやみくもかも知れませんね」となっていたと思います。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。レス増殖中…(2)

    しかしながら、ここいくつかのレスでは、具体的な指摘をやめたのか分かりませんが、
    「私が考えるテストの答えではなかった!」と、論点をずらしてきているように思います。
    その主張であれば、当初の質問(8月5日 10:32の最終行)でも、同様のことをあらかじめ書いています。
    正解か不正解かを問えばそのあたりに落ち着くであろうことは織り込み済です。

    もしも、上のチャリンさんの主張が、
    私の当初の「やみくも」の質問に対する理由であり、その一言に尽きるとしたら、
    他人が寄せた解答に対し、「私が考えるテストの答えではなかった!」という一言に尽きることを根拠に、
    その論理が正しいかどうかや、その中のある記述が解答にあたって論理上適切かどうかを勘案もせず、
    説明の一部をあげつらって、やみくもだとかだらだらだとか評しちゃうんでしょうか…?


    あとは細かいですが、チャリンさんの具体的な根拠の1つであろう
    「要素の列挙の部分」に関わりそうなところを別途レスします。
    (論理を勘案していると想定した場合の疑問の1つですので)

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。レス増殖中…(3)

    〉数式でないものを式ではないと書いて、何が問題なのでしょうか?

    これは私の箇条書き部分を受け継いでいます。
    不思議なのは、その後に続く本来の「数式」への言及がないことです。

    たとえば39歳男さんの解答で、
    「A,B.C.D.Eの5人が順にくじを引く。」←これは式ではないですね。
    と言ってダメ出ししちゃうくらい不自然に思えるのです。

    「式を書いてください。式を。。。」と、
    あたかもその後に続く数式が見えていないかのような書き方もされていましたが、
    数式はちゃんと書いてあるのですから、書いてある数式に対して言及・評価すれば良いのでは?ということです。

    「過大解釈」ですが、恐らく私の拡大解釈ではないと思います。
    「分かりやすい記述」という表現は、解答の正誤と無関係な、チャリンさんの感想であろうことは承知しています。
    そして、新たな疑問としての「結びつかない」点も全てチャリンさんの表現やコメントに特化しています。
    たとえば、チャリンさんの主観を前提として、
    「分かりやすい記述と感じたのなら、なぜ数式に気づいていないかのような表現をしたんだろう?」
    といった感じの疑問と捉えてください。

    ユーザーID:3716159584

  • 暑さのせいですね 1

    脳みそがゆだりそうです(汗汗)

    さて、本題とやらにうつります。

    ご質問の内容を吟味したところ、DITAさんが何かに引っかかっていらっしゃる、ということらしい。
    その理由は私の書く単語についてなのか(やみくも・だらだら等)、DITAさんの質問への答え方が不十分だからなのか?
    やみくもやだらだらの使い方に関しては、個人の言語に対する認識の違いによるものと考えます。言葉は生き物なので時代とともに変化もします。

    >たとえば、チャリンさんの主観を前提として、
    「分かりやすい記述と感じたのなら、なぜ数式に気づいていないかのような表現をしたんだろう?」

    言い換えれば、「分かりやすい記述と感じたら、数式に気づいている表現をするはずだ」ということですね。
    DITAさんならそうするはずだから、私もそうするはずだとは限らないのです。私の場合は、分かりやすい記述だと感じるか感じないかと、気づいている表現をするかしないかは必ずしも=では結ばれません。
    思想の自由があるはずです。

    つづきます

    ユーザーID:8839714688

  • トピ主です。【問題1】(改訂版)に挑戦!

    ●ugougoさん

    出題ありがとうございます。
    条件付き確率は、いつもすんなりできず、一度考えが止まってしまいます(笑)。
    ということで私も参加します!

    答えですが、スペードが1枚見えたのですから、12/51ですね。

    ちなみにスートを問う出題にしたのは、

    「いや、スペードの6を見る前に引いていたカードだから、1/13のままでしょ?」

    という反論に対し、

    「じゃあ、状況はそのままで、最後の出題文だけが『最初に引き抜いたカードがスペードの6である確率を求めよ』だったとしたら?」

    という流れで説明するため、と推測しましたが、いかがでしょう?
    ちなみに、スペードの6にした理由までは分かりません(笑)。

    なお、改定前の【問題1】は、{A**D*}/{***D*} の組み合わせの比で1/4になりましたが、
    仮に当たりが1枚(確率1/5)の場合を想定すれば、
    Dの当たりが判明した時点で他の人は全員ハズレになっていないとおかしいですから、
    Dの当たり分を反映して確率を計算しないといけない、ということですね。


    【追伸】チャリンさん、続きレスの前にこの投稿が入ってしまったらすみません!

    ユーザーID:3716159584

  • ??

    >ugougoさま
    確率1/4ですか?
    幼い頃、読んだお話にありました。
    3つのコップの中に、一つだけ玉を入れておいて、賭け事をする問題。
    カモ(客)がコップを一つ選んだ後にインチキ胴元が、
    玉が入っていないコップを一つあけてみせるのです。
    「これで平等だろ?」ってね(笑)
    カモは「おっかしいなあ・・・どうしてオレは負けるんだろう???」と
    頭を抱える問題。

    >数学偏差値さま
    5!という公式を習う時の教科書の説明を思い出してみると
    樹形図でしたよね?
    挙げられていらした例は、後ろの方から動かしてありましたので、
    そういった意味では教科書の説明には忠実ではなかったとは思います。
    が、数え上げが発達してPやCの公式になっていったであろう事から判断しても
    グーな答案だと私は思いました。

    ユーザーID:5099725830

  • ?? N02

    >チャリンさま
    樹形図(数え上げ)でないとすっきり解けない問題は、どうされます?
    「式がねーよ(怒)」って怒っても、実は(そんなにすっきり)式にはならねーよ、って問題。
    ぱっと思いつく所で問題を述べてみますと
    「1、2、3の3人について、それぞれA席、B席、C席の順に
    座るように決められている。
    このとき、3人全員が間違った席に座る方法は何通りあるか」

    これは一応公式もあます。「そいつに代入すればいいじゃん」と解くのは
    確かにアリだけど、ちょっとねえ、証明するのには別の知識が必要なので
    お手軽には公式を使いにくい、と。

    ユーザーID:5099725830

  • 暑さのせいですね 4÷2

    つづきです

    問題の出題者が一つの解答を持っているとき、回答者にその一つの解答にたどり着いて欲しい、という思いで発した「式を書いてください」
    その一言に出題者の願いがこめられています。

    出題者は×ではなく○をあげたいのです。
    私が「(私が用意した)式を書いてください」にはそのような背景があります。
    私は数学偏差値40未満さんの説明の一部を”あげつらった”つもりは毛頭ございませんでした。
    もしそのように感じさせてしまったのなら、大変申し訳ないことをしました。それもこれも、私の「どうにか正解してほしい」気持ちのなせる言葉だと理解していただきたい。

    私のニアリーイコールを読み取ってくださったDITAさんならお分かりではないでしょうか。

    ユーザーID:8839714688

  • 【問題1】改定版に遅れて挑戦

    A、Bをそれぞれ
     A:1枚目がスペード
     B:2枚目がスペード6
    の事象とすると
     P(A)*P(B|A)=1/4*12/(51*13)
     P(-A)*P(B|-A)=3/4*39/(51*39)
    ベイズの定理より
    P(A|B)=P(A)*P(B|A)/{P(A)*P(B|A)+P(-A)*P(B|-A)}
    =12/51=4/17

    ベイズの定理には、日頃、お世話になっていますが
    (スパムフィルタ等)
    よい機会なので、仕事にも使いたいものです。
    この問題に使うのは、どうだかなという感じですが。

    ユーザーID:7228677427

  • 3をかけたら?

    小学生の時に悩んだ問題です。

    1/3 = 0.33333333・・・

    ですよね。

    両辺に3かけると、

    左辺は (1/3)*3 = 1
    右辺は 0.333・・・*3 = 0.999・・・・

    で「1」ではありません。
    何で?
    高校生になって等比級数の和を習って、上の右辺が「1」に等しいと納得できましたが、
    小学生にも分かる説明ってありますかね?

    ユーザーID:7314325777

  • 【問題1】(改訂版)の出題意図

    DITAさん、解答とコメントありがとうございます。

    【問題1】ですが、実はこの問題には元ネタがあります。私がウン十年前に解いた問題集に出ていました。
    改定前の【問題1】はチャリンさんの問題の設定を借用していましたが、先のレスに書いたとおり分かりにくいかも知れないと思い、元ネタの設定に戻しました。
    これで分かりにくければ、それは元ネタが悪いということで、、、
    この問題はある大学の入試問題ですが、その問題集の解説によれば、某社の入試問題解答集が13/52を答えとしていたそうです。そんなこともあるのかと思ったのをよく覚えています。

    ところで、DITAさんが考えて下さった反論は素晴らしい。
    私が考えていた反論は、3行目を
    「引き続き、残りの51枚の中からさらに13枚カードを引き抜き、表を確認すると、13枚全部スペードでした。」
    に変えてみたら? という流れでした。
    「6」を選んだ理由は特にありません。適当です。

    ユーザーID:7063437247

  • 【問題1】(改定前)の出題意図(1/2)

    【問題1】(改定前)の答えは1/4です。

    DITAさんがほとんど説明して下さいましたが、念のため補足すると、
    Dが引いたクジが当たりである確率Pr(D)=2×5P4/5P5=2/5
    DとAが引いたクジが共に当たりである確率Pr(D■A)=2P2×3P3/5P5=1/10
    題意の確率は、「Dが引いたクジが当たりである条件下でのAが引いたクジが当たりである条件付確率」なので、
    Pr(A|D)=Pr(D■A)/Pr(D)=1/4
    です。

    ここで、39歳男さんの解答のBのところを見てみます。

    > Bが当たりを引く確率は、(Aが当たりでBも当たり)+(Aが外れでBは当たり)
    > 2/5*1/4+3/5*2/4=2/20+6/20=8/20=2/5

    この中の「Bも当たり」にご注目下さい。
    39歳男さんは字数の制限から簡単に「Bも当たり」で済ませていますが、正確には「Aが引いたクジが当たりである条件下でのBが引いたクジが当たりである条件付確率」のことです。
    この値は1/4で、【問題1】(改定前)の答えともちろん同じです。
    これが、「クジ引きは引いた順番によらない」という言葉の真の意味です。

    ユーザーID:7063437247

  • トピ主です。残暑見舞い申し上げます(1)

    12/51 は約分できるのか…がっくし。
    (しかも別の箇所では1/13とか間違えているし)
    「してやられた感」たっぷり。

    ●チャリンさん

    毎度、暑苦しいレスですみません(汗)。
    ここは一発、凍てつくギャグを…と思いましたがやめます。

    チャリンさんの「暑さ1」のレスに対し、どうも語弊があるなーと、ねちっこく書いていたら719文字オーバーになり、
    どうしたものかと思っていましたが、次のレスを拝見してお蔵入りになりました。

    総括すると「感想や評価は人それぞれ論」みたいなところが着地点だろうとは思っていましたが、
    「ただやみくもに並べ立てまくっても」という、誰が見てもネガティブといっても過言ではないような表現を用いるからには、
    それを納得させられるだけに足る、相応に読解した結果を根拠にすべきであろうと私は考えていて、
    もしも、それを「言葉の認識は人それぞれでしょ?」という理由だけで突っぱねるとしたら、
    ちょっと問題があるのでは?(それこそ、やみくもな批判ではないか?)と感じていました。
    まあ、読解さえしていれば何でもOKという訳ではないですが…。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。残暑見舞い申し上げます(2)

    …ですので、人それぞれ論を避けつつ、私が例の解答を読解できていないことも想定し、
    「どのように読解してその表現を選んだのか」と、具体性を持つ質問にしました。
    「私が『やみくも』を気に入っているようだ」と感じられたのもそのせいでしょうね。

    さて、チャリンさんが寄せた出題ですが、
    正統派の解答の他、別の解き方もあるんだねーとか、
    どういう出題条件だったら誰が解釈しても別解を×にできるのかなとか、
    そういうのも面白いかなと思っています。
    (それはチャリンさんの正解が出てからの話だ、という考えもありますが)

    たとえ話ですが、例の出題で、もし5人全員がほぼ一斉にオープンしたとしたら、
    Dは、Aの結果を知る前に自分の結果を知ることになり、
    A〜Cの結果に応じた場合分けは自然なのかどうかという考えもあるかも知れません。
    (これは博士さんの指摘に似ている気がします)

    チャリンさんが用意された答えではないのは承知していますし、
    用意された解答に導きたいという願いも分かるのですが、
    その一方で、1つの解に導こうとするあまり、別解に対してあまり排他的になっていただきたくないなーという願いもあります。

    ユーザーID:3716159584

  • 小学生にかぁ

    1/3 = 0.333…(3が無限に続く)
    右辺に3を掛けると 0.999…(9が無限に続く)
    1との差は0.000…

    最後に1が、、、ありません。
    ※ゼロが「無限」に続くのですから、「最後」が無い。

    即ち差は0。
    よって等しい。

    ユーザーID:2293259910

  • トピ主です。残暑見舞い申し上げます(3)

    ●qqさん

    私は、ugougoさんの出題から、モンティ・ホール問題を思い浮かびましたが、
    それに近いでしょうか?

    あと、樹形図ですが、枝葉の末端(すべて展開した結果)を上から順に拾っていくと、
    後ろの方から動いているように見えそうですので、見方にもよるのかも知れません。

    ●加減乗除さん

    0.333333...=1/3

    本来は、これを3倍すること自体が、

    0.999999...=1

    であり、0.999999... は1に等しい、という証明になっているはずですが、
    「0.999999...」を、「1より小さいが、1に限りなく近い値」という解釈ありきで考えると、
    等式が等式たり得なくなってしまいますね。

    その「解釈ありき」の部分をどう崩すかというところかなと思います。

    ●ugougoさん

    私の誤記のお目こぼし、ありがとうございます〜。
    (後ほど間接的に指摘されるとは思いますが…)
    これは残暑のせいということに。

    レスを読んで、思わず恩を仇で返しそうになってしまいましたが、やめます(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • 皆さん、レスをありがとうございます

    昨日、(1/2)の後に(2/2)というのも投稿したのですが、なぜか掲載拒否されてしまい、少々へこみました。
    しかし、皆さんにレスをいただいたので、差し引きプラスです。

    qqさんのインチキ賭け事の問題とDITAさんのモンティ・ホール問題は、たぶんまったく同じですよね。

    n個のうちr個が当たりだとして、まず1個目を無作為に引いた後、
    (a) 2個目を無作為に引いたところ、それが外れだった場合、
     1個目も3個目以降も、当たりの確率はr/(n-1)
    (b) どれが当たりでどれが外れか知っている人が、2個目にわざわざ外れを引いた場合、
     1個目が当たりの確率はr/n、3個目以降が当たりの確率はr(n-1)/n(n-2)
    ということで合っていますか?
    (どちらの場合も、3個目以降は無作為に引いたとします。)
    うーん、奥が深いですねえ。

    あと、約分はしなくても構いません。

    ユーザーID:7063437247

  • 反省をいくつか

    また、数学偏差値40未満さんの解答を読んで、「6」が余計だったと改めて後悔しました。
    「数字は分からないけどとにかくスペードだった」という設定にすればよかったです。この設定でも答えは同じです。
    適当な数字を入れたほうが問題文を短くできるので「6」にしてしまっただけです。すみません。

    私自身は、ごく簡単に、
     A:1枚目がスペード(数字は問わない)
     B:2枚目がスペード(〃)
     Pr(B)=13×51P1/52P2
     Pr(A■B)=13P2/52P2
     Pr(A|B)=Pr(A■B)/Pr(B)=12/51
    と考えていました。

    なお、昨日の(1/2)で文字化けしているのは「■」です。(今回も化けてたらどうしよう。)
    また、Pr(D)は、=2×4P4/5P5=2/5です。
    (1/2)は(2/2)の前フリなので、訂正したところであまり意味はないのですが。

    ユーザーID:7063437247

  • 算数クイズ

    1.ある数字を思い浮かべて〜〜。
    思い浮かべた?

    2.じゃ、その数字を10倍しよ〜〜。
    10倍した?

    3.じゃ、10倍した数字から、最初に思い浮かべた数字を引いてみよ〜〜。
    ちゃんと引き算できた?

    4.最後に〜、引き算した答えを9で割ってみよ〜〜。
    割り算できた?

    割り算の答えが最初に思い浮かべた数字と一緒になったでしょ?
    ……え?ならない??

    フフフ。
    これは、最初に思い浮かべた数字と、最後の割り算の答えが「同じ」って意味のクイズなんだよ〜。

    最後はごり押しで。
    手順2.や3.で小学生に…無限に続く数字の処理ができるのかってあたりで使えないかもしれない。

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。文字化けについて

    小町サイトの文字コード体系はSJISなので、
    8141〜81FCまでの機種依存しない記号なら大丈夫なのかと思いきや、そうでもないのですね。
    試しにいくつか列挙してみます。つぶれていたら使えない文字です。

    ≠ Not Equal To
    ≦ Less-Than Over Equal To
    ∞ Infinity
    ∴ Therefore
    ∈ Element Of
    ⊂ Subset Of
    ■ Union
    ■ Intersection
    ∧ Logical And
    ∨ Logical Or
    ∀ For All
    ∃ There Exists
    ■ Angle
    ■ Identical to
    ■ Approximately Equal To Or The Image Of
    ≪ Much Less-Than
    ■ Square Root
    ∝ Proportional To
    ■ Because
    ■ Integral

    さすがにギリシャ文字は大丈夫と思いますが。

    Λ Lambda
    ■ Sigma
    π Pi

    確認して送信すると文字化けになるって、プレビュー機能の役目を果たしていない気が…(汗)。

    ユーザーID:3716159584

  • さらに反省

    DITAさん、お手間をおかけしました。
    私が書きたかったのは0x81BFです。
    0x879Bがこれと同じ記号らしく、8月18日 1:36で化けたのは多分こちらだったのだろうと思い、8月19日 1:44ではコードを直打ちしてみたのですが、やっぱり化けてしまったという次第です。
    以上、反省というより言い訳です。

    ところで、ここ最近あらためて感じるのは、算数(数学)の問題を作るのは難しいということです。
    ・題意が明確で、
    ・解くのに不必要な情報がなく、
    ・解かせたい解法がその問題を解くのに最も効率的な解法であり、
    ・教育的効果の高い
    問題を作るのは至難の業だろうと思います。

    授業に「問題作成」を取り入れてみるというのはどうでしょうね?
    隣の子と交換して、解いてみた感想を言い合ってみると面白いと思います。

    ちなみに、前に出題した【問題2】の一般解の導出は上の4つをかなり満たしていますが(これも実は元ネタがあります)、シグマが文字化けするので解答を紹介するのが難しいというオチがつきます(笑)

    ユーザーID:7063437247

  • トピ主です。文字化け、分かったような…。

    ●ugougoさん

    文字化けはずっと気になっていたので、何かの機会にまとめて知る機会があればと思っていました。

    私もシグマをタイプした際、数学記号ではなくギリシャ文字のほうを選んだのに文字化けしていて不思議に思っていましたが、
    ugougoさんのレスをヒントにし、法則がつかめた気がします。
    どうも1つの文字(の形)に対し、複数のSJISコードが割り当てられているものが文字化けを引き起こすようです。

    数学記号で言うと8790〜879Cまでの、

    ◎ニアリーイコール
    ◎合同記号
    ◎積分記号
    ・閉路積分記号
    ◎シグマ
    ◎ルート
    ◎垂直記号
    ◎角度記号
    ・直角記号
    ・直角三角形記号
    ◎理由・根拠(なぜならば)
    ◎積集合
    ◎和集合

    の13文字が対象で、そのうち◎印をつけた10文字が文字化けする機種非依存文字と思われます。
    (残り3文字は機種依存文字のみに存在)

    推測ですが、システムはJavaで、内部的にはUnicodeで管理しており、
    表示時に再度SJISに戻す際、複数のSJISコードを持つものについては、
    機種依存側のコードに変換されてしまい、そこでフィルタがかかるのではないかと…。

    ユーザーID:3716159584

  • 柔軟体操

    頭も体もコチコチに凝り固まっていました、いやはや(汗)

    一昨日から柔軟体操を始めましたら、筋肉痛で普通に動けず挙動不審になっています。
    頭の体操は何から始めたらよいものか・・・かるさんの算数クイズでかなり初期化されたんじゃないかなーと思います。
    でも不思議。何度やっても同じ数字になるんですねー。

    ユーザーID:3809464351

  • あの算数クイズは

    あの算数クイズは、
    1/3x 3 =1

    0.9999…=1
    の説明に使えるかな〜と考えたもので、
    なので「ごり押し」って話が出てくるので。

    初めに思い浮かべる数字が0.999999…という「無限に9が続く」数字の場合
    それを10倍したりできるか…
    9.99999…ー0.99999…の答えが「9」にたどり着くかどうか…

    そこんところが対小学生用汎用兵器としてはイマイチかもしれずんば…?

    ユーザーID:2469691962

  • 古い話ですが、時計の問題の件

    [設問2]
    ある時計が6時の鐘を鳴らすのに5秒かかります。では12時の鐘を鳴らすのに何秒かかる?

    この答えは、10秒以上11秒未満が正解ですね。
    なぜなら時計は、 ボーン スペース ボーン スペース ...と鳴ります。 ここでx=ボーン、y=スペース とすると
      6時: 6x + 5y = 5秒
     12時:12x +11y = z秒  です。
    これからzを求めると z=y + 10 となります。
    ここで x>0 ですから yの範囲は 0<=y<1 です。
    結果として zは 10=z<11 となります。

    階段を上るケースと勘違いしてはいけません!

    ユーザーID:0847065825

  • なつかしい問題

    話題にとけ込めていない中で、なつかしい問題を出します。

    問題: 3を3個使って、0から10の数字を作りなさい。 数学で使うあらゆる算術(この表現で正しいか不明ですが、+−*/,log、べき乗、ルートなど)を使用可。 また33などの表記も可。
    例題: 4の例を示します。 4=3+(3/3)

    ユーザーID:0847065825

  • 素人的な 負x負=正 の考え

    話題としては昔に終わってますが、こんな考えが浮かんだのでレスします。

    前提はある部分を基準として、ある動作を正、反対の動作を負とします。
    ここでは、行く=正 行かない=負、また、本当=正、本当ではない(うそ)=負 とします。

    1 行く   x 本当 = 行く   で 正 x 正 =正
    2 行く   x うそ = 行かない で 正 x 負 =負
    3 行かない x 本当 = 行かない で 負 x 正 =負
    4 行かない x うそ = 行く   で 負 x 負 =正

    これを算数にもあてはめるとすると、4の結果から 負x負=正 が導かれますが、この方法で小学生に理解させるのはやはり無理ですかね。

    ユーザーID:0847065825

  • トピ主です。お久しぶりです(1)

    ●かるさん

    なるほどー。私は「ある数字」として適当な自然数を想定してしまったので、チャリンさんと同じように思っていました。

    x = 0.999... として、
    (10x - x) で小数点以下を消去する方法を、小学生向けに説明したものですね。

    ●j11lさん

    「鳴らす」を、「鳴り始めてから鳴り終わるまで」と解釈するなら、
    おっしゃる通り、その時間 x については、x > 0 ですね。

    ただし、

    > なぜなら時計は、 ボーン スペース ボーン スペース ...と鳴ります。

    「鳴ります」と断定されているものの、
    私の考えでは、打鐘と打鐘の間の鳴っていない時間(スペース)が存在するというのは1つの仮定に過ぎなくて、
    2回目以降の打鐘が、振動している間に行われるなら、
    「スペース」が存在しないばかりか、最後の「ボーン」だけ長いってことになりますね。
    この場合だと5<z<11かな。

    「現実はこうだ」というモデルを想定して解くのは良いのですが、
    そのモデルがどこまで現実に即しているかというと、
    「打鐘の時間を無限小とする」という植木算モデルと五十歩百歩、という気がしなくもないです。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。お久しぶりです(2)

    ●j11lさん(続き)

    3を3つで0〜10を作る問題ですが、階乗を使って良いなら、

    f=3!=6

    Z=(3−3)=0
    U=(3÷3)=1
    D=f÷3=2
    A=(3+3)=6

    とおいて、

    0:Z×3
    1:3−D
    2:3−U
    3:A−3
    4:f−D
    5:f−U
    6:f×U
    7:f+U
    8:f+D
    9:A+3

    で良さそうです。

    10ですが、3×3.(3) でいかがでしょうか。
    ただし 3.(3) は循環小数 (3.333...) を表します。
    3の上にドットをつけたものを表記したかったのですが、テキストで表現できる別の方法にしました。

    あと、負×負=正 については、
    中学生が理解できる証明というのはなさそうなので、
    「そういうもんだ」と覚えれば十分で、あとはj11lさんのような説明で補えればなお良し、と考えています。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主さん、満点です

    私の質問に答えてくれて有り難うございます。 満点です。 普通は10の答えがなかなか思いつかないのですが、今話題の 1/3 = 0.333…(3が無限に続く)をみてこの質問を思い出しました。
    他の数字では別の回答例(6=3*3−3,8=(3!/3)^3,9=3+3+3等)もありますね。(^はべき乗です)

    時報のことですが、たしかに余韻を考慮するとトピ主さんの答えもありますね。 私が前レスで言いたかったのは、階段の問題と違って11秒という答えは間違いですということでした。

    ユーザーID:0847065825

  • すっかり忘れていました(1/2)

    [設問2]ですが、pon太さんの先生は、多湖輝の頭の体操が念頭にあったのではないでしょうか?
    設定が酷似している問題があります。
    pon太さんがこの問題を紹介された直後にレスすればよかったのですが、当時は例のカードの問題で手一杯でした。
    その後すっかり忘れていましたが、j11lさんのおかげで思い出しました。

    手元に本書がないのですが、記憶によれば確か以下のようだったと思います。

    [元ネタ?]
    鐘の鳴る回数で時刻を知らせる時計がある。
    鐘の鳴る間隔は1秒である。
    この時計により12時であることを知るためには何秒必要か?
    また、6時であることを知るためには?

    答えは、
    12時であることを知るためには11秒必要(12回目が鳴り始めた瞬間に分かるから)
    6時であることを知るためには6秒必要(7回目が鳴るか鳴らないかは、6回目が鳴り始めてから1秒たたないと分からないから)
    です。

    ユーザーID:7063437247

  • すっかり忘れていました(2/2)

    この問題のポイントは2つあります。
    1つ目は、鐘の鳴る継続時間を気にしないで済む設問になっている(純粋な植木算になっている)ことです。12時のときは、これだけで片が付きます。
    2つ目は、12時以外のときは、最後の鐘が鳴り始めてからさらにもう1秒待たないと時刻が確定できないことです。(6時の場合は、(6−1)×1+1=6秒だということです。)

    [設問2]は、私の推測では、正しくは次のようだったのではないかと思います。

    [設問2’]
    ある時計の鐘の音で6時であることを知るのに5秒かかります。
    では、12時であることを知るのには何秒かかる?

    これなら、鐘の鳴る継続時間に関係なく、答えは(12−1)×5/6=55/6秒です。
    おそらく、6時のときに5秒という設定は、6時のときも単純な植木算で済むと早合点させる(7回目が鳴るか鳴らないかを確認しなければいけないことに気づかせないようにする)ための罠だと推測します。
    この推測が当たっているとすれば、かなり意地悪な先生ですけど(笑)


    「推測」でさらに思い出しましたが、文字化けの原因、DITAさんのご推測通りなら早く対処して欲しいですよね。

    ユーザーID:7063437247

  • ugougoさんへ

    12時については鐘は12個なるが、13時については鐘は1個しかならないとの前提で答えを出されていますね。
    当たり前といえば当たり前ですが、なんかひどい引っかけの問題だったのですね。 奥が深い。

    ユーザーID:0847065825

  • 念のため

    私の9月3日のレスは、もちろん冗談です。
    紛らわしくてすみませんでした。

    元トピからすべて含めて、私が一番好きなのは6月19日 14:34のこばさんのレスです。
    こばさんは、もちろん、カードをひっくり返すのがアリだと本気で思っているわけではありません。
    抑制の効いたジョークです。
    私もこの線を狙ったのですが、見事に外したような気がします。

    そして、こばさんのカッコいいところは、その後、何のフォローもしていないところです。
    本気だと思われても別に構わないという態度が男らしい。
    気の弱い私には無理でした。

    ユーザーID:7063437247

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