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医師や看護師からの心強いひと言を教えてください!

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編集部からのトピ

大手小町編集部

 こんにちは。読売新聞事業開発部の今浦友惠と申します。

 みなさんは、病気やケガのとき、医師や看護師のひと言で気持ちを強く持つことができたり、ほっとしたり、うるっと涙した経験はありますか?

 実は、私には、忘れられない一言があります。

 ぜん息やアトピーなどいろいろな病気で医師にお世話になっているのですが、
1年ほど前、急に鼻の症状が悪化して駆け込んだ耳鼻科で、
「あーこれはつらい。まずは2週間、強い薬で落ち着かせて、そのあと一気に治そう」
と力強く言われたのです。
“2週間”と期限を決めてくれる先生に出会ったのは初めて。
長年の経験からアレルギー性のものは症状がだらだらと続くもの、
薬は一時しのぎ、と思い込んでいた私には目からウロコ!

 この言葉をきっかけに、「ちゃんと治す」と治療に取り組む意識が変わりました。

 自分やご家族が病気やケガをした時、心配で不安な気持ちを、
同じように医師や看護師の一言で乗り切ったという経験がある方は多いのではないでしょうか。
ぜひぜひ、同じような「心強い一言」のエピソードを教えてください!


心の残る医療ロゴマーク


 また、読売新聞では、医療や介護にまつわるすてきなエピソードや体験を作文にして応募していただく、第30回「心に残る医療」体験記コンクールの作品を募集中です。同じような体験のある方、ぜひこちらへも作品を応募してください!

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ユーザーID:4187186761

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  • 生きろ

    私も、トピ主さんと同様、喘息持ちです。

    27歳位の時に重積発作を起こし、ERに運ばれた時の担当救急医の言葉です。意識朦朧としてましたが、はっきりと聞こえていました。

    「頑張れ!死ぬな!君はまだ若いんだ!これからなんだ、まだまだ楽しい事を経験しなくちゃ駄目なんだ!生きろ!戻ってこい!」

    と先生が言った瞬間に気道を塞いでいた痰が出て、「よし、もう大丈夫だ。危機は抜けたよ。お帰り」と言ってくれました。

    看護師さん達もずっと「頑張って!お願いだから、死なないで!」と励ましてくれました。

    後は、交通事故に遭った時、救急隊員の人の言葉です。

    一瞬、意識を取り戻した私を見た隊員の人の言葉ですが、「生きてる。生きてるぞ!頑張れ!」でした。

    今でも、当時の事を思い出すと目頭が熱くなります。心から尊敬できる人ってこういう人達の事を言うんだなと実感しました。

    今の喘息の主治医も「辛かったですね。これからは、ゆっくりと一緒に治していきましょう」と言ってくれ、泣きそうになりました。

    ユーザーID:5158984534

  • 児童精神科の年配の女性医師

    広汎性発達障害の息子の主治医です。
    初めて診察してもらったとき、第一声が「あらかわいい男の子」とニコニコしていって下さいました。医者アレルギーの息子が先生の膝の上に乗らんばかりの勢いでした。
    その医師が息子に初めて診断を下した方で、親にとって本来は憎むべき相手になりがちです。
    「何か困ったことはないですか?」と聞かれ、
    「問題行動が多く、どんなに強く叱っても聞きません。」
    「強く叱ると、口調や声のボリュームだけがトラウマとして残り、何が悪かったのか、どうすればよいのか解らなくなるのよ。」と的確にアドバイスしてくださいました。
    最後に「とても人が大好きで笑顔の可愛い子だから、社会性を訓練すれば大丈夫よ」と言って下さいました。
    息子の「障害」にとらわれず、「個性」「将来性」もきちんと見て下さって、そこまで悲観的にならずにすみました。

    ユーザーID:9666339198

  • 喘息の子供

    子供2人が気管支喘息で毎週の吸入通い、投薬は途切れず、夜中の救急外来に駆けつける日々。
    スイミング、漢方、姑も実母もあれこれ口出し、結局は何しても病院のお世話になり、ヘトヘトでした。

    そんな時、喘息が国の特定疾患で医療費に補助が出ると、喘息持ちの知人から聞き、金銭的に助かるならと担当医に申し出たところ
    『お宅のお子さんたちは成長と共に軽減することが期待できる!もっと難病の子供のために福祉を生かしてみませんか?』
    と言われてしまいました。が頭の中は霧が晴れたよう。先生の言葉で、喘息は軽減できる、もっと努力次第で子供たちは良くなる、と励まされたのです。

    喘息を学び、成長期に毛細血管が広がるよう、たくさん運動をさせ栄養も考え、2人とも毎年真っ黒に育てました。
    私は泳げないけど2人ともバタフライが泳げます。そして入院騒ぎを何回も起こした喘息は消え失せていました。

    先生から『おー、丈夫になったな』と喜ばれました。温い母親でした。先生ありがとうございました。

    ユーザーID:2177161927

  • やっぱりこれ

    決まり文句ですが「最善を尽くします。」です。先月に手術をしました。前日に入院しいろいろと手術の説明があり私は副作用のことなどあれこれ不安でいっぱいになってしまいすっかり元気がなくなってしまいました。ですが主治医の先生のこの言葉がとても力強く心にグサッと届きました。それ以来私も心が軽くなり今も安心して治療を続けられています。

    ユーザーID:1559410761

  • 出産時

    私は一人目が難産で、微弱陣痛と子供の心拍数低下となり、緊急帝王切開になりました。
    既に3日間の陣痛があって体力的に限界、意識朦朧としていた私も、
    子供の心拍が低下したと知ってパニックに。
    緊急治療室に運ばれた時に走って来た救急医が
    「赤ちゃんに酸素を送らないといけない。苦しいけど頑張って大きく呼吸して。
    大丈夫、絶対助けるから任せろ!」
    と言って手を握ってくれました。
    医者が絶対大丈夫と言っていいのかどうかは知りませんが、
    とにかく私は安心して落ち着き、手術を受ける事が出来ました。

    二人目はその記憶があり、妊娠時から不安が常にありました。
    住んでいる所も担当医も違ったのですが、
    その担当医は「こうしましょう、君の出産は僕が全面的に責任を持ちます。
    休みだろうが何だろうが、必ず僕が取り上げる。
    だから一緒に頑張って行きましょう。」と言って携帯番号をくれました。
    お陰で不安を感じなくなりました。

    医者と言うのは、すごい職業だなと今も思います。
    お陰さまで二人とも、大きくなり健康に問題はありません。
    素晴らしい医者がいる事を皆さんに知って欲しいです。

    ユーザーID:7108602044

  • 産婦人科で

    初めての妊娠で、重い悪阻に切迫流産、切迫早産という順調とは程遠い妊娠期間に加えて、子宮筋腫が微妙な位置にあり「帝王切開かもしれない」と言われたのを夫から聞いた姑の「帝王切開なんてとんでもない!」という勝手なこだわりに悩まされながら実家に里帰りする、という時期に妊婦検診で通っていたドクターと助産師さんから「方法にとらわれず、無事に出産することだけを考えなさい」「雑音に惑わされないでね」と言われた時に肝がすわったというか、覚悟が決まったのを覚えています。

    おかげで落ち着いて出産にも取り組め、姑の横やりも右から左に受け流す「肝っ玉母ちゃん」になりつつあります。

    ユーザーID:0030735697

  • 病院の作業療法士から

    母が脳出血で倒れ、救急搬送されました。3日間、意識不明が続き、目が覚めたものの半身不随に言語障害が残りました。同時に心臓病もみつかり、余命半年と医師から言われていました。当時、突然の下血やショック症状などもあり、波のある状態で主治医や看護師から「危ない状態ですから付き添いを」とか「食事はいっさいできません」と言われることもあり、昼夜問わず病室に家族がつきそっていました。
    それでも、少しでも残った機能回復をと理学療法士や言語療法士の方が来てくれました。
    作業療法士が初めて病室に来たときのことです。
    「ooさん・・」
    そう言って、20代後半ぐらいの女性の療法士さんがベット横の丸イスに腰をかけ、母の顔をじっとながめました。
    「ooさん、なにか困ったことはないですか?」
    入院して2ヶ月半。その病院で「こまったことで話したいことはないですか」と聞いてくれた方は、その療法士の方が最初で最後でした。

    母は動かない手でなんとか字を書こうと毎回、がんばっていましたが、
    半年後、自宅で静かに亡くなりました。

    今でも、あのときの、話しかけてくださった療法士の方の声が忘れられません。

    ユーザーID:4676776209

  • 病気だからこそおしゃれ!


    私は3年前に難病を発症し、月に1回通院しています。

    毎回採血があるのですが、ある日担当してくれたナースさんが『あぁ!綺麗な爪だねぇ!私もやりたいけど仕事柄無理だしなぁ。うらやましいぃ』と言いました。

    私の友人がネイリストなので昔から格安でジェルネイルなどをやってもらっていたのですが、発症して1年ほどはそういう気分にもなれず、やっとネイルでもしようかなぁと思い、前日にやってもらった爪を見てそう言われました。

    私の病気は国から一部医療費を助成してもらっているので、そんな身分でネイルなんて…と思っていた部分があり、思わずそのナースさんにそう言ったところ『そんなの関係ないよ!税金だって払ってるんだから病気の時ぐらい国に助けてもらうのは当たり前!それに病気だからこそオシャレして気分あげないと!いつも辛い思いしてるんだから!』と明るく言われ思わず涙が出ました。

    完治しない病気は治療にゴールというものがないので、時々いつまで続くんだろうと悲観的になったりするのですが、あの日の言葉を思い出すと頑張らなきゃ!と思えてきます。

    ユーザーID:1029060452

  • 信頼という言葉がぴったりの先生

    子どもがインフルエンザらしき症状で中堅どころの総合病院の小児科へ行きました。
    そこではインフルエンザではない一辺倒で、熱が下がった後も息が切れ日常生活に支障が起きる程で
    3度目の診察にいったら、もううちではわからない、過干渉による子の自作自演ではと言われました。
    反論すると、よその病院に行って気が済むまで診てもらえとも言われました。
    言いたい事は山ほどありましたがそれで治るわけでもないのでいつも混んでいるので有名な
    個人の小児科病院へ行きました。
    そこで診察を受けた途端先生に「こんなになるまでどうして放っておいたんだ!」と叱られました。
    今までその逆の事を言われ続けたので私はやっと話が通じる先生でホッとし過程を話しました。
    先生は怖い顔をして「これはさぞお子さん痛かったと思います。よく我慢しました。これは医師会で
    ちゃんと報告しておきます」と言ってくださいました。

    結局子どもは重度の肺炎を経て気胸が出来ていたそうです。
    それから先生には下の子も本当にお世話になりました。もう感謝しかありません。

    病院選びにまだ無知で甘かった頃の話です。

    ユーザーID:1788193556

  • そんなの当たり前だよ

     もう30年以上前のことですが、母が癌でなくなりました。現在と違い、本人に癌であることを告げるなど到底考えられない時代でした。嘘をつきとおす自信も、弱っていく母に対峙する精神力もない若かった私は、病気の母から距離を置いてしまい十分な看病もせず、そのことが母の死後片時も離れない罪悪感をうみました。
     その後知り合った癌専門医の方にそのお話をしたところ、こう言われました。「そんなの当たり前だよ。癌専門医の自分だって、母親が癌になり自分が主治医になった時には辛くて仕方なかった。他の患者さんには朝夕回診するのに、母親の病室には毎日なんて行けなかった。専門医だってそうなんだ。若い君が逃げたのは家族だからこそで当たり前のことなんだ。君だけじゃない。癌患者家族は皆そうなんだよ。そんなに罪悪感を抱く必要ないよ。」
     許されたと思いました。肩と心にのしかかっていた重荷が一挙に軽くなりました。
     今日でこそ、癌患者の家族の精神面を支える重要性が認識されておりますが、あの時あの先生に出会わなかったらどんなに辛い人生を送っていたことかと、現在では連絡の途絶えたあの先生に、今も尚感謝しております。

    ユーザーID:8318893336

  • ありますよ。

    私が発病して 大きな病院で確定診断を受ける矢先。
    二人目の妊娠が分かりました。

    治療を優先するなら 当然出産はムリ。
    産むなら 病気が進行するかもしれない。
    当時の主治医は あきらめたほうが・・・と言いました。
    一人いるのだから 今回は・・と。

    こどもほしかったんです。
    一人目はなかなか授からず 本当に辛かった。
    諦めるなんてできない、自分の命に引き替えてでもと。
    でも 私に何かあったら今いる一人目にさえ 大変な思いをさせるかも。

    重い気持ちを抱えて受診した病院の医師の言葉です。
    「今しかない、今がチャンスなんですよ。治療は後からでも大丈夫。
    今諦めたら 傷つくあなたの心は薬では治せない。産めるから大丈夫。あきらめなくていい。」

    その一言で 救われました。
    授かった二人目も 小学生。
    先生の言葉通り 治療は間に合いほぼ完治。
    あのとき 子どもを諦めていたら 自分を許せず辛い治療にも前向きになれなかったかも。

    ユーザーID:9770538710

  • 長年のおつきあい

     院長先生のお父様の代からのおつきあいです。
    父が勤めた会社を受持たれていて、小児科を卒業した私も診てもらうようになりました。
     それから約30年。看護師さん達にも離婚などの個人的な相談にのっていただいたり、
     結果的にかかりつけを持たない癌患者だった父の入院を、他の病院の医師の方々と連携して受け入れていただき、
    スタッフの皆さんは看取る家族の気持ちに寄り添ってくださいました。
    それは医療従事者として当然、と先生はおっしゃるかもしれませんが、
    専門の先生から見放されるような状況で救われた想いでした。
    現在、体調を崩した私を「あなたをずっと見てきたけど、こんなことでへこたれないよ」と励ましてくださり、
    待合室では年配のかたが看護師さんに「あなたの顔みたら元気が出てくるよ」という対話が聞こえる病院です。
    ファンとして(?)今後も通います。

    ユーザーID:5157035888

  • 痛みは生きてる証拠

    若い時

    複雑な生え方していた歯を抜歯したとき
    血が止まらないわ 
    麻酔は切れて痛みが凄いわ

    というときに歯科医から

    ひとこと

    「生きてる証拠」と言われました

    それ以来どんな痛みも流血沙汰も恐くなくなり
    耐えられるようになりました!

    わたしにとっては
    痛みが恐くなくなった 貴重なひとことです

    ユーザーID:8842051286

  • ありがとうございます!

    みなさん、レス頂きありがとうございます。今浦です。
    今私はデスクワーク中ですが、必死にもらい泣きをこらえています…
    自分の体験と重なるところも多く、「うん、うん」とうなずきながら読みました。

    >干ししいたけさん
    「お帰り」は嬉しいですね。
    この世に生きていることは、色々な人に支えられて
    ”大きな家族”の中で生かされているということなのかな、と感じました。

    >あやみさん
    叱り方についての医師のアドバイス、まるで人生の教訓のようです。
    「言われた側に何が残るのか」を考えるのは大切なことだなと思いました。
    胸に刻みます。

    >hitomiさん
    私の両親も、喘息を怖がらずに私にたくさん運動をさせてくれました。
    特に中学時代に取り組んだ長距離走やソフトボールで、かなり症状が改善しました。
    「軽減させるためにできること」を示してもらえると、
    患者側も行動を起こしやすいですよね。

    >ふ〜ソフトさん
    「最善を尽くします」という言葉はきっと、「自分を信じて任せて下さい」と同義語ですよね。
    病気のときは悪いことばかり考えてしまうもの。
    心が軽くなったという気持ち、とても分かります。

    >匿名太郎さん&いあっちさん
    友だちが助産師をしているので色々な話を聞くのですが、
    産婦人科は一度に2人の命を預かるという意味で責任重大な仕事ですよね。
    誰もが人に助けられて生まてきたんだなと思うと、感謝感謝ですね。

    >小枝子さん&なつさん
    話しかけてくれるだけで救われること、ありますよね。
    私の会社にも、絶妙なタイミングに絶妙な言葉で話しかけてくれる先輩たちがいます。
    直接的に問題解決にはつながらなくても、
    心が明るくなるだけで「がんばっていこう!」と思えるものなんですよね。
    そういう心遣いが出来る人って、職業に関係なく、人として素晴しいですね。

    >母さん
    いいお医者さまに出会えてよかったですね。
    読みながら思わず胸をなでおろしました。
    患者と医師も、「出会い」なんだなぁと感じました。
    共に病気と戦うためには、いい出会いが必要ですね。

    >葡萄畑さん
    病気ではなく、「罪悪感」から救ってくれた先生がいたんですね。
    最近、「心のケア」という言葉をよく耳にしますが、
    葡萄畑さんがどれほど楽になったかを考えると、心のケアはとても大切な問題だなと思いました。

    >そうねぇさん
    「傷つくあなたの心は薬では治せない。産めるから大丈夫。あきらめなくていい」
    この言葉、涙なしでは読めませんでした。
    私の母も、私を産むときに「生むか諦めるか」の決断を迫られて泣き明かしたそうです。
    その時の母にも、この言葉があったらどんなに支えになっただろう…と思うと目頭が熱くなります。
    そうねぇさん、いい先生に出会えてよかったですね。

    ユーザーID:4187186761

  • 笑えた

    感動的な雰囲気の中、私は笑えるヒトコトを。

    5年ほど前、胆石の発作が出て、胆嚢を取るか決断することに。
    胆嚢は、胆汁を必要に応じて出せるように溜めておくタンクで、無ければ無いでなんとかなる器官だとのこと。逆に、胆石だけを取り出すことは出来ないので、残すと一生発作に怯えて投薬の日々になる。手術しようか迷う私に医師が言った一言。
    「大丈夫!結構胆嚢ない動物も多いですから!ラットとか!」
    えっ!ラットですかぁ〜。実験動物ですよね。でも無性に可笑しくなって、心配が軽くなりました。その後無事手術も済み、問題ない日々を送っています。

    あと、妊娠時。
    足のむくみが酷く、今までの靴も履けないほどに。「これって妊娠中毒症とかなんでしょうか・・・?」と質問すると
    「大丈夫!左右対称なウチは!」

    不安になっているところに、明るく「大丈夫!」って言ってもらえるのが心に残るみたいです。

    ユーザーID:3728074022

  • 病気ではないのですが…

    息子を出産してから、母乳で育てていたせいか、とにかく夜、何度も起きて泣いて…まぁ、3ヶ月くらいすれば安定するはず…
    と思っていましたが、
    半年経っても、1年経っても、1〜2時間で起きてしまう…の繰り返しで、慢性的な寝不足で精神的に参ってしまっていました。

    夜中の3時や4時に完全に起きてしまって騒いだりするので、だっこひもで息子を抱き、明け方、近所をフラフラと歩いて寝かしつける事なんてしょっちゅうでした。


    1歳健診の時に、
    あまりにも限界に近かったので小児科の先生に愚痴半分で相談したところ、

    「あ〜大丈夫!一生続くわけじゃないから!そのうちちゃんと寝るようになるからね!」
    って明るい感じで言われて、
    心の中や頭の中に、ず〜っとかかっていた霧が、
    サ〜っと晴れていきました。
    そっか!!そうだよね!
    って何度も何度も呟いている自分がいました。

    2歳8ヶ月になる息子は、今は夜遅くとも8時には寝てしまい、夜中一度も起きません。
    今となっては辛かった事は忘れていますが、
    先生の言葉だけは、一生忘れられないと思います。

    ユーザーID:6738950991

  • メリットとデメリット

    私は27才の時に父をガンで亡くしました。短期間で進行しあっという間の別れ…しかし担当医は事務的に事を進め医師に対する不信感いっぱいでした。
    が…その2ヶ月後、今度母がガンに倒れました。父とは別の病院でしたが…私は不信感いっぱいのまま担当医と病状説明と今後について話し合いました。
    その時の医師が
    「私もあなたのように若い時に母をガンで亡くしました。あなたのお父様が亡くなった事も聞きました。辛いと思いますが…気をしっかり持って下さい。どんな治療にもメリットとデメリットがあります。これからお話しますが遠慮なく質問して下さい。共にお母様のために頑張りましょう」と…まだ若い私に年配の医師は優しく寄りそってくだいました。納得のいく説明と治療でその後母は回復し…あれから10年ちかくたちますが…今でも感謝してます。
    それから医師にもいろいろいると…思ってます

    ユーザーID:9608185305

  • 心をほぐしてもらいました

    皆様のような感動的なエピソードではなくすみません。

    18歳で受けた初めての鼻の手術がトラウマになり、信頼している人以外が
    首から上を触ると体が硬直するようになりました。

    悪いことに29歳で2回目の手術が決まり、手術前夜に執刀医:A先生から説明を受け、
    「何でも疑問に思うことがあれば聞いてください。気にせず何でもどうぞ。」
    表情や声のトーン等から人柄の良さを感じ、信頼できる人と思えました。
    術後、初めての診察の際、「先生、痛い!」と言ったら、「うん、知ってる」って
    答えが返ってきました。
    人によっては怒っちゃうかもしれませんね。
    でも私は笑っちゃいました。
    「知ってるなら痛くしないでよー」と。
    それ以来、A先生のおかげで診察に対する恐怖が少しずつ軽減されていきました。
    「痛い」「うん、知ってる」
    この会話は、先生に診ていただいていた10年程の間、何十回と繰り返しました(笑)

    本当にまた運の悪いことに、一昨年には3回目の手術も受けたのですが、
    A先生によって緩和していただいた恐怖心はあまり顔を出しませんでした。

    先生、ありがとうございます。

    ユーザーID:6150495875

  • 介護者として

    かつて認知症の義母を介護していました。
    周辺症状がひどくなってきた頃、かかりつけの病院で辛さを訴えるも
    「あなたの接し方が悪いんじゃないですか?」
    とにべもなく言い放つ医師に絶望し、色々な情報やツテを頼って主治医を変えました。
    初めての診察(と言ってもデイサービス内での雑談のような診察)の時に
    「今までよく頑張ってきましたね。お嫁さんの立場でなかなかできることじゃないですよ。」
    と言って下さいました。
    義母の症状が劇的によくなったわけではないけれど、私はこの言葉で救われました。この医師にめぐりあえなければ、この言葉をかけてもらえなければ、もしかしたら私は犯罪者になっていたかもしれません。

    あれから4年、今年の初めに義母はこの医師の元で安らかに天寿を全うしました。

    ユーザーID:5326264636

  • 内科の先生

    海外在住です。
    こちらへ来て数ヵ月後、突然喘息の発作に襲われました。
    子供の頃、私も喘息があったのですが、あのような大きな発作が、何の前触れも無く起こったことはありませんでした。
    早朝でしたが、近所のお医者さんはもう出勤されていて、すぐに診て頂けることになりました。
    私の居住国は英語が通じると思われているのですが、実際はお医者さんですら話せない方が多く、現地語がわからないと診察して頂けないこともあったんです。
    でも先生は、流暢とは言いがたい英語で、発作の出やすかった時期や飲んでいた薬について聞いてこられました。
    そして優しい顔で笑い、「随分遠い国に来てしまったから、体もこの国に馴染もうと頑張り過ぎてるんですよ。今は気候に慣れることだけを考えてください。余計なことは考えずに、無理しないでね。」と言って下さいました。
    元々、頑張り「過ぎ」やの私。
    移住して以来の色々なストレスが溜まって、それが引き金で発作が起こったらしかったのです。
    自分にわかる言葉で「無理しないで」と言われて、ふっと楽になれました。
    それ以降、大きな発作は一度も起こっていません。

    ユーザーID:9925941922

  • 幼少の頃から、病弱ですが、頑張って生きています。

    三十代主婦です。
    私は、幼少の頃から病弱で、主治医や看護師から嬉し涙が出る言葉を言われてきました。

    ・十歳から今日までお世話になっている主治医からの言葉
    「あなたは、今まで辛かっただろうに良く頑張って乗り越えてきましたね。」

    ・三年前、難病を患った時、教授クラスの先生からの言葉
    「大丈夫ですよ。私が全力を持って貴方を守ります。」

    ・リハビリ(理学療法士PT)の先生からの言葉
    難病で、身体が思うように動かず、私が鬱状態の時に…
    「日常生活が、リハビリにもなりますから頑張りすぎなくて良いですよ。」
    この言葉で、お陰さまで今は、さほど不自由なく過ごせるようになりました。

    ・看護師からの言葉
    「顔色が悪いけれど、採血しても大丈夫?」
    私は血圧が低く、採血時に、スピッツ(採血する容器)五本は採るので健康状態を
    良く確認してくれます。

    書ききれないほど、たくさんあります。

    そんな私は、元医療従事者です。
    お世話になった大勢の人に日々感謝しています。

    ユーザーID:7374425980

  • 障害者になったら

    こんにちは
    私の場合は
    『障害者よりも、健常者の彼女の方が良い決まってる。』です。健常者の方々は、医師がその様な事を言う事に驚きますよね。

    私は当時20代前半。事故の後遺症から、体が不自由になりました。

    初めは現実を受け止めれず、病院などでも人の足元ばかり目に入り、足音ばかり耳につき、特に女性のヒールの音が頭から離れない状態でした。

    当時の彼は
    介護の勉強をしてくれ毎日の様に通ってくれ、申し訳無い気持ちと変わらぬ愛に、少しの可能性を信じ毎日のリハビリを1日中先生に止められても必死でした。

    しかしそれも半年を過ぎようと言う頃、会いに来てくれる事も減り、落ち込みましたが、根気よく支えてくれる、周囲の人にこれ以上迷惑をかけたくなくて、涙を見せないと、感情を堪える為日々との戦いでした。

    先生は、ある日
    『彼氏来なくなっちゃった事、絶対に責めてはいけないよ。
    障害者より、誰しもヒールが履けて、横に並んで歩いてくれる彼女が良いのが現実なんだよ。外の世界に出たら、差別と同時に生きる事すら大変だ』続きます

    ユーザーID:8419028167

  • にんじん:続きです

    私は、こんな言葉よく言えるなと驚きました。しかしその後
    自律の訓練が始まり、外の世界へ出かける事に。

    車椅子の私と目線が同じ子供達には指を指され
    『あっママ。あの人足がおかしいね。』
    『何で歩かないの?』勿論親の方は申し訳なさそうでしたし、責める気持ちもありませんが、それはもう辛かったです。
    ・ようやくのトイレあれどが手すりの位置が合わない。階段しかない。道がボコボコ。放置自転車でとうせんぼ。聳え立つ電信柱でとうせんぼ。突き刺さる視線。
    病院の生活とは反対に、生きる事の不安で本当の心の葛藤が始まりました。

    しかし先生の
    『人は自分と違う人を受け入れがたい。車椅子の障害者と一緒に歩く事が恥ずかしい人がほとんど。健常者が良いのが当たり前。だから去った人達を責めてはいけない。何かしら君は人のお世話になって生きていくんだから』この言葉が無ければ外の世界に出たらきっと【自殺】がよぎっていたと思います。 私は今でも心の底から一緒に戦ってくれた医師に感謝しながら御陰様で社会復帰し結婚出来ました。

    ユーザーID:8419028167

  • 震災中に・・

    切迫早産の時の地震。
    私の通っていた産婦人科は閉業となりました。
    電話はつながらず、
    内服していた薬は数少なくなるし、お腹は痛いし
    不安でたまりませんでした。

    やっとつながった産婦人科
    なんと、出たのは先生でした。
    「一緒に頑張りましょう。」と強く言われ、パニックってた頭は冷静になりました。

    避難し、別の産婦人科に突然行った時
    「閉業して困っている人がいたら、声をかけて下さい。私たちも大変だけれど、協力しますから。」と言ってくれました。
    放射能で有名な県だったので、拒否されると思っていたら
    快く受け入れてくれ、不安だった私は
    いっきに安心することが出来ました。

    差別などの話があるなかで、
    毎日不安とたたかってましたが、あの女性医師のおかげで
    安心して妊娠後期を過ごす事が出来ました。

    結局、一人での避難で地元に帰りましたが
    無事元気な子どもを出産することが出来ました。
    これも、多くの人達に支えられたからです。
    「ありがとう」
    言いたいです。

    ユーザーID:2335043725

  • 同じ悩みを抱えている人を救えますね

     みなさん、レスありがとうございます。お返事が遅くなってすみません。
     トピを立てた時は、こんなに多様な内容が寄せられるとは想像していませんでした!
     勇気を出してここに書いてくださったみなさんに感謝感謝です!

     みなさんの体験談、一つ一つが本当に貴重で、このまま作品にして応募してほしいと心から思っています。こういった体験は、誰かが言葉にして形にしないと、他の方には伝わらないものです。
     みなさんが伝えていくことで、次に同じ体験をした人は、より良い手を打つことができるかもしれませんし、自分の心の負担を和らげることができるかもしれません。

     と、ちょっと堅苦しくなっちゃいましたが…。教訓になることも多いですし、優しい気持ちにもさせていただいています。

     例えば、まなざしさんのレスを読んで、「ファン」として通い続けられれば、“予防”の観点からもとてもいいことだなーと思ったり、にんじんさんのレスでは、医師の“本当の心遣い”に驚きつつ、幸せになられたことにうれしくなったり……めいさんの献身と努力には頭があがりません。(ちなみに、介護する側の心のケアについての作品は、昨年の「心に残る医療」体験記コンクールで上位入賞しました。近年、重要性を増してきているテーマですね)

     このトピを読んでくれた方たちも、同じような気持ちを共有していてくれたらうれしいなと思います。ぜひ、「自分の体験はないけど…」という方も、読んだ感想をお寄せ下さい♪

     みなさんにお返事が出来ないことを申し訳なく思っております。全員の方の投稿をありがたく読ませていただいています!

    ユーザーID:4187186761

  • 期限を言ってもらえると勇気付けられますね。

    >「まずは2週間、強い薬で落ち着かせて、そのあと一気に治そう」
    >と力強く言われたのです。

    トピ主さんのこれ、わかります。
    いつ終わるかわからない苦しみに対して、
    きちんと時間的な治療計画を言ってもらえると、
    目標になるというか、よしちゃんと直そう、って気になりますね。

    私の場合は不妊治療です。
    20代で、自分は妊娠しにくい体だとわかったものの、
    いつか何とかなるだろうと自然に任せて10数年、
    結局子供のないまま40代に突入、
    半ばあきらめの気持ちで治療院の戸をたたきました。

    すると、いろいろ検査して、私に最適な治療法を見つけてくださった医師が
    「この方法で3回頑張ってみよう。
    ダメだったらそれはその時で、また別の方法を考えればいいんだから、
    とにかく今は、この3回のうちに、絶対うまくいくと信じましょう」
    と言ってくださいました。

    おかげで、治療前は生理が来るたびに泣いていましたが、
    治療中は、あと2回ある、あと1回あると心を強く持つことができ、
    とうとう3回目に成功!

    今、元気な2歳男児のお尻を追い掛け回しながら
    あの時あの先生に診てもらって本当によかったと時折思います。

    ユーザーID:7560855693

  • 祖母や父がお世話になった方々。

    在宅介護の時にお世話になった看護師さん。
    祖母が亡くなった時の清拭をして下さった後、お礼を言う母に「こちらこそ、素敵な患者さんで会いに来るのが楽しかった。良い看取りだったと思います」と言って、号泣する母を抱きしめてくれました。
    多分母もそれで救われたと思います。

    父が亡くなる時、大学病院に入院していました。重篤患者の実習をさせたいから協力して欲しいと言われたので了承したら、学生さんがついてくれました。指導教官の方もちょくちょく見回りに来てくれてありがたかったです。
    学生さんが居ない時に意識のなかった父の足をさすっていた私に「そうしたふれあいは患者さんに届くので良いですね」と言ってくれたのも励みになりました。
    父は余命宣告よりもはるか手前で亡くなりました。
    その時主治医に「もっと何か治療が出来ると思っていました・・・残念です」と頭を下げられました。
    その言葉が、父の命に対する可能性を信じていたことや、手を尽くしてくれたことを感じさせてくれました。

    医者や看護師は技術だけでなく、言葉でも患者を癒すことができる存在だと思います。

    ユーザーID:3477907308

  • この場を借りて

    1つ目は出産時。4人を同じ産院で産みました。初産で陣痛が長く、分娩に入ってからの痛みにパニック。「い、痛い!」と恐怖におののいていると「お母さん、しっかりしなさい!」と先生。「私、お母さんなんだ…」と冷静に。その後3人目までは運良く同じ先生にお世話になりました。4人目は当直の先生が違いましたが、産後すぐ何故か自分の家に帰られない事が恐怖でパニックに。いつもの先生やいつもの看護師さん達に支えられ、乗り越えられました。
    2つ目は子供達の小児科の先生。一番上の子が3才くらいまで体が弱く、しょっちゅう病院へ。「小6ぐらいにお母さんと同じくらいの体の大きさになると治るよ。それまでに風邪を1000回ひくとしたら、早くにひくか、後でいっぺんにひくかだよ。」と。とても気が楽になりました。
    最後は救急隊員の方々。介護の仕事をしていた時、夜勤で救急車を呼ぶ事態に。提携病院のあんまりな対応と不安とで、思わず涙が。救急隊員の方々は、テキパキと次の病院を探して運んでくださいました。救急隊員の方々は、救急救命の資格をとる時に教えてくださった方々でした。
    続きます。

    ユーザーID:7483481304

  • 少しずれているかもしれませんが

    募集されているトピと少し違うかもしれませんが、、、、

    切迫流産で入院した時のこと。親子2代でやっていらっしゃる産婦人科でお世話になりました。
    大先生は、私の状態を危ない状態だから長く入院を勧め、安静にしなさいと。
    若先生は、『大丈夫、大丈夫。たいしたことないから心配しないで』と。

    1ヶ月の入院後、状態も落ち着き退院する時になって、若先生が、『もう大丈夫ですよ。本当はすごく心配したんですよ。』と。

    若先生は、私がすごく心配しないように『大丈夫だよ』と安心させてくれ、反対に大先生は、気をつけなさいと釘を刺し、本当にいいコンビだったと思います。

    その時の息子も無事出産でき、本当に幸せです。

    ユーザーID:5826186006

  • 続きです。

    少し主旨と違ったかもしれませんが、関わった皆さん、とても素敵でした。
    何時に出産になっても、いつもとかわらない毒舌で現れる産婦人科の先生。書き忘れてましたが、4人目妊娠中不安な気持ちをポロッと言ったら「言葉には魂があるんだ。言霊って言うだろう。マイナスな言葉は絶対言っちゃダメだ。」と言っていただき、気持ちをしっかり持つ事が出来ました。あと、夜中でお化粧が落ちてしまっても、綺麗で優しい頼りになる看護師さん達。
    緊急に呼び出されても、資格をとる時にお世話になった時のまま、寡黙に動いていた救急救命の方々。
    長くなりましたが、この場を借りて、お礼を言わせてください。
    弱い私をこれまで助けてくださって、本当にありがとうございました。

    ユーザーID:7483481304

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