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発言小町

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算数好きの方、算数・数学の教育に携わる方、語り合いましょう!

DITA
2009年7月1日 9:23
古いレス順
レス数:341本

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました。
タイトル 投稿者 更新時間
今さらですが(1/2)
ugougo
2009年7月10日 1:26

DITAさん、丁寧なコメントをありがとうございます。
ずっと気にはしていたのですが、遅くなってしまいました。
トピはすっかり他の話題で盛り上がっているようで、今さらなのですが、いちおう回答します。

> まずugougoさんと私の考えの違いは、(中略)、合っていますでしょうか。
> また、(中略)、「数を作る」ことが明記されている仮定の上ということで良いでしょうか。

先に2つ目のご質問についてですが、その通りです。
「仮定」というよりも、私は、元の問題文には「数を作る」と明記されていると「確信」しています。
理由は元トピにくどくど書きました。

その上で1つ目のご質問ですが、「基準」と「常識」と「さじ加減」の使い分けがよく分かっていないのですが、おそらく合っています。
私の理解では、DITAさんと私の考えの違いは、出題者の「気持ち」だと思います。
都合4つある条件の中で、「先頭に0がきた場合は、次は必ず小数点がくる」という条件が一番頭を使わないといけないということは、私にもよく分かります。

ユーザーID:7063437247
今さらですが(2/2)
ugougo
2009年7月10日 1:29

DITAさんは、だからこそ「あえて」この条件だけ但し書きをつけなかったとお考えです。(よね?)
私は、「数」といえるかどうか判断に迷いそうな条件に但し書きをつけていったら、この条件だけ但し書きがつかないことに「たまたまなってしまった」と考えています。

まあ、出題者の「気持ち」など、どうでもいいと言えばどうでもいいのですが、時間が経って自分で思い当たったのは、私は、この問題を、学習効果の高いとても良くできた問題だと考えています。その問題が「題意があいまいだ」と切って捨てられようとしているのが、私には我慢できないのだと思います。それで、「出題者はむしろ題意を明確にするためにこのような但し書きのつけ方をしたのだ」と強調したくて、ここにやけにこだわってしまうのだと思います。

> 小数点の位置を、捨象の対象としなかったのはなぜでしょう。(中略)つまり「よく目にする」であれば「よく」の基準です。

ご質問の主旨がよく分かりません。
「よく」の基準は、出題者の主観ではないでしょうか。他に何か基準があるでしょうか?

ユーザーID:7063437247
最近の話題にも乗っかりたい
ugougo
2009年7月10日 1:32

(1)
DITAさんの(未来の)お子さんには、「5×80でももちろん合っているんだけど、テストでは80×5と書いておいたほうがいい。だって、『かけられる数』と『かける数』の区別がついてないと先生に思われるのはシャクじゃない?」とアドバイスしたいです。

例えば、英文和訳でも、「こなれた」日本語ではなく、「ちゃんと構文とイディオムを理解してますよ」とアピールするような直訳を書きますよね?あれと同じです。
学校のテストなんてそんなものだ、ということです。

(2)
私も格言(?)を思い出しました。
“数学は、基礎の積み重ねではなく、基礎の積み直しである。”
東京出版の増刊号のどれだったかに書かれていた言葉です。「数学とは」ではなく、「数学を学ぶときの心構え」ですけど。
ここで言う「積み直し」とは、かるさんのおっしゃるところの「上書き」と同じ意味だと思います。

(3)
1=0.999・・・の「=」は、「いくらでも近づけることができる」と頭の中で翻訳しろ、と教わりました。
全国共通の教え方だと思っていたのですが、そうではなかったのですね。

ユーザーID:7063437247
二立さんに質問です
積分定数
2009年7月10日 3:27

>だから、答えは正しいかもしれないが、それを計算する過程で
先生の指導に従わなかったらXにされてもしかたがない

「かけ算は、(1つ分)×(いくつ分)の順序で」と指示があった場合に

「4人に蜜柑を3個ずつ配る。蜜柑の個数は?」を、4×3と答えたら誤答にしていいのでしょうか?

4人に1個目を配り、2個目を配り、・・・とすれば、(1つあたり)=4、(いくつ分)=3です。

「(蜜柑の個数)×(人数)の順序で」という指示なら、4×3は誤答というのは理解できますが、これだとそもそも出題意図が理解できないですね。

それから、他の「順序の指導」の重要性を主張する方にもお聞きしたいのです。

「3×4と4×3は答えは同じでも意味が違う」という人がいます。意味が同じか違うかは抽象度によって変わってきて、ある程度理解すれば抽象化して両者を「同じ」と認識できるのですが、「小学校で違うと習ったから違うのだ」と思いこんでいる人がいます。

「順序の指導」は、このような誤りを助長することになりますが、それでもいいのでしょうか?

ユーザーID:8503241366
なぜ「2つの割り算」を区別しない?
積分定数
2009年7月10日 4:27

 「20÷4」には2つの意味があるとされる。「20の中に4がいくつあるか?」(包含除)と「20を4等分すると1つあたりは」(等分除)。これは4×5と5×4の「違い」に対応している。20個を4等分する場合は、ABCDに1個ずつ置いて、2個目を置いて、とすれば20の中に4がいくつあるか?というのと同じ事になって、包含除と等分除の区別は、かけ算の順序同様、見かけ上のことでしかない。

 かけ算の順序と割り算の包含除・等分除は表裏一体の関係である。ところが、「20個の蜜柑を4人に等しく分けると1人分は?」と「20個の蜜柑を1人4個ずつ配ると、何人に配ることになるか?」の式はどちらも「20÷4」で正解となる。

 私はこれで構わないと思うが、かけ算の順序にこだわる立場からしたら、「20÷4(等分)」「20÷4(包含)」などと区別しないと整合性がないと思える。

どちらも同じ記号「÷」を使うから敢えて区別する必要がない、ということなら、積もまた同様である。4×5、5×4という2つの表記があるので、2つの異なる意味を割り振らなくてはならない、という道理もなかろう。

ユーザーID:8503241366
順序ではなく単位の問題
博士
2009年7月10日 7:32

>このとき、「答えの単位の数を左」というヒントがあれば
>格段に式が立てやすくなります。

では、縦 5cm、横 3cm の長方形の面積はどうしますか?
あるいは、時速50kmの車が3時間走った時の走行距離はどうなりますか?

正しくないものを敢えて正しいと教える時は
相当注意深くする必要があるのです。
小学校の先生であれば少なくとも6年生までの指導内容を
全部確認してから教え方を決めるべきです。

今回のケースでは掛け算の順序より単位を理解する方が重要でしょう。
式の意味を問いたければ、
問題文に「計算とともに単位も書きなさい」と入れれば良いのです。
80 (円) × 5 = 400 (円)
5 × 80(円) = 400 (円)
は小学生的にはいずれも正解としても良いと思いますが、
80 × 5 = 400
5 × 80 = 400
は単位がないので両方とも減点で良いと思います
(両方マルでも良いですが、片方だけ×はあり得ないです)。

ユーザーID:6402484983
トピ主です。親としての対応
DITA(トピ主)
2009年7月10日 11:52

● 積分定数さん

理論武装して先生と話す場合ですが、
相手となる先生も十分に理論的でないといけないですし、
「理論武装」自体も、数学的な正当性に留まらず、
児童への教育的効果を考慮したものでないといけませんね。
でないと、ただのモンスターと思われかねないです(笑)。

毎年、かけ算の順序を徹底する先生がいて、
一定割合の子供が×をもらい、
その中の一定割合の親がびっくり&憤慨する、というのが繰り返されているようですが、
私個人としては恐らくびっくりも憤慨もしない気がします。
そういった先生の存在や、主張の内容をすでに知っているからです。

私もちょっと想像してみましたが、
もし、私が×を食らった親の立場なら、
文章題から「もとになる数」がどれかを答えさせます。
理解が確認できれば、子供に対し「数学的にはどちらでも構わないが、小学校によっては、単位数を先に書くことが"作法"になっている」
といった説明をするのではないかと思います。

ユーザーID:3716159584
『5個』が掛ける数でなければならない理由
かる
2009年7月10日 12:05

算数のステップでは加算、減算、積算、除算の順です。
積算を習う段階で加算からのステップアップを図ります。
つまり、「80円のものを5個買いました。」は「80+80+80+80+80=400」が元です。4個なら「80+80+80+80=320」です。
ここから、「同じ数字」を「繰り返し加算」する場合は掛け算にできるよ、となります。
なので、「掛けられる数」は「繰り返される数」であり「掛ける数」は「繰り返し回数」です。
単位の話も出てますが、このステップアップ法で「円」の加算を起点にするので「円/個」「個」は実は式中では意識されません。

タロー君の飴とジロー君の飴の合計数の問題では4+3=7も3+4=7も正解です。問題分から「寄せる」ベクトルが書かれていないため。
「タロー君が持っている飴を全部ジロー君に渡しました」とか書かれれば
3+4=7に拘る先生もいるかもしれませんが。

ユーザーID:6816460365
1−1=0を背理法で証明すると
ヨーデル
2009年7月10日 13:28

1−1≠0 と仮定すると

−1を右辺に移項して

1≠1

これは明らかに矛盾しているので仮定は違っている。

よって 1−1=0 が成り立つ

(証明終わり)

誰か必ずつっこんでくださいね。

ユーザーID:8204791556
市教委指導主事とこの件を話し合ったことがある
積分定数
2009年7月10日 14:53

 主事によれば、「最初は具体的イメージを捉えることが大事。『4人に3個ずつ蜜柑』が配り方の違いで、4×3ともなりうると言うなら、『3つの蜜柑が入った袋を4人に配る』という具合に、3が4つという具体的イメージが思い浮かぶ問題にすべき。採点のとき、みんなの答えが両方あると、問題の作り方がまずくて、1つ分といくつ分が明確でないのか、と反省する」とのことです。

単なる数え方の問題で具体的配り方によらず、4×3も3×4も正解だと思う。4つの袋に蜜柑を詰める作業で、1個ずつ、・・というのも可能。
私が教員で、どっちでもいいのに全員が3×4としたら、むしろ気持ち悪いと感じると思うが、感覚が違うようだ。

 「4人家族がいて、みんな毎日1個ずつ蜜柑を食べる。3日間でこの家族が食べた蜜柑は何個?」は、1つ分といくつ分が不明瞭だから、「悪い問題」なのかな?
1つ分といくつ分が明瞭でない問題は出せない、となると、かけ算の有用性を制約することにならないだろうか?

順序にこだわるから、「1つ分といくつ分が明瞭な問題しか作れない」という、これまた奇妙なルールが出来てしまう。

ユーザーID:8503241366
大学時代も単位で苦しんだが
積分定数
2009年7月10日 15:46

 順序にこだわる人がいう「単位」って、「文章題に出ている数値についている単位」の事のようですね。

「4人に蜜柑を3個」は、「3×4」を書かせたいけど、わからない子もいるから、 3(個)×4(人)=12(個) 4(人)×3(個)=12(個)を比較して、「両端の単位が一致している前者が正解。後者は、4(人)×3(個)=12(人)になってしまう。」ということのようです。

 そうすると、「4人が各自1日1個蜜柑を食べる。3日では?」は、3(日)×4(人)=12(日) 4(人)×3(日)=12(人)となって回答不能となる。

 「ちゃんとした」単位なら、一人あたり1日あたり食べる蜜柑=1(個/日・人) 
だから、1(個/日・人)×3(日)×4(人)=1(個/日・人)×4(人)×3(日)=12個

 中途半端な単位の導入はかえって混乱を招きかねないと思う。

小学校で「20本の花がある。5本で1つの花束を作る。花束はいくつ出来る?」を、「4束」と答えて誤答になった例がある。正解は「4つ」。
この教員、「単位の大切さ」を教えたかったのかもしれないが、何か勘違いしている。

ユーザーID:5774133129
もっと単純に高校レベルで
かる
2009年7月10日 15:58

1−1=0を背理法で、と言ったのは高校で習った背理法をそのままあてはめるだけでいいのかなぁ…と思っただけで。

1−1≠0と仮定する。
両辺に1を加算する。1−1+1≠0+1。
1≠1となり、矛盾する。
依って仮定が誤り。
故に1−1=0
みたいな。

ユーザーID:6816460365
連投してみる。疑問点への個人的見解
かる
2009年7月10日 16:13

DIVAさんの疑問について。
(1)教育的価値があるのかどうか
ない。

(2)それは良いことなのか
その先生にとっては「良い」
ほかの先生、生徒、親にとっては「悪い」

(3) それはいつまでかが明確なのか
拘る先生が担任の間。運が悪ければ小六まで。

>>「理解したかどうかを簡単に把握するために統制する」以上の理由
教職という職業を「公務員の一部」と認識してる先生にとってすれば、「効率的に仕事を進めるうえでの一手段」としてこの理由で十分だと思います。

現在、教育学部は文系に分類されます。(各予備校の大学学部偏差値一覧で文系のライン上にあります)
教員には大別して2種類いるかと思います。
「先生になりたい」という夢を叶えた人と、「食いぶちとしての職業」として「公務員の一部たる教員」を選んだ人。後者は文系に進みつつ教員になってますから、中には「数学アレルギー」がいるかもしれません。
そんな先生は「数学的にどーこー」より、「タスクとしての結果」で十分と考えるのでは?。
「授業をした」→「生徒が理解している」これだけがその人にとっての結果です。

ユーザーID:6816460365
連投してみる。3x4と4x3
かる
2009年7月10日 16:41

今のところ、「80x5=400を×」とした先生に肯定的な回答をしているので
>>他の「順序の指導」の重要性を主張する方
に含まれている気がするので答えてみます。

>>「順序の指導」は、このような誤りを助長することになりますが、それでもいいのでしょうか?
その誤りを持ち続けて尚、数学の世界(学者や研究職)にいらっしゃるなら、稀有な存在だと思いますので、是非論文を書いてもらいたいところ。
そうではなく、一般社会(普通の(?)会社員、家事手伝い、主婦、中学生、文系高校生など)にいらっしゃる方なら問題ないかと。
算数と数学って多分何か違うんです。
このトピの初めの方に出てきた鶴亀算は算数です。しかし同じ問題を解くのに連立方程式を使うと数学です。

算数では「意味が違う」と教わった人もいる。
数学では「同じ」だと教わる。
数学に携わってない方が数学を理解してなくてもいいかと思います。

あ、それと別に「重要性を主張」してるわけでもなく、「見方によっては、それもあり」という立場でしてます、念のため。

ユーザーID:6816460365
トピ主です。ugougoさんへ(1)
DITA(トピ主)
2009年7月10日 17:56

私が、いくつか意味不明の質問をしてしまったようですね。

以前「極めて実務的な理由」と書かれていたことから、
何か機械的な(誰が出題しても同様になるような)ルールや基準が存在すると受け取り、
その客観的な基準の存在が論点となるのかと思っていました。

(実務的イコール機械的ではないのですが、「極めて実務的」というところから主観性・人為性を排除している?というニュアンスを感じた訳です)

今回、ugougoさんが、出題者の「気持ち」「主観」について言及されているので、
単に私のピンボケな質問だったようです。

> DITAさんは、だからこそ「あえて」この条件だけ但し書きをつけなかったとお考えです。(よね?)
> 私は、(中略) この条件だけ但し書きがつかないことに「たまたまなってしまった」と考えています。

私の認識はおっしゃる通りです。
問題作成にあたっては、児童に気付いてほしい「着眼点」があり、
今回のケースは小数点カードを用いたことから、小数の表し方がテーマと考えられ、
「0が先頭に来たら次に小数点が来るという並びのルールに気付くこと」
を着眼点としているように見受けられました。

ユーザーID:3716159584
トピ主です。ugougoさんへ(2)
DITA(トピ主)
2009年7月10日 17:57

先頭と末尾の小数点は、算数で習う「数」の表し方ではあり得ないが、
着眼点に直接関わりないので付けた。
zero-paddingについては、着眼点そのものなので付ける訳にいかなかった。
という想像です。

結局は想像に過ぎないのですが、
出題者であれば、着眼点とヒントとのバランスやトレードオフについては、
少なからず考えるのではと思っています。

逆に、出題者が、zero-paddingについても「書いておいたほうが無難」と考え、
「たまたま」ただし書きを付けたとしたら、
何を着眼点とし、何のために小数点カードを使ったのか良く分からない問題になっていたと思います。

「題意があいまい」という声については、
トピ文面の出題文に「すべて」使って「数」を作る、と補完しない限り曖昧さが解消しませんので、
トピ文面への指摘については仕方ないですね…。

あと、かけ算の順序について、アピール的要素という点でのアドバイス、ありがとうございます。
和訳という、ある程度の記述の自由度があってこそとは思いますが、
確かに、私も問題に応じて直訳したり意訳したり、それなりに順応していた気がします(笑)。

ユーザーID:3716159584
>親としての対応
積分定数
2009年7月10日 18:55

 教員からしたら想定内の毎度のことだから、親が言っても、かみ合いそうにないですね。実際私自身、市教委指導主事(教員経験者)と話して、かみ合いませんでした。「4人に3個ずつ蜜柑を配る」が、「4人に1個目を、2個目を、」だと「問題文が違ってくる」と言われたときには、永遠に分かり合えない気がしました。「所詮そんな物」とやり過ごすのも仕方ないかも。

■教員の側が算数・数学をわかっていなくて、「順序」が方便だと理解していない。だから、数学的にいくら「順序」がナンセンスと言ってもわからない
■方便に過ぎないとわかっている指導書執筆者や算数教育専門家が、一般の教員の算数力を過大評価していて、「順序」を教条的に教え込んでいる教師の存在が見えていない。

ということだと思います。だから現場の教師に言ってもピントはずれの対応だし、指導的立場の人に言っても理想論・建前しか返ってこない。

>「タロー君が持っている飴を全部ジロー君に渡しました」とか書かれれば
3+4=7に拘る先生もいるかもしれませんが。

かけ算の順序に拘るなら、当然この場合も拘るべきですよね?

ユーザーID:8503241366
自分でつっこみ
ヨーデル
2009年7月10日 19:19

いやいや、かるさんとかぶってしまいましたね。

自分はわざわざ移項と書いたのですが、カルサンはその点をわかりやすく別の書き方にしてしまいました。
ここで誰かがつっこまないといけませんよ。

この後はお願いしま〜す。

ユーザーID:8204791556
興味深い話ですね
電気技術者
2009年7月10日 19:51

 掛け算の順番に関して、小学校での指導がどうなっているか皆様が書かれているのを見て、そんなことで×を付けられたらたまらないなと思いました。
 積分定数さんの7月10日14:53分のレスに書かれている市教委指導主事の対応は、暗い気分にさせてくれます。そういう単位を含めた話は、むしろ大人になってからしっかり考えるべきもので、子供にはツールとしての算数をしっかり教えて欲しいと私は思います。

 1−1=0の証明ですが、これはまず引き算が定義されなければ証明も何も無いと思うのですが、それは自明なのでしょうか? 光文社から出ている「無限の果てに何があるか」の中で、1+1=2の証明について、自然数を定義し直す話が書かれているのですが、それと同様な定義の問題にしか、私には見えないのです。

ユーザーID:6645818105
当事者の教員と議論しても
ある父
2009年7月11日 1:37

なんか、かみ合いそうもないのが予想できちゃうのがなぁ。

とはいえ、トピ主さんの「作法」ってのなんかしっくりきちゃいました。結局はそこに落ち着いちゃうというか。高校までは、算数、数学といっててもその根底に算術道、算道みたいな発想の流れがあって、最後は理屈じゃなくなってるというか。それも「算道の作法」って思うとなんか妙に納得してしまう自分がいます(笑)。こんどから娘にはそれでごまかそうっと。

ユーザーID:9181712611
 
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