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発言小町

新しいトピを作成
本文です

他人の何気ない一言に助けられた<2>

みみずく
2010年5月7日 11:40

他人の何気ない一言に助けられた に感動しました!
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0419/309359.htm?g=01

昨日、ヤフーニュースに載ったからでしょうか?
あっという間にレスがたくさん付き、投稿が終了してしまいました。

もっと、みなさんが感動した一言を見たいので、せん越ながら
続きトピを立てさせていただきます。

よろしくお願いします。

トピ主さん、勝手にトピを立てたことをご容赦ください。

ユーザーID:8784562460  


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レス数:302本

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました。
タイトル 投稿者 更新時間
職場の責任者からの一言
ももりんご
2010年5月7日 12:52

このトピ読んでると涙が出てきます。私も参加させて下さい。
私は訪問介護の仕事をしています。
4.5年前、当時訪問していたお宅で、同じ失敗を2度してしまい、事務所の管理者から呼び出しがかかりました。
結局、その訪問先に、私はもう行けなくなってしまい、他でも失敗などをしていたので管理者から注意されました。
自分の失敗なので当たり前なのですが、自分が情けなくなってしまい、半泣き状態で、事務所を出ました。
事務所を出て、帰ろうとした時に「○○さん(←私の名前)」と呼ばれ、振り向くと、事務所内にいた別の責任者の方が走ってこられ、「一緒に頑張ろうね」と一言言って下さいました。
その時は、泣きそうだし、気分もどん底で、「はい」とうなずくのが精一杯でした。
でも、その一言が私には本当に救いのような一言で、今も同じ職場で働いています。職場の皆さんには本当に感謝しています。

ユーザーID:5313871305
アジアの一角で
暇人
2010年5月7日 15:17

東南アジアの某国に赴任したてのころ、なれない生活、仕事で疲れていたときに乗ったタクシーでした。ドライバーのおっさんが 「Are you Japan?」って聞いてきました。「イエス」と答えると、昔、日本にいてどーたらこーたら話かけてきました。内心うっとーしーな、と思いながら適当にあいずちうっていると「You know this song?」っと言って「しーんぱーいないからねー」っといきなり歌いだしました。おっさんは頭とサビしか覚えてないらしく途中はラララでごまかしていましたが、なんか楽しくなっちゃって一緒に歌ってしまいました。家に着いてお金を払おうとしたら「no need!, you make me happy!」って言って受け取ってくれませんでした。この国でよっしゃ、やるか!と思いはじめるようになりました。

ユーザーID:7957793041
駅の人ごみで
とん
2010年5月7日 17:22

お互いの事を何も知らず、これからも一生会うこともない他人なのに
心が癒され忘れられない。
そんな「袖すりあうも他生の縁」みたいなこのトピ好きです。

一言ではないんですが、
若い頃、旅行に朝寝坊、新幹線に遅れそうになり
東京駅を走っていて肝心の新幹線チケットを落としてしまった私。
後ろから同年代の若い女性が追いかけてくるので「?」と思っていたら
その人は何も言わず、私に落とした新幹線のチケットを渡すと
こちらがお礼を言う間もなく、逆方向に駆けて行きました。
慌しい通勤時間帯に必死で追いかけて届けてくれたOLさん、
感激して20年以上たった今も覚えてます。

もうひとつ、去年の夏でしたが、朝から仕事や人間関係の悩みで
頭いっぱいになりながら早足で駅を歩いてると後ろから
「あっ!ちょっとー」と大きな声。朝っぱらから大きな声出して、と
イラっとした瞬間、自分の持ってた帽子を落としたのに気がつき
「自分だ!」と振り返るとまさに光り輝くような素晴らしい笑顔のおばさんが「ハイっ」と落とした帽子を渡してくれました。
その笑顔に鬱々としてた気分がすっ飛び、「今日の神様に会えた!」と思った瞬間でした。

ユーザーID:4449424592
新幹線で
こりん星
2010年5月7日 22:15

ステキなトピですね。ワタシも参加させてください!

新幹線の乗務員さんに助けられた話です。

その日、1ヶ月前に倒れた母の死を
兄からの早朝の電話で知らされました。

東京で暮らす私は、実家へ帰る新幹線に飛び乗りました。
乗った瞬間、もうどうにも涙が止まらず、座席でも周りの方に迷惑かと思い、そのままデッキで立って泣いていました。

そこに、ワゴンサービスの女性が通りかかり「どうしましたか?」と、心配そうに声を掛けてくださいました。

大丈夫です、と言いながら涙が止まらなくなってしまい、「母が今朝亡くなり、座席に行っても涙が止まりそうにないので」と伝えました。

そんな迷惑なワタシに「少しお待ちくださいね」と優しく言い置いた数分後、車掌さんらしき男性と連れ立って女性は戻ってきました。

そして「どうぞ遠慮なくお使いください」と、デッキ脇にある個室のドアを開けてくださいました。降車駅を確認し「到着の頃、お声掛けしますので」と。

丁寧に御礼を伝え新幹線を降り、落ち着いてからHPに感謝の気持ちを書き込みましたが、1年経った今も忘れられない出来事です。

ユーザーID:4604919011
夫のひとこと。
bunbun
2010年5月7日 23:20

早産で予定日より4か月も早く子供を産みました。
全身麻酔の緊急帝王切開で、目を覚ました時にはすでに息子は運ばれていて対面することはおろか産声も聞けず。
早く赤ちゃんに会いたいけど、1000g以下で生まれたその姿を見たときに
自分が受けるショックが怖くて、逃げ出したいような…複雑な心境でした。

先に面会に行った主人に恐る恐る「どうだった?」と聞くと


「すげーかわいかった」

 とひとこと。


その一言でどれだけ救われたか。

実際には点滴やら人工呼吸器やら…
身体は手のひらにのってしまうほど小さいのに管だらけで。
だけど、その短いひとことで5か月のNICU生活を乗り越えられました。

一番頑張った息子は、今ではヤンチャな1歳です。
今夫がイビキかいて寝てる横でスヤスヤ寝ています。

ユーザーID:0904116639
親孝行とは
ひろ
2010年5月8日 12:05

数年前、父が他界しました。まだ50歳でした。

私は長男ですがまだ20代前半でした。
これから自立して結婚して子供作って・・・。
色々と親孝行して、父には楽しい老後を送ってもらいたいと思っていた矢先でした。

「何やってんだよ、親父・・・」と悔しい気持ちでいっぱいでした。

葬儀の日。
私の実家は田舎なので、葬儀は盛大に行います。
都会の方には想像がつかないかもしれませんが、
親族は本当に心身ともに疲れ果ててしまいます。

当然、喪主は長男の私でした。

そんな中、葬儀が無事に終わって、住職が私に言ってくれた一言

住職:「今日は○○さん(父の名前)の最良の日ですね」
私:「え?」
住職:「自分の息子が自分の葬儀の喪主を、これほど立派に務めてくれるなんて。
    父親としてこれほど嬉しく、また誇らしいことはないですよ。最高の親孝行です」

弔問客がいる間は泣かないと決めてましたが、
その一言で号泣してしまいました。

父が誇れるような生き方をすれば、それが親孝行になる。
これからも父に恥じないように生きていきたいと思います。

ユーザーID:8868846923
夢を叶えられる人だから携帯からの書き込み
一教師
2010年5月8日 20:36

大学受験の年、中学校の時の担任の先生に会いに行った。
成績が奮わず、模試はいつもE判定。
落ち込んでいた私に「いつでも勉強をみてやるから来なさい」と言ってくれた先生。それからずっと先生は、週末は勉強を教えてくれた。
先生はいつも「君は夢を叶えられる人だから」と励ましてくれた。
でも、私は知らなかった。先生のお子さんが大病をしていて、ずっと大変だったということを。
知ったのは、お子さんの通夜の日だった。私は申し訳なくて、ご遺影を直視できなかった。頑張らなくちゃいけない、先生のためにも。
奇跡は起こり、桜は咲いた。合格を報告したその時も先生は「君は夢を叶えられる人だから」と言ってくれた。
あれから十数年。
私も教壇に立ち、今、子ども達にこの言葉を贈り続けている。
先生、ありがとうございました。

ユーザーID:9312228599
「あなたは強い」と
2010年5月8日 23:14

二十歳そこそこの頃、摂食障害で大学病院に入院しました。
深刻な状態でした。
幼い頃からの親の暴力、親の離婚で追い詰められたことは自覚していましたが
こんな状態でさえ、家族の誰のことも悪く言いたくないと思っていました。
そして深く心を閉ざしたまま、
先生とのカウンセリングでも、本当のことを言えずにいました。

ある日、カウンセリング中に、「もっと強くならなければ」と呟いた私に
担当医の女の先生がこう言いました。

「あなたは十分強いじゃない。あなたは、家族の誰のことも悪く言わない。
強くなければ、とてもできないことだよ。」と・・・

堰を切ったように涙が溢れ、止まりませんでした。
その間、先生はずっと背中をさすっていてくれました。
先生、本当にありがとう。

その後、闘病の末に回復し、仕事も続け、先日結婚しました。
生きていてよかった。ありがとう。

ユーザーID:7818425925
その心の痛みは、宝物だと思います
abe
2010年5月8日 23:19

10代後半から20代前半にかけて、立て続けに身内を亡くしました。
当時は自分でも気づいていませんでしたが、後からよく考えてみれば自責の念でいっぱいでした。
めちゃくちゃな生活を送っていた数年を経て…

やっと学歴を生かせる職場につき、初出勤をひかえて某掲示板に
いままでの自分の気持ちをなんとなく書きなぐりました。

そのレスに、それぞれちがうひとたちが書き込んでくれたのが

・その心の痛みは宝物だと思います。
・自分に価値がないなんて言ったら、母ちゃんが悲しむぞ。
・心底へロヘロになったときは、無理せず休めよ…。
・その思いを忘れずに頑張ってれば、いつか必ず会えるよ…

モニターの前で、一読して号泣しました。
その仕事は辞めてしまったのですが、いまも闇金やら警察やら産婦人科やらのお世話にならず
なんとかやっています。

まったく見ず知らずの方たちからのお言葉ですが、当時からずっと励みになっています。
まぁなんとかやっていますし、これからもやっていきます。

ユーザーID:9589166939
生徒からの一言携帯からの書き込み
momo puku
2010年5月8日 23:58

念願の高校教師となり、初担任を任されたころ。

毎日毎日、遅刻、欠席、授業の中抜け、注意すれば文句を言うなど、やんちゃな生徒たちと向き合うことに必死でした。

授業も上手くいってないんじゃないかと自信を無くしていたある日、元気な男の子が突然「先生の授業なら1日何時間だって受けてもいい〜。だってオレ先生大好きだもん」と言ってくれたんです。

突然の告白に、クラス中から笑い声、私の心もすっと軽くなりました。

ありがとう。
やっぱり生徒はかわいい。天使たちに囲まれて働ける私は幸せです。

ユーザーID:7314428942
癌になったときに
胃がんサバイバー
2010年5月9日 11:29

30を過ぎて直ぐ、胃がんになり入院手術。
退院後、目にした言葉か、言われた言葉かも忘れ、誰が言っていたのかも既に思い出せませんが。

「人間の死亡率は100%だよ」

死ぬかもしれないという怖さと、抗がん剤の辛さといろいろな事を考えていた私の
凝り固まった気持ちをほぐしてくれました。

あぁ、そうだなぁ、誰でもいつかは死ぬんだ。
死なない人はいないんだ。
私がいつ死ぬかは分からないけれど、この病気かもしれないし、明日事故とかで死んじゃうかも知れないんだ。
本当は死と言うのは誰でも目の前にあるもので、普段は気にしていないだけで、当たり前に誰にでも訪れるものなんだ、っていう考えになったとたん、気が楽になった気がしました。

そのまま、10年が経ち、昨年結婚もして今年は子供が生まれます。
いつ死んでも後悔が無いようにと思いながら、そういう心配が薄くなると世の中に甘えて生活してしまいますが、いつも頭の隅に置いている言葉です。

ユーザーID:8195599112
ケガをしていた時に・1
カスミ
2010年5月9日 15:06

素晴らしいトピをありがとうございます。
前トピも涙しながら拝見していました。

私は最近脚をケガしまして、2週間ほど松葉杖での生活でした。
その期間、多くの方のご親切に触れて感激し
精神的にとても救われました。

・病院で杖をお借りし、その帰り道。大きなカバンを持ちながら
休み休みの帰宅途中に、通りがかりのカップルが「荷物を
持ちましょうか?」と言ってくださいました。

・同じ会社の方が、会社・病院まで車で送り迎えをして
下さいました。また、同僚の方が荷物を持って下さったり、
ドアを開けて下さいました。

・雨の日に松葉杖では傘がさせませんが、通院の途中に
傘をさしかけてくださった方が3人もいらっしゃいました。

・立ち寄ったコンビニの店員の方が、お店から5分ほどかかる
私の家まで、傘をさしかけて一緒に歩いてくださいました。

長くなりましたので、ここで一旦切ります。

ユーザーID:6130244155
ケガをしていた時に・2
カスミ
2010年5月9日 15:07

続きです。
・病院までの送迎バスの運転手の方が、乗降時に段差で
四苦八苦している私を見て「時間はあるから、ゆっくり
乗って下さい」と言って下さいました。

・また同じバスで、同乗者の方が乗降時に杖を持って
下さいました。

・同じマンションからデイサービス?に行かれるご婦人が
送迎車に乗せて下さり、駅まで送って下さいました。

・電車で転倒しそうになった時、両脇から見知らぬ方が
体を支えて下さいました。

長くなりましてすみません。
「一言」ではありませんが、人のあたたかさをとても感じました。
本当にありがとうございました!

ユーザーID:6130244155
一生忘れられない言葉
ステイシー
2010年5月10日 9:10

数年前、暴力的な彼氏と付き合っていました。何回も包丁を突きつけられたり、首を絞められたり、「今からお前を殺しに行く」と電話でいわれたり・・・警察や裁判所に行き、裁判所の仲介の元、私の前に二度と現れないという誓約書に彼にサインをさせて別れました。別れたあとPTSDだと診断されました。

彼と別れた後も悪夢などにうなされ、パニック障害で外に出れなかった頃、友達などに「もっと強くならないと」「もっと自分を守らなきゃ。どうして男にそこまで言わせるほど付け上がらせたの」などといわれ、私が悪いの?と自分を責め続けていました。

その後も自殺願望や手首を切ることがあり、半年間大学を休学し、実家に帰りました。そのとき出会った精神科医の先生が私の両親に「この子はとても強い子ですね。普通はお酒等に逃げたりするのに、この子はちゃんと過去と向き合って前に進もうとしています。」といってくださいました。両親も「そうなんです。」と言ってくれました。私の手前だったからかもしれませんが今思い出しても涙がこぼれます。
後日、この先生は亡くなられました。32歳でした。

ユーザーID:7515065950
考え方が変わりました
Naoko
2010年5月10日 16:17

私の母が、ある精神的病気でとても酷かった頃の話です。

常に悪態をつかれ、何をしてもののしられ、必ず私のする逆の事を望み振り回されていました。
実の母を捨てる訳に行かず、ストレスで胃腸炎になったり、膀胱炎になったり、高熱を出しても母の面倒を見ていました。

自分の子供もまだ小さかったので、毎日が慌ただしく過ぎて行き、私自身もボロボロになって来たときでした。
知り合いのおばさんに「ああ言う人は、何を言っても文句を言うのよ。自分のペースで、時間がある時に面倒を見るくらいでいいのよ。死にはしないから(笑」
と言ってもらいました。

霧が晴れるような感覚を覚え、自分が倒れたら駄目なんだと思い直し、体を大切にしました。
あの時、あんな風に笑って言ってくれなかったら、私もおかしくなっていたかも知れません。

ユーザーID:6590115144
いや〜外では読めませんわ・・携帯からの書き込み
地方出身者
2010年5月10日 17:20

前トピを家で読んで号泣し、今○ター○ックスで2があるのに気付いてちょっと読んだところ、早くも目がウルウル。続きは帰宅してからにします。

世の中まだまだ捨てたもんじゃないですね〜いい人いっぱいいるじゃないですか。

ユーザーID:7065807556
ウエイトレス
とも
2010年5月10日 17:24

のバイト(ファミレス)をしていた10年前。当時の私は先輩に怒ら
れてばかりいました。また、容姿に自信がなく、ウエイトレスには
向いていないのかなあ・・・と落ち込んでいました。

そんな時、他のバイトさんが「机の上に置いてあったよ。よかった
ね。」と紙ナフキンをくれました。なんだろうと思ったら、制服
を着た女子中学生(高校生?)の子達が座っていた席だったのですが、
「ともさんの接客にとても感動しました。私もともさんのようなウエイ
トレスになりたいです。ありがとうございました。」と鉛筆で書かれて
いました。

今でも覚えているくらいうれしい出来事でした。それから接客業がとて
も楽しくなり、今でも接客業ではないものの、人と接する仕事をしてい
ます。自分に少し自信が持てた日 でした。

ユーザーID:1014073300
ありがとうございます。
今日も泣く
2010年5月10日 17:42

前トピのふくろうさん、そしてみみずくさん、トピを立ち上げて下さってありがとう。

今、とてもしんどい私をまるで助けてくれてるみたいなトピです。
私にとってはここが「他人の何気ないトピに助けられた」です。

皆さんも、そして見知らぬ他人の皆さんも、本当にありがとう。
ありがとうございます…。

ユーザーID:4311090067
ハローワークで。
Ruri
2010年5月10日 18:56

結構前の事になってしまいますが、ハローワークで、転職先を探していて、面接を申し込む際、募集がかかっていて、募集資格は満たしているのに、面接を拒否され、一方的に電話を切られ、門前払いをされた事がありました。
しばらく二人呆然とした後、相談員のお姉さんは、『あんな非常識な所と縁がなくて良かったですね。貴女は前の仕事での経験があるし、即戦力になれますから、別のもっともっといい職場探しましょう!』と言ってくれました。プッと吹き出して笑ってしまいましたよ、思わず。確かにそれもそうだ、と。
あれから少しして、再就職先が決まり、今は充実して仕事をしています。あの時の相談員のお姉さんとは、相談窓口が混んでいてなかなか会えませんでした。この場を借りて、お礼を言いたいです。有り難うございました!

ユーザーID:4116911479
母からのひとこと
monkeygirl
2010年5月10日 21:09

小さい頃から割と厳しく、熱を出しても38℃以上ないと学校を休ませてくれないような母でした。
私が成長するにつれ、だんだん私が何をしてもあまり口を挟まなくなり、今では割と仲のいい親子です。

なので会社であった嫌なことや、嫌な先輩の話などもすれば聞いてくれるし、
こちらから話さなければ聞かないし。
会社が嫌で休みたいと愚痴れば、「休めばいいじゃん」と返してくれて
それだけで気が休まることも多々ありました。

ある朝、私はいつものように
「会社嫌だな、行きたくないな。休んじゃおうかな?」とグダグダ管を巻いていると、
「休んじゃえばいいじゃん」と母。
「昔は熱を出しても休ませてくれなかったのになぜ?」と私も聞いてみました。

すると母は、
「本当は休んじゃいけないんだけど思いながら休むならいいと思うよ。monkeygirlはまじめだから、罪悪感に苛まれるだろうけど。それが休むのが当たり前にさえならなきゃ、いいんじゃないの?」

その一言を聞いて、何となく気が楽になり、
それ以来会社をズル休みしたいと思うことはなくなりました。

ユーザーID:1020777908
 
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