算数好きの方、算数・数学の教育に携わる方、語り合いましょう!

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DITA

学ぶ

DITAと申します。
トピを開いてくださってありがとうございます。

とある算数の問題を解いているうちに、
算数で扱う範囲、考え方、教え方など、いろいろ興味が出てきてしまいました。
一言で「算数の常識」と言うのも、その中身には奥深さがあるんだなぁと。

といいながら、そんな堅苦しい話でなくても、
算数をテーマにした情報交換、お悩み相談など、
語り合いませんか?

ユーザーID:3716159584

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  • トピ主です。3を5つで100を作る問題

    pon太さん初めまして。早速の出題ありがとうございます。
    すでに参加されている方からのレスもありますので、私のレスは出題単位にします。
    しかも、ゆるーいおしゃべりを目指します(笑)。

    > 3を5つ使って合計が100になるような式を作ってください。

    私も 99 と 1 を作って足す、と考えて解けました。
    過去にやったかも、というおぼろげな知識がアシストしているのかも知れません。

    似たような問題として、
    「1, 1, 9, 9 を1つずつ使って10を作りなさい」
    というのもあります。
    (これは、当時解けなかった記憶があります)

    ところで、私が中学生だった頃、
    切符に印刷された4桁の数字を使って10が作れればラッキー、
    みたいなことをやっていましたが、
    今やすっかりプリペイドカード化されてしまい、
    数字を見ることはめっきりなくなってしまいましたね〜。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。時を打つ時間

    > ある時計が6時の鐘を鳴らすのに5秒かかります。
    > では12時の鐘を鳴らすのに何秒かかる?

    私も鳴っている時間を意識してしまって、
    「何か条件あるのでは?」と勘繰ってしまいました…(笑)。

    さて、ある父 さんのヒントを元に少し調べてみたら、
    柱時計の時報を題材にした植木算の問題は、入試問題として実際に出題されたようです。
    (洛南高付属中)

    ただ、ほんっと〜〜に微妙な表現の違いなのですが、
    「時計」ではなく「柱時計」と書かれていて、
    「鐘を鳴らす」の代わりに「鐘を打つ」という言葉が使われています。
    鐘を鳴らすのは鐘を打つことに他ならないですし、
    「鐘を打つ」よりも「鐘を鳴らす」ほうが自然な語法にも思えるのですが、
    あえて「打つ」と書くことで、無視できる一瞬であることを想起させる
    出題意図があるのかも知れませんね。

    たまたま最近、ミニッツ・リピーターを搭載した腕時計を触ったことがあり、
    鐘の音で時刻を知らせる機能にもいろいろあるんだなぁと思っていたので、
    私にとってはタイミングの良い題材でした。

    ユーザーID:3716159584

  • (トピ主です)’

    ある父 さん、A’は先生も生徒も「エーダッシュ」と読んでいた記憶があります。
    コンテキストによって「Aの微分」と読み換えていました。
    さらに微分するとツーダッシュ・スリーダッシュみたいな感じで
    ま、いっか的な発想(汗)。

    さて、国語辞典で「ダッシュ」を引くと
     * 数字・文字などの右肩につける符号。「A′」「1′」のように用いる。
    という項があり
    英和辞典で "prime" を引くと
     * プライム符号、ダッシュ記号◆「A'」(エー・ダッシュ)の「'」記号のこと
    という項がありました。
    この英和辞典によると、A primeには「エー・ダッシュ」という対訳があるらしいです。

    英語として通用することを重要視するか(これならエープライムかな?)
    日本で使用する範囲を想定するか、
    はたまた微分であればライプニッツの当時の読み方までさかのぼるのか(これはさすがに極端ですね)
    何を基準にして「正しさ」を判断するかは意外と難しそうです。

    私は通じれば何でも良いと思って、
    ついついごまかしてしまうテキトー派です(笑)

    ユーザーID:3716159584

  • 答えがいっぱいのトピ主です。

    え〜〜〜〜っと…。

    難問を出します。

    「1, 1, 9, 9 を1つずつ使って10を作りなさい」といういい加減な問題を出した私ですが、
    果たして私はいったいどんな問題を出したかったのでしょうか。
    私の気持ちになって考えてください(笑)。

    「知るか!」とか言わないで〜。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。まとめレス。

    まとめてのレスですみません。

    ●小町爺さん

    ○○算って結構あるのですね。
    よくいろいろな名前をつけたものです。

    あと、鉄1kgと綿1kgは同じ重さで良いのですよね?

    ●現代の無責任男さん

    2つの図形の合同条件を満たして初めて、2つの図形について、全ての頂点の対応関係が特定されるはずですが、
    「二角一辺」には、「一辺」をどこの一辺とするかを明示するニュアンスがなく、
    合同かどうかを評価する前に、一辺の位置を特定するために2つの図形の頂点の対応を必要としている点で、
    証明として不十分な気がするのですが、これは問題ないのでしょうか。

    ●バルサ命さん

    算数や数学の意義を感じたことはあまりなかったですね〜。
    逆に、不必要だとも思ったことはなかったのが幸いでしたが…。

    理性的に考えたり、一般化して考える訓練にはなったと思います。
    「自分の生活の中で、自分なりに活かされている」程度ではありますが…。

    ●nodさん

    最近、強く感じたのは、
    「小学算数において、厳密にしない基準は意外と厳密だなー」
    ということです。
    ちょっとパラドックス的な表現ですね(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。「マイナス1」と、そのイメージについて(-1)

    中学校で「負の数」が登場し、そこでつまづく生徒は結構いるんじゃないかと想像します。
    それは今も昔も変わらないと思うのですが…。
    どうやって克服するのか、親切な方々が私に代わって答えて下さることを希望します〜。

    > どうして何もないところからさらに1個減った状態がイメージできるのか

    私は2つの理由で「イメージできなくても大丈夫」と答えたいです。

    1つの理由は、テーブルに置かれている果物の数を計算する場合、
    答えがマイナスになるような非現実な結果にはならないからです。

    実際、私も「みかんがマイナス1個」をストレートにイメージできておりません(汗)

    私の脳内イメージですが、みかん0個から1個減らそうとした時点で、
    ただの負の数として考えるようになります。
    今までイメージしていた、みかんとテーブルが消えて、
    数直線のイメージに切り替わる、とでも言うのでしょうか。
    単に「−1」という数字があって、そこに「個」という単位をくっつけた感じです。

    中にはマイナス1個のみかんが「見える」人もいると思いますが、
    見えなくても間接的にマイナス1という数量が把握できるなら不便は感じません。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。「マイナス1」と、そのイメージについて(0)

    2つめの理由は、「数学は、それ単体で体系化され、理論的な整合性が取れている学問である」からです。
    この表現が適切かどうか自信がないのですが、
    イメージできようとできまいと、数学は数学として純粋に成立しています。
    たとえば、足し算を理解させるのに、果物を使った例を出しますが、
    果物がないと加法演算が成立しない訳ではなくて、
    演算を理解する手助けとしてイメージさせる訳です。
    ある時点からは、足し算をするのに、いちいち物をイメージすることはなくなりますよね。
    ですので、イメージできないことが、数学を理解していないことになるか、というと、
    あまりそんな気がしません。

    特に、中学・高校と、数学の教育が進んで行くにつれ、
    イメージとの対応付けがどんどん難しくなっていくかと思います。
    (虚数などは高校数学での最たる例かも知れません)
    機械的に計算していくうちに、あとから理解が付いてくることだってあります。
    「言葉をそのまま暗記して解いているだけ」というのも、
    時と場合によっては、最善の手段かも知れないです。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。「マイナス1」と、そのイメージについて(1)

    ただ、マイナスという数学の概念そのものが分からない、となると、
    ちょっとつまづいている感じがしますね。

    温度計など、普段から「マイナス何℃」のように使っているものだといかがでしょう?
    アイスクリームには「-18℃以下で保存してください」みたいな表記がありますね。
    「なぜ、温度にはマイナスが存在するんだろう?」
    「温度が0℃というのはどういうことだろう?」と聞いてみると、
    どんな反応が返って来るんでしょうか。
    やがて、ゼロというのはある基準でしかなく、
    プラスとマイナスは基準からの方向と考えられることに気が付く…と、いいなぁ。

    指導要領にも、
    ・正の数と負の数について具体的な場面での活動を通して理解し,その四則計算ができるようにする。
    とあり、教科書には何がしかの「具体的な場面」が載っているはずですので、
    それをベースに理解されると良いかと思います。

    「500文字制限」にめげそうなDITAでした(笑)。
    連投失礼しました。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。数字カードの話(1)

    ugougoさん、こちらに来ていただいてありがとうございます。
    あちらでのレスができず、申し訳ありません。

    直接お話しさせていただいたのは「ジレンマ」からだと思いますが、
    まずugougoさんと私の考えの違いは、
    ただし書きに、どこまで記述するかという基準または常識があるのか、
    あるいは出題者のさじ加減でいいのか、
    というところだと思いますが、合っていますでしょうか。

    また、ただし書きより上の行に書かれているであろう出題の本文としては、
    例の出題文そのものではなく、「数を作る」ことが明記されている仮定の上
    ということで良いでしょうか。

    私はさじ加減が存在すると考えておりまして、理由は以下の通りです。
    ・原則として、出題は算数の概念のみで解くようにする(算数で閉じる)べきである
    ・ただし、文章題は日常的な題材を扱うため、特に小学生に解かせる場合、
     日常との乖離で児童が混乱しないよう、出題文に注意を払うことは望ましいことである
    ・題材も出題形式も有限ではないので、ただし書きとして何を書くか、
     ある程度、出題者の自由度が生まれる(同時にセンスでもある)

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。数字カードの話(2)

    ugougoさんのレスを拝見して疑問に思うのですが、
    小数点の位置を、捨象の対象としなかったのはなぜでしょう。
    小学生が目にする頻度について、何がしかの基準があって、それに従ったのでしょうか。
    つまり「よく目にする」であれば「よく」の基準です。

    私としては、
    zero-paddingの注釈については
    「要らないんじゃないのかな。書いたらヒントバレバレだし」
    小数点の位置の注釈については
    「なくても大丈夫だろうけど、大したヒントにはならないから入れてもいいかな」
    くらいの違いだと思っています。

    あと別レスになります。
    (zero-paddingを注釈とすべき理由として書く訳ではありません)

    ストップウォッチは、00'00"00 という表現が一般的かと思いますが、
    「コンマ何秒」と表現する通り、秒以下のセパレータに小数点を使うことがあります。
    (「コンマ」という呼び方が適切かどうかはともかく)
    キッチンタイマーについては、0X.XX というパターンでなく、
    「十の位をゼロで埋めている数」と断ったうえで挙げています。
    時刻以外なら、交通量調査のカウンターなんかもありますね。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。まとめレス(1) 10を作る話

    「1, 1, 9, 9」の問題を出し、
    二立さん、39歳男さん、ある父 さん、Smartweedさん、akina243さんから解答をいただきました。

    いずれも正解ですが、
    「1, 1, 9, 9を1桁ずつ使って四則演算をして、10を作りなさい」というつもりでした。
    字数制限で書けませんでした(←うそつけ!)

    この場合の正解もいただいていますが、(1+1/9)×9 が正解です。

    ●usiさん

    このトピに「ヨコ」という概念は、たぶんありません(笑)。
    遠慮なさらずに。
    ただ算数からあまりにもかけ離れたり、難しい問題だとはぐらかされる恐れがあります(汗)。

    さて10を作る話。
    コツではないですが、1という数字があれば±1として使えるので便利、程度しか思いつきません。

    10を作れる組み合わせがどちらが多いかは分かりませんが、
    もし私が求めるとしたら、全通り計算させちゃいそうです。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。まとめレス(2)

    ●むー太郎さん

    準備動作にかかる時間をδ秒とし、
    1回目の鐘の準備動作開始から、6回目の打鐘の瞬間までが5秒だったとすると、
    1回目の鐘の準備動作開始から、12回目の打鐘の瞬間までの時間は、11-(6/5)δ秒ですよね。

    植木算のように、δ=0と見なして答えを11秒とするなら分かるものの、
    δが消えて10秒になることはないと思うのですが、何か前提条件違っていますでしょうか?

    ●現代の無責任男さん

    「斜辺と一辺が相等であれば合同」は、私も妙味と感じます。

    ●41歳女さん

    0/1の答えは0でしょうね。

    1/0についてですが、ウィキペディアで「ゼロ除算」を読んでみてはいかがでしょう。
    それによると「算数レベルでは、無意味または未定義」となるそうです。

    関連して、「0の0乗」というページもありました。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。まとめレス(およそ3)

    ●39歳男さん

    ゆとり教育が提唱された背景や、何が行われたかは私はほとんど知らず、
    蚊帳の外状態でした…。

    円周率については、3.14 を「およそ3」とすることで、
    果たして簡単になったと言えるのか疑問なのですが…。

    ところで、偶然にも、このトピの7月4日時点のアクセス順位は314位でした(笑)。

    ●ある父 さん

    数学史のお話などなど、いつもありがとうございます。

    カルダノは16世紀の数学者なので、方程式がある以上、
    負の数は当時から普通に使われていたのかなと思っていましたが、
    普及は18世紀後半だったのですか。

    では温度計はどう表記されていたんだろうと調べてみると、
    摂氏温度(℃)が考案されたのは1742年で、ちょうど18世紀の後半に差し掛かる頃なのですね。

    それまでは華氏温度やレーマー温度などが用いられていたそうで、
    当時、恐らく一番低い温度ができるとされていた塩水の凝固点を「0レーマー度」としていたようで
    いかに負の数を避けようとしていたかが伺えますね。
    今の中学生が負の数を避ける気持ちも分かるわぁー(違うか)

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。1万年と2千年前から愛してる話

    某アニメを想起された方ごめんなさい。鶴亀算の話です。
    ツルは2千年だったのかとか、ツルとカメが同時にいるなら合わせても1万年でしかないだろう、
    いう類のツッコミはスルーさせていただきます(笑)。

    ●ぴいさん

    > ツルとカメが合計6匹いる。足の合計が16本。さて、カメは何匹?

    これ、ケアレスミス王者である私は、
    カメとツルの足の本数の差を考慮するのをときどき忘れます(笑)。

    とりあえず全部ツルだとして、
    6匹だから、合計は12本。
    16−12=4だから、答えは4匹!(え〜〜っ!)

    答えは、足の本数の差が4本だから、カメは2匹ですね。

    > 「1−1=0」を証明せよ。

    私は、大学での計算演習としては、
    主にザンクとかゴッパとかの点数計算くらいでしたので、
    「分かりませーん!」と開き直ります(笑)。

    石ころ さんのレスを拝見すると、
    「数字の始まり」は、なかなか興味深いですね。
    (「興味深い」という表現に留めてしまうズルさ)

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。9がいくつあるんだろうな話

    ●ネギトロさん

    ウィキペディアに、そのものズバリ「0.999...」という項目があります。

    |"0.999..." という記号は "1" という記号が表すのとまったく同じ数を表現しているということである。
    |この数が2通りの表現を持っているというように言い換えることもできる。

    ちなみにこの「0.999...」というページは、
    百科事典の内容として完成度が高いという評価を受けていて、
    2007年にウィキペディアの「秀逸な記事」に選ばれ、
    一時期、ウィキペディアのトップページでも紹介されていたことがあります。

    「教育現場でのとまどい」というセクションもあり、
    どこで引っかかりやすいのかというのも分かりやすく、おすすめです。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。鳴らすのはあな〜た〜な話

    補足説明ありがとうございます!

    むー太郎さんとの違いは「打鐘直後の休み時間を無視できるかどうか」のようですね。

    鐘を打つ構造にもよると思いますが、ハンマーをピックアップ→リリースという仕組みなら、
    リリース後、次のピックアップまでのタイムラグはあるのではないでしょうか。
    そうでないとリリースしたエネルギーをピックアップ部分で受けることになり、
    ピックアップ部とハンマー軸に結構な疲労がかかることになりますよね。

    ・ハンマーを鐘にぶつけて、運動エネルギーを失わせる
    ・運動エネルギーが失われた後、次の準備動作に入る

    という2つのプロセスに分けられると思いますが、
    その間のタイムラグを0と見なしてしまって良いのですか?

    仮に、実在する柱時計で0秒に近いものがあったとしても、
    この間を0としないと柱時計の報時機能が成り立たないとは思えず、
    常に0として計算して良いかはちょっと疑問です。

    むしろ、この時間を一定時間確保することにより、報時機能の寿命も長くなると思うので、
    もし、むー太郎さんのように柱時計の機構までも考慮されるなら、
    ここはむしろ0とみなさないほうが望ましい気がします。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。かけ算の順序について

    小2で掛け算を導入してから、同じく小2で掛け算の交換法則を学ぶまでの間、
    式を立てさせるためのテンプレートとして使われ、それに従った数式を模範解答としているようです。
    かける数とかけられる数が一意に定まる問題文だけ(!)を与えて、その読解力を問うている感じでしょうか。

    各種論争を見ていると、単位を使った例を挙げ、
    ことさら順序を守る必要性を論じているサイトもありましたが、
    そこに意義を求めれば求めるほど、逆に後で困るというか、
    交換法則を受け入れにくい児童を育てることにならないでしょうか。

    さんざん順序に意味を持たせ、児童に×まで食らわせた挙句
    「実は単位の整合性さえ保てればどっちでも良かった」
    という違う事実に直面させるのなら
    最初から「どっちもOKだけど、式の立て方が分からない人はこれに沿ってね」くらいに留めたほうが違和感ありません。

    ぽてじさんが紹介されたトピで、テンプレの呪縛にとらわれて、
    同様に習ったはずの交換法則が実社会で活かされない状況を目の当たりにすると、弊害のほうを大きく感じてしまいます。

    ただ、どうも教育委員会レベルでの方針のようで、根は深そうですが…。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。かけ算の順序 親としての対応を考えるなら?

    ●積分定数さん

    投稿ありがとうございます。
    (反映が遅くてさぞ驚かれたことでしょう)

    数学的な議論(mixiの数学コミュの1000レスなど)も読んで、
    おおむね、議論がどう進むのか(あるいはどう進まないのか)が分かりました。

    積分定数さんは実際の教育に携わっていらっしゃるそうですので、
    本論とは別に、お伺いしたいことがありますが、よろしいでしょうか。

    問題を矮小化する意図は全くないのですが、
    仮に、実際に、かけ算の順序を徹底する先生がいたとして、
    児童が×をもらったとしたら、その児童を持つ親としては、
    どういう(子供のケアを含む)対応をすれば良いと思われますか?

    私は小2の親ではありませんが(それ以前に人の親でもありませんが)
    このことで子供がやる気を失ったり、
    夫婦喧嘩にでもなったりしたら非常に残念なことで、
    「先生や小学校教育を問う」とまではいかなくても、
    1人の親という観点で、自分の子供(だけ)のことを考えた場合、
    どのような対応が望ましいか知りたいです。
    かけ算を習うにあたり、事前のケアもあると良いのでしょうか。

    本論は本論でいくつかレスをしたいと思います。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。まとめ亀レスです。

    だいぶ遅れましたがレスです。

    ●数学偏差値40未満さん

    あれってLaTeXの数式ですよね。
    あのフォーマットに慣れると、パッと見で、
    レンダリング後の数式が「見える」ものなのでしょうか?
    人間コンパイラみたいな(笑)

    ●石ころさん

    マーチン・ガードナーの「数学ゲーム」、確か私の家にもありました。
    ただ、第何巻だったのかも、読んだかどうかも覚えていないのですが…。
    とはいえ読んだ事実だけを覚えていても意味ないですね(汗)。

    「数学とは何か」は、難しいですね。
    その言葉を発した人の時代背景も影響しているのでしょうね。
    大昔は「農耕の道具」だったかも知れませんし…。

    ●41歳女さん

    すみません。ご質問を勝手に勘違いしておりました。
    「簡単かどうか」というご質問だったのですね。

    中学・高校の頃であれば簡単だったかも。
    今は「んー。解なしだよな〜。でもそういう代数学ってあるのかなー?」とか、
    あれこれ詮索して結局ウィキペディアで調べてしまった私にとっては「難しい」です(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。かけ算の順序についての理解と疑問点

    ある【かけ算の分からない児童】に対して、式の立て方をテクニックとして教え、
    一定の順序で式を書かせて解けるようにする。
    単位量が十分に理解できれば、交換法則を学ばせ、
    やがて面積計算(小4)を学んだ頃には式の記述も柔軟になってくるだろう
    という個別のケースであれば「そうなのか」とは思えます。

    ただそれだけではなさそうで、以下の疑問点があります。

    (1) すでに算数のかけ算を理解している児童に対して×を付け、
      時にはその理解をくじくようなことをしてまで、
      児童一律に統制させることに教育的価値があるのかどうか

    (2) 交換法則(小2)を学習した後であるにも関わらず、
      小3以降もその方法を一律に叩きこむ先生がいるようだが、それは良いことなのか

    (3) そもそも、かけ算の順序が問われるとしたら、それはいつまでかが明確なのか。

    児童一律に「この順序で書きなさい。逆順に書いたら理解したとはみなしません」という統制をするのであれば、そこには数学的・算数的な根拠があってこそと思いますが、
    今は「理解したかどうかを簡単に把握するために統制する」以上の理由が見えてきません。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。二立さんへ

    ●二立さん

    レスありがとうございます。
    過去の鋭いレスについても、併せて御礼申し上げます。

    私の投稿が遅かったり、他の方や私の投稿の反映にタイムラグがあったりはしますが、
    どんな話題でも遠慮なく投稿くださいませ。

    本題ですが、かけ算の順序についての議論は、他にぴったりの類例が
    なかなか見つからないことが、一層、議論を困難にしている気がします。

    たとえば漢字の書き順であれば、とある先生が、
    「"左"も"右"も横棒から書いたほうが簡単だから、そう書くように。
    "右"を、斜めから書き始めたら×にします」
    と指導したとしたら、その指導は明らかに誤りと言えますよね。

    先生がどう指導するか以前に「正しい書き順」というものがあり、
    それに従って指導することが望まれている訳です。

    ですので、「先生の指導」を根拠にするならば、
    指導したという事実関係のみをもって○にするか×にするか、には留まらず、
    その指導そのものが適切であるかどうか、
    算数であれば、算数・数学の教育の一環としてきちんとした指導の根拠があるのかどうか、という議論が必要ではないでしょうか。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。親としての対応

    ● 積分定数さん

    理論武装して先生と話す場合ですが、
    相手となる先生も十分に理論的でないといけないですし、
    「理論武装」自体も、数学的な正当性に留まらず、
    児童への教育的効果を考慮したものでないといけませんね。
    でないと、ただのモンスターと思われかねないです(笑)。

    毎年、かけ算の順序を徹底する先生がいて、
    一定割合の子供が×をもらい、
    その中の一定割合の親がびっくり&憤慨する、というのが繰り返されているようですが、
    私個人としては恐らくびっくりも憤慨もしない気がします。
    そういった先生の存在や、主張の内容をすでに知っているからです。

    私もちょっと想像してみましたが、
    もし、私が×を食らった親の立場なら、
    文章題から「もとになる数」がどれかを答えさせます。
    理解が確認できれば、子供に対し「数学的にはどちらでも構わないが、小学校によっては、単位数を先に書くことが"作法"になっている」
    といった説明をするのではないかと思います。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。ugougoさんへ(1)

    私が、いくつか意味不明の質問をしてしまったようですね。

    以前「極めて実務的な理由」と書かれていたことから、
    何か機械的な(誰が出題しても同様になるような)ルールや基準が存在すると受け取り、
    その客観的な基準の存在が論点となるのかと思っていました。

    (実務的イコール機械的ではないのですが、「極めて実務的」というところから主観性・人為性を排除している?というニュアンスを感じた訳です)

    今回、ugougoさんが、出題者の「気持ち」「主観」について言及されているので、
    単に私のピンボケな質問だったようです。

    > DITAさんは、だからこそ「あえて」この条件だけ但し書きをつけなかったとお考えです。(よね?)
    > 私は、(中略) この条件だけ但し書きがつかないことに「たまたまなってしまった」と考えています。

    私の認識はおっしゃる通りです。
    問題作成にあたっては、児童に気付いてほしい「着眼点」があり、
    今回のケースは小数点カードを用いたことから、小数の表し方がテーマと考えられ、
    「0が先頭に来たら次に小数点が来るという並びのルールに気付くこと」
    を着眼点としているように見受けられました。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。ugougoさんへ(2)

    先頭と末尾の小数点は、算数で習う「数」の表し方ではあり得ないが、
    着眼点に直接関わりないので付けた。
    zero-paddingについては、着眼点そのものなので付ける訳にいかなかった。
    という想像です。

    結局は想像に過ぎないのですが、
    出題者であれば、着眼点とヒントとのバランスやトレードオフについては、
    少なからず考えるのではと思っています。

    逆に、出題者が、zero-paddingについても「書いておいたほうが無難」と考え、
    「たまたま」ただし書きを付けたとしたら、
    何を着眼点とし、何のために小数点カードを使ったのか良く分からない問題になっていたと思います。

    「題意があいまい」という声については、
    トピ文面の出題文に「すべて」使って「数」を作る、と補完しない限り曖昧さが解消しませんので、
    トピ文面への指摘については仕方ないですね…。

    あと、かけ算の順序について、アピール的要素という点でのアドバイス、ありがとうございます。
    和訳という、ある程度の記述の自由度があってこそとは思いますが、
    確かに、私も問題に応じて直訳したり意訳したり、それなりに順応していた気がします(笑)。

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  • トピ主です。疑問への回答ありがとうございます

    ●かるさん

    疑問点へのレス、ありがとうございます。

    かるさんの意図とは違う気がしますが、
    いただいたレスを都合よく(失礼)抜粋すると、

     教育的価値がないばかりでなく、
     他の先生にとって悪影響をもたらす内容を、
     タスクとして教えている公務員がいる

    と読めてしまい、これは大きな問題だと思います。
    (もちろんその問題の矛先はその公務員1人に留まらない訳ですが)

    ただ、その一方で、他のレス(7月10日 12:05など)を拝見すると、
    算数の観点から、この順序でないといけないようなことも書かれています。

    これらを踏まえると、いただいたレスの後半は、
    「もし教育的効果がなかったとしても」という仮定の話でしょうか?
    少なくても、もし、かけ算の順序に正当性があるのであれば、
    それを教える教員の志望動機は問題にならないはずです。

    あと、(3) のご回答についてはとても参考になりました。
    かけ算の順序を徹底したとして、それが上書きされる時期が不明確であり、
    時には上書きされるかどうかすら不徹底であることも、
    他の「知識の上書き」に比べて批判の多い理由の1つに挙げられそうです。

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  • トピ主です。二立さんへ

    参考として、他教科に類例を求めるのは良いことと思いますが、
    他教科との比較をもって「矛盾」とするのはどうなのでしょう。
    極論すると「道徳では答えは1つとは限らない」のような話にもなりますが…。

    特に、論理の一貫性を求めるのに、書家の筆順という芸術的要素までを含める必要があるのでしょうか。

    なお、低学年では「書写」に相当すると思いますが、指導要領では1・2学年の書写について、
    「点画の長短,接し方や交わり方などに注意して,筆順に従って文字を正しく書くこと」
    という項目があります。
    少なくても書写において筆順はどうでも良いとは思えません。

    > しかし、ぼくは学習上の過程で、落ちこぼれや算数嫌いを減らすために掛け算
    > の順序にある程度の指標を定めた方がいいと言う立場です。

    目的は賛成できますが、「ある程度の指標」が、
    ・指標そのものの数学的な合理性
    ・カリキュラムとしての妥当性
    ・指標の強制力
    などのバランス次第と考えます。

    私の「7月9日 19:20」の冒頭で、賛成する例を書きましたが、
    一律統制は、指標がさほど合理的でもないのに強制力が大きく、バランスを欠いていると思います。

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  • トピ主です。むー太郎さんさすが!

    まずは、数学犬さん、面白い問題をありがとうございます。
    1問目については、移項して公約数の問題にしようとしましたが、
    数式を一般化しようとすればするほど、
    最も重要な制限事項である「1〜9の数字を1回ずつ」という観点から外れて、
    有理数の範囲で雲をつかむようなものになってしまうんですよね。

    1/2 + 1/3 + 1/6 = 1

    などを出発点としましたが、ダメでした。

    そして、むー太郎さん、コンピュータといえど素晴らしい!

    > 論理的な解き方私も知りたい。

    基本的には覆面算の一種だと思いますが、
    答えを見てしまったら、もう17という素数しか頭に浮かばない(汗)。

    ああーー。
    「さっぱり分からん!」というレスタイトルに答えが載っているとは思わなかった…(笑)。

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  • トピ主です。「作法」にレスがあったので(笑)

    ●ある父 さん

    「作法」というのは、まあ、なんというか、皮肉のつもりです(笑)。

    なお、かけ算の順序については、「算道の作法」とまでは思っていなくて、
    個人的には、あくまでも、その小学校の授業での「良く分からない、非数学的な何か」というイメージです。

    もし、算数や数学の作法であれば、作法を守らなくても数学的に正しい限り、
    やっぱり×にはして欲しくないなーと思います。

    ただ、指導はなされても良いでしょうね。
    ある作法があり、それを守っている人が少なくなければ、
    読みやすさへの配慮から、作法に従って記述することが望ましい、
    という場合も多々ありそうですし。

    なお、私が感じる「数学の作法」としては、a, b, c のサイクリック表記:

     ab + bc + ca

    があります。
    代数的に等価である限り、どう書こうが不正解にはならないであろうものの、
    そこはかとなく記述の対称性に美意識が感じられる、というのが、
    いかにも「作法」な感じで(笑)。

    ユーザーID:3716159584

  • トピ主です。底上げの効果ってどのくらい?

    ●積分定数 さん

    > 「かけ算の順序」は数学の真理とは関係ないようですね。

    大半が教育上の理由なのは間違いないでしょうね。
    二立さんもおっしゃっていますが、クラス全体の底上げを図る狙いがあるのかと。

    かけ算の順序を徹底するやり方が普及していて、それを変革しようとするならば、
    「底上げという効果」と「統制による弊害」とのバランスを、
    どの程度、客観的かつ定量的に評価できるかがポイントではないかと思います。
    (数学的に云々な話は「弊害」に含まれるでしょう)

    特に「現状、かけ算の順序を教えることにより、底上げの成果がどれだけ挙がっていて、そのうち一律統制による(プラスの)成果はどのくらい」
    という評価が必要と感じます。

    そうでないと、あたかも、
     「かけ算の順序の一律統制をやめる = 底上げをやめる」
    という図式が出来上がってしまい、
    「底上げを優先するか、できる子を優先するか」のような、
    本来二極化すべきでない議論を招きかねません。
    さらには「できない子を見捨てるのか!」のような感情的な話になったらお手上げです(笑)。

    このあたり、客観的に評価する方法ってあるのでしょうか?

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  • トピ主です。一般的な指導法の話(1)

    7月14日 9:27の二立さんの投稿では、教育についての一般論的な話をされているようですので、それに追随したレスをします。
    二立さん、いつも真摯なコメントをありがとうございます。

    (1)算数教育として、どのような指導法が望ましいか
    (2)指導法にどれだけ従うのが望ましいか、または、指導方法に標準を定める是非
    (3)望ましい望ましくないにかかわらず「そもそも教師と児童との関係」的な議論

    私はおおむねこの3つを分けて考えています。
    時々ごっちゃになりますが(笑)

    前後しますが、(3)について、学校生活の中で「先生と児童の立場をわきまえる」という点においては、
    私はおおむね二立さんと似た立場だと思います。
    児童は先生に敬意を払い、指導に従うべきで、親としてもそう教えていくのが望ましいと思います。
    (先生にもいろいろいるでしょうから、あくまでも一般論としてです)

    また、算数教育そのものに道徳的要素を持たせることには(総論として)賛成し兼ねますが、
    算数教育を優先するあまり、道徳がないがしろになってしまうのは有害と考えます。

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