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ロバのパン屋を実際に見たことがある方!

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生活・身近な話題

牛乳瓶のふた

「ロバのパン屋」を実際に見たことある方、ぜひ思い出を聞かせてください。
ロバではなくウマ(ポニー)だったそうですが、どんな様子でしたか?
休憩は取っていたのでしょうか?
糞尿等はどうしていたんでしょうか?

私は「パン売りのロバさん」の歌を流している自動車でしかパンを買ったことがありません。
私の兄(現在58歳)はロバ(ポニー)の引いてきた馬車で買ったことがあると得意げに話します。
今の世となってはなんともノスタルジックでほのぼのとする話しですね。

でひお聞かせください。

ユーザーID:5224071840

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  • 見たわよ。

    昭和中頃、高度経済成長期生まれです。
    年少の頃は当たり前のように見ました。
    糞尿はどうしていたのか、母が買った事があるのかまでは覚えていません。

    懐かしい思い出です。
    あの頃は夜泣きラーメンも良く来ていて、チャルメラの音が聞こえると、
    子どもを買いに来るんだよ〜なんて驚かされていました。
    ラーメン屋さん、ごめんなさい。今では早く寝かせる為の嘘だと解りますが。

    こんなトピを待っていたように思います。

    ユーザーID:8693119950

  • 懐かしいです。

    39歳です。
    小さい頃、買ってもらった記憶があります。
    残念ながら、ロバはみたことなく、自動車でした。

    パンは蒸しパンっぽくて、ジャムとかちゃんと真ん中に入ってなかったことも覚えてます。
    チョコのパンもあったかな。
    今思うと、素朴な味でした。

    あと、あの歌。
    ロバのおじさんチンからリン、、だっけ。
    懐かしいですね。
    全国的にあったのかな?
    うちは東海地方でしたが。

    ユーザーID:8503475943

  • トシがわかりますね、笑

    田舎でしたが、こどものころ来ましたよ、見ました。
    音楽ではなく、ちりんちりんがカランカランか・・・記憶は曖昧ですが。
    近所にお店がないのでもちろん買ってもらいました。
    きっと今よりおいしくないパンだったと思いますが、給食のまずいパンにくらべたらすごくごちそうでした。

    たぶん、糞尿は垂れ流し。
    そのころ、まだ運送の多くは荷馬車で道路のあちこちに馬糞牛糞がころがっていましたから。道は舗装してなく雨でも降ると悲惨でした。

    自転車に木箱を積んだアイスキャンデー売りも来ました。
    一本五円くらいだったと思います。
    毒々しい色で食べたら上唇が腫れて鼻の頭にくっついてびっくりしたことがあります。

    紙芝居も来ました。水飴が一本五円だったか十円だったか。
    こちらは不潔ということでまず買ってもらえなくて、水飴を舐めながら紙芝居を見ている子たちがうらやましかったです。

    竹製の細いストローによく噛んだガムをくっつけて、反対側から吹いてふくらましたり。今思うと不潔でしたね。

    ユーザーID:4012711579

  • ロバパン

    あの頃はロバを見たことなかったのでロバだと思っていたのですが、
    私の故郷ではポニーではなく馬でした。お母さんや近所の人がお買い物をしている間、(それが馬にとっての休憩だったのでしょうか)
    馬に草をあげた記憶があります。馬がお店の屋台を引いて売り歩いていました。
    屋台の部分はガラスケースになってパンが並べてあり、その下の薄く横広い引き出しに
    緑の紙が入っており、買ってもらうとその引き出しを引き、その上で包めるようになっていました。
    あげてあってねじってありザラメがまぶしてあったパンが美味しく、いつもそのパンだったので他に何があったか記憶がありません。
    たしか「ロバのおじさんチンカラリン、チンカラリンとやってくる、○パン、○パン(パンの種類が入るのですが失念)もあります、チンカラリン」という曲を流しながらやってきました。
    都会に出た後、海外在ですが、どこへ行っても、私も得意気に話すのですが「うそーー」と言って
    半信半疑です。
    糞尿はどうしていたのでしょうか?衛生問題などで禁止になったらしいのですが、
    私にとっては小さい頃の良き思い出です。
    ちなみに50歳で、女性、中国地方出身です。

    ユーザーID:8705839431

  • ロバのパン屋さん

    お兄様と同い年ですので、ロバのパン屋さんでパンを買ったことがあります。
    はっきりとはしませんが、引いていたのは、ロバじゃなく、ポニーだったように思います。
    ロバの方が匂いがきついせいか、ロバは手に入りにくいのか、理由は分かりません。

    道路に止めて、普通にパンを売ってました。
    今じゃ、貴重な体験なのでしょうかね。
    いつ頃からこなくなったのか、よく覚えていませんが、わらび餅やさんや紙芝居も、同じ時期にいなくなった気がします。

    ユーザーID:0864087466

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  • 還暦過ぎのbaba

    団塊の世代です。幼い時、可愛い音楽をならしながら通るロバのパン屋さんに急いで駆けつけた記憶が有りました。好奇心の塊は母から受け継いだものでこの音楽を聞くたびに「ロバのパン屋さん」を探したものです。数軒先にパン屋さんがあるのに移動販売は新鮮だったのです。

    ユーザーID:5166099341

  • 見た事が有ります

    群馬県出身です。

    59才です。

    60〜70代くらいの男性が一人で綺麗な絵が描いて有る馬車に乗って居ました。

    音楽が掛かって居て、子供達が集まって来ました。

    パンの種類は蒸しパンだった様な気がします。

    頻繁に来て居たのでは無くて、たまにしか来て居ませんでした。

    子供心に楽しみに待って居た記憶が有ります。

    断片的な記憶しか有りません。

    田舎なので馬車も走れたのかもしれませんね。

    これ位しか覚えていません

    ユーザーID:5698408933

  • 私も自動車を記憶してますよ

    もう、50年くらい前のことと思いますが、当時4-5歳でしょうか福岡南区(昔は南区はなかったかな)でのこと、軽トラ?のような自動車に音楽をスピーカーで流しながら販売していたような記憶があります。今となっては本当かどうか???ですが・・・。
    歌詞は。「ロバのパン屋は・・・・・」だったような。
    関東に就職後にこの話題を先輩と話していたところ、京都の先輩は、実際のロバ?
    ポニー?が引っ張っている馬車?でのパン屋さんを見たとのことでした。
    いやー、懐かしいですね。

    ユーザーID:9250779245

  • 買ったことがあります

    63才です。
    長野県生まれですが、なんとなく、覚えがあります。
    でも、ほんの数回です。
    定期的に来ていたわけではなさそうです。

    家の前を牛が歩いていましたし、ヤギ乳を飲んでいましたから、田舎のほうだと思います。
    味などは、全く記憶にありません。

    ユーザーID:6851436972

  • 見てました!

    57歳です。
    小さい頃、ロバのパン屋と言ったらロバ(?)が引いてるモノでした。実際のところロバだったのかウマだったのか、子どもの私には区別はつきませんでしたけれど・・。
    糞尿は、もちろん垂れ流しですよ。パン屋に限らず、荷物を引く馬車なども往来していましたから馬糞など日常的に道に落ちてるものでした。それどころか、当時はペットの糞も拾って持ち帰るなどのマナーもなく、なんでも落ちてましたよ。(笑) 間違えて踏んでしまった子は、囃し立てられて距離を置かれてました。今だったらイジメって言われるのかな? でも、あくまでも明るくほんの一時的なものなので言うほうも言われるほうもイジメなんて思ってなかったように思います。
    休憩は、お客がパンを買ってる最中は止まってるので、それが休憩と言えば休憩でしょうか。
    私自身は買ってはいけないと言われていたので買ったことはありませんが・・。

    ユーザーID:1050919895

  • なつかしー!

    現在67歳、地方の中都市で生まれ育ちました。
    すっかり記憶のかなたに遠ざかっていましたが、たしかに見たこと、買ったことがあります。
    荷台は木枠の、そうですね、一頃スーパーの駐車場などでメロンパンの販売が流行っていましたがご存知でしょうか、ああいう規模のケースで、左右両面がガラスの引き戸で、一応、衛生的には配慮されていたと思います。
    パンは、あまり覚えていませんが、ふわふわした白くて少し甘いパンだったような気がします。
    そのころは、食パンかアンパン、コッペパン、せいぜいクリームやジャムをはさんだサンドパンくらしかありませんでしたから、それだけで珍しかったのかもしれません。
    あと、なにか童謡のようなBGMが流れていたような。

    休憩や糞尿についてはわかりません。
    当時はまだ牛や馬が荷車を曳くのをときどき見かけましたから、気にならなかったのかも。
    あるいは、糞を受けるための布がぶら下がっていたような気もしますが。。。。

    懐かしいネタ、ありがとうございます。

    ユーザーID:5937227917

  • 記憶がおぼろげですが。

     60歳前半です。高学年になったころロバのパン屋さんがきていました。年の行った男性が連れてきていました。珍しくて数回買ったことがありますがそのあたりにある商店のパンの方が安かったのでそれきりでした。それに今ほどパンは食べませんでしたので。
     休憩は見たことがありません。糞尿は多分歩きながらしたい時にしていたような気がします。というのは、あの頃は農業に馬、牛の力を借りていましたので同じような状態でしたのでどちらの記憶なのか定かではありません。その年配の男性が水は飲ませていました。

    ユーザーID:6627569231

  • 見たことあります

    40代後半です。
    私が幼稚園の頃、リアルロバのパン屋さんが来てました。
    ポニーかロバかは定かではありませんし、糞尿の世話は見たことありませんが、同級生の主人は「糞尿はロバを引いてるおじさんがその都度拾っていた」と言ってました。

    私が小学生になったら車のロバのパン屋になり、音楽も変わりましたが、当時パン屋の袋を集めたらこのテーマソングのレコードがもらえました。

    たまに家で大音量でレコードをかけると、隣の奥さんが財布を持って外に出てきたので、今になって申し訳なかったなぁと思います…(汗)

    ユーザーID:8213724321

  • 見ました。買いました。

     小学生の頃ですから、半世紀以上昔のことになります。
     その頃、京都の北大路烏丸に住んでいました。電車通りに近い町中です。
     家の前を、ポニーかロバかが引いたパン屋の屋台が通ることがありました。テーマソングでしょうか、音楽を流してです。
     しかし程なく、音楽は同じで、自転車の引くものに変わってしまった記憶があります。
     友人と、「自転車のパン屋」と陰口を叩いていました。

     その頃は、色々なものを屋台で売りに来ました。お総菜を売る屋台もありました、米を持って行くと、ポン菓子にしてくれる機械を、リヤカーに乗せてきたりもしました。竹で出来た手作りの鉄砲の玩具を、売りに来る人もいました。もちろん、紙芝居は定番です。
     比叡山からでしょうか、お坊さんが並んで托鉢に歩いて来られることもありました。

     町は静かで、夜、寝床の中で汽笛が聞こえました。
     「二条駅の汽車の汽笛だよ」と祖母が教えてくれました。時には、さらに遠い京都駅の汽笛も聞こえました。
     両駅とも、北大路烏丸からは、数キロ離れています。

     トピ文に触発されて、昔のことが懐かしく思い出されます。
     ありがとうございました。

    ユーザーID:0251557880

  • こちら四国在住ですが

    私は現在30後半なのですが、小学校ぐらいの時にロバが引くロバのパン屋
    さんを見たことがあります。
    一度や二度ではなく、よく見かけてました!

    糞尿など覚えてないのですが・・・このトピを拝見して懐かしい思いに
    なりました。

    ユーザーID:9015956433

  • 我々が失ったもの

    覚えていますよ。 

    ロバかと言われれば、驢馬だった様な。ポニーと言われる小型の馬ではなかったですね。確か、蒸しパンと若干の菓子パン、一ヶ5円でした。そんな音楽等も無く、鐘をちりんちりんとならしていました。
    お尻の下にズックの袋をぶら下げて、その中に落ちる様になっていましたが、おしっこは当たりに飛び跳ねていましたね。
    それがいつの間にか姿を消したかと思ったら、確かに、音楽を流しながら綺麗な荷車に、種類も多くなったパンを積んで売りに来ていたと思います。それが一ヶ7円だったかと。

    当時は、毎朝納豆を売りに来て、自転車の後ろの木箱から、納豆を藁苞に入れてました。 豆腐もリヤカーの後ろに入れて、毎朝あのラッパの音とともに”と〜ふ、とふ”と独特のかけ声で来ていました。値段は覚えていません。 夏になると氷を一貫目、その場で切り出して、木製の冷蔵庫に入れてゆくのが習わしでした。
    街には、白い衣を着た傷痍軍人さんがアコーデイオンをならし、隣近所では戻らぬ夫を待つ若妻が母に涙ながらに話しをするのが日常でした。毎日酒屋の前で酔いどれる特攻帰りにも、誰も文句は言いませんでした。

    三丁目の夕日以前です。

    ユーザーID:8270039727

  • はるか昔、松山でも見ました

    なっつかしいですね〜〜、35年くらい前?私が保育園児か幼稚園児の頃、たまに見かけました。
    小さかったのでうろ覚えですが、馬が荷台を引いてくるので、子供たちはとても大喜びで集まってきた記憶があります。

    糞尿はその場で垂れ流しながら歩いていたような…
    年下の旦那の方が良く憶えていて、「じょばーっとやってて子供心に若干引いた(笑)」と言っています。

    パンもそこそこ美味しかったなぁ。
    今はあのスタイル、とても無理でしょうが、またパン食べたいな。

    ユーザーID:6026478439

  • 姉は見たことあるそうですが…

    私(53歳)は、
    音楽流して普通の軽トラックで販売しているのしか知りませんが、
    姉(55歳)は、「小さなお馬さん」が
    車を引いているパン屋さんを見た覚えがあると言っていました。
    お馬さんがちょっと怖かったので、近づかなかったそうです。

    ちなみに当時は、京都市に住んでいました。
    あれは、全国的なものだったのでしょうか?
    私も気になります。

    ユーザーID:4483441267

  • なつかしい

    私も車で販売の時代なので
    主人に聞いてみました

    子供だったのでロバかポニーかわからないけど
    たぶんポニーで来る曜日は決まっていたそうです

    音楽を鳴らしながらやってきてガラス張りの棚にパンが入っていたそうです
    そして去った後は糞が・・・・どうやら垂れ流しだったようです

    そして子供たちはパンを買うお金がなくても音楽とロバ?に夢中でいつまでも後ろをついて回ってたそうです

    ユーザーID:4546894469

  • おお〜本当だったんだ・・

    40代です。夫とは一回り歳が離れていまして
    その夫からロバパンとこれは大阪だけみたいですが
    ピロシキの話を聞いていました。
    ピロシキはまあるだろうな、と思いましたが
    ロバがパンを?不衛生、ないでしょ、そんなのって
    思っていましたが、本当だったんですね。

    ユーザーID:3352522981

  • ありがとうございました(その1)

    皆様にたくさんのレスをいただき感激しております。私の質問に対して皆さんがお時間を割いてお答えくださったことに感謝します。

    かんなさん
    当たり前のように、といううらやましいお話!ロバ(ポニー)は懸命に働いていたのですね。
    ラーメン屋のチャルメラの音!確かにちょっと悲しげですよね。「人さらい」という言葉も聞かなくなりましたが、親が都合よく使っていましたね。

    ぽちゃゴロさん
    私も自動車での販売スタイルでしたが歌は「ロバのおじさんちんからりん」でしたよ!ロバの働いている姿、見たかったですね。ちなみに私は九州地方の50歳です。

    ドン・キホーテさん
    ウチの前も当時は舗装してなかったのでロバ(ポニー)が糞をしても苦情も出なかったという話でした。今では考えられませんね。
    アイスキャンデー!紙芝居!なつかしぃ!!私も電柱の陰からこっそり見ていました。

    ユーザーID:5224071840

  • トピ主のコメント(13件)全て見る
  • ありがとうございました(その2)

    はなちゃんさん
    屋台を引いていた馬に草をあげたんですか!なんとうらやましい!貴重な体験ですよ。
    ロバ(ポニー)の仕事をしている姿は知ってても、休憩中の話しはなかなかきけなかったのでうれしいです。みんなにかわいがられていたのですね。安心しました。
    歌もその歌ですね。緑色の紙、覚えています。

    sweetyさん
    わらび餅やさん!来てましたね!思いだしました。
    兄はお酒が入ると昔の話をするんですがいつも「ロバのパン」が出てきて、自慢げに語るんですよ。80歳の母もなつかしそうに相槌打って。その話がうらやましくて皆さんにお聞きしました。

    babasamaさん
    兄も音楽が聞こえると靴をつっかけたまま走って、ロバのパン屋の来るのを待っていたといいます。大きな通りまでずっとついて歩いたこともあるとか。もう見られないのかなと思うとbabasamaがうらやましいです。

    ユーザーID:5224071840

  • トピ主のコメント(13件)全て見る
  • ありがとうございました(その3)

    焼きまんじゅうさん
    やはり子供たちの人気者だったのですね。蒸しパン、おいしかったことでしょう。
    綺麗な絵の馬車も見てみたかったです。
    舗装した道は馬やポニーの足には悪いそうですので、むかしだったからよかったのかもしれませんね。

    クマちゃんさん
    私も福岡なんですが45年ほど前も軽トラックでした。クマちゃんさんの先輩世代だと京都でもロバ(ポニー)なんですね。
    どうやら北海道以外はほぼ全国でロバ(ポニー)が馬車をひいてがんばっていたようです。

    totoroさん
    牛やヤギがのんびり歩いてる、いいですね〜。そこにロバが馬車を引いてパンを売りに来るなんて童話の世界のよう。うらやましいです。

    トムさん
    あ〜なつかしい!踏んでしまったあとに「えんがっちょ!」なんてしませんでしたか?
    母に聞くと、ロバのパンは当時の我が家の経済状態では高価だったらしく、毎回は買えなかったようで、兄もロバ(ポニー)を見に行くだけのこともあったようです。紙芝居も電柱の陰からこっそり見てました。

    ユーザーID:5224071840

  • トピ主のコメント(13件)全て見る
  • ありがとうございました(その4)

    ノスタルばあさんさん
    私の方こそ貴重なお話しを教えていただき感謝です。
    木枠の荷台で両面がガラスなんてなかなか実用的なものだったのですね。いまでもほとんど変わらぬデザインですものね。
    子供にとってパンを買うことよりも、ロバ(ポニー)の姿を見る方が楽しみだったのかもしれませんね。
    ますます当時のロバのパン屋を見たくてたまらなくなりましたがかなわぬ夢なのが残念です。

    りんごすきさん
    そうなんですよ、ちょっと高価だったそうですね。母もそう言っておりました。ロバ(ポニー)のエサ代が入っているからでしょうか?
    休憩時にお水を飲ませてもらっていたというお話を聞きホッとしました。ありがとうございました。

    とてちてたさん
    袋を集めたらテーマソングのレコードをもらえるなんて、どこかのパンメーカーの「春のパン祭り」みたいですね。うらやましいなぁ。
    隣の奥さんも突然聞こえ始めるので、「え?いつ来たの?」って慌てたことでしょう。それくらいあの歌はインパクトが強かったですね。

    ユーザーID:5224071840

  • トピ主のコメント(13件)全て見る
  • ありがとうございました(その5)

    大腸亭さん
    地図を拝見しましたがJRとはかなり離れているのに汽笛が聞こえるほど、夜は京都の町も静かだったのですね。さえぎる大きな建物もなかったでしょう。
    托鉢も京都らしいものですね。九州ですのでテレビでみたことがあるだけです。
    ポン菓子!あの「ポン!」という大きな音が怖くて、両耳をふさいで出来るのを待ちました。芳しいいいにおいでしたね。
    こちらこそ、なつかしいいい話をありがとうございました。今夜は格別良い夢が見れそうです。

    イカのお刺身さん
    うわぁ〜、お若いのにリアルロバのパン屋さんを見たことがあるんですね!なんとうらやましいことでしょう。30年くらい前まではリアルロバさんが現役でパンを売っていたということですよね。
    うわぁ!見たかったなぁ。
    情報、ありがとうございました。

    ユーザーID:5224071840

  • トピ主のコメント(13件)全て見る
  • 昭和30年代

    2レスめです。
    昭和30年代。日本はまだ貧しくしかも田舎で近所にお店がなかった。
    食べ物は、ロバのパン屋さんなどのほかにお豆腐や納豆を売りにくる。他の方のレスにあったようにポン菓子作りも。

    少し足をのばせばビスケットを焼いて売っている家があって、買いに行くと新聞紙で作った袋にいれてくれる。値段は覚えていない。

    あとは、畑や庭のキュウリ、ビワ、柿、夏みかん、グミ、ゆすら。

    道端の蛇いちご、生垣の赤い実、椎の実、桑の実、豆粒ほどのさくらんぼ、親戚の庭のヤマモモ、食べられるものは何でも口に入れた。
    ヤマモモは今たまにデパートで見かけるが驚くほど高い。
    兄が芋と間違えてダリヤの球根を焼いて叱られたことも。

    海に行って岩に貼りついている貝もとったし、土筆も摘んだし、水ぬるむ春先には川に青のりをとりに行った。乾かして揉んでご飯にかける。たにしもとった。臭いけどギンナンも拾った。

    どぶのヘドロの中に棲息している赤い糸みたいな虫は金魚の餌になりました。

    お正月のみ父親が鶏一羽しめていました。
    今は毎日が盆と正月が一緒に来たような生活です。

    ユーザーID:4012711579

  • ロバのパン屋がティンカラコン♪

    のメロディと共に登場してましたよ。

    「ロバのパン屋がティンカラコン来たー!」と言っては三角野球を
    中断してまでみんなと見に行きましたね。

    BGMは地方によって違うんですね。
    当方、兵庫県の南西部。

    ユーザーID:0523078748

  • ありがとうございました(その6)

    段階世代年金生活者さま
    実はこのお尻のところに糞を受ける袋をつけていたという話を聞いたことがあったのです。やはりそういうところもあったのですね。うまくキャッチできないこともあったようですが、いたしかたないですね。
    豆腐屋さん、「パ〜プ〜」とのラッパと掛け声、なつかしいですね。お鍋を持って買いに走りました。木製の冷蔵庫は博物館でみました。氷を入れていたのですね。戦争の後の話もとても貴重で若い皆さんにも読んでいただきたいと思います。ありがとうございました。

    花丸木さま
    やっぱり「じょばー」だったのですね。集まってた子供たちも驚いたことでしょう。でもそれすらいい思い出ですね。
    私もリアルロバさんのパンが食べてみたいです。期間限定でもいいので復活するといいですね。

    53歳さま
    京都の方からの情報が多くて調べてみましたら、「ロバのパン」は京都の蒸しパンのお店が本社だったそうです。そこから全国へ広まったようです。
    そうか、お馬さんが怖かった子供もいたんですね。

    ユーザーID:5224071840

  • トピ主のコメント(13件)全て見る
  • 確か

    徳島県にある池田町で主人が見たそうですよ。
    主人は転勤族の息子です。
    幼少の頃らしいので、ロバのパン屋さんが来たってことだけ記憶にあるようです。

    ユーザーID:6254171910

  • ありがとうございました(その7)

    ぱんさま
    そうそう、兄も御主人さまのようにロバ(ポニー)の後をついて歩いたようです。馬車もゆっくり進んでいたのでしょうね。
    ほほえましい風景だったことでしょう。
    車はお客さんがいなくなるとあっという間に次の町へ行ってましたもんね。

    なっちさん
    そうなのですよ、本当だったのです。
    本当にロバ(ポニー)が馬車をひいてパンを売りにきていたのですよ!ウソみたいでしょ。
    私も本物を見たことがないので(兄の話では脚色があるかもしれないので)トピを立てて皆さんにお聞きした次第です。
    ピロシキ情報、ありがとうございます。

    ユーザーID:5224071840

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