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漢文を読めるようになると現代中国語が理解できるの?

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趣味・教育・教養

まっち

高校生の息子が居ますが、国語の中で漢文を学ぶ意味が分らないといっています。
「現代で使わないのに、無用の長物。
昔の文章を学ぶぐらいなら、現代中国語を学んで今居る人達と意思疎通できるようになったほうがよほど有益ではないのか」といっています。
確かにビジネスなどではそうだと思いますが・・

漢文は古典中国語だと思いますが、漢文を学ぶと現代中国語が理解できるようになるのでしょうか?
仮にそうでないとして、息子の言うとおり、
現代中国語を学ぶ時間に充てた方が有益だと思いますか?

ユーザーID:0721479006

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  • 古典を学ぶことに意味があるのでは

    理系なので、高校時代国語の勉強をたくさんしたわけではありませんが、漢文は割と好きでした

    ごく卑近な例で行くと、センター入試レベルであれば、勉強量の割に点が稼げるのは
    漢文なんじゃないかと思います。基本的なルールを知ればある程度理解できる、みたいな。

    さて、高校レベルで漢文を学ぶ目的というのは、「当時の語学を学ぶ」というよりはむしろ
    日本の文化のある面でルーツでもある古代中国の思想を学ぶというところにあるのではないでしょうか。
    その時代の日本の知識人も中国の古典から学び、それに影響を受けて日本の古典文学やあるいは
    世の中の仕組み自体ができてきた部分があるわけですから、我々の文化的ルーツの一端を知る意味で
    漢文の勉強には意味があるのではないかと思います
    西洋でいえばきっとギリシャローマの古典を学ぶとか、ラテン語を学ぶというのに当たるのではないかと思います

    どちらかというと「教養」の側面ですよね。ビジネスで即使おう、という実用とはまた別の意味がある
    学問分野(ちと大げさ?)なのではないかと思います

    ユーザーID:5345835901

  • できません

    漢文が読めても現代中国語は出来ません。
    現代日本人が竹取物語を原文で読めないのと同じです。

    学生が「○○を勉強する意味がわからない」と言うことはよくありますね。
    科目は違いますが私もそうでしたから。

    学校での漢文の学習って、完全に受験用ですよね。
    受験に出るから。それだけです。勉強する意味は「受験」です。
    本当に将来に生かしたいなら、現代中国語は別物として習うことです。
    これがいやだからこっち、ではなく。

    でも、中国に居ると、漢文やってて良かったかなと思うことも結構ありますよ。
    会話や文章の中に時々出てきますから。
    日本語でも昔のことわざなんかが出てくるようにね。

    ユーザーID:1664732718

  • 理解できない

    古文を学んでも、現代日本語が分かるようにはならないのと同じです。

    日本文学は、漢文の影響を受けています。ことわざなどでも、漢文由来のものがありますよね。漢文は、日本文学を理解するために学ぶのだという気がします。

    現代中国語を学ぶのは、いいことだとは思います。しかし、習得するためには、現在の漢文の時間だけでは、足りないと思います。指導できる人もおそらく少ないので、高校の必修科目にするのは、現実的に無理でしょう。それに、そんなに無理してまで学ばせるほどの必要性はないと思います。

    ユーザーID:9439450956

  • 漢文と現代中国語

    私は大学で中国史(漢文講読)を習い、後に中国留学を経て20年来中国に住み、現代中国語を習得した者です。私は漢文も好きでしたので無用の長物とは思いませんでしたが、息子さんの言うように、「現代中国語を学んだ方が…」という考えはありました。
    高校で習う漢文というのは、謂わば現代日本語の源流としての位置づけで習うものであり、それゆえ中国語というより日本語(国語)の能力向上を目的とした学科であると考えます。トピ文にありますが、漢文を習得してもそれだけで現代中国語を解せるようにはなるわけではありませんが、現代中国語の習得に大いにその力を発揮します。私自身の実感です。
    また逆に、大学時代苦労した漢文読解も、現代中国語を習得した今では当時とは比較にならないくらいスラスラと読めるようになっています。それと、漢文で得た知識を現代語に織り混ぜて使うと中国の人からかなり評価されますよ。漢文と現代中国語とは、どちらを学ぶのが有益かという事を考える対象ではなく、どちらも中国語の中に組織作っている学問なのだと思っています。

    ユーザーID:8387927645

  • 別物かと思います。

    私は大学のときドイツ語を取りましたが、友人が中国語でした。教科書など見せてもらいましたが、別物だなと思いました。

    ただ、国語の授業で漢文、漢詩を読むのは中国語を読めるようにしようという目論見では無いと思うので…。国語はあくまで日本語にまつわる授業であって、あそこで出てくる漢詩や漢文って、日本で使われている中国のことわざや故事成語に関連するものが大半ですし(四面楚歌とか呉越同舟とか)。アレは中国語を使えるためにする授業ではないと思います。

    同じ理屈で言えば、日本の古文だってそれが言えるけど、そもそも国語の目的って「日本語に関する造詣を学ぶ授業」ですから日本の古文も日本語にかかわる漢詩・漢文も現代日本の文学も、日本人の基礎知識として学ぶ意味があるんじゃないですか?

    >仮にそうでないとして、息子の言うとおり、
    >現代中国語を学ぶ時間に充てた方が有益だと思いますか?

    中国語を習いたいなら別途習えば良いけど、国語で行う漢文の授業の代わりに現代中国語を充てるというのはそれこそ主旨と異なるし、マスターするには尺も短すぎるし無意味と思います。

    ユーザーID:9812187574

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  • 漢文と現代中国語つづき

    トピ文での見落としがあったので、付足しさせて下さい。
    「現代では使わないのに…」の一文が気になりました。漢文は中国語では“古文”と呼ばれますが、その古文の用法や単語、引用は現代語でも大いに使われています。日本人も古文古典の引用等をする事がありますが、中国語の世界ではものの比ではありません。また日本のように決して年配者だけの専売特許ではなく、若い人たちでも高スペックな人を中心に古文の引用はとても多いです。役所の公文書にさえ多く使われています。特に昨今の経済成長生活水準の向上に伴い、社会全体が学問や芸術性を追求する傾向にあり、日常の会話や文章の中にさえ、古文の引用が多く登場しています。漢文を習うことは、無用の長物どころか日本語の源流を知る事ができると同時に、現代中国語の習得にも大いに役立つと言えましょう。私は47歳になった今でも高校生が使う漢文の参考書を何冊か持っていて、現代中国語の学習に大いに役立っています。

    ユーザーID:8387927645

  • 向き不向きはあるが、基礎「教養」のひとつ

    いくつかの問題がごっちゃになっている気がします。

    漢文を勉強しても、現代の中国語は理解できません。
    その意味では、息子さんの理解は「正しい」と言えます。

    が、

    >現代で使わないのに、無用の長物。

    ここには異論が有ります。それは漢文に限った事ではないからです。

    では私達は、高校で習った学問のうち、どの程度を実際に「使った」でしょうか。

    私は卒業以来、数学も化学も物理も古文も英語も、高校で習ったレベルの知識がそのままの形で役に立った事は一度も有りません。

    では、高校で習った数学や化学や物理や英語は全て無駄だったのでしょうか?

    そんなことはありません。
    それが、「基礎教養」としての学問というものなのです。

    語学を学ぶ人に多い勘違いが、「○○語を選択しておくと仕事に有利」というヤツです。
    しかし、英語は達者だけど仕事の能力が低いというのでは、役には立ちません。
    通訳や翻訳者になるのでもなければ、語学は「できるにこした事はない」程度の評価です。
    語学も結構。だけど、それ以前の「基礎教養」を幅広く身につけることは決して「ムダ」ではありません。

    ユーザーID:9697175310

  • 現代中国語なんか分からない

    学校の漢文なんかやっても、現代中国語なんか分かりませんよ。日本の古文を外国人が勉強しても、現代日本語なんか分からないでしょ?

    では、なぜ勉強するのか。日本の文化や考え方などは、中国からの影響がすごく大きいんですよね。普段使っている諺や故事成語なんかも、漢文由来のものがたくさんあります。そういったものの背景などをを学ぶことで、より深く理解することができるようになります。

    また、いろいろな教科を学習することで、いろいろな考え方をすることが学べます。国語、とりわけ漢文や古文が「意味ナシ」と槍玉に上がりますが、他の教科だって、実生活でどれだけ使うかと言ったらほとんど使わないものばかりです。

    それでも学ぶのは、知識の層を厚くしたり、多面的なものの見方ができるようになったり、頭を効率よく使う習慣をつけたりするためです。

    息子さんの言うことは、ただの屁理屈です。苦手だから逃げたいだけです。息子さんの好きな教科は何ですか?その教科は、全ての人が、習うこと全てを実生活で有効に使いますか?

    ユーザーID:8947217823

  • そんな感じがします

    まっちさんの最後の一行、私も同感です。

    漢文を履修したからといって現代中国語に通暁するというわけでは決してありません。

    高校教育の課程でいまなお「漢文」の授業があるということはそれなりの理由があるのでしょうが古き漢字文化への誘いにあるように思えます。その時間を現代中国語入門に充てたら同じ漢字文化でも世界ががらりと変わるでしょうね。中国に存在した修養、道徳、人生訓、文芸、歴史、言語の変遷などはのちのちに別途学習、研究すればよいのではないでしょうか。

    以上は、高校生(昭和20年代)のころ漢文、中国語双方履修した者の感想です。

    ユーザーID:4261516982

  • できません。

    大学の中国文学科で、漢文を専攻しました。
    私は漢文や漢字が大好きで、現代中国語に興味はありませんでした。
    漢文は読めても、中国語はよくわからないまま卒業してしました。

    後に仕事で必要になり、現代中国語は改めて学びました。
    漢文と中国語は別物で、中国人も漢文は、普通理解できません。日本人も普通、源氏物語の原文を理解できないのと同じです。
    私が漢文を理解できると知ると、中国人から「すごい!」と言われます。

    漢文は日本語だと思います。昔の外国語を、日本語に直して読むのが漢文です。漢文の独特の節回しは、明治期の日本人が学んだもの、かつて帝国大学の入試では漢文は必須科目だったそうです。漢文を学ぶことで、国語力に幅を持たせ、教養を感じさせる日本語が使えるようになるのだと思います。

    私なら我が子に、高校で習う程度の漢文は、英語や数学と同様に、マスターしてもらいたいと思います。漢文やるより中国語、なんていうのは、高校生の発言としては屁理屈に聞こえます。
    漢文は国語なのだから、まず国語をやってから外国語をやりなさい、と言うと思います。

    ユーザーID:1099674254

  • それをいっちゃあおしめえよ

    役に立つか立たないかと言われれば、確かに高校の漢文はあまり役に立ちません。ほとんどの人は受験が終わったら縁がなくなるだろうし。でも一生のうち漢文に触れる機会って高校の授業ぐらいしかありませんからねえ。そもそも大学受験のための勉強の中で社会に出てから直接役に立つものってほとんどないんです。役に立つとすれば中学レベルで十分。細かい英文法を知っているよりも英会話のほうが実践的なわけだし、仕事で微分や積分を使うことなんてほとんどないし。古文や漢文を学ぶ意味はと聞かれれば、教養を身につけるためと答えるしかありません。

    ユーザーID:0667307105

  • 「教養」のためだと思いますよ?

    現代中国語と比肩しようとするよりは、「短歌」「俳句」と同列に考えた方がいい気がする。

    音楽の授業にも、「レコード鑑賞」があるでしょう?? それと同じようなものじゃないかな??

    知っていると、長い人生のなかでたまに「ちょっと嬉しい」こともある、と。

    ユーザーID:4834569107

  • 漢文は国語の範囲

     中国語を学ぶためなら、漢文は白文(返り点とか打ってない原文状態)で読まないとダメですよね。
     白文を読むと、中国語の文法が分かります。文法は、時代の流れの中で比較的変化していません。
     しかし中高のレベルの漢文授業で、白文読みは出てきません。

     なぜ中国語学習に役立たない漢文を読むのかというと、漢文がわからないと日本語にわからない部分が出てくるからです。
     日本語の熟語やことわざの中に、漢文由来の語がたくさんあるからです。日本語として不自然な順番に漢字が並んでいると、まずそれは漢文由来です。漢文だなとわかると、大和言葉(純日本語)としては不思議な漢字も読めるし、順番や漢字の用法も間違いません。

     つまり漢文とは、日本語を上達させるために習う物であって、中国語を覚えるために習う物ではないので、お子さんの疑問は間違っているのです。

    ユーザーID:5456063600

  • 視点を変えて

    現代中国語を理解できるかどうかといえば、理解するための役に立つ、と言ったところでしょうか。

    日本のビジネスマンに欠けていることが多いのは、教養です。上に行けば行くほど、この教養というものが重要性を帯びてきます。

    漢文も教養の一つです。

    外国人とのコミュニケーションの中で、日本の歴史を誇りをもって紹介することは、最低限もとめられる教養ですし、漢文は日本の歴史の大きな一部分を担っていますので、教養として漢文の知識が必要だということになります。

    ユーザーID:9191609315

  • 漢文と現代中国語は全く別物

    はじめまして。
    中国語と中国情勢でメシを食っている者ですが、結論はタイトルの通りです。
    漢文がわかっても現代中国語はわからないし、逆も然りです。
    自分も仕事柄と教養のために中国古典を読んでますが、漢文はさっぱりで見るのは専ら日本語訳の方です(笑
    言葉は生き物のように常に進化します。中国語も無論時代を経て進化していて、日本なら織田信長が生まれた頃に書かれた『菜根譚』という古典なら文章が漢文と現代中国語の中間くらいなので、現代中国語の知識を持っていれば「原文でも何とかわかる」という感じです。

    では、何で古臭い漢文なんか習うのか?
    簡単に言えば教養ですね。漢文(古代中国語)は日本語に大きな影響を与えた言語、漢文を勉強すると日本語の勉強にもなります。
    外国語を武器にしているプロから言わせると、外国語で意思疎通をしたいのなら日本語をしっかり勉強すること、通訳でも何が一番必要か、それは語学力ではありません(そんなのあって当たり前)、正しい日本語を正しく使える能力です。
    確かに実益な外国語を勉強するのも一理ありますが、漢文などはそのための土耕しのような感じかなと思います。

    ユーザーID:4921329650

  • ちなみに・・・

    ちょっと蛇足ですが、
    ヨーロッパの高校でも、古代ギリシャ語やラテン語という古文漢文のような言語が必須科目になっています。トピ主様の息子さんのようなこと、ヨーロッパ人も同じこと言ってます(笑
    これは何故かというと、ヨーロッパの言葉ってラテン語がものすごい影響を与えていて、今のフランス語、スペイン語、イタリア語の産みの母親のようなものです。英語もフランス語経由でラテン語が現代英語に大きな影響を与えています。
    このラテン語はいちおうバチカン市国の公用語なので完全な死語じゃないのですが、それと同じで、古代中国語も日本語に大きな影響を与えたラテン語のような存在、それを勉強すると自分たちの言葉のルーツがはっきりしてきます。
    実際、現代中国語もそうですが、身を入れて勉強すると日本語のボキャ能力も増えたりします。
    あとは、漢文は今で言う自己修養、自己啓発ものを題材にしていることが多いので、漢文の勉強■道徳の授業みたいな役割もあるかな〜と。それが今役に立つとは限りません。自分は30代後半ですが高校の授業の意味がようやくわかってきた頃ですから(笑

    ユーザーID:4921329650

  • 漢文は語学学習ではない

    漢文には興味が持てなくても、司馬遷の史記を題材とした、司馬遼太郎の項羽と劉邦はどうでしょうか。漢文の鴻門の会(こうもんのかい)は、劉邦暗殺計画の緊迫した場面ですね。小説を読んでから、漢文を読むとその場面が生き生きと迫ってきます。漢文は、大学で古典を研究するための大事な手段です。

    ユーザーID:3890052662

  • まあ新聞の内容把握くらいなら

    国語国文出身、漢文は四庫全書のコピーなど使用して学部で結構勉強しましたが、中国語はゼロです。

    院を受けるのに、自分ちの院は第二外国語漢文可だったんですが、
    土壇場で別の所を受ける事にしたので、
    第二外国語漢文不可(当然)で大変困りまして…第二は仏語でしたがゼロも同然。

    で、志望先の過去問を調べて
    「中国語は長文和訳のみ…大体繁体字の説明文(論文?)と、簡体字の新聞かぁ」
    と分かったので、第二外国語を中国語で出願しました。
    繁体字はともかく、簡体字は慣れが必要でしたが、
    1〜2ヶ月、台湾の薄い本(適当借り)と人民日報を量読んで受験し、合格。
    入学後、指導教官
    「英語より中国語が良かったよ(ガビーン!)。何やってんだか」。
    という事で、まあその気になれば新聞の内容把握くらいならできるようです。

    でも会話や作文はゼロですよ。当然ですが(笑。

    みーむ様の仰る通り、センター受けるなら漢文が草刈り場なのに。
    現代文は満点は難しい、古文は満点取れて楽しいけれど覚える事が多い。
    漢文はごく少ない労力で満点が取れるのに。
    やらないの、勿体ないですね。

    ユーザーID:1212291352

  • 漢文は実用ではなく、あくまで教養だと思います

    漢文は、ヨーロッパでラテン語を教養人が学習するように、あくまで「教養」の一環であり、実用的なものとは異なると思います。

    私は高校生の時に漢文が好きで原書をたくさん読みました。一時は中国文学を専攻しようかと考えたこともありましたが、不景気な時期に大学受験をしたため、やむなく実務的な他の学部を専攻しました。

    院生だった際に、交流関係のある中国の国立大学から、現役の副学長を含む交流団が来日したことがありました。
    通訳は中国側で日本留学経験がある方が務めましたが、中国側の訪日者は、文革の影響から、学者であるにも関わらず一切の外国語を理解せず、こちらで用意した英語の資料とスピーチは役に立ちませんでした。

    やむなく旧制中学高で漢文を学んだ日本側の名誉教授が、黒板に中国のことわざや故事などをその都度書きだして補足しましたが、名誉教授の書いた漢文の内容を理解できたのは、中国側では副学長のみでした。

    私も同席したので、隣席の中国側の教授に筆談で漢文の故事を示しましたが、首をかしげていたので、漢文は現代中国語の範囲ではないのだと実感しました。

    ユーザーID:4082190906

  • 日本の公文書は、漢文が基礎

    明治に入って、言文一致運動が起こるまでは、公文書は漢文が基礎だった、って日本史で習ったような気が…。

    日本は、中国文化の影響が強いとはいえ、科挙で選ばれた中国のトップエリートを招聘するほどの財力は無く、文字=漢字を輸入した奈良時代も口語は日本語のまま。
    漢文は、中国語ではなく、日本語の表記の手段として、公文書に使われました。
    日常生活のやり取りには不便なので、かな文字が発生、女文字と呼ばれ、私文書に使われました。

    日本が、アジアで唯一近代化に成功したのは、ラテン語が基礎の西洋の新知識を、漢文を基礎にそのまま漢字の造語に置き換えて、理解が早かったからという説があります。
    日本の明治の新語で、現代中国語に取り入れられているものもあったような。

    戦後、GHQが、日本の民主化を進めるのに識字率を上げるには漢字の制限が必要、と事実誤認を根拠に国語改革を行ってから60年ほど。
    それ以前の日本語のデータベースにアクセスするには、漢文の知識が必要なことも多いらしいですよ。

    ユーザーID:0578798321

  • 主論は皆さんに任せて…

    >現代中国語を学んで今居る人達と意思疎通できるようになったほうがよほど有益

    今現在の英語教育がどの程度かは、とっくに卒業した私には知る由もありません。が、高校はおろか、大学すらも全入学かと思われる昨今において、少なくとも中、高、大学と8年以上勉強する英語で、どれだけの日本人が欧米人とどの程度の意思疎通ができてます?トピ主はいかが?

    漢語を習うのなんか、中学とせいぜい高校まで(一部大学の教養課程ではありますが)の数年。これを中国語に充てたところで…。

    そもそも、日本語すらマトモに読み書き話し、理解できない日本人が少なくない現状で、外国語ばかりに重きを置く風潮はちゃんちゃら可笑しくて、へそで茶が沸きそうです。

    日本語ですら主述関係、能動態と受動態の区別もできてないのに外国語の文法なんか使いこなせるわけが無い。あるいはいっそ日本語を介さずにその言語で理解できるなら別でしょうが。

    ユーザーID:1257142734

  • 教養のためでしょうね

    学校の勉強ってビジネスに即役立つものだけ教えてるわけじゃないので…

    それなら音楽家にならない人が音楽の授業受けるのとか、画家にならないのに
    美術の授業受けるとかも全部無駄ってことになりますよね。

    「金が稼げる技術」だけじゃなく「教養」も実際の社会では大事な場面もあります。
    あと漢詩などその美しさを味わう感受性を育てるのも大事じゃないかな。
    日本文学を学ぶのと同じで、知識を持っていればより楽しめたり理解できたりする
    ことが増えるということで人生豊かになると思います。

    まあ就職難のこのご時勢、すぐお金を稼ぐことに繋がらない勉強を納得してやらせるのは
    難しいことだとは思いますが…

    学校で勉強したことを「無用の長物」にするかしないかは本人次第なんですけどね。

    ユーザーID:4289131708

  • 高校生の頃同じことを言っていました

    漢文は教養の一つですね。
    古文もそうですが、なぜ主要5教科の国語の中に含めているのか
    いまだに理解できません。
    むしろ美術や音楽と同列にとらえるべきものだと思います。

    私も高校生のころに漢文(古文も含む)の勉強を自主的に放棄して
    大学も国語が入試に無いところを受験しました。
    社会人になって漢文がわからなくてもなーんにも問題ありませんが、
    大学選択肢の幅が狭くなったのは事実です。

    メリット・デメリットをよく考えればおのずと道が見えてくると思います。

    ユーザーID:6143714082

  • トピずれでしたらすみません

    トピずれでしたらごめんなさいですが
    子どもが高校2年生で今、
    漢文をやっています。

    外国語を専門にやる特殊なクラスなので
    色々な国のお子さんがいるのですが
    中国から来たクラスメイトが
    漢文が苦手だそうです。

    「読めることは読めるけど
    返り点とか意味が分からない」

    とかで、テストでは苦戦してるそうです。

    どなたかも仰ってましたが
    漢文は勉強科目としては
    日本語なのではないでしょうか。

    日本に来て3年の彼女は
    日本語はとても流暢になりましたが
    「漢文は日本語だよ」
    と言っているそうです。

    ユーザーID:7254084843

  • カナリーさん、そりゃ驚愕すべき説です

    >日本の公文書は、漢文が基礎
    >明治に入って、言文一致運動が起こるまでは、公文書は漢文が基礎だった

    言文一致運動は二葉亭四迷の小説『浮雲』に始まるわけですから、明治二十年とみてよいでしょう。
    それでは、それ以前の公文書の例として、慶応三年に徳川慶喜が政権返上を天皇に上奏した『大政奉還上表』を以下に引用します。

    >臣慶喜謹テ皇国時運之改革ヲ考候ニ、昔王綱紐ヲ解テ相家権ヲ執リ、保平之乱政権武門ニ移テヨリ、祖宗ニ至リ更ニ寵眷ヲ蒙リ、二百余年子孫相受、臣其職ヲ奉スト雖モ、政刑当ヲ失フコト不少、今日之形勢ニ至リ候モ、畢竟薄徳之所致、不堪慙懼候、況ヤ当今外国之交際日ニ盛ナルニヨリ、愈朝権一途ニ出不申候而者、綱紀難立候間、従来之旧習ヲ改メ、政権ヲ朝廷ニ奉帰、広ク天下之公儀ヲ尽シ、聖断ヲ仰キ、同心協力、共ニ皇国ヲ保護仕候得ハ、必ス海外万国ト可並立候、臣慶喜国家ニ所尽、是ニ不過奉存候、乍去猶見込之儀モ有之候得者可申聞旨、諸侯江相達置候、依之此段謹テ奏聞仕候 以上

    さあ、これは漢文ではありませんね。漢字は多いですが立派に日本語の文章です。
    これは文語文というものなのです。

    ユーザーID:9254160080

  • 漢文は日本語です。

    皆様のレスにある通り、漢文は日本語です。昔の中国語の文献を、原文そのままの形で日本語の文法に当てはめて理解できるように、日本人が返り点などを工夫して編み出した訳し方です。
    現代中国語と漢文は時代が異なり、私が源氏物語を原文で理解できないのと同じく、中国人も漢文を理解できる人は少ないです。
    しかし!現代中国語にも「成語」があり、文章でよく出てきます(例えば「良薬苦口」(出展・韓非子)とか)。初中級中国語では見なくとも、上級中国語ではお馴染みです。現代中国語の教養ある言い方として定着してます。
    現代中国語を学ぶのは、漢文とは全然違う苦労が要ります。有意義かというと、そりゃできれば便利ですが、英語ほどマストではありません。
    一方、漢文は、日本のオトナ社会で知らないと恥をかく場面がまだまだあります。有意義というなら、まず高校の漢文をやって、入試に受かってから大学で中国語やれば?
    でも漢文って面白くないですか? 私は読み物として大好きですけど。史記なんて文章うまいから漢文で十分笑ったり泣いたりしますよ。鴻門の会の前に劉邦が張良に説教される下りなんて、もう劉邦かわいいったら。

    ユーザーID:5978899738

  • レスします

    漢文を学ぶのは昔の日本の文学を学ぶに当たり、大陸からの影響を無視することができないため。
    「国語」の古典を学ぶために漢文を学ぶ必要がある。
    教養に対する価値観は他の方が指摘されているので割愛します。

    中国語を学ぶ意義ですが、中国人との商売・企業を目指すならともかく
    国際交流の場では中国人も英語を話すので学ぶ必要はありません。

    ユーザーID:8682342862

  • 「漢文は日本語です」という誤り

    漢文には三つの意味がある。
    (1)中国の漢代に書かれた文章。
    (2)中国の漢族の言語を漢語というが、漢語で書かれた文章。英語の文章を英文、漢語の文章を漢文というのだといえばわかりやすい。
    (3)漢語の文章の日本語訳。

    高校の授業で、これをきちんと教えないから「漢文は日本語です」などという珍説が登場する。
    碩学高島俊男先生の読売文学賞受賞作『漱石の夏やすみ』に次のようにある。
    《ところがむかしから、中等以下の日本人、すなわち熊さん八っつぁんないしミーちゃんハーちゃんは、第二の意味の「漢文」と第三の意味の「漢文」とがゴチャゴチャである。(中略)だから、たとえば「子曰学而時習之…」ならば、これははじめから「シノタマーク、マナビテトキニコレヲナロー…」だと思っている。(中略)I am a boy.を「英文」といい、「ワレハイッコノショーネンナリ」をも「英文」とよぶようなものだ。》

    『漱石の夏やすみ』は、正岡子規が書いた漢字だけの文章は文語文から送り仮名を取り去ったものだが漱石のそれは漢文であるという指摘など、なかなか面白い本。高島先生著『漢字と日本人』と共にご一読あれ。

    ユーザーID:9254160080

  • 何が有益かはその時にならないとわからない

    自分を振り返ってみても、受験勉強をしているときそれぞれの勉強が
    人生でどんな意味を持つかなんて考えてもわかりませんでした。
    受験で必要だから、それが意味だと思ってました。

    でも実際社会に出てみたら、会社の経営者は中国古典とか好きな方が
    多いんですね。トップは誰も教えてくれる人がいないから歴史や古典に
    経営の哲学やヒントを求めたりする。そういう人達はスピーチや
    原稿にさらっと漢詩や漢文の一節を混ぜてくることがよくあります。
    私は漢文が好きだったのである経営者が何を言わんとしているか
    即座に理解でき、会話がはずんでビジネスが円滑に進んだことがあります。

    ただ色んな勉強の何がどこでいつ役立つかなんて、人によって違うので
    「実際役立った」ときが来てみないとわかりません。

    欧米ではラテン語は日常殆ど使わない教養や研究のための言語ですが、
    政治家などはスピーチの中に頻繁にラテン語の言葉を引用します。
    そのスピーチを聞く人、取材する人、通訳する人もその言葉が理解できないと
    仕事に支障が出ることになります。一見無駄に見えても必要になることって
    あるんです。

    ユーザーID:4289131708

  • 同じ事を思ってました。

    数学なんて算数が出来たら生活には困らないんだから。
    国語や古典なんて最低限の漢字が読めたらいいんだから。
    理科なんて水素ヘリウムリチウム…生きてくのに関係ない。
    歴史なんて知ったところで役に立たない。

    正直そう思いました。そして担任に質問までしました。
    そしたら恩師に言われました。

    理科の実験で内臓に興味を持って医者になる可能性や、家庭科の授業で料理に興味持って衛生士になる可能性、円周率に興味を持って建築家になる可能性、古典に興味を持って考古学者になる可能性、体育で水泳にハマって選手になる可能性…そんな未来がいっぱいお前の中には秘めてる。
    色んな可能性を秘めてるからこそ、興味がなくて意味が無いかもしれないことをたくさん教えるんだ。
    それが本当に興味が無い事でも「理解しようと頑張った」「嫌いだけど努力した」その事実が自分の自信に繋がる。

    学校は人付き合いを覚えて話題や知識を広げ、未来の可能性を見つける場所。教師は生徒の可能性を見つけるための手伝いをする仕事だ。人生でやることで意味が無い事なんて一つも無いんだよ。

    以上、恩師の言葉をそのまま借りました。

    ユーザーID:6662481694

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