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「○○している私(自分)がいます」って流行なの?

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生活・身近な話題

へそ曲がり

数年前からタイトルの文章をよく見かけます。
ここ小町の中でも何度か投稿文で使われていました。

ふつうに「私は・・・・と思いました」と言えば済むところを「・・・・と思っている自分がいます」というような使い方です。

会話の中でも時々はさみこんでる方もいて内心「ちょっと・・?」とひっかかります。

みなさまは違和感ないのでしょうか。

ユーザーID:5643456154

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  • あまり本を読まれないのかな?

    国内海外に関係なく、少なくとも手持ちの1970年代の本からかなりの数見つかる表現です。
    昨今の流行ではないでしょう。

    単純に、自分を客観的にみているというか、もう一人いるような感覚で
    見ているときの表現だと思いますよ。

    「私は・・・・と思いました」と、
    「・・・・と思っている自分がいます」ではニュアンスが全く違うでしょう?
    感情描写という意味では全く異なると思います。
    思っているのではなく、そういう自分を認識している状況であって、
    思っているという状態とは少し精神状態が異なるんです。

    何でもかんでも流行りや乱れと捕らえるのは短絡的過ぎますよ。
    もっと心理描写というか、感情の機微を読み取られては如何でしょうか。

    ユーザーID:3660855511

  • 笑えるよね

    いるいる、そうい人。
    異常に自己主張が強い人なんでしょうね。

    個人的にはあまりお近づきになりたくないタイプです。

    ユーザーID:2093969482

  • 違和感ありません

    自分をどこか別の場所から見ているような気持ちです。
    トピ主さんにはそう思う事がないのでしょうか?

    駄目だとわかっているけど、
    どうしようもなくそうしている自分を、
    外側から見て「駄目な奴」と思っているとか。
    そういう感覚を上手に表現した言い方だと思います。

    ユーザーID:1518767558

  • ヨーロッパ語の思考ではないでしょうか

    伝統的な日本語の文章では,主語の ”私” は言わなくても存在している,と言われるくらい自分を客観的に見るような言い回しはしないです。このごろの ”ーーーしてる自分が居ます” と言う言い方は,ヨーロッパ語の教育を受けた若い人たちが,日本語を書く時にもヨーロッパ語的な思考態度になっている結果ではないかと思います。

    英語だと,I found myself thinking that ---,と言う文章はよく見ますから。

    ユーザーID:1032891215

  • 流行です

    流行なんて、はやり始めの頃は違和感を持つ人が少なからずいます。
    と言いますか、今まで同じであれば流行とはいいません。
    普遍化していないから流行なんですよ。

    ユーザーID:7167846723

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  • レスありがとうございます

    最初にレス下さったのはご年配のかたでしょうか

    おっしゃることはよくわかりますが、私がその言い回しを嫌だなと思うのは文学的な書物などではなく、深みもなく単なる聞き覚えを横流しで流用している使い方に対して感じることです。

    こういうところでその言い回しはそぐわないでしょと思ってしまいます。
    若いかたなどは、笑いをとる場面で使ったりしていますね。
    いっそ、そういう使い方のほうが許せてしまいます。

    私の表現が稚拙なためうまく伝えられないことがもどかしいのですが。

    ユーザーID:5643456154

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • 流行でしょうね

    しばらく前なら、「〜と思う今日この頃」などと
    猫も杓子も使っていた時期もありました。

    少し知的に見せようとしているだけで、
    結局は「自分にごほうび」「心が折れる」などと
    変わらないのではないでしょうか。

    あ、文学作品はよく読みますよ。
    明治大正期の作品から独・露文学あたりが守備範囲です。

    ユーザーID:4020213132

  • 私も気になってました

    私も本はよく読む方ですから、もちろんそういう言い回しが存在するのは知っています。
    しかし…いえだからこそ、小町などでの投稿文に頻繁に見られるものは、何だかしっくりこないように感じます。
    全体が自分を客観視した語り口調というわけでもなく、そこだけ浮いていることが多いです。
    借り物っぽさがありありと出ていて、ああ〜残念、流行っているのかな、と。

    ところで、自分のことを他人事のように言ったり断定を過剰に避けたがる傾向は、前から色々出てきていますよね。
    自分のことなのに「〜するらしい」とか、「私は○○なタイプの人」とか。
    もしかしたら「〜する自分がいる」も、突き放しというよりは、そういうものの一つではないのかなと思います。

    ユーザーID:9634676254

  • 違和感はあります

    伝統的に正統とされる日本語の文体(という表現も乱暴ですが)とは異なる、
    明らかに翻訳調の文体ですからね、違和感があるのは当然だと思います。
    外国語に堪能な作家さんの考案だったんじゃないかな…。

    それでも、自覚はしていなかったけど、自己を見つめ直してみると実は
    ○○だったというような情景を表現するには、意外にぴったりくることも
    ある表現だと思いますよ。

    まあ、トピ主さんが違和感を感じている用例というのは、別にそこまで
    考え抜いてということではなくて、洒落た表現だから頂いておこうって
    ことなんじゃないかと思います。流行、というより、単に模倣ですよね。
    「深みもなく単なる聞き覚えを横流しで流用している」で、ほとんどの場合
    間違いないと思います。

    でも、そもそも、言葉なんてそんなものじゃないでしょうか。
    母語の使われ方への関心は喪ってはいけないと思いますが、特定の時代の
    使われ方を正統と見なして、そこからの逸脱を嘆いてみてもあまり意味は
    ないような気もします。
    別にトピ主さんが許す必要はないので、日本語が稚拙な人ね、で済ませて
    おけばいいのでは。

    ユーザーID:1837563451

  • でも

    やっぱり流行りなんだろうね
    と思う自分がいます。

    ユーザーID:8682480549

  • 私も余り好きではありません。

    この所、TVを見ていると、20〜30代前半位の年齢の芸能人の方が、良く使っていますね。
    文章で読むと違和感が無いようにも思うのですが、言葉で発せられると、どこか気取った感じがします。
    …何となくですが、自分を客観視したような詩的な表現である所がナルシスティックに感じられて、不快なのかも知れません。

    ユーザーID:5641423978

  • わかります

    年配の人間ですが、トピ主さんの言わんとするところは良く判ります。
    一見洒落た風でその実、深みも何も無い。
    平かな表記の地名にも通ずる、気持ち悪さ。
    自己満足のゆる〜い世界。
    この手の表現がお好みの方、ごめんなさい。

    ユーザーID:7301118247

  • いわれてみれば、、

    確かに昔はそういう言い回しはしなかったような気がしますね、、
    ただ、もう少し考えてみると、
    「〜している自分に気がつきました」とか、「〜している自分を意識してしまいます」とか、そういういい方はあったような気がします。
    〜している私がいます、はもっとやわらかく、くだけた、感じの言い回しですね。あと、今風な感じ。笑 特に「〜がいます」の「います」の部分は面白いな、と思いました。確かに、昔はあったようで、あまり使われていなかったような感じがする、言い回しですね、、自分で自分を発見する、客観的にみている、感じが「〜している自分に気がつく」「〜している自分を意識してしまう」といったいい方より、少しします。
    言語学的に考えてみると、面白い現象なのかもしれませんね。
    ちなみに私は「省略語」の中に「は?」と思うものがけっこうあります。

    ユーザーID:1791087019

  • 違和感ありません

    文学的な書物ではなく、小町の投稿だろうと会話だろうと個人のブログだろうと、この表現を使って何かを表現しようとしていること自体は別にちぐはぐではないと思いますし、日本語として誤りというわけでもないですし、しっくりするかしないかは人それぞれの感性にもよるのではないでしょうか。

    私も、「・・・・と思っている自分がいます」を「私は・・・・と思いました」に置き換えては意味合いが違うと思いますし、そもそも「深みもなく単なる聞き覚えを横流しで流用している」と捉えるなら、よそ様が「違和感ない」と言ってもトピ主さんにとっては「違和感」でしかないのではないでしょうか。

    ユーザーID:6940082739

  • どちらであろうとあなたの主観。

    「深みもなく単なる聞き覚えを横流しで流用している使い方」
    は、あなたの主観でしかありません。
    文学読んでるか?さんが記載しているように、様々に表現するために適切と考え使用しているだけであり、文学作品で使うもの、というあなたの思い込みこそ滑稽です。
    私ももちろん全ての用法に肯定的なわけではありませんが、特定の文章や使用者に対しての批判ならともかく、トピ主のくくり方は軽率かつ乱暴で「へそ曲がり」な反応といわざるを得ませんね。

    ところで最近の流行なんですか?30年以上前から良く見る表現ですよ。

    ユーザーID:4445132096

  • 確かに気になりますね。

    私も持って回った言い方は好まないので,この手の表現は気になります。しかし,プロが書いている小説の中に出てきても,それは気になりません。言葉は人・時・場によってそぐわしいかどうか,が重要になりますからね。

    ちょっとトピの内容からはズレますが,私は日常会話に不必要に横文字を多用されるのも嫌ですね。

    あと,トピ主さんの言いたい事を読み取れない方がいますが,本文からもっと心理描写というか,感情の機微を読み取られては如何でしょうかと思ってしまう自分がいます。

    あれ,意外に便利な言い回しかも(笑)。

    ユーザーID:6039117533

  • こんな感じでしょうか?

    私は○○出来ない人、ダメな人。例えば
    ・私、お肉ダメな人なのよね〜
    ・私、お掃除出来ない人なのよね〜

    私は↑を聞くのが苦手でした。
    違ったらゴメンナサイ。

    ユーザーID:1372864455

  • 人真似

    どこかで見聞きしたんですよ。
    それで「あ、カッコイイ!」と思った。
    だから真似して使っているだけ。

    文学の香りも糸瓜もないようなレスに多くみられます。
    単なるミーハーな流行語です。
    最初に使った人は文学的だったのかもしれませんけれどね。
    さんざん非文学的な表現をしておいて、そこだけ「文学です」と言われてもね。

    トピ主さんが言っているのはそういうレベルの文章の中に多用される「……自分がいます」でしょう?
    私も嫌いです。
    でも私だって万人に誇れる言葉を使っている訳ではないので、聞き流します。

    ユーザーID:2772110854

  • 昔からあったけど

    表現としては昔からあり、書き言葉としては使われていました。
    ただ、ブログやツイッターがなかった頃は個人的な手紙や日記を目にする機会は少なく、今ほど見かけなかったのでは。
    昔の掲示板では「自分語り」はタブーで、やはりこういう表現は少なかったように思います。

    話し言葉にも使うのは最近の流行なのでしょうね。

    ユーザーID:5978092680

  • トピ主さんの言いたいこと、よーく分かります!

    そういう表現があること自体は、もちろんトピ主さんもご存知なんだけど、あまりにやたらめったら下らないところで何度も「○○の一つ覚え」みたいに言う人のことをおっしゃっているのではないですか?
    先日も友人の娘さんが「前はプリンが大嫌いだったんですよー。でもなんでか昨日、美味しいって思う自分がいたんですよー」みたいなどうでもいいことで何度も使うのでうんざりしました。

    ここぞという絶妙のピッタリなタイミングを心得ていてほんの時々だけ使う、あるいは、わざと場違いで滑稽に聞こえることを狙って笑いを取るために言うとかならそれほど嫌な感じはないのでは?
    それなら、私もまったく同感です。

    そうではなく、本人はごく普通のつもりでも、聞いていてゾワゾワーっと気持ち悪くなるというか恥かしくなる場合が嫌なんです。
    かえって、言葉の微妙な意味合いを分かってない、ユルい人という印象をもちます。

    ユーザーID:9170400539

  • ありがとうございます

    共感していただけてうれしいです。
    やはり同じように思われる方がおられるのですね。
    私の発言を理解された方は相当文学に造詣が深いかただろうと推察いたします。私自身はたいしたことはないですが、他人の言わんとするところを汲み取れるところからそう思います。

    他にnomiさんのおっしゃる「わたしって○○な人なの」が苦手、これも同じくらい拒否反応(内心)が出てしまいます。

    どなたかがおっしゃるように、外国文化の影響かもしれませんし、なにかで見たものがかっこいいと真似したものでしょう。

    私はつねづねひそかに思っています。
    日本の文化やモラルやその他美しいものを末永く繋いでいって欲しいと。
    ことばもそのひとつではないでしょうか。

    ユーザーID:5643456154

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • バランス

    同じく違和感あります。

    ブログの普及で、多数の人が文章を公開するようになり、こじゃれた
    表現が目につくようになったのではないでしょうか。

    どこかで見たちょっと気の利いた言い回しであることに加え、自分を
    一般化することがカッコイイと感じる人が多いのではないかと思います。

    この表現がある文章ってたいがいバランスが悪いんですよね。この部分
    だけ浮いてるというか。ファッション雑誌が紹介するおしゃれな服を
    おしゃれじゃない人が着ているというか。

    「自分がいます」で検索すると、そういうの満載です。

    ユーザーID:2175329315

  • 何が違和感?

    何が違和感なのですか?
    文法的に問題があるなら、ちゃんと文法的に指摘されてはどうですか。

    (1)「(私は)そんなことをしてはダメだと思う」
    (2)「そんなことをしてはダメだと思っている自分(に気がついた)」

    などのように、
    (1)は自覚的・能動的・積極的な自分の意思表明
    (2)は無意識的・非積極的な自分の感情や行動
    です。

    (1)(2)は明らかに表現しよう、伝えようとしていることが異なっています。
    文法的にも問題ありません。
    それに、最近増加しているわけでもありません。
    最近増加していると感じているのは、トピ主さんが普段から本を読んだりしないからです。

    ユーザーID:6285146764

  • どなたかもレスされてたけど、「自分語り」っぽいんですよね。

    本の中にある文章などで目にすると特段違和感ないけども、
    会話の中の話し言葉として、
    「○○な自分(私)がいたのよね」
    と言われると、

    「その時、平常心の冷静でいた気持ちを表現したいんだな…本来なら冷静ではいられなかったはずなのに…ということを強調したいのだろう…」
    と思いながら頷いています。
    「自分のことを俯瞰で見渡すように達観して落ち着いた気持ちだったのよ」と言いたいんだろうな…と。

    私自身は、
    いつも右往左往で、
    自分が使うのはガラじゃないと思っているし、
    しかも「こじゃれた言い回し」っぽくてちょっと気恥ずかしいから、
    私個人は使いませんが、

    使う人は、
    そういう言い回しがお好きなんだな…と思っています。

    ユーザーID:7073663928

  • 共感します

    トピ主様の感じる違和感と同じものではないかもしれませんが・・。

    名乗るほどでは様のレスにある「自覚はしていなかったけど、自己を見つめ直してみると実は○○だったというような情景を表現」というのがとても的を射ているように思います。
    私は表現そのものより、そういった「自分で知らなかった自分に気づく様」というきわめて個人的で内面的なものを、「いい年した人間同士の会話」や「誰でも見れちゃうブログ」で表現してしまう幼さ、他者との距離感の無さに違和感を感じます。

    学生の頃(8年前くらい)「〜している自分がいる」「私って〜する人だったみたい」を連発する人が多く、苦手でした。会話のキャッチボールができず、こっちから聞いてないのに自己分析を語りたがる人が好んで使っていたという印象です。

    この表現は、自分のことを話したくて仕方ないけど、自分語りばかりでは嫌われることにも気づいていて、でも聞いてもらいたいという抑えがたい自己主張の表れのようにも見えます。

    ユーザーID:3718403229

  • 一種の逃げ

    私も違和感あります。自分の言葉ではない、借り物の表現を振りかざしているだけに見えます。

    それと、この言い回しにはある種の「逃げ」の心理が働いていると思われます。「私は××だと思います」と言い切ってしまうとそれは自分自身のはっきりとした意見として責任がかかってくるように感じられる一方、「××と思う自分がいます」とワンクッション置くことによって、自分を客観視しているふりをしてどこか責任逃れをしようとする意図が見えてくるのです。

    こういう言葉を無意識に頻繁に使う人は「私はこの前? 買い物? に行ってぇ…うん」という例の“半疑問形&自分への頷き”でしゃべる人と同じカテゴリーの人たちのように思います。

    ユーザーID:6041432932

  • 「しまいます」も似てませんか?

    >前はプリンが大嫌いだったんですよー。でもなんでか昨日、美味しいって思う自分がいたんですよー

    このようなときトピ主さんは
    美味しいって思ってしまいました。
    って書きそうですよね。
    美味しいって思いました
    でよくないでしょうか?
    レスから
    >いっそ、そういう使い方のほうが許せてしまいます
    >これも同じくらい拒否反応(内心)が出てしまいます

    ユーザーID:1907243899

  • なんでそうなるかな

    違和感以前にそもそも「私(自分)がいる」って文章は、日本語としては正しくないんじゃ
    ないかな。自分がいることは自明なんだもの。
    小学校の作文の時間なら間違いなく直しが入りそう。

    でも、いつの事だったかすっかり忘れているけど(少なくともトピ主さんのいうような
    「数年」なんてことはないと思う、もっと以前)、初めてそういう表現を目にした時は
    すごく新鮮で、主人公の心情がこちらの心にまで浸透してくるように感じた記憶だけはある。
    最初の「文学読んでるか?」さんの書いてることも至極真っ当なことだと頷けます。

    そもそもインパクトがあるからこそ、たとえ「単なる聞き覚えを横流しで流用」でも、
    まねする人が少なくないってことなのでは。



    で、トピ主さんの言いたいことは結局これですか。
    >日本の文化やモラルやその他美しいものを末永く繋いでいって欲しいと。
    >ことばもそのひとつではないでしょうか。
    なんで一足飛びに「清く正しく美しい日本文化の擁護者」になっちゃうんだろ。

    トピ主さんの文章を読む限りでは、日本文化なんて話を広げる前に、もう少し
    本を読んだ方がいいのでは。
    まずは自ら範を垂れて下さい。

    ユーザーID:0356148077

  • ミーハーな家族がいます。

    文章はともかく、一般の会話にはここ五、六年前あたりから頻繁に使われるように
    なった言い回しではありませんか?

    慣れない内は確かに違和感とか、耳障りな印象を持っていました。
    日本語的な表現ではないように思えますし、個人的には好みません。

    が、うちでは「お笑い」の乗りで使ってしまいます。

    例えば、、、、。
    息子「この頃、マウンテンバイクが欲しいなあ、と思ってる自分がここに居るんだけどね、、。」(おねだり )

    夫「なあんだ、そんなとこに居たのか。ちっとも気付かなかったなあ、、ははは。」 (却下 )



    夫「ビールもう一本飲みたい父ちゃんが居るよ。」(相談?)

    私「ええっ、そんな父ちゃん、居ちゃダメだよって言ってやって!」(却下)



    何年か先には誰彼抵抗無く、口にするようになると思いますよ。
    文化の流れの中に溶け込んで行くんでしょうね、いずれ。 

    ユーザーID:8092998984

  • 全く気にならない

    逆に、プロが書いてるわけでもなく、文学的なものでもないなら、
    好きに書かせてやれよ、と思う。

    ユーザーID:7730794892

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