他人の何気ない一言に助けられた<2>

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  • 私立中学校で教員をしていました。2/2

    ・・・私が、辛い状況にいる生徒に何か声をかけたいと思うのは、確かに偽善・自己満足で、実はさらに傷つけているのかも、、と考えました。それからコメントをつけることをやめてしまいました。

    それから10年ほどたった今、このトピックで、

    中学生のころ、自分のせいでクラスメートに嫌われてしまった時、提出していたノートに「いつもの笑顔はどこにいきましたか?」と書かれていて本当に嬉しかった。

    というレスを見つけました。私のことではないとは思いますが、とても嬉しく拝読しました。

    ユーザーID:1387761581

  • 5月7日のとんさんへ

    横ですみません。とんさんのレスを読ませていただいて、昔のことを思い出しました。神様に助けられたような顔でお礼を言われたことを。埼玉の大宮駅で、小走り状態の男性が歩いている私を追い抜きました。男性は、ズボンのポケットからハンカチをとりだすと、ハラリと長方形の紙を落としました。何かのメモかな?と拾い上げると遠距離切符です。猛ダッシュで追いかけました。彼はハンカチで顔を拭きながら早足なので、私も必死でした。その男性もとんさんのように、覚えていてくれているのかな、と何だかとても嬉しくなりました。ありがとう!!

    ユーザーID:2418554484

  • 受験生の私へ

    いよいよ大学入試が始まる前夜、眠れなくて夜中に起き出しました。
    暗いリビングのソファの隅で丸まっていたら、だんだん心細くなってきて、しばらくメソメソと泣いていました。

    するとそこへ父が通りかかり、私に気づくと、
    「まあ〜どこかに受かればいいね。どこに入学することになっても、パパはね、Eちゃんが入学する大学が世界で一番いい大学だと思うよ。」
    と言いました。それから私はぐっすり眠ることができました。

    後年色々あって、私はどうしても父を受け入れることができなくなってしまい、今は疎遠にしているのですが、この時の父の言葉を思い出すと、父を許せたらどんなにいいだろう、どうして私は父が許せないのか、、苦しくなります。。

    ユーザーID:8678849227

  • 横なのですが、気になって…

    英語のI'm sorryとか I'm so sorryは、謝るときばかりでなく“お気の毒です、残念です”という意味もあります。投稿された中のいくつかの話は謝ったでなく、心を寄り添わせた相手の言葉だと思います。
    相手を思いやる言葉の一つですなのが、なんとなく気になっていたので…失礼します。

    私の話も一つ。異国に嫁いで子供を出産したとき、赤ちゃんが吸う力にミルクの量が伴わず、乳首が割れてしまい授乳する度に、飛び上がるほどの痛さでした。手伝いに来てくれていた義母に“痛かったら母乳でなくても良いんじゃない?”と言われたとき、あ〜そういう選択でも良いんだと思い、かえって母乳で頑張る事ができました。

    ユーザーID:9603724109

  • 普段は口数の少ない父が

    1人日本を飛び出して、海外で結婚生活を送っていました。
    元夫は働かず、DVでモラハラで、私は海外でたった一人で悩んでいました。
    体重も減り、毎日死ぬことばかり考えていました。

    それでも死ななかったのは両親の悲しみを考えると出来なかったのです。
    きっと鬱だったと思います。
    働かない夫と生活を支えながら仕事をして、必死に1ドル1ドルためてやっと
    日本に一時帰国して両親の顔を見て、毎日のご飯がおいしくて生きていて良かったと思ったけどすぐに帰らなくてはいけない日が来ました。
    成田で父が「ちゃんと飯食ってるのか?やせすぎだぞ」と一言。

    後から母に聞いた話ですが、父が布団に入りながら「○○(私)は大丈夫かなぁ、ちゃんとご飯たべれているのかなぁ」と涙していたそうです。

    元夫のDV,モラハラを誰にも言えずに苦しんでいた私は、1人大泣きしました。

    あれから、子供が二人生まれ、元夫のDVは減るどころか増え続け、私は逃げるように離婚しました。
    今でも海外ですが、たくましいおばちゃんになりました。

    しっかり食べ過ぎて、あのころよりも10キロ近く増えたんで、父ちゃん心配しないでね。

    ユーザーID:2170775856

  • 生活・身近な話題ランキング

    一覧
  • You can speak Japanese!

    いいトピですね。その1も一つ一つかみしめながら読んでます。

    フランスの研究所に留学頃、私の周りの人は、ラテン系の外国人が多く、フランス語は母国語ではないけど、みんなフランス語で会話していました。日本人は私一人。私は、そこそこ英語は話せたのですが、それも思ったように通じず、フランス語は一生懸命勉強しているが、なかなか話せないでいました。いつも周りが何を話しているか分からず、時々英語が得意な子が、何を話しているか教えてくれるのですが、いつも会話の外でした。
    そんなある日、あるスペイン人の女の子(その子も英語は得意でない)が、「何を悲しんでいるのか?」とフランス語と英語で話しかけてきました。私は、フランス語が話せない事を話すと、「恥ずかしがることはない!You can speak Japanese!」。思わず、笑ってしまいました。当たり前だろう!とつっこみたかった!でも、彼女なりに一生懸命私を励まそうとしたんだろうな。おかげで日本人特有の変な外国語コンプレックスはなくなり、積極的にフランス語を話すようになったから、1年後には彼女とフランス語で会話できるようになりました。

    ユーザーID:7933521271

  • 「私だったら、あなたを部下にしたくないわ」

    何もやる気がなく、いるかいないかわからない上司との関係で悩んでいた時、同僚からタイトルの言葉を言われました。

    でも、上司は何も言わないけれど、私のやりたいようにやらせてくれている。
    同僚や別の上司だったら、こうはいかなかったかも?
    私はガンガンやるタイプなので。

    この一言に、「私と上司って、仕事のパートナーとしては相性がいいんだ」と気がつきました。

    ユーザーID:5689547373

  • 中華料理屋さんで

    このトピで「一言」の持つ力に心震え、号泣しています。
    仕事中にこっそり読んではなりません。

    さて、私の話です。

    フルタイムで仕事をしている私。
    保育園に迎えに行くのがいつもより少し遅くなったので
    子供たちに「今日はご飯食べて帰ろうか」というと大喜び。
    まだ行った事のなかった中華料理屋さんへ。
    この夜は宴会やら会食やらで少々にぎやかな店内に、子連れの私としてはちょっとほっとしたのでした。
    いつもはにぎやかになりすぎる子供たちも、おいしい食事に満足なのか静かに食べてくれていました。
    そのとき、隣の席の50代くらいの女性が
    「おりこうさんに食べてるね。いいしつけをされてますね」
    といってくださいました。

    いやいや、とんでもない、いつもはもっとうるさいんです。と否定しましたが、できて当たり前、できなければ白い目で見られる食事のマナーをこういう形でほめてもらい、親子ともどもとてもうれしかったです。

    子育てに自信がない中、手探りで先へ進まざるを得ない毎日ですが、この一言には本当に助けられました。

    ユーザーID:5358040088

  • 飼い猫にかけてもらった言葉

    しみじみと良いトピですね。
    私にも最近ありました。

    飼い猫が病気で、頻繁に病院にかかっていました。
    治療代が相当かかり、家計を圧迫するようになっていました。
    でも最期までめんどうを診ると決めたのだからと、通い続ける日々。

    小さい頃から育ててきた猫も老いてガリガリになり、幼かった頃のかわいさや、活発さは見る影もなっていました。
    心のどこかで「早く死んでくれないかな」などと一瞬でも考えた自分がいて、愛情ではなく責任感だけで飼っていたのかと、自分に驚き自己嫌悪していました。

    そんなある日、病院の待合室で隣りに座った女性が、飼い猫に「かっこいいね〜がんばってよ」と、声をかけてくれたのです。

    その一言で、思い出すことができました。模様がかっこよくて、それが自慢だったこと。小さなときからいつもそばにいて、暮らしてきた日々。ちゃんと愛情を持ってきたのだということを。
    帰ってから、猫を「ごめんね」となでながら、涙が止まりませんでした。

    もう今は、何も迷うことなく気持ちを込めて世話をしています。
    あのときのお姉さん、ありがとう。

    ユーザーID:4506382782

  • つい、先日の事…1

    すみません、長いので2つにわけます。
    ウチの息子は1歳8ヶ月、私は妊娠7ヶ月の妊婦です。
    妊婦検診の日…いつもは義母か夫の休みの日に予約を入れて、息子を預け、私ひとりで病院に行くのですが、夫が急に会社に呼び出され、当日に息子を義母に頼むのも申し訳なく、息子を病院に連れてく事にしました。
    けれど、病院は電車で2駅先…しかも改札を出るには長い階段を登り降りしなきゃいけません。田舎なのでエレベーター等なく、階段のみ……。
    息子を片手で抱き抱え、もう一方の手にベビーカーとカバンを持ち階段を2段、3段上りました。

    すると後ろから、「おいおいおい!!!姉ちゃん姉ちゃん!!」と大きい声で叫ばれ、
    振り向くとサングラスをかけたちょっと怖いお兄様が…!!
    私はビビり、咄嗟に「す…すみません!!」と謝ったのですが
    「謝んなら腹の子に謝れ!!妊婦がちっちぇー坊主とベビーカーなんか抱えて歩いちゃ
    腹の子が苦しむだろ!!何の為に男が存在してんのかわかってんのか!!!」と怒られてしまいました。

    ユーザーID:5959046115

  • つい、先日の事…2

    私も頭が真っ白になり慌てて「すみませんっ!わかりません!!」即答してしまったら
    「おめーらみてぇな女とガキ守る為だろうが!!」と一喝……。
    それ以上何も言わず息子とベビーカーを持ち上げ改札まで送ってくださいました。
    元々人見知りの息子ですが、お兄さんに抱かれてうれしそうにキャッキャッと笑い、
    改札で私が「ありがとうございました」とお礼をすると、息子も「あーがとっ♪」と一言…。
    お兄さんは満面の笑みで「坊主、おめぇの母ちゃんは自分が苦しくてもおめぇを守ってくれる優しい母ちゃんなんだ。おめぇはでかくなったら母ちゃんと兄弟守ってやれるつえぇ男になんだぞ」と息子の頭を撫でてくれました。

    これから産まれる子と息子は年子で育児に不安があった私に優しくしてくれた上、こんな風に褒めてもらえて、本当に嬉しく、涙が出そうでした。

    お兄さんありがとうございました!!
    お腹の子も間違いなく男の子言われ、私達夫婦は子供達をあなたのような強くて優しい男に育てます!!

    ありがとうございました!!

    ユーザーID:5959046115

  • 「お正月もお盆も帰ってきなよ」

    私には実家がありません。
    両親は私が幼い頃に離婚し、父とはそのまま生き別れ、私を育ててくれた母は私が成人・独立後に再婚し、
    今は新しい旦那さんの家に住んでいます。
    新しい旦那さんの家に私は住んだことがないですし、そもそもその新しい旦那さんが自分の
    「家族」ましてや「父親」とはとうてい思えません。
    なので職場などで「実家はどこなの?」や「お盆は実家に帰るのかい?」と投げかけられる
    何気ない質問が、私にはすぐにできる答えが無く、しどろもどろになっていました。
    私は「両親」がいる「生まれ育った家」が無い。という事実が、少なからず自分のコンプレックスになっていました。
    ある日、1人暮らしをしている友人に、ふざけて、本当になにげなく、
    「私、ここ(友達の家)を実家にするわ!」
    と言ったら
    「うん、いいよ。お正月もお盆も、帰ってきなよ」
    と、彼女もさらっと、なにげなく、応じてくれました。
    本当に軽い一言だったのですが、私に、正月やお盆に「帰る」場所ができたことが本当に嬉しかったです。
    ありがとう。私、今年のお盆も、そっちに「帰る」よ!

    ユーザーID:8457852024

  • 病室での出会い

    不妊で悩んでいた頃、夫が浮気、そして離婚。
    ストレスからか婦人科系の病気になり入院、手術をすることに。
    専業主婦だったため仕事も辞めており求職活動のさなかでお金もなく
    慰謝料なんてものをもらうということすら思いつかないほど
    心も体もボロボロでした。

    婦人科だったため、当然赤ちゃんが生まれたばかりのママさんたちも多く、旦那さんや子供がお見舞いに来てくれるその風景が私にはもう得られないものだと不妊症のわたしにはとても辛い場所でした。

    私なんて手術なんてせず、さっさと死ねばこんなに辛い思いをしなくていいのにとさえ思っていました。

    術後の経過も悪く、食後の食器を配膳車まで数メートル運ぶだけでもしんどかった時、同じ病室の向かいにおられた方がふっと私のお膳を取り上げて
    「いいから寝てなさい。そんなに顔色悪いのに」
    と片付けてくださいました。

    いたわりのこもったその声が今も忘れられません。

    その方はそれから3日後に退院していかれ、私はその間発熱で寝込み、ゆっくりお礼を述べることもできなかったのが残念です。

    ユーザーID:4337648435

  • 友人に。

    私は小学校から仲良くしている友人に言われる言葉にいつも救われています。
    20歳を超えてから、親戚、家族の関係が悪くなり、私が結婚、出産の時には両親と姉の関係が最悪に。いつもいつも板ばさみで、苦しくて、時々どうしようもなく終わらせたい衝動に駆られていました。

    両親は小さい頃から姉より私を可愛がってきたせいか、姉は大人になって、仕事に恋愛に、全部のことがうまく行かなくなってしまった時、私と両親を責める様になっていました。

    両親と、私と、どっちを取るの。
    私は小さい時いつも親から可愛がって貰えなかった。
    あんたは良いよね。

    いつもこの言葉が迫ってくるのに恐怖を覚えていた時、友人が

    「お姉さんはさあ、そうやっていつも言うけど、kayaの子供をすごく可愛がっているじゃない。両親を拒絶したから、もうkayaしかいないって思ってるからかもしれないけど、私がお姉さんの立場だったらkayaのことも憎んじゃうかも。お姉さん、kayaのことが好きなんだねえ」

    そうメールで言われて携帯を抱えながら仕事場で号泣しました。

    そうか、愛情があるんだ。大丈夫だって思いました。

    ユーザーID:0210612778

  • 私を立ち直らせた母の一言

    私は7年程苦労して勉強を重ね、世間的には難関とされる国家資格を取得しました。
    しかし、いざ実務に出てみると、私には精神疾患があることが分かり、激務には耐えられないことが分かりました。
    長年の夢を断たれた私は自分の運命を呪い、人生に絶望していました。
    自分への情けなさ、親への申し訳なさ、実務で活躍する仲間への嫉妬など、いろいろな負の感情が渦巻いていました。
    唯一本音をぶちまけることのできた母親には、何でこんな身体の私を産んだのだ、死にたい自殺すると当たり散らしていました。
    母親は自分自身もさぞかし無念だったでしょうに、何も文句を言わずに私の話を聞いてくれ、一言「おまめちゃんが死ぬときにはお母さんも一緒に連れて行ってね」と。
    ああ、これが母親というものなのか、私は一体何をしているのだ、少なくとも母親がこの世を去るまでは自らの命を絶つべきではない、と思いました。
    これをきっかけに少しずつ前向きになることができ、今は大学で研究員として働き、生涯の伴侶を得ることもできました。
    親孝行にはまだまだ程遠いですが、母親を含め周りの支えに感謝しつつ、一歩一歩踏みしめて生きていきたいです。

    ユーザーID:4671468260

  • 14年前になるのか…

    私が27の時、中学・高校で一番の悪友(Aと呼びます)の親父さんが
    亡くなりました。葬儀には私や同じ悪友だったB(Bは学生結婚して、
    すでに4歳と1歳の2児の父親)他、Aの親父さんにも良くしてもらった
    連中が集まりました。

    告別式が終わるまで気丈にしていたAでしたが、終わった途端、泣き
    崩れました。曰く、
    「俺は親父に親孝行どころか何の恩返しもしていない。申し訳ない」
    私は身につまされました。親のお陰で無事社会に出してもらいながら、
    「忙しい」「ちゃんとやってるから構うな」などと親を邪険にしてました。
    私もAも高校卒業して以降、別の街でバイトに明け暮れながら大学に
    通い社会人になり、「自分でしっかりやってる」つもり症候群でした。
    (所帯を持つこともなく、精神的にも経済的にも完全な自立はできない
    でいました。

    「…今、俺の親が死んだら…」
    目の前で狂ったように泣いているAは、もしかしたら明日の自分では
    ないのか?という恐怖を私は感じました。Aに同情するのはもちろん
    ですが、自分自身、親への不義理の後悔に震えました。
    すいません。続きます。

    ユーザーID:5742252698

  • 14年前になるのか…2

    Aに掛ける言葉もなく、かつての悪友どもはうなだれるばかりでした。

    その時、
    「俺はすでに2児の親だけん、少し偉そうなこと言うけどな」
    Bが、Aに語りかけました。

    「まず親父さんはAがここで泣いてる、わびてる心を喜んでくれるだろ」
    「でも親父さんは金や贅沢で見返りを求めてたわけじゃない。いつまで
    も泣いてたら、逆に親不孝だけん」
    「お前がすべきはここで涙を流し終わって、明日には笑うこと」

    「ホントの親孝行はな、親が死んだあと、子供が何より元気で笑って
    毎日を送ること。金も土地も残してくれなくても、お前に親父さんの働く
    背中や、これだけの(Aのご家族、私を含め悪友全員を指さし)支えを
    残してくれただろが!」

    気がつけば私を含め全員号泣してました…

    それから親を邪険することもしなくなったし、悪友全員家庭を持って、
    今は親としてそれぞれ頑張っています。
    その日以来、タバコも止めたし(笑)

    ユーザーID:5742252698

  • きなこ様

    ID違いますが、「叔母大好き」でレスしたものです。
    横ですみません。どうしてもお礼を言いたかったので。

    きなこ様ありがとうございます。
    実は叔母はそう言ってくれているけれど、親(叔母?)不幸なのではないか?と考えてしまっておりました。
    けれど、きなこ様のレスをみて少し気が楽になりました。

    後、叔母も人を好きになれないと言っておりました。(家族以外)
    失礼かもしれませんがきなこ様もそうだとすると、もしかしたらそう自分で思っておられる方のほうが、
    他者の恋愛感情に対して寛大なのかなと勝手に思っております。
    他者を理解できるきなこ様も十分素敵な方だと思います。

    見ておられないかもしれませんが、本当にありがとうございました。

    ユーザーID:1638652206

  • タクシーのおじちゃん

    私はアレルギー持ちで、体調が悪いと普段大丈夫なものでもすぐじんましんが出ます。
    一人暮らしを始めてから頼るひとが居ないのでかなり気をつけてはいたんですが、運悪く日曜日の夜10時という最悪な時間帯に出てしまいました。
    出てきたばかりで夜間の緊急で見てもらえる病院も分からなくて、なんとかタクシーを拾って病院に到着しました。
    先生にどうしました?と聞かれたときは不安が溢れ出して半分泣きながら説明している状態でした。
    とりあえず薬を飲んで帰されたんですが、残金が1000円。日曜なのでATMも閉まっているし薬を飲んですぐ帰されたのでまだじんましんが体中にある状態で、しかも夜も遅い。
    超悩みながらもタクシーを止め、『すいませんが、ワンメーター分だけ乗せてもらってもいいですか?』と言ったら、何か様子がおかしいことに気付いたらしく『お嬢ちゃんジャージでどうしたんだい?』と笑いながら聞いてくれ、事情を全部話すとワンメーター分で家まで乗せて行ってくれました。
    このときのおじちゃんの、笑いながら言った『そりゃあ大変だったね〜』があまりに優しくてこっそり泣いてしまいました。
    おじちゃん本当にありがとう。

    ユーザーID:7762229937

  • 一言じゃないのですが

    店員さんの笑顔に助けられました。
    営業用の、いつもの笑顔だと思います。
    でも、落ち込んでいた私には天使の(言いすぎ?)笑顔に見えました。

    本当にありがとうございます。

    笑顔って大切だなと思いました。
    私も心掛けます。

    ユーザーID:4216045504

  • 皆さんに「ありがとうございます」

    偶然このサイトを見つけて全てのレスを読み、心がほっこりしました。ポロポロ泣けるっていいですね。素敵な投稿を読めて本当に幸せです。トピ主様、レス投稿者の皆様、ありがとうございます。


    私もつい先日同僚からの一言に随分励まされました。

    社会人として4年目、仕事も徐々に責任ある内容を任されてやりがいを感じる半面、本当に自分に出来るのだろうか、上司の期待を裏切るんじゃないだろうか、私には経験が足りなさすぎる…と心配性の私は不安いっぱいで憂鬱な気持ちでした。

    そんな時、あるグループ研修で同期と久々に会い、互いの状況を話す中で「不安」だともらした私にメンバーが言ってくれた一言。

    「○○さんは頑張り過ぎるからね。たまには頑張らなくていいよ」

    普段から特別仲良くしているわけでもなく、たまたま久々に会った同期の一言だけに、張りつめていたものがふっと緩んだ瞬間で、思わず涙が出ました。(その後も何人かの同期友達が励ましの言葉をかけてくれました。)

    色んな言葉をくれた同期の皆、自分自身も忙しくて大変だろうに本当にありがとう!皆と一緒に働けて嬉しいです。

    ユーザーID:5854689302

  • 今日

    最近なんだか恋愛がうまくいってなくてバイト中もぼんやりしてしまっていました。
    店のまえを通った人に「いらっしゃいませ。」と呼びかけたらその方が店内でお食事するようで店内に入ってきて
    お冷やメニューを渡したり接客しているときに
    「あなたの笑顔に誘われたのよ。」
    と言われました。
    笑えてるんだなぁって
    人の前でうまく笑えてるんだって思ったらほっとしました。
    どんなに不安なことがあっても笑顔なんだったらいいやって安心しました。
    またいらしてください。あなたの言葉に私はたくさん救われました。

    ユーザーID:5067096548

  • 父の日

    みなさんのエピソードがとっても素敵で、心が温かくなって涙が止まりません。
    私も先日言われた一言をお話させて下さい。

    今年の父の日にお墓参りに行きました。
    その時に一緒に洗い場を使っていたおばちゃんから、
    「1人で偉いわね。父の日?」と話しかけられました。
    その後も、いくつで亡くなられたの?よく来るの?と質問され、
    「お墓参りが好き、っていうとおかしいですけど・・・苦じゃないんです」
    と答えました。すると、
    「違うでしょ。お父さんが好きだから会いに来るんでしょ。」と言われました。

    今まで、生きている者の勤めだから、と当たり前に思っていたことが、
    「あ、そっか。私は父が、祖父母が好きなんだ。会いたい時に会えるんだ」
    と、色を持った瞬間でした。

    当たり前のことの意味を、改めて知る。
    とても大切なことを教えていただきました。
    おばちゃん、お父さん、ありがとう。

    ユーザーID:3448765710

  • LET IT BE

     を挙げてる方がいらっしゃいましたが私にもこの歌絡みの思い出があります。
     今を去ること約10年前になります。
     母はとある病気の末期で入院したり退院したりの繰り返し、そんな中私の姉が行方不明になりました。
     更に悪いことに父が難治性の病の宣告を受けました。
     病院の先生はお母様のこともありますから(父は母と同じ総合病院を受診していたので受診課同士の横の連携があったようです)、と、病気の宣告を受けたのはまず私でした。
     こういう時誰より相談したい姉はいない。
     結局私はその当時おつきあいしていた彼に相談しました。彼は一日私につきあってくれ、帰り際に私を送る車のカーステでかけていたのがLET IT BE。しかしビートルズによるオリジナルではなく上々颱風によるちょっと陽気なアレンジ曲でした。
     その時は私は何がレットイットビーだぁっとムカっ腹も立ったのですが、10年経った今本当に全てのことがあるべきところに落ち着いてなんとかなりました。
     彼は今現在私の夫です。

    ユーザーID:7487307061

  • 元上司から

    最初のトピ主ふくろうさんからずっと読んでます。とてもいい体験をされてる方がこんなにもいるのですね。とても嬉しく思います。

    私も一つ、レスさせていただきます。
    私は子供二人いて上の子が8歳のときに母子家庭になりました。自分一人で、子供二人を育てたとは思ってません。いろんな人の力や協力でやってこれたんだと。しかし元上司は、子供の誕生日、卒業式など行事のたび、またついこの間、上の子の成人式の写真の前撮りがあり、それを伝えたところ「ここまでよく頑張ったね!」と言ってくれるのです。

    自分でも気が付かないでがむしゃらにやってきているので、その言葉を聞くたびに、なんとも言えない嬉しさと褒め言葉だと。

    上の子は二十歳にはなりましたが、まだまだ頑張ろう!と思う言葉です。

    ユーザーID:9784521864

  • うぁ〜子どもがいた

    帰省のため、娘と二人で飛行機に乗ったときです。
    途中でぐずるんじゃないかと心配していましたが、目的地まで静かにすごすことができてほっとしました。

    荷物もあるしゆっくり降りようと、シートベルトサインが消えたあとも座席に座っていると、後部座席からやってきたおばさまが「うぁ〜子どもがいた」と一言。(えっ?)
    そして二言目に、「静かにしてたんやねぇ。えらかったねぇ。」とおっしゃいました。

    好意的な感情を言葉にされるとうれしいですね。

    ユーザーID:8426799072

  • 前置きが長くなりますがご容赦を。

    人間の身勝手により、殺処分される犬や猫を思う度、心が痛みます。
    充分な財力と広い土地があれば、片っ端から引取りたい...でも現実は到底不可能。
    以前、「収容されていた二匹の猫のうち、保健所の強い反対もあって一匹しか引取れず、残された猫の悲痛な叫びがトラウマになった」という投書を読んだ事もあり、ずっと二の足を踏んでいました。
    ふとしたきっかけで、拾った野良猫を一匹育てましたが、兄弟達はいつしか行方不明。上記の如く自責の念に日々駆られました。

    ある時、野良猫と戯れる年上の女性と言葉を交わし、私が猫を拾った話をすると、彼女は「そうかぁ、一匹でも幸せな子がいたんだ。良かったですね〜!」。
    その一言で、どれだけ救われたか。

    人間一人ができる事には、どうしたって限界があります。それでも、ゼロと1の差は非常に大きい。全部の犬猫を救えなくとも、里親を増やす手伝い等、別の形で可能な限りの事をすれば良いのですね。

    名前も分からないあの時の女性、私にとり大恩人です!!

    ユーザーID:1829183171

  • トイレ掃除のおじさん

    海外在住です。道で冷やかしの言葉をかけられることはよくあり、不快と、少し恐怖に感じていました。

    先日、初めて米総領事館に用事があって出掛けましたが、朝からアレルギーっぽく顔が赤く腫れていたのと、電車でスーツケースをぶつけられたり足を踏まれたりして落ち込んでいたところに、かなり厳しいセキュリティチェックを受け、手が震えるくらい緊張し、用事が終わったときは本当に疲れていました。

    帰りの電車に乗る前の駅のトイレで手を洗っていると、掃除のおじさんが、「お姉さん、きれいだね」と声をかけてくれたのです。陽気そうに笑っていて、全然いやらしくなく、急にほっとしました。

    それでも普段だったら「またか」と思っていただろうに、今回は素直に親切だと受け止めて、気持ちが楽になったのが、とても意外でした。他人の何気ない一言に助けられるって、こういうことか…と思ったので書き込ませていただきました。
    弱々しく「ありがとう」としか言えなかったのが、親切を無視したように思われたかも…おじさん、ごめんなさい。

    ユーザーID:4811459889

  • 親友の言葉

    20年くらい前、ちょうど思春期の頃、両親が離婚し新しい母が来て、折り合いが悪く毎日のようにいざこざが絶えなくて、いつも親友に愚痴を聞いてもらっていました。毎回同じような内容の愚痴で進歩がなくて‥すると親友は「大丈夫進歩してるし成長してるよ」「0.001ミリだって進歩は進歩だよ」と言ってくれました。その時ホッとして感動した気持ち今も忘れられません。

    ユーザーID:6310852802

  • ある駅でのこと

    骨折ではありませんが、足の骨膜を切ってしまい、2週間ほど松葉杖で出勤していました。

    都内でも、深い所にある某地下鉄駅。
    慣れない松葉杖にゼェゼェしつつ、階段を上っていました。
    そしたら、鞄に引っ掛けていた傘がポロっと落ち、スキーのごとく階段を滑り落ちていきました。

    『ここまで必至に上ったのに…』と、半泣きで階段を降りようとしたところ、傘が落ちた場所にいた女性が
    「あ、動かなくていいよ〜」
    とおっしゃり、小走りで傘を届けてくださいました。

    それだけでも感謝なのに、
    「上まで鞄(と傘)持ってあげる」
    「ここの階段、ほんとにキツイよね〜」
    「ってか、私も昔手伝ってもらったし〜」
    と、笑顔で手伝ってくださいました。

    まさに通勤ラッシュの時間帯。
    私のせいで彼女が遅刻することは、私にだって容易に分かります。

    彼女が遅刻するのを心配し、遠慮する私に
    「いーの!お互い様じゃん!」
    と、おっしゃってくださいました。

    あの時のお姉さんへ。
    足は治りました。
    本当にありがとうございました。
    同じような人を見かけたら、遅刻覚悟で手伝います!

    ユーザーID:1180674513

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