他人の何気ない一言に助けられた

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  • 父の言葉

    私はある障害をかかえているのですが、不安な気持ちでいると「いつでも〇〇の見方だからな。安心しろ!」と言ってくれます。歳老いた父、持病もあるのに私のことを一番に考えてくれる父。心からありがとう。

    ユーザーID:0715466201

  • 学生時代の友人

    遠くからさんのレスを読んで思い出しました。
    何気ない一言ではないのですが・・

    31歳の若さで亡くなってしまった学生時代の異性の友人。
    ずっと闘病していたのですが、亡くなる少し前に私のことをお母様に話してくれていました。
    一旦快復して社会復帰も果たし、その時には快気祝いもしたのですが、その後私が結婚したこともあり
    連絡もとっていませんでした。再発して再び闘病していることも知りませんでした。
    密葬だったとのことで亡くなったのをしったのもしばらく経ってからでした。

    遠方のため電話でしかお悔やみを言うことができませんでしたが、
    お母様が「普段、ほとんど自分のことを話さないあの子が
    亡くなる直前○○さんのことをいい友達なんだって嬉しそうに話してくれたんですよ」
    と話して下さいました。
    その頃いろいろうまくいかなくて自分に自信が持てない日々だったのですが
    そんな風に思っていてくれたんだと思うと、頑張らなければと思いました。

    ユーザーID:8175557523

  • スーパーのレジで

    当時1歳と5歳の我が子を連れてのスーパーでの買い物。
    大きなカートと、言う事を全く聞かない子ども達、

    その日もやっとの思いでレジまでたどり着きました。
    ふと私の後ろを見ると、レモンたった一つを持って並んだご婦人。

    私のカゴは・・・と、大量の食材。
    「お先にどうぞ」と順番を譲りました。

    「ありがとう」と先にレジで会計をするご婦人。
    ふと、レジ脇の食玩が目に入ったようでした。
    さっとそれを手にすると、「これも」と会計に通しました。

    あ〜、この方も、うちと同じくらいのお孫さんがいるんだな・・・
    そう思ったとき、「順番譲ってくれて、どうもありがと!」と
    今レジを通したばかりのその食玩を我が子に持たせたのです。
    見ず知らずの方だったのでお断りしたのですが、
    「おかあさん、頑張ってるね!」と、ニッコリして、足早に去っていきました。

    だれもがんばりを認めてくれない、それが当然という育児の毎日。
    思わず涙がこぼれたのでした。

    ユーザーID:3581825057

  • 見知らぬおじさんありがとう

    全部読ませてもらいました(泣)
    少し違いますが私も一つ。
    小学校5年生の塾の帰り(雨の夕方)のことです。知らない男に後ろからつきまとわれ、
    路地に追いこまれ「○○○○みせて」と迫られた時、傘を放り投げ全力で走り出しました。
    ちょうど自転車に乗って傘をさしたおじさんが通りがかり、私は大声で助けを求めました。
    男はすぐに逃げて行きました。
    その頃の私は、内気で人見知りがはげしく、大人に勇気を出して駆け寄ったものの
    、そのあと何も話す事ができませんでした。
    おじさんは、一言「怖い目にあったんだね」と、自転車から降りて傘を差し出してくれました。
    そして、何も聞かずに一緒に歩いてくれました。
    恐怖心と男の顔と忌まわしい4文字の言葉などが頭の中でグルグルしている中、親を心配させたくないからこの事を知られたくないという思いをもちながら。
    私の家に着きおじさんは、そのまま去って行きました。それがとってもありがたかった。
    あの時いろいろ聞かれ、親にも伝えられてたら、心の傷がもっと大きかったと思います。
    1年位 恐怖心は続きましたが一人で耐え、乗り越えました。
    2年前に結婚した45歳です。

    ユーザーID:5541636386

  • それが子育てよ

    初めての子がまだ1才位だった頃、婚家の親戚が訪ねてきました。

    義父・義母・夫とも仕事で不在、私ひとりで対応せねばならぬと緊張しながらお茶を入れたりしていました。
    見渡すと、片付け途中でグチャグチャなオモチャ箱周辺・こちらも片付け途中で衣類が散乱していた子供タンスの周辺。
    恥ずかしさもあり『キチンとしたいのに、全部中途半端になって・・・見苦しくてすみません』と私。
    すると親戚は「それが子育てよ」「自分のしたい事いっぱいあるでしょ?でも思うように出来ないでしょ?」「それが子育てよ」と。

    なるほど!そういう事か!

    掃除や片付けが一気に進まず溜息ばかりだったあの頃、まさにドンピシャに心に響き、助けられた一言でした。

    ユーザーID:3939886951

  • 癌治療の副作用で

    10年前に癌になりました。治療をした後に副作用で髪がぬけ、まつげも眉毛もなくなりました。悲しかったけど、受け入れるしかないと強がり涙を見せずにいました。心にも副作用があって、落ち込むと這い上がれずにいることも…そんなときに娘の幼なじみの仲良しママと会いました。かつらを取り(ベリーショートすぎる!?)眉毛を書き、口紅をつけて会いました。わざと明るく振る舞っていたら、「きれいよ、とても。」と。そして「私はいつも一緒よ」と言われ号泣してしまいました。感謝しています。私の大親友です。おかげで今は元気です。

    ユーザーID:5193646564

  • 懐かしいですが…

    中学生の時に体育祭で審判係になった時、失敗をしてしまい審判係の女性の先生に激しい口調で叱られ半ベソをかいていた時に、隣のクラスの男子が「失敗したくて失敗したんじゃないんだよ。それに謝ってるだろ。しつこくそんな言い方ないだろ。」と言ってくれました。先生は下を向いたまま黙っていて、私は涙を堪えながら「ありがとう」を言うのが精一杯でした。まさに「惚れてまうやろーっ!」でした。

    ユーザーID:3174321734

  • このトピ大好き

    もう涙と鼻水でボロボロなのに幸せな気持ちです
    トピ主様、素晴らしいトピありがとう


    数年前私は30歳過ぎたのでガン検診しておこうと婦人科に行きました
    生理もつらく、筋腫でもあるのかな?と思って、先生に伝えて
    検査したら筋腫あり
    ガン検診もお願いしました

    数日後、検査結果を聞きに行ったら、陽性
    結婚したてで、目の前が真っ暗になった私の手を韓国籍の女医さんは、ぎゅっと握って、涙目で
    『大丈夫、大丈夫だから』と

    お医者さんの一言って重みがありますね

    大丈夫なんだ!と思いました

    今は大きな病院を紹介され治療中です

    あの先生、街の小さな医院ですが大人気の訳がわかりました

    私も先生が大好きです!ありがとう

    ユーザーID:9298643207

  • 初めての失恋で

    高校1年生の頃、初めて付き合った男の子が居ました。付き合い方も分からず、彼を傷つけました。大好きだったのに、愛情表現が分からなくて、自分から告白して、付き合いが始まって、ずっと仲良くして行きたいと思っていたのに、振られてしまいました。

    フラれた日、涙が沢山出ました。丁度雨が降って来て、私は傘もささずに信号で泣いていました。目の前の動物病院から、ミニチュアダックスフントを抱いた年配の女性が出て来ました。泣いている私に声をかけて下さり、「たった今、この子が癌で余命幾ばくも無いと知ったの。でも、この子はまだ生きているから、泣いちゃダメよね。」とご自分の状況を話して下さいました。

    私が泣いていたから、慰めてくれようとしたんだと思います。お礼を言えたかどうかも覚えていません。でも、あの時触れた人の優しさは覚えています。

    生まれて初めて味わった失恋は苦しかった。でも、同時に人の温かさも知りました。

    あの女性に倣って、私も人の痛みに優しさを添えられるような人になりたいです。

    ユーザーID:8496872785

  • 看護学生の時

    受け持たせていただいた患者の○○さんが、休み明けに実習に行ったら危篤状態でした。優しい笑顔と学生のわたしを受け入れてくださった○○さんが…数時間してお亡くなりになりました。
    私はただただご家族の肩を抱き締めることしかできませんでした。
    お見送りの時、ご家族のみなさまから「おばあちゃんはななかさんのこと待っていたんだね。」「いい看護師さんになってね。」と言っていただきました。

    今看護師を続けていて辛いことがあるといつも○○さんを思い出して頑張れます!!ありがとうございました。

    ユーザーID:2972033881

  • 優しい人がいっぱい

    会社の売店に、数年前まで勤めていた2人のおばちゃん。
    仕事で辛い時も、流産で落ち込んでいた時も、親身に話を聞いて力づけてくれました。

    売店運営会社の方針で、定年を延長して働いていたおばちゃん2人が同時に退職することが決まった時、
    おばちゃん達は言いました。

    「忙しくて大変そうだけど、この会社は優しくて思いやりがある人ばかり。
    私達のような別会社からの派遣店員を、行事に招待してくれたり社員旅行に誘ってくれたり、
    出張や帰省のお土産を買ってきてくれたり。
    こんなに優しい人でいっぱいの会社、50年もあちこちで仕事したけど他にどこにもなかったよ。
    いい会社だからね、誇りに思って働くんだよ」

    人間関係で苦労したり厳しい仕事でめげることもありましたが、人の良い面を見て接するようになれたし、
    会社に誇りを持てるようになったのは、おばちゃん達のおかげです。

    おばちゃん達退職の日、売店のカウンターは、お餞別や花束でいっぱい。
    狭い店内は別れを惜しむ社員であふれ返りました。

    おばちゃん達の言う通り、優しい人がいっぱいいる会社でした。
    気づかせてくれてありがとう。

    ユーザーID:2051741393

  • もうひとつ

    もう一つ失恋してました。

    自分が先走って相手に重たがられるというありがちなパターンでした。
    きちんと言ってくれればわかったはずなのに、
    相手はこっぴどく脅して二度と連絡してくるなというタイプの最悪なやつでした。

    私は自分が悪いんだと思い眠れませんでした。そのとき同居人の言った一言は、
    私たち女ならみんなそうよ、でした。

    その日から眠れるようになりました。

    ユーザーID:7289280549

  • 中学生の頃

    中学生の時に母が癌で亡くなりました。高校入試前なので何とか気を張って過ごしていたところ、父が事故にあい意識不明の状態になりました。
    (父の状態があまりにも悪いので当時はお見舞いにも行かせてもらえませんでした。)
    同じ市に住む親戚の家でお世話になり、肩身の狭い思いをしていた期間でした。

    友人のいとこの家が塾をしていたので友人と一緒にそこで勉強していたのですが、ある日、先生のお母さんが私に声をかけてくださいました。
    「話は聞いたよ。苦労してるんだね。でもね、人生は3つの期間に分けると絶対1つの期間は苦労するんだって。あなたは最初に苦労してるから、あとはずっと幸せだよ。」
    いつもこの言葉が支えになっています。そしてその通り私は高校生以降はずっと幸せに生きています。

    あともう1つ。
    誕生日に会社の先輩から「おめでとう。今のままのあなたが大好きだよ。」と短い文のカードをもらいました。自分のことでいろいろ悩みがあった時だったんですが、この言葉でワタシは本当に生まれてきてよかったと涙が出てきました。

    ユーザーID:4755331121

  • 天国からの「一言」...1

    もう20年以上も前の事ですが・・・。
    十代の頃に両親が離婚して母方についた私ですが、ずうっと父とは折り合えないままでいました。
    20代になって間もなくのころその父が事故死してしまいました。
    どんなに悔やんだかしれません。父にもう少し寄り添ってあげればよかったと・・。
    それでも若かった私は日々、自分勝手な問題に忙殺されていました。

    仕事も恋愛でも行き詰まり、自分の存在自体が許せなくて消えてしまいたいとまで思い詰めていたある日、夢を見ました。
    夢の中では、私は薄暗い古いレストランの中に一人たたずんでいます。
    皆と集まるはずだった、あるいは皆が待っていてくれるはずだった店は、もう椅子が片付けられていて誰一人私を待ってくれてる人はいなかったのです。
    肩を落として店の中を見渡すと隅に1つだけ明かりが灯っていル席が有りました。
    そばでよく見ると、数年前に死んだはずの父です。

    ユーザーID:5243971263

  • 天国からの「一言」...2

    父は本当に穏やかな笑顔で私を迎えてくれたのです。
    思わず泣きそうな声で「お父さん、待っててくれたの?皆帰っちゃったのに・・私の事待っててくれたの?」
    そう訊ねる私に、父はまたも優しい笑顔で言いました。

    「どこにも行く訳ないだろう・・・」

    嬉しさと切なさで私は大声で泣きました。その自分の泣き声で目が覚めたのです。
    この時私は、本当の意味で父を想い泣きました。
    そして生きていた時には持てなかった感謝の気持ちを感じていました。
    そしてまた少しづつながらも元気と勇気を取り戻すことが出来ました。

    そんな私も今では結婚して幸せな過程を持っています。
    花嫁姿見せられず感謝の言葉もかけられず、それどころか娘らしい事を何一つしてあげなかった父に今も詫び続けています。
    でも、今でもあのどん底の中で見た夢のなか・・父のあの一言が今も私を強く支えてくれているんです。
    もし今、目の前に父がいたら私が伝えたい一言は、ただただ心からの「ありがとう」です。

    ユーザーID:5243971263

  • これはいいトピですね〜!

    どのエピソードも、気持ちのよい涙がどんどん出てきます。
    このままレスも ずっと増え続けたらステキですね。


    仕事も恋愛も悶々としていたあの時。
    ひとまわりも年下の妹の結婚が 先に決まり、
    妙齢の姉である私を腫れ物のように扱う保守的な親戚に
    なにを言われるやら・・・と 気の重いまま迎えた披露宴当日。

    遠路はるばる、田舎から体調をおして集まってくれた
    高齢揃いの親戚を接待していたら、最長老の伯母がいきなり、
    「モチちゃんは ○○家の宝だねぇ」と言いました。

    なんの脈絡もなく、意味もいまだに謎のまま。
    でも、百の理屈より 胸にしみた。
    私の悩みなんか、話したこともなかったのに、
    こうして生きてるだけで、誉めてもらえた。
    ちいさい子どもみたいに、嬉しかった。
    「宝」なんて、もう2度と聞けないだろう。
    今、思い出しても 元気が出ます。
    万薬の長です。

    ユーザーID:0963379686

  • わたしのすごいところ

    母子家庭に育った私は子供のころから、仕事に忙しい母に放置されて育ちました。
    そのせいか、「やっぱりね」と思われないよう誠実な人を選び、家庭的な料理を作り、結婚と同時に仕事も変え、理想の家庭を築くのに必死でした。
    初めての育児で煮詰まりそうになり仕事へ復帰、家事育児仕事は一見うまく回せているように思ったのですが、職場の内紛や当てこすりのターゲットになってしまい鬱を発症。
    もう、動けない自分に腹がたつし、どうしてこう何も長所がなく、人が普通にできることさえできないんだ。もう私なんて最低だ、迷惑をみんなにかけている存在だ、って思ってばかりいました。

    ようやく薬にたよりつつ、普通の暮らしが戻ってきたころ、様子を見にきてくれた母と世間話をしていたら一匹の蚊がブーンと飛んでいました。それを私が「パチン」と1回で叩けたとき

    「あなた、昔っから蚊を捕まえるのうまいのよね〜」

    今、書くとたったこれだけなんですが、わーっと泣いてしまいました。私について勉強のこと以外興味がないと思っていた母が、私の普段の生活を見ていてくれたこと、こんな私でも人よりすごいことがあったんだ。。
    今書くと、本当に些細(笑)

    ユーザーID:1463480135

  • 他人じゃないですが

    生き甲斐だった彼氏にフラれ、友達ともうまくいかず、毎日家で泣いていた時、妹が言った一言です。

    「お姉ちゃん、人生には辛い事が3つ有るんだよ。一つは親が死んだ時。二つ目は私が死んだ時。三つ目は今だよ!」


    図々しく二つ目に自分の死を入れたあたりが妹らしくて、おかしくて笑ってしまいました。
    そうかもね、と思ったら少し元気が出ました。

    ユーザーID:5100071159

  • 一言を言った者ですが、

    ある会社に管理部長として入社した時に、ずっと一人で混乱して作業されていた女性に、「もう大丈夫です。心配しなくていいですよ。私の指示で動いていただいて、何かあっても困るのは私だから、あなたは大丈夫です。」
    と言った時に相手の女性が、いわゆる「惚れてまうやろ〜」の目になったのが分かりました。そういう時って、本当に分かるんですよね。

    やはり案の定、まわりから見ていてもバレバレのラブラブモードでちょっと困ってしまいましたが・・。

    ユーザーID:9551073133

  • 大阪のタクシー運転手さん

    20代で立て続けに両親を病気で亡くし、その後故郷の大阪を離れ関東に嫁いだため、知り合いも誰も居ない環境で両親の死も乗り越えられず、ただただ寂しい毎日を送っていました。

    そんな時大阪に急用ができ、久しぶりに帰省しました。
    タクシーの運転手さんとの会話の中で関東に嫁いだこと、これが久しぶりの大阪への帰省であることを話しました。
    そうすると、
    「おかえり。やっぱり大阪はエエやろ?いつでも帰っておいでな。」と。

    両親を亡くしてから「おかえり」と声をかけてもらったのが初めてで、涙をこらえるのにいっぱいでした。
    あの時の運転手さんの言葉を胸に故郷を思いながら今も頑張っています。

    この場をお借りしてお礼申し上げます。
    おっちゃんありがとう!!!

    ユーザーID:1128557827

  • 大丈夫

    出先で、このトピ読んで手持ちのポケットティッシュが無くなりました!(泣)

    私の体験談も書かせて下さい。子育て一段落しパートに出始めた頃。なかなか仕事が覚えられず先輩パートさんに怒られバカにされ、凹む毎日。
    いつものように怒鳴られた後、母親より少し年下のとても美人なパートさんが両手でそっと手を包んで下さり、じっと私の目を見ながら『大丈夫、大丈夫』と言って下さいました。縮こまった心がフワッと軽くなり、大きくて綺麗な瞳に吸い込まれそうになりながら、その手の温かさに泣きそうになりました。

    今ではその仕事は辞めてしまったけれど、彼女の事は時々思い出します。
    あんなお母さんになりたいな、と思いつつまだまだ成れそうに有りません。

    Nさん、この場をお借りしてありがとうございました。
    トピ主さん、このトピを立てて下さってありがとうございました。

    ユーザーID:4791942770

  • なわとび

    幼い頃の私の話。
    幼稚園でなわとびが皆よりできないので、「幼稚園行かない!」と夜布団の中で泣きながら父に言いました。いつも仕事で忙しくて、ほとんど遊んでもらった記憶がない私ですが、その時、父は「じゃあ、練習するか!」と言ってくれ、夜だけど一緒に練習してくれたんです。一緒に練習してくれたことがすごく嬉しくて、できるようになったかどうかも覚えていませんが、その光景だけはしっかりと覚えています。
    その父もあと1ヶ月で定年をむかえます。私には反抗期もあったのですが、忙しいながらもきちんと私と向き合ってくれていたから、今の私があるのだと思います。本当にありがとう、お疲れさまでした、と誕生日の日に伝えようと思います。

    ユーザーID:1424792409

  • 今でも胸に残る言葉

    ステキなトピですね。

    育休明けで復帰した部署が全くの畑違いで
    何をどうしていいか分からず、
    正社員なのにパートさんに教えてもらわなければ何一つ出来ず、
    それなのにパートさんより早く帰らなければならない毎日
    何をやってもうまくいかず、上司には嫌味を言われたり、本当に辛い時期だったあの頃。
    こんな状態で仕事を続ける意味があるのだろうかという無力感、
    小さな子供を犠牲にしている罪悪感で一杯でした。

    そんな時、「頑張ってるね、帰ったらぎゅーって抱きしめてあげるのよ、
    そうすればいい子に育つから大丈夫!!」って言ってくれた人がいました。
    本当に心に沁みました。ありがとう。



    5年後に下の子が産まれ退職しました。このご時勢にもったいないと色々な人に言われましたが
    「一生懸命仕事してて偉かったよね。でも、お兄ちゃん(上の子)にきょうだいが出来てよかった。
    ○○さん、本当によかった」と同じ職場の別の人が言ってくれました。
    あたたかい言葉に涙が出そうでした。


    どちらも私よりも20歳以上上の女性の言葉です。
    そんなステキな人になりたいです。

    ユーザーID:8175557523

  • パパありがとう!

    双子を出産してすぐ命にかかわるほど体調を崩し、半年ほど入院しました。
    子供は実家に預けたため、母は双子の赤ちゃんの世話で面会にも来れず疲れてもいて、「どんなに大変かわかってるの!?早く退院しなさい!」って私を怒っていました。
    でも父は二、三日に一回は面会にきて、私の体調だけを気遣ってくれ「何も心配しなくていいよ。病気も治るからね。」ってやさしかったです。他の人はまず赤ちゃんを心配していましたが、孫よりも娘の私を心配してくれる父の気持ちが嬉しくて今でも思い出すと涙がでます。
    あの時はありがとう。面会の後に家に帰ると毎日睡眠時間は三時間くらいで、母にかわり夜中のミルクまでやってくれてたと聞き、感謝の気持ちでいっぱいです。
    退院して初めて子供を見たらぷよぷよで良く笑うようになっていて、また感謝でした。

    ユーザーID:5640267372

  • 息子が小さかったころ

    4年くらい前のことです。

    仕事がうまくいかず、苦しい毎日でした。
    「あー、ママもう仕事やめたいっ」とイライラしながら(最低な母親です)
    小さな息子を自転車の後ろにのせ保育園の帰り道を走っていました。
    すると息子が後ろから「いい子いい子」と言い、頭をなでてくれました。

    本当に救われた気持ちでした。

    今では何を言っても反抗的な息子ですが・・・
    思い出させてくれて、トピ主様、ありがとう。

    ユーザーID:8175557523

  • タオル片手に読んでます

    良いお話ばかりで、泣かせてもらってます。

    自分もひとつ。

    地元が九州で、高校生の時に部活の大会で大阪に初めて行きました。

    大会も終わって、疲労困憊クタクタで大阪の商店街を歩いていて
    小料理屋みたいなお店も前を通りかかった時、お店の前を掃除していた
    おばちゃんが、「疲れてるみたいやな〜。よかったら休んでいきや〜」
    とお店の2階の部屋へ案内してくれました。

    夏の真っ只中、クーラーのきいた部屋で、冷たい麦茶まで出してくれ、
    その部屋で昼寝までさせて貰い、多分4時間くらい寝てたと思います。

    お店で何かを食べたわけでもなく、無料?で休憩させて貰いました。
    疲れていたので、本当にありがたかったです。

    この時から大阪、大好きになりました。

    地元の大学を卒業後、関西の会社に就職しました。
    今は、仕事も人間関係も最高です。

    あのおばちゃんがいなかったら、たぶん九州の会社に就職してました。

    ナイトスクープであのおばちゃん、探して貰おうかな。

    ユーザーID:2677079648

  • 泣ける〜!!!!

    本当に、このとぴ泣けます!
    いい、浄化作用で、スッキリ。また、がんばろうって思えますよね
    数日でこんなに沢山の素敵なレスがつくなんて。。。

    辛いけど、面白くないこといっぱいあるけど、日々うまくいかないことだらけだけど。
    現実が嫌で、どこか夢の世界に行きたいって思ってしまう。
    「喜怒哀楽の喜が最近ないな」と思ったり、人恋しく寂しくなったり、自分の短所ばかり責めてしまったり、将来に不安を感じたり。
    稼いで消費しての繰り返し。人生、いったいナンのために生きてるんだろ。ってふと思ったり、、そんな毎日。
    でも、それでも、人間っていいな〜って思っていたい。

    私も沢山あるけど、一つ。

    実家から送ってくる荷物。必ず母からの手紙が入ってる。母の懐かしい字を見るだけで、安心する。
    そして、毎回、その温かい言葉に涙ボロボロ。。。
    先日は、何だかんだ最近の出来事が書いてあって、荷物に入っている食べ物の説明、そして最後に添えられてあった一言。
    「ちゃんと食べてね。母より」

    号泣。。。。

    ユーザーID:6555607754

  • そうだよなあ…と吹っ切れた言葉

    実家住まいだったの頃の話です。

    母を自死で亡くし、それから約一年半しか経って無いのに
    再婚を決めた父。しかも相手は外国の方で、私とそんなに歳が変わらない…
    「父が決めた事だから仕方無いけど…悲しい。もう家を出ようと思っている」
    と、思わず先輩にこぼしてしまいました。すると

    「今まで育ててもらっただけ、ありがたいと思わなきゃ」

    ご自分も色々と苦労されてる、そんな彼女からの言葉。
    色々わだかまっていた気持ちが『そうだよなあ…』と吹っ切れました。
    その直後、ずっと就きたかった仕事に就け、それをきっかけとして家を出て、
    新しい土地で今の夫と巡り合えました。

    そうだ、その通りだ、今まで私は育ててもらってきた。
    これからは、父も私もそれぞれの人生を歩めばいい。

    心からそう思えました。ありがたかったです。

    ユーザーID:2343698074

  • 患者さんからのことば

    皆さんのお話しに、こころあったかくなっています。トピ主さんありがとう。

    私の話もさせて下さい。看護師として働いて23年がたとうとしています。約20年前、配置換えで新しい病棟の仕事に悩んでいたときに余命数ヶ月の女性が“あなたがこの病棟にきてくれてよかった。”と言って下さいました。私のような者をそう思ってくれる人がいるということが大きな支えになり頑張って来れました。患者さんからいただいたたくさんの言葉が宝物です。だからこの仕事が辞められないんですよね。明日もどんな出会いや出来事があるか楽しみです。

    ユーザーID:9592231386

  • まったく知らない他人ではありませんが

    1人目の育休明け復帰時、
    子供が保育園で毎日泣いて泣いてなかなか離れてくれず、
    身を引き裂かれる思いで預けて通勤していました。
    仕事はほとんど忘れてしまっていて、
    帰ると携帯の充電よろしくへばりつく子供の世話。
    とにかく毎日へとへとでした。

    仕事に戻ってきてよかったのか?私は不要なのでは?
    以前の仕事ぶりには戻れないのでは?と思っていた時、
    久しぶりに常駐先の客先から上司が帰ってきて、私を見て一言。

    「もっちゃん(私のあだ名)おかえり〜。待ってたよ〜!!」

    ああ、戻ってきてよかったんだ、と吹っ切れました。
    その後、常駐先に一緒に連れて行かれてこきつかわれましたが、
    今ではよいおもいでです。

    またもやずうずうしく2人目の産休中ですが、
    また頑張って仕事しますので待っていてください。

    ユーザーID:4876894519

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