天国の長男。

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(トピ主8
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妊娠・出産・育児

93。

私(38歳)、主人(36歳)長女(4歳)、次男(2歳)結婚11年目です。
タイトルのとおり、私たち夫婦には5歳になる長男が天国に存在します。
妊娠30週、胎盤剥離で出産し、生後3日でお空に旅立ってしまいました。
5年前の12月の事です。
その後、二人の子供にも恵まれ、念願の母になりました。
でも、私の心は何か抜けています。
亡くした直後は四六時中考え、涙した日々。
時がたつにつれ、涙のコントロールはできる様になりましが、ふとした時に思い出しては涙がでます。
一緒に過ごしたのは、たったの3日、NICUと帝王切開直後の車椅子から思い出しかありませんが、「あの時もっと抱っこすればよかった」と後悔します。
5年たった今でも、仕事をやめていれば違ったのではないか?など自責の念でおしつぶされそうになります。
特に12月。冷たい風が鼻にツンとくる香りの季節が一層ダメです。
長男を思い出します。
この様な経験をされた方、その後、どの様に過ごされているのか教えていただければ幸いです。
父親としてのご意見もお待ちします。

ユーザーID:2883967706

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  • 違うので、逆に励みにならないと思いますが。

    私は少し意味合いが違い、もしかして不愉快な思いをさせてしまうかもしれませんが、目にとまったのでレスします。

    私には3人の子供がいます。3人とも元気に育っていますが、一番下の子は病気をもって生まれてきました。
    その懺悔に私は今も苦しんでいます。

    私も仕事人間でした。それに加え上二人の育児に追われ、お腹の赤ちゃんは元気だからと自信過剰でいました。妊娠後期に異常を言われ、覚悟の出産でした。

    病名を告げられた時のことは忘れられません。毎日泣きながらNICUに通いました。

    今は元気にしていますし、命にも別状ありません。でも私はあの子に治らない病気を生まれもって与えてしまいました。

    ユーザーID:9771041852

  • 「誕生死」という本

    トピ主さん、「誕生死」という本をご存知でしょうか。
    ちょっとショッキングな題ですけど、まさに、今のトピ主さんのような、
    出産前後にお子さんを亡くされて、消えない悲しみを経験している親御さん達の手記です。
    その本にでてくる親御さん達も、同じような境遇の人に、泣いてもいいよ、自分だけではないよ、
    同じような仲間もいるよ、ということを伝えたくて出版されたそうです。
    私も泣きながら読みましたが、きっと今のトピ主さんの心の支えになるかも知れません。
    よろしければ読んでみて下さい。


    どこかで素敵な話を読みました。
    生まれて間もなく亡くなる赤ちゃんは、自分の寿命が短いことも全部承知の上で、
    それでもパパとママがよくて、パパとママを選んでやってくるって。
    だから、念願がかなったので、決して不幸ではない、って。

    ユーザーID:9371762639

  • ぜひレスをお願いします。

    娘夫婦は結婚後、5年目に生まれた長男を今月、自宅で事故のため亡くしました。
    10ヶ月のかわいい盛りで、父親は自分の不注意で死なせてしまったと自責の念で苦しんでいます。
    わが子の無残な姿が思い出される家には住みたくないと言っているようです。

    私は辛く苦しいだろうが現実から逃避せず夫婦で立ち向かっていかなければ立ち直ることはできないと
    言い聞かせています。

    理屈では分かっていても、簡単にはいかないのが現実です。

    そこでトピ主さんにお聞きしたいのはどのような言葉をかけてやればいいのか
    あるいはどのようなことををすれば少しでもプラスになるのか参考になることがあれば
    教えていただけませんか。

    ユーザーID:2849913137

  • レス読みました。

    「誕生死」の本は入院中、担当助産師さんに貸して頂きました。
    亡くした直後だったので、うまく理解することが出来ませんでした。
    でも、号泣しながら読みました。
    正直、私たち夫婦がこの世の中で一番、不幸で、どんな言葉も慰めにはなりませんでした。
    「また産めばいい」この言葉が一番辛かった。
    身近では祖父母の死しか経験がなく、自分より年下の、まして我が子を失うなんて想像も出来ませんでした。
    泣き続け、死にたいとベットの上で言い続ける私に、実母は「泣いたらダメ、こらえなさい」と言いました。病院の助産師さんだけは「泣きたいだけ泣いたらいい…」と言ってくれた事が少し心の支えでした。
    でも、死にたかった。
    動ける様になった頃、夜中、病院を徘徊しました。
    大学病院だったのですが、窓って自宅の様に開かない理由がこの時分かりました。
    長男のそばに行きたかった。でも自殺する勇気もなかった。これが私の現実でした。

    ユーザーID:2883967706

  • 私にも天国に長男がいますよ

    もうすぐ命日です。四年になります。GWは亡くす直前の思い出がたくさん詰まっている時期なので、妻と昔の写真を見つつ、思い出語りを涙と共にしておりました。長男は一歳半の時に亡くしております。家庭内事故です。
    その日は私は体調が悪いのをおして会社に行きました。仕事に出かけるとき、いつもは起きてこない長男が玄関までいつの間にか来て、抱っこをせがみました。そんなことはそれまで一度もありませんでした。私は抱き上げてベットに連れて行きました。それが息子との今生の別れです。
    今でも会社を休めば良かったと後悔します。そうすれば家庭内の事故は防げたはずですから。
    でも、不可思議なその朝の息子の行動は、死を知っていたか予感していたような気がします。
    息子の短い人生は幸せだったのか。毎週のお墓参りの時にいつも問いかけていますが今でも答えはでません。
    ただ、妻と話していることはあります。私達には現在三人の娘がいます。その子たちはいずれ結婚をして離れていきますが、息子はいつまでも私達と一緒にいる。だから幸せになろう。子供たちも私達もそして息子も。そして生を全うして天国で親子三人で暮らそう。楽しみだね。と

    ユーザーID:3236432582

  • 団塊の世代様

    <<<私は辛く苦しいだろうが現実から逃避せず夫婦で立ち向かっていかなければ立ち直ることはできないと
    言い聞かせています。

    苦しむ娘さんご夫婦に?
    これを辞めてください。
    アドバイスは求められない限り言わないでください。
    ただ黙って聞いてあげてください。

    ユーザーID:3146436041

  • 解かってもらえないかもしれないですが

    私は40代×1子持ちです同じ境遇ではありません
    違う話と思うかもしれませんが
    私のいとこで3人兄弟、真ん中の子、長男が川で遊んでいて亡くなった子がいて、その親はとても辛く思い暮らしていたんです。
    私は小学生だったんですが、何故か夏休みとか泊まりに行かされていた。
    親戚の親は、私の親と違い優しい心の親でいいな。と思っていました。
    私のいとこは、いつも死んだ子の事ばかり聞かされて辛かったようです。
    女の子なのに、昆虫採集ばかりしているとか心配されているのを知っていて、親戚中に頼んで女の子だからお人形を買ってきて貰ってプレゼントされてたの本人知ってました。
    本人は親の気持ちを自分に気持ちを向けたかったようです。
    私は親に誕生日も祝ってもらった事が無かったので、その子が羨ましく幸せそうに思っていたけれど違っていました。
    死んだ子はかわいそうだけれど成仏してくださいと祈ります。辛い悲しみから抜け出して、生きている子2人に目をむけて欲しいと思います。
    愛情をもって育てていると思いますが、亡くなった子の事を5年経っても引きずっている感をうけたので
    余計な事を言ってごめんなさい。

    ユーザーID:7382477494

  • 5年なら

    まだまだお辛い時かと思います。
    私は生後7日で息子を亡くしました。来年17回忌です。
    でもまだ泣きますよ。ずっとずっと後悔しています。
    抱っこ出来たのは息子が息をひきとってからでした。
    生きているうちに抱っこしてあげたかった。1滴でもいいからおっぱいを飲ませてあげたかった。その思いはいつまでも消えません。
    でも。私がいつまでも泣いて悲しんでばかりいたら、天国の息子が心配すると思えるようになりました。泣く時もあるけど、「泣いてごめんね。ママ頑張るよ」と息子に語りかけます。
    自分が死んだ時、天国に行けて息子に会えるように、胸を張って「ママ頑張ったよ」と言えるように生きていきたいです。
    少しずつですが時間が助けてくれます。どうか無理なさいませんように。

    団塊の世代様
    お辛いことと存じます。今は何もおっしゃらず見守って差し上げて下さい。子供を亡くすというのは想像を絶する辛さです。私は息子を亡くしてから1年くらいの記憶が殆どありません。(もしご経験がおありならごめんなさい)慰めや励ましの言葉は私は逆に辛かったです。お近くにお住まいならお食事を作って届けてはいかがでしょう。

    ユーザーID:9136796080

  • そのままでいい

    そりゃあ大事な命を亡くしたんだもん
    心に穴が開いてて当然です。
    (失礼な言い方でしたらごめんなさい。)

    …なんていう私は、七ヶ月で出て来てしまった子どもが
    天国に居ます。未だに年を数えます。
    生きていれば高校生です。
    死産で当時は顔も見せてはもらえなかった。
    未だに心残りです。でも助産師さんが言ってました。
    「こういうことは仕方なかったの。
     どんなに頑張っても決められた寿命だった
     と思うしかないのよ」と。

    やっぱり自分を責めますよ。
    元夫も責めました。
    私は金木犀の香りが嫌いになりました。
    トピ主さんは涙がコントロールできるなんて努力したんですね。
    しばらくは、もしかして一生付き合っていかなければならない感情かもしれません。

    私は本当にやっとです。
    やっと泣かないでいられるようになりました。

    お互い頑張って行けたら良いですね。
    一人ですが子どもがいるので頑張っていかなきゃと思ってます。

    ユーザーID:9640981388

  • 私もです。

    お気持ち、すごくつらいですよね。

    私も12年前に、生後5日で、長男を亡くしました。
    その後の記憶があまりないのですが、
    供養に来てくださったお坊さんに
    「名前が立派だったから、早く旅立ったんだ」と言われたり、
    義母から、「あなたの体が弱い」のようなことを言われたり、
    自分の存在を消したくて仕方がなかったです。

    あなたは優しい人だから、これからも自分を責めてしまい
    後悔ばかりしてしまうかもしれませんが、
    天国の息子さんは、高い空の向こうからいつも見守っていてくれる
    と思い、一日一日を大切に過ごしてください。

    お体大切に。

    ユーザーID:6825192147

  • やがて寄り添う人になる

    20数年前に同じ思いの中にいました。
    あの子が逝ったのも12月。
    誰とも会いたくなかった。どこにも行きたくなかった。
    当時私には3歳の長男がいました。
    長男が二十歳になったらあの子の元に行こうと思っていました。


    その後、二児を得て三人の子育てと仕事に追われる日々。
    毎日の喜怒哀楽や家族に起きたあれこれを報告していました。
    いつか彼は頼もしい青年として私の中にいます。
    数年前 娘が重い病気になりました。
    その時も すがり、頼みました。
    彼の兄弟達と同じように私を支えてくれました。

    大学生になった娘は帰省すると仏壇の前に長く座っています。
    辛いことがあると逢ったことのない兄の名前を呼ぶそうです。

    すっかりあの子を頼りにしている母です。
    でも、私が天国に行った時はあの子を赤ちゃんに戻して抱きしめます。

    93。さんのお陰であの子への気持ちを再確認できました。
    ありがとうございます。

    風薫る季節、93。さんや此処に集う皆さまのお気持ちが安らかでありますように。

    ユーザーID:7595297720

  • 団塊の世代さま・・

    >私は辛く苦しいだろうが現実から逃避せず夫婦で立ち向かっていかなければ立ち直ることはできないと言い聞かせています

    これはあまりにもひどいのではないでしょうか。
    傷口に塩を塗っているようなものです。

    団塊の世代さんもお孫さんを亡くされて引き千切られそうに辛いという気持ちを、素直に共感して悲しむのが一番慰められると思います。
    黙って聞いてあげて下さい。
    いつまでも、いつまでも。

    立ち直れる訳がありません。
    抱えて生きていくしかないと思います。

    逃げる事で生きられる事もあります。
    そんなに追い詰めてどうするのだろうと思いました。

    言い聞かせて、どうにかなりますか?
    どうにも出来ない深い悲しみです。

    一生消えません。
    消えなくて普通です。
    30年経っても思い出しては悲しいです。

    どうか何も言わず、共感してあげて下さい。
    お願いします。

    ユーザーID:6721176030

  • 立場は違いますが

    私は次兄を私が産まれる前に亡くしています。 生後7ヶ月だったと聞いています。
    家族内では今も口にする事はありませんが、私が祖父母や、親戚とはしばしば話にのぼる事はあります。 
    それぞれ両親、兄もどこかで話をしているかもしれません。ただ家族内では話はしません。
    言ってもどうしようもないからか、良くわかりませんが。

    でもみんな、親戚だって亡くなった兄の事は忘れていないし、
    思いやってもらってそれはそれでとても兄は幸せだなと思います。

    産んだトピ主さんがやるせない、辛い思いを強く持たれていると思いますが、
    その時できる事はしてあげたと思いますし、今、現に思ってあげているではないですか。
    行動としてあげることはできないかもしれませんが、思いやってあげることは形にできるものではないし、
    重いものです。

    今後悔をするのではなく、今何ができるか、
    少しずつでも始められてはいかがでしょうか。
    間違っているかもしれませんが私の場合、家族内ではその話をしませんでしたが、
    亡くなった兄のことは忘れていないと思いますが両親は兄と私を一生懸命育ててくれたと思っています。

    ユーザーID:5104271637

  • 祖母ですが

    祖母も子の一人を死産しその後子どもが望めなくなりました。
    祖母ももう他界しましたが、ずっとずーっと月命日にはお参りしていたみたいです。
    亡くなる前、病気のため弱っていた祖母がカレンダーに忘れないよう書いていた「月命日」が忘れられません。
    今、その子どもと祖母は再会して語り合っていることだと思います。

    私ごとではなくすみません。

    ユーザーID:5961003636

  • 心で安らかにと供養しています。

    不妊治療をしながら、死産、流産、堕胎を数度繰り返し、3人の子を授かりました。一人は、早産で一生障害を背負っていく生きていくことになりました。

    亡くした子達を永代供養をしても、正直、心が晴れません。夫は、私の気が済むようならと子どもと一緒についてくるだけ。そっちのほうがショック倍増。悲しみなんて分かち合えません。

    この世に生を受けなかった子達の為に、今いる子たちに精一杯時間をかけて、忘れる時間を作っています。ふっきれてきました。

    帝王切開で誕生した、わが子との面会許可がおりて、車椅子で向かう途中、病院で子ども世界の曲が流れてきました。おいおい泣きました。ああ、この子は、普通に子どもの世界に入って暮らせないのだ、親子ともども障害と闘って一生生きていくのだと。その現実のほうが立ち直れそうになかったです。

    今は、同じ悩みを抱えた家族との交流を通して気の持ちようを支えあっています。現実、一生子の病気に振回され、子を残して死んでいく辛さがあります。泣くに泣けません。

    亡くなった子たちは、現世で障害を背負う苦しみはなかったのだからと割り切っています。

    ユーザーID:6745712544

  • 明けない夜はないです

    下記サイト、ご存知ですか?

    流産、死産、産後間もなくお子さんを亡くされた方…
    天使ママのコミュニティです。

    トップページ中段には今の93。さんにはまだ少し早いかな思うインフォメーションもありますが、下の方のコンテンツをおすすめします。

    ママの気持ち、心を軽くする方法について考える、をぜひ…
    体験記のページは涙なくして読めません。


    「ポコズママの会」で検索してみてください。


    今はまだ、いえ、いつでも涙していいんですよ。
    こらえないで、がんばらないでくださいね。

    ユーザーID:9462194476

  • こんなことがありました

    私は今から12年前に子供を。。。
    当時の事、仕方なかったと言う思いと、どうにかしてあげれたはずと言う思いで
    未だに答えは出ていません。
    胸の奥にずっとあります。思い出しては涙が出ます。
    これからもきっとそうだと思います。

    生きていたら今どんな子供だったのだろうか
    顔はどっちに似ていたのだろうか
    そもそも男の子だったのだろうか
    それとも女の子だったのだろうか
    未だに考えます。

    今はこどもが二人いますが、上の子にランドセルを買ってあげたとき
    亡くした子に「あなたにも買ってあげるからね」と心の中でですがプレゼントしました。

    その頃からなのですが、男の子が3度ですが夢に出てきたことがありました。
    目元と髪の毛の毛質が父親そっくりな子で
    「この子は。。もしかして、あのときの。。」と、直感でそう思いました。
    思ったというか、「あの子だ」と確信したのです。
    笑う人もいると思いますが、母親の、私だけに解る、確かな思いでした。

    ある日真っ白な光の中から「ママ」と声がしたのです
    ランドセルが小さく見えるほどに背が伸びたその子でした。

    続きます

     

    ユーザーID:7433791395

  • 続き2

    ランドセルを背負って夢に出てきてくれた朝
    気がつけばその子の命日でした。

    とても驚きました。

    お空に行った子供、そこで親子の縁が切れている訳ではないと思うのです。
    今いるお子さんのように、ママの心の中で育っているのです。

    今のお子さんに絵本を読んであげるとき「あなたも、ままの膝においで」と心の中で話しかけて欲しいのです。眠るとき、毎日でなくても良いので「今日はままの隣で寝ようね」と伝えてみてください。

    お空のお子さんから、トピ主さんに何か伝わってくるはずです。

    天国に行ってしまったと、ママが距離を置く必要ありますか?

    心はつながっています
    絶対に
    今でも

    いつかきっと、大きくなった姿で、夢に出てきてくれるはずです。

    その日がきっと来ますから
    涙がいっぱい出ても良いのです。
    声を出して泣いても良いのです。

    泣きながらでも良いから、いっぱいいっぱい話しかけてあげましょうね。
    お空の子の存在を知り、話しかけてあげる事が出来るのは、あなただけですよ。

    ユーザーID:7433791395

  • レス読みました。2

    皆様の経験、身近での子供の死を深く受け止めました。

    四名様のレスで「死を知って予感していた気がする」と書かれていますが、私にも少し違いますが、同じ様な事がありました。
    緊急入院する前日が妊婦検診でエコーを撮りました。珍しく、コチラを向いていて、バッチリ顔の表情がわかるエコー写真を先生から手渡されました。
    そのエコー写真を見た時、「なんで寂しい表情なの?」と感じました。
    後から考えると、私に「さようなら」を言っていたのかもしれません。

    長女と次男が大きな病気や怪我もなくスクスク育っていく姿をみて、長男と何が違ったのだろう?と思う事もあります。
    亡くなった子供の年齢を数える事や、納骨をしない事は成仏できない、という方もいます。
    でも私は年齢も数えるし、誰もいないお墓にひとりぼっちで納骨するのにはとても抵抗があり、私たち夫婦のどちらかが亡くなった際、一緒に納骨したいと考えています。

    つづく

    ユーザーID:2883967706

  • レス読みました。3

    つづき

    直後には、精神科も受診しました。
    「がんばれ、がんばれ」と言う実母や友人の言葉に私は傷ついていたんです。
    自分自身も「がんばらなくてはいけない。」と思ってました。
    精神科の先生から「がんばる必要なんてない。」といってもらい、少し楽になった記憶があります。

    団塊の世代様にとっても大切なお孫さんを亡くされてお辛いと思います。
    でも今は何もアドバイスなどせず、話を「ウンウン」と言って聞いてあげて下さい。
    私の場合、実母から言われた言葉は親子だからこそ傷つく事もありました。
    今は長女と次男を一番に可愛がってくれる祖母です。
    娘さんにべったりではなく、寄り添ってあげて下さい。(むずかしいですが…)

    ユーザーID:2883967706

  • 申し訳ありません

    レスを頂いて自分のしたことに後悔しております。
    私自身も気が動転していて何とか立ち直らせようとしたつもりなのですが
    も少し早くこのトピを見ていたらと懺悔の気持ちです。
    ウツ症に頑張れと言ってはいけないのと同じですね。
    私は傷口に塩を塗るようなことをしてしまいました。
    自分自身が情けなくなりました。涙が止まりません。
    自分も孫のところに行きたい。

    ユーザーID:2849913137

  • 19年たちました

    つらい思いをなさいましたね。

    私は19年前に初めて授かった長男を、妊娠7ヶ月の早産でなくしました。
    切迫早産のため720グラムしかなかった長男は、何とか生きようとしてくれましたが、主産後すぐに死亡。手術中の大量の出血でベッドの上に起き上がることもままならない私は、子供の顔を見ることすらできずに息子は荼毘にふされました。主人や私の両親の、私に対する思いやりもあってのことでした。
    本当に後悔しました。どうして抱いてやらなかったのだろうと。
    それから数年後、入院生活を繰り返しながらも二人の子供を授かることができました。
    当時は食事ができなくなって激痩せしたり、円形脱毛症になったりと色々ありました。トピ主さんのように慰めの言葉もつらくてたまらなかった。

    正直、今は生活に追われて思い出すことも少なくなっています。
    それでも思い出すたび涙が出てきます。今の幸せな生活は、あの子の死の上にあるものなんだと。子供達も二人とも高校生の生意気盛りですが、お墓参りの時には神妙に手を合わせてくれます。あの子は私たち家族を見守ってくれる天使になったんだと思っています。

    ユーザーID:3335698963

  • ごめんなさい

    お互いに頑張りましょうは
    辛かったですね。

    ごめんなさい。

    ユーザーID:9640981388

  • レス読みました。4

    「ポコズママ」大変、お世話になりました。
    長男を見送り、退院し自宅に戻ってからというもの、ネットで「死産、胎盤剥離」など検索し、読みあさる毎日を過ごしておりました。
    面と向かって中々話せる内容でもなく、この期間ほどネットをありがたく思い、ネット社会の時代でヨカッタと思っていました。

    今日、17日は長男の月命日です。
    5年前の1月より月命日には、夫婦でお経を読むのが決まりです。
    長女と次男の出産の際には、主人が一人でお経を読んでくれていました。
    お経は心、穏やかにさせてくれます。
    もう5年、まだ5年。
    「泣きたい時には泣き、長男を想い、暮らして行きたい」そう思える様になってきました。
    長女、次男は新しいお菓子を買ってくると、まず「お兄ちゃんにあげるね」といって仏壇にお供えしてくれます。

    ユーザーID:2883967706

  • 悲しんであげるのは悪い事ではないと思う

    私の母も兄を生後二日目に亡くしました。その一年後に私は生まれました。
    その事を知ったのは、大きくなってからですが、4〜5歳の頃、どうしようもなく時々沈んだうつろな顔をしていた母の理由がわかったと、子供心に思いました。
    そういった極端な表情が見られなくなったのは、6歳くらいからでしょうか。
    つまり兄がなくなってから、7年目くらいから、ですが。
    でも、その後も、母は兄の事を一日も忘れていないと思います。
    仏壇に食べ物を備えたり手を合わせたり、そういう事を一日も忘れないからです。
    そしてその姿は、母親が子供の事をどんな風に思っているのかを、私と弟に、しっかりと教えてくれたと思います。
    トピ主さんには、無理に忘れようとせずに、自然に長男さんを愛してあげていてほしいな、と思います。

    ユーザーID:9107720722

  • 天国の次男

    我が家には天国に6歳になる次男がいます。私も胎盤剥離でした。昨日のことのように思い出しては涙があふれます。
    乗り越えよう…と思っていたときは前を向いて進めませんでした。私には乗り越えることは無理だ、次男への想いとともに歩んでいこう…そう思ったときにゆっくりですが少しずつ進めた気がします。もちろん今も気持ちがどうしようもなく後ろ向きになることもありますが、そんなときはそれでいいかと思います。またいつかきっとゆっくりでも少しずつ進めるときがきっとくるから。それと私が死んで次男に会ったときにかっこいい母でいられるように今を生きたいと思います。私も天国にいけるようにステキに生きないと。
    気持ちのまま、想うままでいいと思います。でも本当にもう一度抱きしめたいってそう思いますよね。いっぱい周りの人と子どものこと話したいですよね。あ〜泣けてきた。何も役に立てず私事ばかりすみませんでした。

    ユーザーID:8620114840

  • トピ主様へ

    貴重なご助言に感謝しております。
    娘は最後まで取り乱すことなく葬儀を終えました。
    「この子は私たちにいい思い出を残してくれた。」と言いい
    毎日祭壇にミルクを供えています。
    ただ父親の方がショックから立ち直れそうもないので心配しています。
    多分二人ともそんな状態ではいけないと娘は考えたからだと思います。
    出来ることなら私が代わってやりたいと何度考えたことでしょう。
    同じくらいの子を見るたびに涙があふれます。
    人には立ち直れとか言いましたが日がたつにつれ、自分はこんなに
    弱い人間だったのかと痛感しました。
    子を亡くした辛さも孫を亡くした辛さも同じです。

    ユーザーID:2849913137

  • レス読みました。5

    皆さんのレスを読み返し、私と重ねて考えています。

    特にぶー様のレス、胎盤剥離という同じ境遇、私の気持ちと重ねてしまいました。
    私も天国で胸をはって長男に会える様に前に進みたい…と思いました。

    私が長男を亡くした直後は人間の感情である喜怒哀楽の「哀」しかなかったです。特に「怒」という感情は体力がいるんだなあ…と今は思っています。
    私達夫婦の場合、きっと主人も私の様に「哀」のみの感情を出したかったのでしょうが、男だし、仕事もあるし(特に年末は毎日午前様になる激務です)、私の話を聞かないといけないし、気持ちを封印してくれていたんだと思います。
    当時主人には97歳の祖母が存在しました。(祖母は今年102歳目前で亡くなりました)
    こんな事を言ったらダメなのは分かっていますが、命が生まれ変わりだとしたら、誰かが亡くならないと新しい命は誕生しないのだとしたら、「変わってよ」と不合理な事を考えていました。

    つづく

    ユーザーID:2883967706

  • レス読みました。6

    つづき

    団塊の世代さまの娘さん、頑張りすぎていませんか?
    私は直後、新居購入に心をつぎこみ分譲地を回っていました。時には車で泣きながら探してました。
    そして家にいる時はパソコンに張り付いてました。
    月日が直後の感情は和らげてくれると思いますが、無くならないのは仕方のない事なのかもしれません。
    「その子の運命だったのだから仕方ない」こんな事をよく言われました。今でも言われます。
    「運命」あるかもしれません。でも私は納得していません。
    長男を失った時に「神様なんて存在しない」と確信しました。
    でも、長女、次男を妊娠中も腹帯の御祈祷もしましたし、初詣にだって行きます。お宮参り、七五三にも行きました。
    矛盾だらけです。
    話はそれましたが、「御自愛下さい」私が言えるのはこれだけです。ごめんさない。

    ユーザーID:2883967706

  • 15才

    15年前の今頃
    もうすぐ妊娠6ヶ月になろうとした頃
    突然破水し、早産しました。
    今でも口に出すと涙が出るので
    誰にも話していません。
    3人の子供にも話していません。

    お骨が家にあるのでお線香を私だけあげています。
    本当は話をして家族で悲しみや家族であることの結束を固めたりとか
    するべきなのかなとは思うけど、どんな風に話したらいいのかとか
    泣かないで話せるかとか思うと結局話せないままです。

    だから、今生きている子供がいて幸せという気持ちと
    亡くなった子に対する悲しみ申し訳なさを
    平行してずっと持っています。

    それでいいと、そうするしかないと思っています。

    ユーザーID:0883939216

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