「いう」→「ゆう」は正しいのですか?

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  • >としちゃんさん

    >文部省の肝いりの教科書どうり(dooriは間違い)
    いえいえ、この場合は「教科書どおり(教科書通り)」と書くべきです。

    「どおり」又は「とおり」は語の後ろについて、それと同じ状態であること、それと同じ道筋をたどることなどを示します。
    (例:「教えられたとおり」「従来どおり」)


    トピ主さんが疑問に思っている「言う」はもちろん「いう」と書くべきで、「ゆう」は誤りです。

    ユーザーID:7844169745

  • いやいや

    当方20代です。友達とのメールではそういう打ち方をする子もいますが、
    ブログや、ましてや会社の仕事のメールでそういう口語を打ってくるのは、
    ただただ知識の足りない人だと思います。
    仕事のメールでそういう事を打ってくるという事は、マナー的にありえませんよ。
    日本語を知らないだけではないでしょうか?最近の日本人はきちんとした小説を読まずに、携帯小説のようなもので育っていますので。

    ユーザーID:2189630400

  • 日本語には正しい表記はなかなかない

    漱石の名作のタイトルを表記してみてください。

    『吾輩は猫である』
    『我輩は猫である』
    『わがはいは猫である』
    『わがはいはネコである』
    『我輩は、猫である。』
    『わがはいはねこである』

    ……ちょっと考えただけでも、これだけの表記が思いつきます。
    日本語にはまだ正しい・唯一の表記方法がないのです。
    (これがドイツ語ならほぼ統一されています)

    漱石の初期の作品には、「馬穴(バケツ)」「三馬(さんま)」「芳原(吉原)」といったものすごい当て字、現代ではとうていお目にかかれない表記が散見されます。
    お札にもなっている「国民的作家」は、間違った日本語で作品を書いていたということでしょうか?
    そんなことを言える資格のある方は、なかなかいないと思いますが。

    それにしても、「『ゆう』は変換できないから間違っている」という主張には笑ってしまいました。
    こういう発想は、せいぜいここ十年ほどに生まれたものですよね。
    「伝統的」で「美しい」日本語を愛する人は、絶対にこういう発想はしないと思います。

    ユーザーID:5624718732

  • 田河水泡先生を思い出しました

    賃料さんの仰る見解通りだと思います。
    田河水泡先生の名作「のらくろ」は戦前から戦中にかけての漫画ですが、
    子供の頃、復刻版を買って読んだ時に独特の仮名遣いに面食らいました。
    例えば
    お菓子→今はおかしですが、漫画の仮名遣いでは「おくわし」です。
    しかし当時も話し言葉ではおかしだったそうな。
    いただきましょう→これも漫画の仮名遣いでは「いただきませう」です。
    これも当時の話言葉ではいただきましょうだったそうな。
    不思議に思って子供時代に仮名遣いについて調べたら、戦後の新たな国語教育ルール策定で書き言葉と話し言葉がその時代まででもずいぶん違うものが多くなってきていて、
    これらの言文一致しない言葉は今後話し言葉を基準に書き言葉にしましようと決まったそうです。賃料さんの仰る言文一致ルールです、今ではすっかり忘れられてるようです…。
    だから現代の私達の書き言葉は戦後の新しいルールに基づくもので、昔ながらではないわけです。
    トピ文のように「ゆう」や「どうゆう」が話し言葉で一般化されてるなら、
    書き言葉を今後そちらに合わせるのは言文一致ルールに矛盾しないと感じる次第。

    ユーザーID:5764303888

  • トピ主です。

    皆様たくさんのご意見ありがとうございます。色々な解釈を拝見し大変勉強になりました。

    先日仕事の後輩から届いた業務連絡メールが、この「ゆう」と「お」のオンパレードで面食らいました。
    文章を書く機会が少なくなって、正しい使い方を忘れたのか、わざとなのか。悩みました。

    ネットで拝見する、ブログ等も、「ゆう」や「お」の表記をよく見かけます。

    この間違いを間違いとして正していくのであれば、仕事の場合は駄目、ではなく、日常的に
    社会全体で大人がこのような言葉を使わないようにしていかないと意味がないのでは、と感じます。

    しかし、そう思う一方で、時代によって言葉が変化していき、以前は違和感を感じていた言葉遣いや文語が
    当たり前に使われるようになる、というご意見もその通りだと思うのです。

    江戸時代のお侍さん達が現代の口語・文語を見たら、きっと今の私と同じように違和感を感じたり不快に思うのでしょうね。

    50年後、100年後は、今正しいと思っている言葉達も消えていくのかもしれませんが
    美しい日本語がたくさん残っていくといいなと思います。

    ユーザーID:0741618698

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  • 正しい表記を使える前提で

    友達とのメールのように表記の正確さが問題にならない物や、
    小説の中などで(その登場人物の性格付けのため)敢えて使っているものは気にしません。

    気にはしませんが、読書のリズムがそこで途切れてしまい物語に没頭できないのも事実ですね。

    ユーザーID:1796048893

  • 間違いです

    教員です。1年担任10回目です。

    昔から、この手の間違いはありましたね。言うはいう、です。授業でも書き言葉の約束(聞いたまま書く訳ではない)と教えます。日記等でも教えます。繰り返し。

    でも、10年前の保護者は受け入れましたが、今の保護者の方の中には、「別にいいじゃん」というかたもいらして。

    確かに言葉は揺れるもので、50年100年かかって変わっていくものだと思いますが、今正しいとされといることはきっちり教えたいです。

    コミュニケーションツールとしてのギャル語はありです。「そぉゆーこともあるしぃ」みたいな表現はニュアンスが見えて面白い。

    でもお仕事です。きっちりいきます。

    ユーザーID:4041168906

  • 漫画や友人同士のメールなら有り

    たとえば、この小町のレスなどの、他人に向けて書いた文章の中にそれを見つけると、書いたことが安っぽく思えてしまいます。

    昨今の「違和感を感じる」も、これで良いのかとも思うことがありますが。

    ユーザーID:8976091797

  • 日本語の表記の話は奥深いですよ

    何人かの方がおっしゃている、「昔も今も話し言葉と書き言葉は違う」が
    、「わざと書いている」が実態だと思います。
    「人が書いた文を目にする機会が増えた」にもうなずけました。
    時代による言葉の変化とは違う気がします。

    ただ、昔は「蝶々」を「てふてふ」と表記して、読み方もそれに近かったようですが、だんだん「ちょうちょう」と言うようになって、今は書き言葉も「ちょうちょう」と書くように、「言う」も全員がどんな場面でも「ゆう」と発音するようになり、年月が過ぎて定着すれば書き言葉でも「ゆう」になるかも知れませんね。

    個人的には、わざと書くのは表現方法としてアリだなと思っていますが、「あたしゎ」までくると軽くイラっとします。
    大人の目に触れないところでやって欲しい。

    わかってやっているならいいですが、「ゆう」は書き言葉でもオッケーと思っている人はまずいと思います。

    ユーザーID:8401086419

  • 知ってか知らずか・・・

    正しい日本語表記を熟知した上で使っているなら
    言葉の「お遊び」かもしれないけど、
    これしか知らずに使っているのは、恥ずかしいかも。

    ユーザーID:9504768894

  • 演出として

    皆さんおっしゃるように「演出」としてわざと使っている人が大多数ですよね。キラキラ〜っとしたマークと同様確かにかわいらしいなと思います。

    ただ最近あきれるのが、それが「若者限定」の演出でなくなった事。いい年したおばさん・おじさんが恥ずかしげもなく使っているのを見るとかなり引きますね。実際にモノを知らないおじさんおばさんもいますからそういう場合は仕方がないのでしょうけど。

    つるんとした若者にこそ似合うと思います。20代限定でしょうね。それでも28、9だったらそういう目で見てしまいます。

    ユーザーID:2234573850

  • オクレさんと同意見

    日本語の乱れ?は若者を中心にいろいろ生まれてきてますよね。
    上手く使い分けられればいいのですが、大人になっても使う人がいるから悩ましいですよね。
    日本語がちゃんとできないと、外国語の習得に影響が出るとも言われます。
    英語教育も大事ですが日本語教育はどうなってしまうんでしょうね?
    私はアメリカに5年滞在してましたが、帰国してしばらく周りに笑われることが多々ありました。
    カタカナ表記のの発音が、妙にかっこつけているように聞こえてたらしいのです。
    ちなみにアメリカでも死語や流行り言葉はあります。

    ユーザーID:2044879393

  • 正しくもあり間違ってもいる

    「ゆう」も「私わ」も、どちらも戦後の国語改革で「表記用法例」に入りそびれてしまったので、国語テストの面からは「間違い」です。
    ただ、戦後日本語の大原則である言文一致ルールに従った表記であるので「正しい表記」とも言えます。

    国語テストではないので、「ゆう」でも「いう」でも、内容が読み取れればどちらでもよろしい、でよいのではないでしょうか。
    日本語はその位柔軟なものだと思います。

    ユーザーID:1809791008

  • 問題点の整理が必要です

    「日本語の乱れ」「正しい日本語とは」という議論が昔から続いていますが、問題点の整理が必要です。

    1.話すときの発音としての言葉なのか、書く表記の言葉なのか
    2.検定教科書に書かれている事が正しく、それ以外は間違いなのか
    3.言葉の変化は容認すべきなのか、また誰がそれを判断すべきなのか

    1では、たとえば「王様」は書く時のかな使いでは「おうさま」ですが、ほぼすべての人は「おおさま」と発音します。
    書くのは「おうさま」で発音は「おおさま」という矛盾は、日本語では避けて通れません。
    その上で、言葉を文字にする時に、書き言葉として書くのか、言葉を発音として書くのか、の意識の違いです。
    前者は正しい日本語として学校でも教わります。しかし、後者は教わるものではありませんので、何が正しいのかは決まってません。
    後者での日本語の使い方は許さないという考えもありますが、書き言葉をどう発音するかを書く事ができない、というのも疑問に思います。

    2.3.に関しても、多くの大人は子供の時の国語で習った言葉を正しいと信じています。
    しかし、その国語自体が変化している事に気づいてません。

    ユーザーID:0251853557

  • 聞いたまま

    聞いた言葉から漢字を思い浮かべ意味を探るというのは普通にやるものだと思ってましたが、どうも最近はそうではないようですよね。
    聞いた言葉を聞いたまま覚えて使ってるのが許されるのなんて未就学児までですよ。

    ネットなどでいっぱしことを書いていても「せざるおえない」なんて表記してる人を見ると、内容まで胡散臭くなります。
    少なくともまともに本は読んでないのがまるわかりです。

    ユーザーID:4241876275

  • 利口でないのがすぐわかって都合がいい

    他人に対して臆面もなくこんな表現をする人は、利口でないのがすぐわかって便利がいいではありませんか。

    いちいち相手にしないことです。

    ユーザーID:8865221979

  • 時と場合を考えていない、とか

    「ゆう」って関東の人も口でも言うんですか?関西方面の人は使いますけど。関西弁が全国区になった影響だったりするんでしょうか?

    友達や気心知れてる知り合いへのメールなんかで「ゆう」を使っているのでしょうけど、それはそれでちゃんとした場やいろんな人が見る掲示板なんかでは使わないのが普通に知性なり知識なりを身につけた人だと思います。たまに注意されてるのも見かけますので。「わ」ではなく「は!」と言った具合に。

    「ゆう」や「お」は市民権を得てないはずなんですが、知性等無い人はどこでもしゃべり言葉を使うので見かける機会が多くなったのではないでしょうか?

    自分では「いう」「を」「は」をきちんと使えばいいんです。私の周りにはいませんな。特にすばらしいとか無く、全く普通です。中学生とかならそれとなく注意して、笑って許してあげましょう。言葉遊びみたいなものかな?と。大人だったら恥ずかしいですね。

    ユーザーID:6748955672

  • 本来ならナシですが

    時々、メールなどでふざけてアホっぽさを演出するときには使ってました。
    「そーゆーの勘弁してくださいよー(笑)」みたいな。
    もちろん誤りと分かっていての使い方ですし、兄弟や付き合いの長い友達が相手の時だけです。

    昔は、あまりにも度が過ぎた「話し言葉」で文章を書くことはありませんでしたよね。
    若い人の書いた携帯小説とか歌詞を見ると、日本には本当にアホしかいなくなったのだろうか…と、げんなりすることがあります。

    あと先日、カラオケで某アニメのOP曲を歌っていたら「君という未来に〜」という歌詞が、画面では「君と言う〜」になっていて、さらに「ゆう」とルビが振られていました。
    これは歌詞とルビをダブルで間違ったと…そう思いたいです。

    何にしろ基本を知って初めてアレンジできるのに、最初から「知らない」だと日本の文化はどうなってしまうのか。そこまで考えると怖くなります。

    ユーザーID:8290037084

  • 漫画で

    「ゆう」や、「そおゆう」と書かれているのを目にします。

    恐らく、可愛らしさなどを出す為にそういった書き方にしているんでしょうけど、読んでて凄く違和感があります。

    投稿なんかでも、「ゆう」とか「そおゆう」と書いている人がいますよね。
    大人であればあるほど、そういう書き方をしていると「中身が幼そう」という印象を与えてしまうので、わざとなんだとしても、「ゆう」や「そおゆう」と書くのは損だと思うんですが…。

    学校では、「いう」や「そういう」と書くという事を、先生が指導してくれてますよ。
    子供達が小学生の頃、作文などで「ゆう」と書いていたら直されてましたから。

    ユーザーID:4873833019

  • 駄目です

    人様の書いた論文を、せっせと校正しておりますが
    みんな直しております。

    意外と大学教授クラスの方でも、その類の間違いは多いです。
    ついつい筆が滑って・・・という感じでしょうか。

    若い方が基本を解っていて、ふざけて使っている場合は
    別に良いと思います。
    でも、いざ、ビジネス等で、堅い文章を書かなければならないという時に
    何が正しいのか解らなくなるのが怖いですね。

    確かに言葉は生き物ですが、変わってはいけないこともあると思います。

    ユーザーID:0951361177

  • 昔からよくある「言文一致」の問題の延長線?

    高校の時分に習った文学史に二葉亭四迷なる人物が登場しますよね?
    言文一致で名を馳せた文人です。

    日本はその昔、口語を文章にすることは中々なかった歴史を持っています。なので、口語を遺すような運動が何度か起こっています。口語も1つの日本語文化だとするならば、口語で発せられる発音のままに遺すこともまた文化だと言えるでしょう。

    つまり、主さんの仰る問題は、昔からある言文一致の1つの体現方法に過ぎないのではないかと。

    私ならばこう思います。即ち「文字にして遺すのならば、きちんと口語でない文語としての言葉で遺せばよいだけ」のような気がします。

    言葉が変遷することとは意味が違うような気が、私はします。

    ユーザーID:0197830218

  • 「現代仮名遣い」では「ゆう」ではなく「いう」です

    『問題な日本語』北原保雄編 大修館書店 2004年 p.139-142 に詳しい解説が載っております。お近くの図書館でご覧になれるとよいですね。

    ユーザーID:0690302959

  • わかります

    わざとやってる人もいますが本当に知らない人も多いみたいですね。
    学校ではちゃんと教えていないのでしょうか?
    トピ主さん同様気になっていました。
    正しい日本語を使いたいものですよね。

    ユーザーID:0472131986

  • まさか

    もし正式に採択されたのなら、新聞、雑誌、教科書、辞書などから「いう」の表記がいっさい消えていると思われます。

    ユーザーID:3753796625

  • 与えたくないけど、生存権くらいなら持っていそう

    結構見かけますがスル―しています。私が恥ずかしいわけじゃないので。

    最初はわざとなのかと思っていましたが、本気でそう表記するものだと思っているようです。
    無意識の誤変換ならスル―で良いと思うのですが、正しいと思っている人に一々指摘すると角が立ちます。
    言葉は変わると言います。色々な表記は既にあります。

    変わるなとは言いません。せめて私の生きている間は、徐々に変わっていってほしいと思います。

    ユーザーID:1155333992

  • 私もモンモン

    小学校の作文で、こんな書き方をすると先生に「書き言葉と話し言葉は違う」と即注意されました。
    今はどうなんでしょうか…私も知りたいです。

    ただ、親しい友達同士であえて“ふざけて”こんな書き方をすることはあります。漫画みたいな感じを装ったおふざけです。
    でも公共の目に触れる場合は、ありえません。

    ちなみに

    「こんにちわ」「こんばんわ」

    も、かなりムズムズします。
    そのうちに「バナナお、食べた」「駅え、行く」という書き方が出てくるのでしょうか。

    言葉や書き方は変化する、という方はいつもいらっしゃいますが、丸文字・変形少女文字・ヘタウマ文字、と言ったレベルではなく、基本的国語能力の衰えに何も感じないのは怠慢のような気がします。

    そう言えば、句読点をつける代わりに文節の間を空ける記載はどこから始まったんでしょうか???

    例:今日は 天気が悪いので 傘を持って 出かけました

    子供の絵本ならこれで音読しやすいですけど。
    この書き方にも常にモンモンしています。

    ユーザーID:8907764526

  • 正しくないと思うけど、時代は変わったの?

    SNSのコメントなどで同年代の友人でも「そーゆー」書き方する人
    いますいます(笑)

    至るところで見かける、とありますが、まさがビジネス文書で
    見ることはないですよね?!

    私は好きではありませんが、学業やビジネス以外のところなら
    もう個人の好きずきの世界なのかな、と思います。

    小学生の息子がいますが、「こおゆう」書き方はもちろんしませんし、
    もししていたら、私が訂正させます。
    万が一、学校で指導していないなら、学校側に問い質してしまいそうです。

    テレビ番組のテロップでも、時々見かけますよね。
    勘弁して欲しいですが、いつかは「こおゆう」のも
    全くまちがいでなくなる時代がくるのかもしれませんね。

    ユーザーID:0390176019

  • 間違いです

    「いう」を「ゆう」と表記するのは単なる間違いですよ。
    市民権なんて得られるはずがありません。
    ネット上で間違ってても指摘も修正もされにくいから、そのまま放置されているだけです。
    疑問文で「?」の後に「。」をつける人もいますが、最初は違和感ありましたが、最近は慣れました。

    私は、いちいち指摘するのも疲れるし面倒なので、個性だと思うようにしています。
    私も自分の書き込みを読み返すと誤字や脱字がある時がありますし、それもスルーしてもらっているわけですから。

    ユーザーID:0651510885

  • 私も違和感を感じます

    『ゆう』では『言う』と変換できませんよね

    『そう言う』も『そうゆう』『そうゆー』とか
    詳しくないのですが、なんとなく記号化してるのかな…?と言う気がしています

    ネットの書き込みでよく見かけますが、若い方なら単純に間違えているのかとも思います
    でも一部でしょうが分かって使っている方もいる気がします
    わざと崩していると言うか…あくまで私の印象なんですけどね

    私自身はそのような言葉の使い方をされる方に幼さを感じます

    もしそれがわざとなら、幼さを相手に印象付ける意味として『わざと相手につけいる隙をつくっている』と感じます

    ある程度の年齢の方なら『親しみ易さ』や『可愛い』『若い思考』をアピールしているのかな?の印象です

    円滑な対人関係や軽い楽しい関係を作るテクニックと言えばちょっと大袈裟ですが(笑)

    ネットの書き込みならまだいいのですが、口頭である程度の年齢の方が使っていると、ちょっとガッカリしてしまいす

    と言うか…こんな面倒な考えの自分にも、ちょっとガッカリです(笑)

    ユーザーID:1202991253

  • 得てません

    それが可能な相手なら、毎回間違いだと教えてさしあげるといいと思います。

    「ふえた」ように感じるのは、誰もがスマホやパソコンで文字を打ってネットに投稿して不特定多数に読ませる時代だからだと思います。
    昔は文章書くとしたら、たまに身内に手紙出すくらいが多かったでしょうから、目立たなかっただけだと思います。
    「誤用しているひとの数」で言ったら、昔のほうが多かったのかも
    しれません。誰も気づかなかっただけで。

    ここ十数年のゆとりとやらの影響もあるのかもしれませんが、
    30代40代でもいらっしゃるのはいらっしゃるので、
    あまり関係ないのかもしれません。

    ユーザーID:7627974045

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