他人の何気ない一言に助けられた

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トピ主のみ2

ふくろう

話題

はじめまして
ふくろうと申します。

数年前の話しです。
仕事も資格の勉強も家族とも彼氏とも上手く行かない時期がありました。本当に自分がやっていることが何も報われなくて、毎日悩んでいた時期でした。

ある日残業で終電がなくなったので、タクシーで帰りました。家の近くに着き、支払いを済ませタクシーを降りようとした時に、

『暗いから気をつけて帰るんだよ』

と運転手さんが言いました。
なぜかはわかりませんが、この一言がすごく嬉しかったんです。家に着いてから思いっきり泣いたのを覚えています。
泣いた後はスッキリしてました。

なんでもない一言ですが、当時の私はこの一言に助けられました。

皆さんも全く知らない人の一言に助けられたこと、ありませんか??


⇒【編集部より】このトピが、発言小町大賞2010ベストトピ賞に選ばれました!
発言小町大賞2010のページはこちら
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/besttopic2010/

⇒このトピの続きは、
◇他人の何気ない一言に助けられた<2>
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0507/313396.htm?g=01

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  • 病院で

    母が脳出血で昏倒し、病院に救急搬送されました。いつ急変してもおかしくない状況だったので、娘の私は、病室に泊まり込みで付き添っていた時のことです。
    父は、母が倒れたことで気が動転しているので、医師との面談や身の回りの世話などひとりでやっていました。
    しばらくたち、母は、意識こそ回復したものの半身不随となり、その時は上体を一人で起こすことも、話すことも、食事すらままならないような状態でした。
    身体の状態に合わせて、リハビリが始まりました。
    病室にはじめて作業療法士の方が来た日のことです。小柄な女性のその人は、部屋に静かに入ってくると母の横にある小さな椅子にそっと腰掛けました。
    そして、母の名前を呼び、こう言いました。
    「いま、何か困っていることはないですか」
    その穏やかな、落ち着いた声音。じっと母の眼を見ながら、「病気」を見るのではなく「人」に語りかける口調に、ベットの横にいた私はぐっと胸が詰まるような感覚になりました。入院後、初めて自分の気持ちを救ってくれる人が現れたように感じたのです。入院してすでに数カ月たっていました。
    あの人の笑顔、たたずまいは忘れられません。

    ユーザーID:3267523223

  • ホントにちょびっとですが

    久しぶりにレスを書く気になりました、トピ主さんありがとう!

    私はバスでのこと。
    夜遅くなって走って走ってやっと飛び乗ったバスで、お金を払おうと見たら万札しかお財布に無かったのです。
    先払いバスなので「ないなら降りてよ!」と言われたことが昔あったのでうろたえて「どうしよう、万札しか無い…(帰りが30分遅くなる)」とつぶやいたら運転手さんが「ああ、両替できますよ」
    と両替してくれたのです。それも自分のらしい財布で。

    たったそれだけです。
    でもその日つらいことがあって、早く家に帰りたくて仕方なかった私にはホントに仏さまのように見えました。

    ばっちり名前も見といたよ!運転手さん!
    今度親切な運転手さんとして投稿しとくね!

    ユーザーID:8507277987

  • 英語の先生

    子どもの頃から愛想が良くて美人でかわいい姉と比べられて育ったおかげで、
    無愛想で偏屈で自分の事を世界一のブサイクだから幸せになんてなれないと思っていました。
    中学に入った時、姉の妹が入学ということで先生方が代わる代わる私のいる教室に見に来ては、
    「似てねーな」「本当に妹?」など言いたい放題でした。そんな中、英語の女性の先生だけが
    「お姉さんの目はまん丸だけど、あなた目は切れ長でとってもきれいなアーモンドアイよ!」
    と言ってくれました。親からも誰からも自分の容姿を褒められた事がなかったので、
    それはそれはうれしかったです。
    その後も何かにつけて「字がきれい」「髪型がいいわ」など褒めてくださったおかげで、
    ちょっとだけ人の目を見て話すことができるようになりました。

    ユーザーID:8604146779

  • 初めての

    出産後、自分の育児がいいのか悪いのかも
    分からず、ひたすら頑張っていたときの事。

    通りすがりの年配の女性が息子を見て、
    「幸せそうな顔をした子だね」と言って
    くださいました。

    この表現が自分も認めてもらえたようで
    とても嬉しかったです。

    ユーザーID:5071045188

  • ホームシックの時に・・・

    海外短期留学での米国のハイスクールで寮生活を送っていた時。
    初めての一人での生活、慣れない英語、黒人が普通に歩いている現実、すべてが真新しい文化に接し、ホームシックになりました。
    何もかも一人で行動しないと!という変な観念にとらわれ、一人で町を歩いていたら(今思えばキケンな行動ですが・・・)、
    "Excuse me. Your skirt so cute!"と声をかけてくれた黒人のおばちゃん♪
    ビックリしました。スカートを誉めるためにわざわざ呼び止めるなんて・・・。
    一気に米国が大好きになった瞬間。
    そして、またいつか戻ってきたいと思った瞬間。
    この言葉に励まされ、短い期間ではありましたが、この留学が充実したものになりました。

    ユーザーID:6593158518

  • 本当に助けられた

    思い出したこと。
    昔、離婚したばかりの頃にオカマさんのいる店に行きました。
    まだ元夫に未練があり、引きずっていたところ
    元夫とよく似た声のオカマさんがいて、酔っていた私は甘えました。
    一緒にいた仲間が訳を話していたんだと思います。
    すると地声(元夫とそっくりな声)で
    「もう離婚したんだ!お前なんか用はねえ!」と言ってくださいました。

    そのあとに彼女は元に戻り
    「そういうものなのよ。もう忘れなさい」と繰り返し言って
    笑ってくださいました。
    誰も傷つけたくないと言い、いい顔をしていた元夫を
    やっと振り切るきっかけになりました。

    あの一言は似ていたので余計に目が覚めるきっかけになりました。
    酔いもさめたけど。

    ユーザーID:1177581746

  • タクシーの運転手さん

    梅雨時期タクシーに乗りシトシト雨の降る中通り過ぎるアジサイを見ながら泣いていました。職場で理不尽な目に遭い続けて孤立していた頃。疲れ果て声も出さず外に顔を向けていたのでバックミラーにも映って無いはずだったのに、
    落ち着いた感じの運転手さんが突然何てこと無い話を優しい京都弁でし始めました。納得行かなくても人生を真っ直ぐに見ている様な飄々とした口調に、自分の傷も消えて勇気を分けてもらえた気がしました。慰めてくれたのかはわかりませんが、本当に嬉しかった。

    ユーザーID:7306309936

  • 貴方のいるレジにしか並ばないのよ

    昔スーパーのレジでバイトをしていました。
    人一倍内気で、トロくて物覚えの悪かった私。
    仕事もよくミスをしていて、上司から叱られる日々。
    周りのバイトの子達のように、上手に振舞えず、情けなく、もう辞めよう。そんな事ばかり考えていました。

    ある日、レジを打っていたら、一人のおば様が並ばれました。
    その人は、決まった時間によく来店される人で、今まで直接何か話した事はなかったんですが、「あ、またこの人、買い物に来たんだな」という顔見知り程度のお客様でした。
    普通に接客し精算後、そのお客様から、
    「ありがとう、私、よくここに来るけど、どんなに他が空いてても、貴方のいるレジにしか並ばないのよ。あなた、いつも丁寧で親切だわ。他の人は忙しいとそんなの構わなくなるのに、貴方だけよ。これからも頑張ってね。」
    そう言って、微笑んで帰られました。

    初めてこの仕事をして、「自分を認めてくれる人がいるんだ!」
    と思えて、目が熱くなりました。

    お客様の言葉に冴えなかった私は救われ、私の出来ることを頑張ろう!前向きに変われました。
    あの時のお客様、本当にありがとうございました。

    ユーザーID:0363634667

  • 電車の中で中国人ママに

    4年前の雪が降る寒い12月
    主人が脳腫瘍内出血し救急で搬送され、腫瘍が悪性か良性かの結果が出るまでの一週間、ただの脳内出血で大丈夫よ!と主人には内緒にし毅然とした態度を努力し、3歳の娘と世間はクリスマス一色でキラキラ幸せに行き交う繁華街の人混みを毎日電車で病院まで面会しに行ってました。
    悪性なら5年ももたない の言葉が辛く、帰りの電車の中で娘を抱きながら大泣きしていました。
    中国人の親子が前に立ち、ディズニーショップ帰りの袋を持った男の子が、袋と同じキャラクターの髪飾りをしている娘の頭を見て、買ったばかりのミニーちゃんのキーホルダーを娘に渡しました。
    中国人のママは優しい声で Merry X'mas present for you.と言って電車を降りて行きました。
    神様が泣かなくていいよ結果◎と言ってくれたようで涙が止まりました。
    結果◎今は元気に働いています。
    あの時頂いたミニーちゃんは、今も我が家の守り神です。
    優しい言葉を ありがとうございました。

    ユーザーID:8394562260

  • あなたはまだ若いんだから長く生きなきゃ

    数年前、母が脳梗塞の発作で入院し、点滴治療を受けることになりました。隣のベッドのおばあちゃまはいつもにこにこと声をかけてくださって、絵で描いたように優しいお顔でした。そのおばあちゃまは新興宗教を信じていて、毎晩寝る前に母にも3分間もお祈りをしてくれたそうです、「あなたはまだ若いんだから長く生きなきゃ」と言って。いつも健康だった母の突然の入院でしたし、私はなんでもすがりたい気持ちもありましたし、心からありがたいと思っていました。

    ある時、母から、そのおばあちゃまが最終ステージのガンで、おなかがパンパンに腫れていること、痛み止めのモルヒネすら効かない状態であること、そしてご家族の借金で自宅が没収され、家族も1度もお見舞いに来ていないと知りました。あのおばあちゃまの神々しい笑顔、痛みで苦しんでいるはずなのに会ったばかりの母に祈りを捧げてくださるその気持ち、どこから出てきていたんでしょう。

    その3年後、母はまた発作を起こして亡くなりましたが、おばあちゃまに助けていただいた3年の間に私が嫁に行く姿も見てもらえました。あのおばあちゃまの尊い祈りの気持ち、そしてあの笑顔、忘れられません。

    ユーザーID:0635720467

  • 遙か昔の新婚旅行で

    いいトピですね! 皆さんの文を読み進めるうちに優しい気持ちになれました。  私はアラフィフのおばさんですが、その昔、結婚はお見合いで決めました。
    新婚旅行でヨーロッパに行ったのですが、お見合いだったので旅行先で初めてお互いの意外な一面が見え始め、喧嘩ばかり・・・
    もう、これは成田離婚だ!!という感じで、せっかく行った旅行先で主人は先をすたすた歩き、私は後を距離を開けてとぼとぼと歩いておりました。
    するとそれを見ていらしたのでしょう、ベンチに座っていらしたご婦人が、独り言のように「あぁ、私もこうだったわ。若い時はみんなそうよ」と言うのが聞こえたのです。
    とても懐かしそうに・・・  私の英語力ですから少し違うかもしれませんが・・・   それから今日まで夫婦喧嘩は勿論多々ありましたが、その度に何故かあのご婦人の言葉が思い出され、ま、いいかぁ!と思えるようになりました。 あのご婦人はどうされているでしょうか? 今は自分があのご婦人の年齢になりつつあります。  

    ユーザーID:4014576291

  • 元気がでる言葉

    小学校低学年の頃、男なのにガリガリの虚弱体質。全校集会や運動会では
    貧血で倒れてました。

    ある日、自衛隊員だった父の友人が数人で家に遊びに来ました。その中の
    元軍人のおじさんが私を見て、戦争中の強くて勇敢な兵士の話をたくさん
    してくれました。そして、最後に
     「国のために、死ねる男になれ!」
    と言って帰りました。

    戦死しなさいという意味ではなく、強い男、大物になれ! 小さなことに、
    くよくよするな! 勇気を出せ! などを、まとめて言った言葉だと思います。

    小学生だったので、言われた時には何とも思いませんでしたが、何故か
    今でもこの言葉を覚えていて、辛い時や落ち込んでいる時に思い出すと
    不思議と勇気づけられます。

    P.S
    看護師さんの「手当て」の話、ジ〜ンときました。看護師さんって親切だし
    優しい人が多いですよね。

    ユーザーID:8805741405

  • ありがとう

    いやぁ、皆さんの話に感動しまくりで、私は何に救われただろう、と考えました。
    ウツになった私をただただ見守ってくれた友人に感謝もしていますが、私が今までで一番泣いてしまったのは、やはり彼の言葉です。

    私は兄と8歳違い。私が物心ついた時には不良(苦笑)。母は幼稚園の時に家を出ており、『家族』は冷えまくりでした。母と小学5年の時に再会した時の母からの言葉は「あなたはパパが酔っぱらって乗っかってきてできたのよ」でした。家庭が冷えててネガティブだった私には「私なんでこの世にいるんだろう」と思わせるばかりでした。
    駅のホームで「ここで線路に落ちちゃえば・・・」と考えたことも度々。でも、そんな私を愛してくれる彼と出会えました。たくさんの話をして、「生まれてきてくれてありがとう。生きてきてくれてありがとう。そして俺を愛してくれてありがとう」と言われた時、やっと私がこの世に存在する意味を理解できた気がして・・・私のほうこそ「私に生きる意味を与えてくれてありがとう」でした。

    ユーザーID:2555366731

  • 患者さん

    大学病院に勤務していた時…。
    異動で新しい病棟で働いていた私は、経験年数はあるのに上手く動けない。
    などと初日から先輩に叱られていました。

    全く違う病気、ケアも処置も違う。
    重箱の隅をつつくような注意だけしかしてもらえなくなり、スタッフが怖くて仕方なかった時期。

    毎日、残業と勉強で睡眠時間もままならず、必死だった夜勤の朝の検温。

    「〇〇ちゃん(なぜか私には患者さんから愛称で呼ばれていました)」と手招きする患者さん。
    駆け寄ると…
    私の手をつかまえて
    「辛かったね。すごくしんどかったよね。頑張ったね。ありがとう。」
    と掌にチョコレートをふたかけ。

    泣くわけには行かなかったけど、ありがとうございますの言葉が詰まって、
    涙いっぱいの笑顔しか返せませんでした。
    程なくして、身体と心を壊し退職しましたが、新しい職場できちんと患者さんと向き合いたい、
    寄り添いたいという気持ちの原点です。

    ユーザーID:1347386738

  • お願い!!

    横ですがこんなに暖かく人間に生まれて良かった、ありがとう!感謝の気持ちが湧く多くのレス、宝物は暫くお続けになり、本になったらどれだけの方達が癒され救われるでしょうか?。人間未だ捨てた物ではないのですから。。。読売新聞さんTVより本を是非宜しく御願い致します!!!!

    ユーザーID:1682682558

  • ステキなトピ!!

    参加させて下さい〜〜。

    まだまだ小娘だった○年前・・・。

    前日に、大好きだった彼にこっぴどく振られた私は、
    仕事中だというのに大泣きしながらパソコンに向かっていました。
    止めようと思っても、後から後から涙が出てきて止まりませんでした。

    さすがに不審に思った向かいの席のおじさん(上司)が、
    どうしたの??と聞いてくれて、
    「昨日、彼氏に振られたんです・・・」というと、

    「よく頑張って会社に来ましたね」と一言。

    その言葉でぐわっと来て、さらに涙が止まらなくなってしまいました。

    今思えば、仕事しろよーって怒られても当然の状態だったわけですが。
    来てもほとんど仕事できてないようなもんだったのに。
    若かったなー、わたし。

    あれから色々恋もして、
    プライベートと仕事はきちんと切り分け出来るようになりました。

    ユーザーID:2767505930

  • 思い出しました。

    留学中の大学院2年目で失恋しました。その当時一緒にプロジェクトをしていたクラスメートに進行報告のついでにメールに書いたら、あなたをガールフレンドにする人は誰でも幸せな人だと思うといってくれたんですよね、何んだかすーっと気持ちに入ってきて、救われましたね。

    その後同じ会社に就職して私はほかの州のオフィスに行って、彼女は1年後に転職。私は、彼女の兄弟会社に転職。時々仕事上のつながりがあって、でもすっかり忘れていました。彼女も結婚してママになったと聞きました。

    ありがとう。

    ユーザーID:7289280549

  • 「見ていてくれてありがとう」

    小学校時代仲が良かったAが、中学に上がり不良になりました。
    そして当時堂々としていた私はいじめのターゲットになり
    Aからもいじめられるようになりました。

    負けず嫌いの私は不良達と毎日対等に張り合っていたのですが
    ある日プチッとキレた私は机を張り倒し
    不良達に向かって叫びました。
    その時不良側にいたAに向かって「Aは変わっちゃったね!」と号泣しながら訴えたのです。
    あまりの騒動に私と大人数の不良の周りは学年中の生徒に取り囲まれていました。


    それから一週間後、商店街でAのお母さんに声をかけられました。
    「Aのことを見ていてくれてありがとう」

    何のことかわからず話を聞くと
    私がキレた日、Aは家に帰り母親に
    「…ねぇ、お母さん。
    私は変わっちゃったのかな?
    今日どんべに変わったと言われたんだ…」


    と涙を流したのだそうです。


    Aのお母さんもその話をしながら泣いていました。
    そして何度も「ありがとう」と言ってくれました。



    あれから15年。
    思春期の問題ある児童に関わる仕事についています。


    「気持ちは必ず伝わる」


    Aのお母さんから教えられました。

    ユーザーID:4138362804

  • 高速道路の料金所で

    素敵なトピをありがとうございます。

    5,6年前のことですが、一人暮らしをしていた赴任先で心身ともに疲れきっていたときのことです。仕事が思うように運ばない、彼ともうまくいかない・・あの頃は自分のことが嫌いで仕方なかったように思います。

    眠れない日が続き、このままではいけないと、非番の前夜に高速に乗って実家に帰りました。情けないことですが、両親の顔を見たくて仕方がなかったのです。

    数時間のドライブを経て、料金所で車を止めると、係のおじさんがにょきっと出した手には「飴玉」が乗っていました。にっこり笑って「運転、お疲れさまです」

    ただでさえ泣きそうな状態に、想定外の温かい言葉と心遣い。胸って本当にあつくなるんだな、と実感したことを覚えています。

    今は高速といえばETC車両が増えていますが、ETCだったら経験できなかった人の温かみを感じることができました。料金所のおじさん、本当にありがとうございました。

    ユーザーID:8682813252

  • 私もありました。

    第一子を流産してしまったちょうど3年前のことです。

    親にも勤めていた会社にも妊娠を報告していなかった為、どん底に落ちた心と悲しみを隠して過ごしていました。

    唯一、妊娠と流産を話していた幼馴染がいち早く外に連れ出してくれ、
    言ってくれた言葉が

    「元気なだけで、それだけでいい」

    でした。

    あぁそうか、生きているだけでいいんだなぁと目の前が明るくなった感じがしました。

    ユーザーID:2414568123

  • ありがとうを今もいいたい

    今から40年ほど前。
    私がまだ小学1年か2年生の頃です。
    今から楽しみにしていたアニメが始まるという時間に、
    急に母と兄が出掛けることになり、一緒に連れて行かれそうになりました。
    私は出掛けるのが嫌で留守番すると言い張り、
    諦めた二人は私を残して出かけてしまいました。
    でも一人家に残された私は急に怖くなり、TVどころではなくなって、
    県民会館にある碁会所に行っていた父に帰ってきてもらおうとしました。

    でも子供だった私は電話を掛けたこともなく、
    一生懸命電話帳を見ながら番号を押したはずですが、
    違う番号に掛けてしまったらしく、
    知らない伯母さんが電話に出ました。
    泣きながら「間違えました…」と言う私を不審に思ったのでしょう。
    おばさんはどこに掛けようとしたのか等を聞いてくれ、
    掛けてあげるからと言ってくれました。

    しばらくして、父が帰ってきました。
    知らない女の人から電話が掛ってきて怒られたそうです。

    あの時電話の向こうで泣いている女の子を心配して
    電話を掛けてくれたおばさん。
    ずっとお礼を言えずにいました。
    本当にありがとうございました。

    ユーザーID:1714697854

  • タクシーのおじちゃん!!

    初めての出産でひどい産後鬱になり、里帰りしてた実家で包丁を取りだし、娘と死ぬと騒動を起こし、兄に追い出され、タクシーに乗り家に帰ってました。
    タクシーの中で号泣し、仕事中の夫に帰ると電話をしたあと、急にタクシーが止まりました。

    「今、思う存分泣きなさい。辛いことはこれからもたくさんあるけど、あなたにはかわいい娘さんがいることを忘れてはいけないよ。きっと娘さんの笑顔があなたを助けてくれるから頑張るんだよ」

    それだけを言われて、わたしが落ち着くまで1時間近く付き合ってくれました。それから5年たち三人の娘を育てていますが、笑顔が絶えない毎日を過ごしてます。あの時のおじちゃんのおかげです!!

    ユーザーID:4775713958

  • 感動

    皆様のお話を読んでて、とても心洗われた気分になりました
    言葉って魔法だなーって思ってしまった。

    ユーザーID:4896663803

  • ありがと

    不器用で目標から逃げた経験のある私は 自分にできる努力を怠ったという負い目みたいなものがありました。

    「職業婦人にはなれなかったなぁ。」と何気なしにつぶやいた私に
    「しあわせ婦人にはなれたからいいやん」と小学生の息子が言ってくれました。

    そうだね・・ありがとう。

    身内の一言ですいません。

    ユーザーID:2542824639

  • 素敵なトピをありがとうございます。

     なんだか心があったかくなりました。
    初めての育児で最近心が折れていましたので、ありがたいです。
     そういえば自分もいろいろと皆さんにされた優しいことを思い出しました。
     他人ではないのですが、昔、異動で慣れない環境、仕事もミスばかりでパニック、
    うつ気味になっていたとき、
    職場の上司に「もう私だめです。辞めたいです。」と訴えたら
    「辞めるなら俺が異動してからにしてね。」と言われてうれしかったです。
    その後上司は異動しました。私は現在は育休中です。
    また復帰するのが不安ですが、がんばろうと思います。

    ユーザーID:1118468601

  • すれ違ったおばちゃんに

    夏のある日、自宅から駅に向かって歩いていたら、
    前から歩いてきたおばちゃんからすれ違う時に
    「あなたほんと綺麗ね〜」って言われました。

    綺麗だなんて当時38歳、38年間生きてきて言われたことなんて一度もなかったです。
    感激でそれからしばらくは顔をあげて背筋を伸ばして歩いてました。

    ちなみにまわりには誰もいませんでした。
    だからきっと私です、間違いありません(笑)

    ユーザーID:2912269082

  • 他人ではないけど

    故郷から遠く離れたところに就職して、引越しの時には、父が来てくれた。
    田舎から県外に出ることも数えるしかなかったため、往復切符をそのまま駅員に渡してしまい、
    帰りの切符を買ったらお土産も買えなかった父。
    スーツも持っていなくてそのためだけに買って、躾糸をつけたまま職場にあいさつしてくれた。

    3年ほどたって母が遊びに来てくれたとき。
    お金もなく、碌に案内もできず、お土産一つも持たせることができなかったとき。
    夜の上野駅で、夜行列車で帰る母を見送り、私の方の最終電車が出るから
    先に帰り。と、言った母。その言葉のままに帰ろうとしたとき、
    振り返ったら、泣き出していた母。

    姉にもわがままばかり言っていました。

    顔を合わせると、喧嘩ばかり。決して仲の良い家族ではないけれど。

    ずっと一緒にはいられないわがままな私を許してください。
    お互いに不器用なこと、わかっています。
    ありがとう。

    ユーザーID:1014624822

  • 心が温まりました

    素敵なトピをありがとうございます。


    私の他人からもらった言葉は、

    10歳にもならない頃、
    DVの親から逃げて姉と二人で深夜に近所を
    泣きながら歩いていると、
    通りかかったおばちゃんが、
    「辛いことがあるんかもしれへん、
     でも負けるな。がんばりや!」
    といってくださいました。

    顔も憶えてないけど、
    お礼をいいたいなぁ。
    今とても幸せですよって。

    ユーザーID:9152873326

  • 変わってないよ。

    10代の頃、家庭環境のごたごたをきっかけに、グレてました。金髪で化粧にピアス、制服を着崩して学校は退学寸前でした。

    ある日地元の駅で偶然、昔近所に住んでいた10歳以上年上のお姉さんに出会いました。私はすぐに気づきましたが、私の変わりように向こうは気づかないか、気づいても見なかったふりをするだろうと思ったら、真直ぐに私のほうにやってきて、「XXちゃんでしょ?大きくなったね、私のこと覚えてる?」とニコニコしながら話しかけてきたのです。ほんの数分たわいのない話をした後、「よくわかったね、私変わっちゃったでしょ?」というと、「すっかりお姉さんね。背なんか私よずっと高くなっちゃったね」と笑って言ってから、すっと私の目を見て

    「でもね、優しくてがんばりやさんなとこはちっとも変わってないよ。私の知ってるXXちゃんのまんまだよ」

    この一言がなかったら、私は薬や犯罪に手を出して落ちるところまで落ちていたかもしれません。彼女のこの言葉のおかげで、退学になってもいいと思っていた高校をなんとか卒業し、浪人しましたが大学に進学し、いま普通に生活しています。

    本当にありがとう。

    ユーザーID:6731474497

  • 言葉ではないですが、部屋を捜してもらいました。

    トピ主さん、素敵なトピをありがとうございます。
    私もこの場をかりてお礼を言わせていただいてよいでしょうか?

    当時私は離婚したてで住まい探しをしていたのですが、独りで生きて行くために技術を身につけるようと勉強を始めたばかりで、学校と掛け持ちしていたアルバイトのみが収入源。当然部屋探しは難航。何件もの不動産屋さんで貸せる物件はないと言われ、疲れ果てて入った不動産屋さんで、初めはそれまで同様好感触は得られず、やけっぱち(?)になり洗いざらい身の上を話した所、そういう事ならととても熱心に部屋を探してくれました。そして、後日同じ店を再訪問し、その方は不在だったので、別の方に名乗った所、「社長からMarさんがいらしたらお力になれるように頑張ってと言われています。」と言って下さり、最初の方は社長さんだったと判明。とても美しい女性の方でした。

    結局その不動産屋さんでは条件にあう物件がなかったのでお借りしませんでしたが、離婚して仕事もなくて不安でしかたなかった時にとても励まされました。
    もう10年も前の話ですが、本当に助けられました。ありがとうございました。

    ユーザーID:0268886037

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