フルタイム母 寂しかったですか?

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キャリア・職場

トロロ

初めて投稿しますトロロ、30代女性です。
現在1歳になる子持ちで、この春から時短で復職することになりました。

自分の生き方として仕事をし続けていきたいという思いがあります。
自分自身が社会と関わっていきていくこと、労働の中にやりがいを感じながら生きて行きたいと思っている人間です。
一方、子供が小さなうちはなるべく一緒にいてあげたいとも思うのです。

当面は時短で働きながら今後フルタイムで勤務していくのか、働き方や業種など含め違った道を探すのかを考えたいと思います。

そこでみなさんにお聞きしたいのは、お母様がフルタイムで働かれていたことを子供時分、また現在どのように思ってきているのか、また差し支えなければお母様の職業をお聞かせ下さい。

どうぞ宜しくお願いします。

ユーザーID:3660447539

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  • 寂しいと感じた記憶がない

    子供の性格にもよるのでしょうが。
    私は保育園に通っていました。妹は生後6か月から行きましたよ。
    たまに延長保育もありましたが・・・
    両親は二人フルタイムで働いていました。
    遠足や展覧会など、それなりに行事もあって、親はきてました。
    友達もできて楽しい思い出が多いですね

    ユーザーID:3102200257

  • うちは悪い方向に曲がりました

    専業主婦だった母親が事務の仕事に出るようになったら思春期の妹が短期間で非行と過食に走り、彼女の中の何かが変わってしまったようで大人になった今でも妹の親に対する情がとても薄いのを感じます。憎んでいるというほどではないものの、無関心を貫いています。
    (私は既に家を出ていたので影響なし)
    夕食は毎日一緒に食べていたようですが、当時は両親間もケンカが多かったので仕事のストレスで子供への接し方が変わっていたのかもしれません。

    ユーザーID:7089650481

  • 正直

    現在43歳小、中、二人の子持ちです。

    私の母は、私が幼稚園の時は内職、小1から
    定年を超えるまでフルで働いていました。
    私は、1つ下の妹がいましたが、寂しかったです。
    低学年の時、いつも、鍵を首にかけて、ただいま〜
    と帰っても誰もおらず、暗い部屋で、冬なのにコタツ
    も危ないからと、付けなかったです。

    お膳には、30円が置いてありました。
    寂しかったけど、テレビが癒してくれましたね。
    当時、テレビが4時から再放送とかあって観てました。

    小学高学年になると、洗濯や掃除、料理まで、作って
    とやらされてましたよ、母が帰る5時までにしないと
    それは、仕事のストレスぶつけられたり、暴言はかれたり
    凄かったです。なぜか、長女の私だけ怒りをぶつけるのです。

    お姉ちゃんでしょ?って、労働仕事なので、休みの前なんか
    凄い機嫌が悪くて、いつも、私は、顔色を見たり、辛い思い
    してきました。母が仕事が休みの日は凄く嬉しかったです。
    好きなケーキを買ってくれたり、仕事の日の鬼の顔じゃなく
    優しい母でした。仕事ばかりして来た母は、今後悔してます。

    ユーザーID:9587249700

  • 寂しくはなかったけど

    主婦のお母さんのお友達を羨ましいとは思いましたよ。
    お休みの日は、家事がたまっていても保育園はお休みにして一緒に掃除や買い出し。
    時間があればパンを焼いたり、公園に行ったり。
    そうして年子の私たちを育て上げた両親には尊敬と感謝です。

    ユーザーID:7579636124

  • いつも、大切な人がどこかへ行っちゃうんじゃないかと・・・。

    30代女性です。生後1か月から預けられました。母は教員です。
    母の手から保母さんの手に預けられるときのなんとも言えない不安感「ママーいかないでー!!」の気持ちは
    漠然とずっとずっと、いい年した今も続いています。大切な人が常にどこかに行ってしまうような気がするのです。
    愛は、愛情は永遠ではないような気がするのです。
    いつも、とても寂しいです。生きていくことは寂しいことだと思っています。
    母は愛情深い人で、そばにいるときは本当に優しく温かく育ててくれましたし、
    母が働いてくれたおかげで私は好きな道を諦めることなしに(留学、進学等)生きてこれました。
    母にも父にも感謝以外何もありません、当然恨みもありません。
    ただ、寂しいのです。どうしようもなく寂しい、この気持ちはどうしようもないのです。
    生後1か月からの感覚はどうにも消えることがありません。
    今、夫と子供達と不自由なく幸せに暮らしていますが、変わらず寂しいです。
    こういう人間もいるということです。

    ユーザーID:9591755738

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  • 寂しかったです。。。

    私も、母が内職にフルタイムでのパート・・・正直とても寂しかったです。
    グレました。
    結婚し子育てする今、母の大変さや凄さも分かりますが
    やはり思春期の時期までは、
    傍にいて欲しかった。
    高校の2年生くらいまでは、母は家にいて欲しかったと思います。
    自立したい気持ちと、まだ自立には不安な気持ちとで
    とても不安な時期には、振り返ると母が見守っていて欲しかった。
    小学校や中学校で、役員をしてくれている母を持つ友達が羨ましかった。
    なので、フルタイムで働く・・というより、子供が手を離れれば離れるほど
    子供の為に子供に自分から関わって欲しいと思うのです。
    働きながらでも役員など、子供の世界に積極的に関わって欲しいと思います。
    それが、私の希望でした。

    ユーザーID:2522546867

  • 寂しいだけでなく愚痴を聞かされて疲れた。

    母は公務員でした。
    寂しかったなあ。
    しかし、大人の話が分かる年頃になるにつれ最も嫌でしたのが、仕事と家事で疲れた母の愚痴のはけ口となり、イライラしているときは叱られるよりも感情のおもむくまま怒られるといったことでした。

    現在はその頃の母と同じ歳になりましたが、やはり納得がいきません。
    生活のため・自分のためであれフルタイムで働くのは個人の自由だと思います。
    ただ、自分で決めたことなのに幼い子供に愚痴を聞かせたり、イライラしたりするのは止めていただきたいと『昔の母』へ言いたいです。

    ユーザーID:0267857447

  • 仕事をする母が誇りでした

    現在20代、子なしの夫婦二人暮らしです。

    母は私が生まれる前から今までずっとフルタイムで働いています。
    寂しいと思ったことは一度もないですよ。
    むしろ仕事をしている母を誇りに思っていました。

    専業主婦の友達のお母さんと比べても、いきいきとして年の割には綺麗でしたし。
    妹ができてからは、保育園に妹を迎えにいったり、お風呂にいれたり、
    一緒に遊んだり、勉強をしたりしていたので余計に寂しさは感じませんでした。
    妹と過ごした時間が長い分、とても仲の良い姉妹になりました。

    私も母と同じ様に家庭も仕事も両立できる女性になりたいです。
    同じ女性として、すごく尊敬できる人だと思っています。

    ユーザーID:4966938241

  • 後になって寂しかったです

    私が3歳くらいで、記憶がうっすら残っているときから、母はゴルフ場で働き、私はその中の託児所に預けられていました。私が生まれる以前は婦人警官をしており、父とは職場結婚です。

    色々ないきさつがあって、3年弱で警察官を辞めたようですが、仕事に未練があったようで、「とにかく働きたかった」と言う言葉を中学生の頃からよく聞きました。私が将来の進路を決める上で、「目標を持ってなりたい職業に就いて、じっくりと頑張って欲しい」と言う気持ちをこめて話したと思うのですが、”仕事はやめたけど、子供(私)と一緒の時間ができてよかった…”と思ってくれなかったのだろうと寂しくなりました。

    今でもその思いはあり、私は第1子の出産を機に周りから(やめるのは)もったいないと言われる職業でしたが、退職しました。

    母はもちろん、両親共に若いながらも私のことを愛情いっぱいで育ててくれたと感謝していますが、家で子供と過ごしていると「母にはこういう時間が苦痛だったのかな…」と思うときがあります。

    子供のときよりも、少し大きくなって”あの時…”と振り返った時のほうが感じる事は多いのではないでしょうか。

    ユーザーID:6284541233

  • 小学校時代が一番寂しい

    保育園までは大丈夫です。
    子供は幼稚園との違いをそんなに意識しません。

    小学校になると、まわりとの違いに気づきます。
    家に帰ってもお母さんがいない・・・ということに。

    学校が早く終わる日も全然嬉しくありませんでした。
    長期休みは更に寂しいです。
    一日がすごく長かったです。
    友達ともよく遊んでいましたが、それでも根本的に何かが違うんです。



    平日母が家にいるのは年に数回。
    学校から走って帰りました!
    家に”おかえり”と母がいることがどんなに嬉しかったか・・・・。

    今2児の母になりましたが、在宅の仕事をしています。
    絶対、自分と同じ思いはさせたくないです。
    今思い出しても涙が出てきます。

    今は学童制度も充実していますが、
    それでも、学校が終わって家に帰れば母さんがいる・・・・
    その安心感は何にも代えがたいと思います。

    私の経験まで。

    ユーザーID:5759194339

  • 寂しかったです

    家は幼稚園の頃から母親が働き初めて、祖父母の家に母が帰ってくるまで預かってもらっていましたがやはりとても寂しかったです。日曜日も仕事の時があり、子供ながらに親に甘えた記憶がありません。
    親が家にいる友達が凄くうらやましかったです。
    兄に聞くと、寂しい感情はなかったそうなので兄妹でも受け取り方がだいぶ違うなぁと思いました。

    ユーザーID:5928094912

  • 別になんとも

    思わなかったな、公務員だったから6時前には家にいたし。
    小さいころは祖母もいたしね(父は金融系だったので遅かったのは覚えている)

    なんとなくですが、子供をダシにして専業になろうとしているように感じるのですが
    穿ちすぎですかね?
    子供の将来の選択肢や、家庭の維持・老後の積み立てを考えれば
    将来的にフルタイムで働かない理由が分りませんが・・・

    ユーザーID:2827931549

  • 私は”甘えん坊”だったので。。。

    寂しかったです。

    忘れられないのが、幼稚園の参観日のとき私の母だけ来ていなくて、"親子で作る”というのをやったとき、私はクラスメートのお母さんに手伝ってもらいました。悲しくってのどが熱くなったのを今でも覚えています。

    なので、私は専業主婦希望でしたが、どういう訳か、バリバリの仕事人間になってしまいました。
    たっだ、行事ものは無理をしてでも必ず参加しています。

    母はもう”企業お勤め”なら、とっくに定年を過ぎた年ですが、個人経営のため、今でも仕事をしています。
    生き生きしていてとってもいいし、出来るだけ、続けて欲しいと思います。

    ユーザーID:5433644233

  • 寂しくはなかったですが・・・

    特に寂しかったという記憶はありません。

    ただ、家に居るお母さんは優しいんだなぁと思っていました。お友達がいかにも大事にされているように思えて、ちょっと羨ましかったですね。でも、ちょっと世話をやきすぎない?と思っていたことも事実です。今でも記憶にあるのは、1年生の頃、学校が終わった後、お友達の家に遊びに行くと、おやつにメロンがあると。

    「おやつを食べるから、手を洗っておいで」

    家に居るお母さんは、そんな事まで言ってくれるのかとびっくりしました。

    1年の終わり頃、母が一時期無職の時期があり、家に帰るとホットケーキが焼いてあって、チョコソースがかかっていました。うれしかったなぁ。

    今でも、チョコソースが付いたホットケーキミックスがあったら、買ってしまうかも。別売りのチョコソースはありますけどね、あれじゃないんです。

    寂しくはなかったけれど、厳しさのある母親なのだなと思っていたことは事実です。

    ユーザーID:4648221876

  • 夫のことですが

    両親共に中学教師で定年まで勤め上げました。
    当時、寂しいという自覚があったわけではないそうですが、大人になってから自分の育ち方のいびつさに気付いたそうです。

    結構やんちゃだったようで、小学校のときにガラス割ったり、友達に暴力をふるったりしたそうです。
    ですが、何か問題があっても、親がかけつけてくる頃にはすべて終わっていて、事後報告。
    もちろん親が謝罪はしたそうですが、現場でパニックになったり、途方にくれたりするような経験もなく、どこか他人事。

    平日は忙しく疲れがたまっているので、休日は遅くまで寝ていて、たまった家事の処理。
    お金はあったらしいですが「正直、子供のことまで手がまわらなかった」と夫の両親本人も言っています。
    夫はかまってくれる大人(若い優しい先生とか)にべったりくっついていたそうです。
    感謝はしているけれど、親として人間として、絶対の信頼をおくことはできない、そうです。

    もちろん、共働きだから絶対に子供は不満を持つわけではないと思います。
    でも、親のかかわり方がより大事になるのは共働きかな、という気がします。

    ユーザーID:3562269977

  • 私の場合は

    母はフルタイムで仕事をしていました。
    家には祖母と年子の姉がいたので、保育園や小学校から帰ったら3人で過ごしたり、近所の友達と外で遊んだりしていました。
    小学生の頃は母が厳しかったのもあって、寂しさは感じていなかったです。
    夜6時になったら絶対帰ってきてくれるという安心感もありました。
    でも中学高校と上がるにつれ母も丸くなり、「学校から帰ったらお母さんが家にいてくれたらいいな」と思うようになりました。
    かなり遅い寂しがりですよね。

    思うに、帰宅した時に母親がいないのは、幼少の頃の私にとって「当たり前」だったんでしょう。
    専業主婦を知らなかったから。
    偶然か仲良しの友達の家も全員ワーキングマザーでした。

    家事育児に仕事にと奮闘し育ててくれたことに感謝していますし、母の生き方も尊敬しています。

    ただ矛盾しているかもしれませんが、自分の子供が小学生の間は絶対「おかえり」を言ってあげたいなとも思っています。
    専業主婦は経済的に難しくても午前中のパート等で、子供と過ごす時間をたくさん作りたいです。

    ユーザーID:4220808023

  • 寂しくはなかったですよ

     両親は飲み屋さんをやっていたので夜子供達だけでしたが、寂しくはなかったですよ。
     小さい頃からだったのでこんなものかと思っていました。
     ただ専業主婦のお母さんがいる子はうらやましかったです。いつ遊びに行っても暖かく迎え入れてくれるし、家はきれいで落ち着けるし。
     さびしさ云々よりも、仕事のストレスを家に持ち込まれてギスギスした空気になるのと、やたらお手伝いをさせられるのがいやだったかなあ。私達のために家事を教ええるというのではない感じでしたので。
     本心としては、金銭的に大丈夫であったとしたら、母には家庭重視でパート程度の仕事をしてて欲しかったなと思います。
     

    ユーザーID:0283248293

  • 寂しくなかったですよ

    実家は専業農家でした。
    夕方日が暮れるまで母は田畑に行っていました。
    家に帰って1人でもそういうものだと思っていました。
    ただ何かあった時用に「○○の畑にいます」とかメモがあったので安心していました。
    私の周りはみんなフルタイムの兼業主婦のお母さんばかりでした。
    私は40代、同級生の家で専業主婦は100人に5人くらいでした。

    当然のように私も結婚・出産後もフルタイムで働ける仕事を選びました。
    子供はみんな生後10ヵ月から保育園です。
    休みの日に子供と遊ぶのが何よりの楽しみです。

    フルタイムで働いたお陰で子供には好きな習い事や塾、大学院までの教育費が十分用意できました。
    レジャーも希望通り思いっきりでさせられました。
    高校・大学生の子供達は3人とも出産後もフルタイムで働ける人を配偶者にすると言っています。
    子供は保育園では寂しいとか感じなかったし、学童保育では同じ仲間がたくさんいるのでみんなそういうものだと思っていたそうです。

    ユーザーID:6460316346

  • 性格で違うんでしょうね。

    小さい頃の母は裁縫の内職をしており
    家にはいるものの、常に仕事をしている状態。
    小学3年頃からは近所の縫製工場でパート。

    私は一人っ子で、近所に友人もいませんでしたが
    本と絵を描くことと空想が大好きな、超インドア派で
    誰もいない空間はむしろ天国のようでした。

    もっとも母は5時過ぎには帰ってきてましたので
    天国は1時間くらいのものでしたし
    それ以上長いと寂しさに転じたのかもしれません。

    私もフルタイムの職を選び
    1年の育休後はフル復職(当時時短はなかった)。
    子供はもう高校生です。

    母と違うのは、激務所属の際は夜も遅かったこと。
    私の母や夫(同業なので理解はあります)の手助けで過ごし
    私似の性格の息子は特に不満も漏らしませんでした。

    ただ、今、転属で帰宅が早い職場にいますが
    いい加減反抗期のはずの息子が結構べったりで。
    小さい頃甘え足りなかったのかな、と感じたりします。

    息子なりに「働く母」のステイタスも感じているようで
    働き続けたことに後悔はありませんが
    一緒の時間をもっと取れる工夫ができたら良かったとは思いますね。

    ユーザーID:9738885739

  • 人によるみたいですね

    お子さんの性格によるところが大きいのではないでしょうか。
    結局は「自分の子供」はどう思ってるんだろうか?と考えて行動していくしかないと思いますが・・。

    私の母は自営業で、ずっと家にいてくれたので私は母が大好きでした。
    自分がそうだったので、私も母のような親になると思います。

    母は自営業を始める前は、外で働いていました。けれど子供ができて退職。
    その理由を以前聞いたことがありましたが、

    「お母さん(私にとっては祖母)が教師で、ずっと外で働いていて、寂しかったから。私は子供にそういう思いをさせたくない。」また、
    「私を育ててくれたのは母ではなく叔母ちゃんだと思ってる。学校から帰って、おやつをくれたのも、授業参観に来てくれたのも叔母ちゃんだった。」

    と話していました。母は退職時も、周りの反対意見は全く聞かなかったそうです。そして、実際に今でも祖母と母はあまり仲が良くないです。

    ただ、フルタイムで働くお母様を持つ私の友人は、
    「働くお母さんをずっとかっこいいと思ってた、自分もあぁなりたい。」
    と言ってました。

    こうも考えって違うんです。

    ユーザーID:5952091278

  • 私だけの時間♪

    物心付く頃には保育所に通い、母はフルタイムで働いていました。「そういうものだ」と思ってたので不満はありませんでした。

    小学校に上がると、一人っ子なので学童保育後の留守番に慣れるまで少し寂しかったですが、慣れたら自由を満喫していました♪
    宿題は学童で済ませて帰っていましたから、家では完全にフリータイムでした。

    親が居ると叱られるじゃないですか、色々と(私だけ?!)。早くしろだの片付けろだの勉強しろだのTV見るなだの漫画読むなだの。

    もう好きなだけTVを見て漫画を読み、幸せ〜な時間でした。

    たまに休みで親が居ると苦痛で苦痛で!(笑)

    私は出産後数ヶ月でフルタイムで復帰し、保育所に預け、今は子供は民間の学童保育で楽しく過ごしています。

    物心付いてから働きに出る方が可哀想だと思っていますので、人見知りもしないうちから預けました。

    サポートがどの程度必要な子か見極めながら働き続けるつもりです。私はサポート不要な子だった(放っておいても成績が良く、悪い事をしない堅物)ので、親は安心して放ってましたが、我が子は少し違うようなので、同じにはできなさそうです。

    ユーザーID:3478591587

  • いないのが「普通」

    物心ついた時から母が働いていて家にいないのが「普通」でした。
    むしろ、日中家にいる友達のお母さんが不思議だった位。

    ただ、夏休みや冬休み後に周りの友人たちが「○○へ行った」
    と旅行話をしているのが羨ましかったです。
    泊まりで旅行にいった記憶がほとんどありません。

    その結果・・・かなり早い段階で親離れしました。
    あと「家族」というものに執着がまったくありません。
    お盆やお正月でも実家に帰りたいという思いはないです。

    これは小さい頃の影響だと思っています。

    ユーザーID:4684545731

  • 寂しいと思った記憶がありません

    母は私が生まれる前から正社員で働いていて、生後3ヶ月ぐらいから保育所で、その後保育園でした。
    母は不規則な仕事で、夜勤もありでした。
    性格なのか環境なのか分かりませんが、周りの友達も共働きの家庭だったし、それが普通でした。
    でも一緒に居る時は思いっきり甘えさせてくれましたし、休みの日に買い物や公園に出かけたり、小さい頃から料理お菓子作りが趣味の母と一緒に料理やお菓子作りしたり(自分は手伝っていたつもり)してたので、まってもらえなかった、寂しい思いをした、という記憶がありません。

    むしろ、父大好きっ子だったらしく、規則的な仕事で毎日定時に帰ってくる父なのに、ちょっとでも遅くなると(お父さんはまだ?お父さんはどこ?)と聞きまくっていたそうです。ごめんよ母。

    小学校ではほぼ毎日ほかの鍵っ子と一緒に帰って遊んで、皆で駅まで親を迎えに行ったりしていましたので、鍵っ子時代も一人で寂しかった、という記憶がありません。中学のお弁当も早起きして作ってくれて豪華で、毎朝髪の毛もきれいに結ってもらったし。私は30に成りましたが、今でも仲良しで自慢の母です。

    ユーザーID:8218355627

  • 私の母は専業主婦でしたが。

    こればっかりは本当にその子によると思います。ワーキングマザー永遠のテーマですね。

    私は今時短で働いており、子供は4歳で保育園に楽しそうに通っていますが、小学校に上がる頃には私は家にいてあげたいと思っています。何とか家でできる仕事(今も少しはしています)を増やしていこうと目下努力中です。

    今はまだお友達と遊ぶのが楽しくて仕方がない時期のように見えますが、今後思春期に入っていくにつれて親しか果たせない役割があると信じています。

    子育てだけは「失敗したから次がんばろう」というわけにもいかないので。後悔しないようがんばりましょう。

    ユーザーID:5481500235

  • どちらかと言えば…

    私は母に専業主婦でいてほしかったです。でも貧乏だったので両親ともに、仕事をしないと厳しい状況だったそうです。父方の祖母が同居していたので、私はずっとその祖母と家にいました。なので祖母に育てられた様なもんです。祖母と母は反りが合わなかったと聞いていますし、昼間は働きに出ていた方が母としては、いざこざが少なくて気分も楽だったのでは…と、大人になってからの私は思います。

    でも幼い頃の私は母に家にいてほしかったです。特に幼稚園や小学校の参観など、祖母も嬉しかったけど母だったら、もっと嬉しかったかなと思います。仕事から帰宅した母とは平日は、銭湯へ入る時か寝る時にしか、一緒にいた記憶がないので…

    あとたまに火曜日に両親・祖母・私で、外食する事がありましたが、会話が少なくて変な違和感があり、幼い私にも分かる程に嫁姑が、不仲だったと嫌な感じがしました。

    7つ離れて妹が生まれた頃から、祖母が体調を崩し介護を2年した母は、一生懸命にしていて印象的でした。

    私にも子供が誕生してから出来るなら、専業主婦でいたいと旦那と話しています。でも数時間だけでも空いた時間に、働きに出たい気持ちもあり複雑です。

    ユーザーID:8979002296

  • 会社員です

    私は幼くして母を亡くしました。

    だから、フルでもなんでも母がいるだけで幸せではないでしょうか?

    ちなみに私はフルで仕事をしていて、子供を保育園の通わせ、朝7:30から夜19:00頃まで預けていました。大変でしたが、
    自分なりに頑張れたと思います。
    子供と離れている時間が長く心配したこともありましたが、
    一緒にいる時間ではなく密度が大切と、当時先生に言われました。
    帰って来てから、おはなししたり、遊んだり、本を読んだり・・。
    おかげで家事はてきとうでしたけどね!

    疲れた時は親に頼んだりもしまいした。


    でも、最近は仕事を辞めたいです(苦笑

    ユーザーID:2696654767

  • 一長一短で

    家族が入院してたり、生徒優先で休みを取らない教師だったので、家事を手伝ったりする中でコミュニケーションをとっていたような気がします。
    誇りに思っていましたし、今もそうです。
    人を思いやることなどは、母が働いていたから身に付いた部分だと思います。逆に他人に甘えることが苦手になって水臭い・かわいくない感じになったのもそのためだと思います。

    ユーザーID:8179889652

  • 空腹が辛い

    私が小学校の5年生位からでしょうか。
    母は午後からスーパーでパートに出始めました。
    通常はPM1〜5位の予定でしたが、午後のパートさんが少ないようで
    毎日残業でした。
    その日の夕飯の材料を、仕事帰りに買ってくるので、私達は空腹で辛かったです。帰りがPM7時を超えることもあり、父の機嫌も悪かったですね(夜勤有)。
    夕方の値引きの惣菜が毎日のように食卓に並び、私も嫌でした。
    白米すら、パック詰めを買ってきた事も。
    午前中は家にいるんだから…って思ってました
    当然、毎日夕飯の手伝いは自主的にしましたが(早くご飯を食べたい)、空腹と惣菜は嫌でした。

    ユーザーID:9868387181

  • 4人の母

    私には母が4人いるみたいなものでした。

     実母と祖母と、伯母2人です。

     母が医師として忙しかったので、実質生活の面倒をみてくれたのは祖母(ただ甘いだけ)。
     年頃の女の子のあれこれに気を配ってくれたのが上の伯母。
     大学時代下宿させてくれ、生活の面倒をみてくれ厳しく躾をしてくれた下の伯母。

     母のことは医師として誇りには思っていましたが、その感覚は母親というよりは父親に近いかも(父親もいました)。
     たくさんの愛情には恵まれましたが、母の愛には飢えていましたね。
     今も何か話したくなったら、伯母に電話してしまいます。

     ただうちの場合はかなり極端ですよね。
     自身の体験からは、子どもが小さい時にはどうにかなっても、思春期には子どもの性格如何によっては、母親の密なフォローは必要かな?と思います。
     
     

    ユーザーID:5315516096

  • 寂しくはありませんでした

    母は進学校の教員でした。フルタイムの上、夜間の補習授業や学生寮の見回り、休みの日も模試や出張で不在のことが多かったですね。小学校低学年くらいまでは、平日に週2・3日、車で20分ほどのところに住んでいた祖母が両親の帰ってくる時間まで一緒にいるためにきてくれていました。それ以降は兄弟3人だけでしたしたが、それが当たり前でしたので寂しいと思ったことはないですね。友達も多かったし、兄弟でもよく遊んでいました。田舎なのでお母さんがフルタイムで働いている家は少なかったですが、違和感もありませんでした。母も休めるときはなるべく家族で出かけたりするようにしてくれていたので、家族間の関係は全員成人した今でも強い方だと思います。

    ユーザーID:3239107538

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