末期がんの母 誰か助けて下さい

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心や体の悩み

奇跡

先週、手術の末、64歳の母親の末期がんが判明しました。すでに腹膜播種しており、抗がん剤での延命しか期待できません。
私は40才で同居の独身一人娘、70歳の父親がいます。母親は病気にはとても臆病で、特に昔からがんには恐怖心を持っておりました。
今回、腫瘍がみつかった時も半狂乱になり、ふさぎこんでました。
私と父、一部の親戚と話し合った結果、末期である事は絶対に伏せることにしました。母の性格から知ってしまうと気が狂うのは目に見えてます。
いずれ本人も気がづくかもしれませんが、最後まで生きる希望を持たせたいのです。手術を終えた今、母は自分がそこまで悪いとは思っておらず元気です。
ただ、私は常に恐怖や不安、母がかわいそうで、そして嘘をつかないといけない事に毎日気が狂いそうです。朝起きてから眠りにつくまで、常に不安で押しつぶされそうです。
唯一、母の前では明るく振舞っています。これから病状の変化していく母を見ることや、いずれくる最期の時に耐えられるのか、不安で苦しくて仕方ありません。
人生でここまでの打撃は初めてです。心療内科に行った方がいいのでしょうか。通勤の電車では、途中の駅で降りてしまいました。
父親は、もう割り切れと言いますが、どう割り切ったらいいのでしょうか。
どなたかアドバイスお願いします。もう耐えられません。苦しいです。

ユーザーID:3879336006

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  • 私も同じでした

    母が68歳、私が34歳の時、ガンで余命半年と宣告されました。
    トピ主さんのお母様と同じく、ガンということは伏せたまま、もちろん余命のこともおくびにも出さずに看病しました。

    仕事は休職し、毎日病院に付き添いました。
    朝起きて病院に行き、消灯になったら帰宅する、の繰り返しの毎日です。まるっきり希望のない、未来のない毎日に、朝目が覚めると悲しくて苦しくて、本当につらかったです。

    でも、本当につらいのはお母様ですよね。
    だから、こちらのつらさが悟られないよう、常に笑顔で明るく振る舞うよう、気持ちを鼓舞していました。
    母も、薄々は感づいていたようでしたが、こちらの演技に合わせてくれていたように思います。

    母は本当に半年でいなくなってしまいましたが、最後まで「ずっとそばにいてくれてありがとう」と言っていました。

    難しいとは思いますが、どうぞ心穏やかに、お母様と過ごされる時間を大切にされることを願っています。

    ユーザーID:2628342010

  • 私の母も同じです

    母63歳も、6月にガンとの診断を受けました。
    手術は不可で現在抗がん剤を受けています。
    余命は一年と言われています。

    最初知った時は泣きました。泣いて泣いて涙が枯れるかと思うほど泣きました。
    何も手に付きませんでした。

    でも家族として娘としてしっかり最後まで寄りそう事しかできないんですよね。
    時間を掛けながらこの現実を受け入れていくしかありません。

    幸い母は私達娘の前ではいつもと変わらない母でいてくれます。
    笑顔もあるし美味しく食事もしています。
    でもそんないつもと変わらない母の身体を病気が冒していると思うとやり切れません・・・・・
    病気が消えてくれればいいのにっていつも思います。
    、、、という風に私も頭の中を色々な想いがよぎってます。

    一番やりきれない思いをしているのは本人です。

    サポートする私達周りの人間はドン!と構えて笑顔を見せていきましょうね。

    ユーザーID:6078275553

  • 苦しいよね…。

    でも、本当に苦しいのはお母さまじゃないかしらね。
    64歳じゃまだまだ若いし、主さまやお父さまを置いて先に逝くのは
    心残り以外の何物でもないと思います。

    私の母は膵臓がんです。
    昨年の9月に、黄疸が出る一歩手前で発見されました。
    ステージ4の末期がんだったので、手術もできませんでしたし
    余命宣告(2〜3か月)もされましたが…まだ生きてます。

    その頃は今の主さま同様に、とにかく苦しくて苦しくて
    気がつくと泣いていたりしました。(運転中しながらわんわん泣いてました)

    私の場合も現在進行形なので、アドバイスなんぞできる立場では
    ありませんが、時間が解決してくれるんじゃないですかねぇ…。

    私の母は抗がん剤を変更するために入院中ですが、お正月を迎えられるか
    微妙な病状になっております。
    そろそろ最期の時の覚悟をする時期になってきてます。悲しいです。

    つらいのは主さまだけではありません。
    同士がここにいます。

    ユーザーID:7511552858

  • お辛いと思いますj

    割り切れないですよね。

    お辛いと思います。

    お母様との時間を大切になさってください。

    それがなによりも親孝行です。

    ユーザーID:0933927065

  • ありがとうございます

    mocoさんまで読ませて頂きました。
    同じような方がいらっしゃるだけでも、心強く感じました。
    実際にお会いしてお話ししたいくらいです。
    宣告から1週間経ちました。当日の、巨大な岩に殴られたような衝撃はおさまりましたが、時間が経ってきて
    逆に冷静に考えるようになり恐怖が増えてきている感じです。
    この歳で精神的に父親を頼っている自分が情けないです。
    父も高齢なので私がしっかりしないと、と思っているのですが。。
    とうとう母親に孫を抱かせてあげる事ができなかった。。それも申し訳なくて仕方ありません。
    やっぱり、つらいです。苦しくて悲しくて狂ってしまいそうです。
    でも同じような方達がいた。。それだけも救われます。
    皆さん、ありがとうございました。
    また近況を教えてもらえたら嬉しいです。

    ユーザーID:3879336006

  • 私の母も

    私も自分が大学生の時に、母親が肺がんになり、発見した時はすでに体じゅうに転移していました。
    その後母親は1年ほどで亡くなりました。49歳でした。

    残された時間をお母様と一緒に“濃く”過ごしてください。
    時間には“中身”があります。同じ時間でも、濃く過ごせば、何倍もの時間に相当する価値があります。

    それからもう一つ。
    こんなことを言うのはとても酷ですが、お母様が万一亡くなられた後も、トピ主さんの人生は変わらずに続いていきます。
    その人生を、放棄するほどに自分を追い詰めないでください。
    ある時点での、気持ちの切り替えは必要です。
    お母様は、トピ主さんの幸せな人生を願っていることを決して忘れないでくださいね。

    ユーザーID:1387688306

  • 私の父母も癌でした

    父親は早くに肺がんで亡くなりました。

    数年後、母の癌が発覚しました。
    その当時20万人に一人という骨髄腫で、入退院を繰り返し亡くなる直前まで意識が有りました。
    もちろん治るよと言って嘘をついて告知はしませんでしたが、本人は気づい
    ていたようで、性格は控え目なひとでしたが、気丈にも自分
    の死に装束の用意をしてあるのでと、無くなる直前に本人から聞きました。自分の好きだった着物の丈を詰めて有りました。それを見たとき涙が止まりませんでした。
    もっと話をいっぱいしておけばよかったとの後悔今でもあります。


    今、同居の義母が食道癌と診断されています。告知をしないと治療ができないと言われ告知をしましたが、理解できたのかどうか・・・
    治療といっても年なので、喉が詰まったらステントを入れるくらいしか無いらしいです。今のところお粥は食べられています。
    いつどうなるのかという不安を抱えています。
    後悔しないよう介護をしたいと思います。

    ユーザーID:1005768018

  • 私の場合は

    母から「私ね、末期癌であと半年なんだって」と聞かされました。昨年秋のことです。母70歳、私38歳独身女。父は既に他界。膵臓癌で、手術も抗癌剤ももうダメな状態でした。母は3月に無くなりました。
    最初、母は「お医者さんから言われる前に何となく分かった」「今、とっても落ち着いてるの」と言い、友人達一人一人にお別れをしていました。
    しかし、徐々に情緒不安定になり「なんで私が死ななきゃいけないの!」と私に怒鳴り散らすことも頻繁に。恐怖と不安、怒りで堪らなかったのだと思います。

    私は心療内科に行き、また癌相談支援センターに電話や対面で話を聞いていただきました。「癌相談センター」で検索してみてください。「身近な人ががんになったとき」という冊子も、拠り所でした。
    また、母が亡くなった後でしたが、高木慶子さんの『悲しみの乗り越え方』という本にもずいぶん救われました。
    もちろんまだ悲しいです。乗り越えてません。このトピを、泣きながら読んでいます。
    公的サービスでも何でも救いを求めてみてはいかがでしょう。

    トピ主様やお母様が、どうか可能な限り一緒に過ごせますように。

    ユーザーID:3217139238

  • お辛いですが

    私の父も半年前に癌で亡くなりました。

    3年前に癌が見つかり、父も家族も受け入れるしかなく奇跡を信じながら生活していました、
    私は、実家から遠く離れて夫・子ども達・姑と暮らしているために学校が長期休みにしか帰ることが出来ません。

    普段の様子は電話やメールで連絡を取っていましたが、やはり両親や妹の傍にいてあげられないもどかしさが私の立場なりに辛かったです。

    とうとう余命宣告を受けた時、父に告知するかを悩みましたが、私と妹は本人が生きる希望を持っている間は言えない。と思いました。

    弱っていく父を毎日見守る母と妹の気持ちを想像すると、離れている私よりも辛かったと思います。

    闘っている父本人も辛かったのでしょう。激しい感情の起伏で母たちに父は突然怒鳴ることもあり、私は電話口で疲れた様子の母に心療内科を勧めようと考えていました。

    最期は本当に静かに旅立ちました。
    私も初めての身内の死でしたが、いつかは直面する試練です。

    辛いですが、今は笑顔で寄り添ってあげてくださいね。

    ユーザーID:6042639574

  • 切り替える努力をします

    長女さんまで読ませて頂きました。
    皆さん、つらい思いをされたのですね。いつか通る道とはいえ、
    やはり癌はむごいと思います。今日は母から
    「お母さん、ステージ3だって。抗がん剤も予防で飲むからね。心配かけてごめんね。」と明るく電話で言われました。電話を切った直後は、母の明るさにこちらも元気をもらって私自身調子が良かったのですが、またビルの陰で泣いてしまいました。ののさん・・ありがとうございます。ちょうど今日友人からがんセンターの方を紹介してもらいました。相談に乗ってもらうつもりです。
    先程、いい歳して父親から怒られました。いい加減メソメソするな!現実を受け入れろ。どうしても治らないものは仕方がないんだ。お前がまいって病気になったら、父さんはどうなるんだと。。
    わかってる。わかってるけど、ニュース見ても何を見ても、心臓が勝手にドキドキしてるんです。恐怖なんです。
    そしてこの期に及んで、母に嘘をつき続けていいのだろうか、、と。
    しかし、母は異常なくらい怖がりなのです。
    かなり疲れました。会社を休みたいです。

    ユーザーID:3879336006

  • 辛い時心療内科にいって話すだけで救われますよ

    私も父親が心配性だから三十年前に自分はガンになる運命だと 嘆き悲しんで
    私の方がつらくなって悩んで鬱になってしまった経験があります!
    父親の方は摂生のおかげで今のところ肝臓ガンはまだ沈静化しています。

    心療内科にいってみてください…
    いい先生にあたると救われたような気がします。

    少しでも つらい気持ちが安らかになるといいですね…

    ユーザーID:5861930581

  • 私の場合

    私自身が末期ガンです。
    年齢はトピ主さんと同じ40代前半で、現在はトピ主さんのお母様同様、抗がん剤による延命治療中です。
    10年ほど前には父親を看取っていますので、その立場の辛さも実感しています。

    経験したこともなく経験談も聞いたことがない、自分が死ぬということを想像すると恐ろしくて目まいがします。


    でも生きている今、死を考えるのは無駄な時間だと気付きました。
    今、抗がん剤の副作用の少ない時期に旅行の計画を練っています。
    所詮、死なない人はいない。
    貴重な時間を楽しみたいと考えています。

    トピ主さん、親を看取れるなんて幸せですよ。
    私は母に看取らせてしまいます。
    幼い娘もいます。
    娘を残して逝かなければならないと思うと、何よりも辛く苦しいです。

    トピ主さん、うちの娘よりも30歳以上年上だから、もっとしっかりしてくださ〜い!

    ユーザーID:8170116548

  • お辛いですね

    私も20代の時に母をがんで亡くしました。
    うちは母を少しでも延命させようとムリをさせました。
    もっと早く緩和ケアのみにすればよかったと今では後悔しています。
    しかしこれは個人の考え方の違いなので
    どちらがいいという答えは存在しないと思います。
    今は「交流会」というものがありますので
    病院で聞いてみられてはどうでしょうか。
    同じ悩みや苦しみをもつ方とお話しすることで
    少しでもお気持ちが慰められるのではと思います。

    ユーザーID:8467799144

  • わかるよ。みんなも私も頑張ってるよ・・・

     偶然こちらを訪れました。微力ながら足跡を残させて頂きます。
     私(45歳)、母(65歳)。母が今年8月に体調不良で倒れた時に
    『大腸ガン 余命3ヶ月』の宣告を受けました。肝臓と肺へも転移。 
    以前から母との約束だったため、告知しています。
    初めは『もうこのままでいい』と言っていました。が、
    原発巣の切除手術と通院による抗がん剤治療を9月から始めています。
    来月は余命宣告の『3ヶ月目』に入ります。
    痩せた事以外は『本当に癌なの?』と思うほどです。
    根治は無理です。とはっきり言われています。
    この病気でなければ言えなかった感謝の言葉も、母へ伝える事ができ、
    何も親孝行してあげられなかった分、全身全霊で母のサポートをして、
    近い未来の『その時』を一緒に迎えようと思っています。
    覚悟はまだ出来ていません。無理です。
    でも、限られた今を母と私たち家族は笑顔で過ごす事に決めました。身辺整理もしました。ここまでに1ヶ月は必要でした。
     酷なようですが泣いてる時間はないですよ。もったいないです。
    お辛いでしょうが、お母様の『一番』の人でいてあげて下さいね。
    私もまだまだ頑張りますから・・・

    ユーザーID:3600578742

  • 私も母を63で、がんで。

    余命一年半と言われたけど。半年持ちませんでした。
    ただ、本人は最後までなおると思ってました。
    最後の一ヶ月は脳に転移して、会話もなりたたず。しかし脳転移のおかげで苦しみも痛みも認識しないですんだろうと医者には言われましたが。
    はっきり言います。しっかりしなさい。
    あなたが気を強く持たずにどうしますか。
    私は、いつも母に「自分を可哀想がって泣いてはいけない。泣いていたら家事が滞る。」と言われました。
    私が泣いたのは母が亡くなってからです。
    母が亡くなって屍のようになった父をはげまし、粛々と手続きや法事をこなした後。

    ひとことアドバイスです。今のうちに好きなものを食べさせて、体調がいいうちに
    旅行なり温泉なり連れていき、ご親戚とかにも(理由はふせて)なるだけ会わせて
    あげてください。


    泣く暇ない。後悔しないよう行動して。

    ユーザーID:9642068708

  • 私は教えてもらえなかった

    お産以外寝込んだことがないと妙な健康自慢をしていた母。気まぐれに受けた市民検診で癌がわかりました。でも私には教えてもらえませんでした。
    母は告知を望み、そして健在だった高齢の舅姑、自身の両親と娘の私には絶対報せないでと、父や兄に口止めをしました。
    30歳目前にもなりながら、私は愚かにも、癌だと気づきもせず、病気になったけど、手術をしたのだから元気になると思い込んで、のんきに日を過ごし、かわらず母に甘えたいだけ甘えていました。
    与えられた仕事を大切にと、役に立つ人間になって、みんなに可愛がられるようにと繰り返し話し、最期の1週間は私がお見舞いに行くのを嫌がるようになったのです。そして母に言われるように仕事に行っている間に旅立ちました。最期を看取ることもできず突然の別れに呆然としました。
    トピ主さま、お辛いでしょうが、私はあなたがうらやましいです。あなたにはお母さまと一緒に過ごす時間がまだある、話したいこと、聞きたいこと今のうちに濃い濃い時間を満喫してください。母は私がそうすることを許してくれませんでした。母の信頼に応えられる人間になれなかったのが今でも悔やまれます。

    ユーザーID:5105520856

  • 頑張ります

    みっちさんまで読ませて頂きました。
    皆さん、お一人お一人の体験談を読ませてもらって
    つらいのは自分だけじゃないんだと勇気を頂いています。
    今日も見舞いに行きましたが、これがステージ4なのか、というくらい
    元気で肌ツヤもいいのです。もしかしたら抗がん剤が劇的に効いて
    奇跡が起きるんじゃないかって期待している自分もいます。
    母は若い頃、仕事で苦労しました。私は親の期待にそえるような娘ではなく
    転職を繰り返したり、結婚もせず同居してきました。どちらかというと、お父さん子で
    いつでも父親の肩をもつ子でした。しかし、晩年になってやっと母と心から仲良くなれてきて、
    母も趣味を見つけエンジョイし始めた時にこのような事になりました。
    直腸がんです。下血がいっさいない悪質ながんです。
    お腹が張った、肛門に違和感があると言っていた時に、なぜもっと早く病院に行かせなかったのだろうと
    悔やまれてなりません。自分を責める日々です。
    神様、、お願いですから奇跡を起こして下さい。泣いて泣いてお願いしました。
    そして嘘をついている事が何よりつらい。でも、母の性格からしてこれは正しいのだと思います。

    ユーザーID:3879336006

  • このちゃん様

    すみません。全ての方にお返事したいのですがお許し下さい。
    このちゃんさん・・・ご自身がご病気だなんて、何とお声をかけたらいいのかわかりません。
    文章を読ませて頂き、何てご立派な方なんだろうと思いました。
    私の母もこのちゃんさんにも、きっと奇跡が起きます!

    このちゃんさん、最後まで諦めないで下さい。
    あなたが仰るように、娘さんより30歳も年上の私はもっとしっかりしないといけないですね。

    ユーザーID:3879336006

  • 母が癌でなくなりました

    数年前のことです。67歳になったばかりでした。
    私も同居の独身一人娘で、癌がわかったときは医者から「一日一日、大事に生きていきましょう」と言われました。
    つまり余命なし、治療法なしの状態でした。

    急な話に余命宣告するかどうかなど悩む暇もありませんでしたが、母はなんの治療も施さない病院に密かに真実を悟ったようで、身の回りの整理を始めました。

    問題は父でした。
    70歳を超えていた父は、とにかく母のことが大好きで、母の余命がないとわかれば即座に自ら命を絶つか無理心中しようとすることは明白でした。

    ですから私は泣くことが許されませんでした。
    泣けば父にばれますので。

    母が旅立った後も父が後追いしようとしますので、やはり私は泣くことが許されませんでした。

    当時はすごい形相だったようで、上司が無理矢理長期休暇をとらせてくれたほどです。

    ようやく最近、夜中に少しだけ泣けるようになりました。

    主様のお父様は頼れるお父様のようですね。
    素直に羨ましいです。
    お父様に存分に甘えて、泣いてください。

    泣くだけ泣いたらお母様にはとびきりの笑顔を。

    ユーザーID:6232368336

  • おつらいですね

     私の母は64歳で、やはり癌で他界しています。(私が38歳のとき)
    末期癌とわかったときには、世界の色がすべてなくなったかのように感じました。

    トピ主様、
    つらいですよね、いっぱい泣きたいですよね。
    お母様がそばにいらっしゃらないときは、泣いていいんですよ。

    私の母は、手の施しようがなかったことで、緩和ケアに転院しました。
    緩和ケアに移るためには、本人への告知が欠かせなかったため、
    母に、末期癌であることを告げました。
    そして、母とわかれてから、もう8年がたちました。
    当時も、それから何年も、「どうして癌なんかに?」と癌を憎みましたが、
    今となっては、
    癌だったからこそ、一緒にすごす時間を大切にでき、
    後悔のないよう母と話をし、母の最後までそばにいられたのかな、
    と思えるようになりました。
    朝まで元気だった方が、突然奪われるように人生を終えるようなこと、決して珍しくありません。

    最後に。
    余命はあくまでも予定です。人の生命力は、人知では、はかりしれません。
    希望も、どうか捨てずに、お母様と過ごす時間を、大切になさってください。

    ユーザーID:8575807454

  • わりきれといわれてもわりきれないよね…

     がんとは違う疾患ですが、おそらく余命いくばくもない身内がいます。とある延命治療をほどこさなければおそらく1ヶ月持たないと考えられます。私はキーパーソンではなく、治療方針を決めるのはその身内の息子夫婦です。けど、おそらくは状況的にみて、延命は行わないであろうと考えられます。

     夫はわりきれというんです。けど…人の生死ってそんな簡単に割り切れないですよね。うちの場合は、もうすでに身内自身が状況理解が出来ないのである意味気楽かもしれませんが…トピ主さんのところはお母様まだしっかりされてるから、後ろめたさやらホントにこれでいいかやらで苦しみますよね。

     悩む時はいっぱい悩んでいいと思うんです。泣きたくなったら泣けばいいと思うんです。私はそうすることにしました。こういうことを簡単にわりきれるほど、私は器用ではないんです。きっとで悩んで悩んで泣いて泣いて看取った後に、自分が納得する答えを見つけられそうな気がするんです。

     トピ主さんと私とはちょっと違う質の悩みなのかもしれないけど…沢山悩んでもいいと思う。割り切れなくてもいいと思う。きっと苦しみの答えはずっと先にあるんだよ。

    ユーザーID:8151681521

  • 30年前に母を亡くしました

    当時私は10歳で、母が癌とは知りませんでした。

    一時期自宅に戻った時があったのですが、後から思えば「体調の良い時に」だったのかも知れません。

    入院から亡くなる迄数ヵ月でした。

    見舞い時にはいつも笑顔の母でしたが、入院前当時看護師をしており、病状は把握していたのかも知れません。

    悲しさ、寂しさは後からやって来ました。
    母との記憶は数年分しかありませんが、今でも思い出し涙する事もあります。

    一日、一日をお母様と大事に大切にお過ごし下さい。心のアルバムに沢山の思い出を残しましょう。

    ユーザーID:1088029864

  • お心お察しいたします。

    私は二年前に大腸がんで母を亡くしました。
    63歳でした。

    当時の私と重なり胸が苦しくなりました。
    年齢も40歳と同じで何か出来ないかと思いレスしました。

    今、とても辛い時だと思います。

    母がいなくなったらどうしよう。
    弱っていく姿を 苦しむ姿を見たくない。
    孫の姿も見せてあげていないのに・・。
    どうしようもない気持ちをおさえて笑顔で母に接していました。

    このようなことをいうと語弊があるかとは思いますが、知人の医師からこう言われました。
    励ますわけでもなく、同情するわけでもなく、優しく「順番だから」と。
    その一言で胸に重く刺さっていたものが抜けたような思いでした。
    彼は産婦人科で幾度も生死に直面し、逆縁も多くみてきたようです。
    私だけが特別ではないこと。苦しみすぎないこと。

    私が母に出来ることは二つでした。希望を与えること。もう一つは痛みを感じさせないことでした。母は亡くなる2カ月前まで温泉を楽しみ、全く痛みを感じることなく逝きました。痛みは必ずコントロール出来ます。大丈夫。
    少しでもお母さまと楽しい時間が過ごせることを願っています。

    ユーザーID:7823790192

  • しっかりします

    ハルさんまで読ませて頂きました。
    本当に同じような境遇の方達がいて、苦しいのは自分だけじゃないんだ、皆乗りこえてるんだと励まされています。
    今でもつらい気持ちは変わりません。ただ、時間薬なんですかね、泣く回数も減りましたし、
    少しずつ現実を受け入れようとしている自分がいます。
    世の中には母よりずっと若い人で闘っている人もいます。
    最期をきちんと看取るのが私の役目なのだと、少しずつですが思えるようになってきました。
    そろそろトピを終わらせないといけないのですかね。
    でも、同じような境遇の方からお返事を頂くととても元気が出ます。
    よろしくお願いします。

    ユーザーID:3879336006

  • でも、これが癌なんですよね…

    突然死とは違い、心の準備が出来ますが…じわじわと弱る姿をみるのは辛いです。

    父が去年、65歳で癌で他界しました。

    わかった時には末期で、二年半の闘病でした。

    父には、末期だとは先生が伝えましたが余命は本人には伝えてませんでした。

    もうすぐ、父の一周忌です。

    毎日、父との思い出が蘇り…後悔もあります。

    ユーザーID:3241834893

  • 二度目です

    公的サービスをお勧めした、ののです。

    >嘘をついている事が何よりつらい。でも、母の性格からしてこれは正しいのだと思います。

    嘘をつくことの是非や「正しいこと」とは何なのか。多分、ここにレスをされた方のほとんどが「人、それぞれ」とお思いなのではないでしょうか。
    私はトピ主さんに「頑張って嘘をついて!」なんて言えません。「辛く思うことはないですよ!」とも言えません。
    ただ、トピ主さんが選ばれたことについては「それで良いですよ」と言いたい。
    迷っても、うまく出来なくても、がむしゃらに、でも丁寧に毎日を過ごして欲しいです。

    私の場合はみみさんのように「泣く暇はない。泣く時間は、ずっと後にとっておこう」と自分に言い聞かせていました。でも出勤の電車で涙が止まらず。周囲からはアブない人に見えたに違いない(笑)

    公的サービスを受けられたそうですね。色々なケースがあると思いますが、私はプロの方にしっかり頼りました。今も心の整理がつかず、助けていただいています。母の代わりに、私が癌になりたかった。

    お父様はいかがですか。御家族皆様、今日も良い日になりますように。

    ユーザーID:3217139238

  • いかに旅立つかいかに旅立たせるか

    今夏、祖母を末期がんで見送りました。

    私どもの場合は告知をしました。本人も落ち込むことなく腹をくくり、手術も拒否、大好きな友人たちや姉妹とじっくりお別れをし、旅立ちました。
    しかし、それでも、看病にあたった私の母(祖母にとっては息子の嫁)が衰弱していく祖母の様子を目の当たりにし、精神的に参りました。
    そこで、院内で紹介されていたがん患者の家族を持つ人々のための自助グループや、役所で紹介してもらった同様の患者の会や家族の会などに参加しました。
    同じ境遇の方々と話をすることで、共感したりしてもらえたり、心の持ちようを教えてもらえたり、様々な場合の対処法を教えてもらえたり、とても気が楽になったようです。
    お母さんの主治医または看護師さんにトピ主さんから相談してはどうでしょうか。
    心療内科は3分診療が多くこれという医師にあたるまで相当時間がかかると思うし、基本的には「受容と傾聴と投薬」ですから求めているものが異なるのではと思います。

    64年も生きられて夫と娘が見守ってくれているのです。幸せな人生だったじゃありませんか。あとは、いかに穏やかに心安らかに旅立つか(立たせるか)ではありませんか?

    ユーザーID:1557753566

  • 今日は少し気分が楽です

    二度目の、ののさんまで読ませて頂きました。
    最初から、お一人お一人何度も読ませてもらっております。
    繰り返しますが、私だけじゃないんだ、皆さんも頑張ってるんだと思う事で、心が楽になります。
    今日は休みなので、病院で殆どの時間を母と過ごしました。会話をしたりマッサージをしてあげたり充実した日でした。
    ののさん・・おかげ様で、父親は吹っ切れたとは言えませんが、私よりは冷静で元気です。
    ただ70歳ですので、あまり無理はさせたくありませんね。
    がん相談支援室の方にお会いしました。とても良い方で私を受け止めて下さいました。
    メンタル的な事はもちろん、現実的な抗がん剤や今後起こる症状について、とても丁寧に説明して下さいました。
    嘘をつく事に関しても、それは嘘ではない。言ってないと考えれば良いと言われました。
    これからは同じような悩みを持つ家族会のようなものがあれば参加したいです。
    今、自分にできる100%の事をしていきたいと思っています。
    まずは、抗がん剤に入るまでに少し期間がありますので、その間にお寿司を食べに行く事、癌に効果があるといわれる岩盤浴に連れて行きたいです。

    ユーザーID:3879336006

  • お気持ちが痛いほどわかります

    私も昨年、実父をスキルス胃がんで亡くしました、癌とわかってからわずか3ヶ月。開腹をしたところ、腹膜播種があり、そのままとじました。そのとき主治医から「あまり時間がない」といわれ覚悟をしましたが、それから亡くなるまでの1ヵ月半が本当につらかったのを昨日のように覚えています。
    つらいときはないてもいいと思います。でもお母様の前では、なんとかがんばって笑顔で接してあげてください、私もそれだけは心がけていました。。。つらいこと、悲しいこと、なんでも話せるところ、心療内科でもお友達でもいいと思います、とにかく溜めずに話して泣いて、でいいと思いますよ、、、バランスをとるのが本当に難しいと思いますが。少しでもあなたとお母様が心安らぐ時間が多いことをお祈りしています。
    一人じゃないよ、みんながついてる!!

    ユーザーID:7713477811

  • 皆が体験していることと言っても

    つらさが減るわけでもないので、泣ける時はガンガン泣いた方が良いかも。

    私も父を4年前に見送りましたが、色々後悔はあります。
    独身だから結婚した姿も見せられず、孫も抱かせて上げられず。
    ふがいない娘でありました。

    自分の慰めとしているのは、父の死をこれだけ嘆き悲しむことが出来るって幸せなことだと実感できたことです。

    闘病中の父は家族に「心配はしてくれても良いけど、心労にならないように。皆普段通りの生活をしなさい」と言ってました。
    私は混乱したまま、取りあえず思いつくまま、その時に一番良いと思ったことをやりました。
    結構頑張ったつもりですが、もっと頑張れたんじゃないかなとも思います。
    愛があるから悔いも残るんだろうと、今はそう思うようにしてますけど・・・

    とにかく見守ることがメインで積極的に動けないから、歯がゆいでしょうけど、負けないでください。
    そして看病する人が倒れないように、気をつけてください。

    ネット越しにエールを送らせていただきます!

    ユーザーID:0072510966

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