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末期がんの母 誰か助けて下さい

奇跡
2012年10月22日 22:32

先週、手術の末、64歳の母親の末期がんが判明しました。すでに腹膜播種しており、抗がん剤での延命しか期待できません。
私は40才で同居の独身一人娘、70歳の父親がいます。母親は病気にはとても臆病で、特に昔からがんには恐怖心を持っておりました。
今回、腫瘍がみつかった時も半狂乱になり、ふさぎこんでました。
私と父、一部の親戚と話し合った結果、末期である事は絶対に伏せることにしました。母の性格から知ってしまうと気が狂うのは目に見えてます。
いずれ本人も気がづくかもしれませんが、最後まで生きる希望を持たせたいのです。手術を終えた今、母は自分がそこまで悪いとは思っておらず元気です。
ただ、私は常に恐怖や不安、母がかわいそうで、そして嘘をつかないといけない事に毎日気が狂いそうです。朝起きてから眠りにつくまで、常に不安で押しつぶされそうです。
唯一、母の前では明るく振舞っています。これから病状の変化していく母を見ることや、いずれくる最期の時に耐えられるのか、不安で苦しくて仕方ありません。
人生でここまでの打撃は初めてです。心療内科に行った方がいいのでしょうか。通勤の電車では、途中の駅で降りてしまいました。
父親は、もう割り切れと言いますが、どう割り切ったらいいのでしょうか。
どなたかアドバイスお願いします。もう耐えられません。苦しいです。

ユーザーID:3879336006  


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タイトル 投稿者 更新時間
私も同じでした
yk
2012年10月23日 10:59

母が68歳、私が34歳の時、ガンで余命半年と宣告されました。
トピ主さんのお母様と同じく、ガンということは伏せたまま、もちろん余命のこともおくびにも出さずに看病しました。

仕事は休職し、毎日病院に付き添いました。
朝起きて病院に行き、消灯になったら帰宅する、の繰り返しの毎日です。まるっきり希望のない、未来のない毎日に、朝目が覚めると悲しくて苦しくて、本当につらかったです。

でも、本当につらいのはお母様ですよね。
だから、こちらのつらさが悟られないよう、常に笑顔で明るく振る舞うよう、気持ちを鼓舞していました。
母も、薄々は感づいていたようでしたが、こちらの演技に合わせてくれていたように思います。

母は本当に半年でいなくなってしまいましたが、最後まで「ずっとそばにいてくれてありがとう」と言っていました。

難しいとは思いますが、どうぞ心穏やかに、お母様と過ごされる時間を大切にされることを願っています。

ユーザーID:2628342010
私の母も同じです
あゆ
2012年10月23日 12:03

母63歳も、6月にガンとの診断を受けました。
手術は不可で現在抗がん剤を受けています。
余命は一年と言われています。

最初知った時は泣きました。泣いて泣いて涙が枯れるかと思うほど泣きました。
何も手に付きませんでした。

でも家族として娘としてしっかり最後まで寄りそう事しかできないんですよね。
時間を掛けながらこの現実を受け入れていくしかありません。

幸い母は私達娘の前ではいつもと変わらない母でいてくれます。
笑顔もあるし美味しく食事もしています。
でもそんないつもと変わらない母の身体を病気が冒していると思うとやり切れません・・・・・
病気が消えてくれればいいのにっていつも思います。
、、、という風に私も頭の中を色々な想いがよぎってます。

一番やりきれない思いをしているのは本人です。

サポートする私達周りの人間はドン!と構えて笑顔を見せていきましょうね。

ユーザーID:6078275553
苦しいよね…。
moco
2012年10月23日 16:08

でも、本当に苦しいのはお母さまじゃないかしらね。
64歳じゃまだまだ若いし、主さまやお父さまを置いて先に逝くのは
心残り以外の何物でもないと思います。

私の母は膵臓がんです。
昨年の9月に、黄疸が出る一歩手前で発見されました。
ステージ4の末期がんだったので、手術もできませんでしたし
余命宣告(2〜3か月)もされましたが…まだ生きてます。

その頃は今の主さま同様に、とにかく苦しくて苦しくて
気がつくと泣いていたりしました。(運転中しながらわんわん泣いてました)

私の場合も現在進行形なので、アドバイスなんぞできる立場では
ありませんが、時間が解決してくれるんじゃないですかねぇ…。

私の母は抗がん剤を変更するために入院中ですが、お正月を迎えられるか
微妙な病状になっております。
そろそろ最期の時の覚悟をする時期になってきてます。悲しいです。

つらいのは主さまだけではありません。
同士がここにいます。

ユーザーID:7511552858
お辛いと思いますj
尺八
2012年10月23日 19:07

割り切れないですよね。

お辛いと思います。

お母様との時間を大切になさってください。

それがなによりも親孝行です。

ユーザーID:0933927065
ありがとうございます
奇跡(トピ主)
2012年10月23日 21:49

mocoさんまで読ませて頂きました。
同じような方がいらっしゃるだけでも、心強く感じました。
実際にお会いしてお話ししたいくらいです。
宣告から1週間経ちました。当日の、巨大な岩に殴られたような衝撃はおさまりましたが、時間が経ってきて
逆に冷静に考えるようになり恐怖が増えてきている感じです。
この歳で精神的に父親を頼っている自分が情けないです。
父も高齢なので私がしっかりしないと、と思っているのですが。。
とうとう母親に孫を抱かせてあげる事ができなかった。。それも申し訳なくて仕方ありません。
やっぱり、つらいです。苦しくて悲しくて狂ってしまいそうです。
でも同じような方達がいた。。それだけも救われます。
皆さん、ありがとうございました。
また近況を教えてもらえたら嬉しいです。

ユーザーID:3879336006
私の母も
みかづき
2012年10月23日 22:07

私も自分が大学生の時に、母親が肺がんになり、発見した時はすでに体じゅうに転移していました。
その後母親は1年ほどで亡くなりました。49歳でした。

残された時間をお母様と一緒に“濃く”過ごしてください。
時間には“中身”があります。同じ時間でも、濃く過ごせば、何倍もの時間に相当する価値があります。

それからもう一つ。
こんなことを言うのはとても酷ですが、お母様が万一亡くなられた後も、トピ主さんの人生は変わらずに続いていきます。
その人生を、放棄するほどに自分を追い詰めないでください。
ある時点での、気持ちの切り替えは必要です。
お母様は、トピ主さんの幸せな人生を願っていることを決して忘れないでくださいね。

ユーザーID:1387688306
私の父母も癌でした
nana
2012年10月23日 22:30

父親は早くに肺がんで亡くなりました。

数年後、母の癌が発覚しました。
その当時20万人に一人という骨髄腫で、入退院を繰り返し亡くなる直前まで意識が有りました。
もちろん治るよと言って嘘をついて告知はしませんでしたが、本人は気づい
ていたようで、性格は控え目なひとでしたが、気丈にも自分
の死に装束の用意をしてあるのでと、無くなる直前に本人から聞きました。自分の好きだった着物の丈を詰めて有りました。それを見たとき涙が止まりませんでした。
もっと話をいっぱいしておけばよかったとの後悔今でもあります。


今、同居の義母が食道癌と診断されています。告知をしないと治療ができないと言われ告知をしましたが、理解できたのかどうか・・・
治療といっても年なので、喉が詰まったらステントを入れるくらいしか無いらしいです。今のところお粥は食べられています。
いつどうなるのかという不安を抱えています。
後悔しないよう介護をしたいと思います。

ユーザーID:1005768018
私の場合は
のの
2012年10月24日 11:05

母から「私ね、末期癌であと半年なんだって」と聞かされました。昨年秋のことです。母70歳、私38歳独身女。父は既に他界。膵臓癌で、手術も抗癌剤ももうダメな状態でした。母は3月に無くなりました。
最初、母は「お医者さんから言われる前に何となく分かった」「今、とっても落ち着いてるの」と言い、友人達一人一人にお別れをしていました。
しかし、徐々に情緒不安定になり「なんで私が死ななきゃいけないの!」と私に怒鳴り散らすことも頻繁に。恐怖と不安、怒りで堪らなかったのだと思います。

私は心療内科に行き、また癌相談支援センターに電話や対面で話を聞いていただきました。「癌相談センター」で検索してみてください。「身近な人ががんになったとき」という冊子も、拠り所でした。
また、母が亡くなった後でしたが、高木慶子さんの『悲しみの乗り越え方』という本にもずいぶん救われました。
もちろんまだ悲しいです。乗り越えてません。このトピを、泣きながら読んでいます。
公的サービスでも何でも救いを求めてみてはいかがでしょう。

トピ主様やお母様が、どうか可能な限り一緒に過ごせますように。

ユーザーID:3217139238
お辛いですが
長女
2012年10月24日 12:39

私の父も半年前に癌で亡くなりました。

3年前に癌が見つかり、父も家族も受け入れるしかなく奇跡を信じながら生活していました、
私は、実家から遠く離れて夫・子ども達・姑と暮らしているために学校が長期休みにしか帰ることが出来ません。

普段の様子は電話やメールで連絡を取っていましたが、やはり両親や妹の傍にいてあげられないもどかしさが私の立場なりに辛かったです。

とうとう余命宣告を受けた時、父に告知するかを悩みましたが、私と妹は本人が生きる希望を持っている間は言えない。と思いました。

弱っていく父を毎日見守る母と妹の気持ちを想像すると、離れている私よりも辛かったと思います。

闘っている父本人も辛かったのでしょう。激しい感情の起伏で母たちに父は突然怒鳴ることもあり、私は電話口で疲れた様子の母に心療内科を勧めようと考えていました。

最期は本当に静かに旅立ちました。
私も初めての身内の死でしたが、いつかは直面する試練です。

辛いですが、今は笑顔で寄り添ってあげてくださいね。

ユーザーID:6042639574
切り替える努力をします
奇跡(トピ主)
2012年10月24日 22:44

長女さんまで読ませて頂きました。
皆さん、つらい思いをされたのですね。いつか通る道とはいえ、
やはり癌はむごいと思います。今日は母から
「お母さん、ステージ3だって。抗がん剤も予防で飲むからね。心配かけてごめんね。」と明るく電話で言われました。電話を切った直後は、母の明るさにこちらも元気をもらって私自身調子が良かったのですが、またビルの陰で泣いてしまいました。ののさん・・ありがとうございます。ちょうど今日友人からがんセンターの方を紹介してもらいました。相談に乗ってもらうつもりです。
先程、いい歳して父親から怒られました。いい加減メソメソするな!現実を受け入れろ。どうしても治らないものは仕方がないんだ。お前がまいって病気になったら、父さんはどうなるんだと。。
わかってる。わかってるけど、ニュース見ても何を見ても、心臓が勝手にドキドキしてるんです。恐怖なんです。
そしてこの期に及んで、母に嘘をつき続けていいのだろうか、、と。
しかし、母は異常なくらい怖がりなのです。
かなり疲れました。会社を休みたいです。

ユーザーID:3879336006
辛い時心療内科にいって話すだけで救われますよ携帯からの書き込み
外資系
2012年10月24日 22:54

私も父親が心配性だから三十年前に自分はガンになる運命だと 嘆き悲しんで
私の方がつらくなって悩んで鬱になってしまった経験があります!
父親の方は摂生のおかげで今のところ肝臓ガンはまだ沈静化しています。

心療内科にいってみてください…
いい先生にあたると救われたような気がします。

少しでも つらい気持ちが安らかになるといいですね…

ユーザーID:5861930581
私の場合
このちゃん
2012年10月24日 23:25

私自身が末期ガンです。
年齢はトピ主さんと同じ40代前半で、現在はトピ主さんのお母様同様、抗がん剤による延命治療中です。
10年ほど前には父親を看取っていますので、その立場の辛さも実感しています。

経験したこともなく経験談も聞いたことがない、自分が死ぬということを想像すると恐ろしくて目まいがします。


でも生きている今、死を考えるのは無駄な時間だと気付きました。
今、抗がん剤の副作用の少ない時期に旅行の計画を練っています。
所詮、死なない人はいない。
貴重な時間を楽しみたいと考えています。

トピ主さん、親を看取れるなんて幸せですよ。
私は母に看取らせてしまいます。
幼い娘もいます。
娘を残して逝かなければならないと思うと、何よりも辛く苦しいです。

トピ主さん、うちの娘よりも30歳以上年上だから、もっとしっかりしてくださ〜い!

ユーザーID:8170116548
お辛いですね携帯からの書き込み
かぼすマダム
2012年10月25日 11:20

私も20代の時に母をがんで亡くしました。
うちは母を少しでも延命させようとムリをさせました。
もっと早く緩和ケアのみにすればよかったと今では後悔しています。
しかしこれは個人の考え方の違いなので
どちらがいいという答えは存在しないと思います。
今は「交流会」というものがありますので
病院で聞いてみられてはどうでしょうか。
同じ悩みや苦しみをもつ方とお話しすることで
少しでもお気持ちが慰められるのではと思います。

ユーザーID:8467799144
わかるよ。みんなも私も頑張ってるよ・・・
みっち
2012年10月25日 16:10

 偶然こちらを訪れました。微力ながら足跡を残させて頂きます。
 私(45歳)、母(65歳)。母が今年8月に体調不良で倒れた時に
『大腸ガン 余命3ヶ月』の宣告を受けました。肝臓と肺へも転移。 
以前から母との約束だったため、告知しています。
初めは『もうこのままでいい』と言っていました。が、
原発巣の切除手術と通院による抗がん剤治療を9月から始めています。
来月は余命宣告の『3ヶ月目』に入ります。
痩せた事以外は『本当に癌なの?』と思うほどです。
根治は無理です。とはっきり言われています。
この病気でなければ言えなかった感謝の言葉も、母へ伝える事ができ、
何も親孝行してあげられなかった分、全身全霊で母のサポートをして、
近い未来の『その時』を一緒に迎えようと思っています。
覚悟はまだ出来ていません。無理です。
でも、限られた今を母と私たち家族は笑顔で過ごす事に決めました。身辺整理もしました。ここまでに1ヶ月は必要でした。
 酷なようですが泣いてる時間はないですよ。もったいないです。
お辛いでしょうが、お母様の『一番』の人でいてあげて下さいね。
私もまだまだ頑張りますから・・・

ユーザーID:3600578742
私も母を63で、がんで。
みみ
2012年10月25日 21:12

余命一年半と言われたけど。半年持ちませんでした。
ただ、本人は最後までなおると思ってました。
最後の一ヶ月は脳に転移して、会話もなりたたず。しかし脳転移のおかげで苦しみも痛みも認識しないですんだろうと医者には言われましたが。
はっきり言います。しっかりしなさい。
あなたが気を強く持たずにどうしますか。
私は、いつも母に「自分を可哀想がって泣いてはいけない。泣いていたら家事が滞る。」と言われました。
私が泣いたのは母が亡くなってからです。
母が亡くなって屍のようになった父をはげまし、粛々と手続きや法事をこなした後。

ひとことアドバイスです。今のうちに好きなものを食べさせて、体調がいいうちに
旅行なり温泉なり連れていき、ご親戚とかにも(理由はふせて)なるだけ会わせて
あげてください。


泣く暇ない。後悔しないよう行動して。

ユーザーID:9642068708
私は教えてもらえなかった
miye
2012年10月25日 21:52

お産以外寝込んだことがないと妙な健康自慢をしていた母。気まぐれに受けた市民検診で癌がわかりました。でも私には教えてもらえませんでした。
母は告知を望み、そして健在だった高齢の舅姑、自身の両親と娘の私には絶対報せないでと、父や兄に口止めをしました。
30歳目前にもなりながら、私は愚かにも、癌だと気づきもせず、病気になったけど、手術をしたのだから元気になると思い込んで、のんきに日を過ごし、かわらず母に甘えたいだけ甘えていました。
与えられた仕事を大切にと、役に立つ人間になって、みんなに可愛がられるようにと繰り返し話し、最期の1週間は私がお見舞いに行くのを嫌がるようになったのです。そして母に言われるように仕事に行っている間に旅立ちました。最期を看取ることもできず突然の別れに呆然としました。
トピ主さま、お辛いでしょうが、私はあなたがうらやましいです。あなたにはお母さまと一緒に過ごす時間がまだある、話したいこと、聞きたいこと今のうちに濃い濃い時間を満喫してください。母は私がそうすることを許してくれませんでした。母の信頼に応えられる人間になれなかったのが今でも悔やまれます。

ユーザーID:5105520856
頑張ります
奇跡(トピ主)
2012年10月25日 22:42

みっちさんまで読ませて頂きました。
皆さん、お一人お一人の体験談を読ませてもらって
つらいのは自分だけじゃないんだと勇気を頂いています。
今日も見舞いに行きましたが、これがステージ4なのか、というくらい
元気で肌ツヤもいいのです。もしかしたら抗がん剤が劇的に効いて
奇跡が起きるんじゃないかって期待している自分もいます。
母は若い頃、仕事で苦労しました。私は親の期待にそえるような娘ではなく
転職を繰り返したり、結婚もせず同居してきました。どちらかというと、お父さん子で
いつでも父親の肩をもつ子でした。しかし、晩年になってやっと母と心から仲良くなれてきて、
母も趣味を見つけエンジョイし始めた時にこのような事になりました。
直腸がんです。下血がいっさいない悪質ながんです。
お腹が張った、肛門に違和感があると言っていた時に、なぜもっと早く病院に行かせなかったのだろうと
悔やまれてなりません。自分を責める日々です。
神様、、お願いですから奇跡を起こして下さい。泣いて泣いてお願いしました。
そして嘘をついている事が何よりつらい。でも、母の性格からしてこれは正しいのだと思います。

ユーザーID:3879336006
このちゃん様
奇跡(トピ主)
2012年10月25日 22:56

すみません。全ての方にお返事したいのですがお許し下さい。
このちゃんさん・・・ご自身がご病気だなんて、何とお声をかけたらいいのかわかりません。
文章を読ませて頂き、何てご立派な方なんだろうと思いました。
私の母もこのちゃんさんにも、きっと奇跡が起きます!

このちゃんさん、最後まで諦めないで下さい。
あなたが仰るように、娘さんより30歳も年上の私はもっとしっかりしないといけないですね。

ユーザーID:3879336006
母が癌でなくなりました
奇跡はあります
2012年10月26日 15:46

数年前のことです。67歳になったばかりでした。
私も同居の独身一人娘で、癌がわかったときは医者から「一日一日、大事に生きていきましょう」と言われました。
つまり余命なし、治療法なしの状態でした。

急な話に余命宣告するかどうかなど悩む暇もありませんでしたが、母はなんの治療も施さない病院に密かに真実を悟ったようで、身の回りの整理を始めました。

問題は父でした。
70歳を超えていた父は、とにかく母のことが大好きで、母の余命がないとわかれば即座に自ら命を絶つか無理心中しようとすることは明白でした。

ですから私は泣くことが許されませんでした。
泣けば父にばれますので。

母が旅立った後も父が後追いしようとしますので、やはり私は泣くことが許されませんでした。

当時はすごい形相だったようで、上司が無理矢理長期休暇をとらせてくれたほどです。

ようやく最近、夜中に少しだけ泣けるようになりました。

主様のお父様は頼れるお父様のようですね。
素直に羨ましいです。
お父様に存分に甘えて、泣いてください。

泣くだけ泣いたらお母様にはとびきりの笑顔を。

ユーザーID:6232368336
おつらいですね
佐葉子
2012年10月26日 16:39

 私の母は64歳で、やはり癌で他界しています。(私が38歳のとき)
末期癌とわかったときには、世界の色がすべてなくなったかのように感じました。

トピ主様、
つらいですよね、いっぱい泣きたいですよね。
お母様がそばにいらっしゃらないときは、泣いていいんですよ。

私の母は、手の施しようがなかったことで、緩和ケアに転院しました。
緩和ケアに移るためには、本人への告知が欠かせなかったため、
母に、末期癌であることを告げました。
そして、母とわかれてから、もう8年がたちました。
当時も、それから何年も、「どうして癌なんかに?」と癌を憎みましたが、
今となっては、
癌だったからこそ、一緒にすごす時間を大切にでき、
後悔のないよう母と話をし、母の最後までそばにいられたのかな、
と思えるようになりました。
朝まで元気だった方が、突然奪われるように人生を終えるようなこと、決して珍しくありません。

最後に。
余命はあくまでも予定です。人の生命力は、人知では、はかりしれません。
希望も、どうか捨てずに、お母様と過ごす時間を、大切になさってください。

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