【ギネ】産科での喜び、悲しみ、驚き…思い出を聞かせてください

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大手小町編集部

編集部


ドラマ「ギネ 産婦人科の女たち」主演の藤原紀香さん

 崩壊の危機にあるという産科医療の現場。それでも「命を救いたい」と日夜、闘う産科医たちを描き出すドラマ「ギネ 産婦人科の女たち(日本テレビ系)」が10月〜12月放送されました。
 主人公は入局5年目の産科医・柊奈智(藤原紀香)。「命」への強い執着を持ちながら、周囲との摩擦やトラブルが絶えず、ある手術をきっかけに、医師生命の危機にも直面する――
 長時間の連続勤務や月20日の当直といった過酷な労働環境に加え、訴訟率が他の科の約3倍というプレッシャーもかかる産科医の現場。
 患者の側からは、分娩できる産院が減り産む場所が見つからない苦労や、救急搬送で受け入れ先が見つからない、といった事態も深刻です。
 でも、本来産科は、新しい命の誕生を通じ、私たちに強い感動や喜びをもたらす場所でもあるはず。
 産み、生まれるとき、私たちが必ずといっていいほどお世話になる産科・産院について、皆さんの体験や、率直な意見を聞かせてください。

 「ギネ 産婦人科の女たち」は12月9日最終回をもって終了しました。多数の投稿をありがとうございました。

 「ギネ 産婦人科の女たち(日本テレビ系、水曜22時)」公式ページはこちら

 脚本家大石静さんのインタビューへ。

 「ギネ」に出演 板谷由夏さん「人との縁大切に」

 〜「ギネ」とは〜
 医師の間で産婦人科医のことを、「ギネ」と呼ぶ。英語では産婦人科医のことをObstetrician&Gynecologistということに由来する。

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  • 立って耐えた。

    初産のとき、陣痛に立ったまま耐えました。
    重なるものだとは言いますが、既に私の前に二・三人陣痛が来ている人がいました。痛みでよく見ていませんでしたが、声が聞こえました。
    陣痛が来ても、ギリギリまで家で待ったため、病院に入ってから10分くらいしか時間が経っていなかったからだとは思いますが。
    そばで待機する先生を、なにと思う暇もなく、ひっひっふーと陣痛を必死で逃していました。
    いすもなく、馬跳びの馬状態の私を「大丈夫ですかっ?!」と座らせてくださった看護師さんがありがたかった…
    その後、順番飛ばして一番に生んじゃいました…が、どこでどう生んだか、覚えていません。

    ユーザーID:6366996600

  • お医者さんに感謝した

    私は超難産でした。
    妊娠時からトラブルが絶えず、こんな状態で健康な子供が生まれるのかと思いました。

    何とか自然出産を待ち、陣痛が来たものの、3日たっても生まれず。
    最後は母子ともダウン状態、子供の心拍数が下がり、緊急帝王切開。

    そう言う不安な状態の妊娠中、陣痛中、手術前。
    担当医は必ず私の手を握り、
    「大丈夫。絶対に子供を取り上げてあげるから、頑張ろう。」と、
    励まし続けてくれました。
    大勢の妊婦の一人なはずですが、いつも真摯に私の言葉を受け容れ、
    励まし続けてくれたあの担当医がいなければ、二人目は断念していましたね。
    お陰で二人目にも恵まれ、また難産でしたが産む事が出来ました。

    いつ寝ているのか思うほどの激務ですよね。
    髪には常に寝癖が付いていて、「自分の子供の出産には一回も立ち会えなかった。」
    と笑っておられました。
    色々な事故もあるし、訴えられる先生もいるようですが、
    中には本当に素晴らしい先生がいらっしゃいます。
    日本の産科医がもっと素晴らしい環境で働けるようになるといいと思っています。

    ユーザーID:8438583887

  • 私、全員帝王出産です(笑)

    一人目 胎盤早期剥離により緊急手術で予定より48日早く出産 この時大学教授執刀だった為、まわりに40人以上の研修医…非常にプレッシャーでした。参観料金取りたかった位いました(笑) なかなか胎盤早期剥離が珍しいらしく、なんだか実験台にされ、悔しかったぁ 切り跡も研修医にやられたため凸凹…悲しかったです。 2548グラムの小さな女の子でした。


    二人目 前回が危険度高い出産だった為、ハイリスク外来に回され、厳しくも優しい先生のお陰で、一番模範的な妊婦生活を送りましたが、陣痛が来なくて羊水激減な為帝王出産…傷が悲しい…って話を先生が覚えていてくれて、綺麗にしてくれました。 3680グラムの女の子でした。


    三人目 最初から帝王予定でしたが、ぎりぎりまで待ちたい(長女が修学旅行だったのでお弁当を作ってあげたかったので)、と待っていたら初の陣痛(笑)
    そのまま手術。 その時の先生は『好きな音楽かけるね〜♪』とノリノリなBGMをかけてくれて、楽しく手術してくれました(笑) が、その後手術の薬害により多型紅斑により、死にかけました。
    手術はやっぱり怖いね〜(笑)

    ユーザーID:7865646274

  • 感謝!感謝!

    まだ出産はしていませんが、臨月の妊婦です。
    私がお世話になっているのは開業医の産婦人科の先生ですが、初期から出血や腹痛があると病院に相談すれば、GWや時間外でも診察して下さり、本当に心強かったです。
    七ヶ月でお腹をぶつけてしまい、診てもらうと切迫早産で即入院。入院してみると、昼間は外来の診察、時間外、夜間もお産や救急診療、とにかく産科医は多忙で休みがないんだな、と、頭が下がりました。私がお世話になった院長夫妻は、休日や連休でも家族で遠出することはないとか。(いつお産で呼ばれるかわからないため)
    28週の時、夜中トイレに起きるとおりものが水のようで、心配でナースコールしたら、羊水が疑われる検査結果がでてしまいました。土曜の深夜、胎児は千グラムに満たない状況、医師は母体搬送するか、頭を抱え、私も足がガクガク震えました。土曜の深夜は搬送しても受け入れ先が見つからない可能性も高く、破水の決定打がない。結局医師の判断で一晩様子を見て、破水の疑いが晴れ、おかげさまで、早産にならず臨月を迎えられました。お世話になった患者として、今産科医の方が直面している問題が、少しでも解決するよう、願うばかりです。

    ユーザーID:5122397882

  • 有難うと今でも言いたい

    持病があったため投薬とともに過ごす妊婦生活。出産時は難産でしたが偶然にも分娩室には私一人。
    「ちょっと無理そうだから吸引していいですか?」とおっしゃった先生。
    「はい」とうつろに答えた後、「痛いけど頑張ってね」と言われましたが陣痛の時点で相当の苦しみに既に何がなんだか分からない状態。

    吸引された瞬間
    「イッターっ!!!!」
    ウソでしょ、何?何なの?さらに大パニック!!!になった私に
    「ちょっと息すいましょうか。大丈夫ですよ、はい、吸って〜吐いて〜」と声をかけてくださった瞬間
    突然冷静になれました。
    あの一言がどれだけ私を助けたことでしょう。
    涙が出るほど安心出来ました。

    その後、出血量が多く、子供はすぐに泣き声を上げず・・と心配続きでしたが
    常にスタッフの皆さんの気遣いに救われました。


    あれだけの激務を嫌な顔一つせず助けてくださる産婦人科の皆さんは素晴らしいです。
    あの時担当してくださった先生、そして助産師さん方全員に7年経った今でもお礼を申し上げたいです。
    (当時もお礼はお伝えしましたが)

    ユーザーID:8840516734

  • 喜びだけの場ではありません。

    あと1週間で元気な息子をこの腕に抱けると
    幸せの絶頂だったのに
    突然お腹の中で旅立ってしまいました。

    陣痛促進剤を投与し
    医師には長い人は数日かかる
    通常でも陣痛が起きるまで半日くらい。
    と言われたけれど、息子は夕方には
    私達夫婦の腕の中へ・・・
    とても親孝行な息子でした。

    「起きていいんだよ、目開けていいんだよ
    どうして??どうして??なんで・・・」

    冷たい分娩室で今にも目を開けて
    泣き出しそうな息子を抱きました。

    隣の分娩室からは
    元気な産声と「おめでとうございます」の歓喜。

    私達夫婦と息子だけが取り残された冷たい部屋

    不妊治療でやっと授かった息子を
    亡くしもうすぐ一周忌を迎えます。

    もう二度と我が子を抱くことは
    できないかもしれないと思う気持ちと
    もし授かったとしても
    また・・・という恐怖。

    もう二度と哀しい出産は体験したくないです。
    思い出??思い出なんかじゃありませんよ
    泣かない日なんてないんですから。

    ユーザーID:2544287101

  • 薬は怖い

    33週6日目の日。
    錠剤のウテメリンを処方され服用していたが、その日は朝から陣痛のような張りが止まらず、産科へ。
    NSTで測ると、3分間隔で波が来ており、すぐにウテメリンを点滴で投与。

    しばらくしてお腹の張りは遠のいたが、直後に母体に異常が。
    成人男性に心臓を鷲掴みにして思いきり握りつぶされているような痛み。
    ベッドの上で胸をおさえてのたうちまわり、「心臓が痛い。」と何度か言った後は、痛みで呻き声しか出ず。
    まじめに死ぬかと思えた。
    担当の研修医が、とても慌てているのが伝わってきた。
    そして、産科部長のところまですっ飛んで行った。
     
    しばらくして戻ってきた先生は点滴を外し、ウテメリンは投与中止。次に波が来たら陣痛は止めずに出産すると告げた。
    点滴を外して暫くすると心臓の痛みは嘘のようになくなった。
    私はそのまま入院。絶対安静、食事とトイレ以外は起き上がることも禁止。
    1週間後、2分間隔の波が来て分娩室に入るも、半日で波が遠のき、出産に至らず。
    36週0日で退院。2日後に陣痛が来て、普通分娩で出産。

    錠剤は平気で、点滴でダメだったのは何故?
     

    ユーザーID:2003361822

  • 医師もそれぞれ

    1人目の時、私も妊娠、出産を甘く考えて、交通の便が良いし評判も良い近所のホテル並の豪華産院を選びました。

    何時間も待って5分診察。初期から全くおさまらない悪阻にも「体質」と言われるだけで終わり…でも初めての妊娠だから、そんな物か…とネット普及もない時代の妊娠で不安ながらも過ごす中26週の定期健診で、胎児発達延滞、妊娠中毒症で大学病院に緊急搬送となります。

    「赤ちゃん産みたいんなら、うちじゃ無理だから」

    と一言無表情で言われて後は看護師に聞いて
    と、部屋を出され立ち尽くす私に優しく声をかけてくれた看護師の方々

    大学病院の方が事務的なんだろうと勝手に考えていた私の考えを覆し、搬送先で医師や看護師の方々は本当に、いつ休んでるの?という程、どの時間帯もいらっしゃり

    絶対安静の日々の私を支えていただき、トイレもベッドでの生活に精神的に参った私に一晩、寄り添って「あなたのせいじゃないから」と身体をさすって下さった医師、今でも忘れられません

    結局、かなり早い早産となりましたが、精神的にとても支えて下さいました

    2人目も迷わず同じ医師にお世話に!と思いましたが移動されていて残念でした

    ユーザーID:0402230051

  • 出産も流産も同じ部屋

    子宮筋腫をとった友人のお見舞いに行ったら 6人部屋でしたが 臨月の方も 流産された方も 出産後の方も 同じ部屋でした
    結構 有名に病院でしたが ここでは 絶対 産むまいと 思いました

    ユーザーID:1191244492

  • 嫌な病院だったけど、場所で仕方なく決めた。

    つわりで吐いてばかりいると相談したら
    「太っているから調度いい」
    と、相手にしてもらえなかった事から不信感しかありませんでした。
    因みに身長163cm56kgで普通体型とばかり思っていたのでショックでした。
    ま、あと5kg痩せたらいいな〜とかは思ってましたが許容範囲だと思ってた。
    いつも2〜3時間待たされたし、下手すると座る所も無い。しんどかったです。

    出産時も、ビデオ撮影はしなくていいと言っているのに、気付いたら先生が撮ってるし。
    退院時上映するし。ここにこの曲いれた〜♪ってお前の自己満足かよ!と腹が立った。
    病室は設備が新しいけれど、掃除が行き届いてなくて、上のほうの棚の中は埃まみれ。
    カーテンは触ると埃が舞う。
    お陰で、アレルギーのある私は目が痒くて痒くて堪らなかったです。
    母子同室だったので、雪も舞う中、窓を開けてざっと掃除も出来ない苦痛。

    しかし、高齢の祖母がお見舞いに来るのを楽しみにしていたので、
    中間地点に建つこの病院しかなかった…。

    産後、もうここに来なくていいというのがとても嬉しかったです。

    ユーザーID:5511810360

  • ゴルフのスコアが悪いと怒られる

    長い陣痛がいよいよ生まれる!って頃に変わると
    突然看護師さんや助産師さんがあわただしくなり
    分娩室に緊張が走った。

    初産だったので、「いよいよ出産が近いのか」と
    こちらも少し緊張すると、
    助産師さんがやってきて一言。

    「大変なことになった。もうすぐ院長先生が帰ってくる。
     今日は院長先生はゴルフに行っていて、
     スコアが悪ければ機嫌がとても悪い。
     
     以前も、スコアが悪いために不機嫌になり
     そのストレスを分娩中の妊婦にまでぶちまけるため
     妊婦はあまりの恐怖に 陣痛が収まってしまって
     出産が翌日にまで延びてしまったこともあった。

     今日のスコアが悪いかどうかは今分からないけど、
     できれば今、院長先生がいないうちに出産できた方が
     あなたも私達も楽だから、 頑張って生んじゃいましょう!」


    幸い院長先生は遅れて、いまだ到着せず。
    本当ならシフトは終わっている先生が 帰宅予定の電車の時間を
    ずらしてまで残ってくれて、無事院長先生が来る前に出産できました。

    妙な一体感は恐怖の院長を回避したいため。
    出産以外でびびったわ。

    ユーザーID:5558369910

  • 座敷犬さんと同意見

    43歳、初めての妊娠でしたが【稽留流産】と診断され、一泊入院しました。
    四人部屋で、私の隣の方は帝王切開で赤ちゃんを産んだばかりの方でした。

    そして私の手術当日、
    隣の方には朝から親戚や友人達が見え、赤ちゃんのミルクの時間には写真を撮っていました。隣からもれてくる、そのストロボの光と、シャッター音、そして歓喜の声が、私にはとても苦しく悲しく辛かった。

    部屋数が少ないという理由も分かりますが、もう少し配慮をしてほしかった。

    本当に辛く哀しい時間でした。

    ユーザーID:2473784826

  • 流産しました

    妊娠したら1年後には自動的にお母さんになれるものだと思っていました。
    今思うとなんと無知だったのか・・・。

    妊娠して喜んだのもつかの間、おなかの子供はすぐに成長を止めてしまい、わずか2ヶ月で流産しました。

    心の痛みもさることながら、流産の手術がとんでもなく痛くて悶絶しました。
    ラミナリアという子宮口を開くものを入れるのが恐ろしく痛くて、気が遠くなり、自力で立ち上がれなくなってしまった。
    生まれて初めて過呼吸をおこしほとんどパニックになりました。

    大丈夫ですか?と常に気遣ってくださった看護師さんに救われました。
    それから手術後の痛みにものたうちまわり、地獄の1日を過ごしました。

    流産であんなにも痛いのなら、私には出産など無理だと悟りました。
    あれから1年たちますが、もう恐ろしくて妊娠できません。
    主人とのHのときも、妊娠するのが怖くて集中できません。
    赤ちゃんはほしいけど、もう痛いのは本当に恐怖で身がすくみます。
    克服できずに今も苦しいです。

    ユーザーID:8145395891

  • 先生あまり無理しすぎないでくださいね。

    私の主治医も有名大学病院の産婦人科教授という肩書きを
    持つほどの人なのに、「先生いったいいつ寝てるの?」
    と思うぐらい過酷に長時間働いておられました。
    当直夜勤も若い医師に押し付けることなく深夜に回診されている
    姿は感動さえしました。最後の診察の時「先生、本当に本当にありがとうございました。どうかどうかお身体だけは壊さないよう、無理しすぎないでくださいね。」と挨拶したかったのですが、その時も長時間待ちの外来患者をさばくのにドタバタとめまぐるしく動かれていたので
    それさえ言いそびれてしまいました。
    次回も何かあったら是非先生にお願いしたいと思っているのですが、
    あの現状で先生のお身体がもつのか本当に心配です。

    ユーザーID:9726621653

  • 産んでんであげられなくてごめんね

    こんにちは。
    私27歳の時に同棲していた彼氏の子供を妊娠しました。産婦人科病院で妊娠が判明した時はすごくうれしかった。でも途端に彼氏の態度が豹変。
    「お前とは結婚するつもりはない。すぐおろせ」
    と言われました。
    彼とはさんざん喧嘩して考えを改めさせようとがんばりましたが、「おまえは料理や掃除が下手だから結婚はむり。」と考えを変えず、そのうち彼の父親も電話で「息子の言うとおりおろしてくれ」と言ってきました。
    その彼は自ら産婦人科病院へ中絶の予約の電話をしてしまうくらいです。(でも個人情報の関係で本人以外の予約は受け付けてくれなかったので結局私がしました)
    中絶する当日まで説得をし続けましたけど、彼の考えは変わらず、結局中絶。
    そのバカ男とは結局別れましたけど、おろした子供に申し訳なくて今も涙がでてきます。そして他の人に罪はないとは解っているけど、普通に結婚して子供産んでいる人たちがうらやましくてしかたがありません。

    産婦人科に勤めている人たちに質問なんですが、中絶した後の胎児ってどう供養しているんですか?お墓とかにいれてあげるんですか?

    ユーザーID:5904897510

  • 懐かしい・・・・

    切迫早産のため、1ヶ月半24時間点滴の
    寝たきり妊婦でした。
    赤ちゃんって、最後に肺が完成するので
    出来る限り、おなかにいた方がいいそうです。

    いざ、出産になったら
    回旋異常で、なかなか産まれず・・・
    看護師さんが、私の上に乗って
    ぐいぐい、おなかを押すの!
    死ぬ〜って感じでした。
    結局、吸引するも、すっぽ〜んがはずれ・・・
    再度チャレンジして、やっと産まれましたが
    産声をあげず、奥の部屋へ・・・

    何?何が起こったの?!
    と、思っているうちにやっと泣き声が・・・

    今度は、後産が出なくて
    おなかをぐりんぐりんされ、感動より痛くて涙。

    そんな風に、産まれた子供も今年、二十歳です。

    余談ですが入院中に、病院に来る途中
    車の中で産んじゃった方がいました。

    ユーザーID:2326434101

  • そりゃないよ・・・

    陣痛促進剤を使って、一日以上かかったお産。
    分娩室から出る頃、看護師さんが「夜中で疲れてるけど、今は赤ちゃんとお部屋に戻って、朝になったらゆっくりできるように赤ちゃんを預かりますね」
    と言われ、赤ちゃんと一緒にお部屋へ戻る事に。
    朝食も済み、看護師さんが来た時、昨晩言われた事を思い出し「睡眠をとりたいので、預かっていただけますか?」と言ったら
    烈火の如く怒られました…赤ちゃんを何だと思ってんだ!ってな事を延々と言われ、「預かれって言われれば預かりますよ!」と言って、子供を連れて行ってしまいました。
    え?これって私が悪い訳じゃないと思うんだけども…
    お産の疲れと睡眠不足と怒鳴られたショックで、その後は涙なみだ。
    看護師さんにこう言われたからと反論する気力も無く、ホント悔しかったです。
    看護師さん同士で、申し合わせしてなかったんでしょうね。
    今思い出しても悔しいです。

    ユーザーID:8288175295

  • 満ち潮の低気圧

    2人目も予定日を過ぎても生まれないため、予定帝王切開に
    なったのですが、朝一番の8時スタートの為前日から入院
    していたら、夜中の騒々しいこと、、、

    分娩室兼、手術室に入ると疲れきった表情の先生、、
    一言”夕べは満ち潮の低気圧で一晩で6人も出産になり
    LDRに入れない人もいたので、朝と思えない位疲れてる”

    噂には聞いていましたが、本当にそんな事あるのだなあと
    硬膜外麻酔で意識のあった私は世間話をしながら第二子を
    高齢出産しました。

    ユーザーID:5279845401

  • 人手不足感

    初産で陣痛10分間隔になったので病院へ電話をすると、まだまだ大丈夫よ自宅待機せよとのこと。
    (既に2日ほとんど寝ていない)半日経過し、再度電話すると、日が変わらぬ間に入院すると1日分の料金がかかるから翌日こいと。
    夜半に、たえられーんと、電話し病院行く宣言。すると、立込んでいるから、来ても対応できませんと。
    初めてのことで、不安と絶望感に打ちのめされるも、そのまま我慢。
    明け方耐え切れずに、病院へ。誰もいない待合室で3時間ほど待ち、夜が明けた頃に問診を経て入院許可。
    ヤッターと思いました。生まれたのは半日後。

    朝夜は先生と看護師さん3人ほどでお産と回診(10人ちょいでしょうか)をこなしている
    お産が重なれば、どんなに部屋からコールしても届きません。
    「いつでもナースコールしてくださいね」とはじまる夜。
    完母方針の病院、母も子も初めてのことなもんでうまく飲めない、あげられない。
    体力・精神的にも疲れて泣いていても、届かないナースコール。

    そんな状況でも日中はすごく親切で支えてくれて感謝しています。
    そんな先生達を支えているのは何なんだろうと、最近考えます。

    ユーザーID:9297023545

  • 大学病院

    1度目3度目の妊娠は流産
    4回目の妊娠は 子宮外妊娠のため大学病院での手術でした

    術後は術後部屋と呼ばれる大部屋で過ごすのですが 産科のため帝王切開での出産の人と同じ部屋でした
    私は赤ちゃんがいなくなって悲しいのに 隣のベッドでは「おめでとう!」とうれしそうにやってっくるお見舞いの人たち・・

    傷口に塩を塗られるようでした

    ユーザーID:1404720153

  • 2回の帝王切開

    上の子が逆子だったため、帝王切開で出産しました。
    個人病院で、先生1人でした。
    私は麻酔が良く効く体質だったのか、腰椎麻酔で眠ってしまい、
    上の子の出産時の状況は全く分からず・・・
    しかも悪夢をずっと見ていて、目を覚まさなきゃ死んでしまう!
    と必死で意識を取り戻そうともがいていました。
    2人目も同じ病院で同じく帝王切開。
    前回の麻酔の恐怖を伝え、手術にいどみました。
    意識もたもったまま、2人目は何とか生まれてちゃんと
    顔を見ることが出来ましたが、
    やはり痛くて、眠る?と聞かれお願いしましたが、
    その麻酔で、ぐぐっと深く眠りすぎて、
    やはり意識を必死で戻した記憶があります。
    先生も看護師さんも必死で名前呼んで、
    起きなさい!起きなさい!って叫んでいました・・・。
    なので、二度とも死にかけた気がして、
    3人目を生むのが怖くてもう妊娠はしない、と思っています。

    ユーザーID:2452938597

  • 娘よ!元気に育ってくれてありがとう

    独身の頃、出血があったため念のため産婦人科を受診しました。
    先生の淡々とした言い方、態度に冷たさを感じつつも問題ないとのことで終わりました。

    数年後、結婚し待ちに待った妊娠かも!?と期待を胸に、
    先生の態度が少し不安でしたが、会社の近くのため通院に便利だと思い
    以前と同じ産婦人科に行くことに。
    受信後、先生から妊娠数週間とのこと、この最高にうれしい瞬間に
    「まだ生きているか死んでいるか分からないよ。数週間後に再度診てみないと。」
    と、
    なに〜!確かに専門家の冷静な発言だろが、もっと他に言い方があるだろう!!
    この病院はないなと、すぐさま別の病院へ行きました。

    その後、先生も看護師さんもやさしく無事出産。

    あんな病院はまれでしょうが、妊娠中は本当に精神が不安定になります。うれしい反面不安なんです。産婦人科は暖かい、安らげる環境であってほしいと思います。

    ユーザーID:7633645761

  • ニュージーランドの病院でですが

    NZの田舎町の総合病院で初めての子を出産するぞというときのこと。
    陣痛が10分間隔になり病院へ。
    出産を促すため、うろうろ歩かされる。歩きながら、「おお、きたきた・・・ ううー、いてーぞー」 ああ、おさまった。どれ歩くか。うろうろ。「おお、来たぞー、 ででで・・・」
    などとやっていたところ、

    「ジリジリジリ・・・・!!!!」と火災報知機が病院全体に鳴り響く。

    なんかなー、おんぼろ病院だし、誤作動だよ。絶対。

    だけど、鳴ったからには避難せねばならない。

    建物の外へ出る。
    座るところもなく立ったまま 「おお、きたきた・・・ うー」
    周りにいる人たちが、「あらー」「大変ねー」

    そうこうするうちに
    ほれみろ、誤作動だぜ。

    その後病棟に戻り、順調に出産へといたりました。

    同病院で二人目のとき。
    一度経験したから余裕のよっちゃん。陣痛の合間にガーガー寝てたら
    助産師さんが「寝てばかりいないで、ちょっと歩いてきなさい」
    すんません。いってまいります。

    その後楽勝で4kgを超える女の子が出てきました。

    ユーザーID:0003227841

  • ドイツで産みました

    私が出産した病院は、民間の経営で、設備は公共のものと比べると、遥かに良かったようです。陣痛と分娩室が分かれていなくて、部屋が弧を描くような構造でした。どの部屋も、ガラス越しに看護師さんや助産士さんの詰め所から見えるようになっていて、陣痛が弱いうちは夫がいるのみでしたが、様態を見ながら見に来てくれました。

    最初の子の時は、さすがにパニックで、よく覚えていませんが、次男のときは日本で習ってきた呼吸法で、リラックスできたようで、窓から見えるカスターニャ(ビアガーデンにある木)を眺めながら、夫に「ビールのみた−い」と言いながら、スクワットをして強くなるのを待ちました。

    産後、すぐ、2時間ほど、分娩をしたその部屋で、生まれたての赤ん坊と(出血がひどくないか監視するために)二人でウトウト。分娩台も、日本で見たような、機械的なものではなく、大きなベッドのような、、でも出産になると、いろいろ調節できるような、ものでした。
    全て母親主体の出産とでも言いましょうか?四つんばいが良いなら四つんばいで、立って産みたいなら立って、と医者も助産師も、フレキシブルに対応してくれました。

    ユーザーID:2000333557

  • 美しい思い出です

    日本ではないのですが比較的最近40歳を過ぎて高齢出産しました。
    ホテルのような豪華な病室、計画帝王切開だったので陣痛を経験する事もなく、体力も消耗しなかったので産後も楽々でとても40歳を過ぎてこんなに楽な出産をする事ができて幸せでした。
    日本では「お産は苦しんでなんぼ」という発想が根強いのでこんな事言うと暢気者と言われそうですが・・・(現に実母からは散々な言われ方をしました)
    24時間オール看護がついて、食事も美味しい和食で、母乳もよく出ました。
    本当に辛い事なんてひとつもなかったなー。
    でも出産前の数年間の不妊治療は辛かった。
    神様は見てて下さった、報われた気持ちで一杯です。

    ユーザーID:4680151528

  • 母乳が出にくくて、かなり落ち込みました

    1歳と2歳の年子の母です。

    1人目の出産後、初めてのことだらけでとても気持ちが不安定でした。
    特に母乳の量がなかなか増えずに落ち込みました。

    同室だった方々は、順調に量も増えて赤ちゃんも満足そうでしたが、私はマッサージしても何度吸わせても量が増えず、乳首が切れて血がにじむし、大変でした。

    お見舞いに来てくれる親戚が母乳は出ているのか聞いたり、ミルクを足さなきゃ赤ちゃんがかわいそうだとか言うので、産後の戸惑いと自己嫌悪で号泣した思い出があります。

    今思えば小さな問題なのですが、母乳で育てなきゃという妙なプレッシャーがつらかったですね。

    2人目からは余裕たっぷりの気持ちで産後をすごしました。
    おっぱい吸わせとけば静かなんだから余裕だわーという感じで。

    初めての赤ちゃんは色々と緊張して戸惑って無理して不安いっぱいでしたね。
    2人目の入院中は、初めての方々に「無理しないで、気楽にね」ってアドバイスしたかったけれど、余計なお世話だし、人それぞれですからね。
    母乳のことや赤ちゃんが夜寝ないことで悩んでいた同室の方々のことを私もそうだったなぁって思って見守っていました。(えらそうに。)

    ユーザーID:3279846456

  • 院長先生の人柄に慰められました。

    大晦日、突然の破水で予定日より2週間ほど早い出産となりました。
    初めての出産で、不安も大きかったのですが、
    院長先生が部屋にこられ、
    「うちは個人の貧乏医院やけど、スタッフには恵まれてるからね。
    看護師さんも助産師さんもみんな患者さんに優しくて、僕には怖い人ばっかり(本当でした)。みんなで、お母さんと赤ちゃんを守るからね。安心して大丈夫やから。それに急やったけど、今日産むと、今年の税金の控除もしてもらえるからお得やで。赤ちゃんが自分のおむつ代もってきてくれたんやね」

    といって笑わせてくれました。
    その後も時間のかかる出産でしたが、そのつどスタッフの方に励まされ出産することができました。
    出産後、私の臍帯と胎盤をまるで魚でも釣り上げたように掲げ、満面の笑みで写真におさまっている先生を見るたびに、あの産院で産めてよかったと心から思います。

    ユーザーID:1689572467

  • 緑の水

    アメリカで初めての妊娠で不安がいっぱいでした。
    破水が始まったとき、赤ちゃんがお腹のなかで排泄をしていて、水が緑でした。
    「本当に人間が入っているのか?(笑)」とびっくりしました。(妊娠の本は破水の水は正常で透明、茶色だと危ないとしか書いてなかったので)
    無痛分娩だったのですが、麻酔の先生が呼んでから1時間も経って来たのにイライラさせられました。
    夫の胸ぐらをつかんで「今すぐ連れてこい」とすごみました。
    娘がまっすぐ降りて来てくれず、最終的には吸引で出す事に。
    産んですぐは、こんな痛い事、二度としないと思いましたが、時が経つと、あの痛みは覚えてないものですね。

    アメリカで出産して良かった事は、夫がずっと一緒に居れた事。陣痛から、出産、退院するまでの3日間、泊まり込みでずっと一緒にいました。

    ユーザーID:6759422841

  • 病院のシステム

    今までレスなさった方のお話を聞いて、色々思うところがあります。
    まず、流産なさった方と出産なさった方を同室に置かれるのは
    人の痛みを考慮しないシステムだと思います。
    私は持病があって、内科にベッドを置いて帝王切開しました。
    それなら、内科に流産した方を移動することも出来ると思うのです。

    看護師さん同士の伝達が悪いこともよくあることです。
    そんなときは患者が怒るべきなのですが、初産だと勝手が分からず
    そんな物かと我慢してしまう・・・・

    忙しいから、というのは病院側の都合であって
    人生の一大事を抱えている産婦にしてみれば、とんでもないことなのです。
    そりゃ、些細なことで呼び止めるのは常識としてNGなのは分かりますが
    私は内科に入れられていたからという理由で、二日間我が子の顔が見れませんでした。
    そういう場合は毅然と自分の要望を伝えるべきです。

    この産婦人科医不足の中、妊婦が仕方ないってあきらめていたら、国はなにもしてくれないんだろうな。と思います。
    少子化対策の一環として産婦人科病棟の充実を願っています。

    ユーザーID:0240265157

  • 第2子出産の時

    出産自体は本当に軽くて、病院についてから2時間もかからずに第2子誕生したんですが、その後出血が止まらず、すぐに点滴。

    出産から半日後、出血はほぼ止まったのですが、今度は排尿時にじーんと痛みだし、退院後には泌尿器科に行かなくちゃなあ・・と考えていたほどでした。
    で、「もう一度トイレに行ってみて。どうしても排尿時に痛みがあるようなら導尿するから」と先生に言われ、
    トイレに行ったところ、排尿と同時に、体内から血液の固まりが出たようで、貧血によりトイレで倒れてしまいました。
    気がついたらベッドの上に寝かされていたけど、でも、あの辛い排尿の痛みから解放されたうれしさで急に元気が出たのでした。
    聞けば、トイレ時に大量出血をしていたこともあり、もう少し血液検査の値が悪ければ輸血なんて話になりかねなかったそうです。

    ぞぞーっ。

    その後はすっかり元気になり、入院も+1日で済んだので良かったのですが、この一件で第3子を生む気は全くなくなりました。

    ユーザーID:8968734578

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