生活・身近な話題

猫との思い出話しをお聞かせください。

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たま

話題

度々猫トピにお邪魔していましたが今回初トピです。

うちの猫(今年22歳)、腎機能低下で毎日投薬していますが、今回てんかん様の発作を起こし只今毎日通院中です。

後ろ足も弱くなり歩行困難、粗相する様にもなり現在介護の毎日です。

耳は聴こえないのですが、善くなるようにと話しかけてます。
最近、猫との色んな事を思い出す事が多くなりました。

それでふと、皆さんの猫との忘れられないお話しがあったらお聞きしたくなりました。


色んなお話し、是非お聞かせください。
介護を頑張る力にさせてください。

ユーザーID:3323739814

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  • 生まれた時から

    猫がいました
    代替わりしながらですが
    高校生の時の猫は
    私が出かける時バス停まで見送りにきてました
    でも乳がんになり
    最後の日はいつもなら5時に帰る私が
    たまたま少し遅くなったら
    「5時に息ひきとったよ」と家族が・・
    泣きましたね〜
    待っててくれたんだって・・

    今は犬を飼ってますが
    犬もかわいいです

    でも絶対最後の時は一緒にいてあげたいって思ってますよ

    ユーザーID:9009942895

  • 「お手」したよ。

    兄が教えたら「お手」を覚えてくれました。
    ランごめんね。
    猫が苦手だった当時は、
    あんまり可愛がってあげられなかった。

    ユーザーID:3063659743

  • 幸せなねこちゃんですね

    たまさんに介護され幸せなねこちゃんですね。
    私が昔飼っていた猫は、まだ今のように家のなかだけで飼っていたり、病院に通ったりしない時代?でしたので10年もしないで死んでしまいました・・・。

    ちっぽというその猫は、私の言うことや気持ちがわかる子でした。
    用事があって友人の家へ夜歩いて行く時はついてきて、出てくるまでまっていてくれたんですよ。

    また、前に飼っていた猫はいつのまにかいなくなっていたので(昔、猫は飼い主の前で死ぬ姿を見せないといわれていましたよ)事あるごとに、「絶対にいなくならないでね」と言い聞かせていたのです。すると本当に、玄関の前で亡くなっていたのです…。

    かなしくて辛かったですが、ちゃんと私の言うことを聞いてくれたんだと思うと愛しさでいっぱいになったことを今でも覚えています。

    もう、30年近く前のことなのに、こう書いていても涙が出てきます。

    どうぞ、たまさんたくさん話しかけてあげてくださいね。

    ユーザーID:2392685309

  • 母と認めてくれた日

    昨年11月に4つの心臓トラブルを抱え、7ヶ月の闘病の末に旅立った子が
    私を「母」と認めてくれた日を今でも覚えています。

    いまから凡そ17年前。
    個人経営の小さなペットショップのケージにいました。
    「ゴハンチョウダーーーイ!」とニャーニャー元気に泣いていた赤ちゃんでしたが
    うちに来て1週間以上、抱っこさせてくれませんでしたね。
    ある日パパさんがネコじゃらしで遊び始めたらハシャイで老化を走り回っていたね。
    そしたら!
    はしゃぎすぎて口から泡吹いて痙攣おこしちゃいましたよね。

    私も相当慌てながらも「落ち着かなきゃ」と24時間対応の動物病院に電話をかけ、症状を話し対処の仕方を聞いていました。
    もちろんチビさんは私がしっかり抱えながらね。

    「だいじょうぶよダイジョウブ、ママちゃんがいるからね」と震えながら抱きしめていました。

    落ち着いてきたのでしょう。
    小さな声で「ニャー」と私の顔を見上げながら私の顔に近づこうと胸をよじ登ってきたっけね。

    その日の晩から虹の橋を渡る前日まで、ずーっと毎晩ママの枕に頭を乗せて一緒にねんねしたよね。
    大好きだよ。

    ユーザーID:4602678771

  • 身代わりになった猫

    16歳の時です。学校の帰り道子猫が捨てられていました。可哀想だと思ったけど、ごめん!と思ってチャリをこいだら後ろから声が!ヨチヨチしながら追いかけて来て、それを見たら涙が出て連れて帰りました。それから私が結婚をする年の34歳まで一緒にいました。そんなとき母の具合が悪く検査を受けると悪性の子宮ガンかもと。もっと詳しく検査をすることになり、兄と二人で泣いた晩 猫のひーちゃんはそれをじっと見つめていました。翌朝起きたらひーちゃんがいない。次の日もまた次の日も。心配で探したけれど、かえってきませんでした。そして母の手術。あけてみたら、良性のしこりだったと言われ、母は私の結婚式に出れました。
    兄ときっとひーちゃんは 母の身代わりになって、 死んでしまったのではと。そう思っています。高齢のおばちゃん猫。最後の時は側にいたかった。 お礼を言いたかった。抱きしめたかった。
    今でも思い出します。
    ひーちゃんにもう一度会いたい。

    ユーザーID:8397409567

  • んー…

    もう8年前ですが23歳でお別れした猫がいます。

    歩けましたがおぼつかなく、耳は聞こえませんでした。
    排便も容易ではなかったので手助けしましたし、オムツは必須でした。
    食事は自力でしましたが、週に2回ほど点滴に通院しました。

    獣医師さん曰く、何で生きているのか解らなかったそうです。
    最後の体重は1キロでした。

    介護を頑張る力…ですか?私はずっとまた元通りに元気になるんだと思い込むことで自分を誤魔化してきました。
    このまま衰弱するなんて事は考えたくもなかった。

    お別れを意識している主様なら大丈夫です。最後まで猫を愛してください。
    それだけで幸せなはずです。

    私が最初に後悔した事、どうしてもう頑張らなくていいんだよと言ってあげられなかったんだろう言う事です。

    ユーザーID:5472562236

  • 色々ありますね〜

    元気が出るようなお話だと、次男坊を保護した時のことかしら。
    長女犬と次女犬を散歩させている途中、草薮から子猫のかすかな鳴き声が。
    その場で見つけようとしたんだけど無理で、慌てて帰宅して、チャリを飛ばして逆戻り。
    やっと見つけ出してチャリの籠に入れたら、でかい声で「にゃ〜!」
    私、猫さらいか(苦笑)
    帰宅してシャンプーしてやってから、他の犬猫達にお披露目したら、次女犬の白がペロリとなめてやったので
    「あんたの息子だから、名前はしろただね」
    と、その場で名前が決まりました。
    甘え上手で肝が据わっていて、父も生前の母も甘やかしたものだから、すっかりおデブになってしまいました。
    他に長男坊と真ん中メスがいますが、しろたの顔を見ると、一番落ち着きます。
    彼と出会えた偶然に、本当に感謝です。

    ユーザーID:5647629076

  • 思い出沢山あります

    22才の頃、友人の住むマンションのエレベーターのボタンを押したら
    その中に彼女はいました
    そこは駅前の交通量の多い場所で、とても小さな子猫が生き延びては行けない様な所なので、友人に飼い主について確認したら
    捨て猫だろうと言われたので、そのまま我が家に連れて帰りました

    とても賢く穏やかな性格で
    私が仕事から帰ってくると、車のエンジン音で分かったのでしょうね
    三階の台所の窓から、じっと私を見ていて
    私が下から名前を呼ぶと「にゃにゃん」と鳴いて応え、ドアを開けると
    必ず待っていてくれました
    その後時期は違いますが、二匹の子猫を貰ってきた時も
    怒ったりせずに一緒に寝たり毛ずくろいをしたりして、本当の母猫の様に
    お世話をしてくれました

    残念ながら3年半くらいしか生きる事は出来ませんでしたが
    今でも我が家の居間に置いてある写真立ての中で
    かわいくこちらを見ていてくれます

    そして今は14年前に拾ってきた茶トラと白の美人なメス猫と
    その子供たち3匹の、あわせて4匹の猫たちが
    日々楽しい時間を与えてくれています
    夜中のトイレまで付いてきてくれるんですよ
    本当に可愛いです

    ユーザーID:4172913574

  • 高校生の時に

    学校に捨てられていた真っ黒の子猫を、学校のボストンバッグのかばんに入れて、ドキドキしながら電車、バスを乗り継いで連れて帰りました。

    自由に外へ出れるようにして飼っていましたが、時々野良猫を一緒に伴って帰ってくるのです。
    そして、自分のごはんをその連れてきた猫にゆずるんです。
    自分は少し離れて見守ってあげる感じで(笑)

    でも、どの野良猫でも同じかというとそうではなく。
    違う猫が庭を横切るだけで、フゥーッ威嚇することもあって・・・

    相性?なんでしょうか???
    猫の世界にもいろいろあるのだ!と知りました。

    そんな親分肌の猫でしたが、外から2階にのぼったのに降りられず、毎回私の部屋の窓の外で「入れてくれぇ〜」と鳴いてました。

    ユーザーID:7681515708

  • 思い出積み重ね中

    2匹の猫(7歳雄、1歳雄)とダンナと暮らしてます。

    7歳猫は先天的な内臓疾患を抱えており、現在、投薬治療中です。
    でも人一倍??食欲・睡眠欲旺盛で、夜中3時位には空腹のため起床。ごはんをもらうために人間の眠りを覚ますことに熱心で、ドタバタ騒いでみたり、瞼を舐めてきたり、鼻や口をツンツンしてみたり、日々、いろんな技を仕掛けてきます。
    本気で眠い時はお気に入り毛布を船こぎながらフミフミしてます。
    しかも白目むいて(かなり怖い形相です…)

    1歳猫はクールというか、昭和男子??
    まだ付き合いが浅いからなのか人間にあからさまに甘えることが苦手ならしく、とにかく控えめです。(ダンナにはこっそり甘えてるらしいですが…)
    ちなみに出ベソで、実家含め現在まで7匹の猫と接してきましたが、出ベソ猫は初めてです。

    思い出というか、ただの日常生活の紹介ですよね…

    でも、私にとってはかけがえのない思い出としてずっと心に残る事なんだろうなぁと思ってます。

    ユーザーID:5939483669

  • いっぱい愛情をそそいで

    22歳なんてスゴイ!そこまでいっしょに居てくれるのは、よほど主様が猫ちゃんを可愛がって大切にしたあげているからなんですね。今は心配で大変お辛いと思いますが、猫ちゃんと過ごせる今をどうか大切になさって下さい。猫ちゃんはきっと主様に感謝して、主様を愛してくれていると思います。
    うちには昔オスの“ケン”という猫がおりました。小さい時に交通事故に遭い、右前脚の神経が切れて麻痺しました。外で遊んで帰って来ると足が血まみれになっているので、これではバイ菌が入ってしまうということで手術して右前脚を肩から取ってしまいました。ケンは家族の心配をよそに、3本脚で元気に駆け回り、塀に飛び乗ったり階段を駆け上がったり、虫を取って来たりしていました。
    そのケンもとうとう最期の時を迎えましたが、その頃はノラ猫で“トラ”というのがケンの友達になってくれて、うちに家族のように出入りしていました。ケンが居なくなった後もトラはうちに出入りし続け、うちの母が精神的に落ち込むのを癒してくれました。母がだいぶ持ち直した頃、トラは急に体調が悪くなって逝ってしまいました。ケンが母を心配してトラを呼んでくれたのだと思っています。

    ユーザーID:0939094571

  • うちの2代目は腎不全でした・・

     うちは小さい頃から猫を飼っていて(被った事はありませんが)、2代目の猫は兄弟(だと思う。一緒に捨てられてたから)猫達2匹でした。

     そのうちの1匹が腎不全に。18歳の時でした・・。当時、私が足を怪我してて実家にお世話になっていたんですが、その腎不全の子も私と一緒に炬燵で寝たりしてました。。

     いつも猫達は11時就寝のはずなんですが、私がいるからかリビングに1時くらいまで一緒にいてくれて(家族はもう寝ていた)、寝る時に「にゃあ」と言ってベッドへ去っていくのでした。

     その猫達は本当に甘やかして育ててしまった箱入り息子さん達で、私が怪我して縫った所を消毒して薬塗ってという作業は毎日あったのですが、微妙に見えるか見えないか?って所で見てました。それで終わるとこっちにやってきてガーゼの匂いを嗅いだりして。じゃあ、傷も見に来なよ!って思ったけど、それは怖いみたいで。

     でも自分も病気で苦しいはずなのに、居候の私に気を使ってくれて、なんかどっちが病人なんだ・・って思ってました。今はもう虹の向こうにいます・・。20歳までは生きてくれました・・。

    ユーザーID:4661389527

  • 思い出

    よく、鬼ごっこをしました。

    猫ちゃんの背中にタッチして、私が隠れるのです。
    私を見つけた猫ちゃんは鳴いて、すぐに逃げます。
    今度は私が鬼です。そして見つけたら、
    背中にタッチ。
    大抵3〜4回で猫ちゃんの方が飽きてしまい
    自然に終わるという感じでした。

    その猫ちゃんは5月に19歳で亡くなりました。
    今は、他の猫ちゃん達と空で遊んでいるかも
    しれませんね。

    ユーザーID:1336315392

  • 苦い思い出です

    アパートで独り暮らしをしながら飼っていたねこがいます。わたしは学生だったので朝家を出るとバイトをして夜まで帰ってきません。ねこは寂しくてストレスがたまるのか、帰ってくるとひとしきり私と遊んだ後、外に出たがりました。1時間くらい外を歩くと必ず自分から戻ってきたので、そんな「放し飼い」をしばらく続けていました。でもあるときどれだけ待っても帰って来なくなりました。外を探しても、待っても待っても二度と姿を見ることはできなくなりました。
    のんびりした性格の優しいねこで、大好きだったのにこんな別れ方をするなんて…。今でも悔やんでいます。

    ユーザーID:4329767485

  • 黒猫と三毛猫

    ペット不可の賃貸に住んでいた頃のお話しです。
    私が済んでいた2階ベランダに 野良黒猫が遊びに来るようになり
    「ジジ」と勝手に名前をつけました。
    ニャ〜ンと鳴き「来たよ」ってスリスリ。
    子猫を産んで 1年後に病気になり エサも食べれないのに
    遊びにきてくれていました。ぷっつり来なくなり亡くなったようでした。

    寂しいな〜と思っていたら、三毛猫が警戒しながら来ます。
    どうや1階の方が ジジの子供を内緒で飼っていたのです!
    この子は警戒心が強く仲良くなるのに時間が掛かりましたが
    私が帰宅してチッチッと呼ぶとニャンと鳴いて返事。
    速攻で2階に上がって来てくれていました。(1階の方公認)
    雨の日も風の日も雪の日も 三毛猫ミーちゃんと7年お付き合い。

    私が引っ越す事になり荷物を出した後、部屋に異変を感じたんで
    しょうね、目を丸くして部屋の中に入ってくれなくて・・・
    別れるのが悲しくてボロボロと泣いていたら近づいて来て、
    最後にお別れの スリスリしてくれました。
    猫とのふれあいが楽しかった日々でした(思いだすと、泣)

    猫トピック、ありがとうございました。 

    ユーザーID:7237143251

  • 頑張って下さい


    私の猫は数年前に17歳で生涯を閉じました。
    彼女も腎臓が悪くなり痩せてしまい、毛並みもバサバサ、夜鳴きが酷くて少々困っていましたが大切な家族でした。

    原発事故があり、夫の実家のある海外に避難しました。
    もちろん猫も一緒に。着の身着のままでの海外避難でしたので猫を連れての出国は大変でした。そして20時間近くのフライト、彼女は良く頑張ってくれました。どうしても私は彼女を残していく事は出来ませんでした。ヨボヨボの猫を誰も可愛がってはくれないからです。

    1ヵ月後、狂犬病の関係で彼女だけ日本に入国できなかったので義母にお願いして猫を残して来ました。
    7ヵ月後に必ず迎えに来るからね、と。
    不思議な事に私たちが日本に帰国する時に猫は以前よりシャンとしていて大丈夫に見えました。

    それなのに、私たちが帰国して1週間後に猫は遠い国で死んでしまいました。
    猫は私がいなくなるのを待っていたように思います。
    元気な姿を見せて私を安心させ、そして私のいない所を死に場所と決めたのかもしれません、私を悲しませないために。

    でも私は、彼女の最期の時を共に過ごしたかったです。


    介護、応援しております。

    ユーザーID:6044300093

  • よく狩る猫だった・・・

    もう10数年前になりますか、亡愛猫は、狩りの名人でした・・・
    その頃は放し飼いが当たり前で、いつもどこからかネズミを捕ってきては私に見せびらかす・・・
    他に雀・ゴキブリ・せみなどはよく・・・(涙)

    ある日、ソファーで昼寝してた母が、生きた白い文鳥を口に加えて戻ってきたのを目撃。
    母「マジで、肝をつぶしたよ!」
    文鳥は何故か無傷で物置にあった鳥カゴに入れて、しばらくは保護。
    (誰の文鳥かは分からず、欲しがっていた親戚に譲りました)

    21才で老衰したあの子・・・・
    時々、上記の事を思い出します。

    ユーザーID:3060364842

  • 皆さま、沢山の心に残るお話し有り難うございます。

    纏めてのお礼になる事、お許しください。
    ひとつひとつ、じっくり読ませていただきました。


    くすっとするお話し、ほろりとするお話し、皆さんのお話しを読んで情景を想像し、私もくすっとしたり少し感傷に耽ったりしました。

    大切なお話しをお聞かせくださり皆さん有り難うございます。
    また、励ましのお言葉を下さった方有り難うございます。


    犬も大好きです。
    妹が柴を飼っているのですが、可愛いです。


    また引き続き、思い出のお話しがありましたら是非お聞かせください。

    ユーザーID:3323739814

  • うちの猫ですが、

    昨晩また発作が起きてしまい、初座薬を使用しました。(ちょっと悪戦苦闘しちゃいました)


    その後落ち着いたようで、今朝病院から帰宅後、2日振りにご飯をモリッと食べてくれました。


    おしっこが間に合わない様なので、おむつを購入し先ほど初おむつしました。


    今、すやすや寝ているのですがちょっと撫でて話し掛けました。

    もう1匹いるのですが、老猫に構いきりの為拗ねたようで、今からもう1匹の猫と少し遊ぼうと思います。

    ユーザーID:3323739814

  • 寝顔

    ペルシャとの間の子でグレーで長毛のもふもふしたむちゃくちゃ可愛い顔のオス猫でした。

    仕事に行くとき玄関のドアの前まで見送りに来てくれました。
    帰ってくるとしっぽをピンと立てて迎えに来てくれました。

    耳が湿っていたのでよく綿棒にティッシュ巻きつけてお掃除してました。最初は嫌がっているのに途中からとても気持ちよさそうにしてました。

    お風呂は母だと怖がるので私が入れていまして、普段毛が多くもふもふしてるせいか水に濡れるとそのギャップがおかしかったです。

    私の枕の上のあたりで寝ていたので、こっちも毎晩ベッドの下の方にずれて待ってました。
    夜中電気が消えた暗い部屋にのそのそと足音が近づいてきた時は嬉しくなりました。きたきたーって。

    一度真夜中に目がさめると顔のすぐそばに寝てますから猫の寝顔が飛び込んできてその寝顔が今も忘れられません。

    可愛かったです。

    もうこの世にはいませんが、つい洋服や小物を選ぶとき猫の毛色だったグレーにしてしまいます。

    会いたいですね。

    ユーザーID:7074849529

  • お散歩大好きネコ

    実家にいた体重が3キロあるかないかのネコで、抱っこも楽々でした。何故か私が抱っこすると、いつまでも降りず(笑)一度抱っこしたまま近所を散歩したら、お気に入りになってしまいました。
    私が帰ると玄関まで出迎えて、散歩の催促。用事で玄関に行くと、タタターッと走ってきて「お散歩連れて行ってニャ!」と、鳴きます。かわいくて、ついついお散歩。

    そんなあの子も、去年の今頃ガンで死にました。死ぬ間際まで散歩をねだりました。最後の散歩をしていると、体をよじりだしました。びっくりして立ち止まると、にゃぁ・・・と鳴いて、目を閉じました。
    もっとお散歩させてあげれば良かったと、後悔しかありません。


    トピ主さんは介護が大変ですが、ご無理なさらないで下さいね。ネコちゃんが少しでも良くなるよう、一日でも長くトピ主さんといられるように心から祈っています。

    ユーザーID:9169959129

  • うちにもいます。

    21年一緒にいる高齢猫がいます。
    思い出は絵日記にしてます。
    夜に2人で公園に散歩にいくのが日課で、いつも私の
    後ろをついてきて人が来たら、ささっとどこへ隠れて
    いなくなったら茂みから出てきて公園までついてくる。
    公園の灯の下でいつもスケッチしてました。
    猫はその頃、元気だったので木にかけのぼったり
    走り回ったりしてました、その様子をスケッチ。
    帰宅後に色をつけてました。

    あの頃が一番幸せだったのかな〜良い思い出です。
    他にもたくさ〜〜ん思い出はありますが1冊の本にな
    るのでかけません。

    今は痩せこけて歯もほとんどなくて目も悪く粗相も
    しますが、一応、歩けてるし自分で日向ぼっこしに
    日の当たる場所に出ることもできます。
    なるべく歩かせて足腰弱らないようにはしてますが。

    ここまで生きてくれたらお互いに感謝の気持ちしか
    ないですね。
    もう一度、彼女(猫)とあの公園に行こうと思って
    ます。
    ちなみに出会いは死んだ母猫のそばで
    動けなくなってるのを拾ってきたんです。

    ユーザーID:7993336335

  • 一番つらい時に支えてくれた存在

    18歳の甘ったれ学生だったとき、母が末期がんで突然入院。
    仕事ばかりで家庭を顧ない父、自分勝手な兄達。人に頼ることしか
    考えていなかった上、いきなり母を失ってしまうかもしれない
    真っ暗やみの中、庭に住み着いたのはまだ若い母猫と仔猫。
    自分を頼ってくれる、小さくて暖かな存在にどれだけ心が慰められた
    ことか。病院からの帰り道、泣きながら帰ってくると、うれしそうに
    駆け寄ってきて甘える姿に、自分も頑張らなくてはいけない、と
    強く思いました。「こんな奴ら、捨ててしまえ」という父や兄に、激昂して
    逆らったのも人生初めてのことでした。その後また仔猫が生まれ、
    育ってきた頃、奇跡的に母が生還。すると、役目は終わった、とでも
    いうかのように、愛する猫たちは天に召されてしまいました。
    母は、自分の身代りになってくれたと一緒に泣いてくれました。
    神様なんて信じないけど、彼らは私を助けてくれた尊い存在でした。
    彼らのおかげで今の強い私がいます。でも、同じ模様の猫を見ると
    今でも泣きます。もしまた逢えるのなら逢いたいです。

    ユーザーID:5708533697

  • 捕ったどー

    普段は寝てばかりの愛猫。

    今朝はやけにテンション高いな〜。
    彼女に呼ばれてついて行くと

    50センチはあろうかという超巨大ナメクジ!!


    …にソックリな蛇でした。

    「ねぇ、凄いでしょ?ほら、まだ生きてるのよ!」と蛇に猫パンチしながら自慢する彼女に対し、私は(蛇に驚いたのもあり)迂闊にも「食べないモノは捕るな!」とお説教してしまったのです。

    蛇は犬の散歩から戻ってきた父が逃がしてくれました。

    部屋に戻ると彼女は私に背を向けて外を眺めていました。
    名前を呼んでも尻尾の先すら動きません。

    捕ったら誉めてやるべきでした。
    猫飼い初心者の痛烈なミスでした。

    今は虹の橋にいるそうです。虹の橋も猫好きな小町さんから教えて頂きました。

    ユーザーID:7219264808

  • 同じく腎機能低下でした

    こんにちは。介護大変でしょう。
    でも猫ちゃんも安心して日々を過ごしていると思うので、お体にお気をつけてお過ごしください。

    私も高校生の時に、おそらく4か月くらいのグレーと白のきれいな猫を拾ってきました。野良猫たちと一緒にいたので、うちに連れてくると嫌がるかな?と思ってましたが、その夜は私の首元に頭を乗せてずっとぐるぐるとのどを鳴らして眠りました。名前を「いわし」と名づけました。
    それから16年、一人暮らしの際も連れて暮らしていて、だんだん年をとり、水をたくさん飲むようになり、ある冬の日、ふらふら歩くいわしがいて、私に向かって「助けて」と言ったように感じました。
    雄猫に多い腎臓機能の低下で、体にたまった悪いものがおしっことして出て行かないみたいで、何日かに1度点滴をしに病院通いになりました。
    食事もリンがあまり含まれていないものに変え、お薬として、炭を水に溶かして注射器状のものでむりやり飲ませていました。
    2か月ほど経ったある日、会社の方に不幸があり喪服を取りに帰った際、こたつの布団の上でいわしは日向ぼっこをしていて、動けないのでおしっこを漏らしていました。
    続きます。

    ユーザーID:4699786604

  • 続きです

    自宅で点滴をして、薬を飲ませるといつもは嫌がるのに、「もういいよ」という目をしてじっと私を見ていました。それから痙攣発作が始まり、呼吸が止まるまで何度か苦しそうに息をしました。私は名前を呼んで泣いていましたが、後で思ったことは、静かに撫でて優しく名前を呼んであげれたたら良かったなと。思い返すと、死ぬ前日の夜はもうあんまり動けないのに、私の布団の中で頭を擦り付けて甘えてきました。自己満足の介護でしたが、最期まで一緒にいれて幸せでした。

    ユーザーID:7607352469

  • かわいかったミィ

    小3の頃に拾ってきた猫、私が27歳まで生きました。

    若いころは身勝手で、適当な人についていってはちょくちょく行方不明になっていましたが、年老いてきて戻って来てからは人柄(猫柄?)が丸くなり、車で仕事から帰宅すると車まで迎えに来ていました。若いころは抱っこされるのもいやがりましたが、年を取ってからは膝に乗るのが大好きになりましたね。

    やがて、だんだん体力がなくなり、死期が近づいたのがわかっていたのでしょう。死体を人目にさらさない習性を持つと言われる猫なりに、必死に姿を隠そうとしましたが、隣近所の人から「うちで動けなくなっていました」と連れて来られるように・・・。最期を看取りたかったので室内に入れようとするのですが嫌がって嫌がって・・・。外に小屋を用意し、そこで行方不明にならないように頑張って見張っていたのですが、ほんの隙にいなくなり、そのままいなくなってしまいました。

    これを書いていても涙がまだ出ます。もう14年も前のことなのになぁ。

    ユーザーID:4382344885

  • 忘れられない話があります

    もう20年程前の話ですが、当時シャム猫を飼っていました。

    名前はアツコちゃん!アツコ〜って呼ぶと知らない人は子供を呼んでいると思っていたみたいです(笑)

    ある日、友達が出来た様で2匹の猫が遊びに来るようになりました。

    毎日3匹で仲良く遊んだり、ご飯を食べたり。ある日飼い主さんが気になり首輪に手紙を仕込みました。

    内容はご飯を食べさせてしまってる事、可愛くて名前を知りたい事など。

    数日後、なんと返事が!内容は(いつも家の猫がお世話になっています。1日2食でこんなに太るのが不思議でした。名前はメスがダンコ、オスがブンタです。少しですが餌代にしてください)と千円札が付けてありました。

    有り難くて未だに大切に手紙と一緒に保管してあります。

    ユーザーID:9149106316

  • 雀の頭

    家の猫の名前は代々トラ。血は繋がっていないです。大体もらってきた子達です

    その歴代トラ達の中で、狩りが上手な子がいて、土竜、鼠、鳩、蝉、雀をしょっちゅう捕まえて帰宅してきました。ある日、椅子に座って足にコロコロするものがあると思って拾い上げると雀の頭!足まで出てきました(笑)ビックリです。体は食べたんでしょうね

    後は蝉を明け方取ってきて、五月蝿く鳴くやつを耳元に置かれたり…。

    蛇を取って来たこともあったなぁ。懐かしい思い出です。

    今の猫はとろくって、ゴキブリすら捕まえられません

    ユーザーID:2759647810

  • 命日の野良猫

    真冬の凍てつく朝、その子猫は、我が家の横の下水管で見つかりました。汚泥まみれで死んでいました。

    普段なら、野良猫の死骸を拾ったりしませんが、その日は祖母の命日だったので、なんとなく供養してやりたくなりました。
    小さな空き箱に布を敷き、冬の畦を駆け回って野花を探し、かろうじて咲いていた雑草の花片をちりばめました。
    ぬるま湯を洗面器に入れ、強烈な下水の臭いと汚れを落としてやりました。

    すると、かすかに息を吹き返したのです。弱々しくも鼓動と呼吸が戻りました。仮死状態だったが、お湯とマッサージで体温が戻った、というところでしょう。

    タオルで体を拭いた後、ドライヤーで毛を乾かしてやり、たまたま冷蔵庫にあった前の晩の残り(すき焼き)の牛肉を小さく刻んで温めてから与えました。すると、噛み付くようにガツガツと食べ始め、温めた牛乳も完食。やはり飢えていたのでしょう。

    食後はこたつの中に入れてやると、穏やかな表情で寝息を立てていました。

    ところが、気づくと子猫はいなくなっていました。
    家の中や近所中を探しましたが、見当たりませんでした。

    不思議な思い出です。

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