禁止事項の多い家庭で育った子供の「その後」

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もち米

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  • テレビ、ゲーム、インスタント食品、薄着。テレビは反動あり。

    うちはテレビ禁止、ゲーム・漫画なし、インスタント食品禁止、薄着でした。

    基本的には、理由を説明されていたので納得はしていたし
    それほど不満に思った記憶はありません。
    インスタント食品、ジャンクフードは今でも好きじゃない。
    ゲームと漫画も興味ほとんどなし。

    その当時の不満という点では薄着が一番だったかな。
    とにかく寒かったし、妹はそれで体が丈夫になったようですが、私は全くと言っていいほど効果なく、辛い記憶しか残らなかった。。

    反動という点では、テレビだけは反動が大きく…
    30前にして始めた初めての一人暮らしでは、延々と見続けてました。

    親子の関係は今でも良好ですし
    愛情ゆえのことだっと今でも肯定的に捉えています。
    やっぱり、当時からきちんと理由を説明されていたことが大きい。

    ユーザーID:4890777103

  • 禁止事項満載でしたよ。

    まず、小さい時から禁止事項満載でした。
    父は二言目には「よそはよそ、ウチはウチ」と言っていました。

    中学高校はとても規律の厳しい私立の全寮制の学校に行きました。
    12,3歳の女子でも赤い色が少しでも入った洋服は禁止されていました。理由は
    派手=罪だからです。たったの2センチの大きさの赤い模様も禁止ですよ。
    靴下からTシャツまで赤の模様の入ったものは全てチェックされ、排除させられました。
    それから、真冬のお風呂上りでもドライヤーを使うことは許されませんでした。
    理由は女の子は髪の毛をカールし始めると困るから。
    全寮制ですから、もちろん間食なんてありえません。もしお菓子を隠し持っているのが見つかったら、強制労働です。アメひとつでもです。
    朝礼に一秒(大げさでなく)遅れたら10分の強制労働でしたよ。
    元夫は、口紅も許さない、菜食以外は口にしてはいけないような「禁止事項大好き」な人間でした。
    今の私ですか?
    菜食はやめましたが、暴食することはないですし、
    特に目に見えた反動はないです。
    多少はありますが、常識の範囲です。
    というか、以前が常識からかけ離れていたので、常識に戻った程度です。

    ユーザーID:5962069292

  • 我が家のケース

    マンガ、ゲームやお菓子をはじめ、いろいろな禁止事項が多い家庭の三人兄弟で育ちましたが、
    結果から言えば、引きこもり経験があるのが二人、自殺未遂の経験があるのが二人です。
    一人は鬱や人格障害などいろいろな病を併発し、30代半ばの今でも働けずに障害認定が下りています。
    家族は全員仲が良いのですが、親の『こうあらなければならない』という期待がとても強く、
    弱音や子供らしい本音は、早期教育にも傾倒していた母の『こうあるべき』に無言のうちに糾弾され、
    真綿で首を絞められていた状態たっだと思います。

    父は仕事で忙しく、親戚も遠かったため、母も子供を立派に育てようと必死だったのだと思いますが、
    大人になってから、自由な家庭で育っていた優秀な友人や親戚の多くが、子供に無駄な我慢はさせない方がいいと思う、
    と言っているのを聞き、私もその考えに同意します。

    ユーザーID:4203440047

  • 反動でました

    私も子供の頃は親からの禁止・制限が多かったです。
    テレビは「20時以降は大人の時間」だと部屋から追い出されましたし、おやつは親が作ったものか、親が良いといったもののみ。本も玩具も買ってもらえず、クリスマスや誕生日で貰えるのは、親が好んだものでした。服は、母親が作れる人だったので既製品はまず着られず…。
    金を出すことを非常に渋る親だった為、中学の時欲しい物を買えるようにする為に、自分の年×100円のお小遣いでいいからと説得したほどでした。それは何とか認めてくれましたが、それでもその使い道には煩かったです。

    他の子は普通に物を持ち、お金を使うのに、どうして私の親は出してくれないのだろう…ずっと他の子達が羨ましかったですね。その不満故に自分が働いたら、どう使おうと文句は言わせない、と思い、大人になった時はそれを実行しました。まあ散在するほどは使いませんが、欲しい物は何としてでも買おうとしてしまいますね。

    ユーザーID:1908864004

  • ハーフピザ2人前さま

    私の親の反応ですが、「欲しいなら自分のお金で買え」と言った手前、表立って文句は言いませんでした。

    こんな親でしたが、孫には非常に甘かったです。私が「自分の時には何も買ってくれなかったのに」と言ったところ、「あの時はお金がなかったから」と言われました。

    まあこの弁明は嘘だと思っています。しっかり貯蓄していましたしね。単に「躾け」と称して、何事にも…それが子供にとって納得できない理不尽なものだったとしても…厳しくしていただけなんです。

    ユーザーID:1908864004

  • 反動ありました

    母は頭がとても固い人です。

    ピアノを習っていたのですが、長調の曲を短調にしてみたり、勝手に曲を作って弾いてみたりすると、楽譜通りでない曲は気持ち悪いと怒られました。その反動で私はとてもよくいえば柔軟です。悪く言えば柔らかすぎて何が何だかわからない…。

    学校の宿題なども母は口出ししたり、手出ししたり。反動か私は子どもの作業には一切介入せずです。私の人生も母の思い通りにしようと有言でも無言でも圧力がありました。それに対して逆らってばかり。お腹の子どもまで母の予想性別とは別でした(笑)。

    虫歯の原因はチョコレートと信じて疑わぬ母はチョコレートを全面禁止。解禁後、チョコレートを狂ったように食べました〜。

    禁止事項のみならず、色々と子どもなりにおかしいなあ、納得いかないよと思っていたことの反動はでるものですね。

    母のことは好きです。

    ユーザーID:3014101888

  • 禁止だけじゃだめでしょう

     父が高校教師だったせいか、今から思えばうちの親の教育方針は結構固かったと思います。
    ただ、当時はそれが当たり前と思っていたので、よその家庭と比べたり、不満を抱いたりはしませんでした。

     その教育方針の影響がどれだけあったかはわかりませんが、職業は理系研究者で、趣味はクラシック音楽鑑賞・茶道・哲学と字面だけ見ればかなり固い感じです(と、言われます。ちなみに職業・趣味に関しては直接的には親の影響は受けていません)。また、ゲーム・漫画・お菓子系への執着は、今はもちろんないですし、強かった時期もないと思います。今も親には感謝しています。

    多分、禁止事項だけを設けてもだめなんじゃないでしょうか。知ることがすなわち快であるという経験をすると、皮相的な面白おかしさや、刹那的な快感は、気分転換の材料にはなっても心奪われることはないと思うのです。

    個人的に重要だと思うのは
    ・何を遠ざけるかよりも何を与えるか
    ・「くだらないこと」と「貴重なこと」の価値観
    ・節制能力の育成

    ユーザーID:5008088767

  • 門限に厳しい家に育ちました

    大学生になっても社会人になっても門限9時、、、みんなは、これから!!って時間でした。
    少しでも過ぎると、父が仁王立ちで待ち構えていましたね。
    抜け道を探しましたよ〜
    「父が寝てから家を抜け出す」大作戦です。
    当時はバブル全盛期、ポケベルの時代です。
    毎週末、父が寝たら友達のポケベルを鳴らして迎えに来てもらって夜の街に繰り出す。
    こんな生活でしたね。
    あの門限・・・なんの意味があったんでしょう?(苦笑)

    結局25歳で今の主人に出会うまで、散々遊んでしまいました。
    もちろん、自分で選んだ相手なんて認めてもらえず、家出騒ぎを起こしてしまい、ようよう認めてもらえました。
    主人は給料はよくはありませんが、誠実な人です。
    もちろん後悔はありません。

    今は両親との仲も良好です。

    私にも小学生の娘が二人おりますが、今のところ禁止事項は多くはないですね。
    年頃になってからの門限も、私みたいにはならないよう、適度なところで折り合いをつけていきたいと思ってます。

    縛れば縛るほど、子供は良くない方向に抜け道を作っていくもんだと思います。

    ユーザーID:1816898443

  • 嫌悪感

    高校卒業まで、テレビ禁止、お小遣いの使途は親の監視下、交友関係にも
    煩く口出し、友達とショッピングや映画も不可、という環境で育ちました。
    大学進学時に家は出たけれど、修道会経営の女子寮へ。

    以来、そこそこ自由を謳歌しましたが、生活を自分で賄わなければならない以上
    無駄遣いはしませんでした。というかできませんでした、勿体無くて。

    親元離れて今年で30年、3児の母となった現在、雑誌類は買いませんし
    テレビもほとんど見ません。
    時々「大人買い」することはありますが、金額的にはわずかなものです。
    それほどやりくり上手というわけではないですが、無駄遣いはしていないと
    思います。外食も滅多にしません。年数会、特別な日のみです。

    子ども達にも、色々規制してしまっていますね。
    用も無いのにショッピングモールを徘徊したり、買い食いには嫌悪感があります。
    テレビは当初番組を限定してましたが、子どもの反撃にあい解禁。後悔してます。
    お小遣いの使途までは口出ししませんが、タレントのDVDを買ったりすると
    勿体無いなぁ…と思ったりして、子どもの金銭感覚に不安を感じます。

    ユーザーID:1027165311

  • こんな制限がありました。

    実家にいたときはこんな感じです。

    「漫画」=OK(父親が率先して読む)
    「菓子」=アイスクリームと煎餅は可(父親が食う)
    「ジャンクフード」=NO
    「趣味関係」=ネチネチと嫌味
    「旅行関係」=外泊は事前申請(それでも却下することある)

    案外、物欲というのはなかったんです。ジャンクフードは時折食べたくなるなーというくらいで
    (油の匂いがあまり好きではないので)

    趣味と旅行関係は実家にいたときは抑圧されていたので、社会人になって寮住まいになったら、だいぶ反動は大きくて、週末に車を走らせて(それも深夜から)ひとりでドライブとかよくやりました。

    「自分のお金が欲しかった」というのはわかります。
    両親は、なにかと自分に「これだけのカネがかかった、恩はきちんと返せ」という押し付けの酷い人間でしたから、そういう干渉を受けないための「自分のお金」への執着は昔から激しかったです。おかげで、きちんと貯金をする(家計簿もつける)性格になりましたが。

    ユーザーID:7926700885

  • わかります。私も…

    母を恨んでます。

    私の場合母の性格を見て、イヤだなと思う所までも似てしまっています。

    母に言うと、『あんたと同じにしないでくれる?』

    …笑っちゃいますよね。

    だけど反面教師どころか、影響受けてしまってます。

    治す唯一の方法は、尊敬出来る人を見つけ、自分もそうなるべく意識し努力するしかないのかな…と考えてます。

    ユーザーID:8002080087

  • 自分を恵まれないと思うくせがつきました。

    うちはうち、よそはよそ。それが親の口癖でした。
    早いうちに買ってもらいたくて、取り残されたくなかったものも、ありました。
    パソコンとか携帯。
    嫌でした。
    1995年・1997年と、持っている人間が多数でしたが、両方とも手に入ったのは、
    なんと、1998年以降でした。
    文明の機器を持っていないことで、パソコンなんて数学・技術家庭科・理科・社会(ディベートなどの資料作りをエクセルワードで。)などの授業で使うものなのに、周囲に遅れを取っていて、自分って、ほんと、頭悪そう。
    と言う風に、自他共に思っていました。
    一生懸命勉強をし、成績を上位でキープする事により、得意科目は90点以上を目標とする事により、バランスを保っていました。
    今でも、パソコンや携帯などの機器に、こだわってしまいます。

    ユーザーID:0608393299

  • うちの主人が昔そうだったそうです

    最近聞かされたのですが、主人が幼少時代
    かなり強烈な家庭環境で育ったみたいです。

    例えば学校の体育の授業で義母が「野蛮、危険」と
    みなす内容のものは受けてはいけない。(自分だけ見学)
    小学校の高学年になっても子供同士で街に出かけることを
    許してもらえない(街に出るときは必ず親と一緒)。
    中学の時学校主催で校庭でダンスパーティが開かれた際
    「早すぎる男女交際」への発展を気にかけた義母が
    パーティの間中校庭の周りをぐるぐると車で回って
    監視していた…などです。ちょっと普通じゃないと思います。

    今ならモンスターペアレンツもいいところですが、その義母
    義父共々、学校の教師だったのだから更にびっくりです。

    その反動で(?)主人はかなり早い時期から家を出ています。
    その後かなり荒れた生活を送ったようですが、まあ今では私と
    結婚して普通に暮らしています。しかし時々抑圧されて育った片鱗が
    日常生活でも顔を出しますね。

    義理の両親は当時の事をとても後悔していると今では言っていますが
    彼らの教育方針は主人の人格形成をかなり歪ませたと思っています。

    ユーザーID:2685655716

  • やっぱりいまだに母があまり好きではないかなぁ

    お金はあったのにあまり手をかけてもらえませんでした。
    小さい頃はオモチャはほとんど買ってもらえなかったし、習い事も親が決めたものばかりでした。

    学生の頃は車の運転は危ない、もし事故でも起こしたら父親の仕事に差し障りがある、ということで、免許取得禁止。
    電話もコード式のもので彼との電話は廊下までコードを引っ張ってコソコソ話。

    母は「贅沢はさせず厳しく育てたけど愛情はたっぷり注いだもんね」と自信たっぷりに言いますが...そうは思えませんし「そんなことない」なんて言えませんよね〜〜

    なので、母のようになりたくないな、というキモチが強いです。育てたもらった感謝の気持ちはありますが、やはり母のことはあまり好きではないし、実家に帰ろうという気もほとんど起こりません。
    私の子どもにとっては優しいおばあちゃんでありがたいですが、夫側のおばあちゃんと比べてもどうも面白みがない、というのを子どもも感じているようです。
    何と言うか...母の生い立ちが原因で楽しみとか贅沢とかの仕方を知らなかったからしょうがないよなぁと今は思うようにしてます。

    ユーザーID:5255798108

  • おもしろいトピですね

    私も禁止事項ありました。

    ・インスタントラーメン
    ・駄菓子
    ・ファストフード禁止
    ・18歳まで男女交際禁止
    ・外泊禁止
    ・友達だけでの外出禁止

    私も大人になってからジャンクフード大好きになりました。新しく出たお菓子は必ずチェック。
    大学に入ってから恋愛などしましたが、それまで恋愛をしていなかったので、失敗の連続。どういうものが恋愛なのか良くわからず最初に付き合った人は典型的なダメンズでした、、、。どんな付き合いが正しいのか分からず、相手の言いなりなどなど今思い出しても辛いです。ある程度免疫が出来てる方がいいのかなと思います。

    ユーザーID:9741569340

  • 眼鏡禁止

    うちも禁止事項は多かったですが、一番辛かったのは、先天性の近視なのに眼鏡を掛けさせてもらえなかった事です。
    理由は「女の子だから。」
    女の子は眼鏡を掛けると値打ちが下がる、というのです。
    見えないと言うと怒られるので、誰にも言えずにどんなに苦労したか、今でも忘れられません。
    黒板も、人の顔も良く見えませんでした。
    我ながらよく頑張ったと思います。
    短大でバイトしたお金で、初めて眼鏡を買いました。
    それを見せた時、親が怒ったりしなかった事を、なぜか「ずるい」と感じました。

    自分の思いを押し付けた為に娘がどんなに苦労しているか、想像しようともしなかった親は、私を本当に愛してはいなかったのではないかと、自分も親になった今思います。

    この近視は遺伝性のようで、私の2人の子供にも遺伝してしまいました。(私の親は目が良いのですが)
    しかし私は自分の親のように、子供の目が悪いのを責めたりせず、すぐに眼科で診察を受けて眼鏡を掛けさせました。
    子供は目が悪い事など、何とも思っていないようです。
    その屈託のない様子を見ると、昔の自分と比べて何とも言えない安堵を感じるのです。

    ユーザーID:6326985326

  • 自分の人生に責任をとって生きる!といえば聞こえはいいけれど

    ブランド物なんて!と、ばっさり切り捨てる親の悲憤慷慨をふんふんと聞いてあげながら、カードでブランドバッグを買っています。

    別にいいもん。もうさんざん人生の岐路で親達の意見を聞いて譲歩してあげたのだから、そしてそれはことごとく正しい判断ではなかったのだから、自分の判断で行きます。

    ただし、せっかく大人になったのだから、親への反抗をすべての行動の基準にするような面倒なことだけはすまいと決めています。ずるいかしらね。

    ユーザーID:8011293325

  • お小遣いの制限から見えたもの

    昔、何かの雑誌で読んで、とても印象に残っている女子高生話です。

    冬服なら冬服で一揃え(上衣2枚+スカート)、夏も一揃え(上衣1枚+スカート)のみ。
    靴は学校用のローファー。
    お小遣いは無く、その都度もらう。
    例えば先に自分のお小遣いから映画代とお茶代を出しておいて後でレシートや映画の半券を見せてその分をもらう。
    それでも無駄遣いと言われ、おしゃれなんてできなかった。
    周りの友人がうらやましかった。

    そして彼女は援助○際を始めたそうです。
    きっかけはお金だったけど徐々に親に対して仕返ししているような気になって、罪悪感なんて感じなかったと。
    親は全く気付かなかったようだと。

    卒業と同時に止めたけど、親が私の為に制限しているのではなく、私に対してお金を使う事を無駄だと考えていたことが辛かったと。
    就職後、家を出て以来ほとんど実家には寄りつかないと書いてありました。

    ユーザーID:5608891111

  • 反動あった(特に食べ物)

    「お菓子禁止だった家」トピにも書き込みましたが、うちも
    まとまったおこづかいを貰うようになってから買い食いしまくり、
    嫌いなもの以外はコンビニやスーパーにある大体のものは食べつくしました。
    社会人になった今も、コンビニではつい「新商品まとめ買い」をしてしまいます。

    あと、きつかったのは「ロングヘア禁止!!!」昔の校則かよって感じですよね。
    ロングと言っても、肩についたらロングです(笑)
    父が「髪の長い女性がバサってやるのが嫌い・ロングは不潔」という考えの持ち主で
    いつもいつもワカメちゃんみたいな感じでした。しかも癖毛なんです。
    父方の家族もロングのときを見たことがありません。
    母も結婚してから(超くせげ、育児の邪魔ということで)ずっとショートです。
    ある日、きって来いといわれ、私は大泣きしました。小5のときです。
    学校で「カリアゲ」とかいじめられ辛かったので初めて反抗しました。
    それからちょっとずつ延ばして、高校からは初めて縮毛矯正であこがれのストレートロングに。
    以来、何があろうとロングです。やっぱりずっとあこがれてたんで。

    ユーザーID:3079126142

  • 人生に納得です

    ジャンクフード・漫画・テレビ関係皆様の通りです。
    私の家は「親にはやらせてもらえない」だけで見えないところは自由。成績がよく先生から受けがよくて親がほめられれば、すべてOKでした。そのためか本当にうそつきになりました。まったく罪悪感なし。結果だけ追い求める性格に。早い段階で人生に焦燥感を感じてました。
    そんな中高時代、本当に友達に助けられました。漫画をむさぼるように読んでも「Mちゃんまた漫画〜」と言ってそっとしておいてくれたり体に食べ物とは?幸せとは?と毎日論議をしてくれたお陰で充実感が出たと感謝しています。
    結局親からは「駄目」の理由を教えてもらえなかったり、子供が意見を言える雰囲気じゃないのがつらかったのだと感じました。まだ飢餓感はぬぐえませんが。
    特に就職は「絶対公務員(私は教師、兄は警察官)」と言われ
    他の選択肢は、すべて不幸になると言われました。結局うそが得意で年受けすることから兄妹そろって親の言うところの「人間じゃない」営業マンになりましたよ(笑)
    親の言うとおりにすれば楽だったかなー?と思うこともありますが自分で考える人生を選べたことに納得してます。

    ユーザーID:1135682294

  • 仲間がいてちょっとうれしい

    午後8時以降のテレビは禁止でした。
    小学校高学年になってもアニメがやっと見られるだけ、
    当時流行っていたバラエティーや歌番組などは「くだらない」の一言のもとに見せてもらえず、
    結婚して実家を出るまで親の寝室にしかテレビがありませんでした。
    小学校の間は買い食いなんてしたことなかったな。。。
    お菓子は最低限、ジュースなんてうちの冷蔵庫にはなかった。。。
    小遣い帳をつけて、月末に残高が合わないと次月の小遣い(超少額)は無しだったな。。。
    高校生になっても、部活以外での門限は6時だったな。。。

    じゅうぶん愛されて育ったと思っていますが、切ない思い出も多いです。

    大人になって、我慢ができない自分になりました。子ども時代の数々の我慢は
    自分でしていたのではなく「させられていた」ものだったからでしょう。
    たがが外れるとだらしのない人格だけが残っている、という気がします。
    誰かが見張っていて「ダメ!」と言ってくれなければ自制できない自分が情けないです。

    でも、姉などは同じ環境で育ってもわりと普通なので
    もともとの弱い性格もあると思いますが。

    ユーザーID:2325099854

  • 部分的に一緒かな

    駄菓子の禁止。漫画は学研以外は禁止。TVも親の許可したもののみ。
    この中で
    1:駄菓子
    禁止はされたけどお小遣いでこっそり買って食べてましたね(笑)
    たま〜にですが。両親からしたら当時食が細くて胃腸が弱かったのを心配して「間食」を禁止していた、が本当の所のようで少し位なら怒られませんでした。そのせいかコントロールが出来るようです。
    2:漫画
    まぁ、禁止しても外で読むので読みすぎ防止だったようです。活字離れの心配もあったようです。高校くらいに少し暴走しましたがあとは普通の漫画好き程度になりました。
    3:TV
    これが深刻かな〜。友人と話が合わず人付き合いそのものが苦痛になってしまい読書に逃げ込んで人嫌いに拍車がかかりました。服装も「清潔ならいいんじゃない?」で興味なし。化粧も嫌い。アレルギー発生に喜ぶ始末。
    なんと言うか、興味の幅が狭くなってそれ以外には無反応になった気がします。

    ユーザーID:5115773181

  • 父親がテレビ大好き過ぎて…

    ウチは父親がテレビ大好き人間で、テレビをみたいときに見せてもらえなかった反動で、主婦の今は、あの頃に比べてテレビみています。新しいドラマより、テレビを占領されていた時代のドラマが再放送されていると、何故かテンションがあがります。
    でも、あの時、あのタイミングで観れていたら、友達とのテレビコミュニティに入れたのになぁ〜と寂しい気持ちにもなります。
    某歌番組も、当時みたかったのですが、「コイツの歌なんかどこがいいんだ?」などの圧力をかけられました。
    なんとか、チャンネル権を獲得しても、CMになると、勝手に番組を変えられました。CMが終わったと思われるころに、元の番組に戻すよう訴えて、CMが終わってなかったりすると怒られ、結局そのままテレビ観れないなんてことが日常茶飯事でした。
    その反動なのか、夫がCM中にチャンネルをかえたり、チャンネルをよく変えたりすると、かなりイライラしてしまいます。
    ドラマを観てるときに、夫から話しかけられるとイライラしてしまうのも、あのとき集中して観れなかったための反動?と思ってしまいます。

    ユーザーID:7267656749

  • 一旦爆発して、元に?戻りました

    金銭的に厳しい家で過ごしました。実際貧乏だと思っていたくらいです。
    友人がかわいい服を着ている、お洒落な家に住んでいるなど、お金持ち(と思われる)に本当に憧れというか、羨望のまなざしで見ていました。
    教育には本当にお金をかけてくれました。その時には当たり前だとおもっていたけど、親になった今本当に感謝しています。

    物欲は、稼げるようになった大学時代から狂いました。
    社会人になって、結婚が決まる前まで収入の100%はほぼブランド物・旅行に消えました。結婚が決まってからあわてて1年で500万貯めたので、もっと以前から真面目にやっておけば・・と思います。
    でも、その当時買ったものが、今でも使えたり褒められたりするので、買った意味がないわけではないのですが。

    子供が産まれてから、本当に子供費以外は節約しています。
    別に苦ではありません。買い物脳が女子にはあるというのなら、今は子供費がそれなんだろうなぁと思っています。
    私は親として恥ずかしくない程度に購入しているだけで満足です。

    ユーザーID:4280911623

  • 大人ってすばらしい!

    ・普段のオヤツは甘いもの禁止(たまにマーブルチョコ・ネクター・プリン・アイス)スナックはいい顔をしない
    ・おもちゃは誕生日プレゼントか、お年玉でのみ
    ・オヤツはきょうだいで三等分
    ・漫画は親の限定で「手塚治虫」なら可
    ・洋服&おしゃれは親の言いなり

    中高になる頃には規制解除でしたが、親の目が怖くて欲求全開にもなれず。
    大人になって、麦チョコを口いっぱいに入れてみたい欲求を満たし(友だちに笑われた)、ジャンクフード1週間チャレンジをし(2キロ太った)、ゲームも漫画も好きなだけ購入し、ホールケーキ独り占めもし(気持ち悪くなった)、反動が終わったのが20代後半。ゲームも漫画も転売し、食欲も落ち着きました。おしゃれは…自分を飾ることには興味が持てないままでしたが、勤務先は服飾関係で流行をつくる立場でした。不思議。

    いまや子どもに私の親よりはゆるい規制をかけ「大人になったら好きなだけどうぞ」と言う立場です。「大人ってずるい!」と子どもに言われていますが、お楽しみがないと大人なんてやっていられないのよと内心思いつつ、頑張って大人になってくれると良いなと思っています。

    ユーザーID:3487826695

  • テレビだけは

    基本、テレビは無くても平気です。
    紳助さんの鑑定団とピタゴラスイッチが無ければ
    捨てても構わないくらい。
    夫がテレビに時間を食われているのを見たら気の毒で、
    これだけは親に感謝せざるを得ません、が、
    実家では現在、一日中テレビがつけっぱなし。
    反動が母に出た様子です。

    ユーザーID:3419461089

  • 手作りが好きです

    うちも親が過保護で、食べるものから友人付き合いまで細かかったです。
    うちも駄菓子絶対ダメでしたね。子供のころは駄菓子憧れました。おやつは母の手作りケーキか、モロゾフとかの高級クッキー、またはスーパーで売っているものでも手作り焼きプリンとか(プッチンプリンも食べさせてもらえなかった)、それか焼きイモとかふかした新じゃがとかでしたねぇ。今にして思えばなんだか贅沢な子供時代だったんだなーと思うのですが、母は子供に添加物の多いものを入れたくない!と必死だったようです。ポテトチップスもダメでした(コンソメパンチ憧れ)。マックもしかり。(大学生になってから初めて食べた)。
    で、今になって・・やっぱりジャンクフードって食べる習慣がないせいか、食べないですね。体が欲してないし、添加物が多いってわかってるのかなぁ。冷めるとまずくなって食べられないようなものは嫌ですね。お菓子も高級品か自分の手作りです。高級お菓子といったって、せいぜい数千円のことなので、ブランドバッグを買う事に比べれば何でもないと思いますしね。

    ユーザーID:6018289316

  • いいことなかったです

    ・学校と塾以外は家で勉強か読書か寝るか、できるだけ静かにしてること
    ・本当に用事がある時以外は親に話しかけないこと
    ・質問禁止
    ・テレビは親が見てるものだけ
    ・校則どおりの格好のみ可
    等々

    いつも無言の監視が付き、息苦しい子供時代でした。万事「ダメ」なので、相談とかしたことなかったです。大人になってもぜんぶ事後報告なので、親は困惑していたようです。
    物やお金に対するリバウンドはすごかったですね。馬車ウマのように働き、収入は残らず使ってました。仕事は金を得る手段以外の何物でもなく、夢や目標はあった試しがないです。20代後半で限界が来て、拒食、不眠、うつ等々になりました。これはつらかった。
    そんな状態も年とともに落ち着き、結婚もできました。が、対人不安だけは払しょくできません。「断られる不安」が根っこにこびりついて離れません。自分が心静かに過ごせるならこのまま友人0の人生でもいいかなと思ってますが、時々さびしくて考えちゃいます。こうじゃなかったらどうだったんだろう、って。
    禁止が多すぎると、無意識に自分に制限を作りすぎてしまう気がします。動物園のゾウみたいに。

    ユーザーID:6637654317

  • 私も

    幼少の頃、お菓子や玩具はあまり購入して貰えませんでしたが、
    あなたのような物欲は無いですよ。
    用は人間性なのではないでしょうか。

    ユーザーID:2600598458

  • なんで禁止だったのだろう?

    私も結構、禁止が多い家に育ち、
    親に隠れて、テレビをみたり、マンガをみたり、お菓子をかったりと、禁止が多すぎてかえって良くないのではないか。と思ったりしました。
    でも、年をとっていくと、禁止は自分のためだったことが分かってきた気がします。子育てすると特に!!
    禁止するほうが、放任するより親の労力はかかりますからねえ。。。
    満たされないというのは、ご両親の愛情の示し方がいまいちうまくなかったせいと思われますが、でも、労力をかけ、あなたのためを思って禁止したのではないでしょうかね?
    私は、親ほど禁止するのは、嘘をつかせたりよくないことも起こるのを知っているので、ほどほどに、でも、やはり平均よりは、禁止の多めの家を作っている気がします。
    自分は自分、それでいいと思います。
    でも、子供のころジャンクフードばかり食べないで育ったことを、たぶん高齢になると感謝すると思います。
    骨が違いますよ。

    ユーザーID:8642067625

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