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発言小町

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他人の何気ない一言に助けられた<2>

みみずく
2010年5月7日 11:40
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レス数:302本

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました。
タイトル 投稿者 更新時間
世界一!
katomoko
2010年5月18日 21:50

私ももう一つご披露させてください。

私は父が転勤族で、
2年おきに転校を続けてきたので、
同級生や先生の記憶はあまりありません。
でも一人だけはっきりと覚えている小学校の先生が居ます。

この先生の口癖が「君達は世界一素晴らしい!!」でした。

子供心にも「先生って大げさ」とはわかっていても、
褒められれば嬉しいものです。

先生に褒めてもらえるのが嬉しくて。
進んでいろいろな事をやりました。

仲の良い女子で相談して、
日直の腕章をちくちく手縫いで作ってきた時には
先生が大きく手を広げて
「君達は本当に素晴らしい!世界一だね!!」と
褒めてくれました。

皆ほほを染めて喜んでいました。
今でも昨日の事のように覚えています。

私が教員免許を取ったのも、
教師の端くれを務めているのも、
先生みたいになりたかったからです。
私も子ども達に「世界一!」と
言葉をかけてあげたかったからです。

こんな風に先生の気持ちがどんどん広がって、
皆を幸せにしていくような気がします。

きっとこのトピと一緒ですね

ユーザーID:0194755977
突然の電話に
Az
2010年5月20日 16:38

親元を離れ、他県の大学に進学して半年あまり経った二十歳の頃。
環境や大学に馴染めず、何をやっているんだろう、今までの自分は何だったのだろう、と毎日悩む日々でした。
地元に帰りたい、もう一度やり直したい、今の自分はダメな自分、と否定的になっていました。
進学を支援してくれている親にはなかなか気持ちを言い出せず、何の拍子だったか、ふと思いつき、
慕っていた地元のピアノの先生に思い切って電話をかけたのでした。
電話に出たのは先生の旦那さんでした。
突然の私からの電話に、
「おう、Azか!元気か?久しぶりじゃないか!」
そして、何かを察したのでしょうか、
「Az、俺はお前が大好きだ!大好きだからな!」
まだ何も話していないのに、何度も力強くそう言われ、思わず笑ってしまいました。
と同時に涙がぽろぽろと溢れ出し、悟られないように話すのがやっとでした。
良いことも悪いことも、すべてを包み込んでもらえたような、そんな不思議な言葉でした。
もっと自分を好きになろう、がんばろう、素直にそう思いました。

その後、無事大学を卒業し、自分を生かせる職に就き、今は元気に働いています。

ユーザーID:8096577681
父の言葉
りぃ
2010年5月20日 20:16

(文字数がオーバーしてしまうので、2回に分けさせていただきました。)

海外の大学に留学中です。

約12年前の9歳のとき、母を亡くしました。
高校2年で留学を考え始め、思い切って父に相談しました。
普段からすごく優しい父ですが、止められるだろうな…と思っていましたが、父の返事はただ一言「うん。頑張れ」とこっちが拍子抜けしてしまうような返事でした。

高校は卒業生のほとんどが大学に進学する進学校といわれるところでしたが、少しでも留学費用の足しにするために、卒業後1年間フリーターとして働いてそれから留学するつもりだと3年生になってすぐ当時の担任に伝えました。

私のフリーター宣言は問題視されてしまったようで、すぐに親を交えた進路面談が組まれてしまいました。

ユーザーID:7704540832
父の言葉 (続きです)
りぃ
2010年5月20日 20:17

学年主任と進路指導の先生、担任と父と私の5人で
先生方は私の留学を止めるのに必死でした。
「お父様からもご説得お願いします」と学年主任に言われた父が、

「10年ほど前に妻を亡くしました。それから娘には我慢やつらい想いをたくさんさせてきてしまったと思っています。
娘がこれほど強い意志を持って私にお願いをしてきたのは初めてです。
親として全力でサポートしてやりたいと思っています。
娘をとめるつもりはありません。」とキッパリ言ってくれました。

我慢なんてしてないよ…と思いつつも、こんな風に思ってくれてたんだ…と父の優しさに直に触れた気がして、涙が止まりませんでした。
今でも思い出すと目頭が熱くなります。

今一人で家に住んでいる父を思うとなんとも切なくなりますが、
父に恩返しするためにも、ちゃんと立派に卒業して胸を張って帰国したいと思います。

お父さんの娘でよかったよ。大好き。

ユーザーID:7704540832
小6の時の担任に言われたこと
酷い子供でした
2010年5月21日 8:05

小6の時、4年間闘病生活をしていた父が亡くなりました。
入院した時から半年の命だと言われ、4年ももったのが奇跡だったと、成人してから聞きました。

私は父があまり好きではなく、本心からではなくても「死んでいいよ」と思っていました。

ある日、授業中に伯父が来て、父が危篤だと知らせてくれ、病院に向かいました。
車の中では、「ごめんなさい。お父さんを連れて行かないで」とずっと思っていました。
病院についても、父の病室には怖くて入れず、待合室でもずっと謝っていました。
そして、本当に死んでしまった。私は自分のせいだと思いました。

父の葬儀も終わり、学校に登校した日の放課後、担任の先生から
「神様がOO(私)はもう一人前だと思ったから、お父さんを連れて行ったんだよ。」
と言われ、救われました。

それから私は、神様を裏切ることは出来ないと、まず母を思いやるようになりました。

今でも父に対して申し訳ないという気持ちはありますが、あの時、担任の先生の言葉がなかったら、私はきっと前向きにもなれなかったし、自分を責め続けていたと思います。

N先生、ありがとう。

ユーザーID:5764772681
バイト先の人事部長に
酷い子供でした
2010年5月21日 8:53

2度目の投稿です。

父が亡くなってから、私は本当にいろんな人に助けられてると思います。
そのもう一つのエピソードです。

ひとり親家庭なので、「お小遣いは自分で」と、高校時代はバイトをしていました。
私は勉強嫌いで成績は悪く、さらに見た目も残念な子でした。
学校で、軽くいじめも受けていて、ネガティブになっている時期でした。
就職試験前、バイトを辞める最終日、バイト先の人事部長から、

「試験は面接あるんだっけ?それならOO(私)は絶対受かるよ。もし落ちたら人事の見る目がないんだ。もし落ちたらうちに来いよ。やりたい仕事もやらせてやる。だから頑張ってこい!」

と言われました。

こんな私でもいいと言ってくれる人がいるんだ、しかも人事部長に言われたと、嬉しくなりました。
部長の言うとおり、私は希望した会社に入社することが出来、6年間、人に恵まれた環境で充実した日々を送ることが出来、人生のパートナーも見つけました。

自分が卑屈にならず、こうやって今、母として妻としていられるのも、根底にあの言葉があったからだと思っています。

ユーザーID:5764772681
助けたかも
ぴん
2010年5月21日 9:21

赤ちゃん育て中、バス停のベンチでおばあちゃんと隣になりました。
そのおばあちゃんと何でもない話をしているとき、膝の上の娘の手がおばあちゃんの手に触れたので、そのまま「握手」ってちょっと手をつなぎました。
そしたらおばあちゃん、涙を流して喜んでくれたんです。

どんな事情の方か全然わかりませんが、赤ちゃんのホワホワの手にふれて、
何かうれしく思ってくれたんだと思います。
赤ちゃん育て中はできないこと一杯で、幸せだけど他人の役に立つような喜びはない毎日だったので、私もとてもうれしかったです。

「何気ないことで他人を助けることがある」と知った日でした。

ユーザーID:8426799072
ネット友人から
癒された人
2010年5月21日 10:09

数年前、今思えば鬱病だったんだと思います。
夫の借金返済、家事・育児・仕事・長男のような夫の世話疲れ・・・と、いろんなものを抱え込んでいました。

そんな時、ネットで知り合った友達。
ネットだから素直になれるのもあるのだろうけど、ケンカをしても、

「嫌いにならないから、きちんと話しをしよう」

と、どんな時でも優しく、私と話をしてくれました。
ケンカをすると黙り込む夫には、嫌われるのが怖く、言いたいことも言えずに溜め込んでいました。
そんな私には、本当に救われる言葉でした。

私が私に戻るまで、3年はかかったと思います。
ある日、心が晴れて、彼はずっとカウンセラーだったんだと気づきました。

会ったことも、声を聞いたこともありませんが、今でも大切な友達です。

ユーザーID:3603831255
アメリカのディズニーワールドで
そうき
2010年5月21日 14:16

大変感動的な話ばかりで楽しく読んでおります。

昔、フロリダにあるディズニーワールドに遊びにいったときのこと。ディナーに行く前にパスポートを部屋に置き忘れたのに気づきました。アルコールの出る場だったので、連れを置き一人で慌ててホテルに戻りました。

すぐにバス停に戻って待つも、時刻表の時間を過ぎてもバスは全く来ず・・・。周りは楽しそうなファミリーばかりの中で、連れも同じく一人で待っていることを思うと例えディズニーでも海外ですから急に不安になってきて、うつむいてバスを待っていました。

そこにホテルの方が通りすがり、「気分が悪いのですか?大丈夫ですか?」と。簡単に事情を説明すると「I'm so sorry」とバスが遅れていることを心から謝ってくれ「バスは絶対にすぐに来ますよ!」と笑顔で言って貰いました。彼に声をかけてくれてありがとう、と言いちょっと気が楽になって顔を見上げた瞬間・・・バスが来たのです。

バスが来るのもスケジュールとはいえ、一番嬉しかったのはその方の心遣いと謝ってくれたこと。とても嬉しい気持ちになりました。

ユーザーID:7223961247
私立中学校で教員をしていました。1/2
社会科
2010年5月21日 15:11

ある時、あるクラスの中心的存在の女子生徒が、しばらく元気がないことに気がつきました。担任によると、友達同士のトラブルで落ち込んでいる、とのことでした。そこでノートを集めた時、最近笑顔が見られなくてさみしい、というようなコメントをつけて返却しました。

またその後、急にテストの成績が落ちた男子生徒がいて、担任に、彼は家庭の経済的な事情で、もうすぐ公立に転校しなければならないと聞きました。優秀な子だったので、テスト用紙に、君ならどこへ行っても大丈夫、とコメントをつけて返却しました。
すると、数日後彼と廊下ですれ違った時に、「偽善はやめてください」と言われてしまいました。

ユーザーID:1387761581
私立中学校で教員をしていました。2/2
社会科
2010年5月21日 15:13

・・・私が、辛い状況にいる生徒に何か声をかけたいと思うのは、確かに偽善・自己満足で、実はさらに傷つけているのかも、、と考えました。それからコメントをつけることをやめてしまいました。

それから10年ほどたった今、このトピックで、

中学生のころ、自分のせいでクラスメートに嫌われてしまった時、提出していたノートに「いつもの笑顔はどこにいきましたか?」と書かれていて本当に嬉しかった。

というレスを見つけました。私のことではないとは思いますが、とても嬉しく拝読しました。

ユーザーID:1387761581
5月7日のとんさんへ
mama
2010年5月21日 15:48

横ですみません。とんさんのレスを読ませていただいて、昔のことを思い出しました。神様に助けられたような顔でお礼を言われたことを。埼玉の大宮駅で、小走り状態の男性が歩いている私を追い抜きました。男性は、ズボンのポケットからハンカチをとりだすと、ハラリと長方形の紙を落としました。何かのメモかな?と拾い上げると遠距離切符です。猛ダッシュで追いかけました。彼はハンカチで顔を拭きながら早足なので、私も必死でした。その男性もとんさんのように、覚えていてくれているのかな、と何だかとても嬉しくなりました。ありがとう!!

ユーザーID:2418554484
受験生の私へ
2010年5月21日 19:29

いよいよ大学入試が始まる前夜、眠れなくて夜中に起き出しました。
暗いリビングのソファの隅で丸まっていたら、だんだん心細くなってきて、しばらくメソメソと泣いていました。

するとそこへ父が通りかかり、私に気づくと、
「まあ〜どこかに受かればいいね。どこに入学することになっても、パパはね、Eちゃんが入学する大学が世界で一番いい大学だと思うよ。」
と言いました。それから私はぐっすり眠ることができました。

後年色々あって、私はどうしても父を受け入れることができなくなってしまい、今は疎遠にしているのですが、この時の父の言葉を思い出すと、父を許せたらどんなにいいだろう、どうして私は父が許せないのか、、苦しくなります。。

ユーザーID:8678849227
横なのですが、気になって…
おじゃま虫
2010年5月21日 21:11

英語のI'm sorryとか I'm so sorryは、謝るときばかりでなく“お気の毒です、残念です”という意味もあります。投稿された中のいくつかの話は謝ったでなく、心を寄り添わせた相手の言葉だと思います。
相手を思いやる言葉の一つですなのが、なんとなく気になっていたので…失礼します。

私の話も一つ。異国に嫁いで子供を出産したとき、赤ちゃんが吸う力にミルクの量が伴わず、乳首が割れてしまい授乳する度に、飛び上がるほどの痛さでした。手伝いに来てくれていた義母に“痛かったら母乳でなくても良いんじゃない?”と言われたとき、あ〜そういう選択でも良いんだと思い、かえって母乳で頑張る事ができました。

ユーザーID:9603724109
普段は口数の少ない父が
DV被害者
2010年5月21日 22:45

1人日本を飛び出して、海外で結婚生活を送っていました。
元夫は働かず、DVでモラハラで、私は海外でたった一人で悩んでいました。
体重も減り、毎日死ぬことばかり考えていました。

それでも死ななかったのは両親の悲しみを考えると出来なかったのです。
きっと鬱だったと思います。
働かない夫と生活を支えながら仕事をして、必死に1ドル1ドルためてやっと
日本に一時帰国して両親の顔を見て、毎日のご飯がおいしくて生きていて良かったと思ったけどすぐに帰らなくてはいけない日が来ました。
成田で父が「ちゃんと飯食ってるのか?やせすぎだぞ」と一言。

後から母に聞いた話ですが、父が布団に入りながら「○○(私)は大丈夫かなぁ、ちゃんとご飯たべれているのかなぁ」と涙していたそうです。

元夫のDV,モラハラを誰にも言えずに苦しんでいた私は、1人大泣きしました。

あれから、子供が二人生まれ、元夫のDVは減るどころか増え続け、私は逃げるように離婚しました。
今でも海外ですが、たくましいおばちゃんになりました。

しっかり食べ過ぎて、あのころよりも10キロ近く増えたんで、父ちゃん心配しないでね。

ユーザーID:2170775856
You can speak Japanese!
カレリア
2010年5月21日 23:58

いいトピですね。その1も一つ一つかみしめながら読んでます。

フランスの研究所に留学頃、私の周りの人は、ラテン系の外国人が多く、フランス語は母国語ではないけど、みんなフランス語で会話していました。日本人は私一人。私は、そこそこ英語は話せたのですが、それも思ったように通じず、フランス語は一生懸命勉強しているが、なかなか話せないでいました。いつも周りが何を話しているか分からず、時々英語が得意な子が、何を話しているか教えてくれるのですが、いつも会話の外でした。
そんなある日、あるスペイン人の女の子(その子も英語は得意でない)が、「何を悲しんでいるのか?」とフランス語と英語で話しかけてきました。私は、フランス語が話せない事を話すと、「恥ずかしがることはない!You can speak Japanese!」。思わず、笑ってしまいました。当たり前だろう!とつっこみたかった!でも、彼女なりに一生懸命私を励まそうとしたんだろうな。おかげで日本人特有の変な外国語コンプレックスはなくなり、積極的にフランス語を話すようになったから、1年後には彼女とフランス語で会話できるようになりました。

ユーザーID:7933521271
「私だったら、あなたを部下にしたくないわ」
ぴんく
2010年5月22日 19:14

何もやる気がなく、いるかいないかわからない上司との関係で悩んでいた時、同僚からタイトルの言葉を言われました。

でも、上司は何も言わないけれど、私のやりたいようにやらせてくれている。
同僚や別の上司だったら、こうはいかなかったかも?
私はガンガンやるタイプなので。

この一言に、「私と上司って、仕事のパートナーとしては相性がいいんだ」と気がつきました。

ユーザーID:5689547373
中華料理屋さんで
sweets
2010年5月25日 22:12

このトピで「一言」の持つ力に心震え、号泣しています。
仕事中にこっそり読んではなりません。

さて、私の話です。

フルタイムで仕事をしている私。
保育園に迎えに行くのがいつもより少し遅くなったので
子供たちに「今日はご飯食べて帰ろうか」というと大喜び。
まだ行った事のなかった中華料理屋さんへ。
この夜は宴会やら会食やらで少々にぎやかな店内に、子連れの私としてはちょっとほっとしたのでした。
いつもはにぎやかになりすぎる子供たちも、おいしい食事に満足なのか静かに食べてくれていました。
そのとき、隣の席の50代くらいの女性が
「おりこうさんに食べてるね。いいしつけをされてますね」
といってくださいました。

いやいや、とんでもない、いつもはもっとうるさいんです。と否定しましたが、できて当たり前、できなければ白い目で見られる食事のマナーをこういう形でほめてもらい、親子ともどもとてもうれしかったです。

子育てに自信がない中、手探りで先へ進まざるを得ない毎日ですが、この一言には本当に助けられました。

ユーザーID:5358040088
飼い猫にかけてもらった言葉
ちろまる
2010年5月26日 19:57

しみじみと良いトピですね。
私にも最近ありました。

飼い猫が病気で、頻繁に病院にかかっていました。
治療代が相当かかり、家計を圧迫するようになっていました。
でも最期までめんどうを診ると決めたのだからと、通い続ける日々。

小さい頃から育ててきた猫も老いてガリガリになり、幼かった頃のかわいさや、活発さは見る影もなっていました。
心のどこかで「早く死んでくれないかな」などと一瞬でも考えた自分がいて、愛情ではなく責任感だけで飼っていたのかと、自分に驚き自己嫌悪していました。

そんなある日、病院の待合室で隣りに座った女性が、飼い猫に「かっこいいね〜がんばってよ」と、声をかけてくれたのです。

その一言で、思い出すことができました。模様がかっこよくて、それが自慢だったこと。小さなときからいつもそばにいて、暮らしてきた日々。ちゃんと愛情を持ってきたのだということを。
帰ってから、猫を「ごめんね」となでながら、涙が止まりませんでした。

もう今は、何も迷うことなく気持ちを込めて世話をしています。
あのときのお姉さん、ありがとう。

ユーザーID:4506382782
つい、先日の事…1携帯からの書き込み
ひばり
2010年5月30日 3:40

すみません、長いので2つにわけます。
ウチの息子は1歳8ヶ月、私は妊娠7ヶ月の妊婦です。
妊婦検診の日…いつもは義母か夫の休みの日に予約を入れて、息子を預け、私ひとりで病院に行くのですが、夫が急に会社に呼び出され、当日に息子を義母に頼むのも申し訳なく、息子を病院に連れてく事にしました。
けれど、病院は電車で2駅先…しかも改札を出るには長い階段を登り降りしなきゃいけません。田舎なのでエレベーター等なく、階段のみ……。
息子を片手で抱き抱え、もう一方の手にベビーカーとカバンを持ち階段を2段、3段上りました。

すると後ろから、「おいおいおい!!!姉ちゃん姉ちゃん!!」と大きい声で叫ばれ、
振り向くとサングラスをかけたちょっと怖いお兄様が…!!
私はビビり、咄嗟に「す…すみません!!」と謝ったのですが
「謝んなら腹の子に謝れ!!妊婦がちっちぇー坊主とベビーカーなんか抱えて歩いちゃ
腹の子が苦しむだろ!!何の為に男が存在してんのかわかってんのか!!!」と怒られてしまいました。

ユーザーID:5959046115
 
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