他人の何気ない一言に助けられた<2>

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みみずく

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  • 2.3歩の距離だったけど

    十数年前、その日は仕事がうまく回らず、お客さんからも叱られて、ちょっと落ち込んでいました。
    やっと定時になり、外に出てしばらく歩くと突然の雨。
    10メートル先に地下に降りる階段があったので、小走りで走しり、階段まであと2.3歩という時に、50歳ぐらいのサラリーマンのおじさんが横からすっと傘を差し出して、「ちょっとだけだけど、ご一緒しましょう。」と言って傘を私の頭に差し出してくれました。
    ちょっとしたことだけど、その日落ち込んでいた私の胸にジーンと来ました。
    今日は最高にやさしい気持ちを最後に受ける事が出来て、その日がとてもいい日になりました。

    おじさん、ありがとう。

    ユーザーID:8358057743

  • 言葉

    何気ない言葉では、ないのですが書かせて下さい。

    「いつでも頼っていらっしゃい」親友のお母様に掛けて頂いた言葉です。

    母の告別式のときのことでした。通夜前、通夜、告別式と、親友と共に来て下さっただけでも助けられた気持ちでしたが、
    両手でぎゅっと私の手を握って、それまで余り泣けなかった私と一緒に沢山泣いて下さいました。
    悲しかったけれど、じんわりと温かく、救われた気持ちになりました。

    いつかご恩返しが出来たらと思います。

    ユーザーID:1791927582

  • だれでも。。

    みなさんのレスを読んでいたらすごく温かい気持ちになりました★
    世の中こんな素敵な人ばっかりだったらいいのになあ〜。
    でも、だれでも人にやさしくできるはずだと思います!!
    私もだれかの心にこっそり残れる人になりたいです


    私が大学1年のときのGW
    実家に帰るときの駅での話です。
    大きめのキャリーバックを持って駅を歩いていました。
    実家は田舎なので、(その駅は新幹線もとまる駅なのですが)エレベーターもエスカレーターもなく…
    しかたなく、ながーい階段をのぼることを決意した私。。
    GWで人はすごく多いし、でも荷物が重くてなかなか階段をのぼれずにいました。

    あー気まずっと思っていたら、通りすがりのサラリーマンの男性が
    後ろから「僕が運びますよ。どちらにいかれるんですか?」と言って荷物を運んでくださいました

    私はその駅で降りる予定だったので、階段をのぼったところでお礼を言い荷物を受け取りましたが
    その男性は新幹線に乗り換えるようで、走って新幹線のホームのほうへ行かれました。
    忙しいなかほんとありがとうございました!!

    ユーザーID:2163155621

  • 就職活動にて part1

    場違いは承知の上です
    でもこのトピに私も助けられたので
    ここに書かせてください

    長くなってしまいますが
    自分の思いをありのままつづりたいので…
    (そのせいで分かりにくい文章になっていますが…)



    私は現在大学の4年生で
    この就職氷河期と言われる中
    就職活動を行っていました

    世間では就職は難しいと言われながらも
    楽観的な性格のために
    それほど厳しいとは考えていませんでした


    ただやるからにはしっかりやりたいと思い
    1日に何社も面接を受けたり
    説明会に参加したりしていました
    (これは当たり前かな)

    年中無休の部活動に所属しているため
    早朝に練習に参加してから
    就職活動を行い
    また翌日も早朝から練習…
    といった日々を送っていました

    主将という立場
    そして部活動においても新入生勧誘活動が盛んに行われている中
    自分だけが早々と仕事を引き上げるということに
    抵抗を感じながらの就活…
    自分だけ取り残されているような気がしていました
    だからこそ逆に結果を出す就職活動にしなければと

    ユーザーID:6796844524

  • 就職活動にて part2

    加えて私は自分のセクシュアリティに関して
    小学生の頃から悩みを抱えていて
    ずっと誰にも明かさず過ごしてきました
    その影響からか
    人に自分の悩みや弱さを見せたくないという思いが強くあり
    身近な人に就活の悩みなんて相談なんて
    と1人で乗り切るという考えでいました


    そのような生活を送っているうちに
    就職が目的ではなく
    就職活動が目的の生活になっていました

    自分がこれからの人生において何をしたいのか
    そのために何をすべきなのか
    最も考えなければいけないことを
    頭の隅っこに置いて
    目の前の面接、説明会ばかりに一生懸命になっていました


    そうやってあっという間に過ぎていく日々…


    そんな中、とある企業の説明会に参加しました
    特別志望度が高いわけでもなく
    いつものように何気ない感じで参加した説明会
    説明会といっても社員ではなく内定者(今は1年目の新入社員ですね)
    仕事の事を聞くというよりは
    就活とは…ということを聞くための
    説明会でした

    そこで運命の人と出会いました(Aさんとします)

    ユーザーID:6796844524

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  • 就職活動にて part3

    私のそれまでの社会人のイメージとして
    堅苦しい、熱いといった性格の人ばかりだと考えていました
    しかし、Aさんはどちらかというと
    ホワンとした感じ(とても失礼ですが…)
    ただ、高校中退、世界を1人旅、有名大学への編入など
    私が過ごしてきた世界とは正反対の
    嵐のような人生を送ってきた人でした

    その説明会後も極秘ルートで連絡を取り合うようになりました

    「誰にも負けない強みにフォーカスしよう」
    「もうすぐ4月だね、がんばって」

    Aさんが発する一言、一言は本当に私にとって心に染みて
    こんな大人になりたいと
    はじめて心から思える出会いでした



    その人にひかれてその企業にエントリー
    しかし書類で落選…
    今思えばとても抽象的なエントリーシートになってしまったのが原因ですが
    その時は何度も何度も見直しをして書きあげた力作だったんで
    とことん落ち込みました


    ある日、面接がいくつか重なる日がありました
    面接のたびに、自分の言っていることが分からなくなり…

    その日を境にそれまで順調だった面接でもことごとく落ちるようになりました

    ユーザーID:6796844524

  • 就職活動にて part4

    自分の力の無さに涙を流すばかり…



    それでも4月の初めに
    内定をもらえた企業がありました
    会う人、会う人素晴らしい人ばかりで
    この会社が私の勤めるべき会社なのだろうと
    半ば無理やりその企業に決めようと思っていました

    その旨をAさんに伝えるため電話をしました

    「それでいいのか」と…

    本当にいい人ばかり
    でも自分がやりたい仕事なのかという点では
    ずっと気がかりがあったのは事実
    目の前の苦しみから逃げたいがために
    就職を決めようとしていたことに
    Aさんの電話を受けて
    気づかされました



    完全に力尽きていた私は
    その後就職活動をストップしました
    どうしても次の部活の試合で後悔をしたくないこと
    このまま就活を引っ張って
    教育実習に影響を与えたくないこと
    新入生勧誘活動

    …結局は逃げただけです

    Aさんには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが
    その時の私にはその日々が本当に耐えがたいものでした



    内定を頂いた企業の方に直接お会いして
    すいませんとお詫びし、私の就活はひとまず終えました

    ユーザーID:6796844524

  • 就職活動にて part5

    それから教育実習、大学院入試(就活をあきらめていたので…)
    人との出会い、自分の生活の変化
    いろいろな要因から
    ようやく自分ってどういう人間なのか
    何をしたいのかが見えてきました

    何物にも追われることなく
    自分と向き合う時間が取れたことが要因だと思います
    Aさんも「行き詰ったら空を見上げてごらん」
    と言っていました
    (とってもくさいセリフですが私にとっては大切な一言です)


    いまさらですが一つだけ選考を受けています
    後悔はしたくないから
    それが今私に出来ること…
    私がAさんに恩返しとなる行動だと信じて…



    長々とすいませんでした

    ユーザーID:6796844524

  • 新米母の頃、通りすがりのお婆さんに

    息子が3歳の頃です。
    言葉が出ず、そして園でも一番の泣き虫でした。トイレもうまく出来ず、「できない事ばかり」の息子。
    周囲から病気ではないか?と言われ、苦しい毎日でした。当時の私は、良い母であろうと頑張っていましたが、いつも「皆と違う我が子」に対する不安がありました。

    ある日、駅で一人のお婆さんが息子に
    「こんにちは。」と声をかけてきました。
    息子は、だまってそのお婆さんを見ています。
    「ごめんなさい。まだ言葉が話せなくて。」
    と私が言うと
    「まだ小さいものね。」と笑顔で答えてくださいました。
    そして、息子をまじまじと見て、
    「この子は、いい目をしているわ。こういう子はしっかり育つわよ。」
    と言ってくださいました。
    歳を重ねた方に、キッパリとした口調でそんな風に言われて、不思議と私の心に安堵感が満ち思わず涙がこぼれました。
    以来、少しだけリラックスした子育てができました。

    息子今は12歳。
    小学校卒業時に、先生が息子を表す言葉として色紙に書いてくださったのは、「質実剛健」。

    お婆さん。お陰さまで息子は真っ直ぐに育っています。ありがとう。

    ユーザーID:2641840324

  • 海猿

    みみずくさん トピックを再生して下さって有難うございます。
    最近、このトピックを見て追いかけて読んでいってます。
    皆さん心温まるストーリーの数々、じんわり優しい気持ちになります。

    今日、妹と海猿を見にいってました。
    私にも10年以上前にお互い結婚を考えてお付き合いしている人がいましたが、上手くいかず、
    最後はお互い向き合う事も出来なくなって、話し合う事もなく別れる結果になってしまいました。
    要は逃げたのです。

    今日、海猿の伊藤英明のセリフでバディの男の子が、海保になったのは望んだ訳ではなく、
    前職から逃げた結果というシーンがあって、その時の伊藤英明のセリフで
    『逃げたのではなく、自分に合う仕事を探してたんだ。』と、

    ふと、自分の以前の恋愛を思い出しました。
    『逃げたのではなく、自分に合う人を探してたんだ』

    逃げた事に対して、トラウマになっていた私は救われた一言になりました。

    ユーザーID:0757018585

  • 居場所をいただいた言葉

    今の職場に配置されて一ヶ月目の頃のことです。

    新しい仕事を覚えるために、研修続きの毎日でした。

    久しぶりに出勤し
    用事があって隣の部署に行ったところ
    イスを勧められて、ゆっくりしていくように言われました。

    戸惑う私に向かって
    同僚「だって、ずっと居なかったじゃないか」

    異動が多く、すぐに顔ぶれが変わる職場で
    思いがけず見ていてくれている人がいる事にビックリ。

    その時、ここが私の居場所だって言われたような気がしました。

    この一言で、新しい環境でも頑張ろうと思いました。

    ユーザーID:7860924040

  • この子に幸運がありますように!

    夫の仕事の駐在でイギリスにいたころ。

    現地の病院で初めての出産した子が、なかなか乳児湿疹が
    治らないと悩みつつ、ある日離乳食を食べさせたら、顔が
    みるみる水ぶくれ。

    即時性の食物アレルギーでした。

    母乳だから、私も子供も、気の抜けない食事管理。

    日本と全然違う病院事情。アポに少しでも遅れれば
    キャンセルされてしまう。
    難しい症状を英語で説明するもどかしさ。

    まるで真っ暗闇のトンネルをひたすら歩いているかのような
    時代でした。

    ある日

    夫が子どもを抱っこひもで抱っこして、3人で地下鉄に
    乗っていると、気のよさそうなおじさんがにこにこして
    寄ってきて、

    「いい子だね!この子に幸運がありますように!」

    って、1ポンドくれました。

    湿疹で真っ赤な顔の赤ちゃんだったのに。

    その子も今は小学生。湿疹もアレルギーも治って、今は
    ミルクティーとオムライスが大好物。
    昔は食べられることさえ想像できなかったのにね。

    その1ポンドはアルバムにファイルして、大切に取ってあります。

    ユーザーID:1424637306

  • 父の言葉

    数年前、仕事の人間関係で悩んでいた時のこと。

    年齢も近い女性ばかりの職場の中で1人、陰で同僚に嫌がらせをする人がいました。
    何人も被害を受けた人はいましたが、ついに私が標的になり、1ヶ月にわたる嫌がらせの後
    体を壊し普通に仕事を続けるのは難しいと病院でいわれた頃でした。
    それでもその同僚に何も言えないでいた私に対して

    電話で父親が
    「おい、大丈夫か?大丈夫じゃないんだろ?今のお前は言いたいことも言えないでいて不健康だ。
     これからのお前の人生をかけて言いたいことを言ってやれ。言いたいことを言って会社に居づらくなったら辞めればいい。
     俺だってまだお前を1年ぐらい面倒見てやれる。勇気を出してみろ。」
    と言ってくれました。
     
    30代の私を面倒見てもいいと言い切ってくれた潔さと、今の1つの問題ではなく
    この先の私の人生を心配してくれた父の言葉に感謝の涙があふれてとまりませんでした。
     
    あの時のお父さんの言葉が本当にうれしかった。ありがとう。

    ユーザーID:2594644133

  • 絶対に大丈夫だから

    2年前のことです。情けなくも、申し訳ない話なのですが当時の私は既婚男性と不倫をしていました。当時24歳、あってはいけない恋愛でしたが、大好きになった人でした。が、ある夜、赤ちゃんができたとのことで突然別れを告げられました。ショック過ぎて涙も出ず一睡もできない夜を過ごしました。
    年末の忙しい時期だったので、仕事に行った方が意識が紛れるだろうと、翌日はいつもより早い時間に出社しました。すると、いつも朝早くからきている同じフロアの女性が「おはよ〜!今日は早いね〜!いい天気だもんね!」と、明らかに様子がおかしい私にいつも通り声をかけてくれました。一晩泣くこともできず、潰されそうな気持ちだった私は、その人の笑顔にその場で泣き崩れてしまいました。
    詳細こそ話はしませんでしたが、失恋をした。とだけ伝えると「辛いのによく会社に来たね!えらいね〜!大丈夫!大丈夫!絶対に大丈夫だから!」と大丈夫をすっごい連呼してくれました 笑 あの時は泣くことしかできなかった私ですが、2年経った今、新しい失恋をし今日を生きています 今もまた辛いけど、あの時「大丈夫!」が今の私を勇気付けています。Sさんありがとう◎

    ユーザーID:4685381892

  • こんな事だから

    何をしても失敗ばかりで、できないできない、ないない尽くし、ない尽くし〜の私。親からもそう言われ続けて生きてきましたが、事実その通りだから反論のしようもない。

    10年前の事ですが、彼氏の家でブルックスのコーヒーを淹れようとしましたが、お湯で溶かすだけのインスタントコーヒーしか淹れた事ない私はやり方がわからず、やはり失敗して粉を撒き散らしてしまいました。
    こんな事しょっちゅうなんですが、毎回ダメージなんです。

    「コーヒー淹れるだけの、この程度の事も出来ないなんて…」
    と思わずつぶやいたら

    「この程度の事なんだから、別にできなくたっていいんだよ」
    と言いながら、私が撒き散らした粉を鼻歌交じりに片付けて、自分でコーヒー淹れてました。

    いつも「こんな事も出来ないなんて!」と20年間怒られ、矯正しようとされ続けてた私にとっては衝撃の言葉で、感動のあまり立ち尽くしてしまいました。
    心をずっと締め付けてた鎖が取れたようでした。


    でも言った本人は今、その言葉、全然覚えてません(笑)

    でもそれがまたうれしい。自然体で出てきた言葉なんだなって思うから。

    ユーザーID:0533388962

  • あなたのおとしまえは私がつけるから!

    今から5年以上前のクリスマスイブ。当時の夫との離婚を考え、女性の弁護士の先生の事務所を訪ねました。その道すがら、幸せそうなカップルを見ては、自分が情けなく、孤独で、辛い気持ちになるばかりでした。

    調停の対応をお願いすると、先生は、「あなたのプライベートのおとしまえは私がつけるから、任せなさい。あなたは、自分の仕事に全力をあげるのよ!」と声をかけてくれました。

    離婚問題がいつも頭から離れず、自分の仕事だけでなく、何事にも集中できなくなっていた私は、その時、ハッと目が覚めました。ビジネスとは言え、全力で私の味方になり、私のために闘ってくれるという人と出逢えたことで、人生が救われたように感じました。

    その後、弁護士の先生のおかけで、離婚は成立。仕事も続けつつ、憧れていた資格試験にも挑戦し、パスしました。ようやく新たなパートナーともめぐりあい、近く再婚の予定です。

    「女前」の弁護士の先生への感謝の気持ち、いつも忘れたことがありません。いつか私も、「あなたの失敗は私がおとしまえつけるから、任せなさい」と困っている人に言ってあげられる、器の大きな女性になりたいです。

    ユーザーID:2843621860

  • 初めての妊娠

    もしや、妊娠かもと気付いて初めて産婦人科へ行った時のこと。結婚を約束していた彼との間に出来た子供。嬉しくないわけはありません。でも、沢山の人に反対されるかも、生活どうしようか、と不安だらけでした。尿検査は陽性。でも週数が早いためか、エコーでははっきりわからない…。ドクターから「妊娠していますよ」と言われても「はい…」としか返せなかった。「来週もう一度いらっしゃい。その時にエコーしましょう。赤ちゃんの袋がはっきり見えることを祈っています。」と言って下さいました。その時に「母である私が、この子の存在を喜ばなくてどうするんだ」と気付かされたような気持ちになりました。そこでは分娩はできなかったので違う産院で出産しましたが、あの時からいろんな覚悟が出来たような気がしています。息子も十歳になりました。寡黙な男の先生でしたが、あの時のM先生ありがとうございました。

    ユーザーID:0621633474

  • 子供の予防接種で

    小児科の先生と対面し、注射とわかった息子は泣くでもなく
    看護師さんに抑えられた腕を引き、身体をよじり
    すごい力で必死に抵抗を始めました。
    なだめてもきつめに言っても観念せず
    何度抑えても体が動いてしまいなかなか注射ができずにいました。

    先生は笑いながら冗談ぽく
    「あらら、ボクはずいぶん頑固だねぇ。誰に似たんだろうねぇ。」と言い
    私は遠慮がちに
    「すみません・・・たぶん私に似たんです・・・」と答えました。

    先生はちょっと驚いて
    「そうか、ボクはママに似たのか!それはいい!
     こういうときパパやジジババと言う人が多いけど自分に似たというお母さんは珍しいね。
     ボクは素敵なママを持ったね。」と。

    こんなことで褒めてもらえるなんて、ウルウルしてしまいました。

    ユーザーID:2007408222

  • 交通事故で

    七年前。産休後の職場復帰を目前に、希望とは全く違う部署に配属されたと聞きました。余りのショックでどん底の気持ちのまま、車で保育園までお迎えに行きました。その道中車線変更しようとして若い男性の車に軽く接触して事故を起こしてしまいました。
    私の車の保険の担当は女性の方でしたがその男性の父親が「うちは全く悪くない、女では話しにならない」と交渉を突っぱねなかなか解決できませんでした。毎日悶々と過ごしていましたが、ある日保険の方から「私では交渉できないので担当を変わることになりました。」と電話を下さいました。申し訳なさで謝り続けていた私に「あまり気にしてはいけませんよ。向こうにも少なからず責任はあります。たまたま相手が悪かったのです。こんな事はそうそうありません。毎日運転するのだから、気持ちを切り替えてこれから安全運転をすれば良いのです。」と言って下さいました。
    受話器を握りしめながら号泣しました。なんとかなる、大丈夫、と言われるより穏やかに諭すように話して下さったことにもものすごく救われました。今でもその言葉を胸に、安全運転を心がけています。本当に感謝しています。

    ユーザーID:0621633474

  • おまえどこから来たよ。

    昔々、インターネット一般化の始まりの頃のはなし。
    地方の大学生活で行き詰まり、今で言うひきこもりになっていました。某BBSのこの投稿が僕の心に文字通り突き刺さり、現実に戻ることが出来ました。
    少し長いですが引用。憶えてる人居たらいいなあ。

    おまえどこから来たよ?そこに何があったよ?どうしてここに来たよ?お前いつまでここにいるよ?ここに居てどうするよ?お前にとってぁゃιぃとはなによ?お前いつまで休んでいるよ?お前いつになれば歩き出すよ?お前いつまで夢見ているよ?お前の世界は美しいかよ?お前の心に光はあるかよ?お前の心に不安はあるかよ?お前の心に歩き出す勇気はあるかよ?お前ここに居て何を見出したよ?お前それをこれからの糧にできるかよ?お前今まで走って来たかよ?お前急ぎすぎていなかったかよ?お前疲れたかよ?だから休んでいるかよ?お前そろそろ歩き出さないかよ?お前ゆっくり歩き出さないかよ?お前それともまた走るのかよ?お前自分で選べよ。お前それでも生きていかざるを得ないよ。そしてお前はどこへ行くよ?お前自分で決めていけよ

    あれからずいぶん経ち、今は懸命に生きています。

    ユーザーID:8413728957

  • イツモ ホントニ キレイダネ

    海外で暮らしている40代です。
    時々行く中華系のレストランのおじさんは私を見るとにっこり笑って片言の日本語でこう言います。

    「イツモホントニキレイダネ」

    「いつもほんとに綺麗だね」

    きっと意味はわかっていないのだと思います。
    何かの挨拶ぐらいに考えているのでしょう。
    でも私はこの言葉にどんなに励まされていることか。
    疲れているときも、落ち込んでいるときも、
    必ず綺麗だと言ってくれるおじさん。ありがとう。
    そしてこの言葉をおじさんに教えてくれた誰かさん、ありがとう。
    女を元気にする素敵な言葉です。

    ユーザーID:1979859001

  • 通りすがり30年の方に

    30年前、まだ子供が一人の時に、現住所に越してきました。
    時々通り過ぎるその女性は、目玉がぎょろっとして、お姑さま年代のいかつい、怖い感じの方でした。
    最初は挨拶も返してくれませんでした。
    新築の家とまだ若かった私をじろじろ見て、ぷいっと立ち去りました。

    何年か経ってやっと会釈だけはしてくださるようになりました。
    立ち話もあまりしたことがなく、我が家の前をただ寡黙に通り過ぎるだけの方でした。
    余所者が嫌いなんだな、と感じました。一度何かゴミのことで文句を言われたことがあります。その方の家の前まで捨てに来るな、と言うことでしたが、それは集積所がそこなので仕方ないことでした。地区長さんに間に入っていただいて事なきを得ました。

    先日、家の前の道路を掃いていたら、その方が突然、話しかけてきました。
    思わずたじろぐと、以外にもこう言われました。
    「ずっと見ていたよ。細い身体でよくがんばったね。四人育てたじゃないの、えらいえらい」
    そして、飄々と立ち去られました。
    誰にほめられるより嬉しかったです。
    涙がばあっと出ました。

    ユーザーID:4054528990

  • 見ていてくれた

    職場にて。
    対立関係にある女性からあることないこと言いふらされ、
    それでも私は耐えて黙々と働いていました。
    その女性は同僚、特に男性職員に媚びるのが非常に上手く、
    仕事中もお喋りばかりでまともに手も動かさないのに、
    私の仕事(激務)に難癖ばかりつけて、上司にあること無いこと
    告げ口し、孤立させられていました。
    それは孤独で、辛い日々でした。

    その女性の上司が退職することとなりましたが、
    退職の日、宴会の席でその上司がそっと私に近寄り、
    『はっぱさんは人の2倍頑張って働いているね』と言って
    ビールを注いでくださいました。

    あの女性の上司でありながら、それでも私の努力をそっと
    見守っていてくれたんだな、と思うと嬉しくて、
    今でも思い出すたび涙と勇気が溢れてきます。

    今も、「私は何か間違えているんだろうか・・・?」と思い悩む
    事もしばしばですが、あの日の言葉をかみ締めて、
    少しでも、自分を信じてあげるよう、心がけています。

    ユーザーID:0575730094

  • クリスマス

    高校2年生の頃のお話です。私の両親は厳格で、アルバイトは禁止!だったのですが、唯一、郵便局の年賀状仕分けの仕事にはお許しが出ました。
    いつもは、郵便局までは30分近くかけて自転車通勤でしたが、クリスマス・イヴのその日は朝から生憎の雨。バスで行くことに。
    仕事が終わる頃、雨は雪になりました。片思いの恋も実らず、何の予定も無く、そして職場に傘を忘れ…、取りに行く気力も無く、雪の中、バスを待ちました。
    ふっと、頭や肩に落ちる雪が止んだ…と思ったら、いつの間にか隣にいた30歳前後の女性が、私に傘をさし掛けていました。びっくりして、「…えっ?」と声が出て。その女性はニコッと笑って、「クリスマスに風邪なんかもらっちゃダメだよー。ほら、この傘大きいでしょ?二人でも大丈夫。」
    なんだかんだ言ってもまだまだ子供だった私…、何だかすごく嬉しくて、安心しちゃって。

    バスが来て、私が乗り込むと、彼女は笑って「じゃあねっ。」
    そう、彼女はバスを待っていたわけではなく、雪の中ぼんやりとバスを待っていた私の為にいてくれたんです。

    あの日出会った貴女に、心からのありがとうを伝えたいです。

    ユーザーID:3619775976

  • 母の代わりに聞いてくれた

    父が亡くなって17年後、母も同じ病気で亡くなりました。
    私は人生に無常を感じて大手上場会社の安定していた仕事を辞めました。
    のほほんと仕事をしてそして定年を迎えて終には死んで行く事が虚しくなったのです。

    小学校時代の恩師に会社を辞めたことを伝えました。そしてこの先保証は無いけれど、自分で事業を始めることを話したところ、

    「私がお母さんの代わりにしっかり聞きました。頑張ってください。」と言って下さいました。

    私はこの恩師のお陰で今まで一人前のような顔をして生きて来ましたが、この時も心底励まされました。なんで会社を辞めたのか、とか、事業始めて生活できるあてはあるのかとか、訊かれると思っていたら、そういう事は一切訊かれず、亡くなった母の代わりに応援するよって言ってくれたのです。

    その恩師もそれから一年後に亡くなってしまいました。

    もう、私を励ましたり叱ってくれる人は居なくなってしまったけれど、頑張らなければと生きています。

    ユーザーID:6334942192

  • こんな大人になりたい

    数々の皆さんのエピソードを読んで,目頭があつくなりっぱなしです。
    私もひとつ披露したいエピソードがあります。

    小学生のとき,通っていた学習塾の先生との何気ない会話のなかでのことでした。

    先生「犬飼ってるんだって? 種類は?」
    私「…雑種です」
    先生「いいね!世界に一匹しかいない犬だね!僕は雑種が一番好きだよ」

    そのころ捨てられていた犬を飼い始めていて,犬種は雑種です。私は飼い犬が雑種であるということをあまり言いたくありませんでした。
    その当時,「種類は?」と聞かれ,雑種だと答えると,「ふーん」「あ,そう」など,急に興味を失ったような返答が返ってくることが多く,幼い私はそれにいちいち傷ついていたのです。

    でも,先生のその一言で,救われました。
    同時にそんなふうに考えていた自分が恥ずかしく,飼い犬に申し訳ない気持ちになり,反省しました。

    今でも飼い犬の話になると,必ず犬種を聞かれますが,堂々と「雑種です!世界で一匹の犬です」と答えます。
    こんな考え方を教えてくれた先生に感謝するとともに,こんな大人になりたいなと今でも思います。

    ユーザーID:8076823267

  • 娘からのひとこと 

    ほんの数年前の話
    お兄ちゃんたちが 巣立っていきました。
    そして 一人残った娘とは お互い嫌いで けんかばっかり。
    家に寄り付かないこともしばしばでした。
    修羅場も 取っ組み合いの大喧嘩もいっぱいしました。
    たぶん もうこいつとは一緒にいたくないと思ってたはずです。

    すべてのことが うまくいかなくて
    自分が誰からも愛されていない と思ったので
    消えてしまおうと決心しました。

    でも 猫たちがいたので 
    すぐにはできないなぁと思っていました。

    そのうち娘が ちゃんと アパート借りて自立
    最近では買い物に行ったり 
    ふたりで 姉妹のような話ができるようになって
    少しずつ 溶けていく二人のわだかまり

    そして うちの娘から電話。

    『おかん うち かけもちで 仕事するから
    もし おかんが なんかしてもらいたいって思ったら
    いつでも援助するけん。』

    そんなこと いわなくてもいいよ
    あんたが しっかり生活していければそれでいい
    おかんは なんもいらんし
    おかんのことは 心配しなくてもいいから。

    嬉しかったよ ありがとう…

    ユーザーID:2509340624

  • このトピは涙がとまりませんね

    私も 人の言葉に助けられた事があります。
    一つ目は、高校卒業をして 県外で就職をし、不安や恋愛の悩み等で 5年目にして 退職をしました。その時は その場から 逃げたくて 退職しようと決めました。その時に、クロミはがんばり屋さんだから どんな事があっても 大丈夫だよ。いつも元気で 太陽みたいな人でしたね。と言われた時は 涙がとまらず ありがとうございました。と お礼を言うのが精一杯でした。県外で 寂しくもあり 不安でもあった5年間が ここに来て良かったと思えました。
    二つ目は、20代前半の恋愛で、自宅には、あまり帰らず、極力 家族と合わないように 時間をずらした生活えした。 その当時は 彼氏に嫌われたくなかったので 彼氏の言うことを聞いてました。 母親共 仲が悪く 自分でも このままでは いけないと思いながらも 彼氏について行ってました。正直 家では一人でした。(自分でまいた種ですが)
    ある日 兄と2人になった時に、突然「お前が(クロミ)何かあった時は 俺は絶対に 彼氏を許さんからな、お前が泣くことがあったら 俺は助けてやるからな」っと言われました。すごく嬉しかったです。

    ユーザーID:6360860783

  • 二人で楽しめるわね

    小町でもよく言われていますが、
    結婚1〜2年目は
    「お子さんは?」と聞かれる機会が多かったです。
    私の精神的なことから子供は諦めようか、それとも治療をしようかと考えていた事もあり、
    挨拶代わりとわかっていても辛い質問でした。
    そんな時、
    夫が十年以上付き合いのあるバイク屋さんに行くと言うのでついていき、
    結婚したんです、と私を紹介してもらいました。
    そこの奥様に
    「お子さんはいらっしゃるの?」と聞かれ、夫が「いません」と答えると、
    「あらあ、じゃあ二人で色々楽しめるわね」
    と言われました。
    結婚したら子を産むのが当然、
    という考えに苦しんでいたので、
    夫婦二人でいることを肯定された気がして、涙がでるほどホッとしました。
    それから7年、今でも夫婦二人で仲良く暮らしています。
    あの言葉がなければ、今も子を産まないことに罪悪感を持っていたかもしれません。
    奥様、ありがとうございます。

    ユーザーID:9540566953

  • 嬉しいです

    こんな温まるトピ。
    昔、10代の時に言われた上司の一言。
    人生というのは楽しいと感じるのは一瞬で辛いや悲しいことのほうが沢山感じるんだよ。
    でも、辛い時に何くそで楽しいこと考えて過ごすほうがステキじゃない?
    心や感じ方は自分にプラスに考えれば幸せがおとづれるもんだよ。

    違う上司にには、嫌なことがあっても自分が正しければそれでよし、相手が理不尽なことしてきたり言われたりしても気にせず手が震えるぐらい嫌なことがあっても踏ん張り女優のように何事もなく振舞える様になれれば強くなれるから、逃げ出さす女優のように演技して乗り切れ。


    ケチつけたり意地悪されたり嫌がらせされたりしても同じ様に自分もしてしまっったら自分も相手と同じ嫌なやつになるから、同じ土俵には立つなよ、賢くなれ。

    と、私の上司はいろいろ教えてもらいました。
    私は、上司に恵まれてよかったなと思います。
    もし、この方たちに出会っていなければ私はぼろぼろだったし幸せになれなかったかもです。
    ありがとう。今でも尊敬してます。
    35歳なった今でも実践中です!!!

    ユーザーID:0268037745

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