他人の何気ない一言に助けられた

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  • ちょっと横ですが…

    皆さんの話を読んで心をほっこりさせてもらっています。

    私の場合、言われた事でなくて気がついたことなのですが…。

    つい最近友人が癌の闘病生活を終えて亡くなってしまいました。まだ48歳の若さです。そして気がついたのは、いつも“歳をとっちゃって”という自分の愚痴の甘さ。本当は歳をとっちゃったのでなく、歳をとる事が出来たという事実。この歳まで生きられたというありがたさ。それを考えたら年寄りの方達がとても尊く思えました。そして生かさせてもらっている限り、小さな事でもいいから社会に良い事をしなくては、と思いました。
    娘よ息子よお前達も私が社会にした良い事の一つぞよ。頑張れよ。

    ユーザーID:5182978915

  • 再投です

    助けられたとは違うんですが、ある年配の男性との会話の中で、お酒も少し入っていて、自分の人生っていつもお別ればっかりなんですと言って愚痴ってしまいました。
    両親も離婚して私も家を捨て、帰れる場所もなく、学生時代も不器用な私は人と仲の良くなるのもやっとでした。胸の中はいつも淋しくて。そしたらおじさんが凄く悲しそうな態度でぽつりと「それだけじゃあないんだよ・・」と。私ははっとしました。人生を決めつけてるのは自分だと。自分が寂しいからって他人まで寂しい気持ちにさせてはダメだなって思いました。
    あの時私の愚痴を受け止めてくれたおじさんの優しい口調は今でも胸の中に残っています

    ユーザーID:7306309936

  • 別れ

    3年間付き合って、結婚しようと思っていた彼に振られた時、親友が、振られたってあなたの価値が変わるわけではないと慰められました。ありがとう!親友!

    一人でアメリカに渡って、私が本当に一人でやっていけるのかと、超心配していた時、あんなに私の渡米を反対していた父が、”あんたはゴキブリのような人だから、どこに居ても頑丈に生きていける。”と励ましてくれました。お父さん!大好きよー!長生きしてね。

    ユーザーID:6424660452

  • いいトピですね

    5年ほど前、仕事で取り返しのつかないミスをして本当に自信をなくし、
    もうこの仕事をする資格がないと思いつめていました。
    同じ時期に膝の怪我も重なって生活にも難儀して…。男性運も最悪で…。暗い時期でした。

    ある日の朝、寝坊してしまい膝も痛くて急げないので
    思い切ってタクシーに乗りました。
    運転手のおっちゃんに「仕事も失敗して、怪我もしてしまって何もかもうまくいかないんです」とぼやくと

    「長い人生でたまたま良くないことが近い時期に起こっただけだ。
    あなたは大丈夫だ。元気出して頑張りなさい」

    と言ってくれたんです。見ず知らずの人でしたが心にジーンと滲みました。
    おっちゃん、あの時はありがとう!

    ユーザーID:9479911206

  • 昔のこと

    20年ほど前のことです。

    私(男)は会社をやめ、アルバイトで道路工事現場の誘導員をしていました。
    将来への不安を抱えながらの日々でした。
    ある日、小学生の女の子が「よっ、がんばってるね!」
    と声をかけてきました。
    それからは毎日、その小学生と挨拶するのが日課となりました。
    地味な仕事と思っていましたが、見ている人も
    いるのだなと、心の中が暖かくなりました。

    その後、希望していた業種に転職を果たし、
    小学生と会うことはなくなりなりましたが、
    落ち込んでいた自分を励ましてくれたこの
    「小さな彼女」の言葉は、今も素敵な思い出として、記憶に残っております。

    ユーザーID:4984448784

  • 笑って!

    2001年6月結婚しアメリカに来ました。
    夫は当時学生で、ついた翌日から学校へ行ったきりの日々。
    住んでいたのは日本人などまったくいない学生街。
    治安が悪いわけではないけれど、上品なところではありませんでした。
    バス停まで数ブロック、大通りまで出るのも緊張していました。

    そんなある日、バス停から家に戻ってくる私はどんな顔していたのでしょうね。
    ある家の玄関先に座っていた大きな黒人さんにいきなり「笑って!」と言われました。
    ぽかんとしていると、また「笑って!」とジェスチャーつきで。
    ぎこちなく笑うと「よくできた!」みたいに親指立てて「笑ったほうがかわいいよー」と。
    それを聞いて自然に笑みがこぼれました。
    黒人さんももちろん笑顔。

    あれから月日がたち、この国では未だ「外国人」で馴染んだ感じはしないけれど、自分から笑いが消えているなと思ったとき、あの黒人さんを思い出します。

    ユーザーID:1329825227

  • 職場で…

    病院で働いていた時、長く経過を見ていて、よく私に声をかけてくれていた末期患者さんばかりを立て続けに看取る事が続いていて、看護師経験が長くても、気持ちを切り替えられずにいました。その事で、看護助手さんにも、いちいち患者さんに思い入れをし過ぎるな、と注意される事もあって、私には看護師は向いていないのでは、と辛かったです。
    そんな時、亡くなった患者さんの奥様に、『いつも何かと気遣って見ていてくれる貴女と一緒に看取る事が出来て良かった。ありがとう。主人は幸せだったわ』と手を握られ、お礼を言われました。私もボロボロ泣きながら『ありがとうございました』とその温かい手を握り返しました。救われた気持ちになり、看護師を続けて行こうと思いました。あの時の奥様には感謝してもしきれません。

    ユーザーID:0113543873

  • 退職した時

    みなさんの思い出、涙しながら読んでいます。

    長男が生まれてすぐに働き出した今の職場。
    少し年が離れて長女が生まれ、長男が入学し、
    仕事と家庭と育児、うまく歯車がまわりませんでした。

    常にイライラしていて、その原因がそれらをこなせない自分にあるにもかかわらず、
    イライラの矛先が子どもたちに向かっていたのです。

    長年勤めた会社でしたが、
    子どもとの時間を選択し、退職することにしました。
    どれも「適当に手抜き」をする事ができなかったのです。

    最後の勤務日。
    お世話になった方々に挨拶をしてまわりました。
    「せっかくここまで来たのに、辞めるなんてもったいない」という方が多い中、
    ある年配の女性が
    「仕事なら、積んできたものがある。
    でも子どもとの時間は取り戻せないんだよ。
    あなたはいい選択をした、充分に愛情を注いであげなさい」

    今まで押さえていたものが、一気にあふれ出しました。
    子育ての先輩からの一言、本当にうれしくて救われました。

    ユーザーID:3581825057

  • 家庭の奥さんのほうが向いてるよ。

    資格を取り、好きな仕事についてそれなりに楽しく一生懸命働いてたのですが、年々疲労し、消耗して煮詰まってしまい、成果は上がらないし、仕事内容は相変わらず好きだったのですが、人間関係もうまくいかなくなってしまって…という、典型的なダメOLに成り下がった私。

    鬱々とした日々のある日、あまり仲のよくなかった同僚が、タイトルのようなことをチラッと言いました。
    なんだか「あっ」と思ったんですよ。
    結婚
    ということを発想したことがなかったから。

    全く別の発想を、しかも仲のよくない人から教えてもらった、

    私、家庭の奥さんという幸せもあるんだ…

    と思いましたね。人によっては逆の発想もあるでしょう。

    今の自分の位置と全く別の考えを知るってすごいことなんだな、と思いますね。
    しかもその鍵は、私がキライな人が持っていたのですから。

    ユーザーID:3886598146

  • 部長からの一言

    いいトピですね。

    以前勤めていた会社でのこと。
    私は電話をとるのがすごく苦手でした。
    舌っ足らずで、方言丸出し、緊張してしまうので対応もシドロモドロ…
    でも部長はこう褒めてくれたのです。
    「momoちゃんの電話の出方は、素朴で相手をホッとさせるね。相手は用件を話しやすい」と。
    ものすごく嬉しかったし、自信が付きました。
    それ以来、電話を取るのが好きになりました。

    部長、ありがとう!

    ユーザーID:7922264867

  • 看護師さんのひと言

    いいトピですね。
    仕事中だと言うのに、涙と鼻水が止まらなくなってしまいました(仕事しなさいよ)

    私からも、一つ。

    父に胃がんが見付かり、近くの病院で手術をしたのですが、術後の経過が悪く、
    大きな病院へ転院する事になりました。
    救急車で搬送されたのですが、「道をあけて下さい」と言っているのにあけて
    くれない車は多いし、父は苦しそうにうんうん唸ってるし…で、これからどうなる
    んだろう、と呆然としていました。
    やっとの事で病院へ到着した時、担当してくれた看護師さんから言われたひと言。

    「此処へ来たからには、もう大丈夫ですよ」

    連日病院へ呼び出され、緊張のしっ放しで疲れ切っていた私の心に、すーっと
    しみ込んで行き、ホッと安堵したのを覚えています。

    その看護師さんの予言通り、父は完治し、元気過ぎるほど元気になりました。
    時々、ムカつきますが(笑)

    ユーザーID:0254853679

  • 看護学生の時のお話です

    いいトピですね。私も参加させて下さい。

     
    学生は各病棟で実習をするのですが、精神科に実習に行ったときのことです。
    当時私は体調が悪くあの過酷な実習が辛かったのと、グループメンバーでうまくいっていなかったことで、かなり落ち込んでいました。

    今ちょっと忘れてしまいましたが、何か出来事があって私は泣くためにトイレに駆け込みました。
    誰もいないと思っていたのに患者さんがいました。その患者さんがさりげなくいいました。
    「人生いろいろあるよね。ファンデーションかそうか?」といってくれました。
    そして私はハンカチで涙と鼻水をふいていたら、また違う患者さんから、「目と鼻を一緒に拭いてはだめよ。目は大切!」その患者さんは目が片方見えない方でした。

     私は患者さんを助けたいと思い看護師を目指していたのに、逆に患者さんから助けられました。
    患者さん達の優しい言葉がとてもとても嬉しくて、励まされました。

     私が今でも看護の仕事を続けていられるのも多く患者さん達に力をもらっているからだと思います。 

    ユーザーID:1224822560

  • スーパーにて

    皆さんのレス、うるうるしながら読ませていただいています。

    息子が生まれて、何もかもがいっぱいいっぱいになっている時期。
    今までは、ちょっとそこまでのお出かけもパパッと1人で行けていたのに、
    子どもがいるとそうはいかず。

    そんなとき、近所のスーパーで買い物し、レジで清算しているときのこと。
    レジの女性が「生まれたのね〜。お腹が大きいことも知っていたし、
    最近見ないな〜と思ってたのよ」といって下さいました。

    よく行くスーパーではあったものの、女性と親しくお話しすることもなく、
    店員さんと客、という関係だったのに、見ていてくれる人はいるんだ、
    親である私は、もっとこの子を見てあげないといけない!と

    決意を新たに持つことが出来た一言でした。
    そのスーパーには、今も買い物に行っています。
    そして、「大きくなったね」と必ず声をかけて下さいます。

    ありがとう。

    ユーザーID:6121214966

  • 日本中の人に

    本当に素敵なトピで、涙をこらえるのが大変。


    たった一言でこんなにも救われる人が大勢いるなんて。
    心の貧しい時代、このトピを日本中の人が見て、日本が変わっていったら
    どんなに素晴らしいだろうと思います。


    感想だけでスイマセン。でも言わずにいられなかった!

    ユーザーID:5654059189

  • 同期からの言葉

    複雑な家庭環境で、父親も祖父も居ない私。
    同期の結婚式に参加したとき、つい
    「私はバージンロードを一緒に歩く人がいないんだなあ」とポロッとこぼしたら、
    同期の男の子が、
    「そん時には俺がじーちゃんにでもとーちゃんにでもなってやるから」
    と一言。

    恵まれた環境に育った人が多い我が会社の中でどうしても不平等感が拭えずやさぐれてた私でしたが、
    彼の一言で本当に救われました。

    彼は何の気無しに言ったようですが。

    それから数年経ちましたが、未だバージンロードを歩く機会が皆無なのが残念な限り(笑)

    ユーザーID:9081955012

  • このトピにも

    助けられました。
    優しい人がいて、それを受け取れる気持ちを持った人がこんなにいるんやなって。
    読んでたらちょっと泣きそう(笑)

    今遠恋中で、たまにしか会えない彼と一緒に歩いていると、
    知らないおばあさんが「あんたら、仲ええわ〜」と声をかけてくださり、
    手をひらひら〜って振ってくれました。びっくりして嬉しくて、二人して笑顔で会釈を返しました。
    応援してもらったみたいな気がして。

    離れていて寂しいし、体力的にも大変(移動で)だな、と思うこともありますが、
    仲良く頑張らなきゃなって思います。応援してもらったから。

    ユーザーID:5844307992

  • スミマセン

    このトピとレス、外では読めません。どれを読んでも泣けてくるから

    ユーザーID:5757894446

  • 26歳がん患者

    24歳で胃がんで手術し、集中治療室に入った時、夜中に手術した事がわかっていないおじいさんが暴れ周り、看護師さんが何とかするために必死だったのを見ました。
    次の日の朝、私の体調チェックに来たのは同じ看護師さんで、思わず「昨日、大変でしたね。いつもなんですか?」と聞いたら
    「まぁ、そうですね。でも大丈夫です。」と言い、続けて「私あなたの1つ下なんです。だから頑張って下さい。」と言われました。
    なんで「だから」とつくのか今思えばわかりませんが、すごく嬉しかったです。

    ユーザーID:0066110466

  • 皮膚科の先生

    主婦湿疹が酷くて、いっつも手の皮がぱっくり割れていたので、皮膚科に通っていました。

    私の手を診て先生が「ダラ奥さん、よう頑張っとるねぇ。頑張りすぎやわ」と仰いました。

    子育てや家事は、夫からは滅多に評価されませんので、とてもうれしく感じました。

    ユーザーID:7673817717

  • 人生これからや!

    もう20年以上前の話。

    私は宝塚を受験、1次試験敗退でした。
    18歳の小娘、九州からの受験で関西は良く分かりません。
    不合格を知って、どこかに寄るわけでもなく、
    そのまま帰りの船に乗るため、港近くの喫茶店に入りました。

    店内は、まだ「モーニング」の時間。
    小さい店ながら、そこそこ繁盛しており、お客さんたちは、それぞれの時間を過ごしていました。

    私は、オーダーのあと、ずっと不合格を嘆き、泣いていました。
    すると、ある一人のお客さんが声をかけてくれました。
    理由を話すと、
    「宝塚を受けたことだけでも、立派!」と言ってくれ、
    次第に店内にいたお客さんに話が飛び火。
    「人生、これからや!」
    「あなたを応援してる人が、大阪にはぎょうさんおるで!」と、
    店中の人が、口々に励ましてくれました。

    本当に、あのときの感謝は、今でも忘れられません。

    関西人の心の温かさに触れたときでした。
    あのときのみなさん、ありがとうございました。

    ユーザーID:1831836063

  • 天使

    二人目を妊娠中に体を壊し、病気と怪我とフルタイムの仕事、2歳の長女の世話に追われて、くたくたでした。
    妊娠も後期だというのに、食べられず眠れず、1ヶ月で5キロ痩せ、おなかの子の体重増加もストップしてしまいました。

    長女がのんびりと就寝の支度をするのを見ながら、少しでも早く横になりたい私は
    「早く着替えて!ママは疲れてるの、少しママを助けてちょうだい!」と彼女に向かって声を荒げてしまいました。
    すると、とたんにキッと厳しい顔になり、
    「よし、わかった!ママ疲れてるのね。待ってて。いま○○ちゃんが、ママをむぎゅーっとしてあげるからね!!」

    天使だと思いました。
    自分が恥ずかしかった。
    もっともっとがんばります。

    ユーザーID:5373726240

  • 生まれてから・・・

    私は親に望まれて生まれてきた子ではありませんでした。
    実の母親にも泣かれながら土下座され「頼むから死んでくれ」とも小学生のときに言われました。

    自分は生きていてはいけない子なのだ。小さい頃から「将来」や「未来」ということを言ってはいけない身分だと思いながら成長してきました。

    そんな私も良い人と出会い結婚する運びとなり、式で着る衣装選びに母を誘ったその帰り、喫茶店でコーヒーを飲みながら・・・・

    母が言った一言でした・・・

    「人は何かしら、誰かしらの為に生まれてくるんだよ。これから(主人)君のためにあなたがあるんだから」

    っと言われたとき、23年苦しんできた重いにもつのようなものがふっと軽くなりました。

    今まで生きてきて良かったなぁっと本当に思ったこと、今まで複雑な家庭環境で育ってきたけど、確かに母の愛があったことに気付けてよかったです。

    ユーザーID:2702642691

  • 仕事と妊婦の葛藤中

    心あたたまるトピですね。

    私の妊娠中の話です。

    長年正社員で働いていたのですが、小さい会社で、一人一人の仕事量も
    多い所だったので、妊娠中も産休ギリギリまで朝早くから夜遅くまで
    (帰宅が0時になることも多々)働いていました。

    体はしんどいし、お腹の子どもにも、そしてもちろん心配して
    くれる夫にも申し訳なくて。

    産休まであと1日という時に、上司(男性)が私の仕事をしている
    姿を写真に撮ろうと言うので、照れるからいいですって断った
    ところ「これは生まれてきたお子さんが大きくなった時に見せて
    欲しいから。お母さんはこんなに頑張ってたんだよって見せて
    あげて」と・・・

    その言葉で涙があふれ、職場のトイレにかけこみ泣きました。
    ずっと気を張ってた糸が切れたように。

    今まで直接言われた事なかったけど、そうやって考えてくれてる
    人がいた事だけでも有難いなって。

    まだ子どもが小さいのでその写真の話はしていませんが
    いつか必ず見せたいと思います。

    ユーザーID:5907806521

  • バスの運転手さん

    この春から大学生になった長女が上京。
    いろいろと手のかかった子だったからこそ寂しさもひとしお。
    抜け殻のような気持ちで日々を過ごしていました。

    春なのにとても冷たい風が吹く中、駅前でバスを待っていた会社帰り。
    いつも乗ったことがなでいバスに「これも家の近くに停まるだろう」と
    寒さ半分投げやり半分乗ってしまい、
    最初の信号で家とは逆方向に曲がることに気付きました。

    赤信号で停車中に「ここで降りることはできませんよね。」と
    運転手さんに聞くと「ここではできません。」と。
    別にうらむわけでもなく「自分が乗っちゃったから仕方ないか。」と
    自分の浅はかさを反省。

    しばらく先の最初の停留所でICカードを当てて降りようとすると
    運転手さんがカードを当てる機械を手でぱっと覆って
    「いいですよ。」
    「でも。」
    「今回はいいです。」

    娘のいない寂しさで冷えていた心がぽっと温まりました。
    「私も人に優しくしてあげたいなぁ」と後ろ向きな気持ちを
    改めるきっかけになりました。

    あの時の運転手さん、ありがとう。

    ユーザーID:7487509088

  • 皆さん、ありがとう

    いろんなことが一気に重なってここ一カ月ボロボロでした。心が棘だらけでしたが、このトピを見てちょっとだけ元気になれました。ありがとうございます。
    そういえば私もさりげない一言で救われたことを思い出しました。不妊治療の末やっと妊娠したら、突然出血し切迫流産の疑いで緊急入院。
    空きがないので、中高年の女性ばかりの部屋で24時間点滴を受けながら泣いてました。隣の方が心配して声をかけてくれたのに、
    私はカーテンを閉め切って「大丈夫ですから!」と突っぱねてました。誰にも会いたくないほどどん底だったんです。でも、危険な状態を脱したころ、先ほどの方が「やっと落ち着いたみたいね、良かった」とにこやかに
    また声をかけてくれました。40代くらいのきれいな奥さんでした。それから退院までは和やかに過ごせましたが、私が無事出産し、中年となった今になって
    あの方は重い病気の治療中だったんだと思い当たることがいくつもあり、ご自分がつらかったのにこんな失礼な人間を心配してくれたことを今になってありがたく申し訳なく思います。
    今もお元気でいらっしゃることを願っています。

    ユーザーID:2451653052

  • もう15年前の事

    親と同居していた20代の頃、自分のおかした間違いを悔やんで、自分が情けなく、生きている価値もないと毎晩、声を殺して泣いていました。このまま泣き疲れて死んでしまうんじゃないかと思ったくらい。夜がくるのが怖かった。

    ある日、仕事から自宅に戻ると、近所でお通夜が行われていました。
    自ら命を絶たれた、歳の近い娘さんの悲しい悲しいお通夜でした。
    私もお焼香をさせてもらうと、憔悴しきった娘さんのお母様が、

    「Mちゃんは、お母さんを悲しませたらだめよ。」

    と言ってくださいました。
    その時の私の心中を知っておられるはずはなかったのですが、今の私があるのは、あの時の一言があったからと、いつも感謝しています。
    精一杯、生きさせてもらいます。

    ユーザーID:2545061448

  • トピ主さん、ステキなトピをありがとう!

    母を亡くして、火葬場での出来事。
    隣に立つ夫からは一方的に離婚を言われていたのに、
    一番相談したかった母には何も言えずの別れで、
    焼却場の扉が閉まる瞬間、係りの人を押し止めて号泣してしまいました。

    そんな私には誰ひとり寄り付かず、
    夫と義父母も雲隠れ。
    待合室でひとりボンヤリしてたら
    いきなり真横に誰かがドスンと座りました。
    「おまえなあ!」

    それは、30年ぶりに再会した、
    子供の頃から問題児だった従兄弟でした。
    あまりの乱暴者ぶりに、親戚は縁を切っているほどの。
    彼が葬儀に来たことも不思議で、みんなヒソヒソ話をしていたのですが。

    ビビッている私に彼は、ぶっきらぼうに言いました。
    「マルが泣いとったらアカンやないか。おかあちゃんが悲しむぞ」

    彼のひとことがなかったら、
    どうなっていたかわかりません。
    本当に感謝しています。
    彼はまた消息不明で、
    お礼も言えてないのですが、
    この場をお借りして言わせてください。
    マルは元気でやっています。
    再婚も出産もできました。
    ホントにありがとね!

    トピ主さんにもありがとうです!

    ユーザーID:0237572231

  • 主治医の言葉

    数年前に息子が病に罹り入院しました。命に係る重大な病気です。
    当時の私は息子を失うかもしれない恐怖と絶望のどん底でした。
    そんな時主治医がベットの傍らで点滴を見ながら言いました。

    「これで悪い細胞を叩くんです!」

    一見穏やかで頼りなさげな先生でしたが、この力強い言葉にこの先生
    ならきっと息子を救ってくれると思いました。

    あれから数年息子は元気になり今年高校に進学しました。

    ユーザーID:1238951496

  • 母に感謝

    皆さんのレスを読んで本当に感動しています
    最近育児で悩んでいたのですががんばろうと思いました
    本当にありがとうございます。

    出産後、主人の仕事の関係もあり、ちょっと長めに里帰りしていました。
    日に日に実家での子育てに慣れ、うちに戻っての子育てに不安を感じるようになっていました。
    そして、うちに戻る当日。車に乗る私に向かって母が
    「がんばってね!あ、でもがんばりすぎなくていいわ。○○ちゃん(子どもの名前)に風邪さえひかせなければいいのよ」
    と、一言。
    じーんときました。。。

    私の母は、私から見るとかなりきちんと家事や育児をしていた感じなので、出産前は色々厳しく指導(?)されるのではないかと思っていました。
    でも実際のところは、いつも私を励ましてくれ、批判したくなるところもあるのかもしれませんがそれは全く言わずにいつも温かい言葉をかけてくれます。
    母とは本当にありがたいものですね

    このトピのおかげでまたこの言葉を思い出し、がんばろうという気になりました。
    ありがとうございました

    ユーザーID:0392106661

  • 同期の一言

    入社して五年目ごろに仕事が突然増え、なんとかこなす
    毎日でしたが、一番下っ端だったため、忙しくても
    雑務も言われあちこち走り回ってヘトヘトでした。
    忙しすぎて顧客に連絡漏れをしてしまうミスをしたり
    精神的にきつい時期で泣きたくなることもありました。
    もう辞めてしまいたい・・・と思っていたそんな時に
    同期が自分だって忙しい上に私よりプレッシャーあるはずなのに

    「俺に出来ることあったら何でも言えよ。
    困ったことがあったらいつでも話せよ。力になるから」

    と言ってくれました。
    心が砂漠化していたけれど、その一言でとても救われました。
    どんなに忙しくてもちゃんと見てくれている人がいると
    思ったらつらくても逃げずに頑張ろうと思えました。
    同期はその後出世し今は本社で管理職になりました。
    相変わらず面倒見良く部下に好かれているようです。
    私はその時期を乗り切り、今では立派なお局になって
    まだまだ働いてます。

    ユーザーID:7585850577

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