おやじの味

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  • 涙腺弱ってるのかな

    30代独身会社員です。
    我が家も父が亡くなって3年になります
    うちの父も料理するの好きだったみたいで、娘たちが幼いころは「男の料理」的なメニュー(休日のお好み焼きとかチャーハン、ブイヤベースに挑戦!等)
    が多かったのですが、そのうち筑前煮だのけんちん汁だののような「おふくろの味」に近いものを好んで作るようになりました

    私が大学生の時は、なんだかんだ帰宅が遅く、父の方が早く家についていて料理していて・・・で、帰宅すると「おかえり」ではなく「飯食うか」と
    迎えられるのが常でした(深夜でも)。当時は正直、「食わせることにしか興味ないんかい!」とイライラしたりしましたが、今にして思うと・・・良い思い出です

    私が好きだったのは「コンビーフチャーハン」、休日の昼に良く作ってくれました。たまねぎみじん切りとコンビーフ、卵の入ったチャーハンです
    今でもたまに、「パパのチャーハン作ろうかな」と思い立ってつくります。あの味はなかなか再現できません。
    父と娘って、色々葛藤の時期はありますが、自分が社会人になると特にありがたみを再認識するのではないかなと思っています

    ユーザーID:0966272529

  • 焼きうどん

    鰹節としらすだけが具の焼きうどん。あるときには上に分葱も乗っていたかな。
    味付けは醤油だけでシンプルだったけど、母の作る手のこんだ料理とは違ったおいしさがあって大好きでした。亡くなってしまったので小学校4年生くらいまでしか食べていなかったのですが覚えています。

    ぼくには祖父の味というのもありまして、2人だけで暮らした数ヶ月、台所に立ったことのなかった祖父が毎日ごはんを作ってくれました。その最初の作品のカレーが祖父の味です。玉ねぎがないということでざく切りの長ネギが入っていて、にんじんも輪切りでした。ちょっと水っぽかったし。でも、不思議とすごくおいしかったです。
    その後、祖父はあっという間に料理の腕を上げ、ぼくは祖母の作る料理よりも好きになってしまいました。そのことは祖父にも祖母にも伝えていませんが・・・

    キムタクさんのセコムのCMみたいに父か祖父がごはんを作りに来てくれないかなと思う今日この頃です。

    ユーザーID:7569552040

  • トピ主です。

    心がほんわかするレスみなさん有難うございます。
    実家では母専業主婦だったため、父が料理をすることは珍しい事でした。
    母が病気や里帰りしている時のみでしたので、父の味を知っているのは
    私だけ?弟は記憶にないといいますので。母も父の料理って食べた事が
    ないようです。ぴかたちゃん様のおっしゃるとおり、母(妻)にも食べ
    させてあげなよ〜と思います。【おやじの味】は子供の特権なのかな・・・

    父親っ子だった私ですが、おやじ様のお嬢さんのように「お父さんのお嫁
    さんになる!」とは言いませんでした(笑)でも、両親が離婚したら父に
    ついて行こう!と考えた小学校時代(可愛げない)理想の結婚相手は
    ずばり『父のように家事ができる人』でした。
    現実は・・・夫:掃除・洗濯・アイロンがけ・ごみ捨て・ご近所付合い◎
    でも、料理だけ肝心要の料理が×3位です(泣)こんなもんです・・・

    私が寝込むと、【レトルトのおかゆ】を買ってきてくれる出来た夫です(苦笑)
    今は、「イクメン」や「料理の出来る男」が巷に溢れているのに・・・
    辛うじて昭和二桁生まれの父、40年以上時代先取りしてたんだね!

    ユーザーID:6904763774

  • 昔の人だったから

    家事全般ほとんどしなかったですね〜うちの父は。
    でも、たまに思い出したように日曜日のお昼ご飯つくってくれることがありました。
    ご飯といっても、「インスタントラーメンの卵入り」でしたが。
    父は溶き卵にして全部かきまぜてしまうので
    ビジュアル的は美しくありませんでしたが、、懐かしいな〜。

    あと、チャーハンとお好み焼きも作ってくれましたが
    、、、あんまりおいしくなかった「おやじの味」でした。

    このトピ見て、久々に思い出しました。
    今度作ってみようと思います!
    「インスタントラーメンの卵入り」

    ユーザーID:9255582851

  • ドロドロうどんとしぐれ煮

    ドロドロうどんなんて食欲失せるネーミングですが…。
    1人用の土鍋にネギと玉ねぎ、砂糖と醤油とうどんをブチ込み、少量の水でグラグラ煮込んだ後、溶き卵をぶっかけたシロモノです。
    見た目最悪なのに、止められなくて(笑)
    ガッツく私を見てた父の顔も忘れられません。

    後は、母が忘れていた大量の冷凍牛バラを生姜と砂糖、醤油で炊いたしぐれ煮はご飯が止まりませんでした。
    基本、ウチの父の料理は「砂糖と醤油」でした(笑)

    ユーザーID:1527412818

  • うちのおやじは

    料理はダメでしたねー、うちのおやじは。食べ物の味が全く分らない人で、一度だけ卵焼きをつくってくれましたが、不味くて死ぬかと思いました。
    私は味にうるさく、料理も出来ます。というか日常の料理係は私です。子供たちは私の味に慣れてますから、うちは「おふくろの味」ではなくて、おやじの味が我が家の味です。
    私のおやじは私の母の料理が好きでしたが、母は味の分らないおやじをバカにしてましたね。そんなおやじも母に捨てられ、癌で死んでしまいましたが、あの不味い卵焼きの味は忘れられません。

    ユーザーID:0627523723

  • おじやとお雑煮

    お世辞にも上手とは言いがたい父でしたが、料理することは好きでよく作ってくれました。

    その中でも定番は「おじや」。
    絶対にさっぱりした雑炊などではなく、ぐっちゃぐちゃに煮込んだおじやでした。
    玉子とネギと、たまに鶏肉も入ってたなあ。
    母がたまに真似して作るのですが、不思議と父の作る味の方が美味しかったっけ。

    それから、お正月の朝の「お雑煮」も父の担当でした。
    薄い醤油味の鶏肉雑煮、絶対自分ひとりで作らないと機嫌が悪くなる父でした。
    正月の朝、ひとり早起きをして台所でごそごそしていた後姿を思い出します。

    そんな父が急逝してもう四年。
    みなさんのレスを拝見したら、思い出して泣けてきました。

    ユーザーID:8825779075

  • おやじの味か〜

    40歳(男)です。
    うちは僕が小学2年生の頃に両親が離婚して父と2人暮らしを15年位していたので記憶にあるのはほとんど「おやじの味」です
    中でも「かす汁」が好きだったな〜。皮むきも適当な人参とか骨有りの鮭が入ってました。
    父と二人で暮らしたころは貧乏だったので特においしかったのかも知れませんね。
    僕が結婚して家をでた後にも1度だけ「作ってくれ」って頼んで久しぶりに食べました。懐かしくておいしかったです。

    母とは僕が結婚してから行き来するようになったので「おふくろの味」を食べましたが、もう忘れてるので懐かしい感じでもなかったですね。
    →もっというと僕と母は住んでいる地域が違うので味付けが違い違和感がありました

    ユーザーID:4993758889

  • 他所はいいなぁ

    「おやじの味」といわれたら、塩辛が浮かびました。
    家族のために作った“料理”ではなく、自分の酒の肴のおすそ分け。
    兄弟も同じこというんじゃないかな?

    母が倒れようと、子供が幼かろうと、自分の分しか料理をしない人です。

    ユーザーID:5927950001

  • がんばるよ

    トピ主さん、ありがとう。

    ありがちな話ですが幼児の頃は「お父さんのお嫁さんになる!」と言っていた娘が、
    最近は文句ばかりなので残念に思っていました。
    でもトピ主さんのレスを読みまして、いずれ娘も大人になるだろうと、見守っていこうと考えました。
    私の「ぺちゃんこ鍋」を作っていきたいと思います。

    ユーザーID:6736709348

  • 今は亡き親父の味

    まだ幼稚園か低学年の頃の週末のおやつといえば
    「親父特製の揚げドーナツ」卵の味がしてなかなか美味。

    親父といえば「丼モノ」。牛丼、親子丼、謎のおかずを
    卵で閉じた不思議丼、どれもなつかしい味。

    すき焼きを仕切るのは親父。割り下を入れるすき焼きではなく
    材料にお砂糖やお酒をぶっ掛けて醤油で味を調整。
    そのせいか社会人になるまで「割り下」の意味がわかりませんでした(笑)

    ユーザーID:1571809861

  • ありがとうございます。

    レスしてくださったみなさんそれぞれに【おやじの味】があり、思い出
    がありその場面が目に浮かぶようです。

    おやじ様、お嬢さんはお一人ですか?父親にとって娘は異性なので特別な
    存在だと周りでは言っていますがどうでしょうか(私は子供無し)。一時期が終われば、お嬢さんとも静かに話せる日がきますよ。
    幼い頃を思い出すと、父なりの愛情を注いでくれたと思います。
    思春期になると普通は「オヤジ臭い」「ウザイ」など今の風潮ですが、
    私には反抗期がありませんでした。
    その時期に父は事故で明日をも知れぬ状態、反抗する事もできなかった。

    家で臥せっている父、事故の後遺症に苦しむ父。立場は逆転し臥せって
    食欲の無い父に「何か食べたい物ある?」と聞くと「お前の雑炊食いたいな・・・」と。
    茶碗に一杯だけでも食べるのがシンドイ様でしたが、「俺の好きな味だ」
    と言われた時、ぺちゃんこ鍋の味だよお父さん!と心で呟きました。
    明日は敬老の日、久しぶりに電話をしようと思います。

    ユーザーID:6904763774

  • ブイヤベースと蟹サラダとさんまめし

    うちの父は元コックで、料理は何でもござれのはずなのですが、
    普段は全く台所に入りません。
    そんな父が初めて「ご飯らしいご飯」を作ってくれたのが、ブイヤベース。
    材料費と時間をかけまくって、台所を散らかしまくって作ってくれたそれはとてもおいしくて、未だにあれを超える代物にお目にかかったことはありません。
    また、母が同窓会で家を空けたとき、妙に張り切って作ってくれた蟹サラダ。マヨネーズも自作で、蟹も自分で殻から外しほぐしたものですから、とーってもおいしかったのです。が!長時間かかってできたのはそれだけ!やむなく私と妹で別にメインの料理を作ったのはいい思い出です。
    それから十数年後、またも母の同窓会の日。今度は私と父の二人きりでした。暇に任せて外出をした帰りに寄ったスーパーで、さんまを見た父が「今日はさんまめしにしよう。飯だけ炊いてくれ。」
    さんまめしってなに?と思ったら、炊き立てのご飯に、水気を切った大根おろしと、焼きたてのさんまの身をほぐしたものをつっこんで、ポン酢で味を調えただけのもの。それだけなのにほんっとにおいしかったです。
    父よ、たまには母にも作ってあげてくれ〜〜!

    ユーザーID:4192605696

  • ブリ大根

    普段の食事は母か私でしたが、たまに父の帰りが早く、母が寝込んでいたりすると、父があら大根を作ってくれました。

    お醤油も砂糖もかなり多目で、真っ黒で、母のあら大根とは似ても似つかぬ代物ですが、美味しいんですよ。こっくりしていて、大根にもたっぷり味が染みていて、しかもあらがほっくり柔らかく、崩れていない。

    私も猫も跨ぐ程きれいに食べていました。翌日に残った煮凝りを炊きたてご飯にかけて食べるのが嬉しかったな。

    他は特に作るものも無いんですけど、おやじのアラ煮は最高です。

    たまに帰ると作ってくれます。嬉しそうに目を細めて私が食べるのをおかずに晩酌してます。ありがたいことです。

    ユーザーID:2339962855

  • 泣けてきた

    中二の娘と二人の土曜日の昼ご飯。
    「またスパゲティか。たまには麺類以外が食べたいのに…」
    と文句を言いながら食べる娘。
    このトピ読んでたら泣けてきました。
    あと二十年もしたら、娘もトピ主さんやレスの皆さんみたいに思い出してくれるだろうか。

    ユーザーID:6736709348

  • フレンチトースト…?

    かろうじて昭和フタケタ世代の父が、不慣れながら時折どこか(多分飲み友達から)で聞いたレシピを適当に解釈して作ってくれた料理の中で、「フレンチトースト」は別格に美味しかったと記憶しています。

    砂糖と溶き卵を混ぜた牛乳に浸した食パンを焼いただけ…蜂蜜すらかけてないものでしたが、昭和の子供にとっては物珍しいものでした。
    日曜日の朝、次々に差し出される私たちの皿に、父が嬉しそうに焦げ目多めのパンを盛ってくれている情景は、幸せな記憶です。

    あとは、豪快に(周りに散らかりまくりで)作られたチャーハンも美味しかった。

    その他は…鱗を取り忘れて醤油だけで味付けされた煮魚とか、前日残った天ぷらをうどんダシで煮てフヤフヤにしてしまった謎の煮物とか…とても完食しにくいものばかりでしたけれど(流石に本人も失敗だと自覚していた・笑)。
    何故かそれでも嬉しかったなあ。

    料理上手な母も、少しでも料理ができるようになれば…と思って黙って見ていた(アドバイスしてもきかないし、拗ねてやらなくなるから)ようです。

    ああ何だか泣けてきたな。 トピ主さんありがとう。

    ユーザーID:2144283204

  • いやあ、いいおやじさんですねえ〜

    本当にしょうもないおやじさんたちが多いなかで、こういうのを見るとほっとします。皆さんいいおやじさんにめぐまれてよかったですね。こちらまでうれしくなってきます。

    ウチの父さんは普段台所に立つことはあまりなかったですが、のり巻きとなると父さんの出番でした。母は手先のあまり器用な人ではなかったので、のり巻きは苦手だったみたいです。

    父さんの作ったのり巻きはおすし屋で食べるのと変わらないぐらいきれいにできていて、その上私たち子供のよろこぶように少し甘めのすし飯で作ってありました。具は代わり映えのしないものだったけど、あれはおいしかったなあ。母さんもよろこんでたくさん食べていたのを覚えています。

    ユーザーID:3912481879

  • 油飯(アブラメシ)

    母が作るのは「チャーハン」です。
    「チキンライス」とか「オムライス」とか「ピラフ」とか他にも色々ありますが、
    まあ、皆さんがご存じのものを作ってくれる。

    ところが、父が作るのは「油飯(アブラメシ)」
    メをムに変えたら大変な事になりそうな危険なネーミングですが、
    まあ父がそう呼んでたんだから仕方がない。

    タマネギとピーマンとニンジンのみじん切りを炒めて、
    そこに冷や飯入れて炒めて、
    味塩コショーのみで味付けしてできあがり(蛋白質無し。卵も入ってなかったなあ)。
    チビの私は大好きだったんですが、母は「これはちょっと…」と言ってました。
    母がいないときを狙って「アブラメシ作って」ってせがんで作ってもらってました。

    ユーザーID:4362744048

  • お餅の入ったおじや

    あれは、私が物心付くか付かないかのことでした。
    なぜか私が泣いていたのを覚えています。

    共働きの母が会社の忘年会か?何かで居ませんでした。
    夫婦喧嘩で母が出て行ってたのかも知れません(笑)

    その時に、今は亡き父が作ってくれたお餅入りの雑炊と言うか?おじやと言うか?何と言っていいのか分からない代物が未だに忘れられません。

    それが、美味しかったのです!
    父が料理をしたのなんて、その一度きりですが、その味の美味しさは舌が覚えていますし、ビジュアルは目に焼きついています。

    ご飯とお餅に野菜が入ってました。
    それなりの歳でしたら、ご飯にお餅はないでしょ!?っと、突っ込んだのでしょうが、そこまでの年齢に達していない私は、ニコニコと食べたような記憶があります。

    これが私にとっての、まさに、おやじの味でした。
    今、元気に生きていてくれれば、私が作った美味しい物を食べさせてあげられたのに!

    ねっ、父さん。。
    早く逝きすぎだよ!!

    ユーザーID:7234786008

  • いい話ですね

    トピックタイトルを見てウケてみにきましたが、とてもいい話だったので泣けてきました。
    うちの父は、キャベツと卵の炒め物と海苔と卵と葱がたくさん入ったラーメンです。とっても美味しかったです。
    今思えば、仕事で疲れていただろうに悪かったな、、

    ユーザーID:9515685522

  • 具なしチャーハン

    早寝早起きな父が休日の朝に時々作ってくれたのが、具なしチャーハンでした。
    温めたご飯に生卵を絡め、それを炒めて醤油と鰹節で味付けをするだけ。ゴージャスバージョンだと玉葱とかハムが入ってましたが、どっちになるかは父の空腹具合によりけり。

    味はまあ、シンプルで素朴で、見た目どおりでした。
    でも、家事がまったくだめな父が「チャーハン食うかー」と言って作ってくれるのが嬉しくて、日曜の朝は頑張って早起きした記憶があります(笑)

    そんな父もそろそろ定年。一緒に蕎麦打ちでも習って、美味しい蕎麦を作ってもらおうかなと考えています。

    ユーザーID:6788036360

  • トピ主です。

    みなさんレスありがとうございます。
    それぞれの「おやじの味」楽しくまたしみじみと拝読させて頂きました。

    父は現在75歳、母も健在ですがもう台所には立ちません。弟夫婦と孫
    同居していますので。私がトシをとるだけ親もトシをとる。
    当たり前のことですが、ちょっと哀しいななんて思っていた時、某お店で
    昔ながらの煮魚用鍋を見つけ、4歳当時の私と父の【ぺちゃんこ鍋】を
    思い出したのです。

    父と私だけの合言葉、まだ若い父生活も豊かとは言いがたかい子供時代
    でしたが懐かしい思い出です。私は相当の父親っ子だったようです。
    反対に父は自他共に認める子供嫌い・・・ 同居している孫(私の甥)には
    懐かれてません。オーラ出てますので近づかないみたいです。
    でも、どーして私と弟が居るんでしょうねぇ、お父さん!?

    今は認知症ならずに長生きして欲しいなと思います。そして【ぺちゃんこ鍋】
    忘れないでいてください。

    ユーザーID:6904763774

  • 赤い憎いやつ

    おやじの味は「ケチャップライス」です
    ひき肉、たまねぎ、缶詰のコーンが入っていました。
    オムライスの予定ですが、うまくできずに
    ケチャップライスと炒り卵でした。
    時々、「マ・マーのナポリタン」も作ってくれました。
    ゆでめんのうどんをケチャップで炒めて
    「ジャパニーズナポリタン」もおやじの味です。

    ユーザーID:7059735787

  • おじや

    鍋の後のおじやはいつも父が作っていたのですが、
    必ず『味の素』を大量に入れていました。

    母が「せっかくいいダシが出てるのに…」とぼやいていましたが、
    おかまいなしでした。

    父は4年前に急逝してしまったのでもう作ってもらうことは
    できませんが、もうすぐ命日なので、父と同じ味になるか
    わからないけど久しぶりに『味の素』味のおじやを作ろうかと思います。

    ユーザーID:3165316735

  • テールスープごはん?

    昔、父は焼き肉屋を営んでました。私は父が大好きで、幼稚園の頃ですが、夏休み等、私が休みになると、よく市場にくっついていったり、開店準備をしている間、
    私はカウンターに座って、仕込みをしている父を眺めていました。
    私はお肉を焼いたものより、父の作るテールスープが好きで、お腹がすくと、スープにご飯を入れたものを、父が冷まして食べさせてくれました。
    それは決して子供が食べられないような熱さではなく、私は自分で食べられる年齢でしたが、優しい父が温度を確認しながら丁寧に食べさせてくれることに、
    自分は無条件で愛されているんだという安心感がありました。
    しばらくして父は急逝してしまい、店が閉店して何十年も経ちましたが、父との幸せな記憶と、あのスープごはんの味は忘れません。 
    私は大人になり、高級店と言われる焼き肉店等のテールスープも色々食べましたが(さすがにご飯を入れてグチャグチャする勇気はなかったです 汗)、
    父の作ってくれたテールスープの方が美味しかったです。身内びいきですいません 笑

    ユーザーID:7112632944

  • すき焼き

    二十数年前、我が親父が作った唯一の料理が、すき焼きでした。

    水を使わず、砂糖と醤油のみのすき焼きで、
    下品な味付けと思いつつ、やたらと美味かったです。

    ユーザーID:3949141438

  • お好み焼きです。

     父しか使ってはいけない鉄板がありまして、月に一度のペースで日曜のお昼にお好み焼きを作ってくれました。青ねぎとキャベツがたっぷり入っていて、茹でたイカ、天かす(揚げ玉?)とモロモロの秘伝の味を加え、たっぷり生地を作ります。一枚ずつ焼くので時間がかかるのですが(我が家は当時6人家族)父は根気よく焼いていました。自分もビールを飲みながら、6枚焼き終わる前に、おかわりする子供達がお皿を持って並ぶのです(笑)。
     
     今、父は要介護になってしまってお好み焼きも焼けないし、お酒も止められています。あの頃、実家は一番幸せだったんだろうな。今から思うとお肉がちょっとしか入っていませんでした。

     

    ユーザーID:2347532798

  • このトピ、泣くわ

    父子家庭の期間が、5年ありました。
    ジンギスカンも食べましたよ。ホットプレートで。
    でも、私の肉を焼く端で、親父はサンマを焼いてました。年寄りで歯が悪かったからね。(笑)
    魚も捌けたし、煮付けの味も旨かったです。
    楽しい記憶も有ったのを、思い出しました。
    ありがとうございます。

    ユーザーID:1092202770

  • 太くて短い手打ち蕎麦

    うちの父はわりと抵抗なく台所に立つタイプで、
    母の不在時にはよくご飯をつくってくれたのですが、
    そんな父が年末になると俄然はりきる。
    そば粉を大量に買い込んできて「年越し蕎麦を打つ」と言い始めるわけです。

    つなぎ一切なしの十割蕎麦なのはいいのですが
    なんか太い…。
    ぶちぶちとよくちぎれる。
    年越し蕎麦は「細く長く達者に暮らせるように」と願って食べるものなのに
    これじゃ逆に縁起が悪いんじゃないの? と思いながらも、
    表向きは父を立てて、それなりにご馳走になっておりましたところが

    そんな父は病に倒れ、五十の声を聞く前に帰らぬ人となりました。
    まさに自分が打っていたお蕎麦のごとく「太くて短い」人生でした。

    ホットケーキみたいな玉子焼きとか
    化学調味料たっぷりのラーメンスープに浸かったスパゲッティ(何故)とか
    真っ黒でやたらとしょっぱい豚肉とゆで卵の煮込みとか
    不思議な食べ物をよく作ってくれたものですが、
    蕎麦ではなく、そばがきと思って食せば、なかなか美味しかった(ような気がする)あのお蕎麦は、
    「おやじの味」というか「親父そのもの」のように思えます。

    今月末、18回目の命日です。

    ユーザーID:6942401160

  • おなかすいた(笑)

    みなさんおいしそうですね〜
    うちの父も、昔船乗りをしてたとのことで気が向いたら
    手早く作ってくれていました。
    中でも印象に残っているのが、豚肉の薄切りを塩・胡椒して
    溶いた卵をからめてフライパンで焼く料理。
    おいしかったけど…お父さん…「今日はムニエルやぞ〜」って
    言ってたけど…
    大人になって知りました。…ピカタじゃん!!!
    私が15歳の時に亡くなってしまったので、久しぶりにおいしい記憶が
    よみがえってきました。トピ主さんありがとう♪

    ユーザーID:2067452272

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