元気とか勇気って与えるもの?

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以前から気になっていたのですが、震災後に更に耳にする機会が増えたので皆さんのご意見を伺いたくてトピ立てしました。
元気とか勇気を「もらう」のはまだわかるんです。受ける側の感じ方の問題なので。しかし「与える」って言い回しが何だか一方的な上からの発言みたいで違和感があるんですよね。
元気とか勇気など目に見えないものを「与える」って傲慢な気がします。例えば同じように目に見えない「愛」を与えると言われたら「神様かよ!?」って思いませんか?

ユーザーID:0048141270

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  • トピ主さん達の気持ちはわかりますが

    今回の震災でつくづく思いました。

    一般人と、そうでない人間の違いというものが歴然とあるのだということを。
    確かに彼らには、疲弊している人達の顔を上げることができる力があるのかもしれない、と。
    この辺でうろうろしている人間に、そんなことできませんよね。

    神様かよ?

    確かに、我々よりは、いくらか神様に近いでしょう。
    いろんなレベルはあるのでしょうが。

    「与える」という言葉が簡単に使われていることは残念かもしれませんが、そのことに対して、「違和感がある〜」とか言っていることの方が、思考としては余程軽いと感じます。
    勇気を与えると言う人に対して、2割ぐらい必ず出てきますね、違和感人間も。

    実際、何かをしているのは、現地に行っている人達です。
    いいじゃないですか、そこで逆に勇気をもらったって。
    その感覚がわからないということは、つまり、私達が何もしていないということでしかありません。


    かの地で大変な思いをされた方々が、どう感じるか。

    それがすべてではないでしょうか。

    何もしていない人間には、何も言う資格はないと思います。

    ユーザーID:8248486152

  • そのとおり!

    勇気はあたえらるものではない。自分の中から湧き出すものだ。
    勇気とは、恐怖を克服すること!

    ユーザーID:8944576821

  • よみうり寸評

    今日の夕刊に「与える」について、書いてくださった。さすが、讀賣さんだわ。ありがとうございます。すっきりしました。皆さんお読みになれたかな?

    ユーザーID:2763758057

  • このトピありがとう!

    テレビを見ては一人でブツブツ言ってました。

    どう考えても傲慢な表現だと思って。
      

    他の方も仰っていますが、「元気をもらう」「勇気をいただく」にも
    違和感があります。


    若い方はともかく、ある程度の年になった大人はやめましょうよと言いたいです。
    そして、お子さんをたしなめるくらいの感覚を持った方がいいのではと。

     
    いつの間にか使う人が増えていて、気持ち悪いなあという感覚もあるのです。

    日本人はいつからこんなに画一的な表現するようになったんだろうとも。


    皆さんのレスを拝見して、かなりホッとしました。
    同じように思ってた人がいるとわかりましたので・・。  


    忍者さんありがとうございます。

    ユーザーID:3011569527

  • あぁ…あなたまで

    今テレビで某ベテラン俳優さんが出身地である被災地に赴いた様子を見ました。「勇気を与えようと思ったら逆に元気や勇気をもらった」とズバリ言ってました。わりと好きな俳優さんなのでちょっとガッカリ…

    ユーザーID:0048141270

  • 同感です

    与えるは上から目線の言い方です。
    元気づけたい
    勇気づけたい
    慰めたい、等の言い方だと思います。
    疲れ切り弱っている人に「頑張れ」は余りに無慈悲な言葉です
    言い方次第、返って人を傷つける事を知って下さい。

    ユーザーID:9034743608

  • 「もらった」のが悪かった

    「勇気をもらいました。」とか言う人が増えてきたから、
    「与えたい」人も出てきたんだと思います。
    「あげたい」だと軽い響きなので、重みを出そうとした結果なのかなと思います。

    一昔前なら「勇気づけられました。」と言っていたと思います。
    それに対応する言葉なら「勇気づけたいです。」となり、
    同じ気持ちから出た言葉でも、傲慢な響きにはなりませんよね。

    ユーザーID:2022982141

  • 共感します



    励まそうという親切心がベースなのは とてもよくわかりますが、
    【与える】が傲慢で 恩着せがましく聞こえます。



     

    ユーザーID:3013823067

  • その通り!

    10代の方々がよく使っていますよね。
    タレントさんやらスポーツ選手やら。
    「感動を与えたい」と聞くたびに、誰か周りの大人が直してあげればいいのにと思っていました。本人たちは、そんな自分にうっとりしているようですが…。
    スケートのミキティか真央ちゃんかよく覚えていないけれど、
    ちゃんと、「感動してもらえたら…」という表現をしていて、
    さすがだわと感動した覚えがありますが。

    ユーザーID:2763758057

  • 犬に餌を与える

    与えるって犬じゃないんだから!ねぇ。

    「なんで上から目線なの?!」って私も思いますよ。

    「元気を、愛を、力を与えたい!」より
    「元気を、愛を、力を贈りたい」の方が好きかも。

    ユーザーID:8758090479

  • 一繋がり?

    勇気を与える、で一つの熟語のような気がします。

    聞いていて、気分が良くは無いけれど、他になんという言い方があるのか判らないかも(あくまで、文章としてみた場合だけだけれど)

    『勇気を与えられたら良いなと思っていったのに、逆にこちらが励まされました』とかいう言い方が、また、とーってもイヤです。

    ユーザーID:5295879954

  • 私も

    違和感感じますね〜。 
    被災地のお年寄りの映像を見た後に 
    下手くそな女性歌手が「私の歌で〜」とか 
    スポーツ小僧が「良いプレイで〜」
    なんてしれっと発言しているのを見ると 
    青二才が思い上がるのもいい加減にしろと思いますね。

    ユーザーID:0821499783

  • 全く同感

    良かった〜・・・
    同じように思っている方がいて。
    以前からスポーツ選手が言っているのを聞いて、実は不快に思ってました。
    そしてこの未曾有の大災害でもスポーツ選手や芸能人の方もそう言っていると私の感覚がおかしいのか?と思ってました。

    言葉の本来の意味とか難しいことはわかりませんが、なんか上から目線的な感じがして苦手(むしろ嫌)です。
    浅田真央ちゃんが銀メダルを獲得した時は感激で涙し「感動をありがとう!」と思ったのですが(笑)

    ユーザーID:0590566223

  • みーさんに激しく同意です

    私も常々そう思っていました。
    元気、勇気は自分の中から出てくるもので、人にもらったり与えたりするものじゃないですよね。
    みーさんや日陰さんのレスにあるような言い回しなら納得できます。

    もっと嫌なのは「感動を与える」ですね。
    傲慢というかおこがましいというか…。

    たぶん、みんなが言ってるからつい同じ表現を使ってしまうんだと思いますが、
    もうちょっとデリカシーのある言葉を使ってほしいです。

    ユーザーID:5464397826

  • 私も変だと

    私も、「○○を与えたい。」は気になります。気持ちはわかりますが、言葉の使い方としておかしいですよね。勇気、元気、感動…すべてダメです。

    ユーザーID:3453095732

  • 私も思ってた

    感動(元気・勇気)って与えてもらうものなの?と。

    感動は自分でも気付かないうちにするものだし、元気・勇気は自分が出すものだと思っています。

    先日の高校野球で、被災地の代表校の子たちが頑張っている姿(出発直前までボランティア活動をしていたとか)、そして現地から応援に来られる人が少ないだろうと他県より応援にかけつけた姉妹校の生徒さんたちの姿に感動しました。

    実際、彼らの頑張る姿は被災地の方々にも元気を与えたのではないかと思います。
    このような子たちの発言であれば素直に受け取れますが、被災地から離れたところに居る芸能人やスポーツ選手が言うことではないかなと思います。

    「僕の(私の)○○(歌やプレー)で感動(元気・勇気)を与えられたら」なんて聞くと「おこがましい」と思ってしまいます。
    発言した人に対してもいい感情が持てなくなります。

    「僕の(私の)○○が皆さんの元気・勇気になればと思います」くらいにしておけばいいのに。
    (感動は、してもしなくても受け手の勝手だから、発する側が言うことではない)

    感動(元気・勇気)の押し売りはご免です。と言いたい。

    ユーザーID:5352907750

  • 与えてあげたい・・・

    主に、スポーツ選手が連発してますよね。
    しかも「与えてあげたい」って、どれだけ上から目線なんだか・・・とすら思ってしまいます。
    これでも納得いきませんが、100歩譲っても、「届けたい」でしょうか。

    私にとっては、こんな時のスポーツ・歌などのエンターテイメントは、気分転換にしかなりません。

    ユーザーID:5207274283

  • わかります

    一番顕著だったのが、日本代表とJリーグ選抜のサッカーの試合でしたね。
    “勇気”や“元気”や“感動”を与えてくれるとのことでしたが、言った人からは全く感じませんでした。
    (私が被災者ではないからでしょうか?)
    選手の中でも「試合を見て一瞬でも笑顔になってくれれば」には、好感が持てました。
    試合としては、カズ選手の活躍はとても楽しませて貰いました。

    ユーザーID:3279246242

  • 解釈はよく理解出来ます!

    「与える」「もらう」
    についての解釈はよく理解出来ます。まさにそう思います。

    しかし、どなたかも言ってらしたと思いますが、そんなに巷で「与える」と使われていますか?


    話は少しそれますが、我が社によく「ついでだから、これやっといて」と言う人がいます。

    もちろん依頼主の貴方がやるべき内容なのにです。

    依頼する側が申し訳なさげに頼んだ時に、頼まれた側が「ついでだからやりますよ、気にしないで」…という感じで使って欲しいなといつも想ってます(笑)。

    横道にそれてすみません。

    ユーザーID:6919089684

  • 外来語

    これって、外国語の訳ではないか、と思うのです。<give>と言う言葉には、見下した感じがありません。自分の持っているものを分かち与えると言う感じです。お菓子、はんぶんこしようね、と言うようなものです。

    踊っている人などは、自分がその時に感じている勇気や感動を見ている人も感じてくれて、それで元気になってくれたらいいな、ということだと思います。私自身は、そういうパーフォーマンスは挨拶抜きでやればいい、と思っているのですが(だって、挨拶に感動するのではなく、踊りに感動するのでしょう?)、それでは募金集まらないですからね。

    ちなみに、私は、海外在住で、今回地震の関係で小町に顔を出すようになったのですが、<日本に行く>という言い方が普通になっていてびっくりしました。昔は、そういう言い方したら、怒られました(私は、海外で育ったので、日本に行くという方が気分的にぴったりしていたのですが)。日本語では、自分がどちらの国をメインに捉えているかに関わらず、<日本に帰る>又は<帰国する>という言い方が由緒正しく、日本に行くというのは外国語の翻訳です。

    ユーザーID:0227589363

  • 不快です

    時折耳にしてましたが、今回の震災では本当に良く聞くようになりました。

    「与える」は目下の人に対する言葉使いです。

    インタビューなどでこの言葉を使っている方が、人を下に見ている訳ではないのは分かるのですが(むしろ元気な気持ちなって欲しい、と謙虚な様子ですよね)、私は「与えてなんか貰わなくて結構」とか思ってしまいます(苦笑)

    言葉は時代や文化と共に変化するものとはいえ、言葉がの機微やニュアンスを感じなくなっているという変化を残念に思います。

    「ご苦労様です」という言葉も物議を醸しますが、相手を労る気持ちなのに、目下に使う言葉ですよね。
    同じ事だと思います。

    ユーザーID:6790026025

  • 思います。

    何様?神様?
    与えられる人は下々の者?

    使い方を間違えてるのでしょうが、傲慢な言葉です。

    ユーザーID:6274170591

  • 与える、って言ってます?

    届けたい、って言ってるのが大半ではないか、と。
    「与えたい」ってあまり聞きませんが。

    ユーザーID:8978529499

  • ありがとうございます

    レスを下さいました皆さんどうもありがとうございます。
    某辞書サイトで調べてみました。
    あた・える[与える]〈下〉 (1) くれてやる. ▼金を〜 (2) あてがう. ▼仕事を〜 (3) こうむらせる. ▼損害を〜

    さすがに「くれてやる」というつもりで使う人は滅多にいないと思いますが…

    応援する気持ちを表したいゆえの言葉だということはわかります。が、決まり文句のように使うのではなくTPOに応じた適切な言葉を選んで欲しいと思うのです。

    ユーザーID:0048141270

  • 疑問に賛成

    全レス読んでいませんが、主さんの考えに賛成です。
    私もその言葉を聞くたびに違和感を持っていました。
    あと、感動を与える、という言葉もとても一方的で好きになれません。
    自分から何かを求めて行動して、その結果として元気になったり、勇気がでたり、感動するものであって、
    他者や外から一方的に与えられるものでは無いと思います。
    一人で地球一周走る人が他者に勇気や感動を与えるかと言えば、必ずしもそうとは思えません。
    あの方は自分が感動して自分に自信が持てただけなのでは?・・・と思ってしまいます。
    女の子のグループがアラレモない格好で歌って踊っているのを見て、勇気や元気が出る人なんているかしら、と思ってしまいます。
    阪神淡路大震災があったあたりからこれらの言い回しが極一般的に使われるようになったかな、と
    個人的には思っています。
    殊更、勇気や元気や感動を与えたい、なんておこまがしいと言うか、自分よがりな事を言うばかりでなく、
    何も言わなくていいから、自分自身も痛みを感じるような額の義捐金を差し出すとか、長きに渡って支援を
    続けるとかの行動の方が、受ける側としては元気になれると思います。

    ユーザーID:3997581495

  • 広辞苑でも

    1自分の物を目下の相手にやる。授ける。
    とあります。

    なので、言うまでもなく、対等な相手だとしても間違いです。

    ユーザーID:4556294841

  • ん〜

    「与える」を調べたら「自分の持っているものを下げ渡す」と「相手にとって価値があるものを譲渡する」とありました。
    最初の方の意味を強く意識しているという事でしょうかね。

    使用してたとして、自分で「与える」を使っている方でも大抵「られれば」など希望の形で言っていることがほとんどだし、後者の意味で言っているととらえます。(自分の行動で希望を与えられればいいなと…のようなコメント等)

    第三者的に使っている場合(○○が被災地に希望を与える!等)には「与える」としていても「与えた人」は「その言葉で表現した人」とはまったく別人なので傲慢とは感じません。

    個人的にはあまり思わない事ですので、トピ主さんがどのようなシチュエーションをもってそう思われたのか少し興味がありますね〜。

    ユーザーID:2270275052

  • 定着しちゃってますよね

    私も「与えたい」という言い方には違和感があります。
    最近では一流スポーツ選手から体育祭の中高生まで決まり文句のように必ず言うのでもう慣れたと言えば慣れましたが、「おかしいのでは?」という感覚を持ち続けるのは大切だと思います。そして機会があればその発言をした人に一度尋ねてみたいです。「なんで『与える』なの?」と。

    トピずれですが、「がんばって」と「○○を与えたい」だったら私でしたら前者の方が嬉しいです。これ以上頑張れるか!と思うことはあっても、「がんばって」からは励ましや応援の気持ちが感じられるからです。反対に「与えたい」からは押し付けがましい印象を受けます。もちろん最近の言葉の流行から「与えたい」という言葉を使っているだけでしょうし、気持ち的には「がんばって」と同じ思いだろうというのは分かるので曲解することはありませんが、分かるだけにあとはもうちょっと言葉を選んでくれればなあと思います。

    何でもかんでも「与えたい」を使うのは、小さな子供が何でも「いっこ」と数えるのと同じなのではないでしょうか。物事にはそれぞれに適した言葉があると思います。

    ユーザーID:1775582910

  • 私も気になっていました

    いつ頃からこんな言い方が出てきたのでしょうね。
    本人はもちろん、精一杯の励ましとして使っているのでしょうけど。
    言葉に鈍感なんだなあ・・・って思います。
    「感動を与えたい」と言っているのを聞いただけでその人がイヤになるくらい、私も気になっていました。
    トピ立ててくださってありがとうございます。

    ユーザーID:3067979775

  • 与えるものです

    元気や勇気を与えられたかどうかは、それを見た人がどう感じたかということによるので、なんとも言えませんが、少なくとも、それを見た人が元気や勇気が出るよう、一生懸命に全力で自分のできることをやり遂げるということだと思います。

    なので、“与える”という表現に間違いはないと思います。

    ユーザーID:6131546269

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