学歴などを意識する人が苦手

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家族・友人・人間関係

mika

こんにちは。私は20代の女性です。

悩みがあります。受験や学歴、成績や職業の世間体などを意識している人が近くにいると、それが他人であってもなぜかとても心が苦しくなり、一言言いたいような気分になってしまうことです。

私は小学3年生頃から不登校気味になり、中学高校と進級できるぎりぎりの出席日数しか出ていませんでした。
出席が減った理由は自分でもよく分かりません。
いじめもなく友達も、好きな先生もいました。ただ決まっている時間割等に合わせて行動することがとても苦手で、学校ではいつも疲れていたのでそのことが一因かとは思います。

中学受験をして中高一貫校に行きましたが、進学校で周りはみな塾に通うなどして放課後も勉強していました。私は塾や通信教育、家庭教師等はつけたことがありません。
それでも大学は日本の文系では偏差値が3位には入る大学学部に入学できましたし、興味のある分野を研究できて大学と大学院での生活は大変充実していました。
大学以降はそこそこ成果を挙げたせいか両親も現在は心に余裕があるようです。
でも、私がまさに学校に行きたくなかった頃は休む日はいつも母親が泣き、成績が下がっては親の不安と不満を感じ、自分自身もなぜ行けないのか不安を抱えながら親の不安も感じつつ過ごした10代は辛かったです。そのことは両親には伝えています。

おそらく私は成績や出席がどうあれ、「今辛い」ということを親に理解し受け止めて欲しかったのだと思います。結局結果が出せたじゃないか、干渉が無ければもっと楽に過ごせたのに、という気持ちもあります。その気持ちが昇華できていないのか、成績や学歴が良くないと・・・という人がいると押さえきれない気持ちになってしまいます。
こういう方、他にはいらっしゃらないでしょうか。どのように気持ちを抑えればいいか、ご助言いただけると幸いです。

ユーザーID:3053232506

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  • 焦らなくていい、学歴や社会的地位は一部にすぎない

    周囲の人を観察しましょう。その人たちを評価する際に、なにが最初に浮かびますか。品がある、人柄に可愛げがある。度量が大きい。人の痛みに敏感か、本を読んでいるか、趣味が多いか、人を喜ばせる特技があるか。笑顔が素敵か。

    逆に、嫌いな人がいれば、その人のどこが嫌いですか。利己的、自慢が多い、まともな本を読んでいない、他人を蹴落とそうとする。

    こう挙げてみると、受験や学歴、成績や職業などというものは、人間のほんの一部と実感できませんか。魅力ではありますが、全てではありません。

    一般化しては失礼ですが、あなたのような知り合いが何人かいます。私はほぼ公立でのどかに育ちましたが、学部で、最初に親しくなった友達が、中高一貫・御三家出身で、あなたのような傷を持っていました。大学院でも職場でも、同じようなタイプがいました。

    素の自分で親に愛されなかったとは、さぞつらかったでしょう。こう考えれば嫌な気持ちを押さえられる、という簡単な解決方法はないのかもしれません。素の自分に自信をもって生きてください、という言葉は単純すぎますか。若いのだから、焦らず、自分らしさを取り戻してください。

    ユーザーID:9097986381

  • ありがとうございます

    牡蠣のサラダさん
     
     レスありがとうございます。トピ主です。
    やはり同じような悩みを持つ人はいるのですね。
    職場がある程度の学歴(ほぼ院卒)・成績を求めるところだからか、周りは自分の経歴に自信を持っている人が多いようです。
     「中卒(あるいは高卒)って残念」とか、「成績はAが普通じゃない?」とか、大学で成績表彰されたとか、そういう話になることが本当に多いんですよ。
    成績や学歴がいいこと自体は別にいいのですが、学歴などを重視する雰囲気が苦手です。
    破天荒だからいいというものではありませんが、自分にとって重要なことを子供時代からしっかり考えて「今は進学しない」という選択をした人などは私から見れば立派だと思うのですが・・・。
    子供の受験なども、本当に子供によい環境を与えたい、というよりは親のエゴや不安がいくばくかは入っているような、そしてそのことを親が素直に認められないようなケースが多い気がして、苦手に感じてしまいます。他人なんですけどね。
    あ、やっぱり苦手・・・って思っても、いいところを見られるようにしていきたいと思います。

    ユーザーID:3053232506

  • トピ主のコメント(24件)全て見る
  • 意識してないなら、書かないと思う

    「日本の文系で偏差値が3位には入る大学学部に入ることができました…」

    学歴に意識過剰なのはトピ主さんの方では?

    ユーザーID:0317486785

  • 社会人になれば学歴関係ない

    学歴を気にするのは会社入社迄です。学歴良くても仕事できない人はいくらでもいるし。私は二流大学卒業ですが、自分より学歴良くて仕事できないとなると今まで何やってきたんだ?と言いたくなりますね。

    ユーザーID:5284070962

  • 「学歴を意識する人」を意識しているの?

     トピ主さんこんにちは、私はトピ主さんと同じような思いはしたことがありませんが…
     トピ文を読んでいると学歴や世間体を一番意識しているのはトピ主さんではないかと思います。 そしてそんな自分を否定しているようなな感じですね。
     だから学歴を意識している人を見ると自分の否定している部分を見ているようになってしまうのではないでしょうか?
     ただトピ主さんの学生時代は決して気にしなくてもいいというような生き方ではないですね。それはトピ主さんもわかっているから親に対して「心配掛けて申し訳ない」という気持ちがあるのではないでしょうか。
     トピ主さんが勉強して成果を上げているのは立派なことだと思います。だから「私は学歴を気にしていない」というふるまいをせずに「私は精神的な苦痛を乗り越えてちゃんと大学に行き、今も成功している」と自信を持てばいいのではないでしょうか。

    ユーザーID:4312901196

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  • レスありがとうございます。

    自分の気持ちをトピックのタイトル文字数に表すことがうまくできていないかもしれませんね。
    学歴や成績がその人自身に役立つなら、それはそれでいいことだと思ってるんです。
    例えば成績が良ければ留学などを含めて国からの学費援助を受けやすくなったり、希望進路によっては経歴や成績が重視されることもありますよね。
    そのことを理解して、自分で必要なものを得ることは理にかなっていると思います。好きなことで結果が出るというのも嬉しいものです。
    ただ、例えばある人に「今」必要なものが成績や勉強ではないことに気づかない人たちや、気づいていても見ようとしない人たちが苦手なのだと思います。

    自分の出身大学の偏差値などを書いたのは、結局学校にあまり行かなくても、やる気がないように見えても、なんとでもなるじゃないか、そんなに私のことで不安にならないで、という自分が10代のときに親に言いたかった気持ちを表したかったからです。
    不快にさせてしまったら申し訳ありません。
    こう考えると、やはり私は親への気持ちを外部へ投影しているのでしょうね。

    ユーザーID:0457291099

  • 親の立場になって考えてみては

    トピ主さんは、自分の長所を生かして成功してらっしゃるのでそのように感じるかもしれません。
    でも、そうできたのは誰のおかげですか?ご両親が大学院まで行かせてくれたんですよね。そのためにお父さんは一生懸命働いて。お父さんの職業はわかりませんが、サラリーマンだとしたら好きを仕事にしている人なんで少数派です。ほとんどが家族を養うために、子どもを育てるために辛い時も必死になって働いているのです。
    その大変さがわかるから、そういう環境でもやっていける強さと柔軟性を持った子に育てたいと思って、不登校のあなたが心配だったのでしょう。
    それぞれ個性があるので、学校が合わない子がいるのもわかります。でも、学校で学ぶことは多いです。社会性や忍耐力 etc. 知識だって想像力を育むために必要です。
    結果良ければその過程は問題ではないということではないと思います。
    それに、多感な思春期はどんな環境でも楽に過ごせている人なんていませんよ。

    成績・学歴が良いと、大学進学にしろ就職活動にしろ、メリットはあります。もちろん実力が伴っていないと入ってからが大変ですが、選択肢が多いのは事実です。

    ユーザーID:8547170034

  • 同じでした(ひにち薬です)

    多分、年齢とともに経験をかさねると、いろんな人や場所と出会えるので、少しずつ気にならなくなってきます。
    ただ、私の実感では、20代はまだ学歴や成績をひきずる年代です。人生20数年間のうち、大部分を学校で、その価値観で過ごしてきたのですから。今のトピ主様のお気持ちは、当然だと思います。

    本当は、自分には本当にやりたいことがまだあるのでは、という心の内側からの叫びもあるような気がします。本当は、自由な環境でやってみたかったことが、学校という枠を超えた場所に、あるのかもしれません。子供時代にやりたかったことを思い出して、少しずつやってみてください。

    ご両親への想いは、そろそろ自立の時期が来た事を示していると感じます。

    気持ちがあふれそうになったら、日記に書くか信頼できる人に話すといいと思います。抑えないで解放していきましょう。きっと、そのあふれる気持ちがきらきら輝いて、今後、トピ主様本来の個性と創造性をより輝かせてくれると思います。
    ご自分らしく自然体で過ごせるようになると、周囲に対して(もちろんご両親にも)自然と今以上の感謝の気持ちが湧いてきます。ご自身を大切にして下さい。

    ユーザーID:8591458545

  • 人間の瑣末な部分が見えるが、気にしない

    二度目です。お返事ありがとうございます。

    学歴・成績が求められる職場では、学歴や成績にこだわる人と、全くこだわらない人と、います。私の職場もそうです。

    こだわる人にもいろんなタイプがあり、多少のコンプレックスなら可愛いものです。ただ、自慢大会になると、人の嫌らしさが露出され、気持ち悪いのはわかりますよ。自慢も、コンプレックスの裏返しですが。

    前述したように、御三家出身の友人知人が多くいます。思春期にし烈な競争に置かれ、器用に生き残っていける人は僅かです。少しでも不器用さがあると、勉強でも人間関係でもつらい思いをします。私は40ですが、未だに「中高ではクラス半分が性格悪かった」とか「不登校になった」「長期間家出した」など、こぼす奴がいます。

    学歴や職業や、肩書きなど、人のうわべにこだわる人間が、世の中には一定以上います。過度な自慢は誰でも聞いていられませんが、こういった人の外側に関わるものは、人間の度量がもろに出て、嫌らしく感じるのは普通ですよ。気持ちを押さえ込まず、嫌なものは嫌、でいいと思います。自分はとらわれずに生きていこう、と決めるしかないです。

    ユーザーID:9097986381

  • 人生80年は、20年/回 X 4回 と言う説

    数学者の森毅さんがどこかで書いておられた説。完全に納得している
    訳でないのですけれど、トピ主様のヒントになればいいなと。

    トピ主様の現在=第2回目はとても良い状況、色んな可能性がありそう
    ですよね。ただ、第1回目の辛い記憶を抱えていて、それがトピ主様の
    伸びやかな発想を妨げ、周囲のいじましい言動に動揺してしまう・・・?

    ある人たちは「我々はどこから来て、どこへ行くのか?」という問いに囚わ
    れます−ゴーギャンの絵にあるように。トピ主様は、1回目と2回目を納得
    できる様に繋ぐ物語を求めておられる?

    でも、その物語の完成に今は未だ早すぎるのかもしれません。第3回目を
    生きる時、過去2回の出来事の意味が開示されるのかも?

    気取った言い方?に「ミネルバの梟は夕暮れに飛立つ」とかあるし。

    東洋的には、蓋棺録=「棺を蓋うて定まる」が、人生の意味はその人の
    死語に定まる、と言っています。

    今この時を、勇気を持って生きていかれれば良いのではないでしょうか?

    ユーザーID:2607473568

  • 学歴は大事ですよ

    それが判ってるから親も子供に惨めな思いをさせないためにより高い教育を受けさせたがるのではないですか?
    トピ主はその学歴なら「学歴が無いことで惨めな思いをした」という事はないと思います。その学歴を得るのには学費を負担した親の存在があるのでしょう?
    本人の実力ではなく学歴だけで扱いが決まってしまう。そんな事は本当に多いですよ

    トピ主はたまたま上手くいったかもしれないけど、一度不登校になって30代40代になっても引きこもってしまう人間は相当数います
    まして社会に出たら逃げられないこと、避けられないことは多いとご両親はご存知だったでしょう。子供に対して逃げてはいけない時に「逃げちゃ駄目だよ」と教えるのも親の務めですよ
    「辛いなら逃げてもいいのよ」というだけが優しさではないのでは?
    結果的に上手くいったから「あの時もっと親に理解して欲しかった」というのは簡単ですが、上手くいかなかった場合「どうして無理やりでも外に連れ出してくれなかったんだ」と思いませんでしたかね…

    結果論で「理解してくれなかった」と過去を責められては、大学院まで出してくれたご両親も立つ瀬がないと思いますが…

    ユーザーID:7979551018

  • 問題を分けましょう。

    学歴意識云々と、子ども時代の親への消化できていない気持ちとが、からみあっていますね。

    学歴を重視する職場の人たちに対するストレスではなく、その向こうに、同じ価値観で子どもの私を受け止めてくれなかった親の姿を見て、苦しんでいるのかなと感じました。

    最後に「抑える」という言葉でしめていることからも、自制の強い方だと思います。

    一度親御さんに、昔の心の底の気持ちを不満も恨みも洗いざらいぶちまけないと、今度は貴女が子育てするときにつらいかもしれませんね。

    ぶちまけられた側の親御さんと話したことがあります。
    たしかに、今になってそれを言うの?と、辛いとおっしゃってました。でも、子どもの心のキズに少々鈍感な故ですから、感受性の強い繊細なお子さんに比べると、嘆くわりにはハートは強いと思いました。

    親なんですから、抑えることばかり考えずに、言いたい事なんでも言えばいいんですよ。ぶちまけて、受け止めてくれない親だと判ったとしても、今の貴女は、1人では何もできない子ども頃のの貴女ではないのですから、きっと乗り越えられます。

    ユーザーID:9509109496

  • トピ主です。

    前回のレスにトピ主だという表示が無かったようですが、トピ主のmikaです。
    多くのレスを頂き、ありがとうございます。

    大学院まで進学できたことについては、大変恵まれていたと認識しています。
    親に学費や生活費を負担してもらっていたのは高校までで、大学と大学院からは自分のアルバイトや奨学金などで学費や家賃、生活費を賄えた(大学に入学する際の費用は一旦親に借りましたが、大学1年次中に返しました)ので、当時はあまり迷惑をかけていないと思っていたのですが、家族の借金を働いて返さなければならない人などは本人が希望を出し、かつ成果を出しても進学しにくいのだということが社会人になってから分かりました。
    その点私は経済的にもかなり恵まれていたと思います。

    小学生の頃から自分はマイペースにやっていれば受験程度のことはこなせるし、なぜマイペースであることが許されないのかが分かりませんでした。
    どうして大人である親や教師達がそのことについて私が納得できる説明を誰もできなかったのか、今でも不思議です。
    ごめんなさい。続きます。

    ユーザーID:3053232506

  • トピ主のコメント(24件)全て見る
  • トピ主です。2

    塾など家庭学習が0で許してもらえるのは中高では私だけのようでしたし、環境は一般的に恵まれている方だと思います。両親のことも基本的に好きです。

    それでも自分でいいと思うことをしていればよいという確信が昔から強かったせいか、大人である親や教師達がなぜそれを見抜けないのか、学校に行けと強制することにあまり意味がないことが分からないのかが子供時代から不可解でした。
    教師でも小学生頃の自分より読書をしていない人も多いし(興味は人それぞれだと思いますが、正直幻滅しました)、社会性は学校にそこそこ行くことやアルバイトで養えると思います。


    親の気持ちになって分かれば良いのですが、今は本当に親が分からないものなのか図りかねている状態です。
    親には辛かったことを話していますが、仕事のストレスなどをぶつけてはいけないと思い、整理しすぎて追い詰めてしまったようです。
    親に強制されたことで役立ったと思えることが今無いことが原因なのかもですね。

    ユーザーID:3053232506

  • トピ主のコメント(24件)全て見る
  • もっと大人になってください

    二度目のレスです

    私も親に経済負担をしてもらったのは高校までです。それ以後は一人暮らしをはじめて学費・生活費は全て自分で稼ぎました
    親元を出たのは日本でその大学しか学べないとある専門分野に進むためで、学費などをまかなったのは親にその経済力がないためでした
    また、私はとある発達生涯を抱えていて集団生活に馴染むことが非常に困難で、子供の頃から孤立、もしくは苛めにあい、親もどうして周囲に合わせる事が出来ないのかと私を責めました
    不登校になりかけた事もありますが、かなり強引に学校に通わされました
    影で親が泣いているのを見たことも何度もあります

    ですが、それでも「親は親で必死だったんだ」と思っています
    親だって親になる国家資格を取って子供の親をしているわけではありません。失敗もすれば思い違いもする「人間」です
    人は結局自分の物差しでしか他人を計れません。子供が自分の描く道に外れようとすれば、それを強制力を持って修正しようとするでしょう。それは親の子に対する愛情と決して無関係ではないです

    率直に書かせていただくと、トピ主はあまりに了見が狭く、持っている物差しが短いです

    ユーザーID:7979551018

  • 続きです

    例えば私は出版業に携わる仕事をしており、恐らく読書量は人並みはずれて多い方だと思いますが
    >教師でも小学生頃の自分より読書をしていない人も多いし
    これは今もそう思っておいでですか?
    トピ主は小学生の頃から今にいたるまで、一定期間に読む本の量は変わらないのでしょうか? 
    通常あれも知りたい、これも知りたいという時期は読書量が増え、一通りの知識を吸収した後は読書は教養、もしくは娯楽程度の量になるのが一般的だと思いますが。そもそも小学生と社会人では読書に使える時間量が全く違うでしょう

    なるほどトピ主はマイペースで何もかも上手くいってしまったのかもしれません
    ですが、前レスでも書いたようにマイペースにしていて上手くいかない人もいます。恐らくはそういう人が大多数でしょう
    未来の事は誰にもわかりません。それは教師だろうと貴方の親だろうと全く同じです
    だからこそ子供により良い未来を与えたくて努力するよう、トピ主の言葉を借りれば「強制」したのでしょう
    それを「役に立たなかった」と整理してぶつけるのは、やはり親御さんが気の毒に思えますね

    ユーザーID:7979551018

  • トピ主です。

    こんにちは。トピ主のmikaです。レスありがとうございます。


    環境には恵まれていたことも、成人してなお子供時代の不満を捨てきれないことが未熟であることも、親は親で不安であり、私のことを思っていたということも頭では理解しているのですが、なかなか気持ちが整理できていません。親に対する気持ちを周囲に投影してもやもやしていることも、ダメだなと自分でも思っているのですが・・・。
    ダメだなと思うだけでは気持ちが抑えられなく今に至っているので、親に対する気持ちを整理してみています。
    レスを頂いてより考えるきっかけができました。

    ユーザーID:3053232506

  • トピ主のコメント(24件)全て見る
  • トピ主です。2

     >ハートブレイクさん
    レスありがとうございます。
     >トピ主はあまりに了見が狭く、持っている物差しが短いです
     その通りだと思います。自分でも分かっているのですが、気持ちを抑えるというのは難しいですね。親や周囲への気持ちを整理しつつ、当時の親の気持ちを理解できるようになれればと思います。
     >これは今もそう思っておいでですか?
     読書のペースのことではなく、読んだ総量が当時の私より少ない教師がいたと思うという意味でした。その意味では、今でもそう思っています。

    私は運が良かったのでしょうね。ただ、決して安易にさぼって行かないわけではありませんでしたし、高校までの成績も悪くなかったと思います。さぼるような子なのかの区別くらいは親はつくのではないかと今でも思うのですが、そうでもないのでしょうか。
    小中学校の不登校時代にロシア文学や塩野七生、プルーストなど読むのに時間がかかる(私は再読を繰り返すので)本を熟読する、興味のある分野を調べる等できたので、簡単な漢字を10回書いたり「百葉箱」なんて書くためのテストを受けなくても、家で過ごす時間に意義があったと思うのですが。

    ユーザーID:3053232506

  • トピ主のコメント(24件)全て見る
  • 人生80年は、 20年/回 X 4回 という説 2

    トピ主様が私同様「ねにもつタイプ」なら、backward analysis は如何?

    日本には「良く教えられる力」というソフトがあり、これを共有して同世代
    人口の80%の「自ら学ぶ力」を欠く人々も、大きな上昇/発言機会を持った。
    日本の長所の大きな部分は、この80%の貢献による。

    制度化教育では「自ら学ぶ人」より「良く教えられる人」が優等生になり易く、
    安定の時代には優等生の上昇機会が大きい→学歴信仰。

    普通の人(変人でないという意味)であるご両親が、大切な子を優等生にと願う
    のは、自然な事なのでは? 行き過ぎは良くないけれど。

    独自の学び方しか出来ないという個性=才能をご両親が理解されていたら、
    少女期のトピ主様はどんなにか伸びやかで幸せだったことか!と思いますが・・・。

    学歴信仰に囚われたご両親にも、そうなる他ない理由があったかもしれません。

    トピ主様がご両親と和解すると決断され、今後の関係を穏やかなものにする様な
    許し方を模索されるのが、ベスト選択のように思います。

    聡明なトピ主様の、第3回人生での見方の先取りかも?

    ユーザーID:2607473568

  • とても意識しているということ

     潜在的に、自分の学歴などに不安があるということではないでしょうか。

     とくに「一言言いたいような気分になってしまう」種類の人達の評価尺度にあてはめると、トピ主さんは今でも低めの評価になってしまう、それに納得がいかないということではないでしょうか。

     トピ主さんの小・中学校時代の過ごし方は、日本の一般的な教育課程では芳しくない評価を受けてしまいます。にもかかわらず、難しい大学に進学され、大学院まで充実した生活を送られた、それで十分だと思いますが、大学・大学院で成功したのだから、小・中・高時代の過ごし方も認めてほしい、認めさせたい、という気持ちがあるのかもしれませんね。

     干渉がなければもっと楽に過ごせたのに…と思うのは、理解できます。でも、少し前の輝かしい学歴と、かなり前の芳しくない学歴と、どちらにもこだわりが強くて、肝心の「今のご自分」の評価尺度はまだ確立されていないように思います。

    ユーザーID:4588619891

  • そういう時期はあります

     お仕事をされているようですね。もう少ししたら、仕事上の目標や悩みや成功が増えてきて、学歴に関する悩みは薄らぐのではないかと思います。そういうのがない時期は、周囲の話題も自分の関心も過去の成功・失敗に集中しがちです。

     もうちょっと仕事に慣れたら、話題も変わってくるし、トピ主さんの苦手度も変わってくるでしょう。

     トピ主さんの小・中・高校時代が一般的でないことは変わりませんが、わざわざそれを気にすることも少なくなると思います。

     別の視点から言えば、大学の難易度、大学院への進学、読書量などが、どちらかといえばプラスの要素として書かれているのを読む限り、トピ主さんも別の切り口で学歴主義だし、自分の尺度と違う尺度を持ち出されるのが気に食わない、自分が他人の物差しで高い評価を得られないのが気に食わない、ということでは。

    ユーザーID:0031666074

  • トピ主さんの言いたい「一言」って

    「不登校でも塾行かなくても、私はトップ大学に行けるのよ」
    「死にものぐるいで受験勉強しなきゃいけなかったアナタたちとは違うのよ」
    ということなのかな?

    教科書以外の本など読まず、
    勉強だけに打ち込んでやっと高学歴を手に入れた人たちを
    どこかでバカにしていませんか?

    他の方もおっしゃっていますが、トピ主さん、
    院卒でまだ20代ということは、人生のほとんどが学生ですよね。
    社会人歴が長くなるにつれて、学歴のことなんて隅に追いやられますよ。
    実際、18歳や20歳で働き始めた貴女の同世代の人たちは、
    いまだに学生時代のモヤモヤを引きずっていませんから。

    ユーザーID:0369469939

  • 自分で自分の道を見出せたことに誇りを持って

    トピ主さんの気持ちがなんとなくわかるのでレスします。私も子供の頃から「自分はこうだから」という明確な意思が強い子で、親の言うこともあまり聞かないで、失敗しようが自分のやりたいようにやってしか学べない性格でした。現在30代になって振り返っても、親が私によかれと思って言ったりやってくれたりしたことよりも、自分が自分で選択したことの方がよかったと思っています。
     親というのは子供を客観的に見ることがとても難しいものです。子供も自分と同じ考え方であろうと思って育てるか、あるいは客観的に見る場合には、「平凡」に当てはめるしかありません。おそらくトピ主さんの個性や価値観は親御さんの想定外だったのでしょうね。親が子供のためを思うとき、もし自分なら学校にいかないと不安だ、親として子には学校にいかせる義務がある、という気持ちがあるのはごく当たり前です。親に「ちゃんと子供を見てればそれくらいわかるでしょ」というのは子供側の甘えでしかない。親を責めるより、自分が想定外の子供だったことを申し訳なく思うくらいでちょうどいいと思います。それよりも、トピ主さんが自分で見出した将来の道に強く生きていってほしいです。

    ユーザーID:0251070345

  • トピ主さま

    2度目です。
    少しですが、トピ主様がこだわられていることがわかってきました。
    でも、ご両親に子供時代の辛い思いを今訴えるのはやはり不毛な気がしますね。過ぎてしまったことですので。
    実は私も、順調に大学まで進んだのではなく、私の場合はずっと勉強が大嫌いで好きなことだけして高校時代まで過ごしました(もちろん成績は悪い)。でも、いろいろあり、有名と言われる大学へ入り、その後会社員となり今に至ります。
    ですので、常に学校でいい成績をとって所謂「優等生」でなくてもどうにかなることを身をもって知っています。なので前回のレスでは「今ある自分は親のおかげ」というようなことを書きました。自分が実感していることです。
    私も、たまに学歴に反応する人に出会い、勝手に輝かしいイメージを持たれる時がありますが、そういう時は「本当はいろいろあったんだけどね・・」と、実際はグダグダだった自分とのギャップがおかしくなってしまいます。
    トピ主さんも、所謂順調な子供時代じゃなくても頑張って成功した、そんなユニークな自分に誇りを持ってはいかがでしょうか。楽になるんじゃないかと思います。強い自分に誇りを持って!

    ユーザーID:8547170034

  • トピ主です。

    kikkiさん、鈴さん、レスありがとうございます。

    >自分が他人の物差しで高い評価を得られないのが気に食わない、ということでは。
    >大学・大学院で成功したのだから、小・中・高時代の過ごし方も認めてほしい、認めさせたい、という気持ちがあるのかも

    そういう気持ちはないように思います。何かを褒められると基本嬉しいですが、学歴や成績で「褒められなくて」嫌だと思ったことはありません。同じ職場や関係者に明らかに私より学歴がいい人は何人もいます。私は高校までも御三家などではないですし、大学大学院も基本的に日本の学校です。ハーバードやケンブリッジの人もおり、どのような環境だったのかについては興味がありますが、学歴差をコンプレックスに思ったことはないです。成績についても同じです。
    本当に、自分の勉強については自分で選択し、自分の好奇心が満たされ、希望進路につくという以外にはどうでもいいんです。ただ、そのことを許してもらえず他のやり方を強制される環境を恐れる気持ちがぬぐえないのです。

    ユーザーID:3053232506

  • トピ主のコメント(24件)全て見る
  • 順番が違ってごめんなさい

    >プルチネッラさん
     
    2度目のレスありがとうございます。3期目、40歳以降ですか。きっとなってみればあっというまなんでしょうね。その頃には悩みを卒業できているようにがんばります。長生きしないとですね。
    中学を卒業して働ける年齢になったら自分で働いて、自活しながら好きなところへ行けば働く親の気持ちも分かるし、少なくとも高校時代無理やりさせられていたという不満はなかったと思うので、自業自得なところもあるんですよね。
    まず色んな気持ちを手当たり次第にぶつけるということが無いよう、考えて話し合います。

    ユーザーID:3053232506

  • トピ主のコメント(24件)全て見る
  • 距離感

    >それでも大学は日本の文系では偏差値が3位には入る大学学部に入学できましたし
    >小中学校の不登校時代にロシア文学や塩野七生、プルーストなど読むのに時間がかかる(私は再読を繰り返すので)本を熟読する、興味のある分野を調べる等できたので、簡単な漢字を10回書いたり「百葉箱」なんて書くためのテストを受けなくても、家で過ごす時間に意義があったと思うのですが。

    こういうことを書くと気を悪くする人がいるかもしれないとは考えませんでしたか?
    そういう意味では「中卒がどうの」と言ってる人たちとそれほど変わりません。

    自分の価値観と大きく異なる意見を聞くと嫌悪感や反発心で心がざわつくのは一般的な心情ではないでしょうか。
    トピ主にアドバイスするとすれば、他人は他人ということです。
    人と人でも国と国でも互いに尊重し合うためには、他者の価値観に口を出さないことが肝要です。
    同調や同意は心地よいですが、そんなものなくても他者との関係性は成立しますよ。

    ユーザーID:4064311406

  • 長くなりました。おわりです

    よく言われることですが「学校は勉強だけを教える場ではない」です
    勉強するだけならそれこそ家に篭って好きな分野を思う存分しているほうが先鋭的な学問に耽溺できるでしょう
    でも学校って、それだけではないんですよ
    二十代になってもそれが理解出来ない、それこそがトピ主が未だに子供であり、反抗期の中にあるという証左に思えます

    親や周囲に不満を持っている成人も少ないわけではありませんし、多少の悩みはあって当たり前だと思いますので、トピ主のそれも見ないふりをしてやり過ごせる程度のものであると思います。ですが、本当に辛く、苦しいのならやはり掲示板ではなく面と向かって話をするカウンセラー、もしくは信頼できる友人と話をするのが一番です。

    長々と申し訳ありませんでした。私のレスはこれで最後にいたしますので、お許しください

    ユーザーID:7979551018

  • トピ主です。

    私の文章で不快になられた方がいらっしゃるようで、申し訳ないです。小町の掲載基準に合うように事実を書きたいのですが、拙い文章でごめんなさい。

    私の子供時代からの希望進路は確かに現状で全く学歴等関係ないとは言い難いです。そのことはもちろん理解していました。
    そして、運よく志望が叶えられたのは、進学させてくれた両親のおかげが多分にあると思います。

    ただ、
    ・結局志望のための勉強は自分が好きでやることで足りた
    ・足りるということに確信を持っていた
    ・結果的に行きたくない学校もあまり行かなくても志望は叶えられた
    ということでまだ自分の置かれた教育環境に疑問をもっています。
    もう成人してだいぶ経つのに、子供っぽいですよね。早くから働いている人や、そうでない人も、立派に精神的に自立してらっしゃる方が年下でも普通なのでしょう。でも苦しいです。

    例えば外見のことなどだったら、他人がどう言おうと他人の一意見に過ぎないと思えるのですが、教育という部分に関しては他人に親への気持ちを投影してしまいます。

    ユーザーID:3053232506

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  • トピ主です。2

    >おかもちさん
    >どこかでバカにしていませんか?
    そのような気持ちはまったくありません。他人と比較することに興味が持ててません。学歴を得るという目的のため、「自分で納得して」受験勉強に打ち込んだという方は、結果の如何を問わず(試験は完全に能力が反映されるというものではありませんから)、素晴らしい学生時代を過ごされていると思います。
    「頭がいい」というのは瞬間的状態のことを指すと思いますが、その意味においても私の人生において頭がよかった瞬間は多くないと思います。自分でも不毛だと思いつつこんな悩みから脱却できず、子供時代も自活に向けた行動ができなかったのですから。

    >アスカさん
    >自分が想定外の子供だったことを申し訳なく思うくらいでちょうどいい
    少し目が覚めた気がします。親も若かったのですし、私が親に完璧を求めすぎていたようです。

    >まるさん
    2度目のレスありがとうございます。頑張ったとすれば「自分に合わない環境に耐えた」ということだけで、自分の希望を叶えただけなので「頑張って成功した」と誇りをもてるかは分かりませんが、励まされました。

    ユーザーID:3053232506

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