田舎あるある でも田舎好きです

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生活・身近な話題

かっぺたん

田舎をバカにするトピではないです。私は今関西に住んでいる40代の主婦です。高校卒業まで すごい田舎に住み 大学がないため関西で寮生活を始めました。田舎では電車でなく ワンマン汽車で3時間に1本程度でした。だから運転手さんも気を利かせて 発車時刻を過ぎても 向こうから走ってくる人を見つけると 待っててくれるという のんびりな日々でした。そんな生活に慣れた私達が中学の時修学旅行で 初めて新幹線に乗る事になりました。新幹線どころか電車に乗った事がない友達がほとんどです。その時の担任は心配性で 全員が新幹線に乗り換えられるか心配だったのでしょう。校庭に白ラインで新幹線の座席図を書き 全員を入り口に並ばせ、「さぁドアが開くぞ!走れ」「自分の座席に来たら荷物は後でいい、とにかく座れ!」とストップウォッチを持って叫んでいました。「今の動きでは間に合わない!いいか!都会の電車は人が乗っていている途中でも勝手にドア閉まるんや!」 私達はその言葉を信じ 必死で練習しました(笑)。主人も違う地方の田舎出身ですが「そんな経験したのはお前らだけや」と爆笑。皆様には 他に笑える田舎あるあるありますか?

ユーザーID:9975725285

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  • 小学校で

    各学年1クラスずつの小学校に通っていました。

    ノートなどで名前を書く欄に「 年 組」とありますが、
    この「組」の意味がわかりませんでした。

    先生に「組ってなんですか?」と聞いたら、
    「1と書いておきなさい。」と言われたので、
    常にわたしたちは1組でした。
      

    ユーザーID:4279047370

  • 新幹線いいな!

    わはは、そりゃ凄いっすね。

    7年程前まで、四国のとある地方に住んでたんですが、
    「−幼稚園児(保育園児だったかな?)の信号練習−
    村の中に信号がないので、信号があるところまで村がマイクロバスを出して、
    年長さんが信号を渡る練習をしにいきました」
    というローカルニュースが出るのが、
    毎年の風物詩になってました。
    めっちゃ和みますねえこういう話は。
    多分今でもやってると思います…ちゃんとその村に園児ちゃんがいてくれれば。

    ユーザーID:3422910818

  • トピ文爆笑

    こういうほのぼのとしたエピソード微笑ましいですね。

    私の実体験ではないのですが、東北出身の有名な演歌歌手のエピソード。

    デビュー前にオーディションを受けるために上京してきた某さん。
    当日の朝、寝坊してしまい、慌てて山手線に乗り込もうとホームに駆け込んだが、間に合わずに無情にも扉は閉まってしまった。
    もうだめだ!せっかくのチャンスを逃してしまった!うなだれてホームに座り込んでいた某の横に次の山手線がゴーッ!!と勢いよく到着した。
    田舎では一日何本しか電車がなかったのでびっくりした。って話です。

    田舎あるあるとはちょっと違いますが、主さんの話読んで、30年前に友人間で流行ったこの話を思い出しました。

    ユーザーID:5335405856

  • 徒歩なのに

    ヘルメット必須で通学してました。小中学生の頃。
    自転車ならともかく、徒歩ですよ?
    車が暴走するようなこともありません。戦国時代の名残で
    曲がりくねった細い道ばかりだから、暴走しようにも不可能だったので。
    そして通学路に信号が一切ありませんでした。
    隣の市にある高校に進学してこの話をしたら信じてもらえませんでした。

    ユーザーID:7294427618

  • 私もやりました

    子供の頃から静岡県在住です。私の市は新幹線が止まり、学校も駅周辺でした。しかし30年前の小学校の修学旅行の時練習をしました。私の年から新幹線での修学旅行になり先生方が心配でやったと後で聞きました。

    ユーザーID:5277668329

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  • 下校のときは

    通学路の横にあるドドメを食べながら帰ってました。

    服の前が紫に染まって、毎回怒られてました。

    今は環境的にも無理だし、ドドメ自体も見なくなりましたね。

    もう30年くらい前のことです。

    ユーザーID:3418493684

  • 懐かしく・・・。

    私はずっと都心に住んでいるので、ちょっとあるあるが違うのですが。
    とってもほほえましく、ちょっと羨ましく感じました。

    こういう子供時代を私も過ごしてみたかった気がします。

    20代前半にお付き合いした方がちょっと田舎の方で・・・。

    大学進学のため、初めての東京暮らし。
    山手線に乗って、つり革につかまると・・・目の前に座っている人、人、人。
    別に自分を見ているわけでもないのに、どーしても落ち着かないらしく立っていられなかったみたいです。
    いつもドアの近くの端っこに立っている彼でした。

    私にはその感覚がわからなかったのですが、そういうもんなんだなーって思ったことを思い出しました。

    私もばかにしているわけではありません。
    方言とか大好きです。

    ユーザーID:5508712325

  • 都会の八百屋にびっくり

    トピ主さんの先生、笑いのツボ直撃です(笑) 。
    わかる、わかる。でも、ちょっと過剰な方法ですよねぇ。あはは。

    私の場合、爆笑ということではないですが 田舎のあるある!として投稿を。

    私が4歳の時、今の実家に引っ越しましたが まずは「言葉が通じない(=方言)」というカルチャーショック第一弾を体験。
    町内のほぼ全てが農家。店もなく、肉なんて鶏をシメる、育てた豚を...というくらいの「銀の匙」な状況でした。

    農家でない家は4軒のみ。 同時期に旬を迎える野菜たちを持て余す彼等にとって、この4軒は特別な存在?
    形が悪くて農協に出荷できなくても、育ち過ぎて味が落ちたものでも、ありがとうと受け入れてくれるワケです。
    *中には「今が一番美味しいから」と、素晴らしいものを持って来てくれる人もあります

    そう。きゅうりの旬には、10軒以上の農家から「一輪車で」玄関の前にきゅうりの山が...ひとーつ、ふたーつ、みーっつ

    そんな環境で育った私には、東京の大学近辺の八百屋で とんでもない値段で野菜(特に山菜)が売られていたことがカルチャーショック第二弾でした(笑) 。

    ユーザーID:7753948112

  • 小笠原諸島 母島の信号機

    先生の思いやりが暖かい…いや、
    熱いエピソードですね(笑)

    今はどうかわかりませんが、
    小笠原の母島沖港の漁協前に、
    島で唯一の信号交差点があります。
    ガソリンが当時の価格で
    リッター230円もしたので、
    あまりクルマに乗っている人は居なかったのに
    なぜ存在するのか…それは、
    母島の子供たちが、
    信号機を知らないまま本土へ旅立ったら
    危ないからです。

    トピを読んでいたら、
    南国みたいなたけだるい空気や、
    生垣のブーゲンビリアの花や、
    芝生の生えた小中学校や、
    グリーンアノールや、
    誰も来ない交差点で皆のんびり
    信号待ちしていた風景を
    一気に思い出しました。
    ありがとうございました。

    ユーザーID:4139038367

  • 信号機が珍しかった

    北海道の夫の小学校では街に行ったときに子供達が交通事故に遭わないようにと、わざわざ学校の前に信号機を設置しました。

    はっきり言って、廻りは全部広大なタマネギとジャガイモの畑で、私が義実家に行ったときは三日間に郵便配達の人一人にしか出会いませんでした。
    なのに――!そんなとこに信号機!

    もっとすごいのは、空港でタクシーに乗った突端「○○さんちですね」と夫の実家名を言われたことです。
    田舎・・・おそろしいです。

    ちなみに私は生まれて育って都会ッ子で、電車は三分に一本来ないとダメな人間です

    ユーザーID:6691479325

  • こちらも

    関東ですが、近くに電車が走っていない、車社会の町です。今でも、高校大学まで電車に乗ったことがなく、修学旅行の時に電車に乗る練習をすると聞きました。でも田舎ではないんですよ〜。(たしかに近くにデパートはないですが)みな通学はバスとか、自転車、親の車でバス停や用事があるところまで送ってもらったりするようです。買い物も車で、18になるとすぐ免許を取る土地です。ある意味、色々都会に行くと、新鮮に思うのだろうなと思いました。住むにはいいところです!

    ユーザーID:6894984563

  • 田舎に住みたい

    主人の生まれ育った場所は北の大地。

    5月に雪が降り、村人達より牛が多い、鹿は車に突進し時々熊も出る、由緒正しい田舎です。

    そんな主人が初めて飛行機に乗ることに。主人の兄は「都会のマナーでは飛行機に乗る時は靴を脱ぐんだぞ」と囁きました。

    嘘だ!と思いつつもこっそりと他の乗客の足元を確認したそうです。

    また、修学旅行の時には担任が(正しい洋式トイレの使い方)を教えてくれたそうです。

    ユーザーID:7185639508

  • 汽車

    電車のことを汽車って呼んでました(笑)
    中学の時の修学旅行前、担任が「おまえら、汽車って呼ぶのやめろ(苦笑)
    恥ずかしいぞ!」と言っていて
    みんなで「電車」って呼ぶ練習しました〜。

    ユーザーID:1822180256

  • 新幹線に乗る練習、しました!

    東海地方S県での話です。
    当時(30年以上前ですが)、トピ主さんとまったく同じように、修学旅行前に校庭に描かれた白線で新幹線の乗り降りの練習をさせられましたよ〜。皆大真面目に取り組んでいました。

    また、修学旅行の行先は東京だったのですが、先生いわく「財布は首から紐をつけて下げて持ち歩くように」と言われ、本当にみんなその通りに財布を首から下げてお土産とか買ってました。

    当時の友人たちと会うと、笑い話のネタになります。

    ユーザーID:7368832066

  • では私も

    田舎町で生まれ育った私。中学校の通学路で学校からこの道を
    通りなさい、という決まりがあったのですがなんと途中で
    「町役場」の敷地内を通る通学路でした(笑)

    迂回路をしようにも道がなく(田んぼばっかり〜(笑))どうにかして
    迂回路を探し出すととんでもなく遠くなってしまったようで。
    なのでドーンと立地されてる町役場の駐車場を突っ切り、そして役場の
    渡り廊下(本館と新館をつなぐ渡り廊下的な道)を通り学校へと通学してました。

    廃校になっていなければ未だにその通学路として役場は使われてるでしょうね〜(笑)
    後、とんでもない校則で「乗馬で通学してはならない」とかありました。
    高校にあがると今度は「三つ編み禁止」もありました。
    ロープとして凶器として使うのを防ぐためとか。どんなバイオレンスな
    女子高生なんだよ!と当時ネタになってました。
    トドメが「ひざ下ストッキングの着用を禁ず」です。
    ・・・女子高生でそんなの履いてる奴いたらすごいですよね。

    ユーザーID:2788479212

  • 新幹線の練習はしなかったけど

    motokoさんと同じく
    一学年一クラスでしたので
    「 年 組」
    の「組」ってどうする?
    一組でいいんじゃない?
    なんて言ってましたね。

    あと、門限がありませんでした。
    一日4本のバスの最終は18時位に到着です。
    それに乗り遅れたら車で迎えに来てもらわないと帰れませんでした。
    徒歩?
    数キロの山道を夜歩くなんて大人でもしないです。
    自転車でも外灯もない山越えは怖いですよ〜。
    その分、自動車の免許取ったら遊んでしまいますが、
    高校卒業すると家を出る人がほとんどなので(進学だろうが就職だろうが遠くて通えないので)
    「門限はなかった」です。

    ユーザーID:4095722210

  • 美術の先生が黒板で

    私も中学の修学旅行から。
    大阪市内在住ぎりぎり40代主婦です。
    出身は四国の、工業都市と呼ばれている所ですが田舎です。
    新幹線の乗り方の練習はありませんでしたが、洋式トイレの使い方のレクチャーを受けました。
    便座に乗っかって用を足した先輩がいたそうで・・・。
    私たちも初新幹線の子が多かったようで、新幹線の自動ドアを手で閉めようとしている級友がいました。
    35年ほど前の懐かしい思い出です。

    ユーザーID:5152595308

  • 40代前半です

    小学校の時は、ワンマン路線バスで通学していました。
    運転手さんとも顔見知りで、大雨の時はバス停を通り越して、家の前でバスを止めて降ろしてくれました。今なら苦情が出そうだけど・・。

    中学は、自転車通はヘルメット着用。隣の中学では、徒歩の子もヘルメット着用でした。

    中学の学期末テストの理科の問題「今から校庭へ出て、白つめ草をスケッチし説明文を書きなさい。」と。みんなでわらわら外へ出て行って、楽しかったな。

    下校後、友達と河原で遊び、カラスウリ・ぐみ・野イチゴ・しどみなどを取り、あやめが咲き、蛍が飛び、ネコヤナギを取ったな〜。久々に色々思い浮かんできて、懐かしい気持ちになりました。

    ユーザーID:8684471826

  • ドドメって植物(実?)だったんですか!

    すみません、横レス失礼します。
    「主人におまかせ」様へ。

    私が育ったのは大阪市内なのですが、ある種の汚い色のことをこちらでは「ドドメ色」と言うのですよ。
    絵の具を全色混ぜると、紫がかった黒とも茶とも言えない摩訶不思議な色になります。それを…。
    何が語源だろう?
    色も語感もいかにも気持ち悪そうだし、擬態語に近いものだろうか?
    と考えたりしました。

    ドドメというものが実際にあるんですね!
    しかも紫色とのこと。
    これは…と心が踊りました!
    もしかしたら偶然一致しているだけかもしれませんが、そうだとしても面白いですね。

    ユーザーID:2926605458

  • トピ主です

    あきらかに(駄)トピでしたが 書き忘れてました。
    高校卒業後10年あまり大阪に住んでいましたが、結局電車のドアに挟まれる事なく過ごすことが出来ました(笑)
    ただ 地下鉄が目の前で 行ってしまうと「次何時?」と時刻表を探し 大阪の友人に「すぐ来る!恥ずかしいからやめて」って言われたなぁ。
    皆さん色々懐かしい思い出ありますね。 徒歩にヘルメットは笑えました。
    そういえば、私達は小学校の時 制服もなく かといって私服禁止… 登校から下校 そして友達と遊ぶときも ブルーの体操服だった事も思い出しました(笑)+ (恥) 校外学習などで出掛けると 体操に力を入れている学校と勘違いされ「バク転してみせて」って言われた事もありましたっけ。

    ユーザーID:9975725285

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • みなさん、おもしろい

    トピ主さんも面白かったのですが
    第一レス人さんの

     先生に「組ってなんですか?」と聞いたら、
    「1と書いておきなさい。」と言われたので、
     常にわたしたちは1組でした。

    が爆笑でした。

    私は 、横浜の相鉄線という、え?自動車試験場に行く時に乗る電車?と
    聞かれる沿線の駅から徒歩10分の住宅街に住んでいましたが

    帰り道に蛇イチゴを食べながら帰る、車道をいきなりキジとコジュケイが
    横切る
    実家の庭にタヌキが現れる、カナヘビのタマゴがある

    ぐらいでしょうか・・

    充分田舎ですね・・。

    ユーザーID:3409306096

  • あるある〜

    結婚するまで田舎で育ち、結婚してからちょい田舎に住んでいます。

    子供の頃、どこで遊んでも知らない人から「○○ちゃん」とか「○○さんとこの子」と呼ばれ、なんでみんな自分のこと知ってるんだろうと、不思議でした。
    川に落ちて泣いてた時も母が笑いながらやってきて、なんでここにいることを知ってるんだろう、と不思議でした。

    大きくなってわかりましたが、家族構成から飼ってる犬猫の名前までお互いに知ってるような小さい集落だったんですね。
    どこそこのお嫁さんはどこそこの誰それさんの娘さんで…なんて、出生も知られていました。
    お年頃になったらそれがものすごく嫌でたまりませんでしたが、今のご近所付き合いに田舎の社交術はとても役に立っています。

    ついでに、外で遊ぶ時に母に言われていたことは
    「野井戸に落ちんように気をつけようで!」でした。

    ユーザーID:4576199236

  • マッ○は遊園地だと思っていた

    それほど田舎でもない地方の市街地育ちなんですが…。

    子どもの頃は地方のキー局でマッ○のCMだけはやっていましたが、周囲にバーガーショップ自体が一軒もなく。ピエロがいて、子どもたちが喜んでいるので、「きっとマッ○という遊園地なんだ」と思っていました。中学生ごろまでそう信じ込んでいたと思います。そのうち、ニュース等で何となくバーガーショップと知り、なんだか勝手に騙された気分になりました。

    その後、最寄りの駅に近隣ではじめてのバーガーショップができました(マッ○じゃありませんでしたが)。小学生のあいだでハンバーガーが大ブームになり、開店記念でもらったメニューの下敷きを大事に保管し、「ごはんは作ってくれなくていいからハンバーガーを買うお金をちょうだい」と頼んで、メニューを攻略していくのが流行りました。

    ユーザーID:2471682354

  • では逆バージョンで

    山手線沿線で暮らしていた東京育ちの私が、結婚後住んだところは自然がいっぱいの田舎。
    一応電車もあるのですが、一時間に一往復程度。

    友人たちが遊びに来るというので、最寄駅を教えると
    「何番の出口から出たらいい?」
    「一番近い改札口の名前は?」

    …改札も出口も、ひとつしかありません。
    電車が発着する時間以外は無人になります。
    自動改札がないのでいつも駅員さんがアナログ清算しています。

    車で来るという友人は
    「安い駐車場あったら教えといて」
    「近くにコインパーキングとかある?」

    …我が家の前に20台くらい駐車できるスペースあります。
    車駐めるのにお金を払うという感覚はなし。
    駐車禁止の標識も周辺にはありません。

    ブラボー! 田舎暮らし。

    ユーザーID:2984595589

  • 日本での話ではないのですが。。。

    済みません、便乗させて下さい。

    もう35年近く前の話なのですが、米国ノースダコタ州のドイツ系友人の両親の牧場(食料用の牛を育てていた)を訪れた時、日本人の訪れ客は30年振りだったそうでもの凄い歓待を受けました。隣の家まで車で30分かかるという大田舎。中には自家用機を持っている人もいました。大雪の積った冬だったので友人両親の友達の飛行機にはあいにく乗せては貰えなかったけれど、スノーモービルには隣人に借りて乗せて貰えました。ローカル新聞にも写真付きで”日本人のお客さん”と評して載せて貰いました。友人両親の計らいでした。

    近所の人達を集めるから日本食を作って欲しいと言われました。牛肉はふんだんにあるのでスキ焼きにしましたが、醤油は手に入れられたけれど、白菜、シラタキ、その他の野菜が手に入りません。酒に代わって白ワイン、野菜は人参、ほうれん草だけでした。お米は無いのでご飯は無し。ひどいスキ焼だったけれど皆さん(30分又は以上車を運転して来てくれた)美味しい、美味しいと言って完食してくれました。 田舎の人達の人情の深さに思い出しては今でも感慨にふけっています。

    ユーザーID:1785361691

  • おなか痛い(笑)

    読ませていただきました。

    新幹線に乗り込む練習の風景を想像したらおかしくておかしくて!

    おなかがよじれるほど笑ってしまいました。

    私の話ではないのですが、東北から関東に引っ越した時、ゴキブリを見たことがなかった母は(寒くていないそうです)、カブトムシだと思って両手で捕まえたことがあるそうです。

    ユーザーID:3897382681

  • とても楽しいトピ!

    いわゆる都会で生まれ育った私は、田舎が憧れでもありました。
    羨ましいほど田舎の主人の実家では見るもの聞くもの全て新鮮。
    帰省中のあるとき5歳の姪を連れてお散歩しているとき、
    眼前に開けた牛小屋に大興奮。
    「見て見て!牛さんだよ!ホラこんなにたくさん!
    すごいね〜。牛さんだよ〜!」と姪に話しかけるもほとんど反応なし。
    「どうしたの?牛さんこんなにたくさんいるなんてびっくりだねぇ!
    ほら見てごらんよ〜!」としつこく話しかけていると、
    「いつもおる・・・」
    頭をハンマーで殴られるとはこのことか!と思うほど
    衝撃的で納得でした。

    それにしてもみなさん文章が上手ですね。
    トピレスも吹き出しましたし、
    motokoさんの「1と書いておきなさい」もツボにはまってしまいました!
    楽しいトピありがとうございました。、

    ユーザーID:4199240189

  • 上越新幹線が停まる所に住んでますが

    住んでいる街の駅に着く新幹線は、1時間に一本くらいの割合で駅に停まります。
    なので、自分が乗る新幹線を間違える事などなかったのが。
    友達と関西に旅行した時に。
    東海道新幹線に乗りました。
    凄い、10分おきくらいに新幹線が次々と運転されて来るのを見てビックリしました。
    東京駅からは始発だったので乗り間違えは無かったですが。
    帰りの京都駅では、次々に新幹線がホームに入って来て、自分達が乗る新幹線を間違えそうになりました。
    新幹線は、どれも満席状態で都会は人口が多いんだなと驚いたものです

    ユーザーID:5971871578

  • 私も田舎が好き

    バスは30分から一時間に一本、電車は一時間に一本程度。田んぼが多く、車は一人一台が当たり前…な九州の田舎で育ちました。

    爆笑エピソードはないのですが、ほのぼのトピ大好きで出てきてしまいました。田舎って、四季の香りを感じられるから好きです。春の蓮華草などの草花のにおい、夏の雨の後の道路のにおい、秋の稲刈りや脱穀のにおい、冬は鼻がツンと冷たい感覚や霜柱を踏んだ感触…大好き!

    リタイアしたら地元に戻りたいです。

    ユーザーID:0816646900

  • いいですね!

    私も田舎の出身です。
    首都圏のマップの端っこのほうの地域です。

    このトピを見て思い出したことがあります。
    地元に密着したお祭りがあるのですが、その「祭り歌」がとにかく地元民のソウルミュージックで、運動会でも遠足でも町内会の旅行でも修学旅行でも絶対に歌います。
    転校してきた子も校歌より先に覚えて、すぐ仲間になりますし、引っ越してしまった子には「祭りの時には帰って来いよ!!」と言う始末(実際祭りの日だけ帰ってきてる子はいました)

    中学の修学旅行で京都に行ったのですが、京都、奈良の移動中のバスの中はずーっとお祭り。
    一人ずつマイクが渡り、やんちゃな子もおとなしい子も真面目な子もみんな祭り歌を歌うのです。
    人数も多かったので、みんなが歌い終わる頃にはバスガイドさんも運転手さんも歌を覚えてしまい、最後は運転手さんとガイドさんにも歌ってもらって修学旅行を終えました。
    今となってはすごくいい思い出です。
    みんなが一丸となるので、いじめや仲間外れなどもなく、本当にいい学校でした。
    トピ主さんのおかげで思い出しました。ありがとうございます。

    ユーザーID:0003832748

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