縁とは掴むものだと思う

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snowsnow

男女

よく別れたときに、「縁が無かった」「他に縁が有る」といいますが、私は縁とは大切にするものだと思います。
趣味が違うとか、喧嘩ですれ違うとかなんて幾らでもある事。その度に「縁が無い」なんて言葉で片付けていては、せっかく出会う事が出来た縁を無駄にしている気がします。
私は「縁」は確かにあると思います。
でも、せっかく出会った縁を大切にしないで、歩み寄らないで終わらせるのは、縁を無駄にしていると思います。

皆さんのご意見をいただけるとうれしいです。

ユーザーID:4301807562

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  • 励ます言葉、労う言葉

    たぶん「縁がなかった」は励ます言葉、労いの言葉なんだと思います。
    確かに縁は地道に努力して、相手を思いやり、絆を深くしていくものですが、相手も人間、自分も人間。
    努力や思いやりだけではなんともならない人間性もあります。
    例として、そんな努力していたにも関わらず、結婚相手が浮気借金繰り返し、伴侶として身も心も疲れはて、病気になり、離婚した。
    そんなときに「歩み寄らないなんてもったいない」とは言えないと思います。
    そこで「頑張ったけど縁がなかったんだよ」と使えるのではないでしょうか。

    ユーザーID:5028525216

  • 少し違う様な

    なるほど、言いたい事はなんとなく分ります。

    けれど、別れる人々が(友人・恋人・夫婦・知り合い etc…)
    皆、「縁」を無下にしている訳ではありません。

    歩み寄る努力はした、浅い関係で終わった…
    これらの別れも含めて全てがやはり「縁」という物だと私は思います。

    「縁」と言う言葉を出すと、すれ違っただけの人も縁ですよ。

    それに、双方の歩み寄りがあったとしても、どうしても相容れない場合もあります。

    それを、努力等で繋ぎ合わせるとは
    それこそ新しい「縁」をも逃してしまうのではないでしょうか?


    主さん、問題を提起している割には「縁」の扱いが浅い気がします。

    ユーザーID:5103200276

  • ちょっとズレてる

    「縁」って、恋が成就できなかった時に自分への慰めの言葉として用いるんですけど。

    努力や精進でどうにかなるものではありません。

    ユーザーID:8433485696

  • 人は皆、旅の途中

    先にレスされている方がおっしゃっている通り、慰めの言葉として、また努力を尽くした後の諦めの言葉でもあると思います。

    トピ主さんがおっしゃっている気持ちはわかります。

    私の友人にも、「〜が合わない」と私から見れば些細な事で、縁を断ってしまう人がいます。

    でも友人には友人なりの気持ちがあり、状況があり、友人にしか見えない事があると思っていますから、「当のあなたがそう思うのなら仕方ないよね」と相槌を打ちます。

    或いは、実はそういった深いものは特になく、トピ主さんがおっしゃるような話をしたら、それをきっかけに関係を断たない事もあるかもしれません。

    でも、それはそういった話をしたからだけではなく、そもそもその話に共感出来る何かを、当人が持っている時である事が多いと思います。

    要するにタイミングです。
    人各々にタイミングがあるのです。

    目的地まで、左回りで旅する人もいれば、右回りで旅する人もいる。
    ど真ん中を旅する人もいる。

    過程が違えばタイミングも違う、見える景色も違う。

    でもいずれ似たような場所を訪れ、似たような経験をする。

    見守る事も、助言の一つだと思いますよ。

    ユーザーID:1226896121

  • 歩み寄りの努力するかどうかは別では?

    主さんは、
     人に歩み寄ろうとせず、気に入らないことがあるとすぐに縁を切ろうとする人を問題視してるのですか?それは私もよくないと思います。

    それとも、
     「縁がない」という考え方や、そのように表現することそのものを批判しているのですか?

    そこをごちゃまぜにしていて、わかりません。

    前者の場合は、その人の人間関係の構築の仕方が問題であって、それを「縁がない」と表現するどうかはまた別問題でしょう。
    必死で相手を理解しようとして歩み寄ってもうまくいかないこともあります。それすら「縁がない」と表現することはおかしい、「縁を大切にしていない」というのでしょうか。「縁がない」という人はみな、「縁を無駄にしている人」ということでしょうか。

    私も「縁」は確かにあると思います。だからこそ、「ない」状況や関係もあると思います。人に限らず仕事や会社もそうです。努力の有無を無視して全てを「縁を無駄にした」と言われるのはちょっと。。だからこそ基本的には励ます言葉なのだと思います。

    ユーザーID:4966555412

  • ガラシャ様に同意

    「縁がなかった」とは、縁を無駄にして捨てているヒトが
    自分から言うことではなくて、
    努力して、それでも駄目だったヒトに
    他人がかけてあげられる言葉だと思います。

    いろんな人間がいますし、
    努力だけではどうにも動かないこともある。
    「縁がなかったね」で片付ける(あきらめる)しかない、
    そんなことは長い人生、沢山ありますよ。

    ユーザーID:4119336241

  • 悪縁にしがみついててもねぇ・・・

    そりゃぁ、ちょっと何かあっただけで友人やら彼氏やらとイチイチ縁を切るのはやり過ぎですけどね。
    世の中にはいわゆる悪縁というのもありますし、切らないわけには行かない相手というのもいますから。
    そういう縁までわざわざ歩み寄り、大切にしていては、自分が消耗しすり減るだけで何もいいことないと思うんですけど。
    縁がなかった、他に縁が有る、というのは、そうやって消耗した人に対する慰めの言葉でしょ。
    トピ主さんはそういう人にも「縁を大事にしろ!」と鞭打つんですか?

    ユーザーID:6209348000

  • 人の縁とは不思議なもので袖擦り合うも多生の

    縁。つまづく石も縁の端。

    そして縁とは
    『対面同席500生』
    です。

    ユーザーID:8834114623

  • トピ主

    補足させて頂きます。

    私が問題視しているのは、恋愛において、なんでもかんでも「縁がなかった」「縁があれば又会う」の一言で済ませ、今の問題点を見ようともしない、話し合おうともしない事です。
    確かにそれはそれで、「それだけの縁だった」っと言えば簡単に片付いてしまいますが、それって、お互いの成長にも何にもならないと思います。
    (それさえも「それだけの縁だった」と言えばすんでしまいますが…)

    縁とは慰めの言葉・労いの言葉というのは、なんとなく納得できます。

    でも宜しければもっと沢山のご意見を下さい。

    ユーザーID:4301807562

  • 縁は掴むものではありません!

    縁を掴むと表現されるトピ主さんの考え方にまず問題点があるのでは?
    縁は掴むのではなく結果として生まれるものです。だから自分の努力だけではどうにもならない縁はあると思います。掴むのは運ではないでしょうか?だから運がいいとか悪いとか言いますよね。でも縁が悪いとは言いません。縁起が良い悪いと言うのは原因と結果を合わせてるからです。全く努力しなくても自らが断とうとしても切れない縁が腐れ縁です。きっちり分けて考えたらいいのではないでしょうか?

    ユーザーID:0164329719

  • その人のふさわしい場所

    私見ですが、「縁があった」というお相手は、それぞれがお互いにふさわしい相手であったということだと思います。
    別の言い方をしますと「収まるところに収まった」というところでしょうか。
    短気で思いやりのない人にはそれ相応のお相手しか寄ってきませんし、思慮深く慈しみあふれる人には同様の心を持った人が寄り添うのだと思います。

    そう考えると「縁は掴むもの」という考え方もできないでもないかな。
    それは、自分を高めることでより良いご縁へつながるから。

    歩み寄ることで縁がつながるかというと、まさしくそうだと思いますが、これも片方の努力で成立するものではないですからね。双方が相手に向き合う気持ちにならないと歩み寄りにならないよね。
    そういう、双方が向き合う気持ちになる、というところに縁が存在しているのだと思います。

    あくまで私見ですが。

    ユーザーID:4737568744

  • そうなんだけど

    私の場合は自らがんばると上手くいかなく、投げやりなときほどトントン拍子にいくパターンが多いです。

    なので『果報は寝て待て』をモットーにやってます。

    ホントは自ら進んで行って思い通りになるのがカッコよくて理想なんですけどね・・・。

    ユーザーID:0367550159

  • わかるけど違う

    縁は掴むものだけど、トピ主さんと意見が違います。

    個人に執着して縁を無理やり繋げていこうとするのは違うと思う。

    縁は籠っていたら見つからない、探しに行くものだと思うので、縁は掴むものって思います。

    ユーザーID:5762904835

  • 二回目になります

    つかむのは縁ではなく、チャンスなのではないかと思います。
    チャンスの神様はハゲ頭。
    前葉頭にちょぼちょぼとしか髪が生えていないから、チャンスの神様が来たらもじもじせずに前髪をわしづかみにし、チャンスを引き寄せろと聞いたことがあります。
    意欲的に引き寄せたりつかんだりするのがチャンスで、相手ありきで繋がるものが縁ではないでしょうか。

    ユーザーID:5028525216

  • それは、「縁」ではなくて、「チャンス」でしょう?

    「縁」というのは、個人の力(努力など)などを超えた
    もっと大きな力のことだと思います。

    トピさんが言っているのは、
    「縁」というよりも、「チャンス」に近いですよね。

    チャンスは掴むものだし、一度チャンスをつかんだら
    じっくり育てて、大輪の花を咲かせたいですから。

    ユーザーID:3422468248

  • 恋愛や結婚だけが「縁」じゃないですから

    「縁」の形はいろいろあるのでは?
    就職活動でも会社との「ご縁」と使う事も有りますし・・・。

    引きずり込まれる「縁」も「悪友」とかいう形で有ったりもします。

    何も、掴んでつなぐために努力しなければならない物だけでなく
    切るために努力しなければならない「縁」ってのも(恋愛や結婚でも)有りますし・・・。


    もともとの語源は仏教用語な筈ですから、調べてみては如何でしょうか?

    ユーザーID:5184335395

  • 繋ぐもの、結ぶもの

    『縁』って相手ありきな気がします。
    こちらがいくら頑張っても、相手にその気がなかったり、
    こちらがいくら歩みよろうとしても、相手が受け入れてくれなければそこまで…。

    たとえ喧嘩しても、仲直りや理解しあう姿勢がお互いにあれば、『縁』は繋がるし、結ばれるし。

    私は、
    紡いでいく感じが、『縁』のような気がします。

    ユーザーID:5033720337

  • 縁(出会い)は、授かるのは受動、断ち切るのは能動

    主さんの仰りたい事、まったくそのように私も思います。

    縁があって出会えるというのは、まさに奇跡的で、とても貴重なものだと思います。
    ある人と出会うということが、自分の意思とは無関係に与えられるものだとして、

    それを生かすか、殺すか、そこからは自分の行動(能動)だと思います。どんなに奇跡的な縁でも、意志で断ち切ろうと思えば、そこで永遠に断ち切れてしまうのです。

    それは、とても寂しい気がしますね。

    それは男女や夫婦という関係性に留まらずだと思います。

    主さんが言いたかった事は、縁をつかむというよりは、相手を大切にして、与えられた縁を”生かす” ということでしょう。

    縁が無かった、という表現は、自分の努力とは無関係に別れる運命であった、とすることで、ああすればよかったこうすればよかったといった後悔や葛藤を手放すための、心のクスリのようなものだと思っています。

    ユーザーID:1309189200

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