算数好きの方、算数・数学の教育に携わる方、語り合いましょう!

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DITA

学ぶ

DITAと申します。
トピを開いてくださってありがとうございます。

とある算数の問題を解いているうちに、
算数で扱う範囲、考え方、教え方など、いろいろ興味が出てきてしまいました。
一言で「算数の常識」と言うのも、その中身には奥深さがあるんだなぁと。

といいながら、そんな堅苦しい話でなくても、
算数をテーマにした情報交換、お悩み相談など、
語り合いませんか?

ユーザーID:3716159584

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  • 数学を道具として使うこと

    多くの人にとって数学が道具だというのは納得できるのですが、
    じゃあアルゴリズムを一意にして機械的に解かせたら、
    道具として使いこなせるようになるのか、
    って言ったらだいぶ疑問なんですよね。

    例えば台形の面積の公式を教えれば、
    確かにより多くの子が試験で台形の面積を正しく出せる。
    でも例えば、その子が測量技師になって、五角形や六角形の
    面積を求めることになったら、結局、台形の面積を正しく
    計算できることよりも、三角形に分割するというアイデアを
    持っている方が役に立つと思うんですよ。

    あるいは、三角形の面積なんて学校を出たら一生求めない、
    という人も多数存在するでしょう。そんな人生にとって、
    論理的思考力の訓練と、
    アルゴリズムに従って答えを出す訓練の
    どちらが有用でしょうか?
    両方いらないかも知れないけど、
    前者の方がまだ役に立つと思うのです。

    そういう意味で、数学をアルゴリズムとして教えるのは
    教師とできない生徒の双方にとっての自己満足ではない
    のかなあ、と思ってしまうことが多いです。

    ユーザーID:6402484983

  • 生徒の理解度

    前レスの追加です。

    分数を始めたばかりの生徒が対象。約分はまだ教えていない。
    分数を使って、全体のどれだけ(割合という用語はまだ使わない
    ので)ということを表すことができるということを指導
    している段階とします。

    1.教室に男子が3人、女子が18人います。男子は全体のどれ
    だけにあたりますか。
    2.そこへ男子がもう一人入ってきました。男子は全体のどれだ
    けになりますか。

    教師の期待する答えは、1.は3/21、2.は4/22です。
    それを、
    (A)1.は1/7、2.を2/11 と答える子がいれば
    その場合は、どちらも正解にしてもいいと思います。

    それを、
    (B)1.を1/7と答えた結果、2.を2/7とか、2/8とか
    答える子がいれば、それはこの子が1.の段階で、なまじ約分
    を聞きかじって答えを出し、2.の段階でつまづいたということ
    です。

    こんな時、この子の1.の1/7を正解にするかどうか微妙ですね。

    人数が多いときは、(A)の子も含めて、約分はまだ指導して
    いないからという理由でXにすることもありえると思います。
    僕個人としては、(B)の1/7も○にするほうですが。

    ユーザーID:1984691627

  • >方便は方便1

    >わかっている子に、方便を「押し付ける必要」などないと言っているんです。

    あまりのあるわり算のテスト(まだ小数を習っていない段階)で、公文などですでに小数を習っている子が17÷5=3.4と解答した場合どうするか?
    私なら一度目は○にした上で次からは3あまり2と書くよう指示する。次に同じ答え方をした場合は×にする。
    これと同じ事です。
    分かっている子は状況に応じて期待される答えを書くものです。
    それができないのは分かっていないか反抗しているかのどちらかです。(うっかりという場合もあるでしょうが、そういう場合は自分でも納得するでしょう。)

    >大人である私に理解できないことを、子供に理解できることを期待するのは間違っている。

    それは貴方がやり方を徹底的に叩き込まれなかったからです。
    ある程度の中学を受験するレベルの子は十分理解できてますよ。
    それに意味を理解しなくてもいいんです。できるようになることが目的ですから。

    続く

    ユーザーID:1511092203

  • >方便は方便2

    >見積書や請求書にはそう書くものです。
    >それを理解できない人を増やしかねない教育が『正しい』のでしょうか。

    その心配はご無用です。
    プログラマーがa=a+1という表現に違和感を感じて仕事ができないなんてことはありませんね。

    >「本当は違うけれど、今はこう覚えておきなさい。●年生で詳しく習います」と。

    それでいいではありませんか?
    「かけ算の順番が逆でも問題ないけど、小学校では(1個あたり量)×(個数)と書くようにしなさい」
    何か問題でも?

    ユーザーID:1511092203

  • >数学を道具として使うこと

    >じゃあアルゴリズムを一意にして機械的に解かせたら、
    >道具として使いこなせるようになるのか

    十分条件ではないが必要条件、と言ったところでしょう。


    台形の面積についてですが、現実問題として使うことはないでしょう。役に立つか、と言われればNOでしょう。
    ただ、台形の面積の公式は『公式に値をあてはめる』練習でもあるのです。
    二次方程式の解の公式も同じですが、考えることを重視したあまり、考えることも答えを求めることもできない子が増えるという状況に陥っています。
    「できる」よりも「分かる」の方がレベルが高いことであるのに、できない子供に「分かる」を要求しているのです。

    >面積を求めることになったら、結局、台形の面積を正しく
    >計算できることよりも、三角形に分割するというアイデアを
    >持っている方が役に立つと思うんですよ。

    できる子は多角形の面積を複数の三角形に分割して求める方法も知っています。
    決して公式を覚えることでそういった考えができなくなるというわけではありません。

    ユーザーID:1511092203

  • 根本がズレている?

    > 次に同じ答え方をした場合は×にする。

    問題文に「小数を使うな」と指定していれば×で良いですよ。
    その指定なしに×にするのは『不適切』です。
    小数を使って答える子がいると分かっているならば、『適切な問題文』を出題するべきです。
    要は教える側がサボりたいだけでしょう。


    > それに意味を理解しなくてもいいんです。できるようになることが目的ですから。

    できるようになるのは最低限です。理解させるのが目標。
    そんなことも分からんのですか?最初から「理解させる」を捨ててどうするんですか。


    > 「かけ算の順番が逆でも問題ないけど、小学校では(1個あたり量)×(個数)と書くようにしなさい」
    > 何か問題でも?

    「問題ない」と言っていながらバツにするのは問題ありです。
    問題ないならばマルにならなければ筋が通りませんよ。


    > 決して公式を覚えることでそういった考えができなくなるというわけではありません。

    『公式以外のやり方はは許さん』と言っていれば、そういった考えができなくなるでしょう。

    ユーザーID:2293259910

  • 子供を型にはめすぎです

    そもそも、「教師が意図したとおりの解答のみが正解」という発想が硬直しているのですよ。

    たとえば、掛け算の順序を教えた順序と逆に書いた子供がいたら、呼んで聞いてみたらいいのです。「どうして教えた順番と逆に書いたのかな?」と。で、子供が「だって、掛け算はひっくり返しても一緒なんだから順番関係ないでしょ」と言えば「えらいね、よく知ってるね」と言って○にすればよいし、出てきた順番に数字を書いただけなら「どうして掛け算なのかよく考えようね」と言ってもう一度教えてあげればいいだけのことではないですか。
    中途半端な教え方をして、それに沿わない解答は許されない、というのはギリシャ神話の「プロクルステスの寝床」と同じことです。

    よくお考え下さい。これが数学ではなく英語だったらどうでしょうか。
    帰国子女の子供(そもそもこの子が英語の授業に参加する必要があるかはともかく)が、英語をネイティブ並の発音で読んだとき「ここは日本の学校だから」とカタカナ発音を強要するのでしょうか?

    数学的真理は英語の発音よりもさらに曖昧さがないのだから、「掛け算の順序の強要」は「カタカナ発音の強要」以上におかしな話なのです。

    ユーザーID:4828386237

  • 九九を習ったとき

    1の段から始まり、2の段、3の段と進んでいって、ややこしくなってくるのが7の段や8の段です。
    7×4で悩んだときは4×7に置き換えてました。
    友達もみんなそんな感じでした。
    先生に習わなくても、答えが同じだということに気づいていたんです。
    大人は頭がかたくなってるから、子供が理解できてるか〜?なんて心配するんでしょうが、子供は(そういうものだ)と感覚的に理解できてるものなんです。
    文章問題でも然りです。子供は知らず知らずのうちに頭を使い分けています。
    大人が正しいと思うレールをわざわざ敷いてあげなくても、自分で考え、この問題の式はこう書いた方が意味がよく通ると思えば、かける数とかけられる数を意識して書くし、順序を求められていないと思えば、やりやすいように解くものじゃないでしょうか。

    ユーザーID:9131702941

  • 「かけ算の順序」のメリットは?

    カワリーノさんにお聞きしたいのですが、「かけ算の順序を教えること。答えとしてそれを強要すること」の積極的理由は何なのでしょうか?

    指導要領にも書かれていない、将来的には役に立たない、むしろ桎梏になりかねない、数学的には何の価値もない「かけ算の順序」の積極的意義は何なのでしょうか?

    >小学生の文章題はかけ算を習ってるときはかけ算ばかり、わり算を習ってるときはわり算ばかり出てきます。
    >理解できている子とそうでない子を峻別する意味でも小学生の段階ではかけ算の順序にこだわるべきだと思います。

    とのことですが、順序を「正しく」書いても、理解していない可能性はあります。また、「2km離れたスーパーに歩いていきました。そこで蜜柑を、・・・」とダミーの数字を混ぜたり、足し算や掛け算の問題を混ぜることで、敢えて数学的にナンセンスな「かけ算の順序」を導入しなくとも、生徒が理解できているかどうか判断できると思います。

    「かけ算の順序」は、教え方の流儀の1つに過ぎません。それが今大きくなっているような印象ですが、数学的整合性を破壊してまで教えるほどのメリットがあるとは思えません。

    ユーザーID:8503241366

  • 公式当てはめと将来の貧困

    「公式に当てはめられる人」の延長線上に
    「公式、アルゴリズムを(再)構築できる人」
    があるのでしょうか?
    私は、大きな断絶があると思います。
    現状の教育に、これを補完する仕組みはあるのでしょうか?

    私は、この断絶は、貧困に結びつくという意味で重要と考えます。

    日本のGDPが世界第2位になるまでは、前者は有効でした。
    しかし、今後は、新興国と仕事を取り合うことを考えると
    「前者に重点のある人」→ 貧困に陥り易い
    「後者に重点のある人」→ 貧困に陥り難い
    という構図があるのでは、ないでしょうか?

    この当たりについて、教育に携わる人々はどう捉えているのでしょうか?

    ユーザーID:7820407887

  • トピ主です。続・背理法の話

    ●ヨーデルさん

    いけずと言われると、某「美麗トピ」を想起します…。

    認識の違いはあれど、少なくても、
    ヨーデルさんが期待されたツッコミを私ができなかったのは確かですね。
    「ごめんなさーい!」のまま逃亡していれば良かったか(嘘)。

    ところで話は変わりますが、
    「背理法」を、論理学や数学を使わずに説明するときって、どうすればいいのでしょうか?

    昨日、酒の席でそういう話題がありまして、
    「旦那さんが釣りに行くと言って出て行ったけど、釣りに行ったと仮定すると、晴れの日なのに日焼けしないで帰ってきたのは矛盾、みたいな?」
    と某トピの例を言われ、

    「ん〜どこで釣りするかにもよるな〜」と思いながらも、
    ま、大雑把にそんなもんだということになりました(笑)。

    数式を使わずに、うまいたとえって、どんなのがあるんでしょう。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。今ひとつ割り切れない話

    ●カワリーノさん

    子供の頃、割り切れない割り算を習い、ドリルを解く際、
    問題文に、ことごとく「余りも書きましょう」と書かれているのが非常に気になっていました。

    当時は「そんなの言われなくても、余りを書き忘れたら×になるに決まってるだろ〜!」と思っていましたが、
    後になって「うまいなぁ」と納得した経験があります。

    「余りも書きましょう」というのは、余りを書き忘れないように、という注意だけでなく、
    「整数の世界で考えなさい」という意図があったんだなと。

    ところで、できない子を知ることの大切さは賛同しますが、
    それによって、できる子への教育をどのように変えるべきだとおっしゃりたいのでしょうか?

    「できない子に合わせても、できる子は適応できるから問題ない」みたいに書かれていて、
    まるで「できない子に合わせるか、合わせないか」というような対立軸を想定して、
    議論を2極化させようとしているように読めるのですが、何か真意があるのでしょうか?

    できない子を切り捨てるような話は誰もしていませんし、
    私は、できる子はできる子なりの、できない子はできない子なりの教育をすれば良いのかと思いますが。

    ユーザーID:3716159584

  • そーかなー?

    横から疑問。

    >>その指定なしに×にするのは『不適切』です。
    未習内容を先行してる児童に「個別に指導した(1回目は○、次は余りを使うように指導)」ってあるので、不適切ではないですよね。
    むしろ、「クラスの担任」としてベストだと思うのですが。
    学校のクラスの担任は個別学習の為の家庭教師とかではないですよ?

    >>できるようになるのは最低限です。
    学校で最低限でいいと思いますが。
    個別に上を目指すなら学習塾へ。

    >>「問題ない」と言っていながらバツにするのは問題ありです。
    だって「書くようにしなさい」って言ってるのに、守ってないんです。
    ×でいいと思いますが?

    学校の先生に対してそんなに期待度が高いんですかね?
    個人的には30人(今30人クラスでしたっけ?)の個性に対して、最小公倍数てきな指導してくれれば十分だとおもうのですが。
    余力のある子(学力、経済力)は習い事で個性をのばせば。

    ユーザーID:6816460365

  • 数学に近道無し

    >カワリーノさん

    数学において「公式に当てはめる練習」が必要な事は分かりますが、
    学校とか中学校の段階でそこまで割り切ってしまうのは弊害の方が大きい
    と思います。あくまで、生徒に数的感覚を使って考えさせるということが
    大事だと思います。

    例えば台形の面積の公式ですが、
    少なくとも私が小学校で習った時には、初めに求め方の説明を聞き、
    それに納得してから公式を教わり、問題を解きました。
    そして問題を解くときは、むしろ公式を使うというよりも、
    毎回教わった考え方をなぞって答えを出していました。

    「説明が分からなかったらとりあえず代入して答えを出そう」
    というのは、正しい学び方ではないと思います。
    答えを出せたからといって、後から理解が深まる見込みは低いです。

    分からない時は繰り返し説明を聞いたり、値を変えた例を出してもらったり、
    説明や図を何度もノートに写してみたり、友達と相談したりして
    解決すべきだと思います。

    数学が得意な人がそうしているのですから、
    苦手な人もそのやり方を真似してみるのが
    一番理解が深まるチャンスが大きいと思うのですが。

    ユーザーID:6402484983

  • 17わる5の件

    17割る5の件ですが、
    整数の範囲で割り算をして商と剰余を求めることと
    実数の範囲で商を求めることは数学的に異なります。
    「17を5で割った商と余りを求めよ」と尋ねれば誤解は生じません。
    出題側の問題です。

    (さきほどの「うし」は私と同一人物です。)

    ユーザーID:6402484983

  • トピ主です。元問題児さんへ(雑談)

    ●元問題児さん

    だいぶ前にいただいた投稿ですが…。

    > 英語(やその他ヨーロッパ系言語)の発想ではこれは「three "four"s」になる

    あるブログで見ましたが、、米国で教育を受けている日本人の子供が、
    「3×4=12を足し算に直せ」という問題に対し、3が4つあると解釈し、
    3+3+3+3=12
    と式にしたらバツだったそうです(笑)。

    おそらく「3×4」を「three times four」と読めるかどうかという、
    リテラル的な出題だと思いますので、
    文章題から立式する問題に比べて、(現実論として)不正解とみなす先生は多いのかも知れませんが、
    それぞれのローカルに応じて×になっちゃうあたり、なんともはや、と思いました。

    ところで、ご存じかとは思いますが、
    ノーベル物理学賞を受賞した益川教授のコメントで、
    「教育結果熱心」という言葉が私のツボにはまっています。
    http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20081010-OYT1T00311.htm

    「できる」「分かる」という言葉を聞いて、ふと思い出しました。

    ユーザーID:3716159584

  • ハイリホー。

    >>DITAさん
    >>「背理法」を、論理学や数学を使わずに説明するときって、どうすればいいのでしょうか?

    背理法って、逆説を否定することで本論の証明とする…的な流れだと思うので、例に挙げられてるのだと
    「夫が釣りに行ったらしい。行ってないと仮定したとしても、車の走行距離が増えてるし、車内に砂残ってるし、クーらボックスにカレイ入っていたし、釣りじゃないとしたらどこへ…。なんか矛盾するから、きっと釣りに行ったのであろう」
    じゃないですかね?
    よくあるのはアリバイの証明では?
    「先週末の夫の挙動があやしい。本人は浮気してないって言うけれど…。確かに浮気してたと仮定すると、会社の呑みで3次会までいたという同僚Aさんの証言はあるし、AさんとグルなのかもしれないけどAさんとタクシーで帰ったっていうB子さんの証言もあるし、確かに3次会の会場からタクシーで帰った来たらしい領収書もあるし、金額と時間もだいたいあってるし…いろいろ矛盾するわね。やっぱり浮気してないのかしら…(安心)」みたいな?

    ユーザーID:6816460365

  • おっと、見落としてました。

    なんだか混沌としてきたので最初から流れを追い直していたら、立ち位置とともに質問がありました。

    >>どの程度の「順序の拘り」を想定しているのでしょうか?
    担任が「こだわっている」であろう順序すべて。
    俺ルールみたいなもの?

    >>長方形を横×縦では誤答、とする教師
    >>それも「見方によってはあり」なのか
    あり。(許容する)
    そもそも、方針として「『順序に拘れ』とはしてないが『順序に拘るな』ともしてない」という現行ルールであるならば、もう、そこは担任の「これでいいのだ!」に任せられているわけで。

    >>嘘とわかっていても嘘を教えなくてはならないと言うのは、苦痛だと思います
    社会人でこの手の壁にぶつからない人間なんているのか?

    と、ここまで書いてて違和感が…
    「順序に拘るのはダメ」という側の人は「じゃあ、どうしたいの?」
    順序に拘る先生をクビにしろとか?
    指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?

    でも「数学」になるとy=3xは○でy=x3が×になるんだよね?
    数式になると「拘り」が「作法」としてでてくるわけで。

    ユーザーID:6816460365

  • トピ主です。深くお詫び申し上げます

    背理法の件、大変不適切な例を挙げてしまいました。
    極めて配慮を欠いた投稿をし、取り返しのつかないことをしてしまったと深く反省しております。
    気分を害した方に、心よりお詫び申し上げます。

    ユーザーID:3716159584

  • やっぱりお作法なのかも

    自分自身を振り返っても、順番など本来どうでもいいことにこだわる教師に当たったときに、「これはこの先生のお作法で、ほんとの算数とは別なんだ」みたいに思って対処していた気がします。

    「かけ算の順番が逆でも問題ないけど、小学校では(1個あたり量)×(個数)と書くようにしなさい」
    で、そう書かないで×にされて「どうして×なの?」に対して
    「これが、(私の)お作法なんです」
    これはこれで筋が通ってるかもしれない。あまり算数を教えてる雰囲気じゃないですけど。

    物理のgmについては、基本○でしょうね。ただ、重力を重力加速度と質量の積で表す場合は習慣としてmgとすることが多いくらいはどっかでいうかもしれませんが。質量Mとmの2つの物体があってとかの問題なら、(M+m)gと書くよりはg(M+m)の方が計算上すわりがいいかなって場合もあるし。

    トピずれですが、こういう教育の問題を考えると、アシモフの短編「プロフェッション」(短編集 停滞空間 ハヤカワ文庫)が頭に浮かんでしまいます。

    ユーザーID:9181712611

  • ちょいまて。

    かるさん

    > 学校で最低限でいいと思いますが。

    ちがう、チガウ、ちがいます!!
    たぶん勘違いしている。
    学校教育としての最低限です。
    もし「できない子」がいたら、教師・学校の怠慢である、ということ。
    理解させるのが学校教育としての目標です。

    指導要綱に書かれてたりするんだけど、読んでいないのかな…。

    「できればそれでよし」とはなっていません。


    > だって「書くようにしなさい」って言ってるのに、守ってないんです。
    > ×でいいと思いますが?
    良くないです。前提として『問題ない』である以上、「守らねばならない約束事」ではないのです。

    ユーザーID:2293259910

  • >カワリーノさん

     現状で慣例になっていることは理解しました。

     ところで、仮に現実とは逆に、

    「かけ算の順序はどっちでもいいということが広く認知されていて、問題集の解答にも両方あるし、片方しかなくても、逆の順も正解であるのは言わずもがなであると誰もが思っている。入試でもどちらでもいいし、学校でもどちらでもいいと教えている」

    という状態で、

    カワリーノさんが、教員か教育委員会か文科省の立場で、算数教育について何らかの決定権を持っている状態であったときに、

    「現状ではどっちでもいいとなっているが、これを片方だけを正しいと改めよう」と積極的に働きかけるのでしょうか?

    つまりお聞きしたいのは、

    「現状が、かけ算の順序が重視されているのだから、それに従う」というのとは別に、

    積極的に「現状がどうかとは独立に、かけ算の順序は一方に固定すべき」というお考えでしょうか?

    ユーザーID:8503241366

  • 塾と学校

    > 2 入試において採点者が見間違えて×にされる恐れがある
    > 生徒が入試を受けるときに困らないようにあえて減点にする教師もいても不思議ではありません。

    入試の時に困らないように「指導」するのは良いが、「減点」するのは『やり過ぎ』でしょう。
    それは塾でやることであって、学校でやる事ではありません。


    > 意味を理解していない子を見つける手段

    「掛け算の意味」を理解していれば、『順序はどちらでも良い』となるのですが、それでどうやって「順序」で「理解」を見るのでしょうか。

    ○「意味を理解していないから」その順序でしか答えない
    と言った方が真実に近いのではないですか?

    ユーザーID:2293259910

  • 掛け算の順序

    掛け算の順序にこだわる教師は、算数・数学的な観点からそれに
    こだわっているわけではないのですよ。

    1個80円のりんごを5個買うといくらですか、という問題に、
    80+5=85円などと答える生徒をどう指導するかという観点
    から出てくる方法論です。

    こういう生徒は、苦手意識があってまず問題文を読まない。
    読んでも具体的な値から式を立てることができない。
    そんな生徒の読解力を手助けするため、つまり、値段や個数
    という具体的なものを、数値という抽象的なものに置き換える
    手がかりとして、「1個あたりの値段」とはどういうもの、
    「個数」というのはどういうもの、と指導しているわけです。

    むしろ国語の読解力という観点からこだわるわけですね。

    ですから、読解力のある生徒にはこのこだわりは必要ないとも
    思います。元問題児さんの

    <たとえば、掛け算の順序を教えた順序と逆に書いた子供がいた
    ら、呼んで聞いてみたらいいのです。<略> 子供が「だって、
    掛け算は <略> 順番関係ないでしょ」と言えば
    「えらいね、よく知ってるね」と言って○にすればよい>

    という意見にも賛成です。

    ユーザーID:1984691627

  • 数学での数式ということになると

    読みやすさとか表現ということも、少なくとも人に読んでもらう場合には問題になってきます。高校数学程度では(日本では)ほとんど問題にしませんが、特に文章の間に式を埋め込むような場合は句読点の打ち方も作法として問題にされることもあります。単に特殊な記号の使い方をしているだけで、数式も文章の一部であるとすればまあ当然のことですが。

    たとえば z=xy は普通はこう書くけど、文脈によっては z = yx と書くこともあります。y=ax だと普通はaが定数(動かないもの)、x,yは変数(動くもの)として扱うのので定数を前に書くという暗黙の慣習が採用されますが、これも y=xa と書くこともあります。y=3x は3が定数なのは明らかなので普通こう書きますが、あえて逆に書くときは y=x・3のように・(ドット)をはさむことがほとんどです。x_3(TeX流)のような添え字と紛らわしいので。

    とはいえ、きちんと定義されていて一貫していれば記号の順番・使い方はかなり自由に出来ます。読みにくいという批判はあるにしても

    ユーザーID:9181712611

  • 採点する私立中学のレベル

    >>入試などでケチをつけられないようにしておく(3×100ならその保証はできない)
    > ×を付ける教師がいるような学校には行く価値がないでしょう。

    極論ではありますが、私もその視点から考えていました。

    塾講師や家庭教師として高校生に数学を教えていたことがありますが、
    特に私立女子校の生徒に学校の数学の授業の様子を聞くと
    どうも数学ができない先生が教えているようなのです(都内の名門校などです)。
    元々、数学科には女性は少ないので、
    女子校側も女性に拘ると採用基準を落とさざるを得ないのかも知れません。

    私の感覚では日本の女子学生は、
    (周辺諸外国と比べても)数学が得意な人が少ない気がするのですが
    男女別学と女子校の数学教育のレベルの低さ、
    ということが影響しているのではないかと考えたことがあります。

    ユーザーID:6402484983

  • 読んでないです。

    >>指導要綱に書かれてたりするんだけど、読んでいないのかな
    と聞かれてしまうと、

    読んでません。

    となります。
    IT業界に身を置く一介の会社員に過ぎない身ですので、業務上必要とならない限り(文科省や自治体から教育方面の何かシステム開発・保守の受注がない限り)読む機会はないと思ってます。


    あくまで「算数好き」としてトピに参加してるだけなので。「教育好き」ではないです。

    ユーザーID:6816460365

  • 指導要領

    >指導要綱に「順序に拘るな」と記載しろとか?

    そう思います。
    順序に拘るべきかを考える能力が全ての教師にあるわけではありません。
    その意味で今の指導要領は無責任です。

    >でも「数学」になるとy=3xは○でy=x3が×になるんだよね?

    世界共通のルールと俺ルールは違います。

    ユーザーID:6402484983

  • かけ算の順序は一方に固定すべきか

    小学校の算数に限って言えば賛成ですね。
    個人的には小数や分数が入ったときのことを考えると、順番を決めてあげた方ができない子にとってもできる子にとってもいいと思っています。(私自身の経験もふまえて)
    例えば
    (1) 1mあたりの重さが3kgの棒が5mあります。全部で何kgか。
    3kgの棒が5本(個)あるから3+3+3+3+3=3×5

    これが
    (2) 1mあたり2.4kgの棒が5m
    なら
    上の3のところが2.4に変わり2.4×5

    さらに
    (3) 1mあたり2.4kgの棒が3.5m
    なら
    5のところが3.5に変わり2.4×3.5

    と(1)→(2)→(3)とイメージしにくい数(3.5個分って何?)になったとしても、整数と式の立て方は何ら変わらない、と。
    ここで、(3)で躓く子に対して(2)ならできるかな?それも無理なら(1)はどう?
    といった具合にとりあえず(1個あたり量)×(個数)を徹底させていれば説明する側にも、説明を受ける側にとっても単純で分かりやすいものだと思いますがどうでしょう?

    ユーザーID:1511092203

  • 南半球では冬は暑い。

    教える時に、かけ算の順序は一方に固定するのはいいんじゃないですか。
    このトピでそれには誰も反対していないと思います。

    問題は、別の解き方をしてきた答案を不正解とするかどうかです。
    「かけ算の順序は一方に固定すべきか」のレスの
    掛け算の順序を全部逆にしてみて下さい。
    分かりやすさや整合性は全く同じです。

    ユーザーID:6402484983

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