他人の何気ない一言に助けられた<2>

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生活・身近な話題

みみずく

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  • 50歳からの就活

    20年経営していた会社が倒産しました(家族経営)
    家も車も売り少ない預金も借金返済にあてました
    倒産のゴタゴタで家族はバラバラになり母は私が引き取ることになりました。

    でも悲しんでる暇はなく働かないと食べていけません
    幸い私は専門職の資格を持っていたのですぐに仕事がみつかると楽観してました
    女50歳独身・・・どこにも居場所はありませんでした
    履歴書を送っても送っても返送され電話で年齢を言うと「はぁ?」と聞き返されます(泣)
    どの業界でも30代が1番ほしい人材だったのです私も人を雇う立場だったので解っていたはずなのに甘すぎました
    そのころ母ともうまくいってなく疲れた体で家に帰て母の顔をみるのも苦痛でした

    希望の職種は諦めて派遣社員として働くことにしました
    面接に行った時の事 派遣会社の30代男性は履歴書をみて顔を上げ一言「若く見えますね」とニッコリ
    面接の帰り道夜空を見上げ「負けるもんか」と叫びました(笑)

    その後彼が紹介してくれた会社に派遣社員として働き今では小さいながらも自分の店を持てました
    あの時の彼の笑顔が忘れられません

    ユーザーID:9118754599

  • よくがんばったね

    素敵なトピに私も参加させてください
    10年くらい前、離婚やらリストラやらで、毎日死ぬことばかり考えている時がありました。
    そんな時、ふと目にした本に載っていたカウンセラーさんの笑顔に惹かれ、住所もそう遠くなかったので連絡をとってお会いしました。
    カウンセラーさんは私の話を聞いてくださり、「そんな状態で結婚生活送ってたの?よくがんばったね」と言ってくれました。
    初対面の他人が私の辛さをわかってくれた、と時間中泣いてしまいました。
    そして、つい先日出入りの営業の人に、実は転職先をさがしている。と話したところ「ここはキツイからなあ。いいとこあったらすぐ教えてやるよ。よくがんばったな」と言ってくれたのです。
    思わずトイレに駆け込んで泣きました。
    二人ともただの商売口だったのかもしれませんが、私はものすごく嬉しかったです。
    ありがとうございました。この場でお礼を言わせてください。
    ほんとうに、ありがとうございました。

    ユーザーID:6481718462

  • 産科医の一言

    17年前、3週間早く2000グラム弱の長男を産んだ時。

    色々心配でしょんぼりしていたところ・・・

    「うちの息子も早産児だったけど、今では僕が見上げる程に大きくなったよ。心配しなくても大丈夫。楽しみにしておいて。」 と、言ってくださいました。

    お陰さまで息子も大きく成長しました。痩せてはいますが超元気です。


    あの時は先生に助けられました。

    そして今日は再び懐かしく幸せな気持ちになりました。

    トピ立ててくださって感謝しています!

    ユーザーID:1065163332

  • 主人の言葉

    私もつい最近に主人の言葉に涙がでました。
    私は今年も、手術を勧められています。(別の病気で半年もたたないうちに)
    去年は4回も手術をしたので、もう今年はよい年にするぞという矢先でした。今度はかなり落ち込んでいます。
    というよりは、去年も去年の手術のことでうなされ状態でしたが、今年になってよけいにうなされ状態にいます。
    毎日のように明け方に手術のことで起こされ、うなされ状態なのですが、
    いつもそばに主人がいて、主人のほうが大変なのに支えてくれています。(明け方いつも起こしてしまっています。)

    私ってよいことないよね。これからどうなってしまうのかな?
    いっそう、死んでしまいたい。このままの状態だと死んでしまうのかな?

    そしたら主人が、生きていればよいことあるよ。死んではいけないよ。
    よいことつくってあげないと・・・とひとりごとのようにいってくれました。

    よいことってつくることなんだって・・・
    こんなに悪いことがあっても生きていればよいことがあるかもしれないのだと思えてきました。
    こんな私でもいやがらずに支えてくれてありがとうと素直に思えた瞬間でした。

    ユーザーID:0672831904

  • となりのベッドに入ったおばさんの一言

    昨年に入院して手術をしたのですが、かなりひどい状態で手術が終わって病室に戻るやいなや、麻酔から目が覚めたら、かなりの痛さでころげまわって
    痛い痛いの大騒ぎをしていました(我慢ができないほどの痛さでした)。
    自分ではわからないのですが、夜中じゅうも大騒ぎをしていたと思います。

    丁度、私の手術の日にとなりのベッドに新しく入った年配のおばさんが、
    あいさつをしようとしていたのですが、あまりにも私が痛がっていたので、次の日にわざわざ、
    「昨日あいさつをしようと思ったのですが、痛がっていたので」と言いにきてくれました。
    私が、「昨日は騒いでしまってすみませんでした。入ったばかりなのに寝られなかったでしょう」といったら、
    その方が、
    「大丈夫です。子守唄のように聞こえましたから・・・」と。
    その言葉でなんだか、ホット笑いに変えられてしまい、安心しました。
    と同時に何日か入院生活をご一緒させて頂くにあたり、
    これからの入院生活が楽しくなるのではないかと思えた瞬間でした。

    もちろん、この病室の人たちはすべてよい人ばかりで、楽しく、飽きない入院生活が送れました。

    ユーザーID:0672831904

  • 生活・身近な話題ランキング

    一覧
  • バスでの出来事

    本題から少しズレて自分が助けられたわけでなく
    どちらかというと「心にジーンときた言葉」なのですが。

    都内のバスに乗っていた時のこと。

    ここの路線はよく
    某有名私立大学付属の初等科の児童が乗車してくるのですが
    座席を独占したり、大声でベラベラと
    これまでは正直マナーが悪くてイライラし通しでした。

    ある日、一人の児童が乗車してくると、定期券をかざす際に
    バスの運転手さんに
    「お願いします!」
    と元気よく伝えたのです。

    その後、降車駅に着くとその児童は
    「ありがとうございました!」
    とこれまた元気よく感謝の気持ちを伝えていました。

    なんだかキュンッときましたね。
    「今時の子どもは・・」と半ば見下していた
    自分に少し反省です。

    きっとバスの運転手さんだって
    とても心が励まされて
    「今後も安全運転で頑張ろうー!」
    って気持ちになれたんでしょうね。

    ユーザーID:4067025925

  • 暖かい一言

    主人が夜中、発作で倒れ、医師から脳腫瘍である事を告げられました‥取り急ぎ着替えをと、
    タクシーで自宅へ向かう途中、運転手さんに話しかけられ何げに事情を話したら、
    「私の知り合いの方も同じ病気で倒れたんですが、今は社会復帰してます。大丈夫ですよ きっと良くなりますよ また元気になりますから」そう言って帰り際 飴を2つ頂きました。
    大丈夫の言葉がすごく嬉しくて涙が止まりませんでした

    ユーザーID:6780134741

  • 病院で

    みみずく様、トピを引き継いで下さってありがとうございます。今日<2>があるのに気づき、さっそく今あるレス全てを読みました。
    前トピでもそうでしたが、やはり皆さんのレスを読んでいると不思議と気持ちが軽くなります。

    そこで、私も最近あったことを一つ。
    中々子供が授からず、この前意を決して不妊治療専門の病院へ行きました。
    自分の不妊を認めたくない…検査は痛いのかな…原因は私かな…等不安いっぱいでした。
    そして診察室へ入ると少し怖そうな先生が検査の流れ、一般的な不妊の原因等を説明して下さいました。きっと説明を聞いている時の私は緊張して怖い顔になっていたと思います。
    説明が一通り終わった後、真面目な顔をしていた先生はいきなりニッコリ笑って、『大丈夫。しっかり検査するからね。若いのに子供欲しいって偉いね』と言って下さいました。
    また泣きそうになりました。
    これから治療頑張るぞ!!と思える言葉でした。

    ユーザーID:4975592187

  • 上司の言葉

    先輩に失恋して呆然自失の毎日。

    注文を受ければ数を間違える、発注すればサイズを間違える。

    私の失敗でお客様に怒られてしまった上司に
    申し訳ございませんでした、と頭を下げた時言われた言葉
    「俺のこんな軽い頭なんていくらでも下げられるんだから、
     客に怒られる位どうってことない。
     そんな事気にしないで、早く元気になれ!」

    部下の手柄は大きく褒めて、失敗は責めずにフォロー・アドバイスする
    「どこまでもついて行きます!」と思わせてくれる上司でした。
    私の「先輩像」の見本です。
    私も後輩を持つ立場になりましたが、後輩から見て
    私はどんな先輩なのかな?なんて時々考えます。

    ユーザーID:8679889548

  • タクシーの運転手さん

     子供の時から私の母は仕事をしていて、いつも家に居ておやつを作ってくれたのは祖母でした。大人になってからも田舎のものなどを送ってくれたり、いつも私を心配してくれ、結婚をだれより喜んでくれました。
    主人の仕事でドイツに住むようになってからも日本のものを何かと送ってくれて、寂しくないようにしてくれたものです。
     その祖母の急な訃報に急いで帰国しましたが、成田についてから飛行機、JRとまだ数回乗換えが必要で、遅れると葬式にも間に合わなくなり最後に顔も見られなくなると必死でした。
    空港から乗ったタクシーの運転手さんにJRの時刻を言い、葬式に間に合わなくなるので・・と言うと出来るだけ頑張ってみるよと言い、急いでくださり電車の出る数分前に駅に到着しました。支払いを済ませると「私が荷物を持っていってあげるからあなたは走りなさい」といって大きいスーツケースを持って後を追ってきてくれました。出発のベルと同時に乗り込むことが出来、なんとか家に帰り着き最後に祖母と対面することが出来ました。タクシー会社も名前も覚えていなくて御礼も出来ませんでした、運転手さん、あの時は本当にありがとうございました。

    ユーザーID:6741360809

  • 助産師さんと掃除の人

    初産で、大きいと言われてた赤ちゃんが、思いがけず、小さくショックを受けてました。

    産婦人科で、掃除のおばさんに、ウチノコも同じ位だった、大人になった今は大きいわ。

    3ヶ月もすれば、しっかりしてくるよ。と言われ、ホント嬉しかった。


    そして産後2ヶ月位に助産師さんが、見にきてくれ、母乳育児や、思い通りにいかず、あれこれ大変と言ったら、大変と思ったら、大変。赤ちゃんはそれが、当たり前。そう思えば大変じゃないよ。


    わりとナーバス気味の私に2人の言葉に助かりました。

    一歳になり大きくなりました。

    ユーザーID:4528415521

  • 今、まさに助けられています

    ここ数年、他人に無関心な人間関係、大きく裏切られる出来事などが重なり
    やっぱり東京は寂しい町だなあって思うことが多々ありましたので
    みなさんの心暖まるお話を読んで、凍った心が溶けていくようです。ありがとうございます。

    私は先日、電車の中でとても怖い思いをしまして… 
    ブツブツ独り言を言っているアブナイ系のおじさんに、何もしていないのに電車内でからまれ
    もう少しで、大怪我をするところでした。
    アブナイ系のおじさんがいなくなった後、電車の中の人が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれましたが、
    「大丈夫です、ありがとうございます…」というのがやっとでした。

    そのことを友人に話すと、ポツリと
    「そのおじさん、今までも、これからもずっ〜とそうやって生きていくんかなあ。
    可哀想やなあ。そんなふうに生きてても楽しくないやろなあ。」
    そう言われると、なんだか、それもそうだなあ…という少し楽な気持ちになりました。

    でもやっぱりトラウマで、その日からずっと、怖くてその沿線の電車が乗れませんが…(苦笑)

    ユーザーID:1236147810

  • 母の言葉

    母の温かい言葉は何年経っても忘れることはできません。

    小学4年生の時だったか、学期末に担任と母親との懇談会がありました。
    決して成績が良いとは言えなかった私。きっと母にお説教されるに違いないと家で母を待っていました。
    ところが、帰って来た母の顔はとても嬉しそうにニコニコしています。
    母は私に笑顔で「先生は、『でこちゃんは優しくてとてもいい子ですよ』と褒めて下さったわ。勉強なんて出来なくてもいい。」
    そこそこ教育熱心な母なのに、余程嬉しかったのでしょう。
    あれから40年経った今でも、あの母の満面の笑みは心に焼き付いています。
    褒めてもらって私も大きな自信となった気がします。

    母は実の母ではなく、私が6歳のときに父と再婚をしました。
    生みの親より育ての母と言いますが、我が子のように大切に大切に
    深い愛情で育ててくれた母でした。
    その母も今年の1月に亡くなりました。
    「ありがとうございました。いつか貴女とまた逢えると信じています」

    ユーザーID:7546404700

  • 親ってスゴい。

    ティッシュなしでは読めないお話の数々。。もうここ数日温かい気持ちにさせてもらっています。皆様ありがとうございます。

    私も家族の話を一つ。

    10年近く前、どうしようもない男と付き合っていた頃、私の容姿が明らかに男好みの派手な格好に変わり、生活も仕事もほとんどそっちのけでめちゃくちゃ。そんなある日、お酒呑んで派手な化粧もくずれてひどい顔で朝帰り、仕事も大遅刻(家族一緒に働いています)、普段滅多に怒らない父も流石に激怒しました。いい加減にしろ!朝帰りなんて何やってるんだ!と、言われると思ったら。。
    「もっと自分を大切にしろ!」でした。。
    親ってスゴい、かなわない、と心底思いました。

    父がいないときに兄は、あとで謝んな、ってそっと言ってくれました。

    私は家族あっての自分だと、改めて痛絶に感じました。

    ユーザーID:6626256853

  • 叔母の言葉

    素敵なトピックありがとうごさいます
    身内の言葉ですが、投稿させて下さい。

    私は同性愛者です。(ご不快になられた方申し訳ありません)
    その事が何時かばれてしまうなら、自分の口で言おうと思い、思い気って叔母に告白しました。(私は事情があり両親がいません)
    そしたら、「やっぱり?」と
    彼女は聡い人でしたので、薄々気づいていたようでした。ごめんねと謝る私に、
    「謝る事じゃないよ。それにね、男の人でも、女の人でも、人を愛せるのは凄い事なんだよ」と笑って言いました
    心の中の霧が晴れるようでした。私は、錯覚だとか、気の迷いとか言われると思っていたのに…

    ありがとう叔母さん。何時か運命の人が現れたら、一番に紹介するからね。

    ユーザーID:1529768646

  • 夫の手

    一言ではないのですが…

    身内の死の知らせを電話で受けていたとき、あまりのショックで大声を上げた私に驚き夫が隣にきてくれました。
    そして、すぐに事態を察知し手を繋いでくれました。
    2人ともみるみる血の気が引いたのかな…
    手がとても冷たくなりました。
    私の身内のことで、しかも結婚してあまり経っていないのに私と同じ温度になってくれた夫の手。
    震える私の手を同じように震える手でずっと握りしめてくれていました。

    今でも何かあるたびに夫の手を触って元気をもらっているのは夫には内緒です。

    ユーザーID:0103314689

  • 結婚の時

    主人と知り合い付きだしたとき、すごくいい人でこの人になら付いていけそうとは思っていたのですが、ただ一つ全国転勤がある仕事で、2年に一回くらいのペースで引っ越しがあると聞き、それまで一度も引っ越ししたことのなかった私はすごく不安になりました。

    当時お茶・お花・着付けを教えていただいていた先生に、お茶の練習のときに、ちょっと愚痴ったんです。
    すると

    「大丈夫、大丈夫、メモルさんなら、アフリカの奥地に言ってもやっていけるよ。
    きっと友達いっぱいできて楽しく生活していると思うよ」

    と言ってくださいました。

    思わず、なんでやねん、いくらなんでもアフリカの奥地は無理でしょう!と心の中で突っ込みながらも、こころがずっと軽くなっていくのを感じました。

    それ以来、結婚12年間で引っ越しを7回しましたが、引っ越しをするたびに、この言葉を思い出してがんばれました。

    先生、あの時はありがとうございます。
    おかげで、引っ越しをするたびに友達にも恵まれ、今現在も幸せにしています。

    ユーザーID:4273823908

  • 身内の話ですが

    留学中、極貧のアメリカ人の彼氏と付き合い始めた頃。
    本当に貧乏学生で一日一食だった彼氏と一緒に、いつものように二人でスーパーに買い出しに行きました。セール中の食材の値段を必死に計算しながら買い物をし、会計を経て外に出ると、
    そこにはホームレスのおじさんが、、。
    私は何気なしに通り過ぎようとすると、彼氏がおもむろに紙袋からフランスパンを半分取り出し、
    『ハッピーサンクスギビング』と言っておじさんにパンを手渡しました。動くとおなかがすくので家から出ない(笑)が口癖だった彼氏。こんな状況でさえ他人を思いやれる彼に心を打たれ、自分を恥ずかしく思いました。あれから3年、彼は職につき、晴れて一日三食生活デビューですが、、今でもあのときの事を思い出し彼をいっそう好きになります。

    ユーザーID:4919589491

  • バスで、、、

    もう随分昔の話ですが。
    私が通勤に使っているバスの時間帯にはよく知的障害の方と乗り合わせます。おそらく通学時間と重なっているのでしょう。そしてその子は誰彼かまわず手を触って歩くのです。いつもこの時間に乗る方々は慣れてはいるもののその子が寄ってくると避けて見て見ぬフリ。そういう私もどうにも出来ないまま奥に乗り込み様子を見ているだけでした。

    いつもの様に混み混みのバスにその子が乗ってきて、あちこちで「きゃ!」という声、嫌な顔をしながら様子を見ているという風景。

    ふと空気が止まりました。その子がある人の所で止まったようなのです。会話が聞こえました。「手をつなぎたいの?」覗き込むとその女性は自分の手を握る彼の手を上から包むように握っています。「じゃあ手をつないでいよう。皆は驚くから私でいい?」そういうとその子は大人しくじっと彼女と手を繋いで楽しそうにバスに乗っていました。

    すごい!!涙が出ました。そしてある駅前につくと皆もその子達も降り、その女性は彼にバイバイしていたのです。そしてなんとなんと、、、それは私の娘でした!涙が止まりませんでした。

    ※気を悪くされた方がいたら御免なさい。

    ユーザーID:3050339255

  • 結婚式の前日

    4年前、彼の母国で結婚式を挙げました。
    日本から来てくれた親戚や友人の送迎や観光の手配、
    彼の親戚や友人達に挨拶、結婚式、披露宴の打ち合わせと大忙しでした。
    そうして迎えた結婚式の前日、気が抜けてしまったのか、
    夕食後レストランからの帰り、涙が止まらなくなってしまいました。
    結婚式前日に新郎に会うと運が悪くなるからとその日は彼にも会えず、
    その上に、異国にいる不安、家族と離れる寂しさ、いろいろあって。
    一緒にいた友人たちが慰めてくれると、いっそう悲しくなり。。

    そんな中、見知らぬ男性が話しかけてくれました。
    「私ももうすぐ結婚する予定なんだ。幸せなのになぜ泣くの?明日、挙式の時間は何時?その時間にあなたのことを考えるよ。」

    見知らぬ人にこんな温かい言葉をかけてくれる人がいる国にお嫁に来るんだと、心が晴れた思い出があります。

    ユーザーID:2974193200

  • 性に合ってるわ。

    前回のトピで思わず涙があふれた一人です。
    私は何かあるかなぁと考えた時一番に思い出しました。

    やんちゃで暴れん坊で手がかかる息子。
    なんでうちの子はこうかなぁ、と悩んでいた頃
    主人の実家への帰省しました。

    大人しく良い子な姪っ子がいない時に義母がそっと
    私に言ってくれました。

    「私にはこういう元気いっぱい子の方が性に合うわぁ。」

    男二人と女一人の3人育てた元気なお母さんの言葉。
    今でもその言葉だけで頑張れる気がします。

    ユーザーID:9384508142

  • 前トピのドリカムさんへ・・・

    ええ、世の中には天使も神もいません。

    いるのは、あなたの心の中にです。
    いずれ他の方の心の中の天使があなたの心の中の天使の存在を気づかせてくれることがらがおきますよ。
    そのときに気づかずにスルーしてしまわないことを願って止みません。
    他力本願でなく、自分から「人にしてほしいと思ったことを自らする」ということを選択してもいいですね。

    そのときに気づきます。
    ああ、ここにいたんだ・・・って。

    横ですみませんでした。

    ユーザーID:3009439360

  • 負けるもんか!

    私は29歳のとき、脳梗塞で母を亡くしました(今は30歳後半です)

    大学4年の時に倒れて以来、決して泣き言を言わない強い人でした。

    最後の入院となったときです。入院後徐々に病状が悪化していきました。
    入院生活のほとんどが植物状態でしたが忘れられない言葉があります。

    それは最後の入院となってまもない頃、お見舞いに行くと母は車椅子に乗っていたので
    私は心配して「頑張れよ」と後ろから声をかけました。
    すると、振り向いた母が私に言いました。

    『頑張れよ』

    その後すぐに病状が悪化してしまったので母と最後に交わした言葉となりました。

    母の死後、悲しみから抜け出せずにいた私は自宅介護していた祖母の前で泣いていました。
    すると祖母は「『負ーけるもんか!』と気持ちを強くしなさい」と言いました。

    母も祖母もこの世にはいませんが、嫌なこと・辛いことがあると、この言葉を思い出し、
    こう思うようにしています。

    母や祖母はあんなに辛いことに耐えて頑張ったんだ、それに比べればこれくらい大したことない!

    一生忘れることのできない大切な言葉です。

    ユーザーID:6270179937

  • 幸せになるためです

    人生に絶望し、自分自身存在を見失い、
    生きる意味を見つけるために、インドを旅していました。

    ブッタガヤで出会った日本寺の住職様。

    「『生きることは苦である』とブッタは悟ったのに、なぜ人は生きるのですか?」
    当時の私は生きることが『苦』であるならいっそ死んでしまえばいいのに。
    そんな風にしか考えられず、こんな質問をしてしまいました。

    しばらく黙り、ゆっくり考え
    「幸せになるためです」
    そう一言だけ答えてくださいました。

    特に何を語ったわけでもなく、身の上話をしたわけでもなかったのですが、
    「いろんな答えがあるのですが、今のあなたにはこれが答えのような気がして」
    そうおっしゃっていました。

    こんな私でも幸せになっていいんだ。
    誰かを幸せにするためではなく、自分が幸せになるために生きていいんだ。
    そう素直に思えた瞬間でした。

    その日から自分の人生を前に進めたような気がします。

    ユーザーID:1212453285

  • 迷子犬を

    やんきばばさんのお話、素敵です!!


    数年前、雷と大雨にびっくりしたのか、田舎で飼っているゴールデンレトリバーが家を飛び出し行方不明に。私は離れたところにいたので母がパニックになり町内中を探し回り、放送などもかけてもらったけど見つからず。夜になってダメもとで警察に電話したら届け出があったとのこと!
    すぐ引き取りにといくと「あー、届出人の女性が家で預かってくれとるよ。明日になったら保健所に行くことになっとるんで」急いでその女性の家に行き、お礼、お礼、お礼。「あらー、お母さん来てくれて良かったねえ。でもおばちゃん、あなたのこと飼うつもりじゃったけん、ちょっと残念よ!」

    その一言にホロリ。飼うって大型犬ですよ、それにおばちゃんもマルチーズ飼ってるのに。でも「ううん、こんなおとなしくって、賢い子なら平気よー。うちの子なんてキャンキャンうるさいし。大型犬っていいねー」おばちゃんの優しさと、持ち前の愛嬌と賢さでピンチを切り抜けた犬(昨年、天国に)に感動した瞬間でした。

    ユーザーID:2022575191

  • 他人ではなく、母の一言ですが。

    当時付き合っていた彼と、同棲先の新居まで決まっていたのに大喧嘩し、涙一つこぼさず鼻で笑いながら「それじゃさよなら!」と言って別れました。
    今となっては恥ずかしい限りですが、自分を保つ為の精一杯の意地でした。

    でも後からじわじわと後悔がこみ上げ、数日後には布団の中で半日号泣。枕びっちょびちょ。
    殆どご飯も食べられず、仕事中もずっと涙ぐみ、体重も落ちてひどいありさまでした。
    でもこっちからは電話したくない!と意地張って、ボロボロだった約3週間。

    ある夜、(実家暮らしだったので)事情を知っている母が「今後どうしたいの?」と聞いてきました。
    何も気力が湧かなくて虚ろな私は、正直に、「彼と会って話がしたい…」と打ち明けました。
    そこで母が言った一言。

    「やりたいと思った事をやりなさい。行って来たら?」

    その一言で私は立ち上がり「行って来る!」と言ったら、母は車で駅まで送ってくれました。
    夜中に彼の家に到着、沢山話し合えました。

    その後紆余曲折ありましたが、今は彼の妻として暮らしています。
    あれからずっと、“迷った時はやりたい事をやる!”がモットーです。

    お母さん、ありがとう。

    ユーザーID:8404105432

  • 産めそうですか?

    ほんとこのトピやばいです。鼻ずるずるすすりながら(汚くてごめんなさい!)読んでます。

    私は訳あって結婚せずに子どもを産みました。子どもの父親は絶対産むことを許さず、その時点で縁を切られました。大丈夫、絶対ひとりでがんばって育ててやる!と強がってはいたものの、私は内心とても不安でした。

    初めて病院で診察を受け、妊娠が確定しました。私が未婚であることは書類でわかります。診察が終わった私に、医師がひと言、タイトルの言葉を言ってくれました。

    私は「はい!」と返事しながら、とてもうれしくなったのを覚えています。その一言には「せっかく授かった大切な命です。丈夫な赤ちゃんを産んでくださいね」という気持がこもっているように感じられたからです。

    無事に生まれた娘も、もう16歳。もう少しがんばります。

    ユーザーID:7853440904

  • 他人じゃありませんが

    当時、4歳の息子を連れて離婚、実家に戻りました。
    息子は昼間は幼稚園、私が仕事から帰ってくるまでは私の両親が世話をしてくれてました。
    やんちゃ坊主なのでじじ&ばばをてこずらせていたある時、うちの父(じぃ)に息子は
    「そんなに言う事を聞かないなら 出て行け。」と言われ、それに対し「ママと僕は行くとこないから、ここに置いてください。」と幼稚園の息子がじぃに言ったそうです。私の母から聞いた話しですが、小さいながらも息子が そう言った事に胸がいっぱいになりました。

    ユーザーID:7696474587

  • バス停での一言

    外国に住み10年余りが経ち。
    人種差別の様な経験があったり、また言葉の問題などストレス満々の緊張状態、知らず知らずの内に”ハリネズミ”状態になっていた頃です。

    そんなある日、バス停で隣の7才位の女の子が上目使いでジーッと私を見つめています。”またこの視線か、今度は何を言うのかな・・子供は正直だからね”と思っていました。
    すると手を繋いでいたお母さんに向って”ママ、この人とっても綺麗なひとだね。”・・と。

    ビックリしました、そんな事言われた経験は皆無の上におしゃれとは無関係の冴えないセンスに暗い表情、おまけにきっと敵意のガン見で見返していたと思うのに・・・。
    心の中の氷の塊が溶けて行き、”何をそんなに気張っているの、ほら気楽に行きなさい。”と言われたようでハッとしました。

    その時から人の視線をいつも否定的に取っていた自分、それにも増して気持次第で全てをポジテイブに変えられる事、人に対して心を開く事など徐々に気づかせてもらいました。今はホントに楽になりました、ありがとう。

    ユーザーID:8999658882

  • 息子の担任 1

    小学校高学年の息子は小さいころから落ち着きがありません。
    高学年になった今でも毎日忘れ物をし、学校で授業をノートにとらない、参観会の最中でも途中から授業を聞かず自分の世界の中で遊んでしまう・・・・という行動をとります。

    私のなかで「もしかしたら息子はLDまたはADHDかもしれない」という思いが最近強くなっています。

    そんな中、担任の先生から個人面談で「今日、息子さんはひとつも忘れ物をしませんでした。お家に帰ったらほめてあげてください。」と言われました。
    このとき私は「息子は高学年になってもそんなに忘れ物をしているのか・・・・」と不安になったのですが、先生は続けて「息子さんも忘れ物をなくそうとがんばっています。自分でも今の自分を変えたいと私に言ってくれました。私は学校で見守っていきます。お母さんもおうちで見守ってあげてください。」とおっしゃってくださいました。

    ユーザーID:6942258150

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