90年代の恋愛観について

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(トピ主1
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恋愛・結婚・離婚

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 私は結婚して10年近く経過しており、子供もおります。
 いわゆるバブル絶頂期から崩壊後の不況の時代である、90年代に20代を過ごしたのですが、この時期「彼女」と言える女性が一人たりともできませんでした。
 で、当時は、「恋愛は誰にでもできるはず。できない人は人間的に何か問題がある。」といった、ゆがんだ恋愛至上主義が風潮として強く感じられ、今でも古いトラウマになっています。気持ちとしては、「唾棄すべき時代」です。
 テレビをつければ、同世代の男女の恋愛物語ばかり、大学やバイト先では女性の数が少なかったので、出会いといえば「合コン」などぐらいしかなく、居心地が悪かったですね。
 私は、この時代、自分に足りないものを一つ一つつぶそうと、社会に出、自分なりに経済力を持つようにしたのですが、20代後半になっても彼女ができないと言う状況は変わらず。自分ではどうすることもできないことと言えば、父親を早く(中学生時)なくし、母親は(経済的にはともかく精神的には)子育てを半ば放棄したような状態で、学校を卒業し社会に出たこと、か。
 それゆえ、私なりの感覚としては、「学歴や経済力は努力して身につけることができるが、恋愛ができるかどうかは努力よりかは生まれ育ちが大きな要素になる」「衣食足りて恋愛(本来は「礼節」)を知る」といったところでしょうか。
 今の妻は、30歳を過ぎて、あるところで紹介してもらった女性です。
 妻によれば、「色恋沙汰に重きを置きすぎ」「90年代に生きたすべての人がそのような風潮を支持していたわけではない」です。でも、「出会いは相手あってのことで、めぐり合わせや運もある」という、至極まっとうな考え方が感じられるようになったのは、私の年齢が40に手が届くころになってやっと、と思うのです。

 同じ時代に多感な時代を過ごした方のご意見をお持ちしております。

ユーザーID:7269662946

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  • ご自身の信念・持論でOK

    ・恋愛は誰にでもできるはず。できない人は人間的に何か問題がある。
    ・恋愛ができるかどうかは努力よりかは生まれ育ちが大きな要素になる
    ・衣食足りて恋愛(本来は「礼節」)を知る
    ・色恋沙汰に重きを置きすぎ
    ・90年代に生きたすべての人がそのような風潮を支持していたわけではない
    ・出会いは相手あってのことで、めぐり合わせや運もある

    これ、全部間違ってません。
    どれが歪んでいて、どれが真っ当かなんてのもありません。
    すべて人それぞれなんです。
    ご自身の考えで行動すれば良いと思います。

    ユーザーID:5033249768

  • ひとそれぞれのようです

    ボディコンが廃れ始めたころ、浅野ゆうこや今井美樹が流行っていました。当時女子大生のころ付き合っていたのはK大文系の地方出身の自営業息子でブランド好きなプライドの高い浮気癖が酷い男でした。大手に就職しても俺のする仕事じゃない、歯車になりたくないとか言って、すぐやめてしまい、田舎に帰って行きました。帰る時私を振って都心に土地を持つ新彼女を連れて帰り結婚しました。当時の私は「男性不信」でした・・・・が、
    1993年に出会った同年代の夫は地味でしたよ。トピ主さんと似てます。都内中高一貫出身ですが、途中で父親(高学歴ですが)が倒れ苦学して国立を出て、就職、仕事も一生懸命やっていましたし、今も同じ会社で頑張ってます。お母さんは中卒です。性格的には今でいう草食系な感じですが、交際は向こうから・・です。

    時代に翻弄された人と、全く影響がない人の2通りいるのかな?と思います。

    ユーザーID:5513280292

  • 変な時代だったね

    なんだかみんなが、終わりを予感しつつ浮かれて騒いでる変な時代だったね。
    私は元々落ち着いてるというか、弾けきれないタイプだから、トピ主さんの焦りがちょっとわかる。
    アッシーメッシーを使って、色々な男性と週に何回もデートして、男女交えた仲間と一緒に毎晩派手に遊び歩いて・・・みたいな事は一切無かったから(笑)。
    毎日膨大な仕事を終えて(この時代は仕事量も半端無かった)、家に寝に帰って週末は溜まった用事に忙殺されて疲れて、たま〜に仲間と会って飲んでるだけみたいな生活をしてると、派手に遊んでいる人に「もっと弾けないと!」とか説教くらって。
    恋人も無かったな〜当時は。逆に、好きでもない男性に追い掛けられて、本当に辛く苦しかった。
    あの時代は、合う人と合わない人がいると思う。
    私やトピ主さんは合わなかった。ただそれだけじゃない?
    私もバブル弾けて久しい頃に、ちゃんと落ち着いた結婚をして今は幸せ。
    経済的に厳しいけど、当時の焦らされるような、自分でないものに変わらなければいけないような切迫感からは解放されてる。
    私の幸せは、あの奇妙な時代には持てない種類のものだったんだなと思ってます。

    ユーザーID:7094562572

  • わかるような、わからないような

    40代で、バブルの時代は20代前半だった、女性です。
    W浅野ブームとかあって、アッシ−・メッシーという言葉が流行っていました。

    ちょっぴり流行に乗って、当時はやりのディスコへ通ったりしましたが、実際の恋愛は堅実派でしたよ。
    周りの友人達も、まじめな恋愛をする子ばかりで、遊んで着るのはごく少数の一部の人だけだったと思います。

    なので、今の不況の時代も恋愛観はさほど変わっていないんじゃないでしょうかね。もてる人・もてない人はみなそれなりに人生過ごしてて。

    私は長らく恋愛下手で、それは親子関係によるものだったので、努力だけではどうにもならないという考えはある程度は理解できます。

    でも、37歳を過ぎた頃から、仕事で成功を収めて、それから以上にもてるようになりました。それ以来、どのようにすれば男心をつかめるのか、わかるようになりましたが。

    トピ主さんのご質問が、いまひとつ分からないのですが。
    私は、たった一人の愛する人ができればそれでいいと思っているので。ちなみに、それは今の夫です。

    ユーザーID:8665966358

  • 確かに、人それぞれですね。

    皆さんレスありがとうございます。

    >今の不況の時代も恋愛観はさほど変わっていないんじゃないでしょうかね。

    でも、現在と当時では、マスメディアや、それに影響される人が形成する「時代の空気」は明らかに違うような気がします。

    >たった一人の愛する人ができればそれでいい

    私もそうです。ただ20代にそれが一人たりともできなかった、かたや「時代の空気」は「できて当たり前」。これが苦しかったですよ。何度となくハードルを乗り越えようとしても、何らかの大きな壁にぶつかって越えられない。でも壁の本質は見えない。

    >あの時代は、合う人と合わない人がいると思う。
    >今は(中略)自分でないものに変わらなければいけないような切迫感からは解放されてる。

    私も同じ感覚です。
    そのあたりの感覚については、妻は「覚えがない」と言います。
    人それぞれですね。

    >ご自身の信念・持論でOK
    >ご自身の考えで行動すれば良いと思います。

    そう言ってくださると気持ちが落ち着きますね・・・ありがとうございます。
    ストレスがかかると古いトラウマが頭をもたげてくるもので・・・

    ユーザーID:7269662946

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