代理出産について

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みはる

子供

本日の読売新聞に代理出産を行った母娘の取材記事が載っていました。
法整備が整っていない現代に訴えたかったと見受けられます。
私は取材に応じた母娘の心情は分かっているつもりです。
私自身が病気で子宮を失い子供を諦めざるをえませんでしたから・・
自分たちの意志とは反して子供を持つことを諦めた方はたくさんおります。
そこには決して踏み切ってはならない何かがあるからだと思います。
取材に応じた母親のコメントが引っ掛かりました。
「私は子供を持てて幸せなのに、娘は子供が産めない。その幸せを味わってほしい・・」
子供の出来ない家族ならみんなそう思っています。
しかし自分の孫の顔が見たいのではとも考えられます。
子供を持てる希望は少しでも選択肢があれば可能性は広がります。
その中で子供を熱望したけど諦めざるをえない方たちの、複雑な心境も考えた上で行動してほしいです。

ユーザーID:4668248932

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  • 年寄りはみな言う

    誰が可哀想だ彼が可哀想だ。
    その延長上の発言に見えます。

    【私は子を持てて幸せだった、だから娘にも幸せになって欲しい】

    では子を持てない人は不幸せなのか?
    そもそも人生の幸せは本人が決めるものであり、親が出張る事に違和感があります。
    自分が心のどこかで我が娘を【不幸せ】と差別をしているから体裁のよい言葉で理由付けしているだけだと思いますね。

    少しの希望にすがりつくのは悪くないですが、自分にない何かと比較した理由付けは浅ましく見えて仕方ありません。

    【なんとしてでも娘の希望を叶えてやりたかった】

    それであればストレートな親心として共感もし易いのですが。

    ユーザーID:9325953614

  • 同意できません

    不妊治療を何年もしてますが、この女性の発言について、おかしいとは思いません。
    たとえ孫の顔が見たいがための行為であったとしても、女性のコメントのどこが非難される対象なのでしょうか?
    トピ主さんには、「私がかわりに・・」と言ってくれる家族がいないから、嫉妬しているように見えます。

    代理母、私も頭によぎります。
    在米なので、お金で人に頼むことになりますが、トピ主さんは「お金が払えなくてあきらめる人のことも考えて」とでも言われるのでしょうか。

    ユーザーID:4118322655

  • そうですね・・・、

    私は幸運にも苦せずして3人の子に恵まれましたので、こういった件については意見を言うのは躊躇われるのですが、不妊治療についてはどこまでが許容範囲なのか判断がつきません。 

    個人的には今回の代理出産についてはこのこと自体についてはもちろん、実母のコメントにも、トピ主さんも感じられたように、なかなか受け入れがたいものがあります。

    信仰が無いので神の領域とまでは言いませんが、「そこまでしてしまってよいのだろうか?」という疑問は拭い去れません。

    ただ、立場が変わればどうなのだろうか? とも思います。 わたし自身の性格として諦めることを選ぶような気がしますが、それはあくまで子どもに恵まれた今の状態から推し量ることで、望んでも叶えられない長い日々を送っていたとしたらどう変わるか・・・?

    この種の話題が上る度に答えの出ない疑問が堂々巡りします。
    答えになってないですね・・・。

    ユーザーID:1372700434

  • 結局何が言いたい

    自分が傷付いたことを書きたかったのでしょうか?

    代理出産は他人の体を使って自分の子供を産ませることですからね
    人の体を金で買う(=人身売買)のと同義になる可能性が強いため
    倫理上の問題が解決されないので日本では認められていません
    これが許される判断を国がする時代は遠いだろうと思います

    以上です

    ユーザーID:8621665626

  • 我が子を授かれない苦しみは深いでしょうが

    トピ主さんの言われる「決して踏み切ってはならない何かがある」というお考え、心底共感します。人知を超えたものに対する敬虔な思いは、私にとっても重要です。私自身、誰かのために、子どもを産むという行為はできません。誰かの代理母になるという選択は、ありえないのです。命をかけた行為です。だからこそ、自分が子どもを望むがために、誰かの人生を巻き込むといった選択も、絶対にできません。代理出産は、身内でも他人でも絶対に嫌です。

    我が子をこの手に抱きたいと願うのに叶わない、それはどんなにかつらいことだろうと思います。それでも、「人生には、願いが叶わないこともある」と考えるしかない、と私は思います。「多分子どもができない」と医師に宣告されたことがあります。私は不妊治療も受けない選択をしました。それで授からなければ、どんなに苦しくても、授からない人生を生きていくつもりでした。結果、子どもにはひとり恵まれました。それで十分です。でも、子どもがとうとう授からなかったら、どんなにつらくても、それ以外の人生を模索したと思います。誰かの人生や命を巻き込まない方法、そして、血の繋がりに固執しない方法で。

    ユーザーID:5477554289

  • 私はこう感じた。

    新聞記事読みました。しかし記事を読んだ限りでは「孫の顔が見たい」的な発想で代理母になったとは微塵も感じませんでした。娘さんのコメントも「悩んだけど一歩前に進んでみることにした」ですからね。

    女性が娘の意思を無視して無理やり代理母になったわけではなく、あくまで子宮を失った娘を想っての行動だと私は感じましたよ。

    ユーザーID:4656849786

  • 諦めることは、選択肢にないのかな

    どうしても欲しいからと言って医学の可能性をそこまで広げて良いものなのだろうか。  生まれた子供に何と説明する?  

    妊娠できにくいために、医療の力を借りるのは分かるけれども、母体を借りると言うのは逸脱していると思う。  医学で可能なら何をしても良いのか? 欲しいモノをどうしても手に入れたいという願望は分かる。でも、子供・命・人生・人格 は別。 

    代理母の話を聞くたびに、子供に、夜露死苦ふうの名前を付けた親が頭に浮かびます。 

    ユーザーID:9321071654

  • 私も違和感を感じました。

    同じ記事を読んで私も同じ一文に疑問を持ちました。
    まるで「子どもが居ない=不幸」と言っているようで…。
    私には子どもが居ますが友人・知人で子どもを持てない人を大勢知っています。
    でも彼女たちは彼女たちでとても幸せです。子どもを産めなくても幸せは沢山あります。
    反対に子どもを持つことで子どもが不幸になることもあります。
    押し付けた幸せなんて幸せとは思えません。
    また、代理出産をせずとも養子という考えでは駄目なのかとも疑問に思いました。
    子を持つ道というのなら養子でも問題ないはずなのにわざわざ代理出産。
    結局自分と血の繋がった孫が欲しかっただけであって「子どもを持つ幸せ〜」なんて
    ただの建前にしか思えません。

    生まれてきた子どもが事実を知った時・母親が「私が生んだのに!」と主張しだした時・母子に亀裂が生じた時
    将来この親子に問題が起こらないといいのですが…。

    個人的に実際生まれた子ども(出来れば成人している方)と代理出産をした母のインタビュー記事であればと思いました。
    子ども自身の意見を凄く聞いてみたいです。

    ユーザーID:1464822646

  • 医学の進歩が・・・・

    私も同じように、何かがひっかかるなぁと記事を読んだ一人です。
    不妊治療の進歩は目覚しいものがあると思います。
    こうして代理母を介せば、自分の遺伝子を受け継いだ子を与えられるというのは、苦しんでいる女性にとっては一筋の希望の光かもしれません。

    でも、進歩することによって「子を諦める」という選択、ふんぎりがつかなくなったのも事実なのではないかな?と思うのです。
    極端な事を言えば、昔は子に恵まれない夫婦は神頼みをし、何処そこの温泉が効くと聞けば出掛けたりと自分で出来る範囲の事をし、それでもダメな時は「授からないのだ」と諦めたのだと思います。
    (もちろん、これも苦しい諦めだったでしょう)

    現代は医学が「これも出来るかもしれない」「もっと頑張れば医学がどうにかしてくれるかもしれない」と、もしかしたら・・・の気持ちをずっと持ち続けなくてはならない。

    ひょっとしたら、これも残酷な事なのではないか?と思う事があります。
    (不妊治療を否定しているのはないので、誤解されませんよう)

    ユーザーID:9248594336

  • 配慮すればいいの?

    具体的にどうすれば納得するんですか?

    ユーザーID:7988943775

  • あなたの意見に反対です

    その記事は読みました。
    私もトピ立てたかったくらい感動しました。

    でも、トピ主さんが何を言いたいのかよくわからないのですが・・
    母親の意見に反感を持ったということですか?
    なぜなんでしょう?

    私はこの母親は大変尊敬できる母親だと思います。
    もう53歳なのに、娘のために妊娠して出産してあげるんですよ。
    もし自分なら・・・怖いし大変だし、仕事を続けてたらその間休まないといけないし、断る可能性の方が大きいですね。

    >そこには決して踏み切ってはならない何か
    医療はどんどん進歩しています。昔治らなかった病気も今は手術して直すこともできます。そういう方も治らない方がいい、とお考えですか?

    >自分の孫の顔が見たいのでは
    自分の新しい家族の顔が見たい、ともっと大きな目で見ることはできませんか。

    本当に残念ですが、世の中には諦めざるを得ない方もいるし、この母娘のように、諦めきれず違う方法でやってみた、という方もいます。
    この母娘を責めるのは、お門違いなんじゃないでしょうか?

    ユーザーID:5987602279

  • あの母娘だって考えた末の行動ですよ

    「私は子供を持てて幸せなのに、娘は子供が産めない。その幸せを味わってほしい・・」
    母親は子供を健康に生んであげられなかった苦しみを持ち続けていたとお察しいたします。
    自分は子供を授かったのに、娘は子宮がないから望んでも叶わない。
    娘さんが1歳の時に、自分が犠牲になってでも娘に子供が授かるなら何でもしようと、
    心に誓って生きてこられたのだと思いますよ。
    そして娘さんも母の気持ちに向き合い、考えた末に代理母出産に踏み切ったのでしょう。

    私の妹は子宮に先天性の疾患があり子供は生めません。ですが特別養子縁組で子供を授かりました。
    踏み入ってはならない何か?それは何でしょうか?法律ですか?倫理ですか?
    法律が整えば倫理も後から追い付いてくることでしょう。
    けれど、では「今しかない人」はどうしたら良いのでしょう?
    枯れるまで泣いて諦めるのも勇気ですが、
    続く人のためにも行動し顔を出して法整備を訴える事も勇気が必要な事です。

    代理母出産に限らず、不妊治療でさえ経済的な理由で治療を受けられる人と受けられない人がいます。
    両極にいる同じ立場の人なら、分かって欲しいです。

    ユーザーID:1466103073

  • 私も複雑

    トピさんとはちょっと違う意味ですが、
    あの記事を読んで複雑な気持ちになりました。

    娘の子を産んだ母・・・医学上は生まれた子の母は
    娘。でも、どうしても母は産んだ母では?と思ってしまう。
    つまり、弟か妹を子として育てる、て感じてしまうのです。

    出産しないと母になれないとかって言いたいのではありません。
    血がつながった親子だから、頭が混乱しちゃうのです。
    変な考えかもしれませんが、赤の他人(代理出産)なら、そんなに
    違和感なかったかも、ですが・・・

    ユーザーID:3576605491

  • 何と言うか、、、。

    もっと純粋に取材記事を受け取ることはできないのでしょうか。
    愛する娘の気持ちを考えての代理出産だと思います。
    そこまで行動することに、今までどれほどの葛藤&苦労があったことだろうと、、、。
    人それぞれです。それぞれの人生です。

    「子供を熱望したけれど、諦めざるをえない方達の複雑な心境も考えて行動してほしい」

    トピ主様がそう思うように、
    逆に初めてマスコミを通して心境を語ろうとした母娘の気持ちは
    どうでもいいのでしょうか?
    だから人は人、自分は自分。
    勇気を出して取材を受けた母娘の気持ちも考えてほしいと思いました。

    ユーザーID:1876606556

  • 難しいですが

    色々な考えや解釈の方がいるので本心は当人しかわからない事ですが私はこの母親は孫が欲しいからではなく娘さんが幼い頃子宮をなくすような病気になってしまった事で健康な体で産んであげられなかった事で自分をずっと責め続けてきたのではないでしょうか。

    ユーザーID:2224272872

  • 私の感想

    不妊治療経験者です。
    トピ主さんの最後の一文が気になりました。
    それでは、世の中の女性全てが、何らかの理由で子供を持つことのできない人達に配慮して子供を持たないべきだ、と??トピ主さんの書き方、こうも解釈できますよ。

    私も記事を読みました。
    お母様のコメント、「孫がほしいのでは」というトピ主さんの受け止め方は、私はちょっと賛同しかねます。ご自身の娘さんを思った、母親なりの素直な心境ではないでしょうか。

    人によって境遇は様々です。各々の環境の中で、その人なりの選択をして行けば良いと思います。
    子供を持つこと自体を自分の知らない誰かに配慮する必要があるのでしょうか。また、公人でないお母様にコメントの内容についてそこまで配慮する必要は無いと思います。

    私はこの記事を読んで、このお母様・娘さんは、ここへ来るまでさぞかし様々な葛藤やご苦労があったことと推察しましたし、誕生した赤ちゃんの元気そうな写真に心が和みました。

    ユーザーID:2521726914

  • 子どもを持つだけが幸せなんて哀しい

    私自身子どもがいるので、子どもがいない哀しみはわかりません。
    でも子どもができないかもと言われてましたので、
    結婚するとき悩みました。

    自分の子どもができなくても、両親のいない子どもを養子にすることも可能です。
    私はそうしようと思ってました。
    病気で不妊の可能性のある弱い自分の遺伝子を残してもしかたないと思ったし。

    どうにもならないこと、いっぱいありますよね。

    幸せもいろいろあるはず。

    自分の子どもにこだわる理由が私にはわかりません。

    たったひとつの幸せの形にこだわる性格は、こどもに有益なのでしょうか?

    生まれた子どもが自分の思い描く理想と違ったら、どうするのでしょうか?

    つづきます

    ユーザーID:9553279493

  • 人生が思い通りに行かないときのガマンを教えよう

    子育てしていて思い通りにいかないことは多いです。

    子どもの人生も、親の自由にはならない。
    こどもの夢がかなわないとき、親は無理やりかなえるのではなく、
    かなわない挫折感とともに、対処法を教えるべき。

    たとえば大学に落ちたり、たとえば失恋したり、たとえば子どもに恵まれなかったり・・・それも人生と受け止めるすべを教えるべき。

    無理やり希望をかなえてきた子どもは、自分の子どもが理想通りでないとき、どうするのだろう?

    血のつながりのある子どもがいないと不幸だという価値観は、怖いと思う。

    ユーザーID:9553279493

  • 私も違和感を感じました

    >「私は子供を持てて幸せなのに、娘は子供が産めない。その幸せを味わってほしい・・」

    幸せの形なんて人それぞれ。子供がいても、いなくても、です。
    ですから、「娘が子供を望むのであれば、その手助けをしたいと思った」
    というようなコメントであれば、私も違和感を感じなかったように思います。
    「その幸せを味わってほしい」とは、なんとも一方的な思い(表現)だなぁ、と思いました。

    特別な立場(親子間の代理出産)の人間が、公にコメントを発表するんですから、
    メディアも取り上げるだろうし、世間の注目も集まることは簡単に予測できます。
    何故、もっと言葉を慎重に選ばなかっただろう、と疑問に感じました。
    あるいは、もっと多くの言葉で語ったにもかかわらず、
    編集の都合で要約されているもかもしれませんが。

    しかし、トピ主さんの、
    >子供を熱望したけど諦めざるをえない方たちの、複雑な心境も考えた上で行動してほしいです。

    この部分には賛同しかねます。
    トピ主さんにとっては、受け入れられないコメントでも、励まされる方は少なからずいるでしょうに。

    ユーザーID:3931590892

  • 答えは1つにならないでしょね。

    >決して踏み切ってはならない何かがある
    これは難しい話ですよね。
    神の領域ってことですかね。
    宗教や信仰に通じる、1つの正解に導けない難問です。

    代理出産だけでなく、こうした問題は、
    臓器移植でも出てきますね。
    「他人の犠牲の上に立ってまで生き延びたいのか」
    「寿命を超えて生き延びようとする行為だ」
    というような批判です。

    ただ、私は自分が理系のためなのか、
    技術的に可能であって、かつ、当事者たちが精神的、経済的に
    乗り越えられるものであるなら、
    挑戦してみることは素晴らしいことなんじゃないか、
    と考えます。

    人間は時に、自らの子孫を残そう、
    自らを、自らの血縁を生かそうとすることに、
    あさましい程に執着しますよね。
    でも、それを批判するか、人間の尊厳として認めるかは、
    個人の宗教感に近い問題だな、と思います。

    ユーザーID:7493055142

  • 個人の自由

    子どもができてからの結婚するのも、シングルマザーも、不妊治療も
    すべて、個人の自由だと思います。

    また、子供を産まない・持たないというのも自由。

    <その中で子供を熱望したけど諦めざるをえない方たちの、複雑な心境も<考えた上で行動してほしいです。

    ↑この一文の意味がわかりません。代理出産された方、個人の問題であると思うから、主さんには、何の関係もないと思う。

    ユーザーID:1533074710

  • どういう意味ですか

    >子供を熱望したけど諦めざるをえない方たちの、複雑な心境も考えた上で行動してほしいです。

    取材を受けるな、ということですか。
    言葉を慎め、ということですか。
    代理出産をするな、ということですか。

    ユーザーID:4070332708

  • やっかみですか?

    代理母、基本的に賛成派です。
    何をもって、「越えちゃいけない」と思われるんでしょう?
    孫の顔見たさでも、別にかまわないと思いますよ。

    諦めざるを得なかった、と言うけれど、叶わない夢というのは誰だって、何かしら持っているものじゃないでしょうか。
    自分が叶わなかった夢をかなえた人が言う言葉として、「幸せを味わって欲しいと思った」特別ひどいとは思えませんが…。

    味わえなかった自分が惨めになるから、ですか?
    そんな風に思う必要はないし、客観的に見たらただの僻みですよ。

    ユーザーID:6025351949

  • エゴ

    子供は欲しいがどうしても授からない夫婦は諦めざるをえないと思います。
    手段を選ばない方法は後に問題が生じます。
    生まれてくる子供がクリアできればいいのですが・・

    ユーザーID:5129055688

  • 幸か不幸かうまいこといったから

    何とでも言えるんでしょうね。
    ご自分たちが公に出ることでどういった影響があるか考えもせず言いたい放題、無責任にも程があると思います。
    このことがきっかけで「私たちも」と代理出産に踏み切ってしまったせいで、代理母になった母親のほうが出産時に命を落とすようなことになってしまった・・なんてことが今後起り得るかもしれないなんて考えもしないんでしょうね。
    結局、自己中な母娘だということでしょう。

    仮にこの母親が自分の孫を見たかったと思ったとしても、その孫は自分のおなかの中で育てた自分の子といってもいい存在ですよね。
    孫になる精子と卵子は娘夫婦、でもおなかの中で育てたのは自分。
    正直言って、そんな複雑な祖母父母子関係、想像しただけで頭がおかしくなりそうです。
    この事実は墓場まで持っていくのでしょうが、生まれた子がそれで果たして幸せなのか疑問で一杯です。

    ユーザーID:2279654867

  • うーんどうかなぁ

    孫の顔を見たかったからとは書いてありませんでしたが、
    少なからずそう思っても不思議ではないと思います。

    娘に子供を産む幸せを味わって欲しい…
    そういった感情の延長線上に、孫に会いたい。と思うのも素直な人間の感情だと思います。
    それって、いけないのでしょうか?
    代理母に限ってはいけないとかでしょうか?

    あまり線引きはできないと思いますが。

    ユーザーID:8228086516

  • みんなそれぞれに悩んで考えた結果だと思います。

    それほど悩みぬいて出した結果であっても、それがみんなに支持されるとは限りません。
    こういった問題においてはなおさらだと思います。
    トピ主さんの辛いお気持ちと、あの母娘さんの辛いお気持ちは比較できるものではないと思いますし、片方だけが攻められるような問題でもないかと思います。

    ユーザーID:4541456596

  • 医療の発達

    病気や怪我の治療にとっては、医療のめまぐるしい進歩は喜ぶべきものなのでしょうが、人間の生と死はどこまで医療が関与すべきなのか、悩ましいところですね。それぞれがおかれている立場で、意見はまったく異なってくるでしょうし、この記事が一概に正しいとも間違っているとも言いがたいものがあります。

    ただ言えることは、、亡くなっていく祖父が、いろんなチュ−ブにつながれて、意識もない状態をただ過ごしている不自然さを見たとき、またアメリカで出産した友達が、無痛分娩の注射を打ち、陣痛が始まって間もないのに、吸引処置をされ、機械のように出産を経験した話を聞いたとき、何か言われもない嫌悪感が体の内側から湧いてきて、幸せってなんなんだろう、と考えてしまいました。

    各々が、置かれた立場で一生懸命考え、今ある医療の中で、納得の行く結論を出していることに、他人がいろいろ口を挟むべきなのか。知人に夫が薬害エイズ患者であり、妻は躁うつ病をわずらい、そんな夫婦でも、人工授精で子供を授かろうと懸命に努力している四十代のカップルがいます。その夫婦に、子供を持つことは間違いだと、言う勇気は私にはありません。

    ユーザーID:7614897762

  • 法治国家と倫理

    心情だけで訴えて手段を選ばず子供が授かれて、何もなければ問題ありません。
    私も含め本当に子供が欲しい人はあらゆる可能性を模索します。
    しかしそこには道徳や倫理、法律を無視してまで踏み切るまではいきません。
    もしそれを許してしまったならば、今まで子供を諦めてきたすべての人に影響を与えてしまうからです。
    法律があったから諦めた人も多いのです。
    法の整備が整っていない以上、見切り発車には同意しかねます。
    子供の行く末はどうなるのでしょうか?
    戸籍の問題や子供が受ける精神的な問題も大きいと思います。

    ユーザーID:4668248932

  • 法的親子関係

    最高裁の判例によると
    母子関係は分娩の事実により発生するとなっているため、子供にとって母親はおばあちゃんということになる。
    生まれてきた子供に、なんら影響がないとは言えないでしょう。

    ユーザーID:3042207346

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